あれから監督生に連れられたレイ達は、ミネルバの厳しい視線の中何があったのかを語った。それを聞いていたミネルバであったが、全員が落ち着いて話すため、本当に喧嘩など起こったのかと疑いを持つのも仕方がなかった。
話を聞き終えたミネルバは、生徒達にはグリフィンドール生としてあるまじき言動と行動であると叱り今回は厳重注意だけとなった。
次にレイは言動と行動ともに友を思う素晴らしいものと言われたのだが、喧嘩腰だったのとやり過ぎだったのがいただけなかった。
点数こそ下げられることはなかったが、罰としてハリー達と共に夜に禁じられた森でハグリッドの仕事を手伝うこととなった。レイは当然の罰と潔く頷くのだった。
報告が終わり、監督生の誘導で寮に帰ろうとしたレイ達だったが、レイだけがミネルバに呼び止められた。
ミネルバの部屋に一人残ったレイは、彼女から近況を聞かれた。ミネルバの厳格だが身内にはなんだかんだと甘い様子に苦笑してレイは素直に答える。
十分ほど話を聞いたミネルバは、最後にレイへこう問いかけた。
「レイ、このホグワーツでの生活は楽しいですか?」
レイはそれに笑顔で答えた。
「はい。毎日が楽しくて仕方ないですよ、ミネルバさん」
それを聞いたミネルバは、滅多に動かない口角を上げて優しく微笑むのだった。
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ミネルバとのちょっとした個人的な近況報告会から数日後。レイはハリー達とマルフォイと共に、夜の禁じられた森に足を踏み入れていた。
「うーん、やっぱ俺ん家の周りの森とは何か違うな……」
レイは周囲に纏わりつく霧の向こうを見渡しながら、どこか重苦しい雰囲気を漂わせる森に違和感を感じていた。それは森の中で住んでいたからこそ感じた違和感だろう。
「そりゃそうだ、ここは多くの魔法生物が住処にしちょるからな」
それに答えたのはここの森番を務め、ハリー達の騒動の原因となったハグリッドだった。ハグリッド自身、この件については深く反省しており、二度とドラゴンなんぞ飼わんと決意した程だ。……それが破られることがないかは甚だ疑問だが。
レイはハグリッドの言葉を聞いてもあまりピンと来なかった。けれどまあそんなものなのかと無理矢理自分を納得させた。
「レイの家って森の中にあるんだ?」
そんなレイの隣を歩くエステルが、横から顔を覗くように尋ねてきた。
エステルとハーマイオニーはレイも同じ罰を受けると聞いた時、申し訳なさそうにしていた。しかしそこはいつものレイ。自分が勝手にやったことだと朗らかに笑って二人の罪悪感を癒すのだった。
「ああ、すごい落ち着く場所でな。妖精や魔法生物があまりいないんだよ」
それに湖に映る夕日や夜空が綺麗でな、と聞いたエステルは想像してみた。それはとても幻想的な光景に思えた。
「とても素敵な場所なんだろうなぁ」
「気になるなら今度家に来いよ。ステラなら歓迎するぞ?」
「本当? 是非お邪魔させてもらいます!」
レイとエステルがハグリッドの後ろを賑やかに歩いていく。その二人の後ろではハリーとロン、ハーマイオニーが付いてきていた。
「ステラ嬉しそうね。ここ最近レイと話す機会がなかったからかしら?」
「……うん」
「……マーリンの髭」
ハーマイオニーは親友の嬉しそうな表情を見て、自分も釣られて嬉しくなるのを感じた。しかし、これに面白くないのが男の子二人だ。
エステルは誰が見ても美少女と呼べる女の子だ。それに加えて面倒見が良く優しい性格もあって、密かに狙っているものも多い。
そんなエステルと、他者と比べても絶対に仲が良いと断言できるハリーとロンは、他の男子生徒に対してどこか優越感を抱いていた。
しかし、そのエステルが一番仲がいいのはハリーでもロンでもなく……レイだった。最初の友達同士というのもあるが、お互いの素直な性格も要因の一つだろう。
例えばお互いが喧嘩してもすぐにお互い謝罪し合う、どちらかが傷つけたと分かったらすぐに謝罪する。こじれる前に問題を片付ける二人が仲良くならないはずがなかった。
二人の仲睦まじい光景を目にしたハリーとロンは、レイに対する思いをさらに複雑にしていくのだった。
そんな五人の最後尾では、ハグリッドの犬のファングと共に三日天下で没落したドラコ・マルフォイが文句を垂れながらついてきていた。
「くそっ、どうしてこの僕がこんな薄気味悪い場所に……」
彼はぶつくさと口と足を動かしながら、ランタンを掲げて歩いていく。それを聞いていたのは光に照らされたファングだけだった。
一行はしばらく歩いた後、ハグリッドの指示で二手に別れることになった。班分けはハグリッド率いるロン、ハーマイオニー、マルフォイ班とファング率いるレイ、ハリー、エステル班に分けた。
レイはこの危険な森の中を生徒だけで歩かせるのはどうかとも思ったが、ハグリッドが言うにはこの辺りは危ない奴はいないということだった。その言葉に不安を覚えたレイ達だったが、とりあえず納得して一行は二手に別れた。
レイはマルフォイより手渡されたランタンを掲げ、ファングを横に先頭を歩いていく。そんなレイだったが、不意にローブを引かれる感覚があった。後ろを横目で確認すると、エステルがレイのローブをきゅっと掴んでいたのだ。
「あっ、ご、ごめんね?」
レイが気にしたのを見て、エステルは人が少なくなった心細さから無意識に掴んでいたことに恥じてパッと手を離した。先ほどまでその顔は少し怯えた様子を見せていたのだが、今は恥ずかしさの方が優っていた。
レイは初めてミネルバさんを見たときみたいだ、と苦笑してエステルにとある双子を意識して話しかける。
「怖いなら手を繋ぎましょうか、お姫様?」
「〜〜〜っ! 結構ですっ!」
ふざけたような口調でおちょくってきたレイに、エステルはむっとして怒鳴った。頬を膨らませて顔を背ける彼女にレイは続ける。
「これは大変失礼しました」
「……なんかフレッド達を見てるようで気持ち悪いよ?」
大仰に頭を下げるレイの一連の行動に、エステルは顔をしかめる。レイは苦笑して双子の真似を止め、肩をすくめる。
「悪かったよ。ちょっとふざけてみただけさ」
「ふんだ。そんな意地悪なレイなんか知らないっ。私はハリーと仲良く歩くもん。行こ、ハリー?」
「うぇ!? ちょ、ちょっとステラ!?」
エステルは唐突にハリーの手を握り、引っ張りながらレイの横を通り過ぎる。ハリーは突然やってきた幸運に戸惑うが、それもすぐに照れと幸せに包まれるのだった。
レイは前を行くエステルの様子を見て、これで少しは気が紛れたかな? と苦笑してファングと共に早歩きで二人の後を追うのだった。
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それから三人と一匹は何事もなく霧纏う不気味な森を散策していった。エステルもレイのおふざけやハリーと手を握ったことで恐怖をあまり感じなくなっていた。それは束の間の幸せを感じていたハリーも同様であった。
そんな一行だったが、先頭で辺りを照らしていたレイがふと何かに気がついた。
「ん? これはなんだ?」
「どうしたのレイ?」
レイはエステルの問いに答えることなく、その場に屈んで地面に手を伸ばす。手を伸ばした先には光を反射する小さな水溜りがあり、その反射の仕方は普通の水とは違っていたのだ。
レイはその水溜りにそっと手を触れる。それはやはり普通の水ではなく、かなりの粘性があった。レイはその粘つきに覚えがあったが、それよりも手についたそれの色の方に意識を持っていかれた。
「……銀色の、液体?」
「え? ……あ、本当だ。なんか綺麗だね」
「う、うん、そうだね」
ハリーとエステルは光に照らされるその液体に見惚れる。ハリーはどちらかといえばそれを見て微笑むエステルにだったようだが。
そんな二人をよそに、レイは手についた銀色の液体を指で擦り付ける。やはりこの感触に覚えがあったレイは、記憶を探って思い出そうとする。そして、なんとなく匂いを嗅いだ瞬間、レイは衝撃に目を見開いた。
気付いた時にはレイは勢いよく立ち上がっていた。
「きゃっ!?」
「び、びっくりした。どうしたんだいレイ、いきなり立ち上がって……」
驚く二人にレイは顔を強張らせて静かに口を開いた。
「ハリー、ステラ。……これは血だ」
「えっ……」
「うそ……」
その言葉に絶句するハリーとエステル。自分達が綺麗だと思っていたものが血液だと言われたのだ。驚くのも無理はない。
そんな二人を落ち着かせるようにレイはゆっくりと話す。
「匂いが薄くて近くまで持ってこないと分からなかったが……確かだ」
レイはランタンを高く掲げて周囲を照らす。すると銀色の水溜りは奥へと続いていた。
「なにかの魔法生物が怪我をしてるのかもしれない。跡を辿ろう」
「……そうだね。もし怪我をしていたら助けてあげなくちゃ」
「うんっ。早く跡を辿って助けてあげよ?」
三人は頷き合って、銀色の跡を辿っていく。その間、魔法生物が何かに襲われて怪我をした可能性もあったため、その何かを警戒して杖を抜いて歩く。
そうして銀色の跡を辿っていた一行だったが、突然ファングか怯えた様子を見せた。
「どうしたのファング?」
エステルの心配の声をよそに、ファングはそこから一歩も動こうとしない。レイはその様子を見てこの先に何かがいることを悟る。気付いた後のレイの行動は早かった。
「……二人はここでファングと待っててくれ。俺が様子を見てくる」
しかしそれを聞いたハリーとエステルにはとても承諾出来なかった。
「何言ってるのレイ! 一人じゃ危ないよ!」
「そうだよ、君一人だけで行かせられるわけないじゃないか!」
「いや、けどここにファングを置いていくのも……」
レイがそう言った時、ファングゆっくりと立ち上がって足を一歩踏み出した。尻尾は垂れ下がりきゅんきゅん鳴いているのだが、なんとか恐怖を押し殺している様子だった。
それを見た三人は苦笑してそれぞれファングを撫でてあげる。
「勇敢だなお前は。……さて、じゃあ行こうか」
レイの言葉にハリーとエステルは頷いて再び跡を辿っていく。すると少しして辺りにあった木々が無くなり、視界が一気に開かれた。
一行が辿り着いた場所は、森の中にポツンと出来た小さな湖だった。霧も心なしか晴れており、湖の対岸まで見渡せる。
だからこそ、一行は直ぐに気がつくことが出来た。
銀色の水溜りが続く先。湖の岸辺で倒れる馬のような肢体。そして……。
それに喰らいつき、何かを啜るような音を周囲に響かせる人型の異様な存在に。
その存在は、突然一行へと振り返った。
「「…………っ!?」」
ハリーとエステルは息を飲む。あまりの恐怖に身体が硬直し、声すら出せないのだ。その恐怖がどれほどのものか? それはすでに逃げ出したファングが証明している。
一行を見るソレは、全体を覆うローブを羽織っており、人型ということしかわからない。そして、フードの奥の闇。普通なら口があるであろう場所から銀色の液体が溢れている。
ソレはゆっくり立ち上がり、一行へ身体を向けた。
「……っ」
「ひっ……」
ソレが放つ恐怖の圧力にハリーは後ろに下がろうとして足をもつれさせて転んだ。エステルは腰が抜けてへたり込んでしまう。
そんな二人の様子を見たソレは嗤ったようだった。そして、好都合とばかりに足を一歩踏み出そうとして……。
「あんまり調子に乗るなよ、化け物」
自身に立ちはだかる少年の姿に足を止めた。
その少年はソレに恐怖を怯えることもなく、杖を抜いて撃退する構えを見せる。
ハリーとエステルを背に庇うように立ちはだかる少年……レイは、自分に対して苛立った様子を見せるソレを注意深く観察する。
しかし、ぱっと見は人型という以外情報がなく、あとは血を啜っていたということくらいだ。
「吸血鬼か? ……いや、それなら人の血を吸うか。ま、とにかく……」
レイはソレに向けて杖を向ける。その姿に恐怖など微塵もなく、そこには……。
「そう簡単に俺の友達に手を出せると思うなよ?」
友を害そうとする脅威から絶対の覚悟を持って守ると誓う……堂々たる姿がそこにはあった。
ハリーとエステルは、そんなレイの後ろ姿に目を奪われる。それは、自分達とほとんど同じ背丈とは思えないほど大きな背中だった。その大きな背中は二人から恐怖を拭い去り、安心感をもたらす。……気付けば、二人の震えは止まっていた。
余裕が出てきたハリーとエステルは、大きな背中が幻でないことを確認して、視界いっぱいに広がるその大きな背中を脳裏に強く焼き付けていく。
そうして心身ともに守られた二人だったが、未だ何も終わってはいない。
ソレはレイの不遜とも言える佇まいを見て不快そうに腕を広げて威嚇する。しかし、レイはそれを見ても一貫して態度を崩すこともなく呪文を直ぐにでも繰り出せるように構える。
小さな湖のほとり、その一角で両者の間に緊張が走る。そして……ふと現われ出でた月明かりが合図となった。
「「…………っ!!」」
ソレは滑るようにレイへと襲いかかり、レイはすぐさま妨害呪文を解き放つ。
「…………っ!?」
「インペディッ……!?」
しかし、両者が激突することはなかった。
なぜなら、林から突如現れた存在によって人型の化け物が吹き飛ばされたからだ。
「…………っ!!」
人型の化け物は吹き飛ばされた衝撃から立ち直るが、レイと自身を吹き飛ばした存在に目を向け、不利を悟る。
そのままレイ達に背を向けることなく後ろへと下がっていき、人型の化け物は林の中に溶けるように消えるのだった。
レイはその姿を見送る。ここでの最優先事項は自分及びハリーとエステルの防衛だ。後追いをする必要はない。
人型の化け物が消えてもレイは警戒を解かない。それは油断した瞬間に奴が再び襲いかかってくるかもしれなかったからだ。また、自分の目の前の存在のこともある。
上半身は裸の男、下半身は馬の身体。人型の化け物を追い払ったのはケンタウロスだった。
ケンタウロスは人型の化け物を追い払ってはくれたが、イコール自分達の味方ということではない。レイは襲いかかられてもすぐに対応できるよう身構える。
そんなレイに向けて、ケンタウロスの落ち着いた声がかかる。
「落ち着きなさい勇敢なる人の子よ。私は君達の敵ではない」
ケンタウロスは両腕を上げ、レイを抑えるような手振りをする。しかしレイはその言葉を真に受けることなく、しばらく二人は見つめ合った。
そして、レイはケンタウロスが取り敢えず襲うつもりがないことを確認してゆっくりと杖を下ろした。しかしレイは未だ警戒を解かない。
その様子を見たケンタウロスは不快に思うこともなく微笑みを浮かべる。
「警戒心の強い子だ。……いや、彼らが背後にいるからか」
ケンタウロスはレイの決意と覚悟を見通していた。独自の視点を持つ彼らは人の内面を察することに長けているのだ。
レイの背後で今の状況に頭が追いつかず、呆然としているハリーとエステルをケンタウロスは見やる。そしてすぐにレイに視線を合わし、自身の胸に手を当ててレイへと敬意を示した。
「勇敢なる人の子よ、私の名はフィレンツェ。あの存在より君達を守るために馳せ参じた」
ケンタウロス……いや、フィレンツェはそう言って、レイへと頭を下げるのだった。
………………
…………
……
……
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それからフィレンツェはレイ達に様々な情報をもたらした。まず、あの化け物が啜っていたのはユニコーンの血で、一度それを飲めば死の淵からでも蘇ることができること。しかしそれは、おぞましい呪いを受けることを代償にすること。
そして、レイ達を襲った者の正体について。それはハリーとエステルを恐怖と絶望に陥れ、レイにシルヴィアとギルバートの予想が的中していたことを知らせるものだった。
闇の帝王は生きている。
フィレンツェは明確に告げたわけではなかったが、レイ達を襲ったのは死にかけの闇の帝王だったこと、そして闇の帝王が完全な復活を遂げるために『賢者の石』を狙っていることを仄めかした。
そうしてフィレンツェに全てを聞いたところで、ファングを連れたハグリッド達がレイ達に合流した。ファングはただ逃げだした負け犬ではなかったのだ。
ハグリッド達はレイ達を心配したのだが、ひとまず無事な様子に安堵していた。……マルフォイだけは残念そうだったが。
ハグリッドはフィレンツェに礼を言う。その気安い様子から、二人は旧知の仲であることが伺えた。そしてフィレンツェは最後にレイとハリーにまた会おうと告げて森の奥へと去っていったのだった。
今日はもう終わりだとハグリッドが告げて、先頭を切ってレイ達を森の外へと先導して行く。一行は行きと同じ並びで霧纏う森の中を歩く。
「大丈夫かいハリー? 君、さっきから顔が真っ青だぜ?」
「ちょっと待って。今気分が良くなる魔法を……」
心配してくれる親友二人にハリーは大丈夫だと口にして前を向く。ロンとハーマイオニーはそれでも心配したが、少し先を行くハリーに取り敢えずは何もせずに後を追いかけた。
そんな二人が後を追うハリーの頭の中では、先のフィレンツェの言葉がぐるぐると渦巻いていた。
自分の両親を殺した奴が生きている。しかも自分のすぐそばで復活を目論んでいる。
ハリーの中に沸く感情は様々だ。けれど、やはり一番強い感情は恐怖だった。自分の両親を殺された復讐心よりも勝る恐怖心は、ハリーの心を蝕んで行く。
このままでは『賢者の石』が闇の帝王の手に渡り、復活してしまうかもしれない。そうなれば、今度は両親だけでなく自分の大切な友人達が殺されてしまうかもしれない。……そして今度こそ、自分も殺されてしまうかもしれない。
想像するだけでも恐怖に震える身体と心。絶望に落ちかけるハリーはしかし、ふと目の前にある背中を見た。
闇の帝王に襲われた時、自分から恐怖を拭い去り、安心感を与えてくれた優しくも逞しい背中は今では見る影もない。しかし、あの時の背中は確かに誰よりも大きかったのだ。
レイ・オルブライトが闇の帝王に勇敢に立ち向かうその背中は。
そして、あの時の背中とともに思い返される力強い言葉。
『そう簡単に俺の友達に手を出せると思うなよ?』
それは友のために……自分達のために恐怖に怯むことなく立ち向かったこと指す言葉。そして、レイはそれを行動で示した。
ハリーはもう一度レイの背中へと目を向ける。そこにはすでに今まで抱いていた嫉妬や劣等感など欠片もなかった。
今まで同じ目線で見ていたために複雑な思いを抱いていたハリーはしかし、ここで自覚したのだ。自分とレイには果てしない明確な差があるのだと。
その背中に向ける視線には尊敬と憧憬があった。それはどこかミネルバやダンブルドアに向けるものと似通っていた。その自覚が、ハリーを醜い感情から決別させたのだ。
自分がなりたいと思う夢の先が、そこにいたのだ。
そして、ハリーはいつの間にか身体と心が恐怖を感じていないことに気付く。次に自分の右手を見下ろし、力強く握りしめた。
ハリーはまずは呪文の勉強からだな、と心機一転やる気を見せるのだった。
そんな風に決意を新たにしたハリーにずっと見つめられ続けられていたレイは、やっとその視線から解放されて一息ついていた。
なんで俺はあんなに見られてたんだ? と頭に疑問符を浮かべるレイに、エステルが声をかけた。
「……ねぇ、レイ」
「ん? なんだステラ?」
レイは呼ばれて振り返ったのだが、そのエステルといえばいつもの明るさに陰りが見えていた。しかしそれも仕方ないよな、と心の中でため息をつく。
まさか闇の帝王が生きてるとは思いもしなかったのだろう。しかもさっきまで死にかけとはいえ闇の帝王と対面していたのだ。ヒステリックにならないだけはるかにマシだろう。
「お礼が遅れてごめんね? さっきは助けてくれてありがとう」
「…………」
レイはお礼を言うエステルの儚い姿が見ていられなくなった。気付けば、いつかのように彼女の頭をわしゃわしゃと投げやりに撫でてていた。
「れ、レイっ?」
これにはエステルもさすがに慌てた。乱れてしまった髪を整えて不満気にレイを見る。しかしそこにはレイの笑顔があった。
「この間言ったろ? もしステラが危ない目にあったら、俺が必ず守るって。俺は約束を守っただけだ」
「あっ……」
それは少し前の寮内の階段での出来事。不安に駆られる自分に約束してくれた言葉と自分に向けられた笑み。それを思い出しただけで、エステルはどうしてか胸と頬が熱くなる。
あの時も今みたいに強めに撫でられたな、と少しだけ頬を赤く染めたエステルはなぜか気恥ずかしくなって髪をめちゃくちゃにしたレイに抗議する。
「……もう、レイ? 女の子の髪はもっと丁寧に扱わないとダメだよ?」
「そうか? うちの妹はこれぐらいで喜んでくれるんだがな」
「それは家族だからだよ。他の子には丁寧に、優しく! だよ?」
エステルの指を立てて怒る姿に苦笑してレイは素直に謝ることにする。
「悪かったよ。次からは気をつける」
「……ん、よろしいっ」
レイの謝罪を受けて、エステルは腰に手を当てて頷いた。そこには先程までの儚さや恐怖に怯える様子はなかった。
それを確認した後、レイは少し遅れた分を取り戻そうと少しだけ歩く速度を上げる。そうすると、エステルの視界に自然とレイの背中が映る。
ハリーと自分を守ってくれた大きな背中。
怯える自分達から恐怖を遮り、安心感を与えてくれた逞しい背中。
そして、化け物に立ち向かっていった勇敢な背中。
エステルは自分でも知らぬうちにほぅ、とため息をつく。背中を見ていただけなのに、いつのまにか再び集まっていた胸と頬に溜まる熱を逃がすかのようだった。
エステルは森に入ってきたときのように、無意識にレイのローブの裾を掴んでいた。それにレイは当然気付くが、今度は茶化すことなく好きにさせる。
それから二人は話すこともなく、禁じられた森を抜けるのだった。
次回、友のために。
来週も月水金の18時に投稿します。