選ばれし者と暁の英雄   作:黒猫ノ月

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17話

少年は走る。

 

自身の身体を代償に三頭犬を出しぬき、悪魔の罠を超えて少年は走る。

 

少年の身体から流れ出る血液が、彼の痕跡を遺していった。

 

………………

…………

……

……

…………

………………

 

「……はぁ、はぁっ」

 

「ハリーっ!」

 

「どうしたハリー・ポッター? もう終わりか?」

 

《勇敢なものを俺様は讃えるが……いやはや、なんとも滑稽なものだ》

 

ハリーは息荒く肩を上下させながら、自分を弄ぶこの事件の犯人を睨みつける。エステルは犯人の手によってロープで縛られ、転がされている。

 

その犯人はというと、杖を構え、余裕の態度を崩さずにそんなハリーを見下している。それは、犯人から聞こえてくる地の底から聞こえてくるような恐ろしい声の主も同様だった。

 

犯人……いや、クィレルはいつも見せていた怯えた様子を微塵も感じさせず、堂々とハリーへと杖を向ける。

 

「お遊びもここまでだ。さあ、『賢者の石』を渡せ!」

 

「いやだ! お前達には絶対に渡さない!」

 

体力の限界が近くとも、何があっても渡さないという折れない意志を見せるハリーを、今度は恐ろしい声の主……闇の帝王、ヴォルデモートがクィレルの後頭部より嘲笑う。

 

《無知無謀もここまでくると哀れだ、そう思わないかクィレル?》

 

「えぇ、えぇ。全くもってその通りでございますご主人様」

 

「は、ハリーを笑わないでっ!」

 

闇の帝王に怯えながらも声を振り絞るようにエステルは怒る。しかし文字通り手も足も出ない小娘の怒りなど、二人にとっては一層嗤いを誘うだけだった。

 

ハリーはロン、ハーマイオニー、エステルを連れ、四階廊下の奥へと進んだ。幾多もの罠や仕掛けを突破し、友の犠牲を以て最後の部屋までやってきた。ここまで来れたのは、ハリーとエステルだけだった。

 

そして、ハリー達は最後の部屋で衝撃の光景を目にする。それは、鏡の前に佇むその姿。ターバンを巻いたその人物は闇の魔術に対する防衛術の担当教師であり、スネイプに脅されていたはずのクィレルだったのだ。

 

ハリーとエステルは歯噛みするしかなかった。レイの言う通り、スネイプは犯人ではなかったのだ。レイの話をもっと真剣に聞かなかった事が悔やまれる。

 

そんなハリー達の隙をつき、クィレルは魔法でロープを出して二人を縛った。そして、叫び喚く二人を放置して鏡の前で『賢者の石』の取り出し方を模索していく。

 

ここでハリーは気づく。クィレルの前にあるのが『みぞの鏡』という、クリスマスの時に見た人の願望を映し出す鏡であることを。

 

クィレルはしばらくして、『賢者の石』がどうしても取り出せないことに嘆き、誰かへ教えを乞うように言葉を発した。するとどこからか声が聞こえてきたのだ。……それは、この世のものとは思えない恐ろしい声だった。

 

その声の主はハリーを使えと言う。クィレルは仰せのままにとハリーの縄をほどき、鏡の前まで連れて来させた。何かすれば、エステルに危害を加えると脅して。

 

ハリーは大人しく鏡の前に立つ。鏡を覗いた時、ハリーに衝撃が走る。なんと、ポケットに重みを感じたのだ。クィレルにバレないようにそっとポケットの上に触れると、そこには手のひら大の硬いものが入っていた。

 

ハリーは直感的に悟る。自分が『賢者の石』を手に入れてしまったことを。

 

しかし、恐ろしい声の主にそれがバレてしまう。声の主はクィレルに自分がハリーと話すといい、クィレルはターバンを外したのだ。

 

ハリーは息を呑み、エステルは短い悲鳴を上げた。

 

なんとクィレルの後頭部に人のものとは思えない顔があるではないか。それは二人の反応を嗤い、何者であるかを明かした。

 

俺様こそ、ヴォルデモート卿である、と。

 

ハリーはヴォルデモート卿に脅されているが、断固として『賢者の石』を渡さなかった。焦れたヴォルデモート卿はクィレルにハリーを殺せと命令する。しかし、ハリーは大人しくやられるつもりなどなかった。

 

ハリーに向けて後ろを向いていたクィレルが振り返る隙をつき、杖を抜いて武装解除呪文を解き放つ。

 

不意を打たれたクィレルだが、杖を飛ばすまでには至らなかった。また、練度が足りなかった為に吹き飛ばすことも出来なかった。

 

それからは怒り狂ったクィレルによって杖を奪われ、ハリーは嬲られていった。ヴォルデモート卿も喜びの声を上げ、エステルは何も出来ない自分が悔しくて涙を流す。

 

ハリーは傷だらけになりながらも、なんとかそれに耐え続けた。

 

………………

…………

……

……

…………

………………

 

少年はすでに解かれていた試練や罠を抜けて、一際大きな部屋へとたどり着く。そこは少年の一回りも二回りもある銅像を駒とした巨大なチェス盤だった。

 

荒い息を吐く少年の登場に、チェス盤の隅で気を失った赤毛の少年と共に救助を待っていた癖毛の少女は驚愕に目を見開く。

 

少年の普段のどこか達観したような様子はなりを潜め、纏う風格は完全に戦士のそれだった。

 

少女は頭の中に次々と疑問が浮かび上がってくる。

 

なぜここにいるのか、どうやってここまで来たのか、外ではどうなっているのか。数多くの疑問が少女の中に渦巻く。

 

少女はそんな疑問の数々をこちらに気付いて近づいて来た少年に投げかけようとした時、彼の尋常ではない状態に気がつく。

 

寝間着の至る所が破れ、そこから傷が見え隠れしている。そこから流れる血は寝間着を濡らし、真っ赤に染めていく。中でも左腕と左肩、背中の傷は少女から見てもすぐに手当てをしなければならないものであるのが分かる。

 

早く手当てをと叫ぶ少女に取り合わず、少年は残りの二人は奥かと問う。彼の有無を言わせぬ様子に少女は気圧されて素直に喋るしかなかった。

 

話を聞き終えた少年は気絶する赤毛の少年を一瞥して、少女にここで待つよう言う。自分が助けに行って来るからと。

 

それは少女にとってとても許容できるものではなかった。ただでさえすでにこの場の誰よりも大怪我を負っているのだ。常識的に考えれば、自分が行ったほうがまだマシだ。

 

しかし少女はそれを口にすることができなかった。重傷を負いながらもそれを歯牙にもかけず、真っ直ぐ立つその堂々たる姿はなぜか少女に確信を持たせたのだ。

 

 

 

この人ならあの二人を助けてくれる、と。

 

 

 

少女はただ黙って少年の傷だらけの背中を見送る。

 

その傷だらけの背中は、今まで見た誰のものよりも大きく見えた。

 

………………

…………

……

……

…………

………………

 

ハリーは死に物狂いで抵抗を続けていたが、それも限界が訪れる。地面に膝をつき、短く浅い呼吸を何度も繰り返してクィレルを、ヴォルデモート卿を見上げるように睨みつける。

 

そんなハリーの様子を嘲笑っていたクィレルとヴォルデモート卿だったが、不意にヴォルデモート卿が床に転がるエステルを見た。

 

《良い余興を思いついたぞ。クィレル、そこの小娘を甚振れ》

 

「えっ……」

 

「っ!? やめろ! 彼女には手を出すな!」

 

ハリーの焦った声を聞き、自分の思った通りだとヴォルデモート卿は口角を上げる。

 

《小さな英雄殿はどうやら俺様に屈しない様子。しかし、そこな小娘はどうだろうなぁ?》

 

ヴォルデモート卿の言葉にハリーは歯を食いしばり、エステルは恐怖に縮こまる。

 

クィレルとヴォルデモート卿がいるのはハリーとエステルのちょうど間だ。杖を奪われたハリーにはそこからエステルを守ることなど出来ない。エステルが甚振られていく様をただ眺めることしかできないのだ。

 

《さて、身の程知らずの小娘が壊れるのが先か、小さな英雄殿が折れるのが先か。……クィレル、やれ!》

 

「仰せのままに、ご主人様」

 

クィレルはハリーを気にかけながらも、エステルへと杖を向ける。

 

「…………っっ」

 

これから起こることを思い、恐怖に怯え、泣きそうになるエステルであったが、しかし彼女は声を上げて泣き叫ぶことはなかった。それが、せめてものエステルの抵抗だった。

 

クィレルとヴォルデモート卿はその様子を見て再び嘲ける。クィレルは杖を揺らし、焦らすことでエステルにさらに恐怖を与えていく。

 

「やめろ! やめてくれっ!」

 

ハリーはただ叫ぶことしかできない。そんな自分の無力さが心の底から憎かった。

 

そんなハリーに向けてエステルは精一杯の強がりを持って微笑みかける。自分は何があっても屈さないから、心配しないでと。それが、ハリーをより一層苦しめた。

 

ハリーが泣きそうに表情を崩すのを見たエステルは失敗したなぁ、とハリーを安心させてあげられない自分が嫌になる。しかしそれだけではない。エステルはここに来て自分という存在に心の底から嫌悪したのだ。

 

四階廊下の奥に行ってから、自分は足手纏いだった。ここにたどり着けたのは、ハリーとロン、ハーマイオニーが頑張ってくれたからだ。……自分は、何もしていない。

 

挙げ句の果てにはこの様だ。『賢者の石』を守ると息巻いていた自分、最後の最後までハリーの足を引っ張ることしかできない自分が本当に嫌になる。

 

自分への罵詈雑言で溢れるエステルの視線の先で、クィレルが揺らしていた杖を止めてエステルへと向けた。クィレルはやっとエステルを嬲ることにしたのだ。

 

自身の身にこれから起こるであろう惨劇を想像しながら、しかしエステルはその片隅で一人の少年のことを考えていた。

 

『絶対に、ステラを守るから』

 

彼はそうエステルに約束してくれた。そして、その約束通り禁じられた森では守ってくれた。

 

しかし、ここに来ることはないだろうとエステルは諦めとともに嗤う。なぜなら自分達で彼に黙っていくことを決めたのだ。知らないのに来れるはずがない。完全に自業自得だった。

 

自嘲するエステルは自分に振り下ろされようとしている杖を見て、忠告と心配をしてくれていた彼に向けて謝罪する。

 

せっかく教えてくれたのに、無駄にしてごめんね。約束を破らせてしまって、ごめんね。と

 

そうして次の瞬間に訪れるであろう痛みと衝撃を覚悟し、エステルは目を瞑る。

 

「やめろーーーーーっ!!」

 

最後にハリーの悲痛な叫びが耳に入り、そして…………。

 

 

 

「エクスペリアームスっ!!」

 

 

 

「なっ!?」

 

《なんだとっ!?》

 

「…………え」

 

突然聞こえてきた声と、クィレルとヴォルデモート卿の驚きの声。エステルはぎゅっと瞑った目をゆっくりと開けていく。するとそこには……。

 

 

 

傷だらけの、一度見た大きな背中がそこにはあった。

 

 

 

エステルは自分の目が見せる光景が信じられなかった。あまりの恐怖に耐えきれず、幻覚でも見ているのではないかと思ったほどだ。しかし、その背中は一向に消えてくれない。

 

「はぁ、はぁっ……、なんとか、間に合ったぞ」

 

その背中の主はここまで走ってきたのだろう。ハリーよりも激しく肩を上下させ、息を整えながら目の前の敵に向けて警戒する。

 

ハリーは自分達の危機に颯爽とやっていてくれた背中の主の名を呼んだ。

 

「レイッ!」

 

「……ふぅ。よぉハリー、何とか無事みたいだな」

 

息を整えたレイはハリーの声に男気溢れる笑みを向けた。そんな第三者の登場に固まるクィレルとヴォルデモート卿。レイはその二人へと鋭い視線向けてやっぱりかと声を発する。

 

「予想通り、犯人はあんただったみたいだな。クィレル先生……いや、クィレル」

 

その言葉を聞いたハリーとエステル、そして言われたクィレルは驚きの声を上げる。

 

「貴様は気付いていたとでも言うのか!?」

 

「おうとも。なんせ、俺には頼りになる友人がいるんでね。答え合わせは簡単だったよ」

 

肩をすくめて言うその余裕の様子にクィレルは頭に血がのぼる。しかしそんなクィレルを放置して、レイはこの事件の主犯へと声をかける。

 

「いるんだろ? ヴォルデモート卿。とりあえずは久しぶりって言えばいいか?」

 

《……貴様、あの時の小僧か》

 

ヴォルデモート卿はクィレルを少し操り、自分の姿がレイの目に入るようにする。その姿を見たレイは目を見開いた。

 

「……はっ、かの闇の帝王がこんな醜い姿に堕ちてるなんてな」

 

レイの挑発を受け流し、ヴォルデモート卿は疑問を投げかける。

 

《俺様は寛大だ、その言いようは不問にしよう》

 

「そりゃどうも」

 

《一つ聞きたいことがある。……貴様、どうやってここまでたどり着いた?》

 

ヴォルデモート卿の疑問は最もだった。大の大人であり、教師を任されるほどの腕を持つクィレルでさえここまでたどり着くのに一年の準備を要したのだ。

 

それはハリーとエステルも同様だった。ここまで四人がかりで、さらに犠牲を払ってたどり着いたのだ。いくらレイが強くて賢くても一人で突破できるとは思えない。

 

レイはため息をついてそれに答える。

 

「どうやってって、ハリー達の後を追ったんだ。ほとんどの罠は突破された後だろうが」

 

《何?》

 

「えっ」

 

奇しくもヴォルデモート卿とハリーのさらなる疑問は一致した。しかし、そんな二人を放置してレイは血が溢れる左肩に右手を当てる。

 

「一番苦労したのは三頭犬だ。見ての通り、傷だらけになりながらなんとか滑り込んだんだよ」

 

もう痛みなんてそんな感じないけどな、というレイの言葉にハッとしてエステルは改めて彼の姿を見る。

 

三頭犬に噛まれたか引っ掻かれたかしたのだろう、背中と肩、左腕に大きく傷が出来ている。その傷は皮膚がめくり上がり、中の肉が顔をのぞかせている。その血は止まることがなく、今もレイの足元を濡らしていた。

 

エステルは絶句する。これほどの傷を負えば、痛みと出血で走るどころではないはずだ。いや、歩くことすらままならないはずである。

 

しかし、彼はこうしてここまで走ってきた。痛みを堪えて、自分達の元へ。そして今、堂々と闇の帝王と相対している。

 

「おっと、そういや忘れてたな」

 

レイはエステルの視線に気付き、クィレルを警戒しながら彼女の縄を魔法で解いてやる。腰が抜けているエステルは、上半身を起こしてレイを見た。

 

エステルの無事を背中を向けたままさっと確認したレイは、彼女に横顔を向けて笑みを讃える。

 

その笑みは力強く、自身に満ち溢れていた。

 

 

 

「よっ、ステラ。約束通り助けに来たぞ」

 

 

 

それを聞いたエステルはふっと緊張の糸が解けたように肩の力が抜け、安堵の涙を流した。

 

彼の声が、表情が、背中が、恐怖に沈み込もうとしていたエステルを救ったのだ。

 

涙で頬を濡らすエステルを優しく見つめた後、レイはクィレルへと向き直る。その間も警戒は一切怠っていない。

 

「ハリーもよく頑張ったな。あとは俺に任せろ」

 

「う、うんっ」

 

ハリーは嬉しそうにレイに頷く。自分が尊敬する人がやって来てくれたのだ。あの時の大きな背中を携えて。

 

《見せつけてくれるではないか小僧。この俺様を前に余裕だな》

 

忌々しそうにレイを見るヴォルデモート卿にレイは肩をすくめる。その際に傷から血が溢れるのだが、レイは全く気にしない。

 

「そんな状態のお前と、杖もない魔法使いに何ができるんだよ?」

 

レイは先ほど飛ばしたクィレルの杖を見やる。そんなレイの様子を見たヴォルデモート卿は口角を上げた。

 

《その余裕が命取りだ、小僧!》

 

「ふっ!」

 

ヴォルデモート卿の声を合図に、クィレルが袖から出したナイフをレイに投げつける。

 

「しっ!」

 

ずっと警戒していたレイはすぐさまギルバートの十八番である無言呪文でナイフを弾き、続けてクィレルへと金縛り呪文を唱えようとして、杖を止めた。

 

「くっ!」

 

「動くな、ポッター!」

 

《形成逆転だな小僧? 杖を捨てろ、さもなくばポッターを殺すぞ?》

 

「…………」

 

クィレルはレイの隙をつき、ハリーに駆け寄りもう一本のナイフをハリーにあてがったのだ。レイはクィレル達に人質を取られた形になる。

 

クィレルとヴォルデモート卿は今のうちに『賢者の石』を奪いたかったが、レイがハリーごと自分達に危害を加える可能性を考えてまずは武装解除を要求したのだ。

 

レイは自分の考えの足らなさに舌打ちする。魔法使いが杖を奪われれば無力と決めつけていたのだ。

 

今更後悔しても仕方ないとレイは冷静に対処しようと頭を働かせる。……しかし、その必要はなかった。

 

「……あん?」

 

レイは一瞬何が起こってるのか分からなかった。何故なら、ハリーを抱えているクィレルの左側から煙が上がっているのだ。

 

これにクィレルもレイと同じタイミングで気づく。その瞬間に彼は身を焼き焦がすような痛みに襲われた。

 

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

《どうしたクィレル!? 勝手に奴を離すな!》

 

クィレルはハリーを解放し、あまりの痛みに絶叫してのたうちまわる。そんなクィレルの左側よく見ると、煙を上げながら燃え尽きた薪のようにボロボロになっていたのだ。

 

クィレルの身に何が起こったのか、ヴォルデモート卿含め誰も理解が追いつかないでいた。しかし、確かなことが一つあった。

 

それは、クィレルはハリーに触れられないということだ。

 

ハリーは目の前の光景を呆然と眺め、次にそれを成したであろう自分の身体を見下ろす。なぜこんな力が自分にあるのか分からない。けど、これがかつてヴォルデモート卿を打ち破った力だというのは確信していた。杖がない今、ヴォルデモート卿に対抗できる武器は己が身だけだ。

 

ハリーはレイを見る。その視線の意味に気がついたレイは頷いた。これでエステルは心配ない。レイが必ず守ってくれる。あとは奴にとどめを刺すだけだ。

 

「……っ!」

 

クィレルは未だ身体の左側を抑えて痛みに苦しんでいる。ヴォルデモート卿がそんなクィレルに罵声を浴びせるが、痛みによって耳に届いていない。

 

ハリーは両の掌を握りしめる。そして起き上がろうとしているクィレルへと駆け出した。

 

「く、来るな! くるなぁっ!!」

 

《逃げるなクィレル! この愚か者が! さっさ奴にととどめをさせぇっ!》

 

自身の主人の言葉に耳を傾けず、身を焼く痛みと恐怖から逃げるようにハリーから背を向ける。しかし、それをレイが許さなかった。

 

「インペディメンタ、妨害せよ!」

 

レイの妨害呪文が直撃し、一時的にクィレルの動きがほぼ止まる。ハリーはこの瞬間を逃さなかった。

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

「ああぁーーっ!? 痛い痛い痛いぃっ!!」

 

《ぐあぁぁぁあっ!!》

 

ハリーは両手をクィレルの顔へと押さえつける。するとそこから煙があがり、顔がみるみるひび割れていく。それは後頭部に寄生していたヴォルデモートにも伝播していく。

 

広間にクィレルとヴォルデモート卿の悲痛な叫び声がこだまする。あまりの叫び声と体が朽ちていく様子に、エステルは思わす目を背けて耳を塞いだり

 

クィレルは身を焼き尽くす痛みの中、なんとかハリーを押しのけようとするが、その腕もすぐに煙を上げて朽ちていく。

 

ハリーの両手を押し付けられたクィレルの顔面は既に人の顔の形を残しておらず、灰色の燃え尽きた薪へと姿を変えていた。それは、もうすぐヴォルデモート卿が朽ちることを意味していた。

 

《おのれ、おのれおのれおのれぇっ! 俺様が、闇の帝王たるこの俺様がっ! またしてもこんな小僧どもニィィィィっ!!》

 

ヴォルデモート卿は最後に怨念をばらまくような無念の叫びを上げる。

 

それを聞いたハリーはようやっとクィレルの顔から両手を離す。改めて見たクィレルは文字通り燃え尽きたようにただ立ち尽くす。そして……。

 

《クソオォォォォォーーーッ!!》

 

最後はヴォルデモートの叫びとともにクィレルの身体は燃え尽き、残った灰の身体が形を保ってられるはずもなくボロボロと朽ちていった。

 

そうしてここに、クィレルという名の男は生涯を閉じたのだった。

 

その様子を最後まで見届けたレイとハリーは、クィレルが立っていた場所を静かに眺める。そこには灰の残り滓のような残骸が服を纏って鎮座していた。

 

それをしばらく眺めていたレイだったが、その身体が不意に揺れた。

 

「レイ!?」

 

「レイ! 大丈夫かい!?」

 

突然膝をついたレイを見たハリーとエステルはすぐさま駆け寄る。レイは立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。さらに、熱を帯びた傷が思い出したように痛みを発していく。

 

「……あー、くそっ。少し、無理、し過ぎ、たか?」

 

レイは息が浅くなり、大量の血と汗を流していく。それが傷に染み、さらに痛みが増していく。そこには先程までヴォルデモート卿に余裕を見せていた姿はなかった。

 

「レイ、レイっ! しっかりして!」

 

「ステラ、このままじゃまずい。レイを担いで早く上に上がろう!」

 

「う、うん、分かった!」

 

「……悪い、な、二人とも。助けに来たのに、このざま、じゃぁ」

 

そんなレイの言葉にハリーとエステルは首を横に振った。

 

「僕たちの方こそごめん。君の忠告を無視して勝手に行動した挙句、君にこんな傷を負わしてしまうなんて……」

 

「レイが来なかったら、私は間違いなく酷い目にあってた。……レイ、約束を守ってくれて、っ、助けてくれて、ありがとうっ」

 

「……おう」

 

エステルは涙ながらに感謝の言葉を口にする。それを聞いたレイは苦笑を浮かべていたが、そこにはどこか嬉しさがにじみ出ていた。

 

自分の誓いを守ることができた。友の託された想いを成し遂げることができた。

 

レイは自分が確かにやりきったことに満足し、スッと意識を暗闇の底へと落とした。

 

「れ、レイ? レイ! やだ、死んじゃやだよぉ!」

 

「だめだ、このままじゃ間に合わない! レイ、目を覚ましてくれ! 」

 

ハリーとエステルは意識を失ったレイを揺する。何度も声をかけるが、彼が起きる気配は一向にない。その間にも彼の身体から命の源は次々と流れ出ていっていく。

 

ハリーとエステルは最悪の未来を想像した。

 

しかし、ここで彼らにようやっと救いの手が差し伸べられる。

 

「よく頑張ったのう、皆の衆。儂が来たからにはもう安心じゃ」

 

それは、闇の帝王が唯一恐れた大魔法使い、アルバス・ダンブルドアだった。

 

こうしてレイ達は救助され、長かった夜が終わりを告げるのだった。




次回、ただ側にいてくれるだけで。

日間ランキング三位ありがとうございます! これも読者の皆様のおかげです。これからも頑張らせていただきます!
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