選ばれし者と暁の英雄   作:黒猫ノ月

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二章、開幕!


第2章
20話


鳥の囀りが合図となって朝日が昇る。それにつれて闇に染められた木々が徐々に消えていき、次には朝焼け色に染まっていく。

 

段々と染められていく林の奥にひっそりと佇む一軒家があった。その一軒家は大樹を模したように林と同化しており、壁には草木が纏わり付いている。そして玄関は大きなうろのような場所に拵えられていた。

 

その一軒家には他にも小さなうろが点在しており、窓の役割を果たしていた。すると林の隙間から小さなうろへ朝日が差し込んでいく。それは一軒家の中にも入り込み、住人達に起床の時を告げた。

 

シルヴィア・コルドウェルも起床するようにと照らされた者の一人だった。閉じた瞼を朝日が照らし、いくらか瞬いて朝が来たことを理解した。

 

シルヴィアは右手で朝日を遮ろうとして、ふと右腕が動かないことに気付く。ああそうだとシルヴィアは左手で朝日を遮り、横になった自分の右側を見た。

 

そこにサラサラの金髪を枕に流し、シルヴィアの右腕に抱かれて眠る少女の姿があった。この家の住人の一人であるアリス・バウンディだ。

 

アリスは窓から背を向けていたために朝が来たことに気付かず未だに夢の中に旅立っていた。穏やかで無垢なその寝顔を見て、シルヴィアは朝から心が洗われる思いを堪能するのだった。

 

実の母と実質決別したシルヴィアは、従者であるローレッタを連れて一日早いがアリスの家へとお邪魔することにした。

 

バウンディ家の人達は使用人を連れてやって来たシルヴィアに驚いた様子を見せたが、予定より早く訪れたことを咎めることなく快く迎え入れた。深く尋ねることもなく笑顔で受け入れてくれたことに、シルヴィアは心より感謝してバウンディ家の敷地に足を踏み入れたのだった。

 

そしてその夜はシルヴィアを交えて豪勢な晩餐が出されて、アリスとシルヴィアの帰宅と来訪を盛大に祝った。晩餐会は大いに盛り上がりを見せ、話題は尽きることはなかった。

 

話題の中心はやはりシルヴィア達の学校生活のことで、中でも特に学期末のレイの活躍にはバウンディ一家は大いに興味を示していた。

 

そんな晩餐会もアリスがあくびをしたことで終わりを迎えた。シルヴィアは恥ずかしがるアリスと共に風呂に入り、アリスの部屋で二人一緒に横になってその日は眠りについたのだった。

 

それから一週間。シルヴィアはバウンディ家の日常にすっかり溶け込んでいた。家事に励み、談笑し、時には魔法戦闘について教えを乞うときもあった。

 

そうして久しく感じなかった家族というものを十分以上に堪能し、あっという間にレイとギルバートを迎える日がやって来た。一週間という短い間ではあったが、親友二人と会えなかった寂しさから解放されることにシルヴィアは嬉しくなる。

 

それからシルヴィアは優しい手つきで未だに眠るアリスを優しく起こし、寝ぼけ眼をこするその姿に堪らず朝から無垢な少女を抱きしめるのだった。

 

………………

…………

……

……

…………

………………

 

八月の強い陽射しが石畳を焼く中、ダイアゴン横丁は一際賑わいを見せていた。魔法学校が休みということもあって、笑顔を浮かべた家族連れの姿が多く見られる。

 

そんな喧騒の中、レイはギルバートと共にアイスクリームパーラーにて迎えを待ちながらここ一週間の出来事を話し合っていた。

 

「えっ、お前って許嫁がいるのか!?」

 

「大声を出すな愚か者が。少なくとも俺は認めていない」

 

その言葉で周囲の視線を集めたことに気付いたレイはとっさに口を押さえる。

 

レイは特に変わった話題などなく、強いて言えば妹であるアリアがすぐにいなくなるレイに少し拗ねてしまったぐらいだ。しかしギルバートは重要な会談に出席した後からがストレスが溜まる日々だった。

 

なぜなら、ギルバートが帰って来ていることを知った許嫁が四日間毎日エリス家の屋敷に訪れたのだ。

 

昔からの仲であるためギルバートはもてなすこともなく無視していたのだが、まあ構うこと構うこと。結局ギルバートは集中することができずに休暇中の宿題を終わらすことしか出来なかったのだ。

 

学ぶ時間を無駄に削られたギルバートはご立腹だった。

 

「……俺の間違いじゃなけりゃ許嫁って結婚する当事者には決定権ないよな?」

 

「いや、そうでもない。双方合意の上なら破棄も容易いのだがな。先方の令嬢が頑として首を縦に振らん。なぜあの悪女がそこまで固執するのか理解に苦しむ」

 

ギルバートは忌々しそうに紅茶を傾ける。その珍しい様子にレイは興味津々で続きを促す。

 

「悪女って……。馬鹿や愚か者ではないんだな」

 

「ふんっ。奴もまた、学ぶこととはどういうことかを理解はしている。しかし男が自分に従うのは当然という傲慢さや、思い通りにならない相手がいれば才覚を駆使して辱めたあと貶める卑劣さは見ていて非常に不愉快だ」

 

「……それはまた」

 

話を聞いただけでも関わりたくないと思わせる人物像にレイは頬をヒクつかせる。そして、そんな人物がギルバートとの許嫁をなぜ取り消さないのかなんとなく察した。

 

「その令嬢さんさぁ、多分ギルが屈さないから悔しくて嫌がらせしてるんじゃないか? ギル、お前絶対全部返り討ちにしたろ?」

 

「よく分かったな。余りに鬱陶しくちょっかいをかけてくるものだから、全て倍返しにして辱めてやった」

 

やっぱりと呆れた視線を向けるレイを無視してギルバートは続ける。

 

「そして才覚では勝てないと悟った奴は親に頼み込んでくだらんことを仕組んだのだ。それが許嫁であり、奴なりの最期の抵抗というわけだ」

 

腹の立つ真似をしてくれるものだとギルバートは吐き捨てる。なまじ令嬢の実家がエリス商会と並ぶ大きさの商会であることもあって、下手に断れない状況に陥ったのだ。

 

それからは不機嫌なギルバートをレイが宥めていたのだが、あまり効果が現れないことに肩を落としたところで待ち人がやって来た。

 

「おや珍しい、あからさまにギルの気が立っているな。どうだギル、ここに癒しの塊があるのだが?」

 

「ふぇっ!? し、シルヴィさんなにをっ!?」

 

「くっくっくっ。たしかにこんな無垢で無防備な生き物はそういないだろうねぇ」

 

「お、おばあちゃんっ」

 

レイ達のいるアイスクリームパーラーに顔を出した三人の声に二人は振り返る。そして一週間ぶりの親友二人と老年の女性の姿を見つけた。

 

「よっ、お前ら。なぁ聞いてくれよ、ギルにさぁ」

 

「この愚か者が。まずはそちらのご婦人にご挨拶だろうが」

 

「やべ、そりゃそうだな。さっきの衝撃的事実につい……」

 

そんないつもの二人の様子にシルヴィアとアリスは顔を見合わせて笑い合う。そして、それは老年の女性も同じだった。張りのある笑い声を出してレイとギルバートを観察するように見つめた。

 

「なるほどねぇ。アリスとシルヴィアの話からすると、こっちの元気なのがレイ、んでこっちの賢そうなのがギルバートだね? あたしゃアリスの祖母のエドナさ」

 

よろしくねぇとアリスの祖母……エドナ・バウンディに手を差し出され、レイとギルバートは席を立ってそれぞれの自己紹介と共にその手を握り返した。自己紹介を終えたレイとギルバートはシルヴィア達を元々座っていた場所の空いてる席に促す。

 

その際、レイは自己紹介の時からギルバートが敬意を持ってエドナと接するところを見て、彼女がギルバートのお眼鏡以上の存在であることを理解する。

 

エドナはシワの少ない顔も合わさって、歳を感じさせない女性だった。白髪の髪を後頭部で綺麗に纏め、背筋もまっすぐに張っている。また杖こそ持っているが、足の不自由な様子もない。

 

レイとギルバートはそんな彼女を見て、抱いた第一印象はこの人絶対強い、という普通なら思わない感想だった。伊達に暗黒時代に名を馳せた訳ではなさそうだと。それは彼女の立ち姿もそうだが、彼女の纏う雰囲気が二人にそう思わせたのだ。

 

二人の自分に対する評価を察したエドナは嬉しそうに笑う。

 

「いいねぇいいねぇ! お前さんらはそこらのヒヨッコどもとは段違いだ。最近は腑抜けが多くて情けないと思っていたが、いるところにはいるもんだねぇ。しかもこの場に三人も!」

 

そう言って笑い続けるエドナを見てレイは首を傾げ、ギルバートは眼鏡のブリッジに指を添える。それを後ろで見ていたシルヴィアが話しかける。

 

「だから言ったではないかミセス・バウンディ。私達の友がそこいらの雑兵と同列なわけないだろう」

 

「東洋にゃ百聞は一見にしかずって言葉もあるからねぇ。あたしゃこの目で見たものしか基本信じないのさ。アンタも身内に甘い節があるしねぇ」

 

その言葉にレイとギルバートは深く頷く。シルヴィアは拗ねた子供のようにすぐそばにいたアリスへと抱きつく。

 

「むぅ、別にいいではないか。なぁ、アリス?」

 

「はいっ、優しいシルヴィさん好きです!」

 

「そうだろうそうだろう」

 

シルヴィアに撫でられてえへへと笑うアリス。しかし彼女の前にいつのまにか近づいたギルバートが額に杖の先を押し付けた。

 

「優しさと甘さは別物だこの愚か者が。貴様はいつになったらその頭のお花畑が枯れるのだ」

 

「あうぅぅぅぅっ!?」

 

グリグリと煙が上がるのではないかというほど杖を捻らせながら押し付けられたアリスは悲鳴をあげる。それを見たエドナは大笑いだ。

 

「はっはっはっ! なるほどなるほど? 子熊をシルヴィアが甘やかしてギルバートがその分厳しく躾けてるのかい。これなら孫が落ちぶれる心配はないねぇ」

 

「いやいやエドナさん、そのお孫さんの額に今にも穴が開きそうなんですが?」

 

レイとエドナの横では今もグリグリと念入りに杖を押し付けられて泣いている孫の姿があるのだが、祖母は見向きもしない。そんなエドナに突っ込むレイを見て、ふむふむとエドナは頷く。

 

「それで三人の折衝役がレイ、と。よく出来た四人組だねぇ」

 

「いや、あの?」

 

エドナは実の孫の現在の状態に見向きもせず、顎を撫でながらレイを観察する。レイはそれに戸惑い、アリスは未だに悲鳴を上げている。

 

そんなレイを、特に瞳を覗き込むように見ていたエドナがふむ、と何かに納得したように頷いて呟く。

 

「……やっぱり、あたしの勘違いじゃないね」

 

「……? エドナさん?」

 

「いや、こっちの話さ。そういやアンタ、三頭犬とやりあったんだって?」

 

エドナがこちらの話を聞かずにあからさまに話を変えたのをみて、レイはあ、この人に何を言っても駄目なんだな、と早々に諦めることにした。

 

それからはエドナが興味津々にレイとギルバートに色々尋ねて、それにシルヴィアとアリスの補足を加えて二人が答えるといった問答が続いた。

 

そんな中でもエドナはレイの三頭犬戦とギルバートの開発した超超初級の無言呪文の話には食いつくような反応を見せた。そこは元闇払いゆえの性なのだろう。……エドナが好戦的な性格なのもあるかもしれないが。

 

老年の女性を四人の子供が囲んで和気藹々としている様は、アイスクリームパーラーという場では中々に目立った。それもあって、とある夫妻がその五人組を見つけるのは容易かった。

 

「あなた、居ましたわ」

 

「ああ」

 

「あらまぁ、お義母さんがあの年頃の子達とあんなに楽しそうにはしゃいでいるのは珍しいですね」

 

「そうだな」

 

「そろそろ声をかけましょうか」

 

夫妻はアリスの父と母であった。金髪を短く刈り上げた寡黙な男性がマット・バウンディで、エドナの息子である。そして同じ金髪を先の方で纏めたおっとりした女性がロネッタ・バウンディだ。

 

二人は今まで今日の夕食の買い物をしていたのだ。レイとギルバートが来ることもあり、ロネッタはシルヴィアが来たとき以上の晩餐にしようと張り切っていた。

 

バウンディ夫妻はレイ達のいるテーブルに近づいて声をかけた。

 

「お義母さん、アリス、それにシルヴィアさんも。お待たせしました」

 

「おや、もう買い物を済ませたのかい? 楽しい時ってのは過ぎていくのが早いもんだねぇ」

 

まだまだ話し足りない、聞き足りないと体全体で表現するエドナにロネッタは口元を押さえて上品に笑う。

 

「これから数週間は皆さんと一緒に過ごせるのですから、そんなに残念がらなくてもいいじゃないですか。……ふふっ、貴方達が噂のレイさんとギルさんですね? 初めまして、アリスの母のロネッタです」

 

「マットだ。娘が世話になっている」

 

自己紹介をした二人にレイとギルバートも同じように返す。この時、寡黙なマットがエドナと同じようにレイの瞳をじっと見つめていたのが印象的だった。

 

そうしてお互いを紹介し合ったところでエドナは立ち上がった。

 

「なら、早速帰って話の続きをしようじゃないか。おっと小僧ども、ここの支払いは任せな。遠慮するんじゃないよ?」

 

遠慮しようとするレイを見て先に釘をさすエドナ。それを聞いたレイとギルバートは結局その言葉に甘えることにしたのだった。

 

エドナは感謝を述べる二人に適当に手を振り、会計に向かう。そんなエドナの横にはいつの間にかマットが並んでいた。

 

「気付いたかい?」

 

「ああ」

 

「伊達にあたしの息子じゃないねぇ」

 

エドナは伝票で肩を叩きながらそっと後ろを見る。その視線の先は孫と義娘とともに楽しげに笑い合うレイだった。

 

「あの歳であんな目をしてるなんてねぇ。さぞ苦労したんだろうさ」

 

「あの時代を乗り越えた者でもそうはいない」

 

「そうさね。闇祓いの極一部と生き残った不死鳥の騎士団員くらいかい?」

 

「そうだな」

 

二人は気付かれる前にレイから視線を外す。その甲斐もあり、視線に鋭いレイは気のせいかとロネッタとの会話に戻った。

 

無事にレイの感知からすり抜けた二人であったが、マットの内心はひどい同情と哀れみに満ちていた。しかし元来の感情が出ない性格と顔付きもあって周囲にそれを悟らせることはない。

 

しかし、母であるエドナはそんな息子の感情と僅かな表情の機微に気付いていた。

 

「なんて顔してるんだい。そんなんだとロネッタやアリスに疑われるよ?」

 

「む」

 

マットは右手で両頬を揉むが、エドナからすれば全然誤魔化せていない。これでは自身と同じように息子のちょっとした機微に聡い義娘と孫を欺くことなどとうてい無理だろう。

 

そんな不器用な自身の息子にエドナはため息をつく。

 

「全く。……まあ、分からんでもないがねぇ」

 

エドナは手早く会計を終えて、マットを連れて自分達を待つ家族や子供達の元へ足を向ける。視線の先にまた笑うレイを見つけて息を吐いた。

 

「あの歳で誰かのために人を殺して、心折れることなく笑えるなんてねぇ。うちの孫娘はとんでもない奴を友達にしたもんさね」

 

天才や秀才の二人も合わせて、と苦笑する母をマットは横で眺める。

 

人を殺すということはどんな理由であれ、魂が引き裂かれるほどの苦痛が伴うものだ。それは大の大人であっても同じこと。それを覚悟して闇祓いや不死鳥の騎士団員になったものでさえ精神に異常をきたし、闇に堕ちるものも少なくなかった。

 

しかしレイは違う。狂うことなく、闇に堕ちることもなく今を生きている。

 

 

 

その瞳の奥に、大切なものを守るという絶対の覚悟を秘めて。

 

 

 

エドナはそんなレイのこれからが楽しみだと口角を上げて笑う。……この日この時、彼女は誰よりも先に英雄の出現を予感していたのだ。

 

そうしてエドナは孫とその友達の将来を心待ちにしながら、マットとともに家族や子供達と合流するのだった。




よもぎもちさん、244さん、葛城黒夜さん、誤字脱字報告ありがとうございます。

お気に入りが1000を突破いたしました! 念願の、念願の1000突破です。読者の皆様、この作品をここまで愛していただき本当にありがとうございます! これからもその期待を裏切らぬよう頑張っていきたいと思います!

あと、予定通り今週は水金の18時に投稿します。

次回、今年の闇の魔術に対する防衛術の教師。
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