ホグワーツに入学して二年目を迎えたレイ。昨日は在校生として新入生を歓迎し、新たに仲間を迎えた晩餐会は大いに盛り上がりを見せた。レイも側にいる緊張した面持ちを見せていた新入生に声をかけ、その子達の肩の力を抜かせるのに一役買っていた。
まあそれも、おふざけでレイがホグワーツ内でも恐れられている怖い人物だと新入生達を脅す赤毛の双子を、無事にグリフィンドールに入寮出来たジニーの件も含めて制裁を下し、笑いを取ったのが大きいだろう。
そんな盛り上がりを見せた入学式から翌日のこと。レイはいつもの面子でグリフィンドールのテーブルの先端に陣取り、新入生達の奇異の視線を軽く受け流しながら一月ぶりの朝食に舌鼓を打っていた。
……とある奥様の怒鳴り声をBGMにしながら。
「全く、朝から騒がしいものだ」
そのBGMが終わりを告げると、清々しい朝の空気が一変し、大広間は一気に笑いに包まれた。そんな中でシルヴィアも口元を隠しながら笑いを堪えていた。
「ちっ、こちらの迷惑を考えてほしいものだな。馬鹿な親子共々」
ギルバートはあからさまに顔をしかめて鬱陶し気に笑いの中心を見やる。そこには顔を真っ赤に染めて恥ずかしさに俯くハリー・ポッターとロン・ウィーズリーがいた。
「わ、私、『吼えメール』って初めて見ました……」
笑うことも迷惑に思うこともなく、ただただ純粋に驚いた様子を見せるアリス。そんな彼女が可愛くて朝からご満悦なシルヴィアであった。
「まあ、これを見ればロンのお母さんがあんな手紙を送るのも分からんでもないけどな」
レイはギルバートのそばに無造作に置かれていた日刊預言者新聞を手に取り、そこに映る空飛ぶ車の大見出しを眺めた。
実は昨日、ハリーとロンの二人と結局合流できなかったのだが、なんと彼らは空飛ぶ車に乗ってホグワーツへとやってきていたのだ。
しかしその車はホグワーツに到着する寸前に不具合を起こして墜落。その際に暴れ柳という希少な木を傷つけたことと空を飛ぶ瞬間をこの新聞記者やマグルに見られたことでスネイプは怒髪天だった。
ハリーとロンはダンブルドアの取り成しもありなんとか退学は免れたが、罰則を受けることになってしまった。
そして今日、その車の持ち主の妻であり、ロンの母親であるモリー・ウィーズリーがお叱りの手紙を愚息へと送ったというわけだ。
「しかし車で通学とはなんとも斬新だ。これでもう少しバレないように気を使えれば及第点なのだがな」
私なら完璧にやり遂げるぞ? と溢れる笑いを抑えながらそう言うシルヴィアにレイが苦笑する。
「天才のお前と比べるのがそもそも違うだろ?」
「その通りでございます女王陛下、我らが愚弟と比較するのも烏滸がましい」
「貴女様なら例え見つかったとしてもその美貌で有象無象を黙らせることでしょう」
突然、レイの言葉に重ねるように話の輪に入ってきたのは昨日レイに痛い目に遭わされた赤毛の双子のフレッド&ジョージ・ウィーズリーだ。
表向き恭しくシルヴィアに接する双子へとシルヴィアは先ほどととは打って変わって微笑ましいものを見る目で双子を迎えた。
「ふふっ、あいも変わらずお世辞がうまいものだな。フレッド、ジョージ」
「お世辞だなんてとんでもございません」
「わたくし達は真実を述べているだけでございます」
「「わたくし達は女王陛下を煽てる道化師なれば!」」
「いや、自分達で煽ててるって白状しちゃダメだろ」
双子のボケとレイのツッコミにシルヴィアとアリスが笑いを零す。そんな中、一人笑うこともなく朝食を食べながら本に目を落としていたギルバートがその本を閉じた。
「それで何の用だ道化師ども。ただ冗談を言いに来たわけではないだろう?」
その言いように双子は揃えて肩をすくめる。
「秀才殿は余裕がないなぁ。ま、その通りなんだけどな」
「ほら、休みの前に相談してたアレ、あったろ? 休みの間、俺達なりにギルバートのアドバイスを元に改良して見たんだけどよ。見てくれないか?」
「ふんっ、見せてみろ」
ギルバートは双子から羊皮紙を渡されて一瞬で目を通していく。それを読み終えたギルバートは珍しく感嘆した様子を見せた。
「ほう、よく出来ているな。あらゆる学問を差し置いて趣味に全力を向けているだけはある」
「「と、言うことは?」」
「俺から指摘するところはない。これで進めるといい」
「「やったぜ相棒! 早速作ってみようぜ!」」
ハイタッチを交わす双子を横目に、レイがギルバートにジト目を向ける。
「おい、また双子に入れ知恵したのか? ミネルバさんがこの前双子の悪戯がタチが悪くなってるって愚痴ってたぞ?」
双子はギルバートと交友を深めていくうちに自分達の悪戯に対する助言を度々ギルバートに求めるようになった。
双子もただ教えてもらうだけでなく、自分達なりの考えや意見を持って助言を求めてくるため、学ぶことを是とするギルバートはレイ達の想像よりもノリノリで双子に教授していた。
これによって、双子の悪戯が格段にハイレベルになっていったのだ。
レイは実家に帰っていた時のミネルバの疲れたような表情を思い出す。彼女が訪ねて来た際、去年度一年分の愚痴とクィディッチの話にマクスウェル夫妻とアリアと共に付き合ったのだ。
そんなレイの視線を軽く受け流したギルバートは眼鏡のブリッジに指を添える。
「俺とて限度と節度を考えてこいつらに助言している。現に後で元に戻せるよう反対魔法も準備している」
「ふふっ、ギルさんとっても楽しそうです」
そんな時、アリスが今のギルの様子にクスリと笑みを浮かべた。すると、それを聞いたギルバートは眼鏡の位置を整えていた指がピタリと唐突に止めた。アリスもなんとなく感じたことを言ってみただけなのだが、この反応に戸惑いを見せた。
「…………」
「え、えと……ギル、さん?」
ギルバートは再度尋ねてくるアリスを無視していきなり腕を振う。その手にはいつのまにか杖が抜かれていた。
「ふわっ!?」
パンッと軽い音と共にアリスは額を押さえる。その魔法はギルバートお得意のデコパンチなのだが、その威力はいつもと比べてもかなり低かった。
いつもより痛くないことに額を押さえて首をかしげるアリスにギルバートはさらに杖を振るう。
「あぅっ」
振るう。
「えぅっ」
振るう、振るう。
「はぅっ、はぅっ」
振るう、振るう、振るう。
「あぅっ、あぅっ、あぅっ」
ギルバートが無言で杖を何度も振るうたびにアリスの額に軽い衝撃が走り、その衝撃で首がカクカクする。そんなアリスを見てられなくなったシルヴィアがギルバートを止める。
「や、やめないかギル。図星を突かれたからといってその恥ずかしさを誤魔化すためにアリスに八つ当たりをするな」
「図星などではない。俺はこの道化師どもの考えが興味深かったから協力しているだけだ」
その言葉に食い気味に否定し、アイデンティティである毒さえ吐かないギルバート。そんな様子を見れば、いつも一緒にいるレイ達は当然、双子でさえもギルバートの動揺に気付けた。
こんな機会滅多にないばかりに肝っ玉が太い双子がギルバートをからかおうとするが、鋭い目つきで杖を向けられてしまい、大人しく両手を挙げざるをえなかった。
シルヴィアに赤くなった額を冷やしてもらっているアリスにギルバートはいいな? と念を押し、それに彼女は高速で首を振ったのだった。もちろん縦に。
レイとシルヴィアはそんなギルバートの滅多に見ない一面に苦笑して、涙目でぐずるアリスを二人掛かりで慰めるのだった。
………………
…………
……
……
…………
………………
そうして騒々しい始まりを見せた学期初日だったが、ホグワーツでの授業に何か影響があるわけでもない。去年度よりも難しくなったいくつかの教科に悲鳴を上げて、そんな出来事があったことなど、とある蛇の寮以外は新たに詰め込まれていく知識に埋もれていった。
変身術では去年学んだことを踏まえての応用が多く、長期休暇中に頭から零れ落ちてしまった者は最初から躓き、ミネルバより厳しいお言葉を頂いた。
魔法薬学ではより繊細で緻密な作業が求められることになり、スネイプ自身が務める寮以外の生徒達は嫌味と難癖とともに点数を下げられた。
他にも薬草学や呪文学、魔法史などの授業も前学年よりも難易度が高くなったのには変わりはなかった。しかし、そんな授業の中でも特に異色を見せるものがあった。それはもちろん、闇の魔術に対する防衛術の授業だ。
「…………」
「シルヴィ、どうどう。落ち着け落ち着け」
「さあさあ皆さん! 私の本を読んでいればこんなテスト簡単でしょう。あと20分ですよ!」
今年より闇の魔術に対する防衛術の担当教師となったロックハートが、自身に向けられているはずの尋常ではない敵意を察することなく陽気に生徒達を急かす。
しかしその声を聞いて目の前のテストに集中する者などごく僅かであり、ほとんどの者は周囲に威圧感を放つ女王へと意識を向けていた。そして心の底から願う。
頼むレイ、このままその人を抑えていてくれ、と。
そこに普段のグリフィンドールだスリザリンだという確執は存在しなかった。
シルヴィアの機嫌が急転直下に陥ったのには訳がある。まずそのキッカケとしてはロックハートの気障で自己顕示欲の高い性格であるのは間違いないだろう。
そして機嫌の落下速度を上げたのは、事あるごとにロックハートがシルヴィアに話しかけ、触れようとしてくる事だった。
シルヴィアは言うまでもなくホグワーツ内でもトップの容姿を持つ。そんな彼女に自身の魅力を勘違いしているロックハートがほっとくわけもなく、ふとした拍子にシルヴィアに関わろうとする。
しかしシルヴィアはギルバートの開発した通称デコパンチを使い、伸ばされた手を全てをはたき落としてガン無視を決め込んだ。この取りつく島もない態度には流石のロックハートもお手上げだった。
そしてトドメが今レイ達の目の前に配られているテストにあった。その問題のテストで出題されているものは以下の通りである。
問一、ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何か?
問二、ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何か?
問三、現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で貴方は何が一番偉大だと思うか?
などなど、このように自分をどれだけみんなが知っているかを問う問題が延々と続いていたのだ。
全くと言っていいほど闇の魔術に対する防衛術とは無関係な自己満足のテスト。もちろんシルヴィアはある程度は答えることができるが、こんな馬鹿げたものに真面目に答える気などさらさらなかった。
以上がシルヴィアの機嫌が急転直下に陥った理由である。振り返ってみても、シルヴィアがキレない理由がどこにもなかった。
そんなシルヴィアの横では、レイが目の前の馬鹿げたテストには見向きもせずに冷や汗を額に浮かべながら彼女を宥めようと小声で話しかけてその手を握っていた。
これは地味に効果があり、最愛の友に手を握られる嬉しさも相まって、かなり頭にきていたが、シルヴィアは愛すべき友の説得を無碍にすることはしなかった。
そのレイの行動が女王をギリギリ暴君へと変わらせなかったのだ。
余談だが、筆が燃えるのではというほどの速さでテストに回答していくハーマイオニーをよそに、エステルはそんな二人の様子にむぅと頬を膨らませていた。
レイの必死の説得が功を成し、爆弾が爆発する寸前のような張り詰めた空気の中、ロックハートのテストの終わりを告げる声が上がった。生徒達は全員無事に乗り切ったのだ。テストが終わった瞬間、一同が盛大に肩の力を抜いたのは仕方ないだろう。
最後までシルヴィアの敵意に気付くことがなかったロックハートは回収されたテストをさっと確認して眉根を寄せた。
しかしその中に満点者を見つけて変わって上機嫌になった。ロックハートは満点者であるハーマイオニーの名を呼んでグリフィンドールに10点を与えた。彼の大ファンであるハーマイオニーは幸せの絶頂に身体をふらつかせ、そこをエステルに支えられるのだった。
その様子を満足そうに見たロックハートは次に教壇の下から風呂敷で覆われた籠を取り出してきた。
「今よりこの教室で君達はこれまで経験したことがないような恐ろしい目に遭うことでしょう。だが安心しなさい。私がここにいる限り君達に決して怪我などさせません」
もったいぶった物言いで風呂敷に手をかけるロックハートをファンの子達は盛大に怯え、それ以外の者達は冷めた目で伺っていた。
そんな生徒達を一瞥してロックハートは風呂敷を一息に取り去った。
「さあ見たまえ! 捕らえたばかりのピクシー小妖精だ!」
その籠の中にいたのは、大きさ20センチ前後の群青色をした羽のある醜い生物だった。それが十数匹狭い籠の中を金切り声とともに飛び回っている。
それを見た男子生徒の一人が拍子抜けと笑う。しかしそんな男子生徒にロックハートが人差し指を立てて気障ったらしく横に振った。
「侮ってはいけませんよ! 連中はなんとも厄介な生物なのですから」
そう言ったロックハートはおもむろに籠の鍵付きの扉に手を伸ばす。これを見たレイが次の事態を予想して再び冷や汗を流した。
「おいおいまさかアレを出す気か?」
「どうやらそのようだ。さて、あの男が真の偉人か否か。お手並み拝見といこうか」
シルヴィアが鼻を鳴らして腕を組む。そんな悠長な、とレイが言おうとしたところで最悪の予想が現実となる。
「君達はこの生き物の恐ろしさがわからない様子。では、その恐ろしさを体験していただきましょうか!」
ロックハートはもったいぶった後にさっと鍵を外した。するとピクシー小妖精が扉を蹴破るように勢いよく飛び出した。
そして、次の瞬間には教室は阿鼻叫喚の大騒ぎとなる。
ピクシー小妖精はほうき星のように軌跡を残すような速さで教室内を飛び回り、思い思いに行動し出す。
窓を突き破り外に飛び出すものやインク瓶を掴んでインクをばら撒くもの、教科書を破って紙吹雪の真似事をするものやロックハートの写真を引き裂くものなど、悪戯の限りを尽くしていく。
「さあどうしたのですか皆さん! 捕まえてみなさい、たかがピクシーでしょう」
そう言ってロックハートは杖を抜くが、その杖はあっさりとピクシー小妖精に奪われてしまう。あっという間に何も出来なくなったロックハートは目の前に飛んできた花瓶を避けて教壇の下に隠れてしまった。
これを見ていたレイとシルヴィアは呆れ果てて罵倒する言葉すら出てこなかった。
レイは両耳を引っ張られて空中に釣り上げられようとしていたネビルを助けてシルヴィアに問う。
「で、どうするよシルヴィ? 自称偉大な魔法使い様は役立たずだし、一匹一匹相手するのはめんどくさい」
「……そうだな。私もいい加減どこかで鬱憤を晴らしたいと思っていたところだ」
そう言って立ち上がったシルヴィアは杖を抜き、声を張ることもなく静かに呪文を唱える。この喧騒の中、ピクシー小妖精に至るまでその声は行き届いていた。
「イモビラス、動くな」
静謐な声で紡がれた呪文が空中へと放たれる。そしてそれはあっという間に効果を表し、教室中にいたピクシー小妖精を一匹残らずその動きを停止させた。
何が起こったかわからないピクシー小妖精は次には痛みに呻くことになる。
「ディセンド、落ちろ」
再びシルヴィアが呪文を紡ぐと、空中で停止していたピクシー小妖精が凄い勢いで地面に叩きつけられた。その際にピクシー小妖精は痛みと衝撃で一際高い金切り声を上げた。
それを見たシルヴィアは何事もなかったように杖をしまった。そして感嘆の声をあげて手を叩くレイへと声をかける。
「レイ、行くぞ。これほど時間を無駄にしたと思ったのは久しぶりだ。一時でもあのようなハリボテの塵屑がいる場所にはいたくはない」
シルヴィアは教壇の下からそっとこちらを伺っているロックハートを一瞥し、手荷物をまとめて教室の入り口へと足を向けた。
「あー……ま、いっか。んじゃロックハート先生、今日はありがとうございました」
レイは頭を掻いて一瞬逡巡したが、結局はシルヴィアに続くことにした。ロックハートに最低限の敬意だけ示してレイもシルヴィアを追いかけていった。
後に残されたのは教室の無残な姿と、床に転がされたピクシー小妖精に呆然と佇む生徒達。そしてシルヴィアに塵扱いされてショックを受けるロックハートだった。
この後、シルヴィアは次の授業までレイに愚痴をこぼし、夕食時にはアリスを腕に抱いて離すことはなかったという。
来週から投稿ペースを緩めます。来週は月、金曜日の18時に投稿します。
次回、『汚れた血』。