選ばれし者と暁の英雄   作:黒猫ノ月

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244さん、vineさん、誤字脱字報告ありがとうございます。


26話

レイ達が着実に『秘密の部屋』について調査を進めていた頃、もう一組同じように『秘密の部屋』の謎を追求しようとしている者達がいた。他でもないハリー達一行である。

 

彼らはレイ達と同様にマルフォイがなにかを知っているのではないか、もしくはスリザリンの継承者ではないかと考えた。今はそれを探るためにポリジュース薬という変身薬を調合している最中だ。

 

それが完成次第、マルフォイの身近な者に化けて彼から知っていることを聞き出そうという算段だ。しかしこの薬の完成にはまだ時間がかかり、今はハーマイオニーに一任するしかなかった。

 

この件について、ハリー達はレイに話してはいない。なにも証拠がないまま、しかもただマルフォイから聞き出すだけであり、それだけのためにポリジュース薬の作製という罪を犯させるわけにはいかないと考えたのだ。

 

そうしてポリジュース薬の完成を待つ中、ハリーは焦っていた。自身が今回の事件の犯人だと周囲に噂されていることもそうだが、その焦燥を加速させた原因が別にあった。

 

それは今年のクィディッチ初戦の夜、医務室で夜を明かしていた時に訪れたドビーという屋敷しもべ妖精の存在と、再び石となって発見された少年……コリン・クリービーが原因だった。

 

ドビーは過去に『秘密の部屋』が一度開かれたこと。そしてさらに意味深な言葉を残してすぐさま消え、石になった少年は昼にハリーに対して心ないことを行った少年だった。

 

今回はハリーが医務室にいたことで容疑者から外されていたが、その日の昼の出来事もあって生徒達から疑いの視線が消えることはなかった。

 

猜疑心が込められた視線に晒され、徐々に増していく焦燥感に駆られる中、ハリー一行はグリフィンドール寮の談話室にてとある張り紙を目にする。そこには『決闘クラブのご案内』という文字が書かれていた。

 

「へーっ、決闘クラブか。面白そうじゃないか?」

 

「そうだね。今は危ない時期だし、身を守ることを考えれば参加するに越したことはないかも」

 

「ハリー、参加してみましょう? 気分転換にもなるかもしれないわ」

 

ハリーはハーマイオニーの言葉に、みんなが自分を心配してくれていることを悟った。その心遣いに申し訳なるとともに嬉しくなったハリーは、素直にその気持ちを受け止める。

 

「……うんっ、行ってみよう。いつ開かれるのかな?」

 

「えっと……今週の木曜日みたいだね。どんなことをするのかなぁ?」

 

そうしてハリー達が張り紙の前で決闘クラブについて歓談していると、そこにネビルを連れたレイがやってきた。

 

「レイ、あそこでハリー達が何か見てるよ?」

 

「ん? 本当だな。よぉ、どしたんだお前ら。こんなところでたむろして?」

 

「あ、レイにネビル! 見てこれ! 決闘クラブだって!」

 

「決闘クラブだぁ? なになに……」

 

レイはネビルとともに張り紙を一通り目を通していく。見終わった二人は各々の反応を見せた。

 

「な、何か面白そうだね、レイ」

 

「そうか? うーん、果たして『秘密の部屋』の怪物相手に決闘のルールが通じるか疑問だがな」

 

少しワクワクしているネビルを横に、多少疑問に思ったレイはまあやらないよりはマシかと結論づけて早々に興味を失くす。それを見ていたエステルは不思議そうにレイに尋ねた。

 

「レイは参加しないの? こういうのレイは好きなんじゃないかなって思ったんだけど……」

 

「決闘なんてお上品なものは興味ねぇな。敵がわざわざお辞儀してくれるなんてあるはずないしな」

 

俺が好きなのはもっと泥臭いものだよ、と肩をすくめるレイに、エステルは残念そうな顔をする。ここ最近レイとあまり関わることが出来なかったので、これを機に一緒にいたいなと考えていたのだ。

 

うーっと可愛く唸るエステルとそれを首を傾げて見やるレイ。その様子をハリーとロンは複雑そうに、ハーマイオニーとネビルは微笑ましく眺めていた。

 

ハリーもレイに対して蟠りは無くなったのだが、けれども自分が気にしている女の子が他の男の子に懸想をしている様を見るのは面白くないだろう。たとえそれが仕方ないものだと思っていても、だ。ロンは言わずもがなである。

 

そして、そんな恋する乙女を救った者がいた。彼女の親友であるハーマイオニーだ。

 

「ねぇレイ。貴方いつもこういう訓練をしているのよね?」

 

「ん? ああ。まあ、最近はギルバートが忙しかったり新しい呪文を覚えたりでやってないけど」

 

それがどうしたんだと尋ねるレイにハーマイオニーが本題を切り出す。

 

「なら私達に戦い方を教えてくれないかしら? 確かに怪物と戦うのに決闘も何もないと思うし、貴方は三頭犬相手に戦った経験もあるでしょ?」

 

どうかしら? と聞かれ、レイはまあそれならと快く承諾する。それを聞いたエステルはあからさまに顔を輝かせた。

 

「本当、レイ?」

 

「ああ。俺でよければな」

 

「うんっ、よろしくお願いします!」

 

こうして、レイはハリーやエステル達とともに決闘クラブに参加することを決めたのだった。

 

………………

…………

……

……

…………

………………

 

そして決闘クラブが行われる当日。レイは早々に帰りたい気持ちでいっぱいだった。

 

「……なぁ、帰っていいか?」

 

「ちょ、ちょっとまってレイっ。もう少し様子を見よ? ね?」

 

うんざりした顔をして帰ろうとするレイをなんとか宥めて押しとどめようとするエステル。ハリーとロン、ネビルもレイに同意し、何か言いたげなハーマイオニーも口を一文字に閉ざすだけだった。

 

レイとハリー達がそんな様子を見せたのも無理はなかった。なにせ今彼らの目の前にはここ数ヶ月で多くの生徒から信用をなくした教師が立っていたのだ。

 

「やあやあ皆さん、特に子猫ちゃん達! ご機嫌はいかがかな? ようこそ決闘クラブへ!」

 

マントを羽織り、大仰にお辞儀をするギルデロイ・ロックハートの登場に、未だ目が覚めないファンの女の子達は黄色い声を上げる。しかしそれは全体の一、二割ほどであり、ほとんどはレイと同じような心境だった。そこには生徒達の嫌われ者、セブルス・スネイプがロックハートの横に立っていたことも原因の一つだろう。

 

「……まあ、頼まれたからには残るけどよ。この決闘クラブが成立するか分からなくなったぞ?」

 

「あ、あはは……」

 

レイの言葉に、エステルももはや乾いた笑いしか出てこなかった。

 

それからロックハートがお手本を見せると言って壇上でスネイプと試合ったのだが、物の見事にロックハートが瞬殺された。その際のスネイプの手際はレイも称賛するものだった。

 

吹き飛ばされたロックハートに駆け寄り、心配するようにキャーキャー叫ぶ集団を冷めた目で眺めていたハーマイオニーを除いた一行だったが、そんな一行に近づく人影がいた。

 

「ふんっ。暇つぶしに来てみればあの塵は見世物すらできないのか。こんなところで時間を無駄にするより、いつものように呪文学の教室でやった方がいいのではないか、レイ?」

 

「シルヴィ? なんでここにいるんだ?」

 

レイが振り返ると、そこには美麗な眉を眉間に寄せて不愉快さを隠しもしていないシルヴィアが立っていた。これにはハリー達も驚いた。レイと同じで、彼女もこんなものには興味がないだろうと思っていたのだ。

 

一行の言いたいことを察したシルヴィアは肩をすくめてここにいる理由を話す。

 

「なに、先も言ったが暇つぶしだ。今日は授業が休みだろう? 暇を潰そうにもギルは調べ物、アリスは何やらやりたいことがあるらしくてな。さてどうしたものかと思っていたところで、レイが数日前に言っていたことを思い出してな」

 

それでここにいる次第さ、と締めくくったシルヴィアにレイはなるほどと頷いた。ハリー達もその言に納得していたのだが、一人少し不満そうにしている者がいた。エステルである。

 

レイに恋する乙女にとって、シルヴィアはなにかと意識してしまう存在だ。自分よりもレイと一緒におり、彼からの信頼も厚い。またレイを最愛の友と豪語し、その美貌から溢れる微笑みを向け、レイもそれに優しく微笑み返す。そんな二人の親密な様を見ていれば嫉妬の一つや二つしてしまうものだ。

 

さらに今日は久しぶりに彼女のいないところでレイと一緒にいれると思っていたのだ。不満に思ってしまっても仕方がなかった。

 

こんな自分は嫌だなと思いつつも不満げにシルヴィアを見るエステル。もちろんシルヴィアはそれに気付いていたが、そのことに対して何も言うことはなかった。

 

不満げな視線を華麗に受け流し、シルヴィアは再度レイに問うた。

 

「で、どうするレイ? このままここにいるのは得策ではないと思うがな。というより私が嫌だ」

 

レイとハリー達のことなのに、当たり前のように自分本位の意見を述べるシルヴィアにレイは苦笑して言葉を返す。

 

「いや、せっかくだから残ることにするよ」

 

「……むう、そうか。君がそう言うのなら仕方ない」

 

なら嫌だが私も残ると言って、シルヴィアはレイの横に立つ。自分といたいために嫌いな者がいようとも残ると言ってくれることに密かに嬉しくなるレイだった。

 

そのことにまた不満を覚えるエステルだったが、レイと一緒にいられるだけマシかと思い直してシルヴィアに対抗して反対側に引っ付く。奇しくもレイは両手に大華を実現させた。

 

そうこうしているうちにロックハートも持ち直したようで、何事もなかったように身嗜みを整えてスネイプを称賛した。自分は彼に華を持たせるため手を抜いていたと保険も添えて。

 

ロックハートは次に、生徒同士でやって貰いましょうと代表者を募った。そんな時にふと、天才が不愉快げな顔を一変させて悪戯っ子のような笑みを浮かべる。良からぬことを思いついたのは明白であったが、幸か不幸か誰も気付くことはなかった。

 

そんな天才をよそにロックハートは再度代表者を募る。しかししばらくしても誰も名乗り出ない。これにロックハートが大袈裟にため息をついたところで、意表を突くように天高く手を挙げた者がいた。他でもないシルヴィアである。

 

「スネイプ教授、天才たる私ならよいお手本となれると思うが、如何かな?」

 

その横でレイとハリー達がいきなりどうしたのかと彼女を見つめるのだが、当の本人は取り合わない。

 

シルヴィアが名乗り出た瞬間、ロックハートは目に見えて動揺した。しかしスネイプは静かに不敵に笑うシルヴィアを観察するようにじっと見つめる。

 

少しして、短いため息とともにスネイプは承諾した。

 

「いいだろう。来たまえ、コルドウェル」

 

「どうも」

 

呼ばれたシルヴィアは人混みが分かれてできた壇上までの一本道を当たり前のように歩いていく。その際、意味深な流し目を送り、レイに嫌な予感を起こさせた。

 

壇上に堂々と佇むシルヴィアは光に照らされて神々しく見えた。知らず、あちこちから感嘆のため息が漏れる。

 

そのシルヴィアを見ても特に反応を見せなかったスネイプは、大袈裟にお手上げといったように肩をすくめた。

 

「しかし困りましたな。許可を出したはよいが、コルドウェルと匹敵する生徒はここにはいないようだ。どうですかなロックハート教授、お相手をして差し上げては?」

 

それを聞いたロックハートは声をあげなかった自分を褒めてやりたかった。人気者である自分に対してあそこまで嫌悪感を丸出しにしてくる少女と相対したくなどなかったのだ。

 

また、大人顔負けの魔法の才能を持っていることも腰が引けている原因だ。先程スネイプに負けた醜態をなんとか誤魔化したばかりだ。二度目は流石に苦しかった。

 

ロックハートが冷や汗を垂らしながら頭の中で状況の打開を図る中、彼が自ら打破する必要はなくなった。なぜならそれを他でもないシルヴィアが請け負ったからだ。

 

「おやスネイプ教授、貴方の目は節穴かな。私に匹敵する生徒なら一人いるではないか」

 

片眉をあげるスネイプをよそに、シルヴィアは壇上からとある一点を見つめる。その視線を生徒達も辿っていき、とある少年に視線が止まった。

 

「え? 俺?」

 

この空間全ての視線を向けられて焦るレイ。その様子をおかしげに微笑んでシルヴィアは戸惑うレイを誘う。

 

「どうだろうレイ。私と一曲お願いできないかな?」

 

壇上の上より右手を差し伸べるシルヴィアを唖然と見つめた後、深いため息とともに頭を乱雑に搔いてレイは答えた。

 

「……わーったよ。踊ってやろうじゃねぇか」

 

「ふふっ、それでこそレイだ」

 

シルヴィアはそう言ってスネイプを見る。有無は言わせないと言うように見る彼女に、スネイプも渋々と了承した。

 

レイはハリーやエステル達に一言入れて壇上へと歩いていく。エステルはその背中を期待と不安、嫉妬の入り混じった感情を抱えて見送った。

 

生徒達から様々な視線を向けられながら壇上へと上がったレイは、なおも続く視線の猛襲に辟易する。そしてその原因を作った元凶へと責めるように視線をやった。

 

「ふふっ、そんな目で見ないでくれ。最近試合ってなかったからいい機会ではないか」

 

「そのことは責めてねぇよ。……全く、あとでいくらでもやれたのにわざわざこんな場所で見世物にしやがって」

 

レイは自身の責めにも一切反省を見せず、悪戯が成功した子供のように笑うシルヴィアに、何を言っても無駄だと早急に諦めることにした。

 

「で、ルールはどうするよ?」

 

「あくまで決闘だからいつものようにはいくまい。呪文は武装解除と妨害のみ、杖を奪うか参ったと言わせれば終いでどうだろう?」

 

「それ俺に有利過ぎないか? お前はいろんな魔法を使えるってのに……」

 

「なに、天才の余裕というやつさ」

 

「やろう……」

 

シルヴィアの挑発にレイも好戦的な笑みを浮かべて杖を抜く。それにシルヴィアも続く。その杖の抜き方一つ見ても、様子を見守る一同を魅せるものだった。

 

「勝ったらしばらくアリスを愛でれないようにしてやる」

 

シルヴィアへと意趣返しをしようとぼそっと呟いたレイだったが、五感が鋭いシルヴィアはもちろんその呟きが耳に入る。そして、その内容は絶対に彼女には看過できないものであった。

 

「おい、聞こえてるぞレイ! それはあまりにもあんまりではないか!」

 

「うるせぇ! なら勝ってみろ!」

 

「いいだろう! では私が勝ったら一つ言うことを聞いてもらうからな!」

 

「上等!」

 

壇上で言い争う二人の姿をロックハート含めほぼ全員が唖然と見つめる。先程女神のような神々しさを醸し出していたシルヴィアが、今では小さいことで言い争う少女同然なのだ。誰もが驚きに目を見開くのも無理はなかった。

 

そんな観衆をよそに、レイとシルヴィアはお互い戦意を高揚させる。そして驚きから解放されたロックハートがこそっと二人の中央に立ち、わざとらしく咳払いをして宣言する。

 

「んんっ。では、不肖私が審判を務めて差し上げましょう。では、構えなさい」

 

ロックハートの言葉に、しかし二人は構える様子を見せなかった。たしかに決闘という方式ではあるが、敵と相見えた時にわざわざ構えるのを待ってくれるはずがない。

 

レイ達は個人で試合を行うときも一切構えないようにしていた。それは、どんな時でも反応できるようにするために。将来的には最初に杖を抜かないで立ち合うことも視野に入れている。

 

全く構えない二人をロックハートは怪訝そうに見たが、高まる戦意を肌で感じたために何も言わずに決闘の立会いを続ける。

 

「ふぅっ。では、健闘を祈ります」

 

壇上に立つ二人の戦意は徐々に鋭さを増し、固唾を呑んで見守る周囲を襲う。その鋭さに誰よりも全身を突き刺されているロックハートは回らなくなりそうな口を必死に動かしてカウントを始めた。

 

「……さ、3……2……1……始めっ!」

 

 

 

瞬間、壇上の中央で弾ける閃光。

 

 

 

レイとシルヴィアはほぼ同時に武装解除呪文を放ったのだ。

 

あまりの速さと目の前で弾けた衝撃に驚き、ロックハートは情けない声を上げながら壇上から仰向けに倒れた。それをファンの生徒達が間一髪支えたために事なきを得る。

 

その間にも壇上では激しい攻防が繰り返されていた。

 

お互いが無言呪文で魔法を繰り出す度に早いテンポで呪文が弾けては消え、弾けては消えていく。それを見ていたハリーは呆然と感嘆の声を上げた。

 

「す、すごいね二人とも。絶え間なく魔法を繰り出してる」

 

「う、うん。というかいつのまにレイは無言呪文を覚えたのかな?」

 

そんな疑問を抱えながらも、目の前の攻防にエステルは目を離せない。いや、エステルだけではない。ハリーも、ロンも、ハーマイオニーもネビルも、この場にいるほぼ全ての人達が二人の舞踏に見惚れ、その行方を固唾を飲んで見守っていた。

 

大勢に見守られながら、レイとシルヴィアはお互い武装解除呪文のみで打ち合っていく。妨害呪文で防御に移ることなく強気で攻める二人であったが、それもすぐに崩れた。

 

「ちっ!」

 

レイはシルヴィアについていけなくなり、攻勢から防御に移らざるを得なくなった。無言呪文を覚えたてのレイでは、練度と魔法力の差でシルヴィアに追いつけなくなったのだ。

 

飛んでくる武装解除呪文を妨害呪文で弾き、身体を使って避け、屈み翻り、レイはシルヴィアのとめどない攻撃の雨を凌いでいく。さらにレイもタダでやられることはなく、合間合間で武装解除呪文をシルヴィアに放っていく。

 

それでもなお、シルヴィアはその場から一歩も動くことはない。

 

余裕とまではいかないが、隙間を縫って飛んでくる不規則な武装解除呪文を危なげなくいなしていく。誰が見ても、優勢はシルヴィアにあった。

 

「おいおい、このままじゃレイのやつ押し負けるぜ?」

 

「そうね。なんとかして彼女の攻勢を崩さないと……」

 

「レイ危ない! うーっ、も、もうダメだ。ぼ、ぼぼ僕もう見てられないよっ」

 

上からロン、ハーマイオニー、ネビルと各々戦況の感想を述べていく。誰から見ても劣勢に追い込まれているレイ。しかし、そんな彼を誰も笑うことはしなかった。

 

こういう時、グリフィンドールを毛嫌いしているスリザリン生なら率先して煽り、馬鹿にするものだ。それがスリザリンの象徴となったかもしれないシルヴィアを拐かしたと思われているレイが相手ならば尚更だろう。

 

しかし誰も笑わない。いや、笑えるはずがなかった。

 

もちろんあとでシルヴィアが怖いのもある。自分があの場に立っても、あそこまでの戦いを繰り広げられないというのもある。しかし何より、劣勢でも挫けることなく天才に立ち向かうレイの姿は格好良く、美しく見えたのだ。

 

泥臭くわずかな勝機を掴み取ろうともがくその姿に、誰もが見惚れていた。

 

それはもちろん、エステルもだった。

 

 

 

「……レイ! 負けないで!!」

 

 

 

エステルは知らず、声を張り上げてレイに声援を送っていた。それは静かに見守っていたこの場ではどこまでも響き渡る。そして、その声援はレイへと届く。

 

「っ!」

 

レイはエステルの方を見ることはなかった。しかしたしかにその想いを受け取ったのだ。そして、その想いに応えるかのようにレイは一歩足を踏み出した。

 

「……!」

 

シルヴィアはレイが何をしようとしているかをいち早く察して攻勢を強めていく。いくら天才であり、人並み以上の身体能力を有しているとはいえ、いつも身体を鍛えているレイを近づかせることはデメリットでしかない。

 

しかしこれに対してレイは完璧に防御に徹することでさばいていき、一歩ずつ、着実にシルヴィアに近づいていく。

 

そして、その様子を見守っていた生徒達はエステルに引っ張られるように次々と声援を投げかける。

 

「おいレイ! ここで負けたら一生笑ってやるからな! 女王様に負けた不甲斐ない王子様ってな!」

 

「それにおまけでクソ爆弾も死ぬほど食らわせてやらぁー!」

 

「れ、レイ! ぼ、僕も応援してるから! 頑張れ!」

 

「レイ! 勝って!」

 

赤毛の双子を始め、ネビル、ハリーと続きレイの友人達が声を張る。しかしそれに負けじとシルヴィアにも声援がかかる。それは今もなおシルヴィアを崇敬するスリザリン生達だ。

 

「押し返せコルドウェル!」

 

「そんなやつ負かしちゃえ!」

 

「お姉様! 頑張って!」

 

……いつしか、決闘クラブの会場はとてつもない熱気に包まれた。レイを、シルヴィアを、又はどちらをも応援する声に溢れたのだ。

 

そんな熱狂的な中、エステルは胸の前に腕を組んでただ静かに祈る。レイ、負けないで、頑張れ、と。

 

純粋な祈りを向けられているレイは、シルヴィアとの距離をあと五メートルというところまで詰めていた。それは最初の距離からようやっと半分を切った地点だ。しかしあと数メートルが果てしなく遠い。

 

また距離が近くなるといことは攻勢が激しくなることを意味する。レイはもはや呼吸をすることもままならず、ただひたすら少しづつ、少しづつシルヴィアとの距離を詰める。

 

シルヴィアは確実に近づいてくるレイに危機感を抱く。しかし、彼女は決して後ろに下がることはしなかった。……後退することを、天才たる誇りが許さなかったのだ。

 

また、ここまで必死に食らいついてくれるレイが心の底から嬉しかった。普通なら天才になんて端から勝てないと諦める者がほとんどだ。しかしレイは違う。今できる自分の全てを以てぶつかってきてくれる。シルヴィアの心の内は歓喜に満たされていた。

 

さらにいえば今日のレイはいつもとはひと味もふた味も違う。そんなレイを全身全霊でもって受け止めたいとシルヴィアが思うのは当然とも言えた。

 

たとえそれが、自分ではない人物。しかも自身もそれとなく意識している女の子の影響を多少受けたものだったとしても、だ。

 

それでも、シルヴィアは構わなかった。

 

なぜなら、それがレイだからだ。親しい者の想いを絶対に裏切らないのが彼だ。それを受け止めるのもまた、最愛の友としての務めだ。

 

そんな想いをシルヴィアが胸の内に秘めているとはつゆ知らず、レイは数センチ単位でシルヴィアに出来るだけ近づいていく。しかしそれも限界が訪れる。

 

「っ!?」

 

とうとうシルヴィアの武装解除呪文が身体をかすめたのだ。これ以上進めば確実に呪文が身体に直撃して吹き飛ぶだろう。そうなればレイの負けが確定する。

 

レイはもう少し近づきたかったが仕方ないと心の中で独り言ち、最後の手段を繰り出すタイミングを見計らう。

 

それはシルヴィアも悟ることが出来た。どんな手を使ってもいい。来い、レイ! とシルヴィアも攻勢を緩めることなく待ち構える。

 

……そして、その時は来た。

 

「っらぁ!!」

 

レイはシルヴィアの左右の振りの違いを見極め、若干振りの遅い左の振りへと移行した瞬間を狙い自身のローブへと手にかけた。そしてそれを自身とシルヴィアの間に勢いよく放る。

 

瞬間、ブワッと大きく広がったローブは、シルヴィアからレイの姿を完璧に隠した。

 

「ちぃっ!」

 

シルヴィアはすぐさまそのローブを妨害呪文で横に弾く。視界が開けたその先では、レイがこちらに全身全霊を持って突っ込んでくるところだった。

 

「もらったぁっ!!」

 

「させんっ!」

 

すぐそこまで迫ってくるレイを迎撃しようとするシルヴィアであったが、ローブを排除したという一手間が確実にその行動を遅らせた。しかしそれでもシルヴィアは尋常ではない速さで杖を引き戻す。

 

レイは下段から掬い上げるように、シルヴィアは上段から振り下ろすよう杖を相手へと振り抜く。

 

 

 

一瞬の刹那、両者は交差した。

 

 

 

痛いほどに静まり返る会場。そこに先程まであった熱い空気は存在しない。二人の決闘の結果に、誰もが息を飲んだのだ。

 

皆が見る視線の先。壇上でレイとシルヴィアはお互いが息のかかる距離にいた。そんな両者の杖は、お互いの首元へと突きつけられていた。

 

引き分け、これがこの決闘の結果だった。

 

それを端から端まで全員が理解した瞬間、会場は爆発したような歓声に包まれた。そこには寮の隔たりなどなく、ほとんどの者が二人に心からの称賛を送った。

 

当の本人達はその歓声に応えることなくこの結果を胸に刻みつける。そしてようやく両者ともにゆっくりと杖を首元から離した。

 

シルヴィアは軽く息を吐いて昂ぶった身体を落ち着かせる余裕があったが、レイはそれどころではなかった。途中からほとんど無呼吸状態で無酸素運動を続けさせられたのだ。さらに一時も気が抜けない状況に晒され続けたために心身ともに限界を超えていたのだ。

 

壇上で恥も外聞もなく大の字で寝転がるレイ。少しでも酸素を取り入れようと何度も何度も荒く短い呼吸を続け、溢れ出る汗の鬱陶しさに

しかしそれを拭う気力もなかった。

 

このまま気を失ってしまおうかと襲い来る倦怠感に身を任せようとした時、その汗を滑らかな肌触りをしたものが拭う感触があった。

 

目を開けるとそこにはそばに屈んでレイの汗をハンカチで拭ぐうシルヴィアがいた。

 

「はぁ、はぁ……汚れる、ぞ?」

 

「構わないよ。君の汗なのだからな」

 

「意味、ないだろう? はぁ、はぁ……」

 

「そうだな、拭いても拭いても止まらないな」

 

そう言って微笑みながら変わらず汗を拭うシルヴィアを見て、レイはこれ以上会話をするのも煩わしいと野暮なことを言うのをやめてシルヴィアの好きなようにさせる。

 

そうして少しづつ落ち着いてきたレイに、シルヴィアは変わらず汗を拭いながら話しかける。

 

「とうとう君に引き分けてしまったな」

 

「ふぅ……アホか。あそこまでハンデをもらって、しかも奇策使ってやっとだろうが。あんなの引き分けなんて言わねぇよ」

 

「相対した私が引き分けだと言うのだ。大人しくその結果を受け取るのだな」

 

「…………」

 

むすっとしていかにも納得できませんといったレイの様子が可愛くてシルヴィアは殊更柔らかく微笑む。それを見たレイは子供っぽさを自覚させられて不貞腐れた。

 

シルヴィアはそんなレイの汗で張り付いた前髪を整え、汗をたっぷり含んだハンカチを何食わぬ顔でポケットにしまう。そして立ち上がってレイへと右手を伸ばした。

 

「ほら。立てるか、レイ?」

 

「……はぁ、いつまでも腐ってても仕方ねぇか。ありがとな、多分立てはする」

 

レイはシルヴィアのシルクのようなに滑らかな右手を取り、よろめきながらもなんとか立ち上がった。そんな二人の様子に、周囲は拍手を送る。

 

レイとシルヴィアは壇上で、生徒達の拍手喝采に包まれた。この日の二人の決闘は、生徒達の脳裏に焼きつけられたのだった。




突然ですが、友達に勧められて作者名でツイッターを始めました。作者のトップページにURLを載せてありますので、こんな作者の取り留めのない呟きに耳を傾けてくれる優しい方がいれば、フォローしてみてください。

来週も月曜、金曜の18時に投稿します。

※投稿を水曜と記述しておりましたが、これは間違いであり、いつも通り金曜日とさせていただきます。大変申し訳ありませんでした。

次回、怪物の能力とは?
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