ギルバートより怪物の能力や正体の推測を聞き終えたレイ達は、教師陣にバレることなく無事に隠し部屋から夕食に顔を出した。
『秘密の部屋』の怪物について八割方見当がついているギルバートであったが、50年前のことについて調べているレイとシルヴィアの方は、未だ手がかりを見つけられずにいた。
二人がなぜ未だに成果を挙げられていないのかといえば、そもそも五十年前の事件についての資料が何も残されていなかったのだ。
まるで、そこの部分だけ意図的に闇に葬られたかのように。
その空白の年代の存在は、当時の校長の愚かさを理解するには十分であった。
しかし、レイとシルヴィアは僅かな情報でも集めることの重要さを今回のギルバートの考察もあって改めて理解したため、これからクリスマス休暇まで暇さえあれば図書室に籠ることにしている。
何事もなく席に座ったレイ達は目の前の夕食に一瞬驚き、すぐに納得した。生徒達の不安を少しでも和らげるためか、今晩の夕食はいつもより豪勢であったのだ。その試みは功を成したようで、夕食が終わる頃には暗い面持ちであった生徒達の表情にも余裕が見て取れた。
レイはシルヴィア達と別れると、ハーマイオニーだけに話があると言って自分の部屋に来てもらった。そしてギルバートよりもらった水眼鏡を渡し、なにか不穏な気配を感じたら迷わずこれを覗いて周囲を警戒しろと忠告した。
その際、ハーマイオニーになぜかと聞かれたレイは教えてもらった怪物の特性を簡単に説明した。一通り聞き終えたハーマイオニーは愕然とした。自分達が密かに秘密の部屋について調べている中、レイ達は『秘密の部屋』の怪物について既にかなりのところまで迫っていたのだ。去年のことも合わせて、ハーマイオニーはレイ達の埒外さに閉口するしかなかった。
そしてレイが自分だけしか呼ばなかった理由にも気付く。下手にハリー達に知られれば、持ち前の無鉄砲さで絶対に首を突っ込むと考えたからだろうと。しかしその思い遣りは完全に手遅れだった。自分達は既にポリジュース薬を使い、『秘密の部屋』について調査する気満々なのだから。
レイはこのことはハリー達にできるだけ話さないようにと釘を刺したのだが、しかしそれに対してハーマイオニーは曖昧に頷くことしかできなかった。どうしようかと頭を悩ませた彼女であったが、結局は怪物のことについて限界まで話さないことを心に誓う。
レイが自分を信頼して話し、あの傲岸不遜な毒舌家に頭を下げてまで作ってもらった魔法具を渡してくれたのだ。その想いを裏切りたくはなかったのだ。
また、自分以外の三人がマグル生まれでないことも要因の一つだ。下手に首を突っ込まなければハリー達が怪物の餌食になることもないだろうと考えたのだ。
こうしてハーマイオニーはポリジュース薬での作戦を終えたら、ハリー達をどうにかしてこの件に関わらせないようにしようと決めた。
ハーマイオニーはレイと別れ後、帰り際にハリー達にはどう誤魔化そうかと思案していたのだが、ふとレイからもたらされた怪物の情報が彼女の頭の中で自分が持つ情報と混ざり合っていく。
その混ざり合った情報が全て繋がり、ハーマイオニーが答えを導き出したのは作戦決行日であるクリスマスの夜であった。
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今年のクリスマス休暇は、殆どの生徒達がホグワーツから帰宅することになった。理由は言うまでもないだろう。それもあり、ホグワーツ特急は例年稀に見る満員となったのだ。
そんな中、元々帰宅予定だったレイ達一行はレイの実家にお邪魔していた。今年のクリスマスは全員でマクスウェル老夫妻の元で過ごすことにしたのだ。
マクスウェル老夫妻は義息子の友人達を快く歓迎した。かなり個性的な彼らであったが、レイと親しげにじゃれ合う姿を見れば心配に思うことなどあるはずがなかった。
しかし、レイの妹であるアリアは違った。初めて見た兄の個性的な友人達におどおどと落ち着かない様子を見せていたのた。だがそれも最初のうちだけであり、クリスマスパーティが始まると持ち前の明るさと元気さですぐに打ち解けていた。……なぜか、シルヴィアに対してだけはどこか棘があったのだが。
おそらくは去年送られた手紙やレイとの距離の近さが、兄を思う妹心に火をつけたのだろう。そんなアリアの可愛い嫉妬を、シルヴィアは苦笑とともにこれもレイとの友好を深めるための試練だと包み込むように受け止めていた。
当人の知らぬ間の攻防がありながらも、レイは今までの人生の中でも最高のクリスマスパーティを夜更けと共に楽しむのだった。
そしてあくるクリスマス。朝起きたレイの枕元には、マクスウェル老夫妻やミネルバからのプレゼントがいつものように置かれていたのだが、今年はそれだけではなかった。
なんと今年はギルバートとアリスの二人からもプレゼントが送られてきたのだ。
レイは隣に眠るギルバートに感謝をして、まずは彼からの贈り物を開けた。するとそこには、銀の装飾が施されたコンパクトミラーが入っていた。
このコンパクトミラー、実はギルバートが夏休みの間に父親に頼んだ最新の両面鏡なのだ。
普通の両面鏡は二枚一組なのだが、これは違う。それぞれの鏡に指定されている呪文で登録さえすれば、最高で4枚の鏡と会話できるのだ。もちろん、レイの持つ鏡にはすでにシルヴィアとギルバート、アリスの三名の鏡が登録されてある。
あとは、話したい時に相手方の鏡に指定されている呪文を唱えれば繋がる、というわけだ。
説明書を読んだレイの驚きの声に起こされたギルバートはレイに文字通り詰め寄られた。しかし彼はレイにヘッドバットを食らわすと、顔を洗うために洗面台に向かうのだった。
レイは痛む額を押さえて、その背を改めて感謝とともに見送った。ギルバートが自分達のことを案じてくれていることが分かったからだ。たしかにこれがあればいつでも四人で連絡が取れる。去年のように一人でハリー達を助けに行かなくてよくなるのだ。さっきのヘッドバットは所謂気恥ずかしさの誤魔化し、というやつだろう。
レイは感謝の後に素直じゃないギルバートに苦笑して、次にアリスからの贈り物を開ける。彼女からの贈り物は、赤色の手編みのマフラーだった。マフラーの先には雪の紋章がポイントされている。
アリスは趣味の編み物で親友達にプレゼントをするために、入学前のホグワーツ特急の中や決闘クラブがあった日など、時間があればコツコツと繕っていたのだ。
シルヴィアは濃紺、ギルバートは灰色のマフラーが送られていたのだが、特にシルヴィアの喜びようは凄まじいものがあった。
その日一日、シルヴィアはアリスをその腕の中から離すことなく、貰ったマフラーを二人の首に巻いて過ごした。アリスも三人が喜んでくれたこともあって上機嫌に笑っていた。
そんな二人にレイは苦笑して、ギルバートはため息をつき、マクスウェル老夫妻とアリアは微笑ましいものを見るように眺めていたのだった。
こうして時を忘れるような楽しいクリスマス休暇を過ごしていったレイであったが、ホグワーツに帰った時に残酷な事実を突きつけられることになる。
……それは、ハーマイオニーが石になって発見されたというものだった。
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学期が再び始まってから数週間ほど経った。
学期が再開された当初。ホグワーツに暗い面持ちで戻ってきた生徒達は、自分達がいない間にまた生徒が二人犠牲になったことを知り、さらに影を落とした。
そんな生徒達の暗い思いが行く先は決まっている。この一連の事件の第一容疑者として広まっているハリーだ。そして彼の元に多数の疑惑の目が向けられることになったのだが、しかしそれも、犠牲者の一人が誰か分かるまでだった。
ハリーの親友として知られているハーマイオニーが石となった。この事実は彼の容疑を確実に取り払うものだったのだ。こうして、ハリーは最悪の形で容疑者から外されることになる。
ホグワーツ内に暗雲が立ち込める中、レイ達はいつものように休日に呪文学の教室にて訓練を行っていた。中でもレイのその訓練に向ける熱は、いつにも増して燃え上がっていた。
「はぁっ、はぁっ……」
「ふぅっ……。少し休憩しよう、レイ」
「はぁ、はぁ……そうだな」
レイとシルヴィアは教室の真ん中で杖を構えて向かい合っていたが、その構えを解き強張った緊張をほぐす。二人は一時間ぶっ通しで試合っていたために、個人差はあれど息は乱れ、汗を流していた。
シルヴィアは額の汗を拭い軽く息を整えるだけであったが、レイは身体中からとめどなく汗が溢れ、荒い息を整えるために深く呼吸を意識していた。
レイは決闘クラブの時以降、シルヴィアやギルバートとの勝率が変化していた。前までは一度も勝てなかったものが、今では勝ち2、負け6、引き分け2の割合の勝率を収めるに至っていた。
この戦歴の伸びの要因は、ひとえに身体能力と危機察知能力の差であろう。
先の決闘で身体を使うことの有用性を改めて感じたレイは、さらに体力作りに励んだ。その体力作りの様子は自室にてそれを見ていたネビルにも影響を与え、いつのまにか二人でやるようになっていた。……まあ、ネビルは開始10分で音を上げていたが。
知識や魔法力で勝てないのならば、己が身で勝利を掴めばいい。元々鍛えていた身体と幼少期より培った視線や気配に敏感な感覚は、たとえ天才や秀才と呼ばれる者でも簡単には追いつけない。
そこにある程度の魔法に対する知識を加え、さらに魔法を使った戦いに慣れが生まれればこの結果になるのも当然といえば当然であった。
しかしそれにしてもここ最近のレイは無理をし過ぎているきらいがある。訓練の度にシルヴィアとギルバートと何度も試合い、授業の合間合間でその訓練での反省点をまとめ、寝る間を惜しんで戦闘用の呪文を必死で覚える。
それでも完全に余裕がなくなったわけではないからなおタチが悪い。そのせいでシルヴィア達も止めるに止めることがなかなかできないのだ。また、その理由も分かっているから尚更だった。
レイは壁に寄りかかり、アリスから渡された水を一息に飲む。そして同じように渡された水を飲んでいたシルヴィアに詫びる。
「……ふぅっ。悪いなシルヴィ、最近長い間付き合わせちまって」
「気にするな。お陰で私も腕が上がっているしな」
シルヴィアはアリスに水筒を返し、代わりに渡されたタオルで汗を拭う。レイはアリスにタオルで汗を拭かれながらその言葉に苦笑する。
「またシルヴィに勝てなくなったしな。ほんと天才ってのはこれだから…….」
「それが私のアイデンティティだからな」
ふっと優しく微笑むシルヴィアにレイは再び苦笑する。そうしているうちにレイも徐々に落ち着いてきた。よっこいせと立ち上がり、屈伸をしたり筋を伸ばしたりして身体の調子を確かめる。
「……よしっ。ギル、次やろうぜ」
「この愚か者が。ただでさえ勝率が低いくせにさらに悪化させるつもりか。効率の悪い無駄なことをする前にさっさと座って少し休め」
「……へーい」
眼鏡の奥から鋭い視線を向けられてそう言われてしまえば、レイも素直に従うしかなかった。それに、レイの隣で心配そうに見上げてくるアリスのこともあった。
レイはそんなアリスの頭を優しく撫でて、大人しく座り込む。それを見たシルヴィア達は軽くため息をつき、シルヴィアはレイの隣に腰掛け、ギルバートはアリスの指導に入る。
それから呪文学の教室では主にギルバートが指導する形でアリスの訓練が始まった。
「さて、ようやく泣き虫も少しはマシになった。今日から次のステップに移る。アリス、貴様は対象を害する魔法への物覚えがすこぶる悪い。自覚はあるな?」
「はい」
ギルバートの言葉にアリスは素直に頷く。アリス自身その自覚があり、なんとかしないとと思っていた。それもあって、アリスはレイ達の試合には未だ参加できずにいた。
俯くことなくこちらを見返すアリスにやる気を感じたギルバートは鼻を鳴らして続ける。
「しかしだ。貴様は身を守る魔法であれば、他者よりも僅かではあるが物覚えが良い」
「ふぇっ!?」
アリスはギルバートをまじまじと見つめる。今、間違いでなければギルバートが自分を褒めたのだ。今までそんなことなどなかったために聞き間違いだと錯覚したほどだ。
それを見たギルバートは不快そうに杖の先をアリスの額に当てる。
「何か文句があるか、泣き虫」
「い、いえっ! ありません!」
ビシッと直立不動するアリスにまた鼻を鳴らして杖を下ろす。それを見たアリスは目に見えて安堵していた。
「武装解除呪文に妨害呪文など、相手を傷つけない魔法は総じて相性がいいようだ。これはおそらく、お前のその性格に起因している」
性格の話が出て、アリスはとうとう顔を俯かせる。自分の気弱さや泣き虫なところが足を引っ張っていることも彼女は自覚していたからだ。なんとか直そうと思っていても、こればかりは一朝一夕ではどうしようもなかった。
そうしてこんな自分の性格を責めるアリスにしかし、ギルバートはそのことについていつものように貶すことはなかった。
「何を一人で落ち込んでいるこの愚か者。俺はそれを貴様の長所であると言っている」
「えっ……」
アリスは信じられないものを見る目でギルバートを見つめる。あのギルバートが本日二度も自分を褒めたのだ。疑いたくなるのも無理はなかった。
それを見たギルバートはこめかみをヒクつかせ、下ろした杖を軽く振る。するとアリスの額に軽い衝撃が走った。
「あうっ!?」
「いちいち変な反応をするな。話が進まんだろうが」
「は、はい。すみません……」
額をさすりながら話を聞く姿勢を戻したアリスを見て、ギルバートは杖先で左手を叩きながら話を続ける。
「貴様のその他者への優しさや思い遣る心、愛する想いの強さは、俺達や他の愚か者どもには無い貴様だけの誇るべき力だ」
真剣な眼差しでアリスへと語りかけるギルバートの姿を、アリスは最後まで見ていることができなかった。三度目ともなればさすがにお花畑と言われる自分の頭でも理解できる。ギルバートは確かに、アリスを認め、称賛しているのだ。溢れ出る嬉しさでアリスの胸がいっぱいになる。
そうして俯き肩を震わせるアリスを、しかし今度はギルバートも責めることはなかった。その様子を眺めながらギルバートは続ける。
「よってこれからお前には敵を害する魔法は最低限に留めて、自身や他者を守る魔法を中心に覚えてもらう。まずは防御呪文だ。この魔法は物理・魔法問わずに身を守れる万能の魔法だ。さらにマキシマを覚えればそう易々と破られることはない」
「……っ、……ぅくっ」
「……いつまで俯いているつもりだ。分かったらさっさと面をあげて胸を張れ、アリス」
ため息とともにそう言われたアリスは、溢れてしまった嬉しさを袖口で拭い顔を思い切り上げる。そこには向日葵のような笑顔があった。
「はいっ、よろしくお願いします、ギルさん!」
それを見たギルバートはため息も鼻を鳴らすこともなく、ただ黙して眺める。しかしそれもほんの僅かな間であり、ギルバートは早速アリスに指導を始めるのだった。
それを床に腰を下ろして眺めていたシルヴィアはふと、視界の端で最愛の友が船を漕いでいるのに気付いた。
シルヴィアは微笑みを浮かべてレイへとおもむろに手を伸ばした。夢の世界へと船頭を向けていたレイは容易く彼女にされるがままに身体を横に倒した。
後頭部に感じる柔らかい感触。レイは薄目を開けて視界いっぱいに移る見慣れた美貌を見上げる。
「……シルヴィ?」
「この方が気持ちよく眠れるだろう。ゆっくりとおやすみ」
「……ああ、ありがと……な」
レイは遠慮することなくシルヴィアに言われるがままにそのまま夢の世界に再び旅立つ準備を整える。これが常時なら慌てふためき、シルヴィアの負担も考えて頭を退けるだろう。しかし殆ど頭が働いてない今ではそのようなことを考える余裕はなかった。
また、シルヴィアに対してどこまでも心を許していることもあるだろう。このような無抵抗な状態では、人は無意識に安心する方へと縋るものだ。シルヴィアの至高の膝枕は、今のレイにとって最高の船出の祝福であった。
とうとう夢の世界へと旅立ったレイを、シルヴィアは優しい微笑みをたたえて見つめる。その右手はレイの頭を愛しげに撫でており、その様はまるで、愛する者に安らぎを与える聖母のようであった。
それから一時間ほど、アリスの訓練の傍でレイを寝かしつけたシルヴィアがその様子を眺める光景が続いた。そしてギルバートの合図の元、アリスは一旦休憩を取るためにギルバートとともにシルヴィア達の元へ向かった。
「ふわっ!? しししシルヴィさん何をっ!?」
「しっ。レイが起きてしまう」
「はぅっ!」
訓練に夢中でレイとシルヴィアの様子に気付かなかったアリスは驚きの声を上げるが、当人であるシルヴィアに注意されてしまい慌てて口元に両手を当てて息と共に黙りこんだ。
最初から気付いていたギルバートは未だ気持ちよさそうに眠るレイに向けて鼻を鳴らした。
「言わんことでは無い。眠るほど疲れている分際で俺と試合おうとは舐めた真似をしてくれるものだ」
「それほど悔しかったのだろうさ。君が渡した水眼鏡のおかげで最悪の事態は免れたが、数少ない友であるグレンジャーが石のようにされてしまえばな」
「あれはこの愚か者の実力云々は関係ないだろうが。あの愚か者どもがまた身の丈に合わない危険なことに首を突っ込んだための自業自得だろう」
ギルバートは眼鏡のブリッジに指を添えて辛辣にハリー達をそう非難した。
レイ達はクリスマス休暇から帰ってきたときにハーマイオニーが襲われたことを知った。この事実を知っていたミネルバやハリー、エステル達は、最悪の事態ではなかったためにクリスマス休暇中にレイに知らせるのを躊躇ったのだ。
そう言われてしまえば何も言えないレイは、継承者に対する怒りよりも自身の無力さに対する悔しさに打ち震えた。また、ハリーやエステルから自分達が何をしていたのかも話を聞いた。
『秘密の部屋』について何か知っていそうなマルフォイから話を聞き出すために、ポリジュース薬を作ってスリザリン寮に潜入したこと。その時にハーマイオニーが何かに気付き、一人図書室に調べに行ったこと。そして……その帰りに襲われたであろうこと。
レイは話を聞き終えると、そうかと一言告げるだけだった。ハリー達は去年のように危ないことに首を突っ込んだからこうなったと責められることを覚悟していたために、その反応は拍子抜けであった。
ハリー達は、未だレイの行動理念を理解していない。
去年レイは、自分達が下手に動かなければ身の危険はなかったために不干渉に徹していたが今年は違う。何か対策をしなければ自分の身に、友の身に危険が及ぶのだ。
自身の大切なものが傷つけられようとしている。レイにとっては絶対に許容できないものだ。だからこそレイはシルヴィア達の力を借りて、『秘密の部屋』について調べ、備え、そして挑もうとしていたのだ。同じようになんとかして対策しようと行動したハリー達を責めるのはお門違いというものだ。
しかしギルバートは違う。身を守るように対策するなら分かるが、実力不足にも関わらず首を突っ込もうするハリー達の無謀な勇敢さが気に入らなかった。
ギルバートは今回ハーマイオニーが犠牲になったのはマグル生まれであったからではないと推測していた。彼女が襲われたのは、偏に真実に気付いたための口封じだと考えたのだ。それは、犠牲者の一人がマグル生まれでないことが証明している。
これにより、ハーマイオニーが自分達が知らない何かについて情報を持っていると考えたギルバートはハリーに知っていることを全て話せと問い詰めた。しかし、ハリー達にも身に覚えがなく、それに答えることは出来なかったのだ。
いや、正確には一つ隠していることがあった。それはハリーにしか聞こえないおどろおどろしい“声”についてだ。しかし、ハリーにしか聞こえてない時点で信憑性もなにもないし、そもそもあまり親しい間柄ではないギルバートにそのことを話すつもりはなかった。
この時、もしそのことを話していればギルバートは怪物の正体に確信を持っただろう。しかし、それは叶うことはなかった。
ギルバートはハリー達が何か隠していることに気付いてはいたが、問い詰めることはしなかった。何を言っても無駄だろうということもあったが、そもそもの時点でギルバートは怪物の正体におおよその予測は立てているのだ。あとはちゃんとした確証が欲しいだけだった。
それは自分で確かめようと改めて考えたギルバートはこれに懲りたら分相応に行動するんだなとハリー達に注意とともに毒を吐く。
そのいいように反発したかったハリー達であったが、ギルバートは自分達とは比べ物にならないほどの実力者であるのは嫌でも理解しているため、歯をくいしばることしかできなかった。……ロンがギルバートに噛みつき、すぐさま額を撃ち抜かれたことで黙るしかなくなったというのが現状だが。
このギルバートの忠告と言う名の脅しに、ハリー達はとりあえず無闇な行動はもうしないようにしようとこの時は決めていた。
……いや、それよりも。ベッドに横たわるハーマイオニーの側に侍る、無念を語る小さな背中こそが彼らを決心させた。
だが、それもハリーがとある日記を発見するまでだった。その日記が告げる衝撃の情報に、彼らは再び正義の想いに駆られることになる。
そんな日記が発見されることなど知らないレイ達は、眠るレイを囲んで座る。
「そ、それにしても最近のレイさんは少し無理をしてる気がします。今も身体を動かした後とはいえ、寝落ちしてしまうほどに……」
心配そうに横になるレイを見つめるアリス。それに同意するようにシルヴィアが口を開く。
「そうだな。しかし後継者に対して怒り狂わないだけマシだろう。レイは友を本当に大切にする男だからな」
「それもどうだろうな。その怒りを抑えたいがために、自分に鞭打って何も考えないようにしているだけかもしれん」
「れ、レイさんはそんな人じゃないです!」
突然のアリスの怒鳴り声にシルヴィアとギルバートは目を丸くする。レイが起きてしまうかもしれないことも忘れてアリスは声を大きくして自分が思いを語る。
「きっと、きっと自分を責めてるんだと思います。シルヴィさんの言う通り何も出来なかった自分が悔しくて、その時に自分は何も知らずにクリスマスを楽しんでて。そんな自分にまた腹が立ってしまって……ぐすっ」
とうとう泣き出してしまったアリスを見て、シルヴィアがギルバートに責めるような視線を向ける。それを受けたギルバートは深いため息とともに自分の非を認めた。
「……おいアリス、俺が言い過ぎていた。だからもう泣くな」
アリスを追い込んでしまい、初めて頭を下げた日からギルバートは徐々にではあるが謝ることを覚えていた。それはかなりぎこちないものではあるが、確実にアリスへと届いていた。
「ぐすっ、わ、私こそすみません。突然怒鳴ってしまって……」
「いや……」
そんなどうしていいか分からない二人の間に流れる空気に、シルヴィアは苦笑して場を取り持つ。
「ほらアリス、これで涙をお拭き。ギルも心にも思っていないことを言うのは避けような」
「は、はいっ」
「……ああ」
少ししてようやっとアリスが落ち着いたのを確認して、シルヴィアは自分達の話題の中心であるレイの髪を細くきめ細やかな指で優しく梳く。
「レイ。君は、どうしてこうも自分を責めるのだろうな。ギルの言う通り君のせいではない。彼女達の自業自得もあるだろうが、何より運がなかっただけなのに。……どうして君はこうも苦しんで、大切な誰かが害されるのを恐れるのだろうな」
シルヴィアもギルバートやアリスと同様にレイの心情を察していた。その心に寄り添うことができない自分に嫌気がさす。だからこそ、口に出して尋ねたかったのだ。彼女はこの問いに、答えなど求めていなかった。
しかし、その問いへの答えは返ってきた。他でもないレイ自身から。
「……昔、俺が子供の頃に色々あったのさ」
「レイ、起きていたのか?」
シルヴィアはまさか起きているとは思わなかったために目を少し見開いたが、それも彼が起きた理由に思い当たって苦笑に変わる。
「アリスのあんな声を聞いたらな、そりゃ起きるさ。結構長い間寝てたみたいだしな」
「あぅ、ごめんなさい」
「気にするな。それよりアリス、怒ってくれて、心配してくれてありがとな」
「あぅ……」
アリスは急に恥ずかしくなって頬を赤く染めて俯いてしまった。それを微笑ましく見ていたレイは、シルヴィアの膝から頭をゆっくりと起こす。この時、シルヴィアは少し残念そうにしていたのはギルバートしか気付かなかった。
「予想以上に心配してくれたみたいだな。本当にすまん」
座ったままシルヴィア達に深く頭を下げるレイ。そこにいつものような達観した様子はなく、どこか幸薄い様子が伺えた。このまま消えてしまいそうな、そんな様子が垣間見えた。
そんなレイを見ていられなくなったシルヴィアは戸惑いとともにレイに思わず尋ねる。
「顔を上げてくれレイ。どうしたんだ突然しおらしくなってしまって、君らしくもない」
そんなシルヴィアの言葉にレイは頬を掻いて気まずそうに体を揺らす。
「いやなんだ、シルヴィ達が俺のことを本当に心配してくれていたからな。……いい加減、話そうと思ってな」
その言葉を聞いたシルヴィアとギルバートはすぐに察した。それは一年と少し前、夕日の前でらしくなく微笑むレイの姿を見た時に誓ったこと。彼が話してきてくれるまで待つと決めた、レイの過去。
シルヴィアとギルバートがいよいよかと身構える中、アリスは無垢にレイへと尋ねる
「えと……一体何を、ですか?」
可愛らしくちょこんと首を傾げるアリスにレイは苦笑する。今から語ろうとしている自分の話を聞けば、彼女はとても冷静ではいられないだろう。
しかし、レイは彼らになら話してもいいと思ったのだ。自分の過去を、そして……自分が犯した罪を。
レイは意を決し、閉じられた重い口を開いた。
「俺は昔、人を殺したことがある。それは……俺の実の父親だ」
痛いほどに静まり返る教室。レイはとうとう自身の過去を打ち明けた。
Jasonさん、vineさん、誤字脱字報告ありがとうございます。
来週の投稿は月曜と金曜の18時です。今度は間違えてません。
次回、レイの過去。