選ばれし者と暁の英雄   作:黒猫ノ月

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烏瑠さん、244さん、誤字脱字報告ありがとうございます。


33話

エステルが意識を失う数日前に遡る。

 

ホグワーツに激震走らせる原因を作ったレイとシルヴィア、ギルバート、そしてアリスの四人は、夜空に輝く星々や主役たる月の灯りが一切届かない、湖畔近くの真夜中の禁じられた森の中にいた。

 

足元もおぼつかないであろう暗闇を照らすのは、レイとギルバートが手に持つランタンのみである。その橙色の柔らかな灯は、レイ達以外にもとある建造物を照らし出していた。

 

それは、彼らの身長のゆうに三倍を超える直径を誇る古い石造りの配管だ。その配管の上からは入り口を半分以上隠す蔦や葉が生い茂っており、外から眺めても暗闇がこちらを覗き込むばかりで、かろうじて長年蓄えられた枯葉や苔が確認できるくらいである。この配管がもはや役目を果たし終えていることは明らかであった。

 

「ほ、ほほ本当にここに入るんですかぁ……?」

 

これから自分達が探索する配管の中を恐る恐る覗き込みながら声を震わせるアリスに、ウエストポーチの中身を確かめていたギルバートが顔を上げる。

 

「嫌なら別に構わん。元々無理強いはしていないしな。そのまま尻尾を巻いて暖かく柔らかいベッドの中に潜り込むといい。それはもうぐっすり眠れるだろう」

 

ギルバートの口調はあいも変わらず猛毒を含んでいたが、しかし声色には珍しく人を責めるような色がなかった。もしアリスが帰りたいと言えば、彼は了承して森の入り口まで送り届けるだろう。

 

それはアリスにも分かった。普段は見せないギルバートのそんな様子を見せられてしまえば、一度決めた覚悟も揺らいでしまいそうになる。

 

しかし、それも一瞬のことだった。アリスはチラリとシルヴィアと談笑するレイを見た後に、自身の頬をペチペチと叩いて不安や恐怖を吹き飛ばす。

 

「い、いえ! 行きますっ」

 

むんっと気合を入れているアリスであったが、しかし決意を揺さぶる元凶を完全に吹き飛ばした訳ではなかった。

 

未だ隙あらば自身を怯え竦ませようとするものから必死に抵抗するアリス。しかしそんな時、ふと頭に優しい重みが掛かる。

 

「ほぇ?」

 

アリスが顔を上げれば、そこにはいつもの仏頂面をしたギルバートがいた。

 

「今一度、友のために行くと決めたのだろう。ならばもう迷うな」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

しゅんっと目に見えて落ち込むアリス。それに軽くため息をついたギルバートは彼女の頭をぽんぽんと叩く。

 

「それでも身がすくむのであれば、俺達の側から離れるな」

 

その言葉とともに掌から頭を通って全身に広がって行く暖かさにアリスは顔を上げる。彼女はこの感覚に身に覚えがあった。

 

それは自分とギルバートが少しすれ違ってしまった時。泣きじゃくる自分を落ち着かせて安心させてくれたもの。

 

暗闇も、怪物も、お前を怖がらせる何もかも。俺が、俺達が叩き潰す。

 

あの時と同じように、ギルバートの胸の内に秘められた思いが確実にアリスへと伝わる。

 

自身に流れ込んでくる暖かさに心地好さそうに目を細めるアリスに、もう大丈夫だろうとギルバートは一撫でしてから彼女の頭から手をどかす。

 

「あっ……」

 

一瞬名残惜しそうにしたアリスであったが、ギルバートが此方を見ずに背中を向けた様子に、彼が気恥ずかしくなっていることを悟る。

 

そんな慣れないことをしてまで励まそうとしてくれたことに嬉しくなったアリスにはもはや名残惜しさも、ましてや恐怖もない。

 

「貴様程度が怯えるものなど、俺やレイ、シルヴィの敵ではない。だから安心して貴様は付いて来い。いいな?」

 

「……はいっ」

 

背中越しに釘を刺されたアリスは元気に頷いた。彼女の心にはもう、不安や恐怖などが付け入る隙などは存在しなかった。

 

そんな二人の初々しい様子を実はこっそり見ていたレイとシルヴィアは微笑ましげに二人を見つめる。

 

「ギルバートもこの二年ぐらいで丸くなったなぁ。あの傲岸不遜が服を着て歩いてる奴がこうも変わるなんてな」

 

「ふふっ、それほどの魅力がアリスにはあるのさ。ああっ、私の癒しは世界一だ」

 

「お前は全く変わらねぇな」

 

二人の中に割り込んでアリスを抱きしめようとするのを、シルヴィアが必死にこらえている様子に呆れたようにレイは溜息をつく。

 

そしてレイはギルバートとアリスの後ろにある、これから自分達が侵入する森にそびえる配管を漠然と眺める。

 

「にしても、こんな湖畔の外れにパイプがあるなんてな。昔はここまで湖が広がっていたのか?」

 

この場所はホグワーツからもそこそこの距離にあり、自分達が調べた湖へ排出する役割を持つパイプの中でも最も遠い場所にあった。

 

レイの何気なしの問いにシルヴィアが頷く。

 

「そうだろうな。資料にもそのような記述があった。数百年も経てば地形もそれなりに変わるだろう」

 

そりゃそうだと納得したレイは、そろそろ『秘密の部屋』の探索を始めようとシルヴィアを伴ってギルバートとアリスの下へと向かった。

 

そう、彼らがこんな真夜中にこの場所にいるのは……偏に『秘密の部屋』を探すためだ。

 

一通りの資料をもとに作成された、ホグワーツの地下に広がる配管の大迷宮。

 

ギルバートとシルヴィアの二人は、創設当時からある配管を中心に不自然な空洞や配管の配置を確認していった。……そして彼は、いくつかのポイントを厳選した。

 

それは持ち前の頭脳に数多貯蔵された知識をもとに、ギルバートがシルヴィアとともに探し出したものであり、これといった確証はない。しかしこれは、自分達の中でも優秀な頭脳を持つ二人が、そして信頼する二人が数少ない情報をもとに導き出したものなのだ。

 

それを信じることに、なんら躊躇いなどなかった。

 

レイ達は早速行動に移した。ギルバートが見つけた怪しい場所を全て回れる配管を探し出した。それが今レイ達がいる過去に廃棄された配管だ。

 

ギルバートが計算し、全てを回って帰って来られる日数が……五日。そこからさらに何かあったときのために予備日として二日増やし、合計一週間の『秘密の部屋』探索計画をレイ達は立てたのだ。

 

これでダメならば、また次の手を打つまでだ。彼らの辞書に、諦めるという考えはさらさらなかった。

 

こうしてレイ達はこの計画の準備に数日を使い、万全の体制で探索に臨もうとしている。

 

レイ達は巨大な配管の前で輪になって最後の確認を行う。レイとシルヴィア、ギルバートの三人はさっと確認を終わらせたのだが、心配性のアリスは忘れ物がないか何度も確認を行っていた。

 

「えと……杖と、着替えと、両面鏡と……だ、大丈夫かな?」

 

指折り確認しているアリスにシルヴィアが微笑みかける。

 

「ふふっ。アリス、そう何度も確認していると逆に不安になるぞ?」

 

「あぅ、その通りみたいです……」

 

アリスは性格上、どこか遠出をするときでさえ忘れ物がないかと不安になるのだ。そして今回はただの遠出ではない。文字通り命をかけた探索に出るのだ。一つの忘れ物が死に繋がるかもしれないと思うと忘れ物がないか躍起になるのは仕方ないことだろう。

 

そんな自分に落ち込むアリスをシルヴィアが頭を撫でてなだめる中、ギルバートが彼女の心配を一刀両断する。

 

「安心しろ。貴様程度がうっかり忘れるものなど、俺が全て把握して用意している。余計な不安に駆られるな泣き虫」

 

ギルバートが腰に巻いたウエストポーチを軽く叩く。そのポーチには検知不可能拡大呪文が掛けられており、荷物は全てギルバートが担っていた。

 

余談だが、この魔法はNEWT以上のレベルの魔法であるため、これが使えると聞いたレイとアリスは目を見開いたものだ。また、シルヴィアには後で習得しようと決意させていた。

 

「……安心していいのか、情けなく思えばいいのか分からないです」

 

「もちろん情けなく思え愚か者、俺に余計な手間を取らせるな」

 

「うぅっ」

 

涙目になるアリスを抱きしめながら、シルヴィアが非難の目をギルバートへと向けるが、彼にとっては柳に風であった。

 

レイは苦笑しながらも、その光景を誇らしげに眺める。

 

今から自分達は命懸けの探索をするのだ。にもかかわらず、いつもの様子を崩さないその姿はとても頼りに思えた。

 

レイは一つ息を吐いてぱんっと両手を叩く。そしてシルヴィアを始め三人はレイに向き直り、円になって探索前の最後の意思確認を行う。

 

レイは三人が自身に意識を向けていることを確認すると、一度眼を閉じた。そして、次に眼を開けた時には、剣のような鋭さがそこにはあった。

 

「……俺は、ハーマイオニーを石にした継承者を絶対に許さねぇ」

 

ベッドに横になって固まり続けるハーマイオニーを想い、レイは瞳の鋭さに、さらに憤怒の炎を滾らせる。その眼を見た三人はそれぞれ反応を見せる。

 

シルヴィアは彼の新たな一面を見れて嬉しそうに笑い、ギルバートは眼鏡のブリッジに指を掛けて静かに見守る。アリスは今まで見たことない彼の感情の発露に苦しそうに胸を押さえた。

 

「俺だって分かってる。本当はこのことをミネルバさんに言わなくちゃいけないことぐらいな。けど、俺の感情がそれを許さない」

 

一度、レイ達の間でもそのことについては触れた。しかしそれを他でもないレイが却下したのだ。

 

大切なものを守ると誓ったレイにとって、それを傷つけられたことはまさしく竜の逆鱗に触れたことを意味する。

 

ハーマイオニーが石になった当初は怒りよりも自身を責める後悔の方が強かったが、それも今目の前にいる親友達のおかげで後悔は何一つない。

 

ならば残った怒りの感情が激しく燃え上がるのは当然とも言えた。

 

「……だからお前らも、こんな馬鹿に命を懸けてまで付き合わなくてもいいんだぞ?」

 

炎の勢いが揺らいだのを隠すように伏し目がち問われた三人は視線を合わせて、何を今更と呆れてしまう。

 

まずレイを叱責したのはシルヴィアだ。

 

「レイ、この前も言ったはずだ。そういうのは私達に対する侮辱だぞ。また私達の誰かに置き換えた方がいいのかな?」

 

暗に君も私達の立場なら迷わず力を貸すだろうと諭されたレイは申し訳なさそうに頭を掻く。

 

あいも変わらず自身に対する評価が壊滅的に低いレイに愛しさがこみ上げるシルヴィアであったが、今はそれを脇に置いてレイに自身の意を示す。

 

「それに君の怒りは私の怒りであり、君の敵は私の敵だ。私としても、自らの手で彼奴を潰さないと我慢ならんのだよ」

 

微笑みをたたえてシルヴィアはそう締めくくる。次にギルバートが呆れを隠さずに口を開く。

 

「貴様が愚か者なのは今に始まった事ではない。普段ならばその額に風穴を開けるところだが、探索前に無駄な力を使いたくはない」

 

そう言いながらも杖をこれ見よがしに揺らす様を見て、レイは思わず口元をヒクつかせる。その様子に満足したのか、ギルバートは静かに杖を懐にしまった。

 

「……はぁ、貴様を放っておいたら去年の二の舞だろうが。大怪我した貴様を見て、鬱陶しく泣き喚く泣き虫の相手はもうごめんだ」

 

去年のことを出されてレイとアリスが身体を縮こめる。だけどシルヴィアはギルバートの言葉に反するレイを心配している想いを察していた。

 

シルヴィアのいやらしい笑みから逃げるようにギルバートは鼻を鳴らした。

 

「俺としても貴重な時間を削って調べたものを他人に渡して終わりは論外だ。あとは俺の推測が正しかったのかどうか、これを証明しないのは気持ちが悪い」

 

だからさっさと行くぞと話を切り上げたギルバートは誰にも顔を合わせないように顔を背ける。シルヴィアだけでなく、レイとアリスにも彼が気恥ずかしくなっていることは明白だった。

 

レイはそんなギルバートをからかうことはせずに有り難くその思いを受け取る。そして最後の一人はと顔を向ける。

 

レイに目を向けられたアリスは口をキュッと結んで、決意を顔に浮かべて胸の前で両手を組んだ。

 

「……私も、レイさんと一緒です」

 

「一緒?」

 

「はい。私も、大切な人が傷ついてしまうことが一番怖いです」

 

レイを真っ直ぐに見つめる瞳には、穢れなき清純さがあった。これには思わずレイも気圧されてしまう。

 

「去年、お友達がトロールに襲われそうになっているのを見た時。レイさんが大怪我をして運ばれてきた時。私はとっても怖かったです。このまま二度とお友達になれないんじゃないかって、お話しできなくなるんじゃないかって、笑って……くれなくなるんじゃないかって」

 

言いながら徐々に涙ぐんでいくアリスはしかし、袖でゴシゴシと目元を擦り涙を零すことはなかった。いや、零させなかった。

 

その瞳には変わらず、真っ直ぐな想いが込められていた。

 

「だから私も行きますっ。私程度が付いていったぐらいで、何かが変わることはないかもしれません。けど、少しは力になれますっ。もう、もうっ。知らないところで大切な人が傷ついてしまうなんて嫌なんです!」

 

「アリス……」

 

レイはアリスの叫びを聞いて申し訳なさで苦しくなる。レイは無意識に彼女の頭に手を載せてしまった。

 

「ごめんな、アリス。俺のせいで無理させて」

 

「無理なんか、してないです。だって、レイさんの気持ちも痛いほど分かりますから。私も、大切な人を傷つけられたら……許せませんからっ」

 

自身の頭に乗せられたその手を取り、両手で包み込んでレイに笑いかけるアリス。そこには、言葉の通り無理をしている様子などかけらもなかった。

 

レイは親友達の自分に掛けてくる想いに胸が熱くなる。感謝の言葉は自然と溢れた。

 

「……ありがとな、アリス。シルヴィ、ギルも。本当にありがとう」

 

アリスは暗闇でも輝くような笑顔とともに返事をした。シルヴィアは慈しむように微笑み、ギルバートは腕を組んで鼻を鳴らした。

 

これでもう何も憂いはない。あとは進むだけだ。

 

「っし! それじゃあ、冒険と洒落込もうかっ!」

 

レイの気合の入った言葉に続き、各々が声を上げる。

 

そして、レイは躊躇うことなく配管内の暗闇へと足を踏み出す。その後に三人が続き、しばらくすると配管内に響いていた足音も聞こえなくなった。

 

彼らが姿を消したその場には、禁じられた森特有の霧が覆う。後には、いつもと変わらぬこの森の静けさがあるだけだった。




投稿は毎週月曜日18時にします。

次回、配管内の探索。
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