一行は僅かな灯りを頼りに暗闇の中を進む。
配管の中は長年使われていなかったこともあって、下水独特の臭いはなかった。また壁際に蔓延っていた苔やカビも入り口付近のみにしかなく、水が流れているわけでもないので歩くことに支障もない。
廃棄された配管の中は意外と快適な空間だった。
しかし流石に埃は積もっているようで、舞い上がった埃はランタンの灯りで可視化する。だが、そんなものを意に介すことなく一行は着々と歩を進める。
先頭を行くのは、配管の道筋を頭の中にインプットしているギルバートだ。次にレイ、アリス、シルヴィアと続く。
ランタンを持つのは先頭のギルバートと後方のシルヴィアのみで、魔法の灯りは使わない。魔法で杖に灯りを灯していると、何かあった時に咄嗟の行動が取れないからだ。
一行は利き手に杖を持ち、何が起こっても良いように常に警戒を怠らない。
時刻は真夜中であるが、その警戒心と日常が遠ざかっていく高揚感によって誰にも眠たげな様子は見られない。
それからしばらく、妙に小気味の良い靴音がいくつも木霊しては闇に溶けてゆく。
一時間ほど歩いただろうか。先頭を歩くギルバートが足を止めた。後ろに付いていた三人もそれに合わせて足を止める。
ギルバートはランタンを前に出し、自身の記憶と擦り合わせて現在の場所を確認する。ランタンに照らされた先は登り坂になっていた。
確認を終えると、ウエストポーチから縄を取り出す。ランタンを下に置き、おもむろに纏められた縄を手前に放り投げて杖を振るった。
すると、束だった縄はとぐろを巻いた蛇となった。それは周囲をキョロキョロと見回した後、登り坂をスルスルと登っていく。
胴が異様に長い細い蛇が登っていく様はなんとも言えない光景だった。
「……す、すごいですね」
「変身術の応用だ。理論がわかれば造作もない」
「いやいや、その理論を理解するのは造作もなくねぇよ」
手を振るレイとウンウン頷くアリスにギルバートはギラリと睨みつける。暗に言い訳せずにキリキリ学べ愚か者と言っているのだが、その眼は下から照らされる灯りも相まって怖さ倍増であった。
二人は思わず震え上がって姿勢を正して頭を下げる。その様子をシルヴィアはクスクスと笑いながら静観していた。
頭を下げている二人をギルバートは変わらず睨みつけていたが、右の足首を締め付ける感覚に目線を下に向ける。
足首には蛇の尻尾が二回ほど巻かれており、先端の尻尾はフリフリと振られていた。
「どうやら縄が上で掛かったようだ。いくぞ愚か者ども、帰ったら変身術を改めてその脳味噌に叩き込むからな」
「「はい……」」
「ふふっ」
項垂れる二人と笑みをこぼすシルヴィアをよそに、ギルバートは再び杖を振るう。蛇は縄へと戻り、足首の圧迫感も緩くなった。
縄を持ち、強めに何度か引く。どうやら人一人持ち上げる分には問題ないようだ。
「まず俺がこのまま上まで行く。その後に縄をまた下ろすから一人ずつ登ってこい」
ギルバートはそう言ってまた杖を振るった。すると縄は意思を持ったようにギルバートを引っ張る。それに合わせて足を坂にかけて苦もなく登っていった。
ランタンの灯りが遠ざかっていくのを顔を上げて眺めていたレイは改めて感心する。
「やっぱ魔法ってすごいな。あれなら疲れることもないし、早く登れる。……いや、すごいのはギルか」
「二人もこれが出来るようになると良いな」
「あ”ー……」
「うぅ……」
帰った後のことを思い、レイとアリスは頭を抱える。シルヴィアは笑みを浮かべながら、そんな二人の頭を励ますように優しく撫でた。
命懸けの探索であるはずなのだが、どこか緩い雰囲気が漂う。こんな時でも普段のように振る舞えるのは、彼らの信頼関係が成せるものであろう。
………………
…………
……
……
…………
………………
それからも何度か坂や垂直の配管があったが、一行は順調に『秘密の部屋』探索の行程を進んでいた。
秀才が頭の中に記憶しているとはいえ、一応の確認のために配管の配置を示した羊皮紙を眺め、迷わない様に焼印を付けていく。
こうして順調に探索を続けていたが、ずっと探索を続けられるわけでもない。外では日が昇り始めた頃に、一行は休憩を取るために配管の途中にあるちょっとしたスペースでキャンプを張る。
屋敷しもべ妖精に頼んでおいた保存食で空腹を満たす。彼らも自分達が仕える生徒の頼みには張り切った様で、レイ達が想像していたものよりもはるかに美味しいものであった。心身ともに疲労が堪える時に、これは嬉しい誤算だった。
食事を終えた後、一時間交代で仮眠をとる。一人当たり計三時間しか眠ることはできないが、こまめに休憩を取ることで出来るだけ疲労と眠気も取る様にする。
交代しながら、しかも硬い床の上での仮眠は普通なら慣れずに疲労も取れなさそうだが、今まで張り詰めていた警戒心による精神的な疲労が優ったこともあり、全員起こされるまではぐっすりであった。
しかしやはり三時間という短い時間では眠気が残る。アリスなどは最後に見張る役を担っていたが、夢の世界に旅立たない様に必死であったのだ。
それはシルヴィアとギルバートも個人差はあれど同じだったのだが、ただ一人、レイだけは眠気を感じさせることもなくスッキリとした面持ちであった。
彼はどんなところでもしっかりと眠れる隠された特技があり、他三人が意地や気合いで眠気を飛ばそうと努力する中でも平然としていた。
そんな隠された特技を披露したレイは、硬くなった筋肉をほぐす様にストレッチをしながらギルバートが話す今後の予定に耳を傾ける。
再び数時間歩くことになるが、次の休憩場所では長めの休息を取れるから気張れ、ということだ。
レイに合わせてストレッチを終えた一行は再び探索を開始した。
黙々と、ただひたすらに暗闇の奥へと足を運んでいく。
着々と奥に進んでいるのだが、不思議なことに奥に行けば行くほど青白い灯りが点々と垣間見えていく。おそらく点検などのための非常灯の役割を果たしているのだろうが、廃棄された配管内になぜとも思う。
予測するならば、それこそ何かあった時のための非常灯として数百年もの間灯し続けていたと考えるのが妥当か。
ともあれ、レイ達にとっては有難いことに他ならなかった。
アリスなどはあからさまにホッとしている様子だ。普通の女の子にとってはやはり僅かな灯りで暗闇の中を進むのはどうしても恐怖を覚えるものだろう。
そしてギルバートが予測した時間通りに休憩場所に近づいた。彼は後ろにそのことを告げて近づいていく。
そうして十分ほど進んだだろうか。一行は目的の休憩場所に到着した。彼らが探索を開始してから、およそ半日以上が経過していた。
その目的地には階段と扉があった。水の流れを遮らぬ様に、階段は十五センチ幅の石レンガが壁に刺さっただけの簡素なものだ。それが上の方にい続いており、半ばより上にずっしりとした石扉が青白く照らされていた。
「ほ、本当にありましたね」
「おや、君は私とギルを信用してなかったのかな? それは非常に悲しいな……」
「ふわっ!? ち、ちち違います違います! 私はそういうつもりで言ったわけじゃっ……!」
「分かっているから落ち着け泣き虫。そこの愚か者も泣き虫で遊ぶな」
「おや、遊ぶとは酷い。私流のアリスとのコミュニケーションじゃないか。ほら、おいでアリス」
「タチの悪いコミュニケーションだな、おい」
素直に正面から抱きつかれにいくアリスと、それを恍惚の表情で受け止めるシルヴィアを見て、ジト目でレイが突っ込む。
「うぅ、意地悪なシルヴィさんはあまり好きじゃないです」
「フフフフフ」
アリスに非難されているにもかかわらず、シルヴィアは余裕の笑みだ。どうやらそんな言葉よりも、頭をグリグリと押し当ててくるアリスが可愛くてしょうがないらしい。
よしよしと頭を撫でてあやすシルヴィアとあやされるアリスを視界の横に、レイとギルバートは石扉を見上げる。
「さて、あれは開くのかねぇ」
「さあな。別に開かなくともこじ開ければ良い話だ」
「強引だなぁ」
「どうせここに再び訪れる者などそうそう現れん。なにせ廃棄された配管だからな」
それもそうかとレイが頷く。そしてアリス成分を十分に堪能したシルヴィアが改めて杖を構えて先陣を切った。
「では、私が確認してこよう」
「気をつけて下さいね、シルヴィさん」
「ああ」
心配そうに見上げるアリスの頭を一撫でして、杖とランタンを手に階段を一歩ずつ上がっていく。
三人が見守る中、シルヴィアは石扉へとたどり着く。扉の周囲を目視で確認した後、杖を軽く振る。しかし石扉は何も反応を示さない。どうやら仕掛けの類はないようだ。
それを確認すると、石扉にそっと触れる。そのまま表面を撫でる様に探っていると、何やらとっかかりを見つけた。
その辺りを重点的に探ると、掌よりも少し大きい正方形の縁取りを見つけた。シルヴィアはおもむろにそこに掌を当て、力を込めて押し込んだ。
ゆっくりと押し当てた場所が扉の奥に沈み込んでいく。すると石扉が腹の底から響く様な重い音を立て、押し込んだ場所までずり下がった。そしてそのまま横へと移動していく。
シルヴィアの目の前に、ぽっかりと空いた空洞が現れた。
シルヴィアは警戒を怠ることなく軽く杖を振るって一応罠などがないことを確認する。一通り安全を確保し、満足げに頷いて振り返った。
「よし、終わったぞ」
「流石シルヴィ、仕事が早いな」
「この程度のことで君に褒められるのはくすぐったいな」
肩をすくめるシルヴィアは、そのまま奥へと足を踏み入れる。待機していた三人もその後に続いた。
石扉の奥はちょっとした部屋になっていた。石扉の開口がスイッチだったのだろうか。暖色の灯りによって部屋が一望できる。しかし家具の類は少なく、部屋の大きさに対してがらんとした印象を受けた。
数少ない家具は本棚と長机だ。どちらも壁沿いにあり、正面から見て右横に木製の本棚があるが、本は一冊も残っていない。そして奥には長机が壁に沿うようにあり、そこには数枚の羊皮紙が残っていた。
シルヴィアがすでに罠などは確認していたため、各々好きなように部屋を見回る。中でもギルバートは長机へと一直線に向かい、羊皮紙を見下ろした。
「……ふむ、なるほどな。予想通りここはかつて点検や工事をした際の資料を残していた部屋だったようだな。この配管が廃棄された年月が禁書庫に書かれていたものと一致している」
「へぇー。ってことはここの資料は全部禁書庫に移されたってことか」
「だろうな。ここにある羊皮紙もそれほど重要なことは書かれていない。他の場所もここと大して変わらんだろうな」
「まあ、休憩場所としては最高ってだけでもありがたいんだからいいんじゃね? シルヴィ、今回は見張りはなしだからなんか魔法かけといてくれ」
「了解だ。一応、誰か来た時に発動する罠と警告音が鳴る魔法を出口に掛けておこう」
その声を合図に各々準備を始める。毛布やシーツを敷き、保存食を並べる。手が空いた者からギルバートが魔法によって埃や汗で汚れた身を綺麗にしていく。
「やはり魔法で身を清めるというのは好かんな。身体が綺麗になっているのはわかるのだが……」
「そうですね。やっぱりお風呂には入りたいですよね」
女子二人が自身の身体を見回しながらそう呟く。やはり女の子としては一週間も風呂に入らないというのは苦痛のようだ。
そんな二人に魔法をかけたギルバートが溜息をつく。
「贅沢を抜かすな。魔法で身綺麗にしてもらえるだけありがたいと思え」
確かにその通りなのだがと不満そうにする二人をよそに、レイは保存食を口にしながら思ったことをそのまま口にする。
「なら魔法で人が入れるくらいの桶を作って、温水を溜めて入ればいいじゃないか?」
その言葉にシルヴィアとアリスは顔を見合わせる。少ししてシルヴィアが困ったように眉根を寄せ、アリスは恥ずかしそうにもじもじとしだした。
そんな二人の様子に首をかしげるレイに、シルヴィアが口を開く。
「レイ、確かにその通りなのだがな。そういうことではないのだよ」
「んん?」
「あぅ……は、恥ずかしいです……」
シルヴィアの陰に隠れるようにするアリスにますます分からなくなるレイ。あまりの鈍さにギルバートは呆れたように頭を振り、シルヴィアはある意味純朴とも言えるレイを愛おしそうに微笑んだ。
「ふふっ、分からなければそれで構わないよ。そんな君も素敵だ」
「いや、素敵だって言われてもな……」
余計に分からなくなるレイを見て、シルヴィアが何かを思いついたように悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「そうだな……。レイが私の入浴する姿を見たい、というのであれば、そうするのもやぶさかではないが……どうかな?」
「はぇ……?」
「ふえぇっ!?」
レイは一瞬で思考が停止し、大口を開けて呆然とする。変わってアリスはといえば、顔を真っ赤にしてあわあわと慌て出した。
そんな二人を放置して、シルヴィアの独壇場は続く。
「ふふふっ。君と共に入る、というのもいいかもしれないな」
美しいプラチナブロンドの髪を耳にかき上げ、艶を醸し出してレイに微笑みかける。その妖艶な姿は、決して十三歳とは思えない艶やかさに溢れていた。
「…………」
「あわわわわっ……きゅぅ」
レイは停止した思考を稼働させることなく、完全に思考を放棄した。アリスは顔と頭に上った熱のせいだオーバーヒートを起こして目を回していた。
そんな三人を側から見ていたギルバートは、あまりの愚かなやりとりに痛そうにこめかみを押さえた。そしてだるそうにしながら腕を振るった。
「っで!? ……はっ!」
「はぅあっ!?」
いつものを喰らい、二人は正気を取り戻す。それを確認したギルバートはシルヴィアを窘めた。
「おふざけが過ぎるぞ、愚か者が」
「くくっ、いやはやすまない。二人の反応が可愛くてつい、な」
クラクラするような艶やかさが霧散し、いつものシルヴィアが顔を出す。彼女の全く反省していない様子に何度目かの溜息をついたギルバートであったが、そんな二人をよそにレイとアリスはそれぞれ独り言つ。
「……人って、あまりに予想外なことがあるとなんにも考えられなくなるんだな」
「うーっ、またシルヴィさんに弄ばれてしまいました……」
レイは深く息を吐く。女神のような容姿を持つシルヴィアに誘惑されても、少年特有の反応を示さずにただただ驚いたとだけ言える彼は純朴と言えば純朴なのだろう。
変わってアリスは頭を抱える。彼女のここ最近の悩みはシルヴィアにいいように遊ばれてしまうことだ。別にそれで彼女が嫌いになるわけではないが、何か納得できないものがあるのも確かであった。
鬱々とした雰囲気を纏わせる二人に、シルヴィアが素直に謝罪する。
「すまないな二人とも。ちょっとした天才のお茶目というやつだ。許してほしい」
「……いやまあ、別にいいけどな」
「シルヴィさんは、色々ずるいと思います」
レイは苦笑し、アリスは頭をグリグリとシルヴィアに押し付ける。そんな彼女を優しく抱きしめたシルヴィアは、そっとレイの耳元にその薄紅色の唇を近づけた。
「……君が望むなら、私はいつでも歓迎だからな?」
「…………」
レイにしか見えないようにクスリと笑ったシルヴィアはスッと離れて拗ねたアリスを甘やかしに入った。その時見せた笑みは、思わずレイも見惚れるほどのものだった。
妖艶さと子供っぽさという真反対の性質のものを、しかし絶妙に混ぜ合わせたその笑みがレイの脳裏に自然と刻み込まれる。
そうして見惚れていたレイであったが、どうせまたからかっているのだろうと頭を乱雑に掻いてまともに取り合うことはなかった。しかし刻み込まれた笑みが脳裏を過ぎり、完全には気持ちを切り替えることもできなかった。
シルヴィアの真意がどうであるのか。それを知るのは彼女のみである。
そんなことがありながらも、レイ達は二回目の休憩で疲労を癒して『秘密の部屋』の探索を続けるのだった。
次回、探索の成果。