選ばれし者と暁の英雄   作:黒猫ノ月

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烏瑠さん、誤字脱字報告ありがとうございます。


35話

レイ達のホグワーツ城地下配管探索は続く。

 

適度に休憩と睡眠を取り、着々と奥へ奥へと進んで行く。

 

しかし、慣れない探索は確実にレイ達に心身ともに疲労を蓄積させていた。中でも特に、アリスの疲労は無視できないものがあった。

 

慣れない野宿に、周囲にはいつまでも続く代わり映えのしない配管の壁。そして陽の光一つ差し込まない狭い空間は、閉じ込められたような錯覚を見せ、精神的に追い詰める。さらには周囲を『秘密の部屋』の怪物を警戒しながら進まなければいけないため、一時も気を抜くことも出来ない。

 

疲労を隠しきれないアリスを心配するレイとシルヴィアであったが、彼女は大丈夫だとはにかんで気丈にも前へと進む。しかしその身体は不自然に揺れ、足取りも重そうに半ば足を引きずっている。

 

探査を開始して4日目。誰の目から見てもアリスの体力は限界だった。

 

流石にもう見ていられないとシルヴィアがギルバートへと探索の中止を進言しようとした時、先頭を歩いていたギルバートは足を止めた。

 

「アリス、もう限界か?」

 

振り返りアリスを真っ直ぐに見つめるギルバート。アリスは目をそらすことなく見つめ返す。

 

「大丈夫です。ま、まだ頑張れますっ」

 

アリスはそう言うが、側から見れば彼女が限界なのは火を見るより明らかだ。目の下には薄く隈ができており、疲労が表情に、身体全体に表れている。

 

だが、その目には。その声には。疲労など微塵も感じさせなかった。

 

弱音も、不満も、苦悩も。その瞳には見受けられない。

 

ギルバートを見るその瞳には、ただ……絶対に負けないという執念にも似た燃え盛る熱が秘められていた。

 

見つめ合う二人。それをレイとシルヴィアは固唾を呑んで見守る。

 

どれくらいそうしていたであろうか。不意にアリスの身体がぐらりと傾いた。

 

「あ、れ……?」

 

アリスは突然のことに驚く暇もなく、意識を闇に沈める。そうして前のめりに倒れそうになった彼女を、危うげなくギルバートが抱きとめる。そんな彼の手にはいつのまにか杖が握られていた。

 

「……ふん、根性は人一倍か」

 

「ギル、眠らせたのか?」

 

シルヴィアがギルバートの腕の中で眠るアリスの髪を撫でながらたずねる。

 

「ああ。変に意地になったこいつは、素直に休めと言っても聞かんだろう。こうでもせんとな」

 

「どうする、このまま一回引き返すか? 俺がアリスを背負うぞ」

 

シルヴィアと同様に一度撤退することに賛成のレイがそう提案するが、ギルバートは首を横に振る。

 

「いや、これより半日ここで休憩を取る。探索は続行だ」

 

「けどよ……」

 

ギルバートの判断にレイは食い下がる。言葉にはしないが、シルヴィアも当然反対であった。しかしギルバートはそんな二人を両断する。

 

「貴様らは一体何を見ていた。こいつの目は、心は未だ屈していない。貴様らはこいつの必死の覚悟を踏みにじるつもりか?」

 

「だが……」

 

なおも食い下がるシルヴィアにギルバートは鋭い視線を向ける。

 

「シルヴィ、過保護も大概にしろ。こいつは貴様が考えるほど軟弱ではない」

 

「…………」

 

シルヴィアは思わず息を飲む。言われ慣れている言葉であるはずなのに、そこには有無を言わせぬ迫力があった。気圧された彼女にギルバートは続ける。

 

「探索に入って4日。常時恐怖が隣に張り付くこの場所で、こいつが弱音や泣き言を一つでも零したか? 疲労や眠気に負けて警戒を一度でも怠ったか?」

 

「……いや」

 

「そうだ、否だ。どれだけ恐怖に心をくすぐられようが、疲労で倒れそうになろうが、睡魔に誘惑されようが。アリスは友のため、友の力になりたい自身のために前だけを見てここまできた」

 

「…………」

 

押し黙るシルヴィアに、ギルバートは完全にとどめを刺す。

 

「こいつはもはや貴様の庇護下で慌てふためいていた泣き虫ではない。……シルヴィ。いい加減、こいつを真に友と認めろ」

 

「っ!」

 

その言葉はシルヴィアにとてつもない衝撃をもたらした。しかし、それと同時にどこか納得してしまっている自分もいた。

 

甘やかしだなんだと言われていても、自分はきちんとアリスをひとりの友として見ていたつもりでいた。しかし、そうではなかったのかもしれないと思ってしまったのだ。

 

今思えば、レイとギルバートの二人とアリスとでは明確な区切りがあった。

 

レイとギルバートに対しては、気兼ねなく全てを任せられる信頼があった。しかし、アリス一人に同じように任せられるかといえば……否である。

 

自分がいないとダメだと決めつけ、今までずっと世話を焼いてきたのだ。彼女に自分の全てを任せることなどできるはずがなかった。

 

ギルバートの言う通り、自分はアリスのことを友ではなく、言い方は最悪だが最愛のペットや愛着のある着せ替え人形のように思っていたのかもしれない。

 

衝撃の考えが過ぎり、自分の愚かさに絶望を抱くシルヴィアにしかしギルバートはその口を閉じることはない。

 

「ここで帰ったとなれば、こいつは自分を責めるだろう。自分が足を引っ張ったせいで迷惑をかけてしまったと。さらに帰った後に怪物によって新たな被害がもたらされることなどあれば、より一層こいつは自分を責める。あの時自分がもっとしっかりしていれば、止められたかもしれないのにと」

 

「…………」

 

「これら全て、こいつが責任を負う必要など一切ない。しかしこいつは愚かにも自分を責めることをやめないだろう。それでも貴様は撤退を勧めるか?」

 

「…………」

 

もはやシルヴィアの小さな口から言葉が紡がれることはなかった。薄紅色の唇を真っ白になるまで噛みしめる。自身の愚かさを悔いるように。

 

そうして立ち尽くしていたシルヴィアであったが、そんな彼女の額を最愛の友がとんっと軽く押した。

 

「っとと」

 

不意に後ろに体重がかかり、慌てて体勢を立て直す。顔を上げてみれば、そこには彼女の愛する人の微笑みがあった。

 

「そう落ち込むなって。アリスに対して申し訳ないって気持ちがあるなら、謝ればそれでいいだろ? アリスならあわあわしながら許してくれるさ」

 

「レイ……」

 

肩をすくめて励ましてくれるレイにシルヴィアも笑い返そうとするが、眉間にシワが寄ってしまいうまく笑えない。その様子に苦笑してレイはシルヴィアの眉間を突いた。

 

「シルヴィが過保護になってたのも分かる。俺だって多少なりそうだったからな。だってそうだろう? アリスは俺達とは違う。天才でも秀才でもなく、過去に特別なことがあったわけでもない。普通の女の子だ。それもかなりドジっ子の。過保護になって世話を焼きたくもなるだろうさ」

 

実際のところ、そこにアリス自身の魅力である可愛らしさも多少なりとも影響しているのであろうが、この際は置いておく。

 

レイはシルヴィアの眉間のシワが緩んだことに一つ頷いて笑みを浮かべる。

 

「そんで、それをアリス自身が自覚して納得している。自分はみんなより劣ってるってな。だからギルに叱られながらも勉強も魔法も頑張って、さらに今は無理を押してでもここまでついてきてくれた。今、アリスは俺達に追いつこうと必死なのさ」

 

レイはギルバートの腕の中ですやすやと眠るアリスを見て微笑む。自分達の、いや、自分のために頑張ってくれる大切な親友。かけがえのない宝物。

 

「だからさ。シルヴィ、それにギルも。別に今は過保護でもいいんじゃないか?」

 

「なに?」

 

「なんだと?」

 

レイの唐突な提案にシルヴィアは目を瞬かせ、ギルバートは不快そうに片眉をあげる。しかしレイは気にする事なく続ける。

 

「他人に言われたから友として認めるってなんか違うだろ? ギルにとってアリスはすでに対等の友達、それこそ自身の価値観を共有したいと思えるほどの。逆にシルヴィにとってアリスは妹のような友達、まだまだ自分が面倒を見てなきゃ危なっかしいと感じるくらいの」

 

「…………」

 

「…………」

 

「けど、それだって立派な友達だろ? 友達に本当も何もないと俺は思うんだ」

 

「「…………」」

 

まあ、俺もよくわからないけどな、と笑みを浮かべるレイ。彼はそう言うが、シルヴィアとギルバートは、レイのその言葉に少なくない衝撃を受ける。

 

二人とも、友という関係について他者と比べても経験不足もいいとこだ。それはレイも同じ。しかし、レイのこの言葉は二人の胸に強く残る。

 

「今は支えるだけかもしれない。けど、このままいけばアリスは俺なんかよりも、シルヴィよりもギルよりも、きっと立派な奴になる。そんときに遠慮なく頼らせてもらうさ。だからシルヴィも、アリスが心から頼りになると思えたなら、そのときに頼ればいいさ」

 

「……ああ、そうだな。そうさせてもらう」

 

シルヴィアはレイの言葉を深く胸に刻み込む。いや、ギルバートの言葉もだ。彼の言う通り、ここ最近は過保護に過ぎたかもしれない。気をつけようと決意を新たにする。

 

「ふんっ、結局は過保護は続くのか。本当にこの泣き虫が立派になどなるのか甚だ疑問だ」

 

「はぁ〜? そんなこと言って、普段から泣き虫だお花畑だ毒吐いてるくせに、一番アリスのことを考えたり信頼してんじゃねぇか、このひねくれ者」

 

「…………」

 

何か切れる音と共に、スッと杖を掲げるギルバート。普段見られない青筋を浮かべたギルバートにレイも慌てて手を振る。

 

「わぁったた! そんなキレんなよ! それだと図星突かれたって言ってるようなもんだぞ!」

 

「……戯言は終いか?」

 

「……んぅ、むにゃむにゃ……」

 

「こらこら、あまり騒ぐとせっかく眠らせたアリスが起きてしまうぞ? 二人ともその辺りにしておけ」

 

こうして、レイ達はアリスを横にした後、三人で交代しながら自分達もゆっくりと疲れを癒す。不思議と、この休憩ではいつもより疲れが取れているようであった。

 

それは、いつもよりも長めの休憩を取ったからか或いは……。

 

………………

…………

……

……

…………

………………

 

 

休憩を取ってから予定通り半日後、一行は探索を再開した。

 

ギルバートに眠らされたアリスは疲労が濃かったためか、夢を見ることもなく深い眠りについていた。そうして彼女が目が覚めたのは、休憩を始めてから10時間を超えたあたりだった。

 

シルヴィアの腕の中で目が覚めたアリスは、しばらくぼーっと虚空を眺めていたが、自分の現状を把握した瞬間、大声をあげて起き上がった。

 

その声に寝ていたレイとシルヴィアは跳ね起き、周囲を警戒していたギルバートは、おたおたと慌てているアリスの額にいつものを喰らわせて落ち着かせていた……黙らせたとも言うが。

 

三人の予想通り、予定外の長めの休息を自分のせいと自責の念に苛まれるアリスを、しかし三人は頭を撫で、抱きしめ、額を突いて各々の方法で励ました。

 

気にするな、支え合うのが仲間であり、親友だろうと。

 

それでも気になるのなら、今度こんなことがあるその時までにもっと力をつけよう、と。いつでも力を貸すからと。

 

そしていつか、自分達が困った時に助けてくれればそれでいい……と。

 

アリスはその言葉と想いを受け、その瞳に自責から決意へと色を変えた涙を浮かべて力強く頷くのだった。

 

決意を新たにしたアリス。そんな彼女に対する想いを改めたシルヴィアは、しかし結局謝罪することはなかった。

 

ただでさえ余裕のない状況で頑張っている彼女に、自身の都合でさらに重荷となるかもしれないことをするのは愚かだと判断したのだ。

 

また、彼女に対する意識の問題は、自身の問題だ。いくらレイの言う自分のための行動の肯定を全員が知っているとはいえ、自分が楽になるために何も知らないアリスに謝罪をするのは自分が許せなかったのだ。

 

レイとギルバートの言葉を胸に、シルヴィアも気持ちを切り替えて探索に集中して行くのだった。

 

こうして探索を再開した一行は、合間合間に予定よりも長めの休息をとりながら、青白い光に照らされる配管を奥へ奥へと進んでいく。

 

長めの休息が自分のためだと自覚しているアリスは、そのたびに再び自責の念に俯きそうになるが、今自分を責めてもどうしようもないと頬を叩いて前を向く。

 

今できる自分の最善を尽くしてここを乗り切り、そして次こそはみんなの足手まといにならないよう力をつけることを改めて決意して。

 

そんな前向きな様子を見せるアリスをレイ達は微笑みとため息とともに見守っていた。

 

そうして探索を続けて5日目のこと。一行は当初の予定よりも遅れてだが、最初のポイントへとたどり着いた。

 

顔を見合わせて頷きあった四人は、周囲を魔法を併用しながら探索する。しかし1時間ほど探ったが、誰も仕掛けや罠の類を見つけることはなかった。

 

一行はひとまずここはハズレと判断して次のポイントへと向かう。そうして二つ、三つと予定のポイントを念入りに探索するが、どこもそれらしいものは見当たらなかった。

 

探索を開始してから6日目。外では星々が煌めいている時間。探索の予備日に突入したその日の夜に、一行はとうとう最後のポイントへと到着した。

 

ここ数日と全く代わり映えのしない周囲を見渡しながら、レイは深く息を吐く。

 

「さって、ここがラストってことだが……あるといいな、ギル」

 

「ふん、なければまた次を探すだけだ」

 

「しかし今度は禁書庫へと篭るのは難しいと思うぞ? とりあえずは帰った後の教師陣の叱責をどう乗り切るか、だろうな」

 

「うぅ……いっぱい怒られそうです」

 

「そんな時間の無駄などしてられるか。戻ったら教師達にバレぬように再び調べ、準備し、ここに戻ってくるだけだ。貴様らとならばそれも可能だろう」

 

「そ、それは問題の先送りじゃあ……」

 

「まあ、あとでめちゃくちゃ怒られて重い罰則を受けるだけで済むならそれでいいか」

 

「ふふっ、逞しいものだなレイ」

 

今まで手がかりらしい手がかりを見つけられていないにも関わらず、一行に暗い色はない。

 

どれほど壁にぶつかろうとも、決して立ち止まることなく歩き続ける。これこそが、他の者達にはない彼らのもつ英雄としての素質なのかもしれない。

 

最後ということもあって、一行はより丁寧に、念入りに周囲を探索する。しかしギルバートとシルヴィアの魔法による反応はなかったために、半ば諦めがあったのも事実であった。

 

しかし、彼らの今まで費やした努力はここに来て実を結ぶことになる。

 

「……あん?」

 

ロープを使い、周囲を照らす明かりが灯さられた台座まで登っていたレイが何かを発見した。

 

配管の壁に取り付けられた台座の付け根。明かりによって影となっているその場所にそれはあった。東洋ではそれを“灯台下暗し”と言うだろう。

 

諦めることなく念入りに調べたからこそ、それは見つかったのだ。

 

「どうしたレイ、何か見つかったのか?」

 

シルヴィアのどこか期待を含んだ声に、レイは自分が見つけたそれを杖に灯された灯りで確認しながら答える。

 

「……ああ、ビンゴだ」

 

それを聞いたシルヴィア達は差異はあれど、誰しもが喜びを露わにする。そしてロープを伝い器用に降りてきたレイの下に集う。

 

「あそこ。あの灯りの台座の付け根に他にはない蛇の装飾が施されていた」

 

「蛇……っということはっ!」

 

「サラザール・スリザリンの証。『秘密の部屋』の手がかり、ということかな?」

 

「よくやったレイ、俺が見てこよう」

 

「おう、頼む」

 

ギルバートは例の灯りの台座に括られたロープを持ち杖を振る。ギルバートの身体はスルスルと登っていき、何事もなく台座までたどり着く。

 

杖の灯りで確認した装飾の蛇は、小さいながらも立派な石造りのものだった。灯りを消し、魔法で仕掛けがないか調べる。しかし探索前と同じように魔法に反応はなかった。

 

おそらく強力な隠蔽の魔法が施されているのだろうと予想して、ギルバートは持ち前の頭脳を働かせながら手探りで台座を調べる。

 

しばらく調べていたが、蛇の装飾以外特に変わったところは見られない。

 

それを確認したギルバートは、ふとおもむろに自身を照らす台座の灯りを消した。すると、当然辺りは暗くなる。しかしすぐに、ほんのりと緑色の灯りがギルバートを照らした。

 

それは先程まで灯りがあった台座の盆に浮かばれた文字が発光したものであった。

 

緑に光る文字にはこう書かれていた。

 

 

 

“我が後継を望む者よ、純血たる証を示せ”

 

 

 

それを確認したギルバートは、すぐに謎を解く。杖を振り、自身を見守るレイ達の下へと降りた。

 

「どうだった?」

 

「“我が後継を望む者よ、純血たる証を示せ”、ということだ。シルヴィ、出番だ」

 

「……ふむ、なるほど。では行こう」

 

「うん?」

 

「ほえ?」

 

ギルバートに促され、逡巡も一瞬でシルヴィアはすぐに頷きロープに魔法をかけて登っていく。変わってレイとアリスは首を捻っていた。

 

そんな二人にため息とともにギルバートが答えを述べた。

 

「純血たる証を示せ……つまりは血筋、ならば話は簡単だ。どういう理屈かはわからんが、あの台座に純血の魔法使いの血を垂らせば何かしらの仕掛けが作動するはずだ」

 

「ああっ、なるほどな! 純血筆頭一族のシルヴィなら、これ以上の適任はいないな」

 

「で、でも血ってことはっ」

 

アリスは上に登ったシルヴィアを見上げる。

 

しかしそんな彼女の不安や心配を他所に、台座にたどり着いたシルヴィアは器用に縄を持ちながら、杖の先を左の人差し指に押し付ける。

 

すると、細くしなやかな人差し指の先がぷっつりと薄く裂けた。神経が集中している指先の傷はそれなりの痛みを伴うが、シルヴィアは全く意に介すことはない。

 

美しい指先から徐々に溢れてくる赤い血が滴る様は、それだけでも絵になる光景であった。

 

シルヴィアはその血が溢れる前に、指先を台座の盆の上へと移す。次々と溢れ出る純血たる証は指先に集まり、重力に伴って音もなく一雫盆へと滴り落ちた。

 

ポツンと丸く赤い雫が盆に触れて弾ける。小さい円となって平たく潰れた赤は、スッと盆の中へと溶けるように消えていった。

 

それを確認したシルヴィアはロープを降りようとした。しかしその時、辺りに地響きが鳴り響いた。

 

それはもちろん下で様子を見守っていたレイ達にも伝わる。身体を揺らす振動に各々がバランスをとるように身体を支える。シルヴィアもこのままではまずいと手早く地へと降り立つ。しかし、その時にはすでに地響きは鳴り止んでいた。

 

少しの間、四人ともじっとしていたが、何もないと分かると周囲を見回す。だが、仕掛けが作動したのはたしかであるはずなのに、辺りには特に変わったところはなかった。

 

明らかにホッとした様子を見せるアリスの頭を撫でながら、シルヴィアは警戒するように変わらず辺りを見回す。アリスの頭に乗せられた白魚のような人差し指には、すでに傷跡はなかった。

 

「……ふむ。当たりだった筈だが、長い年月が仕掛けを錆びつかせたか?」

 

「それか、仕掛けはここ一つではないかだ」

 

「なるほど、連動している……か」

 

二人の考察を聞いたレイとアリスは思わずバッと二人を振り返る。同時に最悪の予測が浮かんだからだ。

 

「ふぇっ!? と、ということはまさか……」

 

「今から照明の台を全部確認して行くってこと……かぁっ!?」

 

これからのことを考えた二人の顔はかなり引きつっていたが、しかしそんな二人の予測通りとはならなかった。

 

レイが地響きから身体を支えるために手をついていた配管の壁が、石と石がすれていく重厚音とともに一段奥に下がったのだ。いきなりのことでバランスを崩したレイであったが、持ち前の身体能力のおかげか、転倒することはなかった。

 

「ととっ…………はは。アリス、どうやら探す必要はないみたいだぞ」

 

体勢を立て直したレイは、目の前の光景に思わず笑みを浮かべた。それは呼ばれたアリスや、これからのことを考えていたシルヴィアとギルバートも同じだった。

 

奥に下がった石壁は十字に割れ、奥への道が顔を覗かせた。

 

それと同時に、その通路の両端にレイ達の入り口から奥の方へと次々と緑の炎が上がっていく。炎を上げる照明は蛇の装飾が施されており、蛇の口から緑の炎が吐き出されていた。

 

緑に照らされ、おそらく『秘密の部屋』へと続いているだろうその道は、そんな蛇の照明以外は石レンガの素朴な作りであった。

 

「や、やりましたねっ、皆さん!」

 

アリスが三人へと満面の笑みを浮かべて振り返る。その表情は、地下深くにいるレイ達を数日ぶりに優しく照らす太陽のようであった。

 

思わず眩しそうに目を細めたレイは、お返しとばかり屈託のない笑顔で頷いた。

 

「ああっ、やったな!」

 

「これで今までの苦労が報われる、というものだな」

 

「愚か者どもめ、これからが本番だろうが。気を引き締めろ」

 

レイに続き、シルヴィアはアリスと喜びを分かち合うように抱き合い、ギルバートは眼鏡の位置を整えながら諌める。彼も先程まで口角を上げていたにも関わらず、今ではいつものように無愛想に奥へと続く道を見据える冷静さは流石と言うべきだろう。

 

彼が見据える先は、レイ達がいるところからでは奥が見えない。ここから先は、かの英雄サラザール・スリザリンが作り上げた正真正銘のダンジョン……迷宮だ。ギルバートの言ももっともだ。

 

ギルバートのその言葉に、レイ、シルヴィア、アリスも顔を引き締めて前を向く。

 

「そうですねっ、気合いを入れなくちゃ」

 

アリスは頬をぺちぺちと叩いてむんっと文字通り気合いを入れる。

 

「ここは都合よく道幅が広い。レイとシルヴィが前に、俺とアリスは後ろで行くぞ。ここからはより一層警戒しろ」

 

ギルバートはこれからの方針を瞬時に判断し、冷静に予測・考察していく。

 

「さて、くだらない純血主義を掲げた英雄殿の遺産……楽しませてもらおうか」

 

シルヴィアは優雅な笑みを浮かべて、静かに溢れ出る闘気を鎮めるためか杖を思い切り払う。

 

皆が思い思いに奮い立つ様を心強く思いながら眺めていたレイは、自分もとこの先に待つであろう自身の敵を思い、好戦的な笑みを浮かべてスリザリンの遺産……『秘密の部屋』へと続く道へと足を踏み出した。

 

「……待ってろよ自称後継者。俺のダチに手を出した事を後悔させてやるっ!」




二章が終わったら、今回の『秘密の部屋』への新たな道などのオリジナル設定を、どうしてこのように考えたのかなどの私なりの考察を含んだものを投稿しようと思っているのですが……必要ないですかね?

もしよければご意見などくださればと思います。

次回、創設者の試練。
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