サラザール・スリザリンの神殿にて、白の戦士達との戦いの火蓋が切られた。
迫り来る白の波をレイ達は秀才の指示の下、自分達のいる広間に上げさせないように食い止める。
魔法使いとして敵を近づけさせないのは基本である。なのでまず、ギルバートは白と赤の境を基準にすることで、敵との距離を明確に把握することにしたのだ。
また、白の残骸の上で戦うと何が起こるのか分からないということや、倒した後の骨の残骸が足場を悪くすることなども考慮してのことだった。
自陣にて前衛を任されたレイとシルヴィアは最初、各々好きな呪文で撃退していた。だが、距離があるとはいえ敵の数が数である。二、三発当てて一体撃退すれば、その隙に他の戦士達がすぐに距離を詰めてくる。
そうして迫り来ていた戦士達はしかし、彼等の足元が連続で爆破させられたことでその足を止めた。脚を破壊された戦士達は立てなくなって這いつくばる。そのせいで後衛の戦士達はその場で足踏みしてしまい、全体の進行自体が停止したのだ。
その連撃を放ったギルバートは明確に白の戦士達の弱点を晒し、確実に彼らの進行を食い止める方法を自ら証明した。
「愚か者ども、軽く丈夫な骨に馬鹿正直に魔法を当ててどうする! レイ、足元の関節を狙って歩けなくさせろ。シルヴィ、こいつらは打撃に弱い。貴様の魔法力に任せた爆破呪文の一撃で屠れ」
「「了解!」」
その隙をつき前衛二人を叱責、助言して、自分自身も再び爆破魔法を放つ。そして助言を受けた二人も効率的に戦士達を屠っていく。
また白の戦士達の後方では、弓を携えた者が数体矢をつがえて前衛の命を狙っていた。しかし二人に放たれた弓矢はギルバートの防護呪文が防ぎ、後衛二人を狙ったものはアリスが防護呪文で防いだ。
通常、防護呪文は自分の周囲を守るものだが、ギルバートのそれは遠くの場所に防護呪文を張れるように開発、効率化が行われていたのだ。射程距離が短いため、あまり彼の側から離れることはできないが、これぞまさに秀才の本領発揮というものだろう。
ここまでの戦闘を振り返れば、今のところ優勢なのはレイ達であるように見える。しかし、現実はそうではなかった。白の戦士達をどれだけ屠ろうとも、彼等の猛攻が止むことはなかったのだ。
神殿内に無数に敷き詰められた白の残骸。白の戦士が足を破壊されて這いつくばってしまったならば、そこから足の部位を修復する。修復不可能なほど壊されれば、残骸から新たな戦士が這い出てくる。
そんな光景を見せられれば、レイ達は嫌でも思い知らされる。
白の残骸が全て粉砕されるまで、又はレイ達が力尽きるまで、この攻防は延々と続くのだ、と。
しかしそれでも屈することなく杖を振るうレイ達を、戦士達は嘲笑うかのように剥き出しの歯を鳴らして確実に両者の距離を縮めていった。
そして戦闘を開始して十分ほどが経過した時、とうとう白の戦士達の一体がレイ達のいる赤絨毯の広間へと足を踏み入れる。
それを察知したレイとシルヴィアは自分達のテリトリーに踏み入った戦士達を撃退するべく接近し、ギルバートとアリスは逆に後方へと下がり距離を取る。
レイは骨剣を振り上げる戦士の懐に体当たりを食らわして後方の戦士達を巻き込んで追い出し、シルヴィアは骨剣の突きを華麗にかわして一体の懐に入り、爆破魔法で周囲の戦士複数体をまとめて粉々に粉砕した。
ゼロ距離で放たれたシルヴィアの爆破魔法は、彼女の莫大な魔法力も合わさって絶大な威力を誇る。
自陣から追い出すことに成功したのを見計らい、ギルバートが放つ爆破魔法が連続で火を吹き戦士達に追い討ちをかける。その際に後方より放たれる弓矢をアリスが防ぎ、ギルバートの信頼に確実に応えていた。
再び白の戦士達と距離を取ることに成功したレイ達であったが、しかしその距離は確実に狭まっている。無限とも言える白の波は、徐々にレイ達を追い込んでいく。
そこからはしばらく、自陣に踏み込んだ敵を追い出しては再び踏み入れられ、追い出しては踏み入れられを繰り返す。合間合間でシルヴィアやギルバートがわざと全損させることなく敵の前衛の脚部を破壊して進行を食い止めていたのだが、それも限界に近づいていた。
そして……それは起こった。いつの時も、最悪の状況にはさらなる最悪が重なるものだというかのように。
前衛にて戦士達の進攻を抑えていたレイとシルヴィア。自陣のギリギリの場所で戦っていた二人であったのだが……突然、レイの足首を何者かに掴まれたのだ。
「なっ、どぅわっ!?」
「レイっ!」
レイの足首を掴んだものの正体は、白の残骸より生え出る骨の片腕であった。腕だけ伸ばされたそれに足首を強く引かれ、不意をつかれたレイは抵抗も出来ずに勢いのまま前に倒れこむ。
そう。白の戦士達が無限に湧く、どこにも逃げ場のない地獄へと。
すぐにでもレイを連れ戻そうと手を伸ばしたシルヴィアであったが、そんな二人を遮るように即座に白の戦士達の壁が形成される。戦士達の小賢しさに一瞬で怒りの沸点に達したシルヴィアは今まででも最大級の威力を誇る爆破魔法を放ち、戦士達を跡形もなく粉砕する。
しかし、当初はシルヴィアとの距離が数メートルであったレイだったが、彼が立ち直る暇も与えず白の戦士達が次々に襲いかかり、気付いた時には時すでに遅し。レイは戦士達によって、敵の陣地奥深くへと追い立てられていたのだ。
そしてシルヴィアの渾身の一撃も虚しく、レイとシルヴィアとの間には二重、三重の白壁が立ち塞がる。さらには迷い込んだネズミを絶対に逃すまいとネズミを複数体で囲い込み、その囲いの外ではネズミへ向けて弓の弦を引き絞られる。
たった一匹のネズミに対して、戦士達のおよそ三分の一が殺しにかかる白の包囲網。
絶体絶命。
一瞬の出来事によって、レイは敵陣にて孤立してしまったのだ。
完全に不意をつかれた予想外の事態。もちろん、仲間のそんな状態を許すはずのないシルヴィア達であったが、そんな彼女達に残りの戦士達は救助をさせる暇を与えない。
味方と完全に分断され、救助は望めず、敵は四面楚歌。
目の前に揺らめく死の予感。圧倒的恐怖。しかし、彼は全くと言っていいほど絶望などしていない。
「お前らっ、俺に構うな! そこでそいつらの進攻を食い止めろ!」
「そ、そんなレイさんっ!」
「アリス、レイの言う通りだ。ただでさえ不利になった今の状況で奴に構えば俺達も危機に陥る。それにあの愚か者はそう簡単にくたばりはしない」
「で、でもっ!」
レイとギルバートに諌められているが、アリスは今にも飛び出していしまいそうだ。しかし、そんな彼女の前にシルヴィアが立つ。
「シルヴィ、さん?」
「…………」
シルヴィアはアリスの声に答えることはなく、白の影に隠れて見えない最愛の友の声に尋ねる。
「大丈夫なのか、レイ?」
「おいおい、俺を鍛えたのは誰だよ。天才たるお前が鍛えたやつを信じられないのか?」
「……ああ、その通りだな」
シルヴィアはわずかな間目を閉じた後、次には笑みを浮かべて杖を握り直す。
本音を言えば、すぐにでもレイを助けに行きたい。たが、それは彼に対する裏切りでもある。誰よりも彼を信頼しているシルヴィアは、自分の感情に任せて行動することを許さない。
「アリス、レイならきっと無事に帰ってくる。私達は彼が帰ってくる場所を死守しよう。それが彼のためになる。それとも、君は彼が信じられないかい?」
「っ! ……はいっ!」
シルヴィアの言葉を受けたアリスは、溢れてきた涙を袖で拭って元気よく返事を返す。それを見たシルヴィアは、少し前にギルバートに諭された自分が言うことではないなと苦笑しながらもレイに声をかける。
「レイっ! 君の帰る場所は私達が守る。だから早く帰って来い!」
「おうっ! 手間をかける!」
「全く、だっ!」
目の前に迫ろうとしてくる白の戦士達を粉砕しながら、シルヴィアは胸の内で願う。
レイ、必ず帰ってきてくれ、と。
それはシルヴィアだけでなく、想いの強さは異なれどギルバートもアリスも同じ想いであった。
こうして仲間達に多大な心配をかけている張本人は今、白の残骸を転がりながら緑炎により煌めく複数の刃から必死で逃れていた。
そして逃れた先で、とどめを刺そうと骨剣を振り上げる戦士の膝の関節を破壊して起き上がり、その際に体当たりで吹き飛ばす。そうして戦士の包囲網に空いた僅かな隙間から抜け出そうしたその時、右の足首に二本の骨の腕が絡みつく。
「チィッ! レラシオ、放せっ!」
基本的な戦闘呪文以外は未だ無言呪文を習得していないため、呪文を唱えて足首を掴む骨の腕を引き剥がす。しかしすでにレイを囲む白の包囲網が完成していた。
そしてレイに休む暇を与えず、白の戦士が前方と後方からレイを襲う。それに対して、レイは後方を無視してあえて自ら前に踏み込んだ。前から来る骨剣を武装解除し、ガラ空きになった戦士に体当たりを決めて再び脱出を試みようとする。だが視界が開けた瞬間、目の前に剣の切っ先が迫ってきていた。
「うおっ!?」
それを既のところで躱したのだが、躱しきれずに切っ先が頬をかすめてしまう。しかしレイはそれに構うことなく横薙ぎに蹴りを放って戦士を吹き飛ばした。
吹き飛ばした戦士など顧みず足を踏み出そうと顔を上げれば、再び自身を囲う白の包囲網。レイは頬を流れる血を指で拭いながら息を吐く。
「これはキリがねぇな……」
そう呟いた矢先、レイの視界に包囲網にわざと作られたような隙間から引き絞られた弓矢が垣間見えた。
「プロテゴ、守れっ!」
慌てて防護呪文で身を守ったが、次には四方から切り刻まんと襲い来る骨剣。レイはギリギリのところで回避を繰り返すが、当然捌ききることなど出来ず、致命傷だけは避けるようにする。
幸い、未だ深手は負っていないが、全身の至る所を斬りつけられる。
休む暇を与えない白の包囲網は確実にレイの体力と精神を蝕んでいった。
そしてその時は訪れる。
袈裟斬りにしようとした白の戦士を武装解除で吹き飛ばしたのだが、そこで長く張り詰めていた集中力が切れてしまったのだ。
それはほんの僅かな時だった。だが、それがレイには致命的であった。
吹き飛ばした戦士の後方。その戦士に隠れるように弓に矢を宛てがう弓兵の姿が戦士が吹き飛ばされた事であらわになる。
弓兵の出現に目を見張るレイ。そして、突如左肩に激痛が走った。
「がっ!?」
肩に矢が刺さった衝撃で後ろに倒れそうになるが、なんとか膝をつくのだけは堪える。だが、白の包囲網は健在。戦士達がそんな絶好の仕留める機会を逃すはずがなかった。
体勢を崩したレイに目掛けて振るわれる三つの剣閃。
「……っ!」
レイは咄嗟に杖を振り、目前の白の戦士を武装解除で吹き飛ばしてできた隙間に転がり込んでなんとか躱す。その際、身体を動かすのに邪魔な矢を歯を食いしばって一息に引き抜く。
「ぐうぅっ!」
肉が抉られる音とともに鮮血が吹き出す。油断すれば一気に意識を持っていかれそうになるほどの激痛が肩だけでなく全身を貫くが、鋼の精神力で耐え抜き、血肉がへばり付いた矢を投げ捨てる。
幸い、利き腕の方ではなかった。レイはまだ戦えることに安堵して、僅かな隙をつくように襲いかかる戦士達の魔の手から必死に逃れる。
それからレイの決死の逃亡劇が始まった。左肩に重傷を負いながらも、彼は杖を振り、転がり、すぐそばに迫る死との追いかけっこを繰り返す。
そんな手負いの獲物を白の戦士達はどこまでも、どこまでも追い立てる。
神経を研ぎ澄まし、脳みそを休みなく働かせ、悲鳴をあげる筋肉に鞭打って逃れるレイ。しかし、そんな追いかけっこが長く続くはずもなかった。
進行方向にいる邪魔な敵を武装解除呪文で吹き飛ばそうとしたのだが、骨の戦士を吹き飛ばすには至らなかった。集中力が欠如した呪文では、骨剣を手から弾くことしかできなかったのだ。
再び杖を振ろうと思った時には、術後の無防備な隙をついて得物を失った戦士が腕を伸ばしてレイの杖をその手からはたき落した。
「しまっ!?」
「レイっ!?」
はたき落とされた杖は包囲網の外へと弾き飛ばされる。その瞬間は偶然にも、戦士達の進行を食い止めていたシルヴィアの遠目にも映った。
魔法使いとして致命的なミス。杖のない魔法使いなど下手なマグルよりも劣る。レイは皮肉にも、去年闇の帝王の僕となったクィレルに対して行ったことを己が身で体験することになってしまった。
しかし、ここで諦める男ではない。
瞬時に杖のないことを受け入れ、杖をはたき落した戦士を払いのけて前へと進む。杖を無くした今、足を止めることは死に直結する。
しかし生き足掻くレイを白の戦士達は無情にも責め立てる。
「っ!?」
自身の体を使い、戦士一人をバラバラに吹き飛ばしてその場を離れようとしたのだが、踏み込んだその足を複数の白い手が絡みついてきたのだ。
無事な方の足でその白い手を踏み抜き、千切れても構わないと力任せに捻り、引っ張るが複数の白い手はレイの足を離さない。
そうこうもがいているうちに、何度目かの白の包囲網が完成する。その包囲網によってレイが杖を無くしてから今までの一部始終を見ていたシルヴィアの視界からもレイの姿が見えなくなってしまった。
万事休す。
シルヴィアの脳裏に最愛の変わり果てた姿がよぎった。
「ギルバートぉっ!」
「っ!」
その尋常ではない呼び声は、ギルバートにすぐさま現状を把握させる。彼はアリスを下がらせて前線のシルヴィアの隣へと馳せ参じる。そして……。
「どけぇ、塵どもぉっ!」
シルヴィアの怒声とともに杖先から灼熱の業火が放たれ、それは彼女の憤怒を思わせ、数メートル先にいる十数体を焼き尽くした。しかし、その魔法は威力がある分射程が短く、レイのいる場所には到底届かない。
だが、二人の間を遮る厚い壁を崩すには十分だった。
シルヴィアとギルバートは憤怒の灼熱が冷めるのを待つことなく、また白の戦士達が邪魔に入る前に白の残骸へと足を踏み入れた。一人取り残されたレイを助け出すために。
仲間達がレイを助け出さんとする中、レイは何とか生き延びていた。しかし無手での抵抗が続くはずもなく、無数の切り傷で全身が血まみれになるのは直ぐだった。
どう見ても手詰まり。だが、それでもレイの瞳は、心は死んでいない。
四肢を、目を失おうとも、何としてでも生き残り必ず大切な仲間達の下へと帰ってみせるのだと。
その覚悟は彼の身体からも滲み出るように溢れ出る。そしてレイの放つその覚悟の重さに、感情のないはずの戦士達もどこか気圧されているようだった。
たとえ生き残る確率が0であったとしても、最後のその時まで生きることを諦めない。
だからこそ、“ソレ”は姿を現した。
「……?」
“ソレ”は何もない空間から突然レイの目の前に現れた。現実へと溶け出すように現れた“ソレ”は、かくも美しい剣であった。
レイの覚悟に応えるように現れた剣。銀色に輝く刀身は白の残骸に突き刺さり、柄には赤く澄んだルビーが嵌め込まれている。その剣は、素晴らしいの一言に尽きる美しい剣だった。
突然目の前に現れた剣にレイは驚いていたが、ふと嵌め込まれた赤い宝石が一際煌めいたように感じた。まるで、さあ手に取れと言っているかのように。
ただの剣がそんなことをするはずがない。しかしレイはその煌めきに応えるようにとっさに剣を引き抜いた。剣は、いとも簡単に引き抜くことができた。
血塗れの手で握る剣にレイは目を落とす。すると再び、剣が一瞬だけ煌めいたように見えた。何をしている、さあ行くぞとレイを急かすように。
極限状態に陥り、おかしくなった頭が見せる幻覚なのかもしれない。だが、手の中にある剣は決して幻覚ではなかった。
勘違い、幻覚上等だ。確かなのは、おかげでこの場を脱するための力をもらったということだ。
レイは口角を無意識に吊り上げる。そしてその幻覚か何かに応えるように両手で剣を強く握りしめ、目の前の戦士達へとその刃を振り抜く。
響き渡る崩壊の音。それが反撃の序曲となる。
レイと剣の一撃は、彼を絶対に亡き者にせんとしていた包囲網をいとも容易く崩した。それは今にも踏み込まんとしていたシルヴィア達の目にも映り、思わず足を止める。
そんな彼らの視線の先には……。
赤と銀の世にも美麗な剣を携えた親友が、傷だらけにも関わらず、それを意に介すこともなく堂々と佇む姿だった。
「レイっ!!」
「さっさと帰ってこい愚か者っ!」
自身を呼ぶ声を聞いたレイは、剣を手に仲間達の下へと駆け出した。その俊敏さには大怪我を微塵も感じさせない。しかしもちろん、白の戦士達もせっかくの手負いの獲物をただで逃すはずがなかった。
シルヴィアの業火より逃れた戦士達が駆けるレイの前に立ちはだかり、彼を包囲していた者達も追いすがる。弓兵も彼の背に向けて弓に矢を宛てがう。
さらにレイの駆ける足が白の残骸を踏みしめたタイミングで骨の腕が這い出てその足を絡め取ろうと襲い掛かる。
「っとぉ!」
しかしレイはその足を止めることはなかった。逃げることに集中し、這い出る腕を横へ前へと飛んで躱す。疲労や傷の痛みを感じさせない縦横無尽の逃避行は、這い出る腕や愚直に放たれる弓矢では捉えることが出来ない。
そしてレイはタイミングを見計らい足に力を溜めて加速し、白の壁へと真っ直ぐに突き進んだ。そうすると当然、待ってましたと言わんばかりに白の戦士達は骨剣を手に待ち構えていたのだが、突然、彼らの背後を衝撃が炸裂する。
シルヴィアとギルバートの爆破呪文の援護だ。ホグワーツが誇る、稀代の天才と秀才相手に背を向けたのが間違いだろう。僅かに残った数体では、彼らの足止めすら不可能だった。
天才と秀才、そこへさらに後方に下がっていたアリスも加わり、レイが自分達の下へと至る希望の道を作り出す。
「らあっ!」
自分が誇りに思う仲間達のことを信じて疑うことのなかったレイは加速したまま、薄くなった白の壁へと剣で薙ぎ払い、新たに出来た隙間を駆け抜ける。レイとシルヴィア達の距離は十数メートルまで迫っていた。
最早、彼の背を追う戦士達では追いすがることは不可能だ。その背を狙う弓矢は射程内に捉えたギルバートの防護呪文によって弾かれる。シルヴィア達の手によって滅ぼされた数だけ白の残骸より戦士達が這い出てくるが、彼らが現れ出る頃にはすでにレイが駆け抜けた後だった。
レイとシルヴィア達との距離が数メートルのところに来た時、白の戦士達より最後の抵抗がレイの足元から何本も現れる。
しかしそれも無駄と言わざるを得ない。目の前に現れた障害を、どうしてシルヴィア達が放置しようか。
これをギルバートが爆破呪文で一掃した。そしてそれは当然、腕に足元を狙われていたレイにも被害が及ぶ。
「うおぁっ!?」
爆破された衝撃で足が浮き、前のめりに倒れそうになる。しかしそこは持ち前の身体能力で剣を持ちながらも器用に受身を取り、レイはシルヴィア達が待つ自陣の広間へと転がり込んだ。
こうしてレイは傷だらけになりながらも、ようやく死の包囲網から抜け出して仲間の下へと舞い戻って来れたのだった。
「ぶねぇっ! ギル、もうちょいなんとかならなかったのかよ! いや助かったけど!」
「黙れ愚か者が。そこの泣き虫と甘やかしを心配させた罰だ」
「レイさんっ! グスッ、よ、よかったよぉっ」
「っとぉ。よしよし、心配させてごめんなアリス。シルヴィもごめん、助かった」
「気にするなレイ、ほら」
血が付着することも無視して自身の無事に咽び泣くアリスを抱きとめる。彼女の背中を落ち着かせるように叩きながら、レイはシルヴィアが呼び寄せ呪文で手元に呼び寄せていた自分の杖を受け取る。
「サンキュ」
左手に剣を持ち替え、右手に握った杖に自身の不甲斐なさを詫びて正面を向く。左肩は変わらず激痛が走り、そこから滴る血が左手に持つ剣を伝う。
全身を血に濡らすレイの姿に一瞬悲痛な面持ちを浮かべたシルヴィアであったが、すぐにそれをしまいこんで戯けたようにレイに尋ねる。
「ところでレイ。君が持っているその剣はどうしたんだい?」
「ん? ああ、これか。なんか拾った」
あっけからんとレイは言うが、拾ったにしては彼の持つその剣は素人目に見ても存在感に満ちていた。美しく煌めく刃を横目に、シルヴィアは欲望に左右されないレイに笑みを浮かべる。
「……ふふっ、そうか拾ったか」
「こいつがなきゃ間違いなく死んでた。こいつには感謝してもしきれねぇよ」
「そうか……」
「愚か者ども、無駄話はそこまでだ」
最前線に立って会話を続ける二人に、アリスとともに後方へと下がったギルバートが苦言を呈す。それもそうだろう。レイ達が態勢を立て直している間に、白の戦士達も準備を整えて彼らを待ち構えているのだ。
再び整然と白の残骸の上で並ぶ戦士達。死人に感情などあるはずもないが、レイ達を見るその暗き眼孔からは獲物を逃した苛立ちが覗いているように見えた。
「レイ、傷の具合は?」
「ん、まあ大丈夫だ。強いて言えば肩の傷が深いから血が保つかなってところだ」
傷が深いと言いながらぐるぐると左肩を回すレイ。その矢傷を始め、傷だらけの姿はどこをどう見ても大丈夫なはずはない。しかしギルバートはその言葉に頷き、各自に守りを重視した指示を下す。後ろに下がれと言って、レイが素直に下がるはずもない頑固者であることを嫌でも知っているからだ。
指示を終え、ギルバートは改めて現状を仲間達に告げる。
「状況は最悪だ。振り出しに戻ったように見えるが、ハリボテの重症者にいつ限界が訪れるかわからん今、完璧に不利なのは俺達だ」
「……いや、まだまだやれますよ?」
ギルバートはハリボテ重症者の戯言を無視した。
「前衛二人は多少こちらに踏み込まれても構わんから骨の山に近づくなよ。また引き摺りこまれては敵わんからな」
「りょーかい」
「承知しているよ」
弁解を無視され、嫌味まで吐かれたレイは居心地悪そうに頭を掻く。その隣ではシルヴィアが可笑しそうに笑っていた。しかし次の瞬間、正面を向いた二人の纏う雰囲気がガラリと変わる。
レイ達の湧き出す闘争心を察知したからか、白の戦士達も各々武器を構えて身体の節々から骨を鳴らす。
「来るぞ。俺の守りは任せたぞ、アリス」
「はいっ!」
元気の良いアリスの返事を背中で聞いたレイは杖と剣を構える。杖で攻撃し、剣で守る。剣の素人では片手でまともに振ることも敵わないため、敵の剣を受けるために使うことにしたのだ。
杖と剣を構えて前を見据えるその姿は妙に様になっており、シルヴィアはその凛々しい姿に少し見惚れてしまう。それは後ろ姿を見ていたアリスもであり、ギルバートでさえ多少なりとも感嘆していたのだ。
そして両者の戦意が頂点に達し、再び戦端が切り開かれようとした時、それは起こった。
「えっ?」
それはおそらくアリスの声だった。思わずと言った様子で零した驚きの声。しかし、その気持ちは他三人も同様だった。
なぜならば、意気揚々とレイ達に襲いかからんとしていた白の戦士達、その一人が唐突にガラガラと骨を鳴らして崩れていったのだ。
突然の崩壊。しかしそれに驚く暇もなく異変は続く。
最初に崩れた戦士に続いて次々と戦士達の人型が崩れていき、白の残骸へと還っていく。
そして気がつけば、先程まで威容を誇っていた白の戦士達はレイ達の目の前から姿を消してしまったのだった。
何が起こったのか分からない一行であったが、これも何かの前兆ではないかと気を緩めることなく神経を研ぎ澄ませる。そしてそれは、研ぎ澄まされた聴覚に届いてきた。
《……これを聞いているということは、お前はここを見つけたのだろう》
それはレイ達に試練を課した者の厳かな声だった。
《流石、と言っておこう。全く忌々しい限りだ》
レイはその声の主へと振り返る。そして見上げた先、サラザール・スリザリンと思われる石像の瞳が怪しく光っている。
《お前が相手ならばこの程度の試練も稚児の遊戯だろう。知っての通り私は無駄なことはしない。さっさと先に進むがいい》
その言葉を合図に、石像を守るようにとぐろを巻いていた蛇が動き始める。蛇は大きな音をたてながから後ろの壁へと姿を消していき、後には円柱の台座に佇む石像の姿が残った。そしてその円柱の台座にある下へと続く階段がレイ達の前に姿を現した。
《ふんっ、奥にいる“アレ”もお前の敵ではないだろう。これで私の野望の一つが潰えたというわけだ》
声は吐き捨てるようにそう言うが、そこには最初に耳にした相手を威圧するような口調は見受けられず、彼の普段の物言いが垣間見える。
《あとは私の高弟達に任せるとしよう。あの者達ならば私の思想を子々孫々まで引き継ぎ、後の世に広く伝えてくれることだろう。お前の思い通りにはさせんよ》
得意げな様子を見せる声を聞きながら、レイ達は構えを解いて石像の前へと歩く。
《さらばだ、“ゴド”。せいぜいその甘さにつけ込まれて非魔法族共に背中を刺されないことだ。……あの世で、貴様の顛末が聞けることを心待ちにしていよう》
その寂しげな言葉を最後に、瞳の宝石は光を失った。後には物悲しい静寂があるだけだった。
見上げた顔を下げてレイ達は顔を見合わせる。石像の声……サラザール・スリザリンが友へと残した言葉の通りなら、試練は強制終了され、『秘密の部屋』へと続く道が開かれたことになる。
念のために少しの間辺りを警戒するが、他の仕掛けが作動することも、白の残骸から何かが現われ出でることもなかった。
それを確認したところで、レイ達はやっと緊張の糸を解くことが出来たのだった。
レイは杖と剣を横に置き、よっこいせとその場に座り込んで心身ともにぼろぼろになった身体を休める。
「……ふぅーっ、なんとか生き残ったか」
「ふ、ふぇぇ、怖かったよぉ」
レイの隣では、へなへなとへたり込んだアリスが涙目で我慢して堰き止めていた感情を爆発させる。そんな彼女の背中をさすりながらレイは疑問を口にする。
「なんで俺達は助かったんだ?」
「そんなことは後だ愚か者。まずは貴様のその怪我を治療するのが先だ」
「あっ!? そ、そうでしたっ! レイさんっ、大丈夫ですか? 左肩痛くないですかっ?」
ギルバートの言葉にアリスは慌ててレイへと詰め寄る。死の危険に直面し、その恐怖に泣き叫んでいたにも関わらず、友達のことになれば恐怖なんぞなんのその。彼女の友を真摯に想うその優しい姿にレイは微笑んだ。
「んー。めちゃくちゃ痛いしなんかふらふらするけど大丈夫大丈夫」
「そ、それは大丈夫じゃないですっ! シルヴィさん、ギルさんっ」
「分かっている。シルヴィ、この愚か者の傷を治せるな」
「ああ、応急処置程度だがな」
「十分だ。一度ここで休憩を取る。その準備を俺がするからお前は処置してやれ。これが救急用の魔法薬と包帯だ」
シルヴィアに諸々手渡し、ギルバートは休息の準備に取り掛かった。受け取ったシルヴィアはレイに近づき、膝をついてレイの頬を撫でる。
「……レイ、少し痛いだろうが我慢してくれ」
「おう、手間をかけでぇっ!?」
治療に多少の痛みを伴うのは当然と身構えていたレイは、突然襲った全身を貫く激痛にカエルがひしゃげた時のような叫び声をあげる。その原因は、一言断りを入れたシルヴィアがレイを正面から抱きしめたからだ。
シルヴィアはレイが痛みで苦しむのを分かってはいたが、衝動に駆られて強く強く抱きしめる。その際、レイの血が服にべっとりとつくのも顧みず、彼を全身で感じる。自分の腕の中で、彼の生を確かめるかのように。
その抱擁を受けたレイは、シルヴィアがアリスと同様に自分を本当に心配してくれていたことを悟る。痛みに呻きもがいている場合ではなかった。
「……ごめんな、シルヴィ」
「いいんだ。私は君が絶対に生きて帰ってきてくれると心から信じていたからな。……だがあの時、一瞬もう駄目かと思ってしまったのだ。情けないな、私は」
「そんなことねぇさ。俺が逆の立場なら今シルヴィアを抱きしめてる」
レイは十分に彼の生を実感したシルヴィアと顔を合わせる。彼女の顔は微笑んでいたが、その瞳の奥には彼女に似つかわしくない怯えの色が垣間見えた。
レイはその色に見覚えがあった。それは子供の頃、命を断とうとした自分を必死に止めた妹のアリアが浮かべていたものと同じだった。
それを思い出したレイは、そっとシルヴィアの背中に腕を回して今度は自分から彼女を抱きしめる。
「安心してくれって言うのもおかしいけどさ。どれだけ死にそうな目に遭っても絶対に死なないって約束するよ。最後の最後まで生きることを諦めない。……俺には、泣いて叫んででも死なないでって言ってくれる奴がいるからな」
いつも死にかけてる俺が言っても信じられないだろうけど、と苦笑するレイを見て、シルヴィアもつられて苦笑する。
彼女にとってレイが戦う姿を見たり、共に戦えることは言葉に出来ない喜びがある。だが、それに反して彼が死んでしまうかもしれなかった時には今まで感じたことのないほどの恐怖を感じたのだ。
ままならないものだと自身の相反する想いを持て余しながら、それをおくびに出すことなく冗談を返す。
「ふふっ、なら私は君が死んでしまった時はその後を追うことにしよう」
「……マジで死ねなくなっちまった」
「お二人ともっ。そんな死ぬなんて、死ぬなんてぇ……うっく」
「おおう冗談だ冗談。アリス、謝るから泣くな」
「レイも私もそう簡単には死なないさ。レイは今日それを示してくれたし、私はこの命をレイ以外に渡すつもりはない。ほら、アリスおいで」
先程まで命のやり取りをしていただけあって、生き死にを近くに感じてしまったのだろう。純粋なアリスには冗談でも辛いものがあったのだ。
レイとシルヴィアは治療も忘れてアリスを慰めていたのだが、一番身体を慰めなければならないレイが放置されるのはこれまたなんの冗談であろうか。
「何を遊んでいる愚か者ども。そんなに傷を治したくないのならば俺が息の根を止めてやろうか?」
準備を終えたギルバートがヒクつくこめかみを押さえて三人、特に重症者であるレイに毒を吐く。
「せっかく生き延びたのに、仲間に殺されたんじゃあシャレになんねぇな。シルヴィ、アリス、頼む」
「心得た。アリス、手伝ってくれ」
「は、はいっ」
こうして九死に一生を得た試練も幕を閉じ、一行は『秘密の部屋』に向けて英気を養うのであった。
………………
…………
……
……
…………
………………
「そういやさ、結局俺達はなんで助かったんだよ?」
全身の傷を手当てしてもらったレイが、食事の後に友人達へと話題にあげた。幸いにも左肩以外の傷は痕が残るものではなかったが、左肩の矢傷は応急処置では完治は無理だった。
それでも多少動かす程度には支障がないほどまで処置を施せたのは、偏にシルヴィアの腕とギルバートの魔法薬のおかげだろう。
「……はぁ、簡単な話だ。答えは貴様の側にあるその剣だ」
「こいつが?」
「それはかの英雄、ゴドリック・グリフィンドールの剣だ」
「「えっ!?」」
レイとアリスは揃って驚きの声を上げる。それもそうだろう。ホグワーツに通うものなら誰もが知っている伝説の宝剣が、自分達の目の前にふっと湧いて出てきたのだから。特にそれのおかげで助かったレイの衝撃は計り知れない。
「おそらく、あの石像にはその剣がキーとなる魔法が込められていたのだろう。元親友宛の伝言がな。たしかにあの時代、この剣ほど確かな本人証明はないだろうからな。伝言を残すには最適だろう」
「あとは二人が聞いた通り。剣を持ったレイをグリフィンドールご本人と勘違いして、白骨戦士どもを下げて『秘密の部屋』への道を開いたのだ。スリザリンご本人様は無駄が嫌いらしいからな」
「なーるほど。全部この剣のおかげってわけだ」
レイは側に置いていた剣を手に取り、自分の掌を切らぬよう刃に添えて隅々までその剣を観察する。見れば見るほど美しいその剣の鍔の下には持ち主の名前が彫られていた。
「時にレイ。君は拾ったと言っていたが、この試練の間にその剣が落ちてるはずが無いと思うが……」
「あー、なんというか……。杖も無くなって囲まれて切られまくって、これはまずいなぁ、どうすっかなぁとか考えてたらさ、いきなり目の前に現れたんだよ」
「ほう。目の前に現れた、ねぇ」
「…………」
「な、なんだよお前ら二人揃って」
レイに問われた二人は顔を見合わせ、目で何かを確認しあっている。それをレイとアリスは首を傾げて見守っていたが、答え合わせを終えた二人が答えを待つ二人へと口を開いた。
「二人とも、グリフィンドールの剣に関する伝説をどの程度知っている?」
「いや、正直全く……」
「知らないです」
「……帰ったら歴史の基礎も見直しだな」
ギルバートのこぼした言葉を二人は耳にすることはなかったが、ある意味幸せだったかもしれない。
「伝説によれば、グリフィンドールの剣は真のグリフィンドール生が組分け帽子から抜くことができるとされている。しかし剣はレイの目の前に現れた。これが指し示すことは……」
「グリフィンドールが友達のスリザリンを止めて欲しかったんじゃないか?」
シルヴィアの考察を遮り、レイが唐突に自分の考えを述べた。これには天才と秀才も目を見開く。どうやら二人は違う予想があったようだ。
二人の意表を突いたレイは、その様子に気付くことなく剣を眺めながら自分の予想を口にする。
「多分、グリフィンドールとスリザリンは仲違いした後もお互いのことを憎からず想ってたんだよ。さっき石像が言ってたろ? あの世で話を聞かせてくれって。少なくともスリザリンはもう一度グリフィンドールと話したかったんじゃねぇかな」
主義主張のぶつかり合い。伝説に残る決闘の末の決別。さらには純血主義の証とも言える『秘密の部屋』の建造。ここまでグリフィンドールに対して反抗したスリザリン。
「大人になればなるほど素直になれなくなるってなんかで読んだけど、二人がそうだったんじゃないか? 主義主張なんていう上っ面のプライドや、英雄として祭り上げる周囲の人間の存在が二人の仲直りを許さなかった」
レイはシルヴィア達と出会ったからこそ思うのだ。たかが主義主張のぶつかり合いで、一生の決別まで行くものなのかと。
自分達も喧嘩ぐらいはする。だが、最後には互いに落とし所をつけて仲直りだ。どれだけ喧嘩をしようとも、相手のことが大好きだから。だからこそ二人の決別を決定づけた要因は、創設者四人以外の外部にあるのではないか。
「スリザリンが予想できたということは、グリフィンドールも薄々彼がこの学校に何かを遺したことに気付いていた筈だ。だけどそれを探すことをしなかった。……スリザリンのことを、心の何処かで信じていたから」
たとえ主義主張の違いで決別してしまったとしても。誰かを傷つけるものなど彼が作るはずがないと信じて。だが、それが叶うことはなかった。しかしそれは、矛盾しているがスリザリンの性格を知っていたグリフィンドールも想定済みだった。だからこそ、グリフィンドールの剣はここに現れた。
「だけどもしものために、グリフィンドールは自身の剣に想いを託した。スリザリンの野望を阻止しようとする者が現れたら、力を貸してやれってな具合で」
レイが話を終えて剣を目の前に置き、顔を上げたことでようやく三人の様子に気付く。感心したような、感激したような、珍しいものを見るような三者三様の視線にさらされて、落ち着かなくなって慌てて話を締める。
「ま、まあ全部俺の予想だから多分違うんだろうけど。こうでも考えないと俺程度の前にこの剣が現れた理由が思いつかねぇよ。俺はついでで助けられた感じだな」
「いやはやレイ、謙遜するな。きっと君の言う通りだろう。ふふ、なんとも夢のある話だ」
「はいっ、私もそう思います! とっても素敵ですっ」
「穴だらけで目も当てられない考察だが……ふん、貴様にしては悪くない」
「……恥ずかしいからやめてくれ」
それからもしばらくはレイの語った予想を三人で膨らませて、レイに恥ずかしい想いをさせる時間が続いた。戦士達との戦闘時、心配させた罰だと言うかのように。
そんなこともあったが、その後には何事もなく各々交代で睡眠も取れ、レイ達は無事に休息を終える。
結局、天才と秀才による剣に関する考察が公開されることはなかった。レイとアリスに教えなかった彼らの真意は、謎に包まれたままである。
仲間二人に秘め事を抱えた天才と秀才は『秘密の部屋』の入り口の前に立つ。
「さて、いよいよ最大の目的である『秘密の部屋』へと殴り込みだ。柄にもなくワクワクしているよ」
「楽しみにするのは結構だが、楽観視し過ぎると貴様の最愛がまた死にかけるぞ」
「そうだな。気をつけることにしよう」
ギルバートの忠告を真摯に受け止めるシルヴィアの横で、アリスがレイの怪我の心配をしていた。
「レイさん、お怪我の具合はどうですか?」
「シルヴィとギルのおかげで大丈夫だ。心配してくれてありがとな」
「……私も」
「うん?」
「私も、レイさんの傷を治せるようになりたいです。レイさんはこれからもずっと……誰かのために、自分のためにいっぱいいっぱいお怪我をしてしまうと思いますから」
「アリス……」
そっと左肩に優しく触れてくれるアリスの右手に自身の右手を添える。アリスの言葉にレイは嬉しくもなったが、どちらかといえば申し訳なさの方が優っていた。
「ごめんなアリス。辛い思いをさせちまって」
「えへへ、たしかに辛いですけど平気です。レイさんは、どんなに傷ついても帰ってきてくれるって約束してくれましたから。だから、だからせめてレイさんがまた頑張れるように、力になれるようにお怪我を治してあげたいです」
「……そっか。ありがとうな」
「はいっ」
レイは謝るよりも感謝をしなければと思い、言葉と態度でそれを示す。頭を撫でられて嬉しそうにはにかむアリスに満足気に頷いて、側に立てかけていたグリフィンドールの剣を手に持つ。
「あれ、その剣をどうするんですか?」
「ん? アリス達が散々褒めてくれたからな。俺も自分の予想を尊重しようと思ってな」
そう言ってレイは剣を持ってスリザリンの石像の前に立ち、台座の上に登って石像の足元へとその剣を優しく置いた。
「これで二人も一緒に居られるだろう。死んだ後も男同士で暑苦しいかもしれないけどな」
「そんなことないですっ。きっと、お二人とも喜んでいると思いますよ」
「そうだな。君のその尊い想いは、きっと届いているだろうさ」
「余計なお世話で恨んでいる可能性もあるだろうがな」
「もうっ、ギルさん!」
「それならそれでいいさ。俺がしたくてやっただけだからな。あの世でいくらでも文句を受け付けるさ」
そう言って台座から飛び降りたレイには、怪我によるぎこちなさは見受けられない。まあ、たとえ痛みを伴っていようが、彼はおくびにも出さないだろうが。
「さって、行くか! 後継者をぶっ飛ばしに」
「ああ。誰の知り合いに手を出したのか、後悔させてやろう」
「後継者もそうだが、怪物への対策パターンは忘れていないな?」
「はいっ! 完璧ですっ」
珍しく自信満々な返事を返すアリスに、なんだか可笑しくなってレイとシルヴィアは笑い、ギルバートでさえ眼鏡に手を添えて口角が上がっているのを隠していた。
それに最初はむくれていたアリスも、次には同じように花が開いたような笑みを浮かべていた。
一頻り笑い合ったレイ達は、『秘密の部屋』への入り口へと順番に足を踏み入れる。
今回は最後尾となったレイは、入り口を潜る前に石像を見上げる。
「……あの世では、なんのしがらみもなく笑い合えてればいいな。御二方」
最後に微笑みを浮かべて、レイはシルヴィア達の後に続いた。
後に残された蛇の神殿では、白の残骸がひとりでに動くこともなく緑炎が寂しく揺らめく。
その緑炎に照らされる石像は、周囲を守護していた蛇がいなくなったことでいっそう寂しさが増している。
しかし、石像の足元で横たわる一本の剣が励ますようになってきらりと煌めく。
その煌めきを受けて、石像の瞳の宝石もまた……優し気に瞬いた。
こうして少年と剣は縁を結んだ。しかし、結ばれた縁がこれから何を引き起こすのか。それはまだ誰にもわからない。
次回、『秘密の部屋』。