選ばれし者と暁の英雄   作:黒猫ノ月

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38話

かつて伝説の英雄達が創り上げ、今では多くの生徒や教師が住まう千年の歴史を誇るホグワーツ魔法学校。

 

そんなホグワーツであるが、今は自らに住まう者達と共に、夜空に輝く星々や仄かな月明かりに見守られながら眠りについている。動植物が奏でる音色を子守唄にしながら。

 

しかしこのホグワーツには、星々の輝きや月明かり、動植物の子守唄が全く届かない場所がある。そこは数百年もの間、選ばれた者しか入ることの許されなかったホグワーツの最奥。かの英雄、サラザール・スリザリンが創造したとされる伝説の場所……『秘密の部屋』。

 

その場所に、長き時を超えて英雄達の遺志を継ごうとする者達が相見えていた。

 

「き、君が……ヴォルデモート?」

 

「そうだ。偉大なる大魔法使い、ヴォルデモート卿は僕の過去であり、現在であり、そして未来だ」

 

『秘密の部屋』と呼ばれている場所。そこは大口を開けた大蛇の石像が壁際にずらりと並び、その奥では髪の毛を蛇に見立てた大きな顔の像が鎮座している。そして下水や地下水の水音が、広く造られたこの場所で木霊する。

 

その部屋の真ん中で相対している二人。その一人であるハリーは目の前にいる涼しげな顔をした好青年の言葉が信じられなかった。自分の知る闇の帝王はとても人とは思えない顔をしているのに、まさか子供の頃はこのような人好きのする顔をしていたのかと。

 

しかし好青年……トム・リドルの幻影が魔法で示した名前のアナグラムは、たしかに闇の帝王、ヴォルデモート卿の名であった。

 

「そんな……親が名づけてくれた名前を、どうしてっ?」

 

驚きに目を見開くハリーの横で、力なく横たわるエステルが上半身を起こしてトムへと尋ねる。彼女の横にはロンの妹であるジニーが、意識を失った状態で同じように横たわっている。

 

トムはハリーから奪った杖で掌を叩きながら答えた。

 

「何も知らないお姫様に責められる謂れはない。母方にスリザリンの血を受け継ぐこの僕が、穢らわしいマグルの父親の姓をいつまでも名乗ると思うのか? ……ノーだっ!!」

 

「「…………」」

 

先程まで物静かな印象であったトムが、声を荒くして吐き捨てた。それほどマグルに対して……いや、父親に対して憎しみがあるのだろう。

 

見苦しい様子を見せたことに気が付いたトムは、自身を落ち着かせた後に改めてハリーへと尋ねた。

 

「さぁ答えてもらおうハリー・ポッター。君はなぜ、偉大な魔法使いである未来の僕の手から逃れることができたのか」

 

ハリーは余裕綽々と尋ねてくるトムを眼鏡の奥から睨みつけた。

 

ハリーは今日、ロンと共にハーマイオニーのお見舞いに行っていたのだが、そこで石になった彼女の握り拳から『秘密の部屋』の怪物について書かれたメモを見つけた。

 

怪物の正体を知った二人は慌ててエステルの元へと走っていたのだが、途中でエステルとジニーがスリザリンの後継者に『秘密の部屋』へと連れていかれたことを知った。

 

二人を助けに行かなければと、探索を命じられた偽りの英雄、ロックハートと共に嘆きのマートルが住み着く女子トイレへと向かった。ハリーはマートルが五十年前に死んだ少女ではないかと考えたのだ。

 

その予想は的中し、『秘密の部屋』への入り口を見つけた三人であったが、途中でロックハートの抵抗に遭う。結果ロックハートは記憶を失い、ハリーとロンは離れ離れになってしまった。

 

しかしハリーはロンの想いを受け取り、先に進んだ。そして辿り着いた『秘密の部屋』の真ん中で横たわるエステルとジニーを見つけたのだ。

 

ハリーは慌てて駆け寄り、杖を置いて二人の体を揺する。するとエステルは目を覚ましたのだが、ジニーは一向に目を覚まさなかった。

 

そんな時に現れたのだ。トム・リドルの幻影が。

 

彼は日記を本体とした影であり、今回の事件の首謀者だった。今学期の当初からジニーの心に住み着き、彼女を操って数々の事件を引き起こしていたのだ。

 

そしてハリーとエステルは、トムが復活する暁にはジニーの死が確定する事を知る。

 

事件の全容を知った二人は激怒した。しかしそこで、エステルの身体に力があまり入らないことに気付く。

 

トムはエステルがジニーに心を許している事を利用し、彼女の心にも浅く入り込んで自身の復活の糧としようとしていたのだ。また、ジニーだけではハリーがここまで来ないかもしれないと考えての保険でもあった。

 

まんまと誘き出されてしまったハリーは、エステル達を起こす際に置いた杖をどこからともなく現れたトムによって奪われてしまっていた。

 

そして誘き出されたということは、ここにハリーを殺す何かが用意されているという事を意味する。

 

なのに今のハリーに杖はない。彼は絶体絶命であった。

 

だがしかし、彼は屈しない。

 

「偉大な魔法使いは、アルバス・ダンブルドアだ!」

 

「奴は僕の手先によってここを追放された!」

 

「あの人を信じる人がいる限り、ダンブルドアは絶対に帰ってくる!」

 

「だが、君の窮地には間に合わない」

 

「っ!」

 

思わず口を噤んでしまうハリー。しかし、そんな彼の脳裏に自分が最も尊敬する人の大きな背中が浮かんだ。

 

その背中につられるように、ハリーは嘲笑うトムに向けて叫ぶ。

 

「偉大な魔法使いはダンブルドアだけじゃない!」

 

「なに?」

 

「僕は知ってる! 友達のためならば、どんな障害があろうとも立ち向かえるあの背中を。大きな背中を持つ偉大な彼のために力を貸す人達を!」

 

その言葉を聞いていたエステルもはっとする。そして、彼女にとっての偉大な魔法使いの背中が、声が、笑顔が。次々と脳裏をよぎっていく。

 

「……そう、だよね。きっと、きっと彼なら……」

 

「……それはもしかして、一週間ほど前に姿を消した四人組のことかな?」

 

しかし、トムの態度は依然として変わらない。いや、さらに彼等に対する嘲りが酷くなったと言っていい。

 

「何を期待しているのか知らないが、彼らがここにくることはない。見当違いの場所を探し回ったあげく、今頃は野垂死にしているだろうな」

 

「……ふふっ」

 

だが、そんなトムを逆に馬鹿にするかのような溢れた笑い声が聞こえてきた。エステルだ。

 

彼女は自身を厳しい目で見下すトムに目を逸らすことなく見つめ返す。

 

「……何がおかしい?」

 

「そうよね、過去である貴方は知らないよね。いいよ、教えてあげる。去年、未来の貴方は復活を目論んだけど、それは失敗に終わった」

 

「…………」

 

「未来の貴方をハリーが倒した。けど、それは彼が駆けつけてくれたから。未来の貴方を敗北に導いたのが……今貴方が笑った人だよ」

 

「……知っているとも。だが、それは僕ではなく脳の足りなかった配下のせいだ」

 

トムの言い訳のようなその言葉をエステルは鼻で笑う。そこには力なく横たわる少女の面影はない。自分にとっての英雄の到来を心から信じている、恐怖や絶望に支配されない希望に満ちた少女の姿がそこにはあった。

 

「そんなのだから、貴方は赤ん坊のハリーに倒されたんじゃないの?」

 

「貴様……」

 

「彼は来るよ、絶対にね」

 

「……そうか、ならばあの世で王子様を待つがいい!」

 

トムにとって、復活するだけならばジニー一人で事足りる。ハリーをおびき出すことに成功した時点で、エステルは用済みだ。自分を不快にするだけの彼女を『秘密の部屋』の怪物の餌にするのになんの支障もない。

 

トムはすぐにでも戯言を吐く愚か者どもを処理するために、奥にある巨大な顔の石像へ手を伸ばす。それを見たハリーはエステルとジニーを自身の背後に庇う。たとえ杖がなくとも、絶対に彼女達を守るとあの背中に誓いながら。

 

しかし、怒りに震えたトムのハリー達を殺すための試みは、突然訪れた地面の揺れによって邪魔されることとなる。

 

「な、なんだっ!?」

 

その揺れ自体はすぐに収まった。トムは驚きの声を上げて周囲を見渡す。ハリーとエステルも同じように辺りを見回すが、しかし特に変わったところは見受けられない。

 

だが次にはそんな三人の身体を重厚な音が襲う。その音が鳴る方へと顔を向けた三人は絶句した。

 

顔を向けた先は『秘密の部屋』の入り口だったのだが、なんと入り口付近の天井が降りてきていたのだ。

 

土煙や埃を舞い上がらせながら落ちて来る天井。その天井が半ばまで降りてきたところで、三人はなぜ落ちてきていたか理由を知る。

 

「階、段?」

 

目の前の現れた光景に思わずエステルが呟く。そう、天井の裏側と言えばいいだろうか。そこが階段となっており、ハリー達の前に新たな道が現れようとしていたのだ。

 

なぜ、誰が、どうやって。トムは思わず叫びそうになるが、無様な姿は見せられないと自制心を発揮する。だが、頭の中は疑問で溢れかえっていた。

 

しかし、ハリーとエステルは違った。

 

二人は自然と悟ることが出来た。目の前の光景を生んだ者“達”が誰なのかを。

 

そして天井は地に着き、全ての階段が顔を出す。階段は落ちてきた天井と同じ大きさの穴の奥へと続いていた。

 

コツ。

 

その音が聞こえてきた瞬間、トムは疑問の嵐から抜け出して顔を思い切りあげる。

 

コツ、コツ。

 

決して大きな音ではない、妙に小気味のよい音がハリーの耳の奥を打つ。その音が大きくなるにつれて、胸が高鳴る。

 

コツ、コツ、コツ。

 

耳を打つ音が一つではなく、複数であることを知ったエステルは自分の予感が正しかったことに顔を綻ばせる。そしてこんな時にも関わらず、自分が愛した人の姿を早く見せて欲しいと心の中で音の主達を急かした。

 

そして、新たな『秘密の部屋』の訪問者達が姿を現わす。

 

「……ふん。ようやく『秘密の部屋』にたどり着いたかと思えば、すでに幕が上がっているようだ」

 

最初に姿を見せたのは眼鏡の奥から垣間見える、厳格さと知性を併せ持った瞳が特徴的な少年だった。

 

「ふえっ!? な、なんでポッターさん達がこんなところにいるんですかっ?」

 

そんな彼の後ろからちょこんと姿を現したのは、春の陽だまりのような優しさと暖かさを感じる可愛らしい少女だった。

 

「おやおや、あれだけ苦労したのに私達が一番乗りではないとは。……まあいい、この憤りも全て後継者を気取る愚か者にぶつけるとしよう」

 

身体で驚きを示す少女の頭に手を乗せて現れたのは、プラチナブロンドの髪を靡かせた女神を思わせる絶世の美少女だった。

 

そして、ハリーとエステル。二人が心から待ち望んでいた、大きな背中を持った偉大な魔法使いがようやく姿を見せた。

 

「よっ、お前ら。久しぶりだな」

 

ハリーとエステルに対して気楽に声をかける、二人が待ち焦がれた少年、レイ。

 

その少年はほかの三人と比べても、特に特徴のない少年であった。しかし、ほかの三人よりも明らかに目を引く姿をしていた。

 

自分達の心待ちにしていた人の登場に胸が熱くなったハリーとエステルだが、しかしその明らかに異常な彼の姿にすぐさま表情を変えた。

 

「レイ、その傷どうしたのっ?」

 

それは全身に巻かれた包帯だ。肌の見える場所は殆ど包帯が巻かれており、他の三人に怪我の様子がない分、より不安になる。それは余り力が入らないにもかかわらず、悲鳴をあげたエステルからも彼の悲惨な様子がわかる。

 

しかし、当の本人は何でもないように能天気に返事を返す。

 

「あーこれ? 全部かすり傷だから安心してくれ」

 

「すぐにバレる嘘をつくな重症者。貴様の悪い癖だぞ」

 

だがすぐに眼鏡の少年、ギルバートに咎められ、レイは気まずそうに頭を掻いた。二人の横で陽だまり少女のアリスと絶世の美少女であるシルヴィアも頷いている。

 

その様子を見たハリーとエステルはレイがかなりの怪我を負っていることを察する。ハリーは大怪我を歯牙にも掛けない彼の姿に憧憬を向けるが、エステルは違った。

 

こうして来てくれたのはすごく嬉しい。心配させないようにとしてくれているのもわかる。しかし、全身を包帯で覆う彼の姿に胸が締め付けられるのだ。

 

こんなこと、去年闇の帝王と対峙した時にはなかった。あの時は三頭犬によって受けた傷を見て心配にはなったが、それを遥かに上回る安堵や感謝だけで胸がいっぱいだった。

 

ならなぜ今はこんなにも苦しいのだろうか? あの時よりも余裕があるからか。あの後死にかけた彼を見たからか。それとも……彼に対する恋心を自覚してしまったからか。

 

エステルは知らず、仲間に咎められる想い人の姿を見ながら胸に手を当てるのだった。

 

「……えない」

 

そんな時、胸の苦しさに眉根を寄せていたエステルの横で、目を見開き肩を震わせてレイ達の方を睨みつけていたトムが叫ぶ。

 

「ありえないっ! どうやって、この場所に辿り着いたぁっ!」

 

その叫びを聞き、レイ達は正面を向く。そしてレイとアリスは少しだけ目を見開いた。シルヴィアとギルバートはトムの存在に気付いていたが、二人はハリー達の方に目が行ってしまい今まで気付かなかったのだ。

 

目を血走らせてハリーの杖を向けるトムに、彼の姿を見たレイが妙に納得したような表情を浮かべた。

 

「そうか、お前がトム・マールヴォロ・リドル……ヴォルデモートの学生時代か」

 

「っ!?」

 

それを聞いたトムは愕然とする。まさか自分の正体がこんな子供に悟られてるとは微塵も思っていなかったのだ。

 

それはハリーとエステルも同じだった。日記の持ち主であるトムが怪しいということは聞いていたが、まさか彼の正体まで突き止めていたとは。

 

しかし、二人は同時に納得もしていた。なぜなら彼の隣にはホグワーツきっての天才と秀才がいるのだから。

 

「……なぜ、僕が彼だと」

 

「あん? そこはほら、ウチには自慢のコンビがいるからな」

 

レイに話を向けられた二人は何でもないように言葉を返す。

 

「“私がヴォルデモート卿だ”、か。自分で“卿”を名乗るとは、ああ恥ずかしいっ」

 

「明らかに怪しい人物を調べないはずがないだろうが。『秘密の部屋』が開かれた時代と未来の貴様が活躍し始めた時代は一致する。と、言うよりはスリザリンの後継者を名乗る馬鹿など貴様ぐらいだ」

 

「あとは適当に貴様の名前をいじって見ればあら不思議、ヴォルデモート卿の出来上がりだ。なんとも単純で拍子抜けだったよ」

 

「シルヴィさんもギルさんも簡単そうに言ってますけど、そこまで辿り着けるのはお二人だけです……」

 

アリスが力の抜けたような声を漏らすが、それにはレイもハリーもエステルも同意見だった。

 

その言葉にシルヴィアは肩をすくめ、ギルバートは鼻を鳴らす。そんな二人を歯を食いしばり憎らしげに睨みつけるトムは、とうとう怒りの限界値を振り切り声を上げる。

 

「……いいだろうっ! ではご自慢のお二人と、かの帝王を打ち倒した英雄殿、そしてその英雄殿が偉大と呼ぶ少年。蛮勇に喜ぶ君達をこのヴォルデモート卿がお相手しよう!」

 

トムはそう宣言すると、奥のスリザリンの石像へと空気が抜けるような音を口にした。それを聞いたほとんどの者達はそれが蛇語だと悟る。そしてその蛇語を話すことが出来るハリーは、トムが何かを呼んでいることを知ることができた。

 

それは、彼の親友が調べ出した伝説の生物。

 

「レイっ、バジリスクだ! トムはこの部屋の怪物……バジリスクを呼ぼうとしてる!」

 

ハリーはレイにそう叫んで警戒を促すが、実際のところそこまで心配はしていなかった。蛇語使いでもないのに自力でこの場所を見つけ出した彼らが、怪物に対して何も対策していないはずがないと思ったのだ。

 

そしてその予想は当然的中している。

 

「へぇ、ハリーも怪物の正体が分かってたのか。あ、パーセルタングだからか?」

 

「それもあるだろうが、おそらくグレンジャーが何か残していたのだろう。と、言うわけだギル。君が挙げていた候補の中でも大本命が答えだったな。なんともつまらん」

 

「何がつまらんだ愚か者。対策するにあたって準備が無駄にならないに越したことはないのだ。先も言ったが突発的な事故を期待しすぎると後悔するのは自分だぞ」

 

「ふふっ、すまないな。君たちに出会うまではつまらない人生だったのでな。どうしても刺激を求めてしまうのさ」

 

「え、えとえと、ギルさん。それなら作戦はAの1から順番にやっていく感じでしょうか?」

 

「そうだ、貴様にしては察しが良い。レイ、ポッター達を後ろに下げろ。アリス、お前はポッター達のお守りだ。貴様の防護呪文で守り抜け。あとは俺とシルヴィでAの4まで試してから次に移る」

 

「おう!」

 

「はい!」

 

ギルバートに指示された二人はすぐに行動を開始する。レイはハリー達の元へと駆け寄り、アリスは後方に下がる。

 

「ハリー、ジニーを抱えてアリスの元まで下がるぞ! 俺はステラを抱える」

 

「わ、分かった!」

 

「ステラ、抱えるぞ」

 

「う、うん……きゃっ」

 

小柄なジニーをハリーに任せ、レイはエステルを横抱きにする。レイに抱えられたエステルは非常時にも関わらず、嬉しくなってしまった。

 

ハリー達を無事に後方へと下げたレイ達は『秘密の部屋』の怪物……バジリスクを待ち構える。

 

そして、奴は現れた。

 

スリザリンの石像の口が開き、そこからトムに呼ばれてきたバジリスクが顔を出す。

 

『秘密の部屋』のおよそ三分の一を支配するほどの曲線を描く巨体。そして自ら待ち構える少年達を一飲みで喰らう大口を開け、ズラリと並ぶナイフのような牙を覗かせる。

 

「キシャーッ!!」

 

『秘密の部屋』に、バジリスクの咆哮が木霊する。

 

バジリスクの正面で待ち構えるシルヴィアとギルバートはその瞳を見ないように目を瞑り、レイ達もバジリスクを直視しないように顔を逸らす。

 

仕方ないとはいえ、バジリスクの威容を目の前にして無様に目を瞑り、顔を逸しているレイ達の姿は、トムに嘲笑をもたらす。

 

「はははははっ! どうしたのだ諸君? その様では無抵抗にバジリスクに食されるだけだぞ!」

 

高らかに笑うトムを他所に、シルヴィアとギルバートは落ち着いた様子を見せる。そんな時、ギルバートが後ろに待機する二人へと声をかける。

 

それは、作戦を開始する合図であった。

 

「レイ、アリス」

 

「っ! ……ハリー、エステル、目を瞑って耳を塞げ」

 

「えっ?」

 

「早くっ」

 

小声で急かされたハリーとエステルは、何が何だか分からなかったが、レイを信じて言われた通りにする。それを確認したレイとアリスも同じように目と耳を塞いだ。

 

そして、大声で叫ぶ。

 

「ギルっ!」

 

レイの叫びを聞いたトムはやっとレイ達の様子を知る。その様子はまるで怯え蹲る子供のようであった。これにはトムも笑いが止まらなかった。

 

「ははははっ! 先程までの威勢はどうしたのかな!? なんとも滑稽……」

 

しかし、彼の嘲りもそこまでであった。

 

次の瞬間、彼の視覚と聴覚を衝撃が襲ったのだ。視覚は真っ白な光によって、聴覚は爆音によって奪われる。

 

「っ!!?」

 

突然のことに叫ぶことさえ出来ないトムは思わず目と耳を抑える。前後左右、自分が立っているのか座っているのかさえあやふやな時間が過ぎていき、ようやく視覚と聴覚を取り戻したトムの前に衝撃の光景が飛び込んできた。

 

「そん、な……馬鹿な……」

 

トムはひどく響く耳鳴りも忘れて目の前の光景に呆然と立ち尽くす。無理もないだろう。何故ならば……。

 

「……ふん、まさかここまで予想通りとは。流石に俺も貴様のことは言えなくなるな」

 

「そうだな。だが、私もああは言ったがやはり準備というのはやっておくものだな。恐るべきの怪物のはずなのに、対策をしていなかった白骨死体どもの方が脅威だったのだからな」

 

先程とは違い、シルヴィアとギルバートは瞼をしっかりと開けてバジリスクをその視界に映している。……勿論、かの生物の瞳をも。

 

しかし、彼らが石になることは最早ない。それは……。

 

「キシャッ!? シャーッ!!?」

 

バジリスクの致死の能力を伴った瞳が潰されていたからだった。その言動からもシルヴィアとギルバートが瞳を潰した張本人であることがわかる。

 

耳鳴りが響く中、辛うじて聞き取れた二人の会話にトムが思わず叫ぶ。そこには先程まで嘲笑しながら余裕の姿を見せていたものはない。

 

「お前達は、一体何をしたのだ!?」

 

酷く取り乱すトムの方に一度顔を向けた秀才は、鼻を鳴らして答え合わせをしてやる。

 

「本来、蛇という生き物は視覚はそこまで良くない。代わりに他の感覚が優れているとされる。しかし、ことバジリスクにおいてそれは当てはまらないのではないかと考察した」

 

バジリスクが瞳の痛みと耳鳴りにもがいている横で、朗々とギルバートは語り始める。

 

「何故ならば、バジリスクはその能力上、相手の目を見るという行為を行わなければならない。つまりは、相手の目がどこにあるのか分かるぐらいには視覚が優れているということが導き出せる」

 

それはトムだけではなく、ハリーとエステルもギルバートの解答に耳を傾ける。

 

「ならばあとは簡単だ。魔法で視覚と聴覚を奪い、その隙にその瞳を潰せばいい。仮に視覚を奪われた状態で瞳の能力が生きていたとしても、最早俺達を視認することはできない。そして衝撃にもがく奴の頭から瞳の位置を捉え、呪文を放つだけだ。その訓練は積んでいる」

 

「なにせ最有力候補だったからな。まあ、私とギルにかかれば造作もない」

 

全てを聴き終えたトムはあまりの衝撃に何も言葉が出てこなかった。自分が侮っていた少年少女達が、自力で『秘密の部屋』を見つけ出し、挙げ句の果てには伝説の生物であるバジリスクの能力を無効化する。しかもとうの昔にバジリスクの正体を知り、対策もしていたという。驚くなという方が無理な話だろう。

 

それはハリーとエステルも同じであった。しかし、驚く暇もなく側で待機していたレイが立ち上がったことで意識が彼に向いた。

 

「さってと。能力は無効化したし、あとはあいつをぶっ飛ばすだけだな。じゃ、行ってくるわ」

 

「はいっ、ポッターさん達は任せてください!」

 

「ああ、頼んだ」

 

自信満々に任せてと言うアリスをレイは頼もしく思う。この一週間の冒険が、確実にアリスを成長させていたのだ。

 

これはシルヴィアがアリスを一人前と認めるのも時間の問題だなと思いながら、レイはシルヴィア達の元へと向かう。ハリーは歩いていくレイの背中を見る。その背中は、一年前に見た時よりも確実に大きくなっているように感じた。

 

「ま、待って、レイっ」

 

しかし、そんな彼の背中をエステルが呼び止める。

 

「ん? どした、ステラ?」

 

「あ、えっと、そのぉ……」

 

尋ねられたステラは思わず口ごもってしまう。レイを呼び止めたのはなぜか、自分でも分からなかったからだ。

 

しかしそれもすぐに分かった。自分は、レイに行って欲しくないのだ。レイが怪我をしてしまう、死んでしまうかもしれない死地へと。

 

だが、彼が向かうのは自分達のためなのだ。無力で、何の力にもならない自分達を守るために。

 

そんな自分が、彼に行って欲しくないなどと言えるはずもなかった。

 

エステルは歯を食いしばり、何も話さない自分に対して首を捻るレイへと精一杯の笑顔を浮かべて見送る。

 

「負けないで」

 

「……おうっ」

 

それは、いつかの決闘クラブでも言われた言葉。しかし、そこに秘められた想いにはあの時ほどの純粋さはない。

 

その不自然な笑みに思うところがあったレイであったが、今はそれどころではないと笑みを返すだけだった。そして再び止めていた足を動かしてシルヴィア達の元へと向かう。

 

その背中を、エステルは悲しげに見送る。自身の不甲斐なさを胸の内で呪いながら。

 

バジリスクがもがき苦しむ様を眺めながらレイの到着を待っていたシルヴィアとギルバートは、ようやくやってきたレイに声をかける。

 

「遅いぞ愚か者」

 

「悪い、ちょっとな」

 

「いいではないかギル。レイにも、そして彼女にも色々あるのだろう」

 

ちらりとシルヴィアが後ろを見やれば、そこには不安そうに胸の前で両手を組むエステルの姿があった。しかしすぐに視線を戻してレイへと声をかける。

 

「レイ、準備はいいか?」

 

「いつでもいけるぞ。……んー、にしてもまあ、これほどの怪物が目の前にいるってのにあまり緊張とかしねぇな」

 

「良いことではないか。それに君はすでに修羅場をいくつかくぐり抜けてるからな。慣れ、ということだろう」

 

「そういうもんかねぇ」

 

「お前達、無駄話はそこまでだ。……いくぞ」

 

ギルバートの言葉に頷き、レイとシルヴィアは杖を構える。

 

杖を構える三人の堂々たる姿は、勇ましくも美しい。その姿に思わず、後方で待機する三人も見惚れてしまう。

 

《殺せ、殺すんだっ!!》

 

いつまでももがき苦しむバジリスクに痺れを切らしたトムが蛇語で命令を下す。するとバジリスクは落ち着きを取り戻してレイ達へと向き直った。

 

対峙する両者。そして……。

 

「誰の友達に手を出したか、思い知らせてやるっ!」

 

《殺れぇぇぇっ!!》

 

「キシャーッ!!」

 

『秘密の部屋』、最後の戦いの幕が上がった。




剣は像の元で安らぎを得ていた。しかし、自身を抜くに値する者の危機を悟る。自身を握り、振るうにふさわしき者の危機を悟る。……そして剣はひとときの安らぎを終えて、像の元から姿を消した。

次回、蛇王決戦。
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