選ばれし者と暁の英雄   作:黒猫ノ月

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39話

大口を開けて襲いかかるバジリスクの初手を危なげなく躱し、レイとシルヴィア、ギルバートの三人は三手に分かれてそれぞれ攻撃を開始する。

 

麻痺、炎症、衝撃、斬撃、爆撃。三方から襲いくる呪文の数々。それらはバジリスクの硬い鱗を抜き、小さいながらも確かな傷を与える。

 

だが、バジリスクに傷を負わせているのはシルヴィアとギルバートの二人だけであった。そう、レイの魔法力では鱗の表面を汚すことしか出来なかったのだ。

 

それを確認したレイはすぐさま傷つけるための攻撃ではなく、自身に注意を向けるようにバジリスクの顔周辺へと呪文をぶつけ始める。攻撃をシルヴィアとギルバートに任せ、囮を買って出る事にしたのだ。

 

身体の至る所を次々と小さな痛みが走り、その痛みを与える元凶を襲おうとすれば、頭部に鬱陶しく呪文がぶつけられる。

 

また、バジリスクの巨体は普段ならばアドバンテージであるはずなのだが、『秘密の部屋』の狭さが災いして満足に胴長の巨体を動かすことが出来ないのだ。

 

そして、とうとう我慢の限界が訪れたバジリスクはまずはレイを殺そうと愚直に彼の元へと突っ込んで行く。

 

だがそれは、レイの思惑通りだった。

 

それを見たシルヴィアとギルバートは足を止め、大きな魔法を放つ準備に入る。そしてレイは大口を開けて自身を飲み込まんとするバジリスクの口元へと杖を向けて爆破呪文を放った。

 

「ギェァッ!?」

 

鱗も何もない口内に爆破呪文が直撃したバジリスクはあまりの痛みに頭部を振り回す。そして、その無防備な状態を天才と秀才が逃すはずがなかった。

 

シルヴィアは白の戦士達を灰燼に帰した炎を、ギルバートは複数の風の刃をバジリスクの巨体へと解き放つ。それはバジリスクの硬い鱗を抜いてその身を焼き、斬り刻んだ。

 

「ギジャーッ!!」

 

喉をやられたバジリスクの濁った叫びが『秘密の部屋』に響き渡る。その激痛に喚く怪物の姿にハリーは、エステルは、そしてトムは目を見開き驚くことしかできなかった。

 

そこからは再びレイを囮にした天才と秀才の連携がバジリスクを翻弄する。少年少女相手に、毒蛇の王とも言われる存在が無様な姿を晒す。これにはトムも怒りを隠せずバジリスクへと怒号を放つ。

 

「何を……何をしているのだバジリスク!? お前はそれでもスリザリンの後継を守る伝説の怪物かっ!!」

 

怒りの声は全て蛇語ではなかったが、主人の放つ怒りは伝わったようで、バジリスクも態勢を立て直してレイ達との戦闘を続行する。

 

バジリスクはまず、音を頼りに自身に傷を負わすことのできるシルヴィアとギルバートに狙いを定めることにした。しかしそのようなことをレイがさせるはずもなく、バジリスクの頭部へと爆破魔法が炸裂する。だがそのような小細工や煩わしさも全て無視して、バジリスクはシルヴィアにそのナイフのような牙を突き立てようと襲い掛かった。

 

「ほう、中々良い判断だ。だが……」

 

しかし、乱立する鋭い牙はシルヴィアの防護魔法によって阻まれる。彼女の勘は、自身の魔法力ならば上位防護呪文を使わなくともその巨体を一時的に防ぐことが出来ると言っていたのだ。

 

そしてその勘は当たり、シルヴィアは一時的に停止したバジリスクからすぐさま離脱し、さらにその隙をついて再びギルバートの風の刃がバジリスクの巨躯を切り裂いた。

 

そしてシルヴィアと入れ替わるようにレイがバジリスクの前に現れ、爆破魔法を数発頭部に直撃させた。

 

だが、バジリスクは怯むことなく次はギルバートへと照準を定め、その大木のような尾が振るわれる。しかし結果は変わらず、防護呪文で塞がれ、その隙にシルヴィアの業火が肉を焼き、レイの呪文が顔面に刺さる。

 

伝説の怪物であるバジリスクが、三人の少年少女に手も足も出せなくなっていた。

 

けれどもバジリスクにとって幸いだったのは、巨体に複数の傷がつけられその痛みに声を上げるが、殆どが大したものではないということだろう。シルヴィアの業火も、ギルバートの風刃も、巨体を揺るがすには至っていない。

 

「くっ、何故だ。何故あんなガキどもにバジリスクが弄ばれる……っ!」

 

しかし側から見れば押されているのはバジリスクだと見えるだろう。それはハリー達も同じであり、主人であるトムもそうだっだ。

 

レイ達やバジリスク共々憎々しげに睨みつけるトム。そんな彼の背中に声を投げ掛ける者がいた。

 

「分からないんですか?」

 

「……何だと?」

 

憎しみと怒りで眼をぎらつかせて自身に問いかける少女、アリスへと振り返る。そんなトムの鋭い視線を真っ向から見つめ返してアリスは続ける。

 

「とても簡単なことです。……一人じゃ、ないからですよ」

 

「ふん、君はこう言いたいのだろう? 愛や友情という想いの力が自分達の力になってくれるからだと。……くだらない、実にくだらないっ!!」

 

トムは腕を振り払いその言葉を切り捨てる。

 

「信じ合う思い? 愛し合う心? 否、否、否だっ! 人は簡単に家族を、友を、恋人を裏切る! そんなものは幻想に過ぎない! 脆弱で愚かな屑共の詭弁だ!」

 

最後にそう吐き捨てて、トムは目の前のか弱い少女を睨みつける。だがしかし、そのか弱い少女は目を逸らすことなく真っ直ぐにトムの眼を見つめていた。

 

そして、同じようにアリスの瞳を見たトムはそこに浮かぶ感情に気が付いた。それは……自身に対する憐憫の思いであった。

 

「貴方は、哀しい人です」

 

それだけでは飽き足らず、アリスは言葉にしてトムに伝える。あなたは、可哀想だと。

 

一瞬何を言われたか分からなかったトムであったが、理解した途端、屈辱に顔を赤くさせてアリスに詰め寄る。

 

「そのような眼で僕を見るなっ! 偉大なる闇の帝王に対して不敬だぞ、不愉快極まりない!」

 

しかし、それでもアリスはトムから目を逸らさない。そこには前評判にあった気弱で泣き虫な臆病者の姿などなく、トムが最も嫌う愛を称える者の姿がそこにあった。

 

まるで、自分の宿敵であるあの偉大なる大魔法使いのような。

 

「私は、他の人よりも劣っていることが多い出来損ないです。けれど本当に幸せなことに、私にはレイさん達が居てくれました。不出来で、鈍臭い私を、皆さんは見捨てることなくいつも引っ張ってくれました」

 

今もバジリスクと戦いを繰り広げる三人に視線を向けて、アリスは微笑む。

 

「もしも皆さんと出会わなかったら、私はどこかで闇の恐怖に溺れていたと思います。だけど皆さんの愛があったから、私はここまで来ることができました。……信じ合う思いは、愛し合う心は、決して幻想じゃないです」

 

胸に手を当ててトムを見上げるアリス。穢れなき眼で見据えられたトムは不覚にも一瞬ひるんでしまう。そんな不甲斐ない自分が許せず、トムは叫ぶ。

 

「いいや幻想だっ! どうせ貴様の本質は変わっていない。臆病な貴様は苦痛を与えられればあっさりとあそこの愚か者達を裏切るのだろうさ!」

 

「……そうかもしれません。だけど、そんな時は私が裏切る前にきっとレイさん達が助けに来てくれます。そして私を心配してくれて、その分とっても怒られて……。私は、そう信じられます」

 

「っ!?」

 

自身に微笑みさえ浮かべるアリスに、トムは得体の知れない恐怖を覚えていた。それがトムに反撃の言葉を口にさせない。

 

そこにアリスは畳み掛けるように言葉を紡いでいく。

 

「貴方には、そんな人がいなかったんですね。それは、とっても辛くて、悲しいことです……」

 

「……まれ」

 

「それとも……自分で切り捨ててしまったんですか? 人は愚かだと決めつけて、貴方に手を差し伸べてくれた人達を……」

 

「黙れぇっ! 貴様のような塵が、僕をそのような目で見るなぁ!!」

 

《この娘を先に殺せぇっ!》

 

トムは怒りのままにバジリスクに命令を下した。それを承諾したバジリスクはシルヴィアとギルバートを首で薙ぎ払い、牽制するレイに構うことなく素早く背を向ける。

 

「ば、バウンディっ! トムがバジリスクに君を襲わせようとしてる!」

 

「分かりましたっ、ありがとうございます!」

 

ハリーに教えてもらったアリスは右手に握る杖を握り直して前を見据える。そこには急激に方向転換してその勢いのままに襲いかかろうとするバジリスクの姿がある。

 

尋常ではない迫力と圧力を伴って襲い来る巨体。後数秒もすればアリスはハリー達もろともミンチになるだろう。

 

しかし、レイも、シルヴィアも、ギルバートも。そして当のアリスさえも動揺することはなかった。

 

アリスは深く息を吐き、杖を振り抜いた。

 

 

 

「プロテゴ・マキシマっ!!」

 

 

 

「ギャッ!!?」

 

「な、んだと……っ!?」

 

驚愕の声がトムの口から溢れる。声こそ漏らさなかったが、それはハリーとエステルも同様であった。

 

なんとあのアリスが上位の防護呪文を放ち、バジリスクの巨体を伴った突進をはじき返したのだ。そしてバジリスクは自爆という頭部を強打した形になり、意識が朦朧してその動きを止めた。

 

「ウチのアリスを舐めてんじゃねぇよ、バーカ」

 

そこにいつのまにか追いついていたレイがアリスの前に立ち、動きを止め、無防備に口を開けているバジリスクへと爆破呪文を叩き込む。それと同時に、シルヴィアとギルバートは一度傷を付けた場所へと再び業火と風刃を放った。

 

「ギィジャァァァッ!!」

 

苦悶の絶叫が『秘密の部屋』に響き渡る。

 

一度硬質な鱗を突破した傷口は脆い。動き回られればその場所に追い打ちをかけることは厳しいが、止まってしまえばただの的だ。

 

二人の一撃はバジリスクの内部に確かに届き、ここ一番の大打撃を与えることに成功する。

 

鼓膜を貫かんとするほどの叫び声をあげて暴れる巨体。その様を呆然と眺めるトム。そんな彼の前にはレイの他にも避難してきたシルヴィアとギルバートの姿があった。

 

「俺達が何も考えずにアリスにハリー達を任せるはずがねぇだろうが。守りに関しちゃアリスはうちでも最強だぞ?」

 

「どうせ金魚の糞だなんだというなんの根拠もない噂をあてにしたのだろう。馬鹿と呼ぶに相応しい」

 

「所詮は自らでしか“卿”を名乗れなかった小物だったということか。私のアリスは可愛いだけではないのだよ」

 

バジリスクを警戒しながらトムに好き放題に言い放つ三人にトムは何度目かの怒りの沸点を超える。

 

「何故だっ!? 何故このような小娘があれを防ぎきることができる!? 何故高度な防護呪文を扱える!?」

 

つばを飛ばす勢いで叫ぶトム。それを呆れとともに冷淡に見下していたギルバートが自身が馬鹿と呼ぶ者に説明をしてやる。

 

「簡単な話だ。全ては貴様が先ほど否定していた愛と呼ぶ力のおかげだ」

 

「愛、だと?」

 

自分が最も忌み嫌うものが『秘密の部屋』の怪物を凌駕する。それはトムには到底受け入れられるものではなかった。

 

鋭く睨みつけて来るそれを涼しげに受け流してギルバートは眼鏡のブリッジに指を添える。

 

「アリスには確かに才はない。いや、それどころか人より劣ることばかりであろう」

 

そう言われたアリスは特に反応を示さない。それを自覚しており、今更指摘されても塞ぎ込むことはない。

 

「だが、こと人を想う心。他者を慈しむ愛情に関して言えばアリスは誰よりも一途で献身的だ」

 

その言葉は再びハリーとエステルを驚愕させた。あの毒舌で有名なギルバートが友とはいえども真っ直ぐに称賛したのだ。少なくとも、この二年のうちで彼が誰かを褒めたところなど見たことがなかった。

 

しかし最早見慣れたレイとシルヴィアは顔を見合わせ肩を竦める。そして場にそぐわず顔を赤くして恥ずかしがるアリスを無視してギルバートは続ける。

 

「その性質は魔法にも現れている。この泣き虫は攻撃呪文よりも防護呪文の方が明らかに物覚えがよく、効果も絶大だ。そして……それが自身だけではなく、誰かを守る時になればさらに効果を増す」

 

他者が傷つくことをひどく嫌うアリス。背後にハリー達がいたあの時、彼女の愛がハリー達を守り抜いたのだ。

 

それはレイと似ているようで全く異なる、全ての人々に分け与える彼女の愛。そう、それは敵であるトムにさえも……。

 

「こいつの愛は、たとえ闇の帝王であろうとも打ち破ることは敵わないだろうさ」

 

「……っ!!」

 

アリスより向けられた嘘偽りのない真っ白な愛。それに拒絶反応を起こし、バジリスクをけしかけたことが何よりの証明である。

 

ギルバートの言葉に絶句していたトムは、慌てて否定の言葉を探すが、シルヴィアの言葉がそれを遮る。

 

「それが嘘か本当かはこの戦いの勝敗で明らかとなる。貴様は好きな時にアリスを襲うがいい。彼女がポッター達に向ける愛が、必ず彼らを守り抜くだろう」

 

シルヴィアは自分に対して驚いたように目をぱちくりとさせるアリスを微笑みとともに頭を撫でる。

 

しかし次の瞬間、莫大な殺気がトムに向けて放たれる。

 

「……だが、覚悟しろ。貴様がアリスにバジリスクをけしかけた分だけ、奴を血祭りにあげてやる。そして……過去現在未来全ての貴様に必ず報いを受けさせてやるぞ」

 

「っ!?」

 

その殺気を真正面から受けたトムは辛うじて悲鳴を抑えることに成功する。向こうからは触れることが敵わないと分かっているにもかかわらず、彼はシルヴィアに恐怖を抱いてしまったのだ。

 

いい加減、頭の血管が一つ二つは弾け飛んでそうなほどの怒りを溜め込むトム。しかしそんな彼をよそにレイは変わらず気楽な様子でアリスに声をかける。

 

「じゃ、俺達は戻るから。ハリー達をよろしくな」

 

「はいっ!」

 

元気に頷くアリスに笑みを浮かべたレイはシルヴィアやギルバートと共に駆け出し、態勢を立て直したバジリスクと再び戦闘を開始した。

 

バジリスクの巨体は幾つもの傷や火傷を負い、綺麗に生え揃っていた鋭いナイフのような立派な毒牙は何本も折れておりすでに見る影もない。

 

ことここに至ってようやく学んだのか。バジリスクはアリスを狙うのをやめ、自身を翻弄する三人に対して、もっぱら鎌首をもたげる頭部やしなる尻尾での振り下ろしや薙ぎ払いなどの隙の少ない攻撃を繰り出していく。

 

それもあってレイ達も大きな呪文が出せなくなり、それからしばらく両者の間では一進一退の攻防が繰り広げられる。

 

レイ達の体力や精神力が尽きるのが先か、はたまたバジリスク方が先か。

 

そうして戦い続ける両者の張り詰めた緊迫感はハリー達にも伝わり、固唾を飲んでその戦いを見守り、勝利を願う。

 

しかし、それは突然起きた。

 

ギルバートが自身を狙った尾の一撃を躱したのだが、尻尾はその勢いのまま『秘密の部屋』の壁に並ぶ蛇の像へと直撃したのだ。

 

それは石の像を容易く粉砕し、大小様々な石の破片が散弾のように飛び散る。

 

……後方で待機していたアリス達の元へと。

 

「えっ……きゃあっ!」

 

「アリスっ!」

 

「ちぃっ!」

 

流石のアリスも突然放たれた石の散弾には対応することが出来ず、もろに食らってしまう。そしてアリスは自らが守っていたハリー達の後方へと吹き飛ばされ、意識を失ってしまった。

 

そんな中、彼女の背後に庇われていたハリーはとっさにエステルとジニーを庇い、石の散弾をその背中に受けていた。

 

「くぅ……っ!」

 

「は、ハリーっ?」

 

驚きの声を上げるエステルに、石の散弾を耐えきったハリーは額に脂汗を掻いたまま大丈夫だと笑いかけた。しかしその背には服が破けて血が滲み出ていた。

 

幸いなことに、アリスもハリーも致命的な怪我を負うことはなかったのだが、その隙を逃すほどトムは愚かではなかった。

 

《今だっ! このガキどもから殺せぇ!》

 

トムの命令を受けたバジリスクは再びハリー達へと襲いかかる。

 

「させるかよぉっ!」

 

だが、その前にレイがハリー達の元へと駆けつけており、ハリー達へとその背中を見せつけるようにバジリスクを迎え撃つ。

 

自身の防護呪文でバジリスクを防ぎきれるか不安ではあったが、今はそんなことを言っている場合ではない。レイはアリスのように自身の背後にいる大切なもの達のことを思いながら、目の前に迫るバジリスクを防ぐために杖を払おうとした。

 

しかし、そこに救いの手が差し伸べらる。

 

「ピィーフィー!」

 

「ジャッ!?」

 

「何っ!?」

 

それは、赤く美しい鳳だった。

 

突如レイ達の後方から飛んできたその鳳は、自身が運んできた“あるもの”をハリーの前に落としてその勢いのままバジリスクへと襲いかかったのだ。

 

鳳と毒蛇の王。レイ達の目の前で繰り広げられる両者の戦いはどこか幻想的な光景であった。

 

「なんだ、あの鳥は?」

 

「ダンブルドアの飼っている不死鳥だよ。前に見たことがある」

 

「なるほど、ダンブルドアはこの状況も予想してたってわけだ。っとそんなことより……っ!」

 

レイは後方で気を失ったアリスへと駆け寄る。そこには先に駆け寄ってきていたシルヴィアが彼女の安否を確かめていた。

 

「シルヴィ、アリスはどうだ?」

 

「……ああ、幸い大きな怪我はない。頭を少し強く打ち付けて気絶しているだけだ」

 

シルヴィアはアリスの額から流れる血をぬぐい、その頭をそっと撫でて立ち上がる。そこにはぞっとするほどの冷たい笑みを浮かべた死を運ぶ女神がいた。

 

「レイ、君はこのまま守りを頼む。私はギルとあの不死鳥とともにあれを惨殺してこよう」

 

「おう、俺の分も頼む」

 

「了解した」

 

そう言ってシルヴィアは音も立てずに駆け出した。そして杖から特大の業火の槍が三本形成され、それがバジリスクの胴体に突き刺さった。ここにきて、怒りに我を失うことなく、逆に威力の大きな呪文の制御をより強固にしたのは天才たる所以か。

 

憤怒の業火を浴びせながら戦線へと加わったシルヴィアを、レイはまあ仕方ないわなと息を吐いた後に目の前の戦闘を気に掛けながらもハリー達へと声をかけた。

 

「大丈夫か、二人とも」

 

「う、うん。ハリーが守ってくれたから……」

 

エステルの言葉に、こんな時にも関わらずハリーは少し顔が赤くなる。彼女を守りきった達成感や気恥ずかしさなどが今になって込み上げてきたのだ。

 

ハリーはそれを誤魔化すように少しおどけてレイに返事をした。

 

「僕も。君に比べたらどうってことないよ」

 

「はは、それもそうか。さって……」

 

二人の様子に安堵したレイはハリー達の安全を確保した後に、前に出て戦況を把握するために意識を集中する。

 

どうやらレイの役割を不死鳥が担ってくれているようで、目の前を飛び回る不死鳥に気をとられている隙をつき、シルヴィアの業火が流水のように滑らかに鱗を焼き、もろくなったその場所へとギルバートの風刃が追い打ちの如く放たれてバジリスクの巨体を切り刻む。

 

「ジャーッ!!」

 

噴き出る鮮血。これにはあのバジリスクも耐えられなかった。未だ嘗て味わったことのない、全身を貫く痛みにその巨体を激しくくねらせて暴れ狂う。

 

『秘密の部屋』が揺れるほどの激震。予測不能な巨体のうねりは壁や天井、石像を粉々に破壊し、その破片を勢いよく周囲に散らす。これには流石にシルヴィアとギルバートも回避や防御に徹さざるを得なかった。

 

そんなバジリスクにトムが唾を飛ばさん勢いで叫んでいるが、それも今のバジリスクには耳に入ってこないようだった。

 

ようやく伝説の怪物に会心の一撃を与えることが出来た。今、戦況は確実にレイ達の有利に傾いていた。

 

そしてそれはトムも感じていた。何もかもがうまくいかない。そのことに再び恥も外聞もなく叫び出しそうになるが、しかしここで、ジニーから吸い取っている力が最終段階に入っていることに気がつく。

 

それがトムを冷静にさせた。たしかにバジリスクで殺せていればそれが最善であったが、今ではそれも厳しいのは受け入れなければならない事実。

 

ならば次点……自分が復活するまでの時間稼ぎに準ずればいい。

 

時間稼ぎに関して言えば、バジリスクは十分仕事をしている。お陰で自身の復活まで、後二十分とかからない。問題は冷静になった今、下手に時間稼ぎをしようものなら悟られる心配がある、ということだ。

 

認めたくはないが、あの小賢しい天才と秀才は自分に通じるものがある。すぐに悟られる可能性は十分にあった。

 

ならばどうすればいいか。……答えは、すぐにでた。

 

今まで通り、平静を失ったフリをしてめちゃくちゃな指示を出してバジリスクを30分で使い潰せばいい。

 

答えを得たトムの行動は早かった。

 

《バジリスクっ! せめて伝説たる威厳を見せつけろ!》

 

その命令はなんとか正気を取り戻したバジリスクに伝わる。バジリスク自身、このままでは無様に討伐されることを嫌でも悟っている。

 

不死鳥の攻撃を無視してシルヴィアとギルバートを牽制するバジリスクは、そこで自身の突進を防ぎきった少女が退場したことを思い出す。

 

そして、バジリスクはレイに向けて巨体を伴った突進を再び敢行した。

 

それを見たレイはすぐさま防護呪文を張った。しかし……。

 

「ぐっ……!?」

 

突進の衝撃を殺しきれず、レイはハリー達の元まで飛ばされてしまう。アリスとは違い、レイはまだマキシマを習得できていないのが大きな痛手であった。

 

「レイ、大丈夫っ?」

 

「あ、ああ。なんとか……っプロテゴ!」

 

とっさに張った防護呪文に再び衝撃が走る。脅威ではないと判断したバジリスクが追い打ちのごとく頭部を振り下ろしてきたのだ。

 

寸でのとこで防ぎきったレイであったが、バジリスクの攻撃は続く。

 

それをやめさせようとシルヴィアとギルバートが魔法を放とうとするが、バジリスクは巨体を乱雑に動かして、少なくとも傷が深い場所への追撃はさせなかった。

 

それは明らかに今のバジリスクでは長くは持たない無茶な行動であったが、レイには絶大な効果を発揮した。

 

二度三度と振り下ろし、薙ぎ払いを受けきったレイであったが、受けきれない衝撃が身体を揺らす。その隙をつき、バジリスクがハリー達へと攻撃しようとするが、無理に立て直したレイがそうはさせない。

 

しかし、限界が訪れるのも時間の問題だろう。

 

自分達を守ってくれている偉大な背中を見つめていたハリーは、自身の無力さに歯をくいしばる。

 

最初は彼の登場に頼もしさを感じていた。しかししばらくすると、エステルと同じようにただ見てるだけしかできない自分が許せなくなっていた。

 

何か、何か彼の力になれることはないのか。

 

そう思っていた時であった。自身に何かを語りかけてくるような意志を感じたのは。

 

ハリーは思わず顔を上げてあたりを見回す。すると、自身の足元にある、不死鳥が落としていった“何か”が目に入ってきた。

 

あの時はそんな余裕もなかったためにそれが何なのかは分からなかったのだが、よくよく見れば、それはついこの間校長室で見たことのあるものであった。組分け帽子だ。

 

年季を感じさせるこの帽子がなぜ、不死鳥によって運ばれてきたのか。不思議に思っていたハリーであったが、次の瞬間、目の前の光景に目を疑った。

 

なんと、帽子の中から霞のように現れ出ようとするものがあるではないか。それは徐々に形を成していき、最後には剣の柄のようなものが帽子の中から顔を出していた。

 

突如目の前に現れたそれを見て、ハリーは不思議と確信していた。自身を呼んだのはこの剣なのだと。そう思ったハリーはすぐさまその剣を両手で握りしめ、帽子の中から引き抜いた。

 

「えっ、ハリー? そ、その剣は何……?」

 

レイのことでいっぱいで、横で行われていた光景に気がつくことのなかったエステルが、突然立ち上がったハリーとその手に握る剣に驚く。がしかし、ハリーはそれに返すことなく剣を見よう見まねで構え、駆け出した。

 

レイとバジリスクが相対する最前線へと。

 

そしてレイに集中して自分に気が付かないバジリスクがレイを防護呪文越しに弾き飛ばした隙に、レイと入れ替わるようにバジリスクの元まで駆け寄り、その勢いのままに剣を力の限り振り下ろした。

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

「ギジャァッ!?」

 

「なんだと!? その剣は、まさか……っ!」

 

バジリスクの絶叫、そしてトムの驚愕の声が聞こえてきた。

 

ハリーの一撃はバジリスクの鱗を容易く貫き、口先を真っ二つに斬り裂く。バジリスクは二つに割かれた口先から鮮血を吐き出しながらその痛みに怯んでレイへの攻撃を止めた。

 

その隙にシルヴィアとギルバートが既に負った傷口に塩を塗りこむように各々呪文を叩き込む。

 

さらにダメージを受けたバジリスクは痛みに暴れ狂う。

 

「ハリー、お前その剣……」

 

「え、えっと、不死鳥が持ってきたあの組分け帽子から出てきたんだ。それで、なんかやれそうな気がして……」

 

さっと後方を見たレイは、黒い古びた帽子を確認する。それは確かに二年前に自身に助言をしてくれた組分け帽子だった。

 

そしてシルヴィアとギルバートに教えてもらった伝説を思い出す。あの伝説の通りならば、ハリーは……。

 

「……そっか、ならお前は真の……危ねぇっ!!」

 

「えっ、わぁっ!?」

 

レイは最後までハリーに伝説のことを伝えることはできなかった。

 

突然レイに突き飛ばされたハリー。そして倒れゆく最中、その視界には自身を庇って暴れ狂うバジリスクの鎌首の一撃をモロに食らったレイの姿が映り込んだ。

 

「がふっ!」

 

「レイっ!?」

 

「いやーっ!!」

 

ハリーとエステルの叫びが反響する。それはシルヴィアとギルバートにも伝わり、勢いのままに空中へと放り出されるレイを見て目を見開く。

 

だが、彼がそのまま硬い石レンガに叩きつけられることはなかった。

 

「フィーッ!!」

 

「ぐぉっ」

 

不死鳥が空中で服の肩部分を掴み、レイを見事に捕まえたのだ。

 

「ゴホッ……あばらが何本か逝ったな。サンキュ、助かった」

 

「ピフィーッ」

 

軋む胸元に苦しい表情を浮かべながら感謝を述べたレイは、このまま下ろしてもらうとして、ふと自分の左手に重みを感じたことでそちらに視線を向ける。

 

するとそこには、先程までハリーの手に握られていた剣……スリザリンの石像の元へと置いてきたはずのグリフィンドールの剣があった。

 

いつのまにか現れていたお節介な剣にレイは思わず苦笑を漏らした。

 

「お前の役目は終わったはずだろ? 大人しくあそこで寝てればよかったのによぉ」

 

それを聞いたからなのかは分からないが、剣はあの時のように赤い宝石を煌めかせる。その言い分に苦言を呈すような煌めきにレイはもう一度苦笑し、次には口角を吊り上げて好戦的に笑った。

 

そしてつい先ほど思いついた作戦を実行するために不死鳥に声を投げる。

 

「なあ頼む。俺を……」

 

その言葉を受けた不死鳥はひときわ大きな声を上げて言われた通りにレイを掴んだまま、態勢を立て直したバジリスクへと向き直った。そしてレイが叫ぶ。

 

「シルヴィ、ギル、援護頼むっ!」

 

レイが何をしたいかを剣をみて悟った二人はすぐさま行動を開始する。レイを抱えた不死鳥はその重さを感じさせない動きで飛び回り、バジリスクの攻撃を華麗に避けていく。

 

《何をしているっ! まずは手薄になったそこの者たちからだ!》

 

その命令を受け、バジリスクはハリーたちの方を向く。しかしその瞬間、二つに裂けた口先が業火の槍に穿たれる。

 

「馬鹿が、この私がそんな真似をさせると思うか」

 

蛇語がわからないシルヴィアでも、何をやろうとしていたかは手に取るように分かった。ハリー達、いや、アリスが眠る場所をむざむざ襲わせるはずがなかった。

 

もう何度目かもわからないバジリスクの絶叫。さらにシルヴィアは業火の槍を複数本生成して放っていく。その隙に、ギルバートが駆けながら次々と杖を振っていった。

 

すると杖先から縄が放たれ、縄は杖の動きに従い暴れるバジリスクの首元に絡みつく。そして縄の先端は崩れた壁や天井に突き刺さる。そうして次々とバジリスクの首元を中心に縄が捕らえていき、バジリスクは十秒と経たずに身動きが取れなくなってしまった。

 

それを見たトムが今更何をやっているのだと嘲笑する。

 

しかし、そんなトムに対してシルヴィアが逆に鼻で笑い嘲笑った。

 

「貴様は追い詰められると視野が狭くなるようだな。そこが貴様の限界だヴォルデモート卿。……チェックメイトだ」

 

「な、何を言って……。……っ!?」

 

シルヴィアの言葉に思い至ったトムがばっとバジリスクの方へと振り返る。

 

たしかにトムの言う通り、あんな細いロープでは何本絡みつかれようと十数秒もあれば振り払うことなど容易いだろう。

 

……だが、その十数秒が命取りとなる。

 

トムの見える視界。そこに移る、縄から逃れようともがくバジリスクの姿。

 

そして……そのバジリスクの頭部よりさらに上。そこには、不死鳥より解き放たれたレイの姿があった。

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

雄叫びを上げ、剣の刃を下に向けて落下していくレイ。その重力を伴った決死の一撃は、吸い込まれるように固定されたバジリスクの頭頂へと向かい……。

 

「これでぇ……終いだぁっ!」

 

 

 

美しき銀の刀身が、一息に頭部を貫いた。

 

 

 

「ギジャァァァァァァッ……!!」

 

毒蛇の王の断末魔が『秘密の部屋』に反響する。バジリスクは最期の足掻きと言うかのように頭部を振り回し、自身を捕らえていた縄を引きちぎる。そしてそのまま鎌首をもたげていた胴体が大きな音を立てて崩れ落ちた。

 

『秘密の部屋』に静寂が訪れる。

 

 

 

今ここに、毒蛇の王はそのとてつもなく長い生涯を終えたのだ。

 

 

 

痛いほどに静まり返る伝説の場所。滴る水音が鼓膜を打つ中、敵も味方も関係なく、誰もがバジリスクの亡骸を……その頭部付近を見つめる。すると、皆の視界に身動ぐ影が写り込んだ。

 

「……よっこいせっとぉ」

 

その影は重傷を負っているにもかかわらず、ふらつくこともなくしっかりとした足取りで立ち上がる。そして左手に持つ血に濡れた剣を横に払い、肩に担いで好戦的に口角を吊り上げた。

 

「まっ、俺達にかかればざっとこんなもん……ってところか?」

 

そう言い放ったレイの姿はボロボロだ。だが、それがアクセントとなり毒蛇の王の亡骸を背に立つその姿は泥臭くも勇ましく、そして美しかった。

 

そんなレイを見た天才は愛おしそうに微笑み、秀才は鼻を鳴らして眼鏡に手を添える。彼を尊敬する少年は憧憬の念を厚くし、彼に恋する少女は痛ましくも格好の良いその姿に複雑な思いを抱いていた。

 

そして、激戦を終えた少年少女達の最期の大敵である未来の闇の帝王、トム・マールヴォロ・リドルは知らぬ間に頬を緩ませていた。

 

途中に考えついた計画通り、あと十分もしないうちに自分は完全復活を遂げる。そうすればこんな小僧小娘共など赤子の手を捻るように殺すことができる。

 

だが油断は禁物だと緩んだ頬を引き締めて、トムは憎悪をその面に宿して声を荒げて罵倒するために口を開こうとした。

 

だがしかし、この計画は最初から破綻していたのだ。

 

 

 

「随分悠長に構えてるなぁヴォルデモート? 自分の本体がどこにあるかも分からないってのに」

 

 

 

彼の敗因は、最後の最後までレイという少々勇敢な少年を侮っていたことだ。

 

「……? …………っ!!?」

 

最初は何を言っているか分からなかったトムであったが、レイの手元にあるものを見た瞬間に驚愕と絶望を合わせたような表情を見せた。

 

トムが目を見開いて見つめるその先。そこには右手に黒い革の日記帳を持ったレイが笑みを浮かべて立っていた。

 

「駄目だぜ? こんな大切なものはどっか安全なところに置いておかないとな。まあ、それどころじゃなかったみたいだけどな」

 

「……何故、いつ……」

 

「バジリスクが出る前にハリー達を下がらせた時。ジニーが胸に抱えていたのを拝借しといた」

 

「き、貴様ぁっ!」

 

日記帳をひらひらとトムを煽るように見せつけるレイに、演技ではない、本物の憎悪をその涼しげな顔と瞳に宿す。しかし、人を殺せるような憎悪を向けられたレイは飄々と受け流す。

 

「なあシルヴィ。この日記に伝説の怪物の鱗も簡単に貫くことができる伝説の剣を突き立てればどうなると思う?」

 

「さぁ? この天才でも分からんなぁ。おお、そうだレイ。どうだろう、試しにやって見せてくれないか?」

 

「えー……。ま、仕方ないか。お前の頼みとあれば断れねぇな」

 

「ふふふっ、ありがとう」

 

レイは日記帳を床に置き、その上に両手で持った剣を構える。そして、この世の全ての憎しみを呼び込んだかのような憎悪の塊となったトムに憎らしげに笑みを浮かべた。

 

そうして不敵に剣を構えるレイに、トムは無意識に口を開いた。

 

「……ぶらいと…」

 

「んじゃま、そういうことで」

 

「レイ……レイ・オルブライトォォォォォッ!!」

 

自身の名を呼ぶその声にあらん限りの憎悪と呪怨を乗せたトムの絶叫を合図に、レイは日記帳に剣を思い切り突き刺した。

 

剣に貫通された日記帳は黒いインクを鮮血のように吹き出した。そして……。

 

「ーーーーーっ!!!」

 

それと同時に、声にもならない絶叫を上げながら、闇の帝王の過去の幻影、トム・マールヴォロ・リドルは光となって弾け飛んだ。

 

トムが弾けたその場には、彼の抵抗のように光の塵がいくつも舞い上がる。しかしそれも、すぐに空気に溶けるようにして消えていった。

 

再び訪れた静寂。

 

こうして、『秘密の部屋』事件は少年少女達の活躍によって幕を閉じた。




次回、全てを終えて。
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