ホグワーツの最奥……伝説の『秘密の部屋』にて、千年を生きた毒蛇の王との決戦から数日が経った。
その決戦に勝利し、事件を解決に導いた四人。そして連れ去られた友を救うために命を懸けて『秘密の部屋』を見つけ出した二人の姿は現在、校長室にあった。
「レイ、怪我の方はもう大丈夫かな?」
「あー、まぁボチボチと。どっちかというと、マダム・ポンフリーとミネルバさんの説教の方が辛かったです……」
「ほっほ、あの二人は怖いからのう。じゃが、その分君のことを心配してくれているということじゃ。そのことを、よぉく理解しておくのじゃぞ」
「はい」
レイの真っ直ぐな返事に、昨夜よりホグワーツに帰還を果たした現代最強の魔法使い……アルバス・ダンブルドアは顔を綻ばせた。
過去のヴォルデモート卿であるトム・リドルの幻影を討ち果たしたレイ達は、その後ダンブルドアの飼っている不死鳥によって無事に地上へと帰ることができた。不死鳥は自身の何十倍の重さも持ち上げることができるため、その足に縄を括り付けて全員を地上まで運んだのだ。
だが、地上への帰還はスマートにはいかなかった。
目が覚めたジニーがハリーとエステルに縋り付いて泣いたり、同じく目を覚ましたアリスが自身の不甲斐なさを責めて泣いたり、レイ達の登場に驚くロンを宥めたり、ハリー達によって無理矢理連れてこられたギルデロイ・ロックハートが記憶を失っていたりと、ひと騒動では済まないことが多々あったからだ。
中でも、積み上げてきた功績が仮初めであったことが発覚した偉大な魔法使いの顛末を聞いたシルヴィアが声をあげて笑い、その姿を不思議そうに見るロックハートは印象的であった。
そんな諸々のことがあったために立つ鳥跡を濁さずとはいかなかったが、とりあえずは全員無事に帰ってくることができた。
しかし、無事に帰ってきた彼等に安息はなかった。
まず、シルヴィアやエステル、ハリー達によってレイが医務室へ強制連行された。彼自身が平然としているため忘れがちだが、全身に裂傷、左肩に矢傷、さらには肋骨が数本折れているなどその身は重傷も重傷なのだ。
前二つに関しては応急処置を施してはいるが、そんなものはバジリスクとの戦いですでに傷が開いている。マダム・ポンフリーがレイに処置を施す際、紅に染まった服の下、深紅に染まる包帯の数々を見たエステルは気を失いそうになったほどだ。
一つ間違えれば死んでもおかしくないというのに、当の本人はあっけらかんとしている。これにはマダム・ポンフリーだけでなく、騒ぎを聞きつけやって来たミネルバがキレた。
レイは治療されながら、説教に定評のある二人の女性に延々と両耳を占領されるという地獄を味わうことになる。ここで気絶の一つでもできればよかったのだが、元来の心身のタフさとマダム・ポンフリーの腕の良さが相まってそれも叶うことがなかった。
死にそうな顔で助けを求めるレイを助けることもせず、ため息や苦笑を漏らしながら眺めていた一同であったが、そんな彼等にも苦労が押し寄せる。それはミネルバと共に駆けつけた教師陣達への説明であった。
七日間の失踪、拐われたはずの少女達の無事、傷だらけの少年と記憶を喪失してしまった教師の有様、煌びやかにその存在感を見せつける剣の存在。問いただすことは山ほどあった。だがその苦労はミネルバの一声で延期されることになる。
説明は絶対してもらうがまずは身体を休めることが優先だとして、子供達を一日医務室で休ませることにしたのだ。
こうしてシルヴィア達は7日ぶりのベッドで熟睡することができ、ハリー達も万全の状態で次の日の事情聴取に臨むことができたのだった。
……ただ一人、防音呪文が施された中で、夜が明けるまで有り難い説教を耳にし続けた者を除いて。
それがとどめとなったのだろう、その者は翌日の事情聴取には顔を出すことはなかった。……医務室では、少年の魘される声が止まなかったということだけ記述しておく。
そして明くる翌日。欠席者を出しながらも教師陣の事情聴取は行われたのだが、その内容は到底信じられるものではなかった。どれも開いた目と口が塞がらないものばかりで、中には途中で思考を放棄するものが現れたほどだ。
そんな中でもスリザリンの試練やバジリスクとの戦い、犯人の正体については驚愕という言葉すら生温いほどの衝撃を教師陣に与えた。
並みの魔法使いではまず生きて帰っては来れない苦難の数々を、運の要素もあるだろうが乗り越えたという。彼らが嘘をつくような子供達でないことは重々承知しているが、それでも疑わざるを得ないのも確かであった。
だが、この場にはいない少年の惨状を思えば、どこか納得をしてしまうのも事実であった。何より……かの英雄の名が刻まれた世にも美しき剣の存在が証明となる。
余談ではあるが、この場にはいない少年の活躍を聞いた老年の魔女は密かに誇りに思っていたことは内緒である。叱りつけたことに関してはそれはそれ、これはこれである。
こうして話を聴き終えた教師陣は、兎にも角にも現場を見なければ話にならないとミネルバを筆頭に立ち上がったのだが、ここで誰もがその帰還を心待ちにしていた者が現れる。
ホグワーツを追われたはずの皆の友……アルバス・ダンブルドアが帰ってきたのだ。
話を聞けば、止まらない子供達の犠牲に、彼を追放した当の理事会が彼に泣きついたのだという。なんともふざけた結末だが、どうやら彼の追放には色々あったようだ。
ダンブルドアの帰還に、ハリー達やアリス、教師陣も喜びの声を上げる。しかしだからこそ、そんな彼を意味ありげに見るシルヴィアとギルバートが印象的であった。
ダンブルドアは早速、教師陣を連れて今回の現場を見回るために部屋を出て行った。その際、ことが落ち着いたら校長室に招待すると言い残していったのだが、それが今の状況であった。
「皆の衆、改めてよく……本当によくやってくれた。この学校におる者達を代表して礼を言おう。ありがとう」
そう言って深く頭を下げるダンブルドア。しかしこれにレイが反応する。
「えっと……ダンブルドア先生。俺は友達を傷つけられたっていう自分勝手な理由で行動したんです。決してみんなのためなんていう殊勝なもんじゃない。迷惑をかけたことで罰せられこそすれ、礼を言われるのはお門違いってやつですよ」
シルヴィア達はそんな自分に付き合ってくれただけだと庇うようにそう言うレイであったが、これにはシルヴィアやギルバート、アリス、ハリーにロンまでも思わず呆れたようにため息を零してしまう。周囲の反応に、レイは思わず戸惑ってしまう。
たしかに、誰にも何も告げず、勝手に7日の間も行方をくらまして心配をさせた挙句、大怪我をして帰ってきたのだ。普通ならば罰せられるのも当然の行いだろう。
しかし、そのことを配慮しても上回る功績であるのは誰が見ても明らかなのも確かなのだ。
ダンブルドアは本心からそう言うレイに首を振る。
「それでも君達の勇気ある行動が皆の恐怖に揺れる心を、尊い命を救ったのじゃ。レイ、君は……君の信ずる友は、とても偉大なことを成し遂げたのじゃよ」
そう言われたレイはシルヴィア達を見やる。親友達が偉大なのはとうの昔に知っている。今回だって自分のわがままで彼らを連れて行き、結局自分だけ大怪我をして足を引っ張ったのだ。自分勝手に行動した自分が感謝され、偉大と言われるのは違うと考えていたのだ。
だが、その考えが顔に出ていたのだろう。あいも変わらないレイにシルヴィアは苦笑し、ギルバートはこめかみに指を当て、アリスは膨れてしまう。
そんな仲間達の様子にさらに慌てふためくレイ。おたおたするレイへと、ダンブルドアは微笑みを湛えて口を開く。
「君が自分のために行動することを是としていることは知っておる。それはたしかに他者に迷惑を被らせる自分勝手なものじゃろう。だがしかし、君のそれは違う。君の高潔な意思を伴ったその信条は、自分勝手の末に友を、そして多くの者を救う尊くも素晴らしいものなのじゃ。……その際にちと、周りが振り回されるがの」
お茶目に片目を瞑るダンブルドアに、それに同意するように頷くシルヴィアとアリス、そして鼻を鳴らすギルバート。
かの大魔法使いからの絶賛や親友達の反応にレイは気恥ずかしげに目をそらす。
「自身を下げ過ぎるのは君の欠点じゃ。それでは君とともにある者達の評価も下げることとなる。君は、君と共に命をかけてくれる友が愚か者と思うかね?」
「……そんなこと、あるはずがありません」
力強く否定するレイに、ダンブルドアは大きく頷く。
「で、あるならば、そんな素晴らしい友といる君もまた素晴らしいということじゃ。納得してくれたかな?」
「……と、とりあえずは」
「うむうむ、少しずつでよい。もっと自分を信じるのじゃ。自分を信じることは数多の可能性を生む。その可能性の数々は、きっと君の力となってくれることじゃろう」
「……はい」
神妙に頷くレイに微笑みを返し、ダンブルドアは本題を口にする。
「ではこの功績を称え、諸君らに『ホグワーツ特別功労賞』を授与する。さらに一人百点も持っていけぃ!」
この言葉にハリーとロンが沸き立つ。グリフィンドールの優勝確定と貰った者など早々いない文字通り特別な賞を授与されればそれも当然だろう。
逆に点数や賞などあまり興味のないレイとシルヴィア、ギルバートは無邪気に喜ぶアリスに各々頭を撫で、抱きしめ、杖で叩くなどして四人で笑い合っていた。
これでダンブルドアからのレイ達への用向きは終わった。しかしハリー達にはまだ用事があるとのことで、彼等を残して校長室から去ろうとしたのだが、その前にレイがダンブルドアに彼の前に置いてあるものについて尋ねた。
「ダンブルドア先生、その剣はどうするんですか?」
「うむ、この剣はホグワーツの至宝ともいうべきものじゃ。それもあり、この部屋でわしが厳重に保管することになっておるが……どうかしたのかね?」
それを聞いたレイはそりゃそうだよなと頭を乱雑に掻いた後に、思い切って口を開いた。
「あの……出来ればそれはやめて欲しいんですけど」
「……何故か、聞いてもよいかの?」
「いや、大層な理由なんて無くて、これも自分勝手なものなんですけど……」
そう言ったレイは、ダンブルドアの許可を得てその剣を手に取る。自身の命を二度に渡って救ってくれたお節介な伝説の剣。窓から溢れる陽の光を浴びた剣はあいも変わらず美しい。しかし、埋め込まれた宝玉はあの時のように煌めくことはなかった。
手を切らぬように刀身を支え、レイは優しげに微笑んで手の中にある剣を眺める。
「もし叶うなら、試練の間にあるスリザリンの石像の元に置いてやりたいんですよ。あの世で、グリフィンドールとスリザリンが笑い合えるように」
事情を知るシルヴィア達とは違い、それを聞いたハリーとロンは思わず目を瞬かせる。
事情聴取の際、スリザリンが遺した伝言によってグリフィンドールをあの世で待っていたという話は耳にしていた。だが、グリフィンドールの思い通りにはさせないという話を聞いていた。
それもあって、ハリーはスリザリンが皮肉でそんな伝言を残したのではないのかと結論づけていたのだが、まさか自身の尊敬する少年がそれをそのまま真に受けていたとは。
呆然と驚くハリーの隣では、ロンが馬鹿馬鹿しいと吹いて笑っていた。自分もレイではない人が言っていれば同じような反応をしていただろうと責めるつもりもなかった。……隣から冷気を纏う殺気とも呼べるものが飛んで来ているのは気づかないふりをしていたが。
そうして身体を震わせるハリーの目には、レイの頼みを聞いて申し訳なさそうにするダンブルドアが映っていた。
「うーむ。君のその心優しき提案を受け入れてやりたいのはやまやまじゃがのう」
「……ですよね、無理言ってすみません」
そう謝罪し、レイは剣を左手に持って目の前に掲げた。自身の顔を映し出す銀の刀身を眺めながら、おどけたように剣へと話しかける。
「まっ、お前もあんなところで野晒しは嫌だろう。ここならそう簡単にお前を……え?」
それは、レイがそう語りかけていた矢先のことだった。
なんと、彼の手の中にあったグリフィンドールの剣が霞のように徐々に消えていくではないか。
これには全員、あのダンブルドアさえも驚きの様子を見せていた。勿論、一番驚いていたのは当の本人であろう。
しかし、驚いてばかりもいられない。レイは慌てて傷が付くことも厭わずに、空いていた右手で刀身を掴もうとした。しかし時すでに遅く、レイの右手は虚空を掴み、グリフィンドールの剣は皆の前からその美しい姿を消したのだった。
残されたのは、呆然とする一同と顔の前で間抜けに両手を握りしめる少年だ。
痛いほどに静まり返る校長室。この状況を作り出したと思われる容疑者であるレイは、いたたまれず大量の冷や汗で全身を濡らしていた。
しかし周囲を漂うなんとも言えない静寂を、彼を最愛と呼ぶ少女の笑い声が綺麗に割いた。
「あっはっはっはっは! レイ、剣は君の心配には及ばないそうだぞ?」
「……は!? いや、これ俺のせいだよな? ヤバイよなっ? 絶対に不味いよな!? ……おいハリー! 女子トイレの入り口開けてくれ! 俺が取りに行くっ!」
「えぇっ!?」
レイに詰め寄られて肩を掴まれたハリーが驚きの声を上げる。目前に迫る必死な形相に思わず頷きそうになったところで、ダンブルドアの朗らかな笑い声が割って入ってきた。
「ほっほっほ、よいよレイ。剣がそう決めたのならば、我々も何も言うことはない。このまま眠らせてやろう。おっと皆の衆、剣の場所は他言無用じゃぞ?」
「す、すみません、ありがとうございます……」
申し訳なさそうに頭を下げるレイに微笑みとともに頷き、ダンブルドアは退出を促した。そうしてシルヴィアを先頭に次々と退出していき、最後まで低頭姿勢でレイが出て行くところを見送ったダンブルドアは一人物思いに耽る。
当初の計画では、ハリーが『秘密の部屋』の怪物を打倒するはずであった。自らが彼の元へと送った組み分け帽子からグリフィンドールの剣を引き抜き、その剣でもって。
そうすることで、ハリーに恐怖に打ち勝つ勇気を育んでもらおうと考えていたのだ。
また、このところ自分がグリフィンドールに相応しいのかどうか不安に揺れていたようだったので、かの剣を抜くことで、自身が勇気溢れる者であることを自覚してもらおうとも考えていた。
しかし、その計画は半ば頓挫することとなった。他でもない、各寮の特色を表したかのような四人の少年少女達の手によって。
まさか自分がいなくなった後に『秘密の部屋』へのルートを自力で見つけ出し、死の試練を乗り越え、最後にはバジリスクを打倒するに至るとは流石に予想できなかったのだ。
もちろん、彼等が優秀なのは知っていた。だが、まさかこれほどとは……。
かの創設者達を思わせる四人の子供達は、ダンブルドアにとってもはや無視できない存在となりつつあった。
その中でも特に、あの少年についてはこれから警戒せねばならないだろう。
……いや、あの少年に関しては去年より警戒はしていた。自身の計画通りにハリーとヴォルデモートが相対した場所に現れたイレギュラーな存在。大怪我を負いながらも何食わぬ顔で現れた少年……レイ・オルブライトには。
数年前にミネルバが後継人となった、暗い過去を持つ少年。だがしかし、ただそれだけで他に突出した才能など持ち合わせてはいない普通の少年であった。……その、はずであった。
しかし今、その少年は自分が導き育てていかねばならない“選ばれし者”の遥か先を歩き、その背を見せつけるように駆け抜けている。その横に英雄たる素質を持つ者達を侍らせながら。
そして今回の一件でレイに対する警戒はさらに一段階引き上げねばならなくなった。何故ならば、もしかすれば彼はグリフィンドールの剣に選ばれた……。
「……あの、ダンブルドア先生?」
「っとと、すまんのう。少しぼーっとしておった。この歳になるといかんのう」
名前を呼ばれたダンブルドアは思考の海から顔を上げる。長考してはいたが、実際のところは10秒も経っていないだろう。
朗らかに笑う自分につられて笑みを浮かべる“選ばれし者”……ハリー・ポッター。
彼の未来には壮絶な運命が待っている。並の者であれば、自身の心を壊してしまうであろう辛く苦しい運命が。だからこそ、自分は彼を導かねばならない。
そのために……かの少年も利用させてもらおう。“選ばれし者”が憧憬を向ける、英雄の素質を垣間見せる少年……レイ・オルブライトを。魔法界の秩序と未来のために。
こうして、ダンブルドアはハリーに剣の伝説を話しながら、自らの計画にレイを組み込む算段をつけていくのだった。
そのように偉大なる大魔法使いの手の内で踊らされようとしていることなど露知らず、レイは右手で顔を覆い息を吐きながら仲間達とともに校長室へと続く廊下を歩いていた。
「はあ、やっちまったなぁ。つーかあの剣も剣だよ。帰れるならさっさと帰っとけよな。なんで俺が話しかけたタイミングで帰るんだよ……」
「それは勿論、君の想いを受け取ったからだろう」
「だからなんで俺なんだよ。別に真のグリフィンドール生でもねぇのによ」
そう言って頭を乱雑に掻くレイに、シルヴィアとギルバートが顔を見合わせる。そしてアイコンタクトをした後にギルバートが眼鏡に手を添えて答える。
「さてな。どうしても理由が欲しいのなら、貴様の妄想を受け入れるほどの器があの剣にはあったとでも思っておけばいい。目障りだ、ダンブルドア校長が認めたのだから今更グダグダ抜かすな」
「……はぁ、それもそうだな。しっ! これからどうする? 学期末試験に向けて勉強でもするか?」
秀才殿に言われたレイはサクッと気持ちを切り替える。しかしその言葉を聞いた瞬間にアリスがその可愛らしい顔に影を落とした。
「はうぅ。そ、そうでよね。もうすぐ試験なんですよね……」
「その前に貴様らはこの一週間と少しの間の授業内容をその脳味噌に叩き込むところからだ。さらに変身術と魔法史の勉学の見直しもだ。これを一週間でやってもらうぞ」
「「うぇっ!?」」
「ふふっ、なんだか懐かしい光景だな」
頭を抱えてその場でうなだれるレイとアリス。ギルバートは配管内での会話やスリザリンの試練後の会話をきちんと記憶していたのだ。帰ってきたら二人に変身術と魔法史を改めて叩き込むのだと。
そうして鬼の秀才の前で余計なことを言わなければよかったとレイが後悔していると、レイ達の目の前から複数の足音が聞こえてきた。
その音に顔を上げると、廊下の先で見慣れない大人達が三人ほど歩いてきていた。それはどこか人好きのする赤毛の夫妻と、燃えるようなの緋色の髪を後ろで束ねた男勝りな女性であった。
そしてそんな三人に連れられるように、レイの友であるハーフアップにした赤毛をなびかせたエステルと、瀕死であったにもかかわらずレイよりも先に退院したジニーの姿があった。
そして……。
「レイっ!」
この数ヶ月、医務室のベッドに横たわり痛々しい姿を見せていた少女が、栗毛のくせ毛を揺らしてレイの元に駆けてきた。
「ハーマイオニーっ!」
レイは自分の胸に飛び込んできた少女……石にされていたハーマイオニーを受け止め、抱きしめる。そうして感じる鼓動と暖かさ。自分の大切な友達がたしかに生きていることを腕の中で実感していた。
そんな二人を目の前にシルヴィアは余裕の笑みを浮かべ、エステルは思わずむっとしていたのだが、この両者の違いが何を示すのかは、未だ分からない。
そんな二人をよそに、しばしの抱擁を交わしたレイとハーマイオニーは自然に距離を置く。そして自身に微笑みかけるハーマイオニーにレイも笑みで返した。
「無事に戻ることが出来たんだな」
「ええ、マダム・ポンフリーとスプラウト先生のお陰よ」
「そっか。……よかった、本当によかったよ」
心底ホッとした様子を見せるレイが、ハーマイオニーの胸にチクリと針を刺す。彼からの忠告があったにもかかわらず、自分が犠牲者になってしまった。
友達を心の底から大切に思うレイに、自分達の無謀さでいらぬ心配をかけてしまった。そう思った時にはすでに言葉が出ていた。
「レイ……ごめんなさい。私……」
「いいって。ハリーやエステルから聞いてるし、俺達だって動いてたんだ。責める資格なんてねぇよ」
「……うん」
ハーマイオニーはレイが本心からそう言っていることを悟り、これ以上言うのは野暮だと思ったのだが、ここでふと、目の前の彼の信条を思い出した。
「でも、言わせて。私が私のために言いたいの。……レイ、心配をかけてごめんなさい。それと、仇をとってくれてありがとう」
「……おう」
そうして吹き抜けの廊下の真ん中で、二人は微笑み合っていたのだが、そこにエステルの咳払いが合間に入った。
「んんっ。ハーマイオニー、いつまでそうしてるのかな? 他の人の邪魔になっちゃうよ?」
「……あっ、そ、そうよねっ。れ、レイ、ハリーとロンはまだ校長室?」
「ん? ああ、そうだ。まだなんか話があるらしいぜ」
「そ、そう! ならここで待たせてもらいましょう」
そう言って、そそそっとハーマイオニーはエステルの背後に隠れる。そして後ろからエステルへと小声で話しかける。心なしか、そこには焦燥が垣間見えていた。
「ご、ごめんなさいステラ。べ、別に他意はないから……」
「なんのことかしら。私は廊下の真ん中で見つめ合ってるとみんなの邪魔になるんじゃないかって思っただけだもん」
「も、もうっ、だから……」
「?」
突如目の前で小声で会話し出す女友達二人に不思議そうに首を傾けるレイ。
そんな彼の背後では耳のいいシルヴィアは苦笑し、大方の予想がつくギルバートは呆れて深いため息をつく。そしてレイと同じように何をしているのかわからないアリスは首をこてんと傾けていた。
そんなところに、快活な笑い声がエステルとハーマイオニーの背後から聞こえてきた。その笑い声の主は先ほどの男勝りな女性のもので、その女性はエステルの肩を思い切り叩きながら心底可笑しそうにニヤニヤと笑みを浮かべる。
「なんだいなんだい。この坊主があんたがいつも話してる、かっこよくて優しくて頼りになる王子様かい?」
「わーっ、わーっ! ちょっとお母さん!」
「お母さん?」
「えっ!? あ、うんっ。私のお母さん、なの」
「去年も今年もうちのバカ娘が世話になったね、礼を言うよ」
そう言ってエステルの母親……ラティーシャはいやらしい笑みを消し、真剣な面持ちでレイに頭を下げる。それを見たレイは慌てて手を振った。
「ああいや、あれは俺のためにやったことなんで……えと、頭をあげてください」
「……ん、そうかい。でも、あんたが勝手にやったことでも、あたしが感謝してることは忘れないでおくれ。いつかきちんと礼はするからさ」
「は、はぁ……」
先ほどのダンブルドアの言葉もあって、困ったように頭を掻くレイ。しかしそんな彼にラティーシャは突然顔を近づけて観察するようにその顔を覗き込む。
「あ、あの?」
「……はぁ、なるほどね。こんなバカ娘でも、やっぱり私に似たのかねぇ。男の趣味がそっくりさ」
「はい?」
「お母さんっ!」
先程からレイの前で余計な口を開く自らの母親に、エステルもとうとう我慢の限界が訪れて大きな声で叫ぶ。その顔は恥ずかしさや怒りでリンゴのように真っ赤であった。
「ああはいはい、これ以上余計なことは言わないさ。あたしはラティーシャ。これからも末永くこのバカ娘をよろしくね」
「えっと、レイ・オルブライトです。こちらこそよろしくお願いします」
手を差し出されたレイはそれを握り返して頭を下げた。それに鷹揚に頷いたラティーシャは背後を振り返る。
「アーサー、モリー、待たせたね。こっちに来な」
ラティーシャに呼ばれた赤毛の夫妻、アーサー・ウィーズリーとモリー・ウィーズリーがジニーを連れてレイの前まで歩いて来た。
「構わないさラティ。君がレイだね? 私はアーサー。そして妻のモリーだ。いつもロンや双子から話を聞いているよ」
「とても勉強熱心で優しく子だと聞いていますよ。今回は私達の一人娘を助けてくれて本当にありがとう」
「レイ、ありがとう」
大人からの立て続けの感謝の言葉に、慣れていないレイはもういっぱいいっぱいであったがなんとか言葉を返した。
そして夫妻はレイの背後に並ぶ三人にも目を向ける。
「君達も。私達の大切な宝を助けてくれてありがとう」
「本当に、本当にありがとう」
「あたしからも、礼を言わせておくれ」
その感謝の言葉を受けたシルヴィア達も各々返事を返した。その際、レイと同じようにわたわたと落ち着かない様子であったアリスについてはご愛嬌だろう。
こうして感謝を受け取ったレイ達は、ハリーとロンを待つであろうエステル達一行の邪魔にならぬようにお暇しようとしたのだが、そこに新たな来訪者が現れる。
「はぁ、はぁ……。こんなところで何を道を塞いでいるのだ。退きたまえウィーズリーにマクレイア。私はダンブルドア校長に話がある」
「おやおや、我らが友であるルシウスじゃないか。どうしたんだいそんなに息を切らして。名族の威厳も形無しじゃないかい」
肩を上下させ、息を荒くしてやって来たのはドラコの父、ルシウス・マルフォイであった。その後ろにはビクビクと怯えた様子を見せる屋敷しもべ妖精の姿も見える。
ウィーズリー夫妻やラティーシャの反応を見れば、ルシウスとの間に確執があるのは確かだろう。
しかし、そこはいい年をした大人。ルシウスはそんなラティーシャの挑発に乗ることもなく、ただジニーを睨みつけるように一瞥したあと、無理矢理搔き分けるようにしてラティーシャ達を退かして校長室へと一直線に早足で歩いていく。
レイは、というよりレイ達はどうしてルシウスがこうも焦っているのか大方の予想がついているため、特に反応することもなくルシウスに道を譲る。
だがしかし、シルヴィアはただではルシウスを通さなかった。
「随分慌てた様子だが、自身が死喰い人であると暴かれそうで怖いのかな? はたまたダンブルドア校長を追い出そうとした拙い悪巧みの方か?」
「っ!!」
通りすがりに聞かされたその言葉は、ルシウスの鼓膜を破り脳天まで貫いた。
これにはウィーズリー夫妻やラティーシャも驚きを見せていた。シルヴィアの言葉にではない、こうもあからさまに仮にも名族であるルシウスを挑発したことに対してだ。
ルシウスはその足を止めてシルヴィアへと勢いよく振り返る。その顔は、鬼の形相とも呼ぶにふさわしい怒りの色を宿していた。
しかしシルヴィアは真っ向からその顔を見つめ返し、怒りに震えるルシウスを嘲笑する。
「どうしたそのような顔をして。……ああそうだ! 貴様のご主人様は私達が殺しておいてやったぞ。良かったな、これでご主人様の罰も免れるだろう」
「この小娘……っ!」
一瞬で怒りの沸点に達したルシウスは、杖を引き抜こうと手を伸ばした。しかし……。
「おせぇよ」
「っ!!?」
すでに、4本の杖がルシウスへと向けられていた。
シルヴィアは勿論、いつのまにか彼女の隣に並んでいたレイが正面からルシウスに杖を向け、それに驚く彼の左右からさらにギルバートとアリスがその杖先を向ける。
ルシウスを取り囲んだ子供達の迅速な動きは、ラティーシャ達にも衝撃をもたらす。特に暗黒時代に不死鳥の騎士団として前線で戦っていたラティーシャは面白いものを見るように口角を吊り上げてその様子を眺める。
ルシウスは自身を包囲する彼等の表情から脅しではないことを悟る。この子供達は、自分が下手に動こうとすれば、容赦なく4本の杖より呪文を繰り出すだろう。
身動きが取れず、額に汗を浮かべるルシウスの無様な姿に、シルヴィアは嘲笑の色を濃くして話しかける。
「どうだ、私達のような子供にいいようにされるのは? お前のご主人様も今のお前のような顔をしながら死んでいったぞ」
「き、さまらぁ……っ!」
「ほら、俺達に構わず早く校長室に行ったらどうですか? ダンブルドア先生も貴方をお待ちだと思いますよ」
「……っ!!」
ルシウスは杖へと伸ばした手を震わせ、血が出るのではないかと思うほどに握りしめた後にその手を下ろした。そして鬼の形相をさらに赤色に染めてマントを勢いよく翻す。
レイ達から背を向けたルシウスは、そのまま自身に一本とってみせた少年少女達に告げる。
「覚えておくがいい。近い未来、貴様らはその驕りによって身を滅ぼすことになるだろう。せいぜい、今のうちに身の程を弁えるのだなっ!」
そう吐き捨てて、ルシウスは屋敷しもべ妖精を連れて校長室へと再び早足に歩き出した。そして、二度と振り返ることもなくマントをはためかせながら姿を消したのだった。
その姿を見送ったレイ達は杖を懐にしまい込む。
「負け犬の遠吠え、てやつか」
「ふふっ、言うではないかレイ。あれでもそこそこの魔法の使い手と聞くぞ?」
「そうか? お前とギルに比べりゃあどうってことなさそうだけどな。にしても慌ててたなぁ。ま、自分の悪行が悉く失敗に終わった挙句に、身の破滅まで迫ってきてりゃあ慌てもするわな」
「ふんっ、ダンブルドア校長ならばここで奴を問い詰めることなどしないだろうよ。せいぜい今後の行動を牽制して泳がせるぐらいだろう。それとそこの愚か者、敵を侮る者は総じて痛い目にあう。次に相対した時は全力で潰せ、いいな?」
「あいよー」
「……あの、敵対するのは確定なのでしょうか?」
先の鋭い戦意は霧散し、いつものように和やかに会話をするレイ達。そんな彼等をウィーズリー夫妻やジニーは信じられないものを見る目で見ていた。特に子供を大切にする傾向があるモリーにとっては、好戦的な彼等の態度は受け入れられないものがあった。
しかしハーマイオニーとエステルはもう慣れたもので、呆然とする人達を顔を見合わせて苦笑して眺めていた。
そんな中、くつくつと静かに笑う者がいた。他でもないラティーシャである。
「くくっ、なるほどねぇ。そんなところもあいつそっくりだよ」
和気藹々と笑い合う四人の子供達。その中心であろう一人の少年の姿を視界に映しながら、ラティーシャはこれから面白くなると一人笑うのだった。
次回二章最終話、君想う麗しき華々。