コルドウェル家。
代々続く純血を尊ぶ一族であり、他の純血達を導く役目を担う一族でもある。
なぜかの一族がそのような役割を担っているのかといえば、勿論訳がある。それは、この一族の者は必ずさまざまな面で才能を発揮させるからだ。
現コルドウェル家次期当主であるシルヴィア・コルドウェルは歴代でも最たるものだ。そして彼女の父親は魔法の才能は並みであったが、内政面で才能を見せており、彼女の祖父は数十年間決闘者として頂点に立ち続けた。
コルドウェル家に生まれる者は、必ず類稀なる才能を持ってこの世に生を受ける。故に、コルドウェル家はこう呼ばれる。
純血を導くにふさわしい、魔法使いの中の魔法使いである……と。
しかし、今となってはそう呼ぶ者はほとんどいなくなってしまった。……他でもない、次期当主であるシルヴィアの純血を導く者として、あってはならない奇行によって。
シルヴィアが血もしれない少年を最愛と言って憚らず、他寮の少年少女と仲睦まじく学校生活を送っていることは最早周知の事実だ。
そして純血主義の子供達とは友好を結ばず、逆に塵だと吐き捨てて威嚇までして追っ払い、挙げ句の果てには忌まわしき『穢れた血』であるはずのマグルにも変わらず接する。
血を尊ぶ者として、これ以上ない愚行を二年も続けている彼女が、純血を導くにふさわしいなどと誰が言うだろうか。
こうして代々受け継がれてきた栄光が、僅か数年という短い期間で地に落ちることになったのだった。
今まで尊敬の眼差しで支えてくれていた純血達が、今では手を翻したように罵声を浴びせながら離れていく。それは、次期当主であるシルヴィアにとっては清々する思いであるのだが……ただ一人、未だにかつての栄光を取り戻さんとしている者がいた。
他でもない。シルヴィアの実の母、リーザ・コルドウェルである。
「……まだあの御方は見つからないのですか?」
「ああ。主が生きていることは確かなのだがな」
「…………」
身を包み込むような柔らかな椅子に腰掛けているリーザは、目の前に佇む庭師の言葉に唇を噛みしめる。そして苛立たしげに机の上に入れられた紅茶を口に含んだ。
リーザと庭師がいるのは、コルドウェル家の屋敷の一室だ。その部屋は防諜機能が優れており、杖を一振りすれば中にいる者以外は決して中の様子を探ることは出来ない。
「おそらく、我々を呼ぶこともできないほどに力を失っておられるのだろう。でなければ、俺が主を見つけられないはずがないからな」
そう言って庭師は左腕の袖を捲り上げ、そこに掘られた蛇と髑髏の刺青をリーザに見せる。その刺青は、ただ静かにその暗い眼孔を見せつける。
夫の腕にもあったそれを見たリーザは、深く息を吐いた後に庭師へと言い渡した。
「今から一月後、もう一度暇をやります。必ずやあの御方を探し出しなさい」
「確約は出来ん。だが、全力は尽くそう」
「ええ、お願いします」
新たな命を受けた庭師は、主であるはずのリーザに頭一つ下げることもせず静かに部屋を退出していった。
しかし、その背を特に嫌な顔もせずに見送ったリーザは、また一つ息を吐き冷めかけの紅茶を一息に飲み干した。
リーザは理解していた。庭師の忠誠はあの御方にあり、恩を感じているのは夫であると。彼ほどの人間がこの屋敷で庭師などという使用人の真似事に従事しているのは、夫に対する恩の延長線上でしかないのだと。
だがしかし、それは彼女の見当違いも甚だしいものであった。彼がこの場にいる理由はたった一つのみであるのだが、彼女が知る由はない。
ではなぜ彼女が、この時代に舞い降りた純血を統べる王……闇の帝王を探し出そうとしているのかといえば、勿論コルドウェル家再興のためだ。
必ずや純血を導くであろうと期待していた娘に裏切られたリーザは、それからというものどうすればシルヴィアが“目を覚まして”くれるのかと物思いに耽る日々だった。
亡き愛する夫より託された二人の愛の結晶。純血を導くために神がもたらしてくれた類稀なる才能を秘めた愛し子。
夫を病で亡くしてはや数年。一人残されたリーザは夫を失った悲しみを抱えながらも必死になって愛する娘を育ててきたつもりだった。
どこに出しても恥ずかしくない、コルドウェル家に相応しい純血を導く者へと。
娘も不満に思うことはあっただろう。事実嫌そうに顔をしかめる日は多かったように思う。だが、リーザはその全てを無理矢理圧殺して娘を教育してきた。
魔法の勉強はもちろん、礼儀や作法、穢れた血の忌まわしさを刻み付けるように教えてきた。魔法省に掛け合って、未成年ながらも呪文の実技もさせた。純血や世の権力者が集まるパーティには必ず出席させた。
全ては、娘の未来を想う愛ゆえに。
その甲斐もあり、リーザは自身の努力を実感するに至っていた。愛娘は、このまま行けば必ず世の純血達を導くに相応しい者になっていた……その、はずであった。
しかし、ホグワーツ魔法学校に入学して一月。……愛娘は変貌してしまった。レイ・オルブライトとか言う、血も家もしれないふざけた男のせいで。
彼女の努力が、夫への誓いが、全て無駄になった瞬間であった。
そうして絶望にふさぎ込んでしまったリーザが、その元凶を狂おしいほどに憎しみ、呪うには時間はかからなかった。
そんな彼女が、忌まわしき者共より愛娘を取り戻すために絶望の中で見つけ出した答えが……闇の帝王の復活であった。
夫や庭師から、闇の帝王が死んではいないことを耳にしていたリーザは、すぐさま庭師を呼びつけたのだ。さらに言えば、庭師が暇を見つけてはふらりとどこかに旅に出ていることも知っていたため、もしかしたらと考えたのだ。
その予想は的中し、かつて闇の帝王の側近として名を馳せた庭師は、自らの仕える王の所在を探し出そうとしていたのだ。
これに希望を見出したリーザは、庭師の休みを増やし、この半年ほど彼に闇の帝王の発見に尽力させていた。
しかし、結果は惨敗。なんの成果も得られることはなかった。だが、リーザは諦めるつもりはなかった。絶望に打ちひしがれた彼女は、かの帝王の探索に最早縋るしかなかった。
闇の帝王ならば、きっと娘の目を覚ましてくれる。そして彼女を狂わせた愚か者どもを抹殺してくれるだろうと。
そして闇の帝王の側近として庭師とともに侍り、闇の帝王の時代が舞い戻っていたその時、コルドウェル家は再び栄光を取り戻すのだ。
闇の帝王に従い、金銭面や内政面で認められた我が夫がそうであったように。
こうして、リーザは数年後の未来を思い浮かべながら一人、暗い笑みを浮かべるのだった。
………………
…………
……
……
…………
………………
ところ変わって、リーザと別れた庭師……セオドアは、誰も近くにいないことを確認した後、窓の外から射す日差しを手で遮りながら独り言つ。
「……愚かな女だ」
それは紛れもなく、先程利害が一致していたはずの雇い主に対する憐れみと嘲り伴った言葉であった。
自分がどのような理由で“元”主を探しているのかも知らず、いや、知ろうともしないで自分の都合のいいように未来を夢見ている。
それだけではない。リーザは自身の娘が突如変貌したと疑って憚らないが、あの女は何もわかっていない。自身が真に主君と仰ぐ少女は昔から何一つ変わっていない。そう……。
あの刺すような冷たい雨が降りしきる中、闇に溶けるはずだった自身に手を差し伸べてくれたあの日から……ずっと。
しかし、そうして過去に想いを馳せていたセオドアはいや、違うか、と苦笑した。
我が主は随分と変わられた。つい先日も、一年ぶりにわざわざ自分に会いにやってきて笑顔を見せてくれた。
昔の偽った人形のようなものではない。天才ゆえの大人びたものでもない。年相応に無垢で、自由を謳歌している。そんな笑顔を見せてくれたのだ。
それも全て、主がいつも手紙で話してくれる三人の少年少女のおかげなのだろう。セオドアは、一年前に主人の変化を悟った時以来、そんな彼らに感謝しない日々はなかった。
母の愛を満足に受けられず、才能や血筋、家名故に孤独であった我が主に笑顔と自由をくれた子供達。
だからこそ、セオドアは新たな決意と覚悟とともに、自分の使命を全うする。
彼らの未来のため、そして……我が主のために。この身体、この脳味噌、この命。全てを差し出してでも……。
そんな時であった。セオドアは離れた場所から自身に近づいてくる気配を察して、そっと窓の外へと視線をやった。
さも、自分が整えた庭の木々を確かめているかのように。
そうして静かに佇むセオドアに、気配は足音とともに近づいていく。そして、その気配の持ち主は彼の側を通り抜けるでもなく、彼の目の前で立ち止まった。
「セオドアさん、奥様とのお話は終わったのですか?」
強面で長身であるセオドアに対し、特に怯えた様子も見せずに話しかけた使用人。その人物の名はローレッタ。この家に彼より長く仕える使用人であり、彼の主人がこの屋敷において唯一信頼する女性である。
セオドアは同じ主君を仰ぐ同僚ということもあって、そこそこに彼女とは人付き合いをするのだが、彼は彼女が苦手であった。
なぜなら……。
「ああ」
「そうですか。では、奥様の元に行ってまいります。……ああそうです」
ローレッタはポケットより何かを取り出した。それは袋詰めにされたクッキーであった。彼女はそれを両手でセオドアへと差し出す。
「またお茶菓子を作ってみたのですが、味見をお願いできないでしょうか? お嬢様は薄味が好みでありますから、今回もそのように甘さを控え目にしてみました。後日、感想を聞かせてくださいますか?」
「…………ああ」
これだ。
この自分と一回りも下の女性は、何を考えているのかこうしてさまざまな理由をつけては自分に構ってくるのだ。
それは菓子の感想であったり、振る舞う手料理であったり、身につける香水であったり……。そんなものを、あろうことか自分に求めてくるのだ。
セオドアは自分が人好きのする見た目や性格でないことは分かっている。傷だらけの顔に厳つい体つき、また話をするのも得意ではない。
この屋敷に働く使用人達からは悉く敬遠されているのにもかかわらず、ただ同じ主君を仰いでいるというだけのはずなのにローレッタだけはこうして自分に構ってくる。
何を考えているのかわからない、無表情のままに。
ローレッタよりクッキーを受け取ったセオドアは、手のひらの上にあるそれに目を落とす。袋詰めにされているにもかかわらず、芳しい匂いが自身の鼻をくすぐる。
「では、私はこれで」
受け取ったことを確認したローレッタは、セオドアに向けて深くお辞儀をした後に自身が一応仕えている者の元へと歩き出した。
セオドアはその背が見えなくなったところまで見送った後、再び手の中にあるクッキーを見下ろす。そしておもむろに封を解き、中のクッキーをつまんで口に頬張った。
「………………うまい」
その味は、甘さの苦手な自分でも嘘偽りなく美味しいと思えるものだった。
……それが、なぜかセオドアに悔しさを誘った。