今年ホグワーツに入学する一年生達。彼らは例年でも稀に見る恐怖の洗礼を受ける羽目になってしまったが、その後は無事に組み分けを終えてホグワーツでの生活の第一歩を踏み出していた。
そんな彼ら彼女らは、同じ寮となった者同士で仲良くなるために声を掛け合い、自己紹介をする。そんな折、より仲良くなるためにはやはり共通の話題というものが必要だろう。
それは趣味であったり、好きな有名人であったり、はたまたマグル生まれの子供同士ならば不安を分かち合うのもいいだろう。
まあこのように様々であるが、この場で言えばやはり自分達がこれから住むことになるホグワーツでの話題が常套であろうか。特に、身近にいる先輩達の事などについては。
例えば、グリフィンドールに組み分けされた者達は、『例のあの人』を倒したとされる英雄……ハリー・ポッターと同じ寮に入れた事で盛り上がりを見せるだろう。
だがしかし、それはホグワーツに入学する前の一般的に周知されている情報だ。一年生達は、それぞれの寮に組み分けされた事で今最もホグワーツにおいて有名な生徒達の存在を知る事になる。
「あれが純血筆頭の後継者、か。噂よりもすごい美人だな」
「ね、ねえねえっ。あの眼鏡をかけた人すっごくかっこいいね!」
「ふわぁ、あの子可愛いなぁ。 ……えっ? 先輩? うそでしょっ?」
晩餐会が始まるとすぐにあちらこちらからそのような声が上がっていく。それを耳にした在校生達の反応は様々だ。苦笑を漏らしたり、顔を歪めたり、嬉々としたり。そして近くにいる一年生達に彼らのことについて教えてあげる。
この二年ですでに未来に語り継がれるであろう様々な出来事を引き起こしてきた英雄の卵……シルヴィア達について。
公式の場ではいつものように仲良く四人で、というわけにはいけないため、各々が自分の寮で食事をしている。そのため一年生達は彼らが一つの机にいる事で注目を集めているのではなく、それぞれが放つ個性的な存在感によって注目を集めているのはさすがと言えばいいだろうか。
では、現在彼らがどのように過ごしているのか見ていこう。
まずはハッフルパフの子熊であるアリスだ。今では多くの友人達に恵まれて、この晩餐会を楽しんでいる。その周囲には基本少女達しか見受けられないが、とある集団の隠れた審査をくぐり抜けた男子も幾人かアリスと歓談していた。
その審査の基準が下げられたのはとある天才の進言だったという話もあるが、真偽は定かではない。
と、いうわけではないが、一年生達も人目を引くアリスと普通に話すことができた。皆そんな彼女の純真さに惹かれつつ、ハッフルパフは今日も穏やかな夜を過ごしていく。
次に向かうはギルバートのいるレイブンクローだ。最初は彼の優れた容姿に色めき立っていた一年の少女達も在校生から彼の詳細を聞けば掌を返す者が多かった。……それでも熱い視線を向ける者については何も言うまい。
だが、ギルバートに目を向けていたのは一年生達だけではなかった。今年入学した“とある存在”により齎された情報が、彼に多くの衆目を集めていたのだ。
しかし本人はと言えばあいも変わらず分厚い本に目を落とし、周囲の事など一切意に介さない。
少しの間ざわめいていたレイブンクローの卓であったが、今更そんなことであの天下の秀才がどう変わるものでもないとすぐに話題を変える。……そこに彼やとある努力家、天才への恐怖がないとは言い切れなかった。
周囲が例年通りの空気に戻る中、その空気の流れを眺めていた“とある存在”。
その正体はギルバートの義妹にあたるジェシカ・エリスだった。
性格のきつい印象を受ける美貌を携えた彼女は小さく舌を打つ。
兄と同じように知識を尊ぶレイブンクローに組み分けられたジェシカは、彼女の姓に興味を持った在校生達にギルバートとの関係を聞かれ、こう答えたのだ。
『汚らしい妾が生んだ、腹違いの兄だ』と。
その時だけは周囲に衝撃が走ったものだが、それもすぐに収まってしまった。少しでも兄よりも優位に立とうとしたジェシカであったが、これは予想外だった。
だが、それも当然だろう。今更その程度の事実でギルバートが一ミリでも揺らぐことがないのは周知の事実。また、先も言ったがそれを声高々に嘲笑おうものならば彼を含めた異常な親友達が容赦をしないだろうことも。
それほどのリスクを伴ってまで、ギルバートの目が届く範囲で大きな口を叩くものなど皆無だった。
兄の面影を感じる鋭い眼差しをより吊り上げて面白くなさそうに鼻を鳴らすジェシカ。そしてその本が羅列する文字列を追いながらも愚妹のくだらない思惑に気付いていたギルバートは、彼女と同じように鼻を鳴らすのだった。
様々な思惑が交錯しながらも、寮内で話題を呼んでいるアリスとギルバート。だが、寮を超えて話題を独占しているのは彼女だけだ。
そう。スリザリンの誇る天才、シルヴィアである。
自然と感じられるカリスマ性。少女から女に、年々磨き上げられていく女神のようなその美貌と均整のとれた肢体。
だだそこにいるだけであるはずなのに、一年生だけでなく、見慣れているはずの在校生でさえ心が奪われそうになる。
それは彼女の存在を疎ましく思うものが多くいるスリザリンでも例外ではない。
純血の多いスリザリンでは、今年もその例に漏れず一年生の半分は純血だ。すでにかの家の落ち目は純血達の間で周知の事実であり、親から関わるなと厳命されている者達は素知らぬ顔を貫こうとする。
しかし、溢れ出る魅力を隠そうともしないシルヴィアを無視することなどほぼ不可能だ。誰しもがチラチラと彼女を意識の中に存在させてしまうため、食事や純血の先達達の会話に集中できていない。
そんな純血達とは打って変わり目を輝かせてシルヴィアを見つめるのは、スリザリンに組み分けられて不安で仕方のなかったハーフやマグル生まれの一年生達だ。
彼らをそうさせたのは他でもない。過去にスリザリン内で肩身の狭い思いを経験した純血でない者達が、現在のスリザリン内での情勢を語ったからだ。
純血主義を、他でもない純血主義筆頭一族が否定し、それをひけらかす者達を悉く潰していったスリザリンに君臨する暴君。また、自身に害意無き者に対しては分け隔てなく接し、弱者を甚振る悪意を許さない高潔な女王。
今現在、シルヴィアはスリザリン内で立場の弱い者達からそう慕われているのだ。
さらに聞かされるシルヴィアが仲間と共に行ってきた事件や偉業の数々。これからの7年間に絶望しかけていた血筋に自信のなかった者達が、彼女に感謝と尊敬の念を向けるのは無理もないだろう。
余談だが、ほとんどの女の子達は、先輩妹達の手によって再び“お姉様”と慕うことになるのだが、これにはかの天才も頭の痛い思いである。
……さてはて、では今夜の話題を独占するシルヴィア達をまとめている、グリフィンドールの我らが主人公と言えば……。
「えへへ、レイ兄美味しいね〜」
「ん、そうだな。……ほら、これなんかも美味いぞ。確かこの肉料理は入学式の時しか出ないはずだ」
「ほんと〜っ?」
「あ、もう、こらフィー。頬に付いてるよ? お料理は逃げないから落ち着いて食べなさい」
「は〜い」
グリフィンドールのお姫様とその妹様と共に、仲良く晩餐を楽しんでいた。……あえて言おう。その様はもはやおしどり夫婦とその娘のようにしか見えなかった。
そしてそれは、三人の周囲にいた者達も例外ではない。
「号外号外ぁ〜いっ! 王子様、ついに我らがグリフィンドールのお姫様とご婚約ぅ〜っ!!」
「さらに号外! なんとすでに二人の間には愛の結晶がっ!?」
「「さあさ皆々様も盛大に祝って差し上げましょうっ!!」」
このような絶好の機会を悪戯好きの赤毛の悪魔、フレッドとジョージが見逃すはずもなく、持ち前の天邪鬼な質を前面に押し出してレイ達三人を茶化しに茶化し始めた。
だがしかし、周囲を巻き込んではしゃいでいた双子に天誅が下されるのはすぐだった。
どこからともなく飛んできた一筋の閃光が双子の片割れに直撃したのだ。
「ぶべらっ!?」
「相棒ぉーーーっ!! ぐぼぉっ!?」
「〜〜〜っフレッド、ジョージっ!!」
天誅を下したのは誰であろう、笑いのネタにされてしまった当人であるエステルであった。彼女は顔をこれでもかというほどに赤く染め、駄々をこねるように杖を振り回す。
「「あだっ! いだっ! うだっ!」」
「ばか、ばか、ばかぁーっ!!」
エステルが杖を振るたび、双子から可笑しな断末魔が漏れ聞こえる。その度にグリフィンドールの卓では笑いが巻き起こった。
それはネタにされた当人の一人であるはずのレイも例外ではなく、声を上げて笑っている。フィリシアはと言えばニコニコと笑みを浮かべながら今も晩餐に夢中だ。
レイ達と一緒に食事をしていたネビルが怒るエステルに怯えながら呑気に笑うレイの肩を揺すった。
「れ、レイ? そろそろステラを止めないとフレッド達が……」
「ははっ、いいっていいって。そりゃ好きでもない男と友人とはいえ夫婦なんて言われたら怒るだろうよ。女心ってやつがわからない俺でもそれぐらいわかる」
「……レイは違う意味で女の子のことが分かってないと思うよ」
「あん? 違う意味って?」
「な、なんでもないよ」
「? まあともかく、あの様子じゃ双子もぜんぜん懲りてねぇみたいだしな。これも一年生達の緊張をほぐすためのパフォーマンスってことで」
そう言ってレイは杯を傾ける。彼のことを心の底から尊敬しているネビルであるが、流石にここまでの鈍さには呆れるばかりである。
床に転がる双子に容赦なく杖を振り下ろすエステルを流石に見かねたハーマイオニーが止めに入り、再びどっと沸いたグリフィンドール生一同。
それを横目に、フォークに刺したソーセージを片手に食事に夢中になっていたフィリシアが不意にレイに尋ねた。
「ねぇねぇレイ兄。だったらレイ兄はスー姉がお嫁さんだったら嬉しい?」
「ん? うーん、そうだなぁ……」
突然そんなことを問われたレイであったが、特に恥ずかしがることもなく魔法天井を見上げる。外の天気を映し出す天井には雷鳴が轟き、突き刺すような大雨が映し出されている。
それから考えをまとめたレイは一つ頷いた。
「嬉しいか嬉しくないかでいえば、そりゃ嬉しいな。ステラと一緒に居るのは落ち着くし、家事が得意だから安心して家を任せられる。そんで子供ができたら、その子のために叱りながらも目一杯可愛がるんだろうなぁ。……うん、幸せな家庭ってやつだな」
ウンウンと頷きながら平然とのたまうレイ。答えを聞いたフィリシアは満足そうに頷き、ネビルは恥ずかしさで湯気が出そうだ。
レイの答えは、騒ぎの中でも確かに周囲にいた者達にも伝わっていた。そのせいか先程までの騒ぎは何処へやら、波紋のように次々と静まり返り、次にはざわざわとまた騒ぎの波紋が広がり始める。
そして……。片思い中の彼からそのような答えを聞かされたエステルはといえば、先程の暴れっぷりはなりを潜め、親友の柔らかな癖っ毛の中に顔を埋めていた。そこから真っ赤に染まる耳がはみ出ているが……それは言わぬが花、というものであろう。
そして側から不満そうに見る少年と、面白くなさそうに見る少年がいるのもご愛嬌だ。
この一連の騒動により、大方の一年生達もレイとエステルの関係を大まかに察することができた。そのため、美少女と言っても過言ではないエステルを射止めた、見た目平凡なレイに興味を惹かれるのは自然の流れだろう。
そして在校生に話を聞き、驚愕に声をあげる一年生達。そこにいつのまにか復活した双子の脚色の入ったレイの武勇伝が続き、さらに大盛り上がりを見せ始める。
四寮の中でも1番の騒ぎを見せ始めるグリフィンドール卓。しかし、騒がしさが増していく中でもその波に乗らない者がいた。グレンだ。
彼は目の前のステーキにナイフを突き立て、不機嫌さを隠しもしないで齧り付く。
列車の中でシルヴィアにあっさりと気絶させられたグレンが次に目を覚ましたのは湖上の小舟の上だった。その際、隣にいたフィリシアが言うにはレイが運んでくれたらしい。
「クソっ!」
忌々しい奴に借りを作ってしまったこと、そして列車内で無様を晒した自分に再び怒りが沸いてきたグレンは杯の中身を勢いよく煽った。
何が『一つでもいいからレイに勝ってみろ』だ。あんなの、どうせハッタリに決まってる。あの黒い影に立ち向かったのも合わせてだ。
「いいぜ、やってやるよ! すぐにあいつをぶちのめしてやるっ!!」
そう一人宣言したグレンは、煌めきをコーティングされた七面鳥に構うことなく再びナイフを突き立てるのだった。
こうして今年も、波乱万丈な学期が始まる。
………………
…………
……
……
…………
………………
組み分けの儀から数日。
この時期、新しい生活に慣れず、あたふたと慌てふためく一年生の姿は珍しくない。魔法の仕掛けにハマってしまう彼らの姿が其処彼処に見え、そのせいで遅刻してしまうものも少なくはない。
本日、昼食を終え、次の授業に向かおうとしていたレイは見かけた一年生を魔法の仕掛けから助けた後に教室の場所を教えてやっていた。
頭を下げるハッフルパフ生に適当に手を振ってレイも教室に向かう。
「……数占いねぇ。教科書見た感じ大丈夫だとは思うが、仮にも占いだからなぁ……ん?」
その途中、レイは男子トイレを見かけてその場で立ち止まった。
「こんなところにトイレなんてあったのか。ならちょうどいいな」
最初の授業ともあって、知らぬ間に緊張でもしていたのだろう。思い出したように催したために、さっさと用を足して授業に向かおうと教科書を抱え直てレイは男子トイレに入り……。
「……っ、く……なん……」
中から聞こえてくる嗚咽にも似た声に足を止めた。
「…………」
立ち去っても良かった。男がこんな寂れた場所で一人泣いるのだ。同じ男として、そっとしておくのが筋だろう、と。
しかしそんな思い遣りの気持ちよりも、最低かもしれないが、好奇心の方が優ってしまったのだ。……その嗚咽を零している主が、自身が知っている人物かもしれなかったから。
レイは男子トイレを入ってすぐの壁に寄りかかり、中の様子をそっと覗いた。するとそこには、予想通りの人物が壁に手をついて項垂れていた。
「なんで……この僕がっ、ぐすっ、選ばれた純血であるこの僕がっ、こんな目に遭わなくちゃいけないんだっ……!」
目の前の石壁を力なく叩きながら少年は思いの丈を吐き出す。
その人物は、今のグリフィンドールにとって最も煩わしい存在と言っても過言ではない少年だった。
卑怯で、汚く、才をひけらかす。そして、自分の生まれに固執してマグル生まれやハーフを見下す。性根から腐っているどこまでも救えない少年。
ドラコ・マルフォイに他ならなかった。
「…………」
陰からそっと見るレイの目から、彼が見るも無残な姿を晒していることがわかる。綺麗に整えられていたはずの金髪には泥のようなものがこびりつき、マントや衣服は切り刻まれたかのようにボロボロだ。
そしてレイは思い出す。いつものメンツで昼食を摂っていた時に、悪戯大好き悪魔の双子がグリフィンドールの一年生を虐めていたマルフォイを懲らしめてやったと声高々に話していたことを。
双子の話が本当なら、マルフォイは数時間ほどここで過ごしていたことになる。たしかに、今の彼の姿はとても見せられるものではない。特にスリザリン内で一勢力を担っているのだから尚更だ。
「覚えてろ血を裏切るウィーズリーっ! ずずっ、覚えてろ穢れた血を流すマグル生まれどもっ、ぅくっ……絶対にいつか目にものを見せてやるっ……」
嗚咽を漏らしながら悪態を吐くマルフォイに、レイは短く息を吐く。
レイは昔のこともあって、マルフォイのことを心の底から疎ましく思うことができないでいた。
二年の頃、友達のハーマイオニーを『穢れた血』と呼ばれたことはいまだに許していない。たとえそれが親に、仲間に認められたい。見栄を張りたいという育ちからくる弊害があったのだとしても。その蔑称に重みがないのだとしても。
ハーマイオニーを傷つけたのは事実。だから今の彼の様も自業自得。ざまぁみろ。
……と、何も考えずに思えればどれほど気楽だったか。しかし、どうしても。昔の自分とどこか重ねてしまうのだ。
「そうだ、ぐすっ……このままでは済まさないっ! でないと……僕はっ……!」
嫌われたくない。
笑ってほしい。
褒めてほしい。
そのために……。
「父上と母上に、嫌われてしまう。……見捨てられて、しまうっ! それは、それだけは絶対に……嫌だっ!!」
大好きだった父親の言いなりだった自分に。
「…………」
レイは壁から背を剥がし、男子トイレの入り口付近に移動してまた壁に全体重を預けた。そして瞳を閉じる。奥から絶え間なく聞こえてくる嗚咽と悪態、弱音に耳を傾けながら。
そしてたまに通りかかる生徒達にも気を配っていく。万が一にも、自分と同じようにこの男子トイレに足を運ぶものがいないように。もしそんな生徒が現れたのなら、何かしら理由をつけて他所へと追いやれるように。
レイはただ一人、寂れた男子トイレの前で佇む。いつまでも色あせることのない、過去に想いを馳せながら。
マルフォイはただ一人、胸の内に溜まる全てを吐き出していく。黒の中に、確かな愛の渇望を零しながら。
この日、少年たちは一切交わることなかった。しかし乗り越えた少年は、今苦しむ少年をその場で見守り続けた。
再び立ち上がれるようになるまで、ずっと。
次回、新たな教科とその教師。