燃え尽きる前の薪のような夏の残滓もすでに灰となり、その灰を糧としたかのような秋の紅葉がホグワーツの禁じられた森を色鮮やかに彩っている。
紅葉に彩られた禁じられた森。その木々の隙間を、後に訪れる白い季節を感じさせる冷たい風が通り過ぎていく。そしてその風は森の出口にたどり着き、その一帯に広がる広大な湖の上を楽しげに舞い踊る。
ひとしきり満足した冷たい風は、ふと湖畔で何やら戯れている子供達の姿に気が付いた。風は悪戯心がくすぐられたのだろう。子供達目掛けて駆け抜けるようにしてあっという間に通り抜けていき、彼らの服や持ち物を舞い上がらせる。
冷たい風は慌てふためく金髪の少女に大いに満足した後、他の場所へと白の季節の先触れとして旅立つのだった。
風の気まぐれに巻き込まれた子供達の正体はレイ達一行であった。しかし、その中に1番に目立つと言っても過言ではない少女の姿はない。
風を不本意にも満足させてしまったアリスは、巻き上げられた羊皮紙が湖に落ちそうになり一層慌ててしまう。しかし、あわや羊皮紙が湖に沐浴すると言ったところで、全ての羊皮紙が時を止めたかのようにその場で停止した。
動きを止めた数枚の羊皮紙は、すぐに湖面と平行に横になり、魔法の絨毯のように目をパチクリとさせて呆然とする持ち主の元へと戻っていく。
全ての羊皮紙が手元に戻って来る頃には、誰が助けてくれたのかにも思い至ったアリスは笑顔で振り返った。
「ありがとうございますギルさんっ」
「ふん」
純真な笑顔に鼻を鳴らして杖をしまうギルバート。しかしそれを側から見ていたレイからすれば、彼が気恥ずかしさをごまかしているのがバレバレであった。
生暖かい視線に気が付いたのだろう。それを向けるレイを秀才が睨みつけた。
「気持ち悪い目で見るな愚か者が。貴様はさっさとその木刀を振っていろ」
「あいあい」
素直ではない親友に肩をすくめたレイは、ギルバートに言われたように手に持っていた直剣型の木刀を両手で握り直してゆっくりと素振りを始めたのだった。
レイがヒッポグリフのバックビークからマルフォイを庇ってから一週間が過ぎた。
左腕に負った大きな傷自体は1日で完治した。なんの魔法の影響も受けていない切り傷の治療など、マダム・ポンフリーにかかれば造作もないことだろう。
レイにとってはそんな傷の痛みなんかよりも、マダム・ポンフリーやエステルといった女性陣に囲まれての説教の方が辛かった。今回のレイの行動に納得がいっていないシルヴィアであったが、その説教に参加しなかったのは彼女の優しさであろう。
1日だけ安静にとギプスのようなものをつけられて解放されたレイは、いい時間だったこともあってシルヴィアとエステルを連れて夕食のために大広間へと向かった。
その道中、シルヴィアとエステルはある疑問をレイに尋ねた。もちろん、なぜマルフォイを庇ったのか、である。
二人も知る通り、レイは自身の大切なもの以外に対してはかなり無頓着だ。だがしかし、その代わりと言うかのように大切なもののためならば己が身を犠牲にしてでも全力で助け、戦う。
そんなレイがなぜ、多くの人から嫌われ、目の敵にされているマルフォイを助けたのか。
レイ自身、大切なものの一人であるはずのハーマイオニーを『穢れた血』と蔑称されたこともあるのだ。その彼からしてみれば、マルフォイを切り捨てることにためらいはないはずである。
だが、レイは助けた。大切なもののために使うはずであるその身を犠牲にして。
レイを誰よりも大切に想うシルヴィアとエステルが、到底納得できるはずもなかった。
しかし、レイは尋ねる二人に何も口にしなかった。
ただ、ただ……笑うだけだったのだ。
哀、悲、苦、辛。……そして、愛。
織り交ぜられる感情という名の絵の具。暗い色同士が顔という名のパレットに混ぜられる中、そこに射すたった一つの明るく強い色。
暗と明。色の配色など無視した歪な色をその表情に移した彼の笑みを目の当たりにしたシルヴィアとエステルは口を噤むしかなかった。
そしてその笑みを見たことがあった二人は気付いてしまう。レイの今回の行動が、彼の過去からくるものであることを。
違いは、一方は大体の事情を察することができたが、もう一方はうっすらと予想することしかできなかったことだろう。
エステルが今、1番に知りたい、寄り添いたいと焦がれる想い人の過去。しかし、その願いは未だ果たすことは叶わなかった。
結局、最後まで何も話さなかったレイは、正面を向き直って再び歩き出した。……そんな彼の横には、黙したまま、しかしてそっと彼の身体に、心に寄り添うシルヴィアの姿があった。
寄り添う二人の後ろ姿に、エステルの心がずきりと鈍く強く痛みを放つ。数ヶ月前にシルヴィアに打ち込まれた大きな杭が、彼女の心を蝕んでいるのだ。
胸元の上着がシワになることも厭わずに強く、強く握りしめる。
それからほんの少しの間だけそうしていたエステルは顔を上げて、先を行くレイとシルヴィアの後を駆け足で追う。……その心に、深い傷を抱えたまま。
その後はといえば、大方の話を聞いていたギルバートとアリスは、レイとシルヴィアと合流した時、二人の様子に同じように察した後は何も言うことはなかった。ただ、秀才はあからさまに大きくため息をつき、子熊はシルヴィアと同じようにレイに寄り添った。
深く尋ねることもせず、けれど側にいてくれる親友達。
レイは改めて三人と出会えた幸運を噛み締めながら、いつものように笑ったのだった。
後日談はこんなものだが、レイ達はここ一週間ほどは何事もなく日常を過ごしていた。変わったことといえばハグリッドが落ち込んで授業のレベルをあからさまに下げたことだろうか。
しかしそれも、完治したレイ本人が気にするなと励ましたこともあって再びやる気を出してくれたので、来週からはまた面白くも危険な授業が受けられることだろう。
また、ハグリッドが立ち直った要因の一つとして、被害を受けたはずのマルフォイが不思議と何も言ってこなかったこともある。
当初は取り巻きたちが騒ぎ立てていたが、それも当の本人が何も言わないこともあってすぐさま沈静化してしまった。このマルフォイらしくない現状に気味悪がった生徒達は多くいたが、他はいつも通りな鼻に付く態度をとっていたためにその気味悪さもすぐに薄れていった。
レイも特に庇った相手であるマルフォイのちょっとした異変など気にした様子もなく、今もギルバートに言われた通りに木刀をゆっくりと素振りしていた。
「そこの自虐趣味、振りが乱れているぞ。どれほどゆっくりでも構わんから、最初は弧を描くことと、振った後に木刀を揺らさずに刃先を止めることを意識しろ」
「自虐趣味て……いえ、なんでもないです」
眼鏡の奥から飛んで来る視線の刃にすぐさま言葉を引っ込めたレイは大人しく言われた通りに木刀を振る。
レイがなぜ、魔法使いにも関わらず木刀なんぞを振っているのかと言えば……御察しの通り、グリフィンドールの剣が関係している。
列車での出来事からもレイの前に時々姿を見せる伝説の剣なのだが、それならばと剣の振り方を学ぼうと考えたレイがギルバートに指導を頼んだのだ。
そこには、一年のクィレル戦や二年の白骨戦士戦など、杖がない魔法使いの無力さを痛感したことも原因だろう。
しかし流石のギルバートも剣の振り方は学んでいない。そこで彼はここ一ヶ月ほど剣術に関する本を読み込み、知識としただけでもレイに剣術を教えることにしたのだ。その甲斐もあり、ギルバートは知識だけならば一端の剣術家に並ぶだろう。
そして始まったのが、基本中の基本である素振りであった。これもまたギルバートが用意したグリフィンドールの剣を模した直剣型の木刀をレイに渡し、本日から剣術の稽古を始めたのだった。
しかし、知識だけではどうにもならないのは身体を動かすことすべてに共通することだ。
これもどうにかしなければと思考に耽るギルバートであったが、今度はレイの身体の軸がブレていることに気が付き、杖を振り抜く。
「っで!?」
「今度は身体が揺れている。振る勢いに負けぬように下半身に力を入れろ。そして肩の力を抜け」
「だ、だけどギルバート先生。そんな一遍には無……」
「泣き言をほざくな、やれ」
「う、うっす」
指導を頼んだ手前、強く出ることもできないレイは四苦八苦しながらも木刀を振り続ける。その際、彼の目尻から何か溢れた気がしたが……おそらく気のせいだろう。
慣れない身体の動かし方に奇妙な動きで木刀を振るレイを表情を変えずに眺めていたギルバートは、自分に近づいてくるアリスに気が付いてそちらに顔を向けた。
「出来たか」
「は、はいっ。こちらです」
アリスから手渡された羊皮紙に目を落とすギルバート。しかしそれも十数秒で確認を終えた彼は一つ頷いた。
「ふむ、いいだろう。では問題だ泣き虫」
「はいっ」
「今回のそこの自虐趣味のように魔法生物の鉤爪より攻撃を受け、右の二の腕を負傷した。切り傷は二つ、では対処はどうする?」
突然出された問題。しかしアリスはすぐに答えを口にする。
「えっと、まずは出血量を確認して、大丈夫なら傷戻し呪文を、危なかったら血色増強薬を飲ませた後に傷戻し呪文を唱えます。傷はより大きな血管を傷つけた方を優先します」
あと訓練や魔法力によってはまとめて治すことも可能です、と締めくくったアリスにまた一つ頷いてギルバートは問答を続ける。
「では、魔法生物の鉤爪に毒があった場合は? 尚、毒の種類は即効性の麻痺毒とする」
「えと、麻痺毒、麻痺毒は……」
アリスも今まで頑張って学んできた知識の引き出しを開けては閉め、開けては閉めてを繰り返して必死に答えを探し出していく。
もうお分かりであろうが、アリスは今現在、医療の勉強に励んでいた。
きっかけはやはりレイだ。毎回何かがあれば怪我をするレイ。そして『秘密の部屋』探索時にレイが死にかけたことがアリスに明確な決意を持たせた。
それからレイと同様、いや、レイよりもかなり前からギルバートに医療の勉強の指導を頼んでいたアリスは、長期休暇に入ってからというもの、宿題が終わった後もシルヴィアとギルバートに付きっ切りで勉強を教えてもらっていた。
その際、ギルバートの渡すタイミングがタイミングだっただけに、少し後悔しそうになったことはご愛嬌である。
医療の勉強は学校が始まってからも継続しており、彼女はきちんと学業と自主勉強を両立させていた。
今の彼女に、一年の頃出来損ないと揶揄されていた姿を重ねるものはもういないだろう。
それからしばらく、湖畔では二人の生徒がギルバートの指導の下で自主勉強や訓練に励んでいた。
尚、読者の皆さんが不思議に感じているシルヴィアの不在であるが、彼女はといえば、今は自身の妹を名乗る少女達に取り囲まれていた。
シルヴィアとしては今日もレイ達と共に居たかったのだが、どうしても彼女と時間を過ごしたいという少女達の懇願に根負けし、本日、『第一回 姉妹交流会』が開催されたのだった。
余談だが、最初は乗り気ではなかったシルヴィアも、今では真っ直ぐに好意を向けてくれる自称妹達との交流を素直に楽しむ程度にはなっているようである。
こうして、滅多にない天才抜きの休日を自分達らしく過ごしていたレイ達であったが……そこに、シルヴィアがいないことを見計らったかのように、招かれざる客がやってきた。
「……ふんっ。仮にも、仮にも魔法使いが棒切れを振り回しているとはね。お前に魔法使いたる誇りはないのか、オルブライト」
湖畔にやってきて早々、木刀を振り続けるレイに悪態をついてきたのは、彼が一週間前に助けたはずのマルフォイだった。その周りには変わらず取り巻きが侍っており、マルフォイの言いようにくすくすと嫌らしく笑っている。
突然現れたマルフォイ一行に、ギルバートはあからさまに顔をしかめ、あのアリスでさえムッとしてレイを庇うように立つ。
マルフォイは自分を睨みつけるアリスに不愉快になるが、そこにかつての気弱さを感じず、ハリー達とは違う明確な実力を伴った威風にイラついたように舌を打つだけだった。
徐々に張り詰めていく気配にレイは苦笑して、目の前に立つアリスの頭に手を乗せる。見上げてくるアリスに微笑み、感謝を込めて頭を軽く撫でる。そして腰掛けるギルバートにも目で合図して諌め、レイはマルフォイ達の目の前に立った。
「どうしたんだよマルフォイ、わざわざこんなところまで取り巻きを連れてやってきて。ここの景色はたしかに良いもんだが、景色を見るには遅い時間だぞ? まあ、陽が傾き始めたこの頃合いもたしかに趣ってやつがあるとは思うがな」
レイはマルフォイが偶然ここにやってきたと考えて、当たり障りなくやり過ごそうとそう口にしたのだが、当のマルフォイはといえば目の前のレイを睨みつけるように見つめたまま、何も言葉を返さなかった。
いつまでも喋らないマルフォイに、取り巻きが彼に心配するように声をかけるが、それすらもマルフォイは返事を返さず、ただレイだけを睨みつけ続ける。
では、そのように睨みつけられているレイはといえば実は困惑していた。
マルフォイは自分を睨みつけてはいるが、そこに悪意はなく、どこか観察するような居心地の悪さを感じるのだ。
レイは少し待ってみるが、マルフォイは変わらず自分を睨みつけるだけだ。これでは埒が明かないと、彼の苦手筆頭であろうシルヴィアの名を出して穏便に退散願おうと口を開きかけた時、ようやっとマルフォイの口から言葉が漏れ聞こえてきた。
「……礼は言わないからな」
「……うん?」
レイは最初、マルフォイが何を言っているかわからなかった。それはギルバートも、アリスも、取り巻きも同じであり、意味を理解したくないとかではなく、本当になんのことを言っているのかわからなかったのだ。
首をかしげるレイに、マルフォイは彼の左手に目をやりながら言葉を続ける。
「お前が勝手にあのデカブツの前に出てきたんだ。そして勝手に怪我をした。これで僕に貸しができたとか考えているのなら、そんなみすぼらしくも恩着せがましい考えは捨てるんだな」
その言葉を聞いて、やっとマルフォイが言いたいことを理解したレイを含む一同。つまり彼は、一週間にバックビークからレイが庇ったことで得意にならないように釘を刺しにきたのだ。
その言いようは決して助けて貰ったも者のそれではない。当然それを聞いたギルバートとアリスはさらに不快感で眦を吊り上げ、取り巻きは当然だと鼻で笑う。
だが、しかし。それを言われた当人であるレイだけは、違う反応を見せた。
「……くくっ、あっはっはっはっはっ!」
なんと、レイは突然声を上げて笑いだしたのだ。
そんな彼の突然の行動に、この場にいる全員が呆けてしまう。しかし、こうして突然笑い声をあげるレイを何度か目撃しているギルバートとアリスはすぐに平静を取り戻した。
特にギルバートはこの時のレイが自分特有のツボによって笑っているために、その理由を考えるのは無駄だというところまで思い至っていた。
しかしそんなことなど知るよしもないマルフォイは、自分がバカにされていると常人なら当たり前の感情を抱いた。
「オルブライトっ! 何が可笑しいっ!?」
怒りのままに杖を抜き、レイにその杖先を突きつけるマルフォイ。反射的に杖を抜こうとしたアリスであったが、それをレイ本人によって手で制される。ギルバートはといえば、レイがそこからでもマルフォイに打ち勝てる実力があることを知っているため、庇うことはしなかった。
レイは顔を赤く染めて杖を突きつけるマルフォイに笑いかける。
「悪いなマルフォイ。別にお前をバカにしてたとかそんなんじゃねぇんだよ。ただ……嬉しかったのさ」
「……はぁ?」
レイの言葉に心の底から理解できないと顔をしかめるマルフォイ。それは取り巻きも同じであり、意味不明なその言葉に失笑を漏らすほどだ。
それも仕方ないだろう。なにせマルフォイの言いようにはとても嬉しくなるような意味合いなど含まれてはいない。なのになぜ、レイが嬉しがることがあるのか。
しかし、それはすぐにレイの口から答えが導き出された。
「だってさ、俺のことを心配してくれたんだろ? マルフォイ」
一瞬、今度は言われたことを理解したくないと思考を放棄しかけたが、無情にも勝手に理解させられたマルフォイは、次には恥ずかしさで顔を赤く染め上げる。
「なっ!? なにをっ、バカなことを言っている……!」
「いやいや、そうでもないとお前がわざわざここに来る必要なんてないからな」
レイは心の底から嬉しそうに微笑みながらその考えに至った詳細を語る。
「お前の言う通りさ。あれは俺が勝手にやったことだ。俺が納得したいためにお前の背を引っ張って、バックビークから傷を受けた。自己満足で怪我しに行った馬鹿野郎だよ、俺は」
自分のことを平気で蔑むレイを、訳のわからないものを見るようにマルフォイは見つめる。
「なのに、お前はわざわざここまで来てくれた。もし俺のことなんて気にかけていないんなら、こんなところに来る必要なんてない。釘を刺す必要なんてないんだよ。お前はただ、『よく分からないが、血もしれないバカな男が高貴な自分を守るためにその身を盾にした。僕は下々の奴らにそうさせるぐらい選ばれた人間なんだ』と、声高々に自慢すればいいんだからな」
しかも敵対するグリフィンドール生を顎で使ったんだ、お前のスリザリン内での地位は嫌でも上がるだろうさ、と肩をすくめるレイにマルフォイはもはや言葉もなかった。
「だけど、お前は俺のとこに来てくれた。一週間って間が空いたのも、わざわざシルヴィがいないときを見計らってくれたんだろ? そんな労力を費やしてまでお前は俺の様子を見に来てくれたんだ。嬉しくないはずがないだろ?」
「…………っ!」
認めない、認めたくない。そうマルフォイは否定し続けるが、どんどん顔に集まってくる熱は一向に冷ます気配が見受けられない。そんなマルフォイがとうとう身体全体を震えさせ始めたところで、レイによってトドメの一撃が下される。
「にしても、なんだよマルフォイ。お前案外そういう優しいところもあるんじゃないか。もっとその優しさを素直に出せたら友達も増えるぜ?」
「〜〜〜〜っ覚えていろっ!」
とうとう耐えきれなくなったマルフォイは顔を耳まで真っ赤にしたまますごい早歩きでホグワーツへと去っていった。その後ろを慌てて取り巻きが追いかけるが、彼としてはしばらく一人にしてほしい思いだろう。
意図せずして、ある意味穏便にマルフォイを退散させたレイであったが、当の本人はマルフォイの様子に首をかしげるばかりだ。
「おいおい、逃げる必要はねぇだろ。そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃねぇか」
「……貴様の能天気さには、毎度驚くばかりだ」
「あ、あはは。ちょっとマルフォイさんに同情しちゃいますね」
「なんだよ、お前らまで……」
それからしばらく、特訓や勉強も脇に置いて、レイ達は各々の逃げるように去っていたマルフォイについて話の花を咲かせるのだった。
………………
…………
……
……
…………
………………
特訓と勉強だけで過ぎて行くはずだった本日の予定であったが、イレギュラーな出来事もあって予定よりも賑やかに予定を消化することになった。
陽も暮れ始め、肌寒さが増してきたので早めに大広間に夕食を摂りに向かうレイ達であったが、その帰り道に見慣れた赤毛の双子と出くわした。
「おっ、フレッドとジョージじゃねぇか。今度は誰がお前らの犠牲になったんだ?」
「おいおい我らが友よ。犠牲だなんて心外な」
「彼らは皆、喜んでその身を捧げてくれる敬虔な信徒なれば」
「「神よ、子羊達の行く末に幸多からんことを。アーメン」」
「相変わらずよく口が回るこって」
目の前で鏡写しのように手を組む双子にレイは思わず苦笑を漏らす。それはアリスも同様であったが、ギルバートだけは彼らの悪戯に多少関わっていることもあってか我関せずを貫いていた。
それから五人は目的地が同じこともあって共に大広間へと向かう。道中は双子の飽きさせないジョークの数々を楽しみながら和気藹々と順調に道程を進んでいたが、ここでふと、フレッドが思い出したかのようにレイに声をかけた。
「おっとそうだレイ。ついこの間、我々は面白い話を小耳に挟んだんだがね?」
「興味はあるかい? 今なら戦友価格で安くしとくぜ?」
「へー、お前らが面白いってんだから相当だな。よし、ギルバートの新しい悪戯魔法でどうだ? その後の利権はお前ら持ちってことで」
「「交渉成立! 毎度ありぃっ!!」」
イェーイ、とハイタッチを交わす三人であったが、そんな横暴を秀才が許すはずもなかった。
背景が歪むような怒気を放ちながら、背後からアリスが抱きついて止めることも構わずにギルバートが杖を抜く。
「ぎ、ギルさんっ、おおお落ち着いて……っ!」
「おいそこの自虐趣味、貴様了承も得ず俺を売ったな? ヒッポグリフでは飽き足らず、よっぽど痛めつけられたいと見受けられる」
「じょ、ジョークっ! ジョークっすよギルバートさん!!」
「ま、待ちたまえ我らが同輩、我らが同胞よ」
「こ、この話はお前さんも無関係じゃないんだぜ?」
「…………いいだろう、話してみろ愚か者ども」
怒りの杖先を下ろしたギルバートにレイ達は安堵の息を吐く。その杖が握られた右手はといえば、アリスが必死に両手で包んで離さないとキュッと握りしめていた。
その健気な子熊の姿に荒んだ心が癒されたフレッドとジョージは、咳払いを一つ、問題の話とやらについて話し始めた。
「なんか最近、お前達を嗅ぎ回ってる一年坊がいるって話なんだが……知ってるかい?」
「なんでも、そいつはスリザリン生らしいんだよ。しかも女の子って話だ。心当たりはあるかい?」
「いや、知らないし心当たりもねぇな。ギルとアリスは?」
「知らん」
「わ、私も初めて聞きました」
三者三様知らないと答えたことに双子は頷き合って話を進める。
「まあ、嗅ぎ回ってるっつってもオタクらの弱点だ、何だを聞き出してるんじゃないんだがな」
「本当に当たり障りの無いことらしいぜ。ホグワーツでの評判とか、四人でどんな事をしてきたとかな」
「「一年坊が当たり前に疑問に思うことを尋ね回ってるんだとよ。それこそ、寮を跨いで色んなところからな」」
話を聞き終えたレイ達は顔を見合わせる。しかしそれもすぐで、三人を代表してレイが苦笑しながら答えた。
「なら、別に放っときゃいいさ。そんなことで一々目くじらを立てて探し出すのもくだらねぇよ」
その答えに今度は双子が顔を見合わせる番だった。しかし彼らもすぐにレイ達に向き直りニコやかに肩をすくめた。
「だな。というかオタクらがそう簡単にどうにかなるはずもないしな」
「しかも一年坊に。その探ってるやつも早く止めさせとかないと虎の尾を踏みかねない事に気づかないとな」
「「でないと、そこで杖を叩く秀才殿に一生消えないトラウマを植え付けられちまうからなぁっ!」」
双子が声高々に言い放ったその先では、アリスの無垢な拘束を無慈悲に払いのけたギルバートが杖を構えて佇んでいた。
「ほう? よく分かってるではないか。では早速、くだらない情報で俺を売買した愚か者共にトラウマとやらを刻みつけてやろう」
「げっ!? お、おい双子! 全力で逃げるぞっ!」
「「あっらほっらさっさぁっ!!」」
レイと双子は全速力で廊下を駆け抜けていく。が、しかし、秀才の魔の手からは、決して誰も逃れられない。
「いい加減、灸を据えねばな。せいぜい逃げ惑え、最後は三人揃って大広間のシャンデリアにぶら下がるのだからな」
すでに曲がり角へと姿を消していった三人を、猛禽類のような目をしたギルバートが獲物を捕らえるためについに羽ばたく……っ!
「ギルさんっ、ギルさーーーんっ!!」
アリスの叫び声を合図に、突如開催された3対1の鬼ごっこ。
それは多くの生徒や教師を巻き込んだ大騒動へと発展する。挙句、騒ぎを聞きつけ、アリスより事情を聞いた天才まで秀才に加担してレイと双子を追い回す始末。
彼女の目的は言わずもがな、レイを好きにできる権利である。
さらに常日頃レイや双子に鬱憤をためていたもの達も参戦し、容赦無く三人を追い詰めていく。
勝手にギルバートを売った因果応報とでもと言うかのようにシルヴィアに売られたレイは、しばらくホグワーツ中を駆け回り、天才と秀才、その他大勢から逃げ惑うのだった。
余談だが、この愉快な鬼ごっこは夕食の時間を超えてもなお続き、生徒教師共に大きな被害をもたらしたとかもたらしていないとか。
確かなのは、レイと双子、ギルバートとシルヴィアを筆頭に、多くの生徒達がミネルバにこっぴどく叱られたこと。そして、その様子をホグワーツ校長が朗らかに笑いながら見守っていたことである。
ぎゃー、わー、とホグワーツが喧騒とも狂騒とも呼べる大騒ぎに発展していたちょうどその頃、その少女は一人、誰もいない空き教室で手元のメモ帳に目を落としていた。
そのメモ帳はすっかりくたびれており、付箋が貼られ、びっしりと何がとかを書き込まれたメモ帳のあと少しでその命を終えようとしている。
その中身を何度も、何度も見返しながら、少女はほぅとため息をこぼす。
「やっぱり、あの方は素晴らしいお人だ。溢れ出るカリスマ性、誰の心をも虜にするその美貌っ、何より……私のような若輩者にも気を遣って下さるその大海のような器の大きさ! その深さっ! ああ、ああっ、どうすればあの方の側に侍ることができるだろうか……っ!」
少女はメモ帳を胸に抱きしめながらクルクルと空き教室内を回り始める。その頭の中は自分が最も敬愛する人のことで頭がいっぱいだ。だが、少女はすぐにその身を床に投げ出す。
「……あぁ、しかしダメだ。尖った才能もない凡人な私では、あの人達のようにあの方に近づくことさえ憚れる。……けど」
少女は床に座り込んだまま、手元のメモ帳にもう一度目を落とす。そこには自分が敬愛する人を初め、ここ一月と少しで調べに調べた敬愛するその人の身近な人達の情報が所狭しと書かれていた。
そしてその中にいる一人に少女は目をつける。
「この人なら、私と同じ凡人と言われるこの人なら。私も、あの方に……」
少女は僅かな希望を見出し、再び妄想にふけりそうになる。しかし……。
ちゅどーんっ!!
「にぎゃーーっ!!?」
どこからともなく飛んできた特大の爆発魔法に運悪く巻き込まれてしまう。
そして少女は、最後の最後まで自身が敬愛するその人のことを思い浮かべながら、意識を暗闇の底へと落としたのだった。
次回、凡人の実力。