選ばれし者と暁の英雄   作:黒猫ノ月

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ゼアムさん、烏瑠さん、柳葉向日葵さん、chrono clubさん、甲 零さん、zakiさん、誤字脱字報告ありがとうございます。


48話

森を彩っていた紅葉も徐々に落ち着いていき、役目を終えた葉々が枝から分かたれて地に舞い降りていく。落葉は次代のための栄養として地に還り、来年またこの地に美しい紅葉を見せてくれることだろう。

 

秋からから冬へ。動植物が厳しい季節を越えるための準備が最終段階に入っていく頃。自然の摂理から半ば逸脱している人間達は、季節の変わり目にあまり左右されることなく日々日常を過ごしていく。

 

しかし人間というのは変わらない日常に退屈を覚えるものだ。それがどれほど素晴らしいことであるか、それを平凡な子供達に問うのは酷というものだ。

 

そんな子供達の退屈な日々にスパイスを加える調味料として無難なのが噂話だろう。

 

そしてここは噂好きが多いことで有名なホグワーツだ。とある少年の卑劣な不意打ちの件はすでに多くの生徒達の間に広まっており、それを無慈悲に返り討ちにした少年の話題はそれ以上に退屈していた生徒達を楽しませた。

 

不本意にも噂話というスパイスの原材料となってしまったグレンは、医務室に運ばれてから丸一日経った頃に目を覚ました。最初自分の身になにが起こっているのか分からなかった彼であったが、ちょうどその時にお見舞いに来ていたエステルにより状況を把握することができた。

 

全てを聞き終えたグレン。しかし、彼はその事実を認めることをしなかった。

 

あんな男があれを防げるはずがない。どうせ天才だか秀才だかが庇ったに決まってる。何か仕掛けがあるはずだ、と。

 

しかしそれも仕方ないのかもしれない。完全に油断していたところに文字通り瞬殺されてしまったグレンだ。レイが杖を抜いたところをはっきりとその目に映してはいなかったのだ。

 

それが、彼のプライドをギリギリのところで保たせていた。……いや、保たせてしまったというべきだろう。

 

身体の身動きが取れず、憤怒や恥辱に顔を赤くさせて歯をくいしばることしかできないグレンに姉からお叱りの声がかかった。

 

不意打ちなんて卑怯なことをして、見損なったと。ちゃんとレイに謝って、心を入れ替えるようにと。

 

慕う姉の言葉であることもあって噛み付くことはしなかったが、彼の怒りがさらに登りつめてしまったのはどうしようもなかった。

 

それからグレンは治療を施される日々を過ごす。ただレイに対する怒りを募らせたまま。そんな彼の元には、家族であるエステルとフィリシア以外誰もお見舞いに訪れることはなかった。そのことが、彼に現在の状況をにわかに予感させていた。

 

実はレイも謝罪も含めてお見舞いに向かおうとはしていた。しかしそれはエステルが遠慮させていたのだ。

 

愛する弟を思って叱りはしたのだが、長年の経験上、彼がそれくらいで堪えるとはエステルも考えてはいない。それどころかレイにまた何か悪さをする所作まで見せていた。

 

だからエステルはほとぼりが冷めるまでグレンには近づかせないようにしたのだ。

 

余談ではあるが、学校と娘の両方からドラ息子の様子を手紙で知った性悪な母親は大爆笑していたという。

 

では、もう一つのスパイスの原材料となってしまった少年は今なにをしているのかといえば……。

 

「…………あの、申し訳ありません。少々よろしいでしょうか?」

 

「……ん?」

 

見知らぬ少女に声をかけられていた。

 

昼食を終えた後、ネビルと一緒に自寮への道を帰っていたレイ。今日も今日とて、休日の午後は親友達と特訓をすることになっていることもあって少し急ぎ気味だったのだが、少女に声をかけられたのはちょうどそんな時だった。

 

「えっと……?」

 

「あっ、申し遅れました。私はセルマ・ラングフォードと申します。……見てわかるとは思いますが、今年スリザリンに入寮しました」

 

「お、おう」

 

目の前で丁寧にお辞儀をする少女……セルマの慇懃な態度と言葉遣いにレイは戸惑いを見せる。慣れない対応なのもそうだが、それが一年生とはいえグリフィンドール生の天敵であるスリザリン生からもたらされているのだから当然の反応だろう。

 

実際、レイの隣にいるネビルもあまりの驚きに目と口を大きく開けっぱなしにしていた。

 

しかしずっと戸惑ってばかりもいられない。レイは佇まいを直して改めてセルマを見る。

 

濡羽色の艶のある美しいショートヘア。中性的な面持ちを見せる幼い風貌は、将来男女ともに魅了するであろう凛々しさが垣間見えていた。

 

レイは曇りのない美しい碧眼と目を合わせながらセルマに用向きを尋ねた。

 

「それで? ラングフォードは……」

 

「オルブライト殿、どうか私のことはセルマとお呼びください」

 

「ど、殿?」

 

初めて呼ばれる敬称になんとも言えない気持ちになったレイであったが、それを誤魔化すように軽く咳払いをした後話を続ける。

 

「そんなにかしこまらなくてもいいぞセルマ。俺のことはレイでいい」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

「ああ」

 

「で、ではレイ殿、と」

 

「……まあ、いいか。それでセルマは俺に何の用があるんだ?」

 

改めてレイがそう尋ねると、セルマは不安げな様子で身体を揺らし始める。その態度に、何か言いにくそうなことなのかとネビルと顔を見合わせていると、意を決したように彼女が口を開いた。

 

「まずは謝らせてください。レイ殿とそのご友人のことを色々と調べていたのは私なのです」

 

「は? ……ああっ! スリザリンの一年生、しかも女生徒!」

 

最初は何を言っているのか分からなかったレイであったが、赤毛の双子からの情報を思い出し思わず手を打った。

 

「レイ、何のことなの?」

 

「おう、実はな……」

 

事情を知らないネビルに説明する。話を聞き終えると、ネビルはそんな事があったのかと驚いていた。

 

「先日レイ殿が男子生徒を吹き飛ばした時に私のことを探していることを耳にしました。これは謝罪せねばと思い今日参った次第です。訳あっての事とはいえ浅慮でした。本当に申し訳ありません」

 

心底申し訳なさそうに頭を深く下げるセルマに、レイは慌てて顔を上げさせる。

 

「いやいやっ、俺達は別に気にしてねぇから! あれはどっちかっつったらついでであって……。っていいから顔を上げてくれ」

 

「しかし……」

 

それでも顔を上げようとしないセルマに、焦れたレイが半ば叫ぶように彼女の顔を上げさせた。

 

「分かった、分かったから! セルマのことを許すし、シルヴィ達にも言っておくから、な? もう顔を上げてくれ」

 

こっちがいたたまれねぇよ、と頭を掻きながらレイは息を吐く。これほどまでに丁寧な謝罪を受けたことのなかったレイには確かにキツイものがあるだろう。しかも本当に気にしていないのにここまで礼を尽くされればなおさらだった。

 

焦るレイの姿にネビルが微笑ましいものを見る目で見ている中、レイの許しを得たセルマは恐る恐る顔を上げる。そこにはどこかホッとした様子が垣間見えていた。

 

ここ二ヶ月ほどレイの人となりを調べていたとはいえ、こうして相対するのは初めてだ。もしかすれば一週間前の男子生徒のように痛い目に遭うかもしれないと覚悟していたのだが、それが杞憂に終わったのだから安堵の一つはするだろう。

 

「レイ殿、ありがとうございます」

 

「……ふぅ、いいよいいよ。で? さっき訳あってって言ってたけど、どうして俺達のことなんて調べてたんだ?」

 

胸なでおろすセルマにレイが単刀直入に尋ねた。言いたくないなら言わなくていいぞと念を押して。

 

セルマと会話して、彼女が悪い人物でないということは嫌という程理解した。尋ねたのも、訳が気になったというより話題の切り替えの方が目的だった。

 

しかし予想に反してセルマはその訳を話し始めた。

 

「はい、それはもちろんお話しさせていただきます。しかしその前にレイ殿に折り入ってお尋ねしたいことがあるのです」

 

「尋ねたいこと?」

 

確認するレイにセルマは頷く。

 

「どの口でと思われるかもしれませんが……どうしても、レイ殿に教えてほしいことがあるのです。身勝手を承知でお願い致します。どうか、答えてはくれないでしょうか」

 

再び深く頭を下げるセルマ。ここまでくればレイも少しは慣れたもので、頭をガシガシと掻いたあとに疲れたように了承を口にした。

 

「分かったから顔を上げろって。ったく、大袈裟な奴だなぁ。……それで、その聞きたいことってのは?」

 

「は、はいっ! ありがとうございます! え、えと、それはですね……」

 

と言ったきり、セルマは気まずそうにもじもじと人差し指をツンツンさせ合って中々話そうとしない。

 

しかしレイは苛立つこともなく、じっと彼女の言葉を待つ。実際のところは少し集合時間に間に合いそうにないので急いでほしいのだが、彼女の性格からかなり意を決したことは感じ取れたので、ゆっくりと待つことにした。

 

ちなみに、自分がそうであるからかネビルも何も言わずに待っている。

 

そしてしばらくして、ようやく決心したのかセルマはずずいとレイに顔を寄せてレイに尋ねたいというその内容を口にした。

 

 

 

「ど、どうすればコルドウェル様にお仕えすることができるでしょうかっ!?」

 

 

 

「「…………はい?」」

 

呆気にとられるレイとネビルの間に、冬の到来を思わせる冷たい風が吹き抜けた。

 

………………

…………

……

……

…………

………………

 

セルマの予想外の質問に呆けていたレイとネビルであったが、しばらくして意識を取り戻した後にとりあえずここではなんだということで、場所を移して空き教室へとやってきた。

 

ちなみにネビルはグリフィンドール寮へと帰っている。用向きがあるのはレイだけであり、何かしら事情がありそうなのを察して大人しくレイと別れたのだ。

 

「……ああ、別に大したことじゃないから……おう、悪りぃな。んじゃ後で」

 

レイは手鏡のようなものに目を落として何やら話しかけている。側から見れば頭のおかしな人が自分に話しかけているのではと思わせる光景だが、彼の手にしている手鏡はただの手鏡ではない。

 

それは、去年ギルバートよりクリスマスプレゼントとして贈られた『両面鏡』だった。

 

緊急用を目的としてレイ達に贈られたものだが、『秘密の部屋』探索時にもついぞ使う事もなく、しばらくの間埃を被っていた。しかしせっかく便利なものなのだからということで、今現在ではちょっとした連絡用として使われていた。

 

今回のように少し遅れる旨を伝えたり、夜寝る前の雑談、宿題でわからないことの相談などなど。

 

その『両面鏡』の使い方は、マグル界の未来における『携帯』と呼ばれるものと同じものだった。

 

自分達も知らない間に時代の先取りをしていたレイは連絡を終えると『両面鏡』を閉じて懐にしまい込んだ。

 

「あの……よろしかったのですか?」

 

「ん? ああ。いつもならあいつらを優先するけどな。流石にあんなことを聞かされたら気になってそれどころじゃねぇよ」

 

それにシルヴィに関係することっぽいしなと肩をすくめるレイに、セルマは感謝と申し訳なさから頭を下げた。

 

レイは恐縮するセルマに苦笑して、彼女の肩を叩いて空いてる椅子に誘い隣同士に座った。

 

「……で、だ。シルヴィに仕えたいって話だったけど、なんでまた仲良くなりたいとかじゃなくてわざわざ従者になりたいんだ?」

 

レイの疑問は尤もだ。実際、レイはたまにではあるがシルヴィアと仲良くなりたい親しくなりたいとその繋ぎを頼まれる事がある。まあ、シルヴィアがそんなことを望まないのは分かりきってるので全て断ってはいるのだが。

 

その問いに、セルマは一つ頷いてから訳を話し始める。

 

「私は昔、コルドウェル様に助けられたことがあるのです」

 

「……それは命をってことか?」

 

ミネルバに助けられた過去が脳裏をよぎるレイ。しかし彼の予想は外れたようで、セルマは慌てたように両手を振る。

 

「いえっ! そんな大それたことではありません!」

 

セルマは胸に手を抑え、深く息を吐いた後に詳細を語り始めた。

 

「私の家はいわゆる純血の家系です。もちろん、私も純血として生を受け、その尊い血筋に見合った教育を受けて育ちました」

 

その言葉とは裏腹に、セルマはその中性的な表情に馬鹿らしいと浮かべていた。しかし、次には苦々しい表情に切り替わる。

 

「『純血は選ばれた者だ』『魔法を使えないマグルなど穢らわしい』『我々が世を導き、全てを管理するのが最善なのだ』。そう、父と母に教えられて育ちました。……お恥ずかしながら、私も数年前までは純血こそ至上と信じて疑わなかったのです」

 

心の底から恥じているのだろう。 膝の上に乗せられた握り拳に力が入り、スカートに皺を作る。セルマは胸のうちに溜まる後悔を吐き出すようにまたは一つ息を吐いた。

 

「そんなある日のことです。私も社交界に顔を出す年頃になり、初めて純血達の集まりに参加することになりました。私は子供ながらに心からその集まりを楽しみにしておりました。同じ選ばれた者と会える。同じ思想を持つ者と友達になれる……と」

 

しかし、それは幻想に過ぎませんでした、とセルマはさらに拳に力を込める。しかし爪が食い込まんとしたところで、彼女の拳からふっと力か抜けた。

 

「レイ殿。純血はマグルを見下し、蔑みますが……もし、身近にその対象がいない場合、不遜で高飛車な者たちの悪意はどこへ向かうと思いますか?」

 

「……さぁな。あいつらの考えは俺にも分かんねぇよ」

 

「ふふっ、でしょうね。貴方はそんな愚劣な思考とは無縁でしょうから。……正解は、同じ純血なのですよ」

 

それを聞いて少し目を見開いたレイ。それを見て、セルマは彼の真っ直ぐな性根に荒みかける心が洗われるようであった。……それで、汚れが全て取れるかといえば別の話ではあるが。

 

セルマはレイと答え合わせを行う。

 

「先ほどは言いませんでしたが、実は私の家はそれほど裕福ではありません。コルドウェル家やマルフォイ家のように純血は皆裕福だと思われがちですが、実際のところ裕福なのは半分にも満たないのです。そして、社交場というのは“力のある”者達の独壇場。私達のような“名前だけ”の純血は彼らのストレスのいいはけ口なのです」

 

「……胸糞悪い話だな」

 

「ええ、本当に」

 

諦観を含んだ苦笑にいたたまれなくなったレイは顔を背ける。しかし顔の横についている耳は一言一句聴き逃すまいと意識を集中させている。

 

セルマは苦笑を浮かべながら話を続ける。

 

「父と母と別れ、心を弾ませながら同じ年頃の子供達のもとにやってきた私に掛けられた最初の言葉は……『なんてみすぼらしいドレスなの。純血としての誇りはないのかしら?』でした」

 

当時のことを思い返すようにセルマは顔を見上げる。そこには石の天井しかなかったが、彼女の目には当時の光景がありありと映し出されていた。

 

「それからは罵詈雑言の嵐でした。“力のある”者達に囲まれ、親の目から隠されて端に追いやられて……。助けを求めようにも、父と母は“力のある”者達に媚びるのに必死で、同じ境遇の子達は寄り添いあって遠くから見て見ぬ振り。……そこに、私が夢見ていた純血の姿はありませんでした」

 

セルマの話を聞くたびにレイの眉間に皺が寄っていき、渋面が彫り込まれていく。しかし彼は黙したまま何も口にすることはなかった。

 

それを見ていたセルマは、レイが身近な人以外には冷たいという情報が半ば誤りであったことを知った。こうして他人であるはずの自分のことを思ってくれているのだから。

 

自身のことを憐憫に思いはすれど、それを口にしないのがその証拠だった。セルマが零す思いの丈は全て彼女のものだ。他者が気安く慰め、同情するものではない。

 

ましてやかわいそうだと口にするなどもってのほかである。

 

だからこそ、レイは何も言わない。セルマの思いを、全て受け止めるだけだ。それは、彼女のことを思っていないとできないことだろう。

 

自分が敬愛する人がレイという存在を気に入ったであろうその一端を目の当たりにすることができたセルマはわずかに微笑んだ。

 

「どれほど長く、口汚く罵られたでしょうか。とうとう堪え切れなくなった私は涙をこぼして座り込んでしまいました。しかし“力のある”者達は容赦はしません。それどころか嘲りが増してより悪辣になるばかりです」

 

同じ純血であるはずなのに。同じ選ばれた者であるはずなのに。

 

なぜこうも虐げられなければならないのか。なぜ嗤われなければならないのか。なぜ心を切り裂かれなければならないのか。

 

なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。

 

…………どれだけ少女が考えを巡らせても、答えは出なかった。

 

しかし、その時だったのだ。誰も助けてはくれず、蔑まれ、泣き続けるセルマに救いの手が差し伸べられたのは。

 

 

 

『貴様ら、目障りだぞ』

 

 

 

「絶望し、顔を俯かせて泣き続けていた私は、最初周りで何が起こっているかなど気にする余裕はありませんでした。しかし、そんな私にあの方は……コルドウェル様はお声をかけてくださったのです」

 

『君、大丈夫か?』

 

太陽だった。

 

悪意という名の湖、その奥深くに沈められた自身を、しかしシルヴィアは全く意に介することなく悪意を干上がらせ、心まで冷たくさせた自身に温もりを与えてくれたのだ。

 

「コルドウェル様は私に手を差し伸べ、優しく立ち上がらせてくれた後に私を背に庇いながら、私を辱めていた者達に言い放ちました。『貴様らに、純血の誇りを語る資格はない』と」

 

『血筋を尊び、世を良き方向に導くのが純血主義の基本思想だ。同胞を貶め、その様を嗤う者がそれを成し遂げられるはずがない。貴様らは我々の恥だ。失せろ塵ども』

 

力ある者にはより力のある者を。

 

純血主義筆頭一族のこの言葉は、セルマを蔑んでいた者達には効果が抜群だった。

 

「逃げるように去って行くのを見送ったコルドウェル様は、私の有様を見て身嗜みを整えてくださいました。その時の私はコルドウェル様がどういった方なのか知りませんでしたが、後に父に教えられた時は腰を抜かしたものです」

 

軽い調子で自身の失敗を語るセルマに思わずレイも笑みをこぼしてしまう。眉間の皺が取れたレイとセルマは顔を見合わせて微笑み合う。

 

「私の身嗜みを整えてくださったコルドウェル様は、満足そうにした後に小さく呟いたのです。『純血も、純血主義も。本当にくだらないな』と。それを耳にした時の衝撃は今でも忘れません」

 

それもそうだろう。他でもない純血主義筆頭が、己の最も誇るべきであろう取り柄を自ら投げ捨てているのだから。

 

「驚く私に気が付いたコルドウェル様は微笑んだ後に少しだけ話してくださいました」

 

『君も身を以て知っただろう? 選ばれた者と言われる純血も、所詮一皮むけば愚か者ばかりだ。そこに純血もマグルもありはしない。……同じ、人なのだよ』

 

「……衝撃、でした。私の今までを全否定されたのですから。……でも、不思議と、その言葉は私の心の奥底にすんなりと入って行きました」

 

シルヴィアの言う通り身を以て経験したからなのか。それとも助けてくれたシルヴィアの言葉だったからなのか。今となってはわからない。

 

しかし……その言葉が、セルマ・ラングフォードの人生を変えたのは確かだった。

 

「最後にコルドウェル様は今のは内緒だぞと言って去って行きました。その後に全てを見ていた父と母がようやくやって来て、私は会場を後にしました」

 

セルマの父と母もかなり焦ったことだろう。自分達とは住む世界の違う、仰ぎ見るべき存在がまさか自分の娘に声をかけてくださっているのだから。

 

余談であるが、これを機にラングフォード家は最盛期を迎え、逆にセルマを貶めていた者達の実家は没落一歩手前に追い込まれることとなる。

 

純血筆頭一族の影響力は伊達ではない、ということだろう。

 

「それからと言うもの、コルドウェル様の言う通り全てが馬鹿らしくなりました」

 

変わらず純血を尊ぶ父と母。マグルを穢れた血と蔑む純血一族。その時のセルマには、悪意が蔓延る純血こそが穢れているとさえ思ったものだ。

 

「全てが色褪せていく中、あの方は……コルドウェル様の存在だけが私の中で燦然と輝いておりました」

 

あの日、あの時から。セルマの中でシルヴィアは彼女の太陽なのだ。だからこそ、純血主義の蔓延る世界でこの二年を過ごすことが出来た。くだらない、つまらない、馬鹿らしい、あの世界を。

 

「全てを知った私は、せめて感謝だけでもと再び集まりに顔を出しました。しかし、それ以降コルドウェル様は純血の集まりに姿を見せることはありませんでした」

 

「……あぁー、そうか。ちょうどあの頃か」

 

レイは一年の頃にシルヴィアが実家から決別したことを思い出す。そうなった原因の一つを担っているレイは気まずそうに頬を掻いた。

 

その反応にセルマはそっと微笑む。そこにはシルヴィアが居なくなった原因を作ったレイに対する怒りなどさらさらなかった。

 

「その時、私は悟ったのです。コルドウェル様はこの薄汚れた世界から羽ばたいていったのだと。きっかけはわかりませんでした。けど、そう決断させる出会いがあったのだと」

 

「…………」

 

そしてその予想は正しかった。少しして、セルマの耳に大事件として純血筆頭一族後継者の御乱心という一報が入ってきたのだ。

 

純血を否定し、血もしれぬ輩と交流を深めている、と。

 

それを耳にしたセルマは、一つの決断をしたのだ。……その決断は、純血に身を置くものとしては容易ではない覚悟が必要なものだった。

 

しかし、セルマに迷いはなかった。

 

「あの方は純血一族のほとんどを敵に回しました。聞けば、ご実家とも縁を切られたとか。……私は、あの方の力になりたいと、心から願うようになりました」

 

シルヴィアならば低俗な輩など軽く袖にできることは分かっている。

 

けど、それでも。

 

実家を、今までの半生を、全て投げ打ってでも。ほんの少しでもいいからシルヴィアの力になりたいと……強く、強く願ったのだ。

 

そして今、セルマはここにいる。

 

「これが私がコルドウェル様にお仕えしたい理由の全てです」

 

「……なるほど、な。けど、ならなんで俺のところに来たんだ? シルヴィに全てを打ち明けて話せばあいつも無下にはしないはずだけど」

 

そう、それがレイの1番の疑問だった。シルヴィアと仲の良いのは自覚しているが、“どうしたらお仕えできるか”などレイには全く見当もつかない。

 

それを聞いたセルマは言いづらそうな口を真一文字に結んだ後、意を決したように頷いて閉ざされた口を開いた。

 

「コルドウェル様はホグワーツにやってくるまで誰にもそのお心を見せてはいませんでした。しかし、あの方のお心にただ一人だけ触れることが許された者がいました。それが……」

 

「俺……ってわけか」

 

レイの顔を真っ直ぐに見つめてセルマは頷く。そして少しだけ逡巡した後にもう一度レイを見た。

 

「それと、なのですが……お気を悪くされることを承知でお尋ねしますが、レイ殿はその、平凡である……とか」

 

「ああ、その通りだぞ? 俺には才能ってものはないからな。別にそれで怒ることはないから安心しろ」

 

あっかからんと自分の劣る面を言ってのけるレイに、少し驚いたセルマであったが次にはあからさまにホッとした様子を見せた。それにレイは苦笑して続きを促す。

 

「……実は私もそうなのです。これと言った取り柄もなく、それどころか苦手なものが多いくらいで……。だから私は当初、私程度の人間がコルドウェル様にお近づきになり、あまつさえお仕えさせてほしいなど烏滸がましいことを言っていいのか、と。……だからレイ殿にお聞きしたのです。どうすればあの方に認められ、あれほどお心をお見せしてくれるのか、と」

 

「…………ふむ」

 

訳を聞き終えたレイはようやく全てにおいて得心がいった。自分達のことを調べていたことも、自身を訪ねに来たのも、全てはシルヴィアに仕えたいという曇りのない忠誠心だったのだ。

 

……実のところ、レイはすでにいくつか答えを導き出していた。あとはどう伝えるかである。

 

さてどうしたものかと一人悩んでいると、不意にセルマの様子が目に入る。

 

これでもかと不安そうにこちらを見てくるセルマ。

 

それを見てしまったレイは、悩んでいる場合ではないなと苦笑してセルマの頭に手を乗せる。当然、いきなり頭を撫でられたセルマは大慌てだ。

 

「れ、レイ殿っ!?」

 

「安心しろ、お前の想いは伝わった。ちゃんと答えてやるし、少しだけ力も貸してやる。だからそんな顔すんな。な?」

 

「……っ、はいっ!」

 

元気に返事をしたセルマに微笑みを浮かべてレイはその手を離す。この際、レイはエステルとの約束通り丁寧に丁寧に彼女の頭を優しく撫でていた。

 

「んじゃ、まずはセルマの固定観念を壊すところからだな」

 

「固定観念、ですか?」

 

「ああ。よし、それじゃあ質問だ。セルマ、お前はここ数ヶ月俺達のことを調べたんだよな。だったら、シルヴィをその目で見てきた感想を言ってみてくれないか?」

 

「えっ? えっと……」

 

突然の質問に戸惑うセルマであったが、何か意味があるのだと素直に答えていく。

 

「やはりとても素晴らしい方だと思いました。コルドウェル様の美しさはもちろんのこと、当たり前のように纏うカリスマ性、血筋を問わず接してくれる寛大なお優しさにも胸を打たれました」

 

「ほうほう、それで?」

 

「は、はい。それから……」

 

レイに促されるままに次々とシルヴィアの美点を挙げていくセルマ。いつまでも尽きることのない賛辞に、シルヴィアのこと大好きすぎだろうとレイは苦笑して一旦話を止めた。

 

「うん、お前がシルヴィのことを心底慕っているのは理解した。……けど、俺が聞きたいのはそんなことじゃないんだよ」

 

「で、ではなんでしょうか?」

 

「セルマ、お前がここ数ヶ月で見たシルヴィは笑ってたか?」

 

その問いに、セルマは何を当たり前のことをと思いながらも素直に頷く。

 

「ん、じゃあ次の質問。シルヴィは怒ってたか?」

 

もちろん、とセルマは頷く。あれは確か、悪戯好きの双子が間違えたか何かして、アリスに悪戯が成功してしまった時だろうか。

 

「それじゃあ、叱られていたことは?」

 

頷く。つい先日ミネルバに叱られていたし、目の前にいるレイないしギルバートにもいつも小言を言われているはずだ。

 

「拗ねてたことは?」

 

頷く。

 

「嫌気がさしてたことは?」

 

頷く。

 

「困ってたことは?」

 

……頷く。

 

「慌ててたことは?」

 

…………頷く。

 

「惚けてたことは?」

 

………………頷いた。

 

……ようやく、セルマはレイが何を言いたいのか察することができた。

 

それが分かったのだろう。レイは尋ねるのをやめて自分が何を話したかったのか、その答え合わせをセルマと行う。

 

「もう分かったか? たしかにセルマから見たシルヴィもあいつの一面だ。だけどそれはあいつの天才という外面でしかない」

 

レイの言葉にセルマは逃げることはせず、まっすぐ彼を見つめ返す。

 

「シルヴィだって人間だ。人並みに失敗もするし、後悔もする。くだらないことで笑って、小さなことに怒りを覚えて。……そんな、俺達と同じ人なんだよ」

 

「っ!」

 

偶然にも、最後の言葉は過去のシルヴィアが言ったことと同じものだった。一瞬、レイとシルヴィアの姿が重なる。

 

「別にシルヴィを敬うのが悪いってわけじゃない。あいつは俺から見ても尊敬できる奴だ。……けどな、あいつにとってはそれは苦痛以外の何物でもなかったんだよ」

 

自分のしたいことが出来ず、あまねく全ての純血の見本となるようにと母親に生き方を強要されてきた。自身の美貌や才能しか目を向けることもせず、外面ばかりで中身を見ようともしない。

 

レイはいつか聞いたシルヴィアの心の内を今、彼女の支えとなろうとしているセルマに打ち明ける。

 

「そんな時、偶然目に付いたのが俺だった。俺はさ、人がいくらでも変わることを知ってる。その人の見た目に反して、意外な一面があることも知ってる。だからシルヴィは俺と友達になった。こんな見た目も才能も平凡な俺と、な」

 

違う。そんなことはない。

 

セルマは声には出さないが、そう強く否定する。この短い時間だけでも、レイの好ましいところをいくつも見つけている。その全てをシルヴィアが愛しているのだと、確証はないが今では思える。

 

「ギルも、アリスもそれは変わらない。天才という一面ではない、あいつの全部が好きだから、そしてそれをシルヴィも感じているから、俺達は今もこうして仲良くやってる」

 

シルヴィアが全てをさらけ出して安息を得られる場所。その場所の一員に居られることを、レイは心の底から誇りに思う。

 

だからこそ思う。シルヴィアを心から慕っているセルマにも、彼女の安息となってほしいと。自分とギルバートとアリス。自分達以外にも、シルヴィアが心から信頼できる人がいてくれたらこれほど嬉しいことはない。

 

それが余計なお世話かもしれないことなど分かっている。けれど、セルマならばきっとそうなってくれると、不思議とレイは思えたのだ。

 

だからセルマに力を貸す。あとは、彼女次第だ。

 

「俺達も最初からシルヴィのことを天才というフィルターを通して見てなかったって言えば嘘になる。シルヴィと仲良くなっていく中で、あいつが本当の自分ってやつを徐々に見せてくれるようなったから、そしてそれを俺達は受け入れたから、今の俺達があるんだ」

 

アリスなんて最初はシルヴィを天才としか見てなかったしな、と懐かしむように語るレイに、セルマはなんとなくその光景が浮かんで思わず笑みを浮かべる。

 

そして、レイはおもむろに椅子から立ち上がりセルマに面と向かう。それからすっと、右手を彼女に差し出した。

 

「だからセルマ、“ここから”だ。ここから始めよう。シルヴィがすげぇ奴だってのは嫌ってほど分かった筈だ。なら、これから少しずつあいつを知って行こう。天才じゃない。一人の女の子であるシルヴィってやつをさ」

 

「……はい、はいっ」

 

セルマは自身に伸ばされた手を、力強く握り返した。

 

………………

…………

……

……

…………

………………

 

「…………と、言うわけで。これから俺と一緒に特訓することになったセルマだ」

 

「よ、よよよよろしくお願いしますっ!!」

 

「「「…………はい?」」」

 

 

 

午後の陽光が射す呪文学の教室に、肌寒さを感じる冷たい風が吹き抜けた。




次回、隠された真実、さりとて真実にあらず。
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