先週は突然お休みしてしまい申し訳ありませんでした。
ホグワーツ一帯を純白に彩っていた雪も大地へと染み込み、セピア色のような物悲しい雰囲氣が辺りを漂う。
それを払拭するかのように時たま雪風が吹き荒ぶが、すぐに灰色の雨に塗りつぶされてセピア調の景色が浮かび上がってくる。
彩りのない冷たい風がホグワーツの中を駆け抜けていく中、ここに住まう生徒達は防寒具に身を包んで勉学に励むが、寒さで集中できていない者が多いのは吹き抜けの多いホグワーツでは仕方がないだろう。
しかし、中には寒さに屈することもなく平常運転で羽根ペンを握る者も当然いる。そのうちの1人である我らが主人公、レイは一年前にエステルより贈られたヒッポグリフの羽根ペンを手に、図書室で自主勉強に勤しんでいた。
腰掛ける椅子の背もたれにはコートとアリスの手編みのマフラーが掛けられており、コートのポケットからは今年クリスマスプレゼントとしてアリスから贈られた手編みの手袋がはみ出している。
手元をほんのりと照らすスポットライトの真ん中で、羊皮紙の舞台を羽根ペンが舞う。
側には数冊に掛けて積み重ねられた参考書が舞台の背景と化しており、時々羊皮紙の上に現れ出でてはすぐに背景に戻される。
舞台の題目は秀才より申しつけられた宿題だ。幕間では、もはや師弟の関係となりかけているセルマの特訓計画か練られている。
珍しく連れの一人も見受けられず、レイは一人、図書室にて勉学という名の演目を演じていたのだった。
では、レイが着々と演目を進めている間に、気になる彼の連れの動向へと話題を移そう。
シルヴィアは第2回姉妹交流会に参加中だ。多くの自称妹に囲まれる中、彼女の背後には従者のようにセルマが待機しているのだが、それがまた妹達の話題のタネとなっている。
ギルバートは双子とともに悪戯の開発に精を出している。最近は仮病を引き起こすグッズに凝っているらしく、実験台にされたネビルの報復にレイが出陣したのは記憶に新しい。
アリスはマダム・ポンフリーの下で癒者の手ほどきを受けている。ある程度知識を身につけたアリスが自分でマダムに頭を下げに行ったのだ。マダムは快くアリスを受け入れ、今はマダムが施す治療過程を羊皮紙と羽根ペンを手に必死でメモを取っているところだ。
「んーっ、終わった終わったっと。予定より早かったな」
各々充実な休日を過ごしている中、そのうちの一人であるレイは題目を演じ終えた解放感にぐぐっと背伸びをした。
凝り固まった節々を解きほぐし、背もたれに体重を預けて天井を見上げる。しかしその目には天井は映っておらず、これからどうしようかと頭を悩ます。予定よりも早く秀才の宿題を終えたためにやることがないのだ。
本当の宿題はそもそも終わっており、セルマの特訓計画も立て終えた。夕ご飯には早く、剣を振ろうにも外は生憎の天気であり、杖を振ろうにも本日は呪文学の教室は使えない。
それからしばらく、レイはウンウンとあーでもないこうでもうないと頭を揺らす。……そしてたどり着いた結論が自室での筋トレだった。
そうと決まれば話は早い。趣味の一つもない自分に苦笑しながら杖を振り、勉学の舞台を片付けていく。最後に浮遊呪文を使って背景と化していた本たちを元の場所へと返しに立ち上がった。
少し歩いては本を戻し、また少し歩いては本を戻していく。
そうして最後の本を片付け終えたレイはさて、と一息ついて荷物と防寒具が置いてある場所まで戻ろうと回れ右をして……。
「クソッ、これじゃない!」
吐き捨てるような声とともに、本棚の陰から飛び出してきた分厚い本に足を止めた。
どうやら先ほどの声の主がその本を投げ捨てたようだ。仮にも学校の本を雑に扱うなと眉をひそめたレイはその本を拾い上げる。表紙には『くたびれた人のための変身術』と書かれており、声の主が変身術の本を求めていることが察せられた。
本が傷んでいないことを確認したレイは脇に抱えて本棚の向こうを覗き込む。するとそこには、グリフィンドール生にとっては視界にも入れたくないとまで言われている金髪の少年の姿があった。
少年は忌々しそうに手にも持った本のページをめくっている。破れるのではないかと思うほどに雑にめくっていた彼は次には思い切り顔をしかめた。
「違う、これでもないっ」
どうやらその本にも目的の項目がなかったようだ。金髪の少年は音を立てて本を閉じると本を足元に投げ捨てる。彼の足元にはすでに役に立たなかったのであろう数冊の本が打ち捨てられている。
それからも金髪の少年は本棚から本を手にとっては投げ捨て、手にとっては投げ捨てていく。この惨状を司書であるマダム・ピンスが目の当たりにすれば、今後一切少年の入室許可が得られることはないだろう。
少しの間その様子を目の当たりにしていたレイであったが、そろそろ止めるかと気配を消して金髪の少年の背後へと近づいていく。
……そして、脇に抱えていた分厚い本の背表紙を少年の脳天に叩きつけた。
「っだぁっ!?」
突如頭に走る尋常ではない痛みと衝撃に、金髪の少年はまた手元の本を足元に落としてしまう。違うのは意図したものではなかったというぐらいか。
あまりの痛みに頭のてっぺんを両手で抑えてうずくまる金髪の少年。呻き声を上げながら痛みを堪える少年に、嘆息したレイが声をかけた。
「ったく、こんなに本を散らかして。向こう4年間ここを出禁にされるぞ、マルフォイ」
「ぐぅっ……お、オルブライト。よくも……っ!」
目尻に涙を溜めてレイを見上げる金髪の少年……ドラコ・マルフォイはキッと睨み返す。しかしそんなマルフォイにレイは右手の分厚い本を再び構えた。
「なんだ? 文句があるならもう一度本達の怒りを代弁して怒りの鉄槌を……」
「っ!? わ、わかったっ、僕が悪かったからその本を下ろせ!」
「素直でよろしい。あと、ここでは静かにな。騒ぎを聞きつけたマダム・ピンスが今この惨状を見たら結局出禁だぞ?」
スッと本を下ろしたレイは、杖を振って自分達の周囲に転がるいくつもの本を宙へと浮かべて次々に本棚へと戻していく。
最後の一冊が本棚に収まったあたりで、ある程度痛みも治まってきたのだろう。マルフォイが頭をさすりながら立ち上がってきた。
「それでお前はなにを探してたんだ? 見たところ変身術なのは間違いないだろうけど……」
「ふんっ、君に教える筋合いはない。さっさと僕の視界から消えてくれ」
そう言い捨てたマルフォイはレイに背を向け、再び本棚あさりに精を出す。普段の彼ならば自分に危害を加えた相手に対して、もっと怒りを露わにしてもおかしくないはずなのだが、相手がレイとなれば話が違ってくる。
魔法や喧嘩の腕はもちろんのこと、達観した性格からくる悪意を意に介さない性格。相手にしてはこちら側が圧倒的に損をしてしまう男。それがレイだ。
そしてマルフォイに関して言えば、去年の湖での一件がかなり尾を引いていた。
それもあり、ドラコ・マルフォイはレイが嫌いであるのもそうなのだが、どちらかといえば苦手意識の方が優っていたのだ。
触らぬ神に何とやら、とは違うのだろうが、マルフォイはレイを意識の外へと除外する。しかしそんな彼の心境など御構い無しに、レイはその背に話しかけた。
「そうつれないこと言うなって。自慢じゃないが俺はここの常連だ。しかも本に関しては知らない物はないとさえ思える秀才と友達でもある。どうだ? 闇雲に探して高貴なお前の貴重な時間を無駄にするより、お節介で下賎な小間使いを顎で使った方が色々と得だろ?」
あ、お前がなにを探してたかは誰にも言わないし、と弱みを見せられないマルフォイの事情も組んでレイはそう提案した。
レイは湖での一件以降、マルフォイに好意的になっていた。彼の真意はともかく、あの時レイが嬉しかったのは本心なのだ。そしていつか聞いた愛情の渇望。自身の過去と重ねた同情。
マルフォイはもう、レイにとってどうでもいい他人ではなかった。
しかしマルフォイはその提案を馬鹿馬鹿しいと無視して本棚あさりを続けた。誰にも言わない? 誰がそんなものを信じるというのか。
少しすれば何処へと失せるだろうと思ってのものだったのだが、後ろに立つレイは一向に立ち去る気配を見せない。
何とも居心地の悪い空気が周囲に漂う。
本を二、三冊確認したあたりで、とうとう耐えきれなくなったマルフォイは探していた手を止めて横目で背後を見やる。そこには未だにレイが立っており、マルフォイがこちらを見ていることに気がつくとニカッと笑い従者のように大仰にお辞儀をした。
言葉通りの小間使いっぽさを強調したそのポーズにマルフォイはいらだたしげに眉をひそめ、また顔を本棚へと戻す。
……しかし彼は本棚あさりを再開しなかった。
「……僕を手伝って、君に何の得がある? 何が狙いだ」
そうマルフォイはレイに尋ねた。それは彼にとって当然の疑問だった。
マルフォイは自分がどれほどグリフィンドール生から嫌われているかを知っている。また、自分がどれほどグリフィンドール生を嫌っているかも、向こうは知っている。
だが、背後に立つ少年はそんなこと知ったことではないと常識の壁をぶち壊してくる。
巨体を持つ魔法生物から身を呈して庇ってきた。夕日の浮かぶ湖畔では心から嬉しそうに笑顔を向けてきた。日常では時々目が合うと笑いかけてきた。そして今回のお節介。
マルフォイからしてみれば、訳がわからなかった。そう問いただすのも無理はないだろう。
しかし、そんなマルフォイの疑心暗鬼など気にすることもなくレイは苦笑した。
「別に何も企んでなんてないさ。ただちょうど暇になったところで知り合いが本を投げ捨てるぐらい焦りながら探し物をしてるとこに出くわしたんだ。気になるのも仕方ないだろ? そんで、その気になったモヤモヤを解消するのが俺の得ってところかな」
肩をすくめて答えたレイに、背を向けているマルフォイは何も言わなかった。
だがその心境はさまざまな想いが嵐のように交錯しており、平静を保つのに難儀していた。
疑心はもちろん、不安、恐怖、立腹、嫌悪、葛藤、苛々。……そして諦念。
しばらくの間自身の内を鎮めるのに難儀したマルフォイは、なんとか平穏を取り戻した。消化されきれなかった負の感情を吐き出すかのように、ほぅっと短く口から息が漏れ出した。
マルフォイはくるりとレイに向き直る。そこには老人もかくやと言った皺の寄った顰めっ面が浮かんでいた。
「自分から売り込んできたんだ。分からなかったでは承知しないぞ」
「了解。頑張らせてもらいますよ、お坊ちゃん」
仮初めの小間使いの戯けたその言いように、同じ仮初めの主人は鬱陶しそうに舌を鳴らした。
………………
…………
……
……
…………
………………
小間使いへの疑心が抜けぬままに自身が求める物を口にしたお坊ちゃんであったが、そんな彼らは今……。
「…………おい」
「ん? ああ、それな。教科書の書き方じゃ分かりづらいよなぁ。俺も前にギルにさぁ」
「御託はいい。さっさと教えろ」
「あいあい。それに関してはほれ、その本の確か……」
誰の目にもつかない図書室の陰で、隣り合って勉学に励んでいた。……レイが、マルフォイに教えるという形で。
この格式高いホグワーツ魔法学校に所属するすべての者が目を疑う光景が人知れず展開されていたのだ。
ではなぜ、二人が現在このようなことになっているのか。答えは単純、レイのお節介にマルフォイが押し切られて流されたのだ。
少し時は遡る。
マルフォイが嫌々、渋々と白状した自身の求めるものとは、三年で習う変身術の範囲だった。
全ての教科の中でも最も難しいとされる変身術。それに輪をかけて年々その難しさが他の科目より抜きん出て増していっている。それもあって現時点で五年生のOWL試験を諦めている者も少なくない。
それは新年早々に出された宿題の提出率が七割を切っていることや、その中でも内容をきちんと理解している物の割合が半分以下であることからもわかるだろう。
マルフォイは、提出したはいいものの内容を把握できていない者の一人であった。
クリスマス休暇の時に実家に帰省した際に、年々成績の順位が下がっていることに父親から苦言を呈されてたこともあってマルフォイは焦っていた。
このままではまずいと焦燥感に苛まれたマルフォイはどうにかしようと思い悩み、その結果至った答えが図書室での本棚あさりだった、というわけだ。
自分の弱味を、憎しみさえ抱いているグリフィンドールの、しかもハリーほどではないが何かと因縁のあるレイに打ち明けることに激しくプライドが逆撫でされたことは事実だ。
しかし、どうしてであろうか。
にもかかわらず、いざ打ち明けた後はといえば、嵐のようであった心境は不思議と落ち着きを取り戻していたのだ。
これにはマルフォイも驚きを隠せなかった。しかし思い悩む彼をよそに、マルフォイの告白を受けたレイは、それはもう共感していた。なにせ変身術に関して言えば、アリス共々ギルに叱られた(しばかれた)回数は今年度がダントツでトップであったのだ。
馬鹿にしたのではなく、心底から同感といったばかりに頷いてるレイにマルフォイは最早何も言わなかった。考えるのをやめた、といってもいいかも知れない。
ひとしきり頷いたレイは心当たりのある本を数冊マルフォイの前に持ってきた。それは秀才のお墨付きを得た教本であり、今年度何度も何度もお世話になったものだった。
それを半ば奪い取るように脇に抱えたマルフォイは、礼を言うこともせずにレイに背を向けてさっさとこの場を去ろうとした。しかしそこにレイが声をかけたのだ。
よかったら一緒に勉強しないか、と。
これには流石に強い拒否感を示したマルフォイは馬鹿なことを言うなと悪態をついたのだが、そこは我らがレイ・オルブライト。柳に風を素で行く彼は、全く堪えることなく強くマルフォイの肩を掴んだ。
激しく抵抗するマルフォイをよそに、いいからいいからと自分の席に移動し、さらに人目のつかない図書室の陰へと場所を移した二人。
まあつまりは、レイに無理やり押し切られたのが今の現状だった。
それからかれこれ一時間と少し。物理的にも間接的にも勝ち目がないことをいやでも理解したマルフォイでは抵抗をやめ、もう心底不本意ながらもレイと勉強を始めたのだが、なんだかんだと言いながらも二人は順調に変身術への理解が進んでいた。
そんな時であった。
キリがいいところまで来たのだろう。羊皮紙に羽ペンを躍らせていた手を止めて、復習をしているレイにマルフォイは尋ねてきた。
「……オルブライト」
「あん?」
呼ばれたので返事を返したレイであったが、それからマルフォイからの返事が返ってこない。不思議に思ったレイが本から顔を上げると、そこには今まで見たことないほど真剣な面持ちでこちらを見つめてくるマルフォイの姿があった。
それに何かを察したレイは本を閉じ、佇まいを直してマルフォイと正面から向き合う。
しばしの静寂。しかしその時間はそれほど長くはなかった。
「君は、何がしたいんだ」
マルフォイは飾ることもなく真っ直ぐにレイの本心を暴きにきた。
そんな彼に何を言うでもなく、黙っているレイにマルフォイは続ける。
「君の頭がおかしいのは今更だ。なにせ最も狂っているあのコルドウェルのお気に入りなんだからな。本探しを請け負ったことについては気まぐれであると納得もしよう」
友に対する不快な物言いに眉ひとつ動かすことなくレイは耳を傾ける。
「だけど、これは気まぐれなんかでは説明がつかない」
この約一時間の成果をマルフォイは横目でみやる。レイの教え方はとてもわかりやすく、この一時間の間で新学期が始まったからか約一ヶ月分の変身術の内容をしっかりと己の糧にすることができたのだ。
だが、端的に言って。そこまで労力を注いでもらうほど、二人の仲は確実によろしくはない。
「僕と君はなんだ? 赤の他人、それも互いが互いを忌み嫌う敵同士だ。少なくとも、僕は君のことが嫌いで仕方がない」
眉間に皺を寄せて睨みつけてくるマルフォイに、しかしそれでもレイは顔色を全く変えない。
ただ、真剣にマルフォイと相対している。
「思えば、あの木偶の坊の授業の時からだ。君の意味不明な行動と言動にはもううんざりなんだよ」
ヒッポグリフのバックビークから身を呈して庇い、釘を刺しに行けば見当違いの思い込みで自分を惑わす。挙げ句の果てには押し付けてきたお節介。
今回に関しては流された自分も自分だが、もはやこれまで。ある種の決着をつけないともうダメだだろう。
「答えろオルブライト。君がポッターやウィーズリーが考えるようなくだらない思惑で僕にすり寄ってきていないのは承知だ。……甚だ不本意だが、君の性質はある程度わかっているつもりだ」
それはある意味レイに対する信頼でもあった。赤の他人には良くも悪くも興味が薄い。悪巧みや悪戯などで自分を貶めるほど目の前の少年は愚かではない。
……マルフォイは気づいているのだろうか。
それは間違いなく、嫌いと口にするレイに対する称賛であることに。
「今度はあの頭の狂ったお仲間達と何を企んでいる。さあ、答えろオルブライト!」
先ほどまで静かだったのに、一転して敵意をあらわにするマルフォイ。シルヴィア達の関与を結論付けた彼に対してしかし、レイは変わらず表情を変えることはなかった。
曇りなくまっすぐ見つめてくるレイ。そのどこか異様な雰囲気を醸し出す佇まいに怯みかけるマルフォイであったが、挫けることなくレイを睨み返した。
真意を問う攻防が、二人の間で交差する。
そんな時、たまたま近くを通っていたマダム・ピンスが小さな騒ぎを聞きつけて目を三白眼にしながら通路からレイ達を覗き込んできたが、それ以降騒ぎが続かないことにとりあえず納得して仕事に戻っていた。
この図書室の主が去っていったあたりだった。レイは真剣な面持ちを一変させてマルフォイにニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「さてなぁ、なんででしょう?」
「っ! 馬鹿にするのも大概にしろよ!」
戯けてとぼけるレイにマルフォイは椅子から立ち上がり声を荒げる。それ聞きつけてマダム・ピンスが戻って来ているのだが、それを知るよしもないレイは分厚い本をおもむろに掲げた。
「図書室ではお静かに、いいな?」
先程の痛みが脳天を疼かせたのか、マルフォイは先の威勢も何処へやら。天罰招来に備えて頭を咄嗟に庇いながらそれでも威勢を張る。
「ぼ、ぼぼぼ僕は屈しないぞっ」
虚勢も甚だしかった。
「い・い・な?」
「ぐっ……」
再三の忠告(脅し)に、悔しさをこれでもかと顔に宿しながらマルフォイはおとなしく黙り椅子に座った。この3年間で暴力でも、魔法でもなんでもレイには勝てないことが身体の芯まで染み付いているようだった。
ハリーに対しては何が何でも喰らい付いていくのだが、やはり本物、というものは無意識にでも分かるものなのだろうか?
本棚の陰から目を光らせているマダム・ピンスに気がつくこともなく、忌々しげに睨みつけてくるマルフォイと苦笑をこぼすレイ。
レイはそっと机の片付けを始めた。杖を数度振り、本棚に本を返して自分とマルフォイの荷物を一纏めにする。
十数秒ほどで全てを終えたレイは立ち上がり、未だに怯えと苛立ちが綯交ぜとなった視線を向けてくるマルフォイに悪戯っぽく笑いかけた。
「さて、冗談はさておき。じゃあマルフォイ、交換条件だ」
「交換条件、だと?」
あからさまに警戒しながら訝しむマルフォイにレイは頷く。
「これから毎週、休日のお昼からここに来てくれ。一緒に変身術の勉強をしようぜ」
「は、はぁっ!?」
いきなり何を言い出すのか。マルフォイはレイの十八番とも言える突拍子のない発言に振り回される。
「期間はマルフォイが今学期の変身術をしっかりとマスターするまで。そんで学期末のテストで優を取れたら俺が何を考えてるか教えてやるよ」
いつかの湖畔の時のようにレイに振り回された挙句にハンマー投げの要領で放り出されそうになったマルフォイであったが、そこはぐっと堪えてなんとか食らいつく。
「ふ、ふんっ。馬鹿馬鹿しい、なんでこの僕がそんなことに付き合わなければならないんだ。そうだ、君ごときの思惑なんか気にする必要もない。では、失礼するよ。これ以上僕に気安くするのならばこちらも考えがあるからな」
マルフォイはそう言い捨てた後に荷物と防寒具を抱えてレイの横を通り過ぎようとする。しかしそのとき、とある双子が乗り移ったかのような笑みを浮かべたレイの小さな声がマルフォイの鼓膜を揺らした。
「そうか、来ないのかぁ。これは仕方ない……純血の高貴なお方が男子トイレで泣き喚いていたことをバラしちゃおうかなぁ」
「なあっ!?」
それは、とてもではないが聴き流せるものではなかった。マルフォイは去ろうとしていた足を止めて思い切り振り返る。するとそこに映っていたのは、悪戯っ子のように口角を吊り上げた憎たらしい笑顔であった。
「グリフィンドールの一年生をいじめようとしてフレッジョに返り討ちにあったんだってぇ? このままだと父上や母上に顔向けできないんだっけぇぇぇ?」
「なななななぁっ!!?」
もう思い当たる節しかないマルフォイの動揺は凄まじかった。凄まじすぎてレイのおちょくりに怒りも忘れてしまったほどだ。そんな彼にレイの追い打ちがかかる。
「俺の小さな良心が諭してくるから今まで黙っていたけど……これ、シルヴィや双子に言っちゃおうかなあ? 純血の皆様の前で迫真の演技かましちゃおうかなあ?」
レイはらしくない非常にいやらしい笑みを浮かべながらマルフォイを追い詰める。
まさかの展開。しかしレイに勝ち目などないマルフォイには、もはや目の前の悪童の提案を飲むしか純血の誇りを保つ方法はなかった。
「わーっ! 分かった、分かったから! それ以上口にするなぁっ!」
「貴方達、静かになさいっ!」
限界値に達したのだろう。注意深く陰から目を光らせていたこの図書室の主、マダム・ピンスのお叱りを受けてしまったレイとマルフォイはしばらく二人揃ってお叱りを受けたのだった。
こうして、今まで決して交わることなかった二人の歪な関係がスタートした。
最近、シルヴィア達の出番がなくて寂しい。
次回、悪戯仕掛け人。