ジェシカ・エリスは物心がついた頃から敗者であった。
魔法界とマグル界をつなぐ大商会の会長の一人娘として生を受け、商会の娘として相応しい教養と母親であるロザリンドから目一杯の愛情を注がれ、周囲からの期待と羨望を一身に浴びる。
そして立派に成長した暁には、大商会の跡目として盛大に門出を祝われるはずであった。
彼女は、生まれながらにして勝者であった。……その、はずであった。
しかし、そうはならなかった。
とある少年の台頭が、彼女の全てを奪い去って行ったのだ。
その少年の名前は、ギルバート・エリス。
正妻の子供として生を得たジェシカとは違う、当主のお手つきで生を受けた穢らわしい生まれの子。生まれながらにして敗者であったはずの不遇の子。
当主であるジェシカの父親以外からは全く認知されていなかったギルバート。そんな彼がまともな教養を受けられるはずもなく、ジェシカの母親やその一族から迫害されていた。
しかし彼は、大人しくその立場に甘んじるほど脆弱な精神の持ち主ではなかった。
己が無力を恨み、文字通り血反吐を吐きながら独学で知識を身につけて勝者への階段を自ら建築し始めたのだ。
だが、ロザリンドやその一族のマクフォール家がそれを許すはずはなかった。
ギルバートが表に出ようとするたびに、成果を見せようとするたびに古参の幹部という立場を利用してその功績を掠め取り、彼を一層迫害した。思えば、物心つき始めた頃のジェシカが一番最初に目の当たりにしたのは醜く顔を歪める母親の顔だったように思う。
しかし、彼女達の思惑は完全に裏目にでることになる。
ギルバートは挫けるどころか、敗北するたびにより貪欲に知識を求めたのだ。力が足りないのならば知識を積み、まだ足りないのならば知識を積み、自分と敵対する者達に堂々と立ち向かっていったのだ。
そして、とうとう攻勢は一転する。
隠しきれなくなったギルバートの功績は周知の目に留まり、注目を浴び始めたのだ。またこの頃になると、ギルバートは自分のことを顧みる余裕ができてきたためにマクフォール家の迫害を跳ね除けだしたのだ。
頑強に設計された勝者への階段は微動だにせず、上へと駆け上がるギルバートを支えた。
こうしてギルバートは溜めに溜め込んだ知識で商会の利益を生み出し、独力で礼儀作法を身につけて、どこに出しても恥ずかしくない立派な大商会の一子息へと成長して行った。
そんなギルバートの急成長にだんだんと手がつけられなくなっていったロザリンドやマクフォール家は焦りを感じ始めていたのだが、そこで決定的な出来事が起こる。
なんと長年敵対していたレドモンド商会が、才女と名高い一人娘をギルバートの婿にと申し出てきたのだ。
これにより、ギルバートは多くの者達にその存在を知らしめることとなった。
二大商会の同盟締結という話題性が起爆剤となり、突然現れた稀代の秀才の登場は大きな話題を呼んだ。
それからというもの、表舞台に立ったギルバートを誰もが絶賛した。
膨大な知識とそれを扱うに足る頭脳。父親譲りの見目のいい様相に、妾の子とは思えないような丁寧な礼儀作法。トドメには才色兼備と名高い令嬢との婚約という輝かしい将来だ。
わずか数年で富も、名声もその手に収めたギルバートは、もはやロザリンドやマクフォール家がどうこう出来るような矮小な存在ではなくなってしまったのだ。
では、忌々しい存在を排除することもできず、指をくわえることしか出来なくなった者達の鬱憤は誰に向かうか。
それらは全て、ジェシカへと向けられたのだ。
勉強の時間は前よりも遥かに増え、少しでも間違えれば厳しく叱られた。
少し前まで優しくしてくれていた母親や親戚から、もはや罵倒とも言える叱責を浴びせられ毎日。かといってどれだけ頑張ろうとも出来のいい兄と比べられて、褒められることは一切ない。
パーティなどで人前に出れば、同情と憐憫、果ては嘲笑までされる始末。
ジェシカはこれまで、腹違いの兄に対して特に何も思ってはいなかった。しかし心の成長に多大な影響を及ぼすこの年頃に、いきなりこのような仕打ちが襲いかかってきたのだ。
……彼女がギルバートを恨み、憎しみさえ抱くに至るまでには、そう時間がかからなかった。
しかしそれさえもギルバートにとっては些事でしかなかった。
それもそうだろう。強大な竜へと姿を変えた彼からすれば、元々ぬるま湯に浸っていた子猫の悪意なんぞ屁でもないのだから。
こうして兄に対して恨み辛みを重ねていく日々を過ごしていたジェシカであったが、ここで思いもよらぬ出来事が訪れる。
なんと次期エリス商会会長にジェシカが選ばれたのだ。
父であり現商会会長のウォーレンより襲名されたまさかの逆転劇に、ロザリンドやマクフォール家は諸手を挙げて喜んだものだ。
しかし、ジェシカの表情が晴れることはなく、胸の内は曇天に包まれていた。
自分よりもはるかに優秀な兄が選ばれない。理由など、少し考えれば分かることだ。
当主の座を、譲られたのだと。
出来のいい兄にとって、大商会の当主というものは魅力的なものではなく、どうでもいいものなのだ。
自分が必死になってつかみ取ろうとしていたものが、ゴミのように扱われる。その事実は、これ以上ないほどにジェシカの心を打ちのめした。
まさかの次期会長襲名に周囲が沸く中、感情が荒れ狂い気持ちの整理がつけられぬままにジェシカは兄と同様にホグワーツ魔法学校へと入学することとなった。
あまり良くない精神状態であったこともあり、意味がないとわかっていたはずなのに入学当初はギルバートを貶めるような発言をしたこともあったが、予想通り周囲も本人もあまり気にした様子はなかった。
またそのようなことを言ったものだから、ジェシカと交流を深めようという者も現れない。ジェシカは一人、惨めな思いでより深く心を荒ませていた。
こうして始まった学校生活であったが、それからもジェシカは一人ぼっちであった。
優秀すぎる兄と比べられるために誤解されがちだが、ジェシカは十分に優秀だ。少なくとも、同じ学年の子供達の中では1、2を争うレベルだろう。
それ故に、それを自負してるからこそ、態度に表れる。
勉学を疎かにする者を、提示された問題を誤った者を、さらには……ただ知らなかったというだけという者さえも。ジェシカは小馬鹿にし、嘲笑ったのだ。
学ぶことを尊ぶレイブンクローであっても、彼女のその態度は許容できるものではなかった。それを見ている人が人なら、一年生の頃のハーマイオニーを焼き増しして見ているようだ、と言うだろう。
そんなジェシカに友達など出来るはずもなく、また彼女自身も程度の低い者達と友達になろうとも思うはずもなく。こうして彼女の学校生活は一人ぼっちという形で幕を開けた。
それから一月、表面上はなんでもないように日常を過ごす彼女に追い打ちをかけるように、度々その光景は視界に飛び込んできた。
あの義兄が、友人達に囲まれて楽しげに日々を謳歌している。
平凡な少年と何事かを言い合い、世にも美しい少女と何事かを語らい、気弱そうな少女に何事かを叱りつける。
どこにいても四人並んで歩く義兄とその一行は、ジェシカの通うホグワーツでは知らない人はいない有名な存在となっていた。
その光景が視界に入るたび、ジェシカはどうしてか眩しくて直視することができなかった。すぐに視線を逸らし、足早にその光景から背を向ける。
そして一人となった彼女の心に飛来する感情は……どうしようもない惨めさであった。
しかしジェシカはその感情を認めることを許さず、心の奥底に無理やりしまいこんで誤魔化すようにがむしゃらに勉学へと打ち込んだ。
こうして徐々に心の余裕を失っていったジェシカは、さらに他者へとキツくあたることになり悪循環が形成されてしまっていた。
もはや何が辛くて、何が苦しいのか分からなくなっていくジェシカ。
まともな精神状態ではない今のジェシカでは答えが出るはずもなく、彼女はこのまま一人ぼっちで心を病ませていき、近い未来取り返しのつかないところまで堕ちていったであろう。
……ジェシカの前に、あの少女が現れなければ。
『僕、フィリシアって言うの。今日はよろしくねぇ』
………………
…………
……
……
…………
………………
もう直ぐ暖かな春の季節がやってくる時期に差し掛かったのだが、冬の寒さが駄々をこねる子供のように春の到来を遅らせている。
身体中を何本もの針が突き刺さるような寒さが朝のホグワーツを襲っているのだが、それでもこの城に住む者達は我慢して起きなければならない。しかし、この時期は暖かな布団からなかなか抜け出せずに遅刻してしまう生徒が増えるのも事実であった。
ジェシカはその欲求に当然のように抗える者の一人であった。まだ大広間にいる人がまばらな早い時間に彼女は本を胸に抱きかかえてやってきた。身嗜みも完璧にこなしてやってきたジェシカはレイブンクローの長机の端に腰を下ろし、抱えていた本を広げて目を落とす。
しかし目を落としてから数分後、文字を追う視界の端に異物が入り込んで来た。ジェシカがちらりと横目で見やると、そこにはグリフィンドール寮の卓の端を何食わぬ顔で独占する一人の少年。彼女の義兄、ギルバートだ。
ギルバートはジェシカと同じように本を開き、手早くページをめくっていく。憎しみさえ抱いている存在と同じような行動を取っていることに、彼女は毎度のことながら心から嫌気がさしていた。
だからといって勉学を怠るわけにもいかず、ジェシカは苛立ちをなんとか押さえ込んで手元の本へと意識を集中させていく。
先程毎度のことと話した通り、このような朝に似つかわしくない光景はこの数ヶ月の間、毎朝形成されていた。
そんなジェシカの陰鬱とした蟠りはしかし、誰の目にも留まることない。結局いつも最後には朝食を楽しみにしながら大広間へとやってくる生徒達の騒めきに溶けて消えていく。
その生徒達、特にレイブンクローの生徒達はといえば、長机の端っこで本を読み耽るジェシカを歯牙にもかけず、仲の良い者同士で席が埋まっていく。
こうもあからさまに仲間外れにされているジェシカであったが、彼女自身は全く意に介することもなく、本を読み進めていく。
しかし仲間外れにされているはずのジェシカへと、不意に透き通るような声がかけられる。
「おはようジェシー、今日も君は早いな」
気安げな朝の挨拶にジェシカは顔を上げる。するとそこには中性的な面持ちを見せる黒髪の美少女がいた。
同い年であるはずなのに、どこか凛々しさが垣間見える少女はジェシカの了承もなく、慣れたように彼女の目の前に腰を下ろす。しかしこの少女が着ている制服のカラーは緑である。つまりはスリザリン生であり、本来ならばレイブンクロー卓に容易く座るものではない。……まあ、すでに有名な前例というものがあるが。
微笑みを浮かべて目の前に座る少女……セルマに対し、ジェシカはため息を一つ口を開いた。
「……貴女も可哀想な人ですね。同じ寮に友達が居ないからと大して仲良くもない私のところに逃げてくるなんて」
「可哀想なのはお互い様だよ。私も君も、フィーしか友達が居ないのだからね」
「だ、誰があんなおバカの友達ですかっ」
とある少女の名前を出した途端に慌てふためいて必死に否定するジェシカ。先程までの冷ややかさから打って変わったその慌てようにセルマはクスクスと笑った。
ジェシカの言うようにセルマは純血ではあるが、スリザリン内に友達が居ない。だが、別に話し相手が居ないということもない。同じ境遇の子やハーフ、マグルの子とは普通に話もする。血を尊ぶ者? 端から論外である。
ではなぜこれといった友達が居ないのか。答えは簡単、友達作りの期間である入学から最初の数ヶ月の間、ずっとシルヴィアとその仲間たちの動向を追っていたからだ。
その後も自分が尊敬する人に相応しくなるためにずっと努力していたこともあって、セルマは友達作りの機会を完全に逃してしまっていた。
しかし、別段セルマはそれでも困ることはなかった。彼女の一番に優先すべきものはシルヴィアであり、シルヴィアの近くにいることさえできれば、セルマはそれだけで幸せだったのだ。
そんな時であった。レイとの特訓の帰り道に、一人困ったように佇んでいたフィリシアと出くわしたのだ。
セルマもフィリシアのことは知っていた。いつもぼんやりとしており、笑顔が絶えない人好きのする明るい少女。そんな彼女が珍しく眉をひそめてキョロキョロしているところを目の当たりにしたセルマは、持ち前の正義心も相まって彼女に声をかけた。
話を聞くと、どうやらグリフィンドール寮への帰り道に迷ったようだった。セルマはこの後の用事もなかったので、フィリシアをグリフィンドール寮まで連れて行ってあげることにした。このセルマの厚意にはフィリシアもいつもの笑顔を浮かべで感謝した。
その帰り道に二人は自己紹介をしたのだが、フィリシアはなぜかセルマのことを知っていた。驚く彼女にフィリシアはほんわかと、レイからセルマの話を何度か聞いており、前々から興味を持っていた、と話した。
セルマも話していくうちに、天真爛漫なフィリシアに好感を持ち、この出会いをきっかけに二人は交友を深めることとなったのだ。
その過程でフィリシアよりジェシカを紹介されて、セルマはフィリシア繋がりでジェシカと交友を持つようになったという流れだ。
フィリシアに対して素直ではないジェシカの態度に笑みをこぼしたセルマは、そういえばととある少年のことを話題に出した。
「いや、最近では彼も友達に入るのかな?」
「……それこそ、誰が友達ですか。あんな狂犬」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くジェシカに、セルマはフィリシアとは真逆の分かりやすいその態度に苦笑する。
これまたフィリシア繋がりで最近交流を持つようになった『狂犬』君であるが、セルマの感想は少し違っていた。
「クス、たしかに少し前の彼はその呼び名に相応しい態度であったけどね。よほどレイ殿の“躾け”が効いたのか、最近ではめっきり大人しくなったじゃないか。今の彼ならば私は友になってもいいと思っているよ」
躾と聞いて、ジェシカは去年のことを思い出す。
レイという、孤独の秀才と呼ばれたあの義兄が唯一認めた少年と相対した時だ。ジェシカの最初の印象はごく平凡な少年という普通の感想だった。
だから不思議だった。なぜこのような何の取り柄もないような者とあの義兄が交流を持っているのか。……まあその答えはすぐに向こうからやってきたのだが。
平凡な少年が精悍な戦士へとジョブチェンジしたところまで思い返したジェシカは短く息を吐いた。
「好きにすればいいわ、私はご免です。……ほら、あなたのご主人様がやって来ましたよ」
「むっ、本当だ。こうしてはいられない、シルヴィア様達にご挨拶に伺わねば」
そう言ってセルマは即座に立ち上がり、自身が主人と仰ぐ……仰ぎたい人とその友人達の元へと早足で歩き去っていった。ちなみにだが、ギルバートにはすでに挨拶を済ませているのだが、まあご愛嬌である。
ようやく静かになったとジェシカは再び手元の本へと目を落とす。しかし神は彼女に知識を詰め込む時間を与えてはくださらなかった。
「えへへぇ、ジェシーおはよう〜」
眠たげでほんわかとした声とともに、突如としてジェシカの後頭部が柔らかくも温かいものに包まれた。もはやその正体が誰かなどと問うまでもない。
ジェシカはこめかみをヒクつかせながら目の前でどかり座り込んだ少年に向けて低めの声を発した。
「……そこの狂犬、このおバカをさっさと引き剝がしなさい」
「誰が狂犬だ根暗女。人に頼む前にご自慢の脳みそでどうにかしろや」
「んぅ〜、ジェシーあったかい」
おバカことフィリシアがジェシカの温もりを堪能する中、狂犬ことグレンはそう吐き捨ててため息をついた。その様子はどこか疲れたように見える。
「こちとら朝からてめぇのいうおバカの面倒で疲れてんだ。……たく、こういうのは姉貴の役目だろうが。なんで俺がフィーをここまで連れてかなきゃいけねぇんだよ」
「はん、妹に友人関係で面倒を見てもらっているのですから、情けない貴方には当然の義務では……っていい加減になさいっ、いつまでそうしているのですかこのおバカ!」
「やぁ〜」
「や〜ではありませんっ、いい加減にしないと……ってなんでこんな時に限って貴女は無駄に力が強いんですか! くっ、このぉ……っ!」
ジェシカはなんとかしてフィリシアの拘束から逃れようとするのだが、半ば寝ぼけているような姿とは裏腹にフィリシアの腕の力は相当なものであった。
それでもどうにか抜け出せないかとジェシカが必死にもがいていると、ジェシカの髪に顔を埋めていたフィリシアからとんでもない言葉が聞こえて来た。
「んふふぅ、ジェシーいいにおい」
「んなぁっ!? な、ななな何をしているのですかこのおバカはぁっ!」
クンクンとジェシカの匂いを堪能しながらほにゃりと幸せそうに顔を崩すフィリシアであったが、ジェシカからしてみればたまったものではない。
自身の体臭を無造作に嗅がれ、なおかつその姿を公衆の面前に晒しているのだ。ジェシカの恥ずかしさは相当なものだろう。もはや恥も外聞もなくジェシカはフィリシアを引っぺがしにかかるのは当然とも言えた。
先程まで澄まし顔で本を読んでいた少女とは思えないほどの豹変ぶりに、しかし周囲にいる者達は誰一人として驚いてはいなかった。そう、この光景も先程のジェシカがギルバートに抱くものと同様、もはや毎朝目にする光景であったからだ。
ギャイギャイと朝から目の前でこねくり合う少女達に耳を抑えて舌打ちをしていたグレンであったが、そんな彼の横に挨拶を終えて帰ってきたセルマが声をかけてきた。
「ふふふっ、あのジェシーもフィーの前では形無しだな。君の妹には本当に頭が下がるよ」
「あぁ? ただはしゃいでるだけだろうが」
「確かにその通りだ。だがそれがジェシーの心を救っている。フィーは自然と人の心を癒す力があるのだろうな。少なくとも君もその口だろう?」
「…………ちっ」
心当たりがあったのだろう。グレンはまた舌を打ってセルマからそっぽを向いた。前の彼なら自分に噛み付いてくるだろうなと思いながら、セルマはそんなグレンのいい意味での変化に顔を綻ばせた。
去年レイと戦う前から心が屈してしまい、一対一の決闘から背を向けてしまったグレン。
ただでさえ卑怯者のレッテルが貼られていたのに、さらに臆病者という新たな称号を得てしまった彼はそう罵られるの覚悟して次の日を迎えたのだが、不思議なことに誰一人として自分に対してそのようなことを言ってくる者はいなかった。
身構えていた分拍子抜けしてしまい呆然としていたところに、フィリシアが答えを携えてやってきた。グレンはフィリシアより、他でもないレイが釘を刺したのだと聞かされた。
実際、グレンが立ち去った後の談話室ではグレンを臆病者と罵る者が大勢いた。しかしそんな彼らを突如爆発音が襲った。
パァーンッ! と空気が破裂したような音が談話室に木霊する。その後には痛いほどの静寂が談話室を支配した。静寂とともに場を支配したレイは杖を下ろして、こう言い放った。
グレンを臆病者と言うのなら、今すぐ俺と喧嘩しよう、と。
そこには普段のレイには見られない、はっきりとした苛立ちが浮かんでいた。それはグレンを庇ったとかではなく、知り合いの陰口を聞かされたことに対する自分本位の怒りであった。
結局、誰一人としてレイの前には現れず、全員グレンと同じ臆病者と言うことで決着がついた。こうなってしまったら誰がグレンを臆病者と罵れるだろうか。
フィリシアに話を聞いたグレンは、人柄としてもレイに勝てないことを知り、また一人落ち込んでしまった。しかし、グレンも落ち込んでばかりはいられなかった。
意気消沈としていたグレンを、フィリシアが手を引っ張って連れ出したのだ。
そして彼女が兄を連れて行った場所が、ジェシカとセルマがいる場所だった。
こうしてフィリシアを中心としたなんともチグハグな集団が結成され、その付き合いはなんだかんだと数ヶ月続いている。
この数ヶ月のことを思い返していたグレンとセルマの前では、未だにフィリシアとジェシカのじゃれ合いが続いている。このままでは良くてダンブルドア、悪ければミネルバが出張ってくるだろう。
それを察したセルマがようやっと腰を上げてジェシカたちの仲裁へと顔を出す。……と、その前にグレンへと告げた。
「今となってはこの関係も悪くないと私は思っているよ。というわけでこれからもよろしく、グレン」
「……ふん」
セルマの改めてましての言葉にグレンは鼻を鳴らして返す。しかしそこにあるのは馬鹿にしたようなものではなく、素直になれない男の子特有のものだった。
セルマはグレンの可愛らしい抵抗に苦笑して、涙目のジェシカの頬にキスをしようとするフィリシアを止めにかかるのだった。
「今日も朝からお前さんの妹は元気だなぁ」
「ふん、マクレイアの妹はあの性根腐りかけの愚妹にはちょうどいい相手だ。このままあの底抜けの明るさに当てられていれば、愚妹も下らない妄執から解放されることだろう」
「おや、なんだかんだと言いつつも君は妹殿を案じているのだな」
「愚かなことを吐かすな。アレでも次期エリス商会当主、父の代まで築き上げたものを一代で崩されては目も当てられんだけだ」
「でも、ギルさんのジェシカさんを見る目はとっても優しいですよ?」
「…………」
ぱぁんっ!
「あいたぁっ!」
次回、招かざる客。