選ばれし者と暁の英雄   作:黒猫ノ月

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大っっっっっっ変お待たせしましたっ!


幕間 とある少年の恋事情

『恋』。

 

それは人と人の関係において、少年少女達がぶつかる一つの壁とも言えるものだ。

 

なぜなら、子供達が自分や家族、友人以外の他人に対して、初めて抱くであろう感情で以って接していくことになるものだからだ。

 

同じ『好き』であるはずなのに、『恋』はその人を見るだけで胸の奥からじんわりと温もりが湧き上がり、その人を想うだけで胸の奥が苦しいほどに切なくなる。

 

『恋』は人に大なり小なり変化をもたらす。

 

その人に嫌われたくないと己の身嗜みを整え、初めての経験が多いことから精神面の変化も著しい。その内面の変化の影響か、時には肉体にさえも。

 

『恋』は人を強くも弱くもする。幸せにも、不幸にもする。……『恋』とは、まっこと摩訶不思議なものだ。

 

よって人はそれを病と定義した。人をどこまでも惑わせる……『恋』の病である、と。

 

「……あ。……来て、くれたんだね」

 

そしてここにも一人、その病を患ってしまった一人の少女がいた。

 

少女は手紙を読んで来てくれた目の前の少年に、はにかむような笑みを向ける。普段から人通りがほとんどない空き教室。少女はここを、初めて抱いた思いの丈を打ち明ける場所に決めた。

 

「ごめんね、突然こんなところに呼び出しちゃって。……え? ……クスっ、そっか。うん、ありがとう」

 

少年の少しウィットの混ざった暇だったから大丈夫である、という返しに、少女は逸る気持ちが和らいでいくのを感じる。

 

あいも変わらない少年の落ち着いた物腰と自然とできる他者への気遣い。改めて少女は自分が彼を好きであることを再認識する。

 

少女が少年のことを意識しだしたのは、ホグワーツに来てから最初の春を迎えようとしている頃だった。

 

当時、同じ学年として入学してきた『生き残った男の子』とその仲間達のせいで自寮が四寮の中で最下位となり、自寮に所属するほとんどの人達が彼らに対して悪質で陰湿な悪意を向けていた。

 

しかし、そんな中で一人だけ。彼らを庇い、悪意のむしろから解放した人がいた。それが目の前の少年だった。

 

上級生をものともしない勇姿、自身の罰から逃げないその潔さ。何より、友人を庇うその姿に少女は目を奪われた。……それが少年を意識しだしたきっかけだ。

 

一度意識してしまうと、今まで気づかなかったところにも気がつくものだ。

 

何気ない気遣いや、平然と自虐して他者を立てる懐の大きさ。中でも、時たま達観した様子の中で見せる優しげな微笑みが少女の心を緩やかに支配していった。

 

そして決定打となったのは2年の頃の天才との決闘だった。

 

普段の達観した様子はなりを潜め、飢えた狼のように勝利に喰らいつく彼の姿は、少女に少なくない衝撃を与えた。

 

同年代ではまず持たないであろうその野性的な漢らしさ。それが少女に恋の到来を告げたのだ。

 

それからというもの、少年のことを考えない日はなかった。

 

自然と目で少年を追ってしまい、視線に聡い少年と目が合うたびに少女は恥ずかしさに顔をうつむかせ、少年に疑問を抱かせた。夜になるたびにその日一日の少年の行動を思い返して、その愛しさに頬を緩ませた。寝る前には、もし彼と付き合えたらとあるかもしれない未来に想いを馳せて悶えながら眠れぬ夜を過ごした。

 

そうして恋を自覚してはや一年と少し。胸の内から次々と湧き出てくる熱い想い。もはや持て余してしまうこの感情に、終止符を打つ。そのために……。

 

自分と同じように彼を想う人達がいるのは百も承知だ。有名どころを挙げるなら、自分とも仲良くしてくれるお姫様といつも少年の隣に立つ女王様が挙がるだろう。

 

他にも沢山の恋する乙女達。自分よりも魅力的な人は沢山いる。

 

けど、それでも。

 

少女は湧き出るものを押さえつけるように胸元を抑えて、少年と向き合った。少年は静かに、目の前の少女を見据える。

 

「……今日はね、貴方に打ち明けたいことがあるのっ」

 

言葉にした瞬間、胸を打つ鼓動があからさまに早くなった。それに合わせて、一息に少女の顔が朱色に染まる。

 

あからさまな少女の変化。しかしそれを目の当たりにしている少年に、戸惑いを見せる様子はない。少年は、目の前の女の子が大事な話をしようとしていることに気付いていたのだ。だからこそ、常と変わらずにそれは何かと少女に尋ねた。

 

それからしばし、二人の間に静寂が訪れる。しかしそれは両人にとってなんとも居心地の悪いものだった。

 

短く浅い呼吸を繰り返し、モジモジと不自然に身体を揺らす少女。だが少年は彼女の準備ができるのを待つように静かに見つめるだけだ。……それが、少女に最後の勇気を与えた。

 

少女は最後に、大きく深呼吸をする。……そして、少女は思いの丈を少年へと打ち明けた。

 

 

 

 

「えっと、ね。……っ、あ、貴方のことがっ、ずっと……す、好きだったの! 私と、付き合ってくださいっ!」

 

 

 

 

それは、白い風が灰色の季節の到来を知らせる……ある秋の暮れのことだった。

 

 

 

………………

…………

……

……

…………

………………

 

 

 

レイ・オルブライトは今、ある悩みに苛まれていた。

 

それは…………。

 

 

 

ズバリ……恋の悩みである!

 

 

 

しかしそれはレイ自身が恋を患っている、というわけではない。ではなんなのか。

 

それは様々な女性に言い寄られている、という誠に贅沢なことで悩んでいるのである。もっと詳しく言えば、相手からの好意を拒否した後の罪悪感に悩まされているのである。

 

始まりはホグワーツに来て三年目の秋の暮れのことだ。

 

レイという少年の魅力が衆目にさらされた決闘クラブの出来事から、彼を気にする少女が格段に増えていたのは事実だ。それはその年度のバレンタインデーの顛末からもうかがえる。

 

だがしかし、これまで面と向かって彼に告白するような者は現れてはいなかった。その理由はひとえに、彼を想う二人の美少女の存在である。

 

美少女の一人はエステル・マクレイア。明るくて優しい彼女は男女問わず好意的であり、果ては他寮の生徒さえも彼女の魅力に絆されてしまう。

 

もう一人の美少女はシルヴィア・コルドウェルだ。純血筆頭一族の後継でありながら、自身は血縁よりも才や努力を尊び、理不尽に弱者を貶めることを許さないその孤高たる姿は多くのものを魅了してやまない。

 

そんなホグワーツにおける二大美少女とも呼べる二人が好意を向ける存在、それがレイ・オルブライトなのだ。

 

よって、たとえレイに恋慕を抱いたとしてもエステルとシルヴィアに勝てる要素が微塵も見つからず、多くの恋する乙女達は叶わぬ恋と嘆いていたのだが、そんな彼女達に衝撃の情報が飛び込んできた。

 

なんとそれは、溢れる想いに耐えきれなかった告白者第一号の誕生である。

 

告白者第一号の結果は惨敗。少女自身、恋の行く末については半ば察していたのだが、初恋の失恋は思った以上に心に傷を負ったらしく、一週間ほど自室から出てくることはなかった。

 

そして少女の同室の友人達から話は一瞬で広がり、その日の夕方にはホグワーツに住む全ての者が事の顛末について知ることとなる。……なお、この件を耳にした当事者は珍しく落ち込み、獅子寮のお姫様は焦りと不安で親友に宥められていた。

 

そんな中、レイを最愛と呼ぶ天才は特に怒りも不満な様子を見せることもなく、逆に自分という存在を知りながらも勇気を持って告白したその少女をいたく称賛していたという。

 

友人として親しかったいたいけな少女を、仕方ないとは言え傷つけてしまったことに落ち込むレイ。しかし、彼にとってそれは始まりに過ぎなかった。

 

人間、先駆者がいれば我も我もと後に続く勇気が得られるものである。

 

結論を言おう。……そこからは、告白ラッシュであったのだ。

 

「実は、さぁ。前からアタシ、あんたのこと、す、好きだったんだよねぇ…… だ、だからさっ。あんたさえ良ければなんだけど、あ、あああアタシと付き合ってくんないっ!? ……かなぁ?」

 

男友達のように付き合っていた同寮の少女からの上目遣いを含んだ不意打ちから始まり。

 

「レイさんは、私にとってお兄さんみたいな人です。いつも勉強でわからないところがあったら丁寧に教えてくれたり、私が何か困っていたら、自然に手助けしてくれたり。……そんなお兄さんみたいなレイさんが、好きです」

 

いつも何人かの生徒と一緒に勉学の面倒を度々見てあげていた後輩の少女。

 

「聞いたわよレイ。あなた最近とてもモテてるんですってね。ふふ、告白を断るのは大変でしょう、顔に出てるわよ。……そうだ、なんなら私とお付き合いしてみる? そうすれば煩わしい色恋沙汰から解放されるわよ?」

 

一年の頃からなにかとアドバイスをくれていた二つ上の先輩に冗談交じりに告白され。

 

「ねぇレイ、試しにお姉さんと軽い感じで付き合ってみない? 数ヶ月間、少し二人の時間を作ってお互いの相性を確認するお試し期間。その間にお姉さんを好きになってくれればよし、貴方に別に好きな人ができたなら……そうね、お姉さんは貴方のお妾さんにでもなってあげるわ♪」

 

果ては、最年長のお姉様に二股前提のお付き合いを提案される始末。

 

他にも多くの女性に言い寄られ、これら全てに丁重にお断りを入れたレイ。最初の告白から約四ヶ月ほど。その数、なんと30と少し。

 

レイは今、精神を限りなく摩耗させていた。

 

「…………恋って、なんなんだ? 好きって? 他の好きと何が違うの?」

 

つい昨日、また一人いたいけな少女を袖にしてしまったレイが、机の上に広げられた羊皮紙に突っ伏しげっそりとした面持ちでそう呟いた。

 

彼がいるのはお馴染みの空き教室の一つだ。そこで彼の親友たちと後の学年末試験に向けて総復習を行なっていた……試験三ヶ月前のこの時期に。

 

レイ達は今、ドブネズミ捕獲作戦を決行している最中でもある。そのため、試験対策はまだ先でもいいのではとこの総復習を提案したギルバートに皆が意見したのだが、秀才はそれを一蹴した。

 

学生の本分は、勉学である。

 

眼鏡のブリッジに指を添え、レンズの奥から鋭く睨みつけられたレイ達は、大人しく頷くしかなかったのであった。

 

そんなこんなで開催された試験対策会であったが、見ての通りレイはそれどころではない。今も数占いについてまとめた羊皮紙を枕にしている始末である。……まあ、色恋沙汰も学生の本分と言えないこともないかもしれないが。

 

「クスッ、中々に哲学的なことを呟いているなレイ」

 

そんな最愛の珍しい姿に、文庫本に目を落としていたシルヴィアが微笑んでその頭を愛おしげに撫でる。

 

去年のバレンタインデーのことを考えれば不機嫌の一つや二つなるものかと思われるが、シルヴィアの最愛が数多くの女生徒に狙われているにもかかわらず、彼女自身は平常通りだ。……まあそれも、レイが有象無象に靡くことはないという確信があるからだろうが。

 

それにあながち平常通りというわけでもないようだ。シルヴィアはすでに復習を終えて読書に励んでいるのだが、狙ったのであろうか。彼女が読んでいるそれはまさかの恋物語であった。

 

「おいそこの愚か者。色恋沙汰で悩む暇があれば、数占いの数式に頭を悩ませろ。貴様は未だ占いの正答率が高くないのだからな」

 

「ギルさん! レイさんは真剣に悩んでいるのに、そんなこと言ったらダメですっ」

 

同じく数占い学について付きっ切りでアリスに付き合っていたギルバートがあいも変わらない辛辣な言葉をぶつけるが、秀才のすぐそばにいたアリスがあんまりな言いように眦をあげる。

 

しかし残念なことに本人は心から怒っているのだが、いかんせん迫力がなさすぎる。逆に彼女の魅力である可愛さが増すばかりだ。

 

案の定、全く意に介することなくギルバートは素知らぬ顔。これにはアリスもおかんむり。最近は叱ってもこんな感じなので、アリスは頬を膨らませてポカポカと秀才の肩や胸を叩くのが定番だ。

 

「だったら教えてくれよギル。恋ってなんなの?」

 

頬を机の上の羊皮紙にくっつけたまま、上目でレイがギルバートに尋ねる。

 

レイという少年は主に三つの区分で人を分けている。

 

まずは大切なものに値する分類だ。ここにはシルヴィア達はもちろんのこと、アリアやマクスウェル老夫妻、ハリーやエステル達などが含まれる。……本人は気づいてないのだが、この区分ではさらにある分類がされている。

 

次に好きでも嫌いでもない、どうでもいいという分類だ。レイと接するもの達の多くがここに当てはまり、実はレイに告白してきた人の半数以上はここに分類される少女達であった。

 

ならば振ってもどうってことはないだろうと思われるかもしれないが、考えてみて欲しい。目の前で悲しげな表情をされ、最悪は涙を浮かべて走り去られてしまう。その翌日には大体振られた悲しみに暮れて授業を休むのだ。そして周囲から向けられる責めるような視線。

 

それが四ヶ月ほど続けば、いかに他者には冷たい方であると言われるレイでも、根は優しい彼が罪悪感に苛まれるのは仕方がないだろう。それが親しかった人だったら尚更だ。

 

そして最後が自分の大切なものを害する敵の分類。闇の帝王やその配下である死喰い人などが挙げられるだろう。これらが相手であれば、レイは躊躇なく切り捨てることが可能だ。

 

告白してくる相手がこいつらならこんなに悩まないのにと思ったことは一度や二度ではない。

 

半ば懇願するように上目で見てくるレイに、しかし秀才は彼に救いの手を差し伸べなかった。

 

「くだらん。なぜ俺がお前の無駄な悩みに付き合わねばならん」

 

ギルバートはレイを一瞥することもなく、アリスが解いた問題の採点をしながらそうバッサリと切り捨てた。自分の時間を浪費させるなと言わんばかりのその姿に、レイは諦めて数占いの羊皮紙に目を落とそうとしたのだが、そこでとうとうアリスの堪忍袋が爆発した。

 

「ギルさんっ!!」

 

一際大きな声で叫んだアリスが、なんとギルバートの手元にある羊皮紙を思い切り引っ手繰ったのだ。

 

ギルバートは驚いたように少し目を見張って目の前に立つアリスへと顔を上げる。見た目とは裏腹にかなり驚いているのだろう。彼の手元は羊皮紙を持っていた状態で固定されており、その姿はどこか滑稽であった。

 

ようやく意識を向いてもらえたアリスは、奪い取った羊皮紙を持ったまま腰に手を当て無言でギルバートを睨みつける。そこには先程までの可愛らしさは露ほどもなく、彼女が本当の本当に怒っていることが伺えた。

 

良心の塊の本気の怒り。突然の出来事に側から見ていたレイとシルヴィアも驚いた様子をあらわにしており、秀才と泣き虫さんの成り行きを静かに見守る。

 

驚きから帰ってこれずに固まるギルバートとそれをきつく睨みつけるアリス。それから少しして、ようやっとこちらに帰ってきた秀才は怒れる弱虫さんを真っ向から見つめ返した。

 

しばしの静寂。

 

…………先に視線を逸らしたのは、ギルバートだった。

 

「………………はあ」

 

これ見よがしに溜めを作り、吐き出される嘆息。どうやら根負けしたことに対し彼なりに情けないと思っているようだ。

 

だがここでおとなしく引き下がれたこと自体、秀才殿の人間関係における成長が伺える。

 

採点に使っていた杖を机の上に置き、変わらず目尻を吊り上げたアリスに監視されながらギルバートは口を開いた。

 

「少し訂正する。貴様の悩みは“人に聞くだけ”無駄なのだ」

 

「……どういうことだ?」

 

レイの問いにもう一度、今度は短く息を吐いて先の意味を語り始める。

 

「『恋』というものについて一応定義はされている。しかしそんなものはなんのアテにもならない。『恋』がそんな簡単に定義されるものであるならば貴様も、貴様を慕う子女も、そして世の少年少女もこんなに悩みはしないのだからな」

 

後で辞書でも引いてみろ、絶対に貴様は納得しないだろうと断じてギルバートは続ける。

 

「だからこそ俺はこう結論づけている。『恋』というものに“答えはない”のだと。では『恋』とはなんなのか? その答えは永遠に見つからないのか?いいや違う。……それは自身で気づき、見つけるものなのだ」

 

それを聞いたシルヴィアはある程度オチを察してしまった。熱心にその意味を考えてギルバートの持論の続きを待っているのはレイと先の怒りも忘れたアリスだけだ。しかし彼女は邪魔をしないように慈しみの笑みを讃えるだけだった。

 

「思春期を迎えた少年少女は大なり小なり貴様のように頭を悩ませる。そしてそれは今までの人間関係にも影響を及ぼす。だが、月日を経て経験を重ね、成功と失敗を繰り返し悩み抜いて……そうしてようやく人は各々の答えを導き出すのだ」

 

ここでようやくレイもシルヴィア同様この話のオチに思い至る。そしてただ一人、先の怒りは何処へやら。無垢な子供のような目でギルバートの話を聞いているアリスはやはり純真なのだろう。

 

「その答えは千差万別だ。『恋』は心を豊かにするという者もいれば、不必要なものであると切り捨てる者もいる。果ては人生であるとまで嘯く者までいるのだ。まあ答えがない、というのは俺としては甚だ不本意ではあるのだがな……」

 

あからさまに息を吐くその秀才らしいその物言いにシルヴィアは苦笑し、アリスは先ほどまでとは打って変わってキラキラとした目でギルバートを見つめていた。そんな中、レイは頬をひくつかせて半ば懇願するように秀才へと尋ねる。

 

「……で、結局のところは」

 

「せいぜい悩み苦しめ愚か者。勉学に支障をきたさない程度に、な」

 

「…………まぁじかぁ〜」

 

僅かな希望も打ち捨てられて、レイはがっくりと机の上に突っ伏してしまう。そんな彼の頭を、最愛といってはばからないシルヴィアが撫でる。彼女にとって、自分以外の恋愛絡みで想い人が悩んでいることすらも愛おしいようだ。

 

アリスはといえば、先のギルバートの言葉を自分の中で反芻しているようだった。どうやら彼女としても何か思うところがあるようである。

 

いつまでも勉強を再開する様子を見せないレイに、短く息を吐いたギルバートは彼にヒントをくれてやることにした。

 

「レイ、貴様は家族やマクゴナガル女史が好きか?」

 

「……あ? なに当たり前のこと聞いてんだよ」

 

向かいに座るギルバートへ机に顎を乗せて怪訝そうな顔を向けるレイ。秀才は続ける。

 

「そこの甘やかしは?」

 

「……好きだぞ」

 

「そこの泣き虫は?」

 

「好きだ」

 

なんでもないように次々と好きと答えていくレイに、女性陣はタジタジだ。特にシルヴィアなどは嬉しい笑みを隠そうともしていない。

 

ギルバートはまだ続ける。

 

「では、マクレイアはどうだ?」

 

「そりゃ好きだよ」

 

「ロングボトムやポッターらは?」

 

「はいはい好きですよ。……おいギル、いい加減どういうことか説明しろよ」

 

痺れを切らしたレイがガバリと起き上がってギルバートをジトりと睨みつける。しかしギルバートは逆に呆れの色を称えた目でレイへと視線を向けていた。

 

「な、なんだよ……」

 

「貴様という男は本当に感性に成長が見られないと思っただけだ。……いや、目的のために無意識に考えないようにしてるのか?」

 

「?」

 

思案顔で口元に手を当てるギルバート。前半は聞き取れたが、後半は呟くような小さな声であったためにレイには聞き取れなかった。

 

しかし物思いに耽っていたのも少しの間で、ギルバートは疑問符を浮かべるレイに向き直った。

 

「貴様の言より今挙げた者達は皆好きである、ということだが、では改めて聞く。貴様は何故、自身が困った時には家族を、マクゴナガル女史を頼らない?」

 

「は? ……いや、えっと。心配かけたくないからだけど……」

 

明らかに戸惑いの色を隠せないレイ。だがギルバートは構うことなく続ける。

 

「ほう? それは貴様にとって彼らが好きであり、大事であるからか?」

 

「そうだけど……」

 

ここで、ギルバートは切り込んだ。

 

 

 

「なら何故、シルヴィやアリスには頼るのだ? 貴様の好きに当てはまるなら、こやつらにも心配はかけたくないはずでは?」

 

 

 

「それは……」

 

ギルバートの何度目かの問い。しかしレイはそれ以上答えることができなかった。

 

秀才は続ける。

 

「さらに聞こう。去年貴様は『秘密の部屋』へと至るために俺達へと協力を求めた。では何故、ポッターやマクレイアへは協力を求めなかったのだ? 奴らも貴様にとって大切な友であり、貴様も認めるほど勇敢な者達なのだろう?」

 

「…………」

 

問いに答えることはなく、レイの眉間にシワが寄っていく。それはギルバートの問いが癇に障ったからではなく、自身の中で湧き上がるモヤモヤとした違和感に胸が苦しくなったからだ。

 

親友に尋ねられて初めて気付いた差異。確かにそうだ。同じ好きであるはずなのに、何故自分はマクスウェル夫妻やミネルバを頼らない? 何故ハリーやエステルを頼らない?

 

胸の内で自問自答を繰り返すレイ。……そして、ギルバートは最後の問いを投げかける。

 

 

 

「レイ、これが最後の問いだ。……貴様は何故、エステル・マクレイアに自身の過去を告げないのだ? 貴様の最初の友であり、特別大事にしている彼女に」

 

 

 

「っ!?」

 

その一撃は、レイの脳天を貫くように駆け抜けていった。

 

身体が動かない。思考が定まらない。

 

これこそが先に前述した、レイの好意の中にある明確な格差。彼自身が意識していなかったそれを、ギルバートはあっさりと浮き彫りにしてしまったのだ。

 

目を見張ったままに硬直してしまったレイに、トドメを刺したギルバートは、そんな彼を意味ありげに一瞥した後、ふいっと顔を逸らしていつのまにかアリスから奪い返していた羊皮紙へと再び目を落とした。

 

「その調子では何を言っても勉学は手につかんだろう。……だから話したくなかったのだがな」

 

本日何度目かのため息をするギルバートの横で、無理矢理説得したアリスが申し訳なさそうに俯いている。

 

その様子をまた一瞥したギルバートはまたまたため息を吐こうとしたが、それを見た泣き虫がまた面倒臭い反応をするかと思い至って既のところで止めた。

 

「……おいアリス、そこの愚か者を寮まで連れてってやれ。この愚か者のことだ、一日一人で悩んでいれば、明日にはいつもの調子に戻っているだろう」

 

「ふぇっ? ……あ、はい!」

 

「貴様もいい加減こちらに帰ってこい。さっさと帰って一人で頭を抱えていろ、目障りだ」

 

「…………ぅん? っと、お、おうっ」

 

レイの質を理解しているからこその物言いであるが、そこには密かにアリスへの気分転換も含まれていた。

 

ギルバートに言われた通りにアリスはレイに連れ添って空き教室から出て行く。その背中が見えなくなった頃、今まで何を言うでもなかったシルヴィアがようやく口を開いた。

 

「まったく、余計なことをしてくれたなギル。このままいけばレイは何事もなく私のものになっていたと言うのに」

 

不満そうな口ぶりでそう言うが、その表情は何やら楽しんでいることがうかがえる。それを見たギルバートは鼻を鳴らした。

 

「思ってもないことを口にするな。何度も忠告しているが、自身をあえて追い込もうとするのはやめろ。……まあ、今回は貴様がマクレイアをある程度認めているからこそなのだろうがな」

 

もはやこの件について半ば諦めているのだろう。ため息交じりの苦言を受けた本人は堪えた様子も見せずニヤリと口角を上げた。

 

「なに、せっかく想い人を巡って争う恋物語のヒロインになったのだ。ライバルが“アレ”では張り合いがないのだよ」

 

「敵に塩を送るのはあの愚か者を一度でも振り向かせてからにしろ。今のところ貴様とマクレイアは奴にその対象として見られていない時点で五分だ」

 

ギルバートの物言いがシルヴィアの胸にチクリと刺さったようだ。むぅ、と若干拗ねたいじらしさを見せる眉目秀麗な天才に秀才はさらに続ける。

 

「それに今はマクレイアの奴も何やら燻ってはいるが、俺の予想が正しければ一度燃え上れば一瞬で貴様に追いつくぞ?」

 

「ふんっ、私とて今のままで終わらせるつもりはないぞっ。見ていろ、手始めに次の長期休暇ではレイに成長した私の肢体を……」

 

「どこぞの毒婦でもあるまいに、品のない堕とし方をするな」

 

拗ねをこじらせたシルヴィアが半ばヤケクソ気味に直情的な行動を取ろうとするところを、ギルバートが若干食い気味に突っ込んだ。その顔は苦虫を噛み潰したように渋面で嫌悪をあらわにしている。……どうやら知り合いであるとある悪女を思い出したようである。

 

むむぅ、と再度唸りながらジト目でギルバートを睨みつけるシルヴィア。しかし彼女も言われっぱなしではなかった。天才は秀才へと反撃に移る。

 

「そう言う君はどうなのだ。先程は朗々と『恋』について語っていたが、君の答えは出ているのかな?」

 

そう言ってシルヴィアは意味ありげに空き教室の入口へと目をやる。その顔には非常にいやらしい笑みが張り付いていた。

 

挑発するように問われたギルバートはしかし、シルヴィアと同じように入口を見つめたあと、そっと目を伏せて静かに答えた。

 

「……さて、な」

 

「ふふっ。君は本当に素直じゃないな」

 

先の子供っぽさはなりを潜め、くすくすと育ちを感じさせる上品な笑みを浮かべるシルヴィア。そんな彼女へと特に大した反応をすることもなく、ギルバートは鼻を鳴らした。

 

「ふん、余計なお世話だ」

 

それだけを言い返した秀才は、手元の羊皮紙の採点へと戻る。天才は一通りコロコロと笑ったあとに、何とは無しに秀才が採点する羊皮紙へと顔を覗かせる。すると今度は微笑ましいものを見るように目を細めた。

 

シルヴィアが見る先。ギルバートの手元の羊皮紙には……間違えた箇所に対する丁寧な解説が施されていた。

 

それは確かな、羊皮紙の提出者への秀才が出来る精一杯の愛情表現であった。

 




今後についてはツイッターと活動報告で申し上げます。
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