さあさ女王の恐怖とは?
レイとシルヴィアは友好を結んだ後、湖畔で夕暮れまで語り合った。レイはハーマイオニーのことや自分と周りがズレてるのかもしれないこと、変身術を含めた授業のことなどを話した。
ハーマイオニーのことについてはシルヴィアは辛口だった。マグル生まれや純血など関係なく、努力や才能を愛するシルヴィアにとってハーマイオニーは好ましい部類に入る。しかし、いかんせん傲慢で偏屈、周りを馬鹿にする態度がいただけなかった。
別にシルヴィアはハーマイオニーの性格を非難したのではない。そんな態度を取っているのに、自分が被害者ぶっているのが許せないのだ。もっと堂々と胸を張っていればいい。私のようにな、と彼女は言った。
結局ハーマイオニーのことについては不干渉で決まった。シルヴィアもそれが正しく、これは彼女自身がなんとかしなければならない問題だからと締めくくった。
自分と他人とのズレはそれこそ気にするなとシルヴィアは言い放つ。私はそんなレイが好きになったのだからと言われ、レイは何も言えなくなった。
変身術についてはシルヴィアに少し教えてもらったのだが、彼女は典型的な天才肌だったようでものを教えるのには不向きだったのだ。これについては次の休日に図書室に行って二人で勉強しようと言うことで話を閉じた。
その他にもたくさんのことを語り合った二人は、時間が許す限りまで友情を深めていったのだった。
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新たな出会いを果たした次の日、レイはいつも通りにネビルを連れて大広間へとやってきた。そして、大広間へと続く大扉の前でさっそくシルヴィアと再会する。……その取り巻き達と共に。
ネビルはシルヴィアとその取り巻きを見て、さっとレイの後ろに隠れる。彼女のことをスリザリンの女王様とまで呼ばれる典型的なスリザリン生と思っているため、その取り巻き達のこともあってかなり怯えていたのだ。
レイはそんなネビルを見て、まあ仕方ないか、と肩をすくめる。そして当たり前のようにシルヴィアに朝の挨拶をした。
「おはよう、シルヴィ」
一気に静まり返る大広間。
この一言は、朝食を求めてやってきた生徒達を放心させた。あいつは、今、何を言ったんだと。それは、あれほど騒がしかった大広間を沈黙が支配するほどの衝撃だった。しかし、その衝撃は止まらない。
「ああ、おはようレイ。昨日はよく眠れたかな?」
これにはスリザリン生、特にシルヴィアの取り巻き達が信じられないものを見る目で目の前の光景を注視していた。
ホグワーツ生は誰一人として、頭の理解が追いつかないでいた。
「……あー。まあ、こうなるわな」
「ふふっ。なに、皆もじきに慣れるだろうさ」
「多分慣れる慣れないの問題じゃないと思うんだが……。お前、分かってて言ってるな?」
「さて、どうかな?」
……たくっ、と頭をかくレイに微笑みを向けるシルヴィア。未だ誰一人として目の前の光景に追いついてこれていない。
スリザリンとグリフィンドール、純血主義筆頭とハーフ、女王様と下っ端、天才と凡才。これら全てが目の前の仲の良さを妨げる絶対の壁が何重にも重なっているはずなのに、レイとシルヴィアはそんなものは知らぬと話を進めていく。
「……はぁ。とりあえずここにいると邪魔になるな、中に入ろうぜ?」
「それもそうだな。……ああ、レイ。少しいいか?」
「ん? なんだよ?」
「ああ、実はな……」
「お、おいお前!」
周囲を置き去りにして会話をしていたレイとシルヴィアにようやっと追いついて来ようとしてるものがいた。シルヴィアの取り巻き達だ。
「お前、何を気安くコルドウェルと話しているんだ! グリフィンドールの分際で!」
「貴方なんかとは比べ物にならないほど高貴な方なのよ!」
「さっさと失せろ!」
「コルドウェル、さあ行きましょ。こんなのと話していたら穢れてしまうわ」
取り巻き達はレイとシルヴィアの間に割り込んで、レイへと好き勝手に罵倒していく。これによって他の生徒達もパンクしていた頭が起動し始めた。
途端に大広間に響き渡るざわつき。この中には教師達も含まれている。しかしその中にダンブルドアとミネルバ、スネイプの姿はなかった。
レイ達の周りにいたグリフィンドール生が、さすがの言いようにレイを庇おうとするが、それをレイが手で押しとどめる。
レイももう少しシルヴィアとは話していたかったが、昨日の会話でシルヴィアが家庭の事情での付き合いで苦労していることを知っている。なので、ここはシルヴィアを立てて素直に謝ることにしたのだ。
また会う時間はあるだろうし、最悪週末には図書室で約束もしている。その時に話せばいいだろうと口を開け……。
「黙れ」
その一言は、普通ならはるか大広間の先にまでは届かないであろう声量だった。しかし、この声は教師陣達にもしっかり届いていた。
再び静まり返る大広間。しかしその理由は異なる。誰しもが……そう、上級生も含めた誰しもがこの声の主に対して恐怖していたのだ。
恐怖のきっかけはその声に乗せられた威圧だった。しかし、今現在恐怖しているのは、その声の主が放つ怒気に対してだった。その怒気は、それを放つ人物の周りにいる人達を、特にレイに対して罵倒していた人達を失神寸前にまで追い込んでいた。
「私のたった一人の友が穢れている、だと?」
その怒気を放つシルヴィアは、いつの間にか抜いていた杖を右手に持ってゆらゆらと揺らす。その様は、いつでも貴様達を刈り取るぞと鎌首をもたげているように見えた。
取り巻き達は震え、泣き、漏らす。しかし、誰一人として気を失うことも、座り込むことも出来ない。シルヴィアがそうさせなかった。
女神のような表情は歪み、憤怒の様相を表していた。それは、何よりもシルヴィアの今の状態を表していた。
シルヴィアは一歩取り巻き達に踏み出し、そして言葉を吐き捨てた。
「磨り潰すぞ、塵ども」
取り巻き達はこの時、死を予感した。そして、教師陣もそれを予感し、杖を抜いて止めようとテーブルを乗り越える。
ほとんどの者が次の瞬間に最悪の状況を予感した。
ただ一人を除いて。
「シルヴィ、やり過ぎだ」
レイはいつもと変わらぬ様子でそっとシルヴィアの右手を取る。すると、先ほどまで周囲に重くのしかかっていた怒気があっさりと消え去った。大広間には、朝の清々しさが戻っていた。
まるで、悪夢から一気に目が覚めた時のような嫌な汗だけ残して。
「……ふぅ。すまない、どうやら私は思っていた以上に堪え性がないようだ。精進が足りないな」
「気にするな。少なくとも俺は嬉しかったよ、ありがとな」
「ふふっ。そう言ってもらえると気が楽になるな」
二人のやりとりを見て、今のが現実だったのかどうか分からなくなるものが多かった。しかし、彼らの目の前で気絶している取り巻き達を見れば、現実であったことが分かる。
シルヴィアはレイへと向けていた微笑みを一変させ、足元に転がる取り巻き達を吹雪の如く一瞥する。
「さて、この塵どもをどうするか」
「……んー、まあ放置でいいんじゃないか。俺は今から気絶したネビルを運ぶけど」
レイは早々に気を失ったネビルを背負う。大事なもの以外に対してはかなり冷たいレイだった。
「これは、すまないことをしたな。レイの友人なのだろう?」
「まあ、起きた時に謝ればネビルなら許してくれるさ。優しいやつだしな」
「そうか。ならそうさせてもらおう」
周りにいたグリフィンドール生はやめてあげてっ! 起き抜けにお前を見たらまた気絶するっ! と言いたかったが、とてもではないが口を挟むことなど出来なかった。
「私も付き合おう。どうせこの空気では朝食もまずくなってしまうしな」
「けど、今から医務室に行ったら朝飯は食えないぞ?」
「構わないさ。朝食抜き、それが私の罰でいいかな? ダンブルドア校長」
「ほっほ。よく気づいたのう」
シルヴィアが見る先にはいつの間にかダンブルドアが朗らかに笑いながら立っていた。その側にはミネルバとスネイプがいる。
「どうかなスネイプ教授? 儂はそれで構わないと思うが、彼女は君の寮じゃ。最終的な決定は君にある」
ダンブルドアに決定を委ねられたスネイプは、ため息を一つしてしぶしぶ頷く。
「……仕方ないですな。コルドウェル、罰として朝食抜きとする。以後気をつけるように」
「過分な心遣いに感謝します」
シルヴィはスネイプの言葉には素直に頭を下げた。レイはダンブルドアの隣に顔をしかめて佇んでいるミネルバに深く頭を下げる。その時にネビルが危うく落ちそうになった。
「ミネ……マグゴナガル先生、騒がせてしまいすみませんでした」
危うく素で呼んでしまいそうになるのをぐっと堪える。それを見たミネルバはしかし首を振った。
「謝る必要はありませんよオルブライト。今回貴方に非はありません。むしろよく罵倒に堪え、コルドウェルを止めてくれました」
「いえ……」
「さあ、早くロングボトムを医務室に連れて行っておやりなさい」
「……分かりました。失礼します」
「では、私もこれで」
レイとシルヴィアはネビルを連れて大広間から去って行った。大広間から二人が見えなくなって、再びざわめく朝の大広間。しかしそれも、ダンブルドアの大きく手を叩く音で一瞬で静けさを取り戻す。
「さあ皆の衆。問題も片付いたことだし、朝食を始めようかのう。おっと、この子達は心配するでない。儂が責任を持って医務室へと連れて行こう」
ダンブルドアが杖を軽く振ると、取り巻き達が全員中に浮いて横になる。
「さてさて、では儂から少しだけ。……あまり人を馬鹿にするものではないぞ? そういう者は必ず後で手痛いしっぺ返しを食らうからのう」
ほっほっほ、とダンブルドアの笑い声が大広間に響き渡る。
「では、今日も良い一日を」
そう言って、ダンブルドアは取り巻き達を引き連れて大広間から去って行った。それを呆然と見送る生徒達を、ミネルバが声をかけることで我に帰らせる。
「みなさん、席におつきなさい。朝食を始めますよ」
その言葉にのろのろと動き出す生徒を見て、ミネルバはため息をつく。実はミネルバとスネイプ、ダンブルドアは一部始終を見ていたのだ。騒ぎが起こり、それを止めようとするミネルバとスネイプをさらに止めたのはダンブルドアだった。
何故止められたのか納得の出来ないミネルバだったが、ダンブルドアのことは信頼している。何かあるのだろうと、疑惑を頭の隅に追いやった。
生徒が全員座ったことを確認した後、自身も席に座り朝食を始めた。パンをちぎって口に運ぶミネルバの耳には先ほどの出来事を思い返す声が聞こえて来た。
仕方のないことだろう。ミネルバが覚えている限り、あれほどの出来事があったのは両手で数えられる程度だ。興味津々な生徒達を非難することなど出来なかった。自分も同じ穴のむじなだったのも理由の一つだった。
ミネルバが務めるグリフィンドールとスリザリンは長い間争い合ってきた。二つの寮同士が仲良くすることなど天地がひっくり返ってもあり得ない。それは今までの歴史が物語っていた。
しかし、その歴史が覆されようとしている。レイ・オルブライトとシルヴィア・コルドウェルの二人のおかげで。
正直言うと、ミネルバはレイが誇らしかった。あの場では喜びを表に出さぬよう取り繕うのに必死であったために、レイからは自分が怒っているのだと勘違いしたのだろう。申し訳なさそうに謝るレイに、こちらの方が申し訳なくなる思いだった。
大の大人である自分達さえ匙を投げたこの長年の問題を、二人の少年少女が解決のきっかけを作ったのだ。誇らしくないはずがなかった。
ミネルバはシルヴィアに対しても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。自分はまたしても人を上辺だけで判断しようとしていた。“あの時”のように。
ミネルバは苦い思いをスープとともに飲み込む。
今日見たレイとシルヴィアは、ミネルバから見ても仲睦まじい二人であった。それは何よりもレイのために怒ったシルヴィアが証明していた。疑う余地などどこにあろうか。
そこでふと、ミネルバある予測が思い浮かんだ。それは先ほど脇に置いたダンブルドアの思惑だ。もしかしたらダンブルドアは生徒全員に先のやり取りを見せることで、グリフィンドールとスリザリンの仲に対する固定観念を取っ払おうとしたのかもしれない。
グリフィンドールとスリザリンであっても、友になれるのだ、と。
ミネルバはそうと決めつけ、人知れず、ダンブルドアに対する信頼をさらに厚くするのだった。……それが果たしてダンブルドアの思惑だったのかは謎である。
そんな風に物思いにふけっていたミネルバに声がかかる。ミネルバが正面を向くと、それはエステルだった。
「おや、どうしましたミス・マクレイヤ」
「お食事中すみません。……あの、レイにパンを数個待って行ってあげたいんですけど、ダメでしょうか?」
ミネルバはエステルの言葉に胸がじーんと熱くなるのを感じた。“あの時”の少年が、素晴らしい友人に囲まれている。ミネルバは最近涙脆くなってきたかもしれないと目尻を気付かれないように拭った。
「えぇ、構いませんよ。持ってお行きなさい。けれど、遅刻しないように。いいですね?」
「は、はいっ。ありがとうございます!」
エステルは顔を綻ばせながらミネルバに頭を下げてグリフィンドールの席へと帰っていく。ミネルバはそれを微笑みとともに見送り、自身も遅刻しないようにと朝食を進めるのだった。
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エステルはハンカチに包んだパンを持って医務室へと向かっていた。
ハーマイオニーはエステルが向かうのを快く送り出してくれた。レイに対して理不尽な感情を抱いていることを自覚しているハーマイオニーのできるせめてもの友人への心配りだった。エステルはハーマイオニーの良いところをまた一つ見つけて、嬉しくなりながらも手を振って大広間で別れた。
エステルが医務室へと向かうその道中に思うことは先ほどの出来事だった。
自分の最初の友達が、いつの間にかスリザリンの女王様と交友を結んでいた。しかも、レイへの侮辱に対してあれほどの怒りを覚えるほどに。
エステルはここ数日、ハーマイオニーにつきっきりで、レイとは挨拶ぐらいしか話すことがなかった。なぜなら、ハーマイオニーが心無い人達からの悪口に傷つき、さらにレイに嫉妬心にも似た感情を持っていたからだ。
ハーマイオニーは努力家だ。授業の教科書や図書室の本を読んで勉強し、今の所グリフィンドールの一年生の中ではナンバーワンだ。しかし、ハーマイオニーはそれを鼻にかけるところがあった。勉強しない人を馬鹿にするようなところも。
もちろんエステルはハーマイオニーのいいところをたくさん知っている。ここひと月、一緒の部屋で寝起きし、授業を受け、休日を過ごして来たのだ。知らないはずがない。
しかし、ハーマイオニーをあまり知らない人は高慢なハーマイオニーを避けるようなった。しかも同じく成績優秀なレイと比べるようにして。
レイはハーマイオニーと同じく努力家ではあるが、自己評価がかなり低い。成績優秀な者を妬む者は必ずおり、レイへもその矛先は向いたのだが、レイは全く相手にしない。面と向かって馬鹿にされると、自己評価が低いレイは確かにそうだと素直に頷くのだ。器の違いを見せつけられ、惨めな思いになるのはいつも馬鹿にした側だった。
ホグワーツ生の誰もが知らないことだが、レイは過去の出来事によって悪意にある程度慣れがある。そんなレイにとって、学生が向ける悪意などあってないようなものだった。
そして、レイによって返り討ちを受けた生徒たちが、自身の惨めな思いを晴らす相手は、もう一人の成績優秀者へと矛先を変えることになる。
またレイは、最初の魔法薬学の時の出来事によって、グリフィンドールの一年生達に一目置かれることになっていた。なぜなら、レイの言葉に感銘を受けて勉強しだした人のほとんどが、スネイプに勝つことになったのだ。
あれから数週間経つのだが、スネイプが日に日に自分の問いに答えるグリフィンドール生を見て、とうとう一年では習わないことやかなり細かいところまで問うようになってきたのだ。これには他のグリフィンドール生も怒りよりも勝ったという思いの方が強かった。
先ほどのレイを馬鹿にしようとする人達は、真面目に勉強せず、スネイプにいいようにされている人達だった。そうしてさらにもう一人の成績優秀者への当たりが強くなっていく。完全な悪循環だった。
傲慢で勉強しない人を小馬鹿にするハーマイオニーと、勉強が出来ることを鼻にかけず、さらに陰湿教師に対して勝利をもたらしたレイ。こうしてハーマイオニーはレイと比べられ、レイに対して悪感情を持つようになったのだった。
そして、決定的だったのはスリザリン生のマグルいじりだった。今はエステルが睨みをきかせているので面と向かって言われることはないが、それでも一度言われてしまえば、影でずっと言われていると思ってしまうものだ。
最初は気丈に振る舞っていたハーマイオニーだったが、それもすぐに保たなくなった。最近は夜にエステルへ愚痴をこぼし、ひどい時には泣いてしまう。エステルは日に日に弱っていくハーマイオニーを放っておくことができなかった。
エステルは自分勝手だとは分かっていたのだが、訳を話して、レイにしばらくハーマイオニーに近づかないでほしいこと、自分がハーマイオニーの側で励ますことを告げた。これにレイは快く了承してくれた。
エステルの中にその時の申し訳なさが燻っていた。だから今、レイのところにパンを届けに行っている。レイのことを心配したのは勿論だが、それだけでなく、今も自身の自分勝手に付き合わせていることを謝りたかった。
それが自己満足なのはわかっている。けど、レイの言葉を思い出したのだ。何をするにしても、結局は自分のためという、レイの恩人であるミネルバの言葉を。
エステルは列車での出来事を思い出してクスリと笑った。すると、目の前から目的の人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「ネビルは起きなかったな」
「それで良かったのかもしれないな。私のせいで気絶したのに、起きてみればその原因が目の前にいる。また彼は気を失うところだったぞ?」
「……確かにな。なら、シルヴィが謝っていたって俺が伝えておくよ」
「頼む。……ん?」
エステルに最初に気付いたのはシルヴィアだった。シルヴィアはレイの肩を叩き、前を指差す。こちらに気付いた二人の元へ、エステルはハンカチの中身をこぼさないように駆け寄る。
「レイ、大丈夫?」
「おう、俺はいたって平気だ。ステラは俺を心配してここまできてくれたのか?」
「う、うん。あと……はいこれ」
エステルはハンカチに包んだパンをレイへと差し出す。
「……これは?」
「えっと、朝食のパンをいくつか持ってきたの。よかったら食べて?」
「本当か! これは助かる。ありがとな、ステラ」
「ううん、気にしないで」
レイはエステルからハンカチで包んだパンを受け取り、それを落とさないように広げる。あたりにパンの芳しい香りが広がった。これはうまそうだと一個取り出し、ふと思い至って、それを隣のシルヴィへと渡した。
「レイ、これは……」
「シルヴィ、さっきは俺のためにありがとな。これはその礼だ」
シルヴィアは素直に嬉しくなるが、しかしここは苦言を呈さなければならない。
「レイ、その気持ちは嬉しいが、それは彼女が君のために待ってきてくれたものだろう? 私が受け取るのは失礼だよ」
それを聞いたレイはバツが悪そうな顔をする。
「しまった、そうだった。悪いステラ」
「え!? い、いいよいいよ! 二人で食べて!」
「……いいのか? 私がもらっても」
「うんっ。……その、私もレイのために怒ってくれて嬉しかったから」
シルヴィアはエステルの言葉を聞いて、表情を緩めた。エステルが心からレイを思ってくれていることが分かったのだろう。普段なら友以外には見せない微笑みを浮かべた。
「では、頂こうか」
シルヴィアはレイからパンを一つ受け取って、それをちぎって口にした。レイもシルヴィアに続いてパンを頬張る。
「おっと、これで私は罰則破りだな」
「これは朝食じゃなくて贈り物だからいいんじゃないか?」
「なるほど、抜け道というやつだな」
「あははっ」
3人は廊下の壁に寄りかかって、話しながら笑い合う。そして、シルヴィアがパンを食べ終わったあと、エステルに向かって手を差し出した。
「知ってるとは思うが、シルヴィア・コルドウェルだ。つい先日、レイとは交友を結んだ。よろしく頼む」
「うぇ!? え、えと……エステル・マクレイアです。こ、こちらこそよろしくお願いしますっ」
二人は握手し、自己紹介を終える。それは、シルヴィアが友とまでは行かないまでも、エステルをある程度認めた証だった。それを見ていたレイは壁から背中を離す。
「そろそろ行こうぜ。遅刻するぞ」
「ああ、そうだな」
「うんっ。……あ、ねぇレイ」
「なんだ?」
エステルは前を歩き始めたレイを呼び止める。そして、ここにきたもう一つの用事を果たす。
「レイ、ハーマイオニーのことなんだけどね。……私の我が儘に付き合わせてごめんね? ずっとレイに申し訳なくて謝りたかったの。……自分のために、ねっ」
そう言って微笑むエステル。レイはエステルが自分の信条を受け入れてくれていることに嬉しくなって、釣られて微笑むのだった。
そして、それを見て聞いていたシルヴィアがレイを問い詰めるのはまた別の話。
如何でしたか?
や、やりすぎたかな?(ーー;)
次からの投稿は週一回になります。来週の金曜日、この時間にまた会いましょう!
次回、孤高な秀才。
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