選ばれし者と暁の英雄   作:黒猫ノ月

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伝説の序章が今、始まる。


第4章
60話


見上げた先は空色に晴れ渡り、気だるげな暑さにため息をついていた時間もゆったりと過ぎていく。

 

透き通るような空色は穏やかな明け色へ。そして徐々に静かな闇色へと移り行くさまは、言葉にすることも憚れるような美しさがあった。

 

そんな自然が生み出した芸術を模倣するように夕闇に染まりつつあるとある森の奥。そこから自然芸術の展覧会には似つかわしくない祭囃子が弾むように聞こえてきた。

 

人がめったに立ち入ることはないような森の奥で騒々しい馬鹿騒ぎ。いったい何事なのだろうか。

 

そう、本日は……。

 

「おいおい、せっかくみんなでワールドカップを見に来てるってのに。お前さんはなに辛気臭いの読んでんだよ」

 

「……はあ。無邪気に楽しむのも結構だが、これは貴様も無関係ではないのだぞ?」

 

そりゃそうだけどよ、とのほほんと宣う平凡な少年へ、眼鏡の奥から半ば呆れたように厳しい目を向ける知的な少年はギルバート・エリスだ。彼は再び短く息をつくと目を通していた新聞へと改めて視線を落とした。

 

そこから垣間見える大見出しには、『魔法省の続く大失態! 重要参考人を取り逃がす』と書かれており、記載されている写真では魔法省大臣と闇払い局長が会見を行っていた。

 

せっかくのお祭りにも関わらず、いつもの秀才節を崩さない親友に平凡な少年、レイ・オルブライトは栗毛の髪を掻きながら苦笑をこぼした。

 

先ほどレイが口にした通り、本日は四年に一度開催されるクィディッチ・ワールドカップである。数日をかけて開催されるこの催しはまさにお祭り騒ぎであり、クィディッチにあまり興味のない人でも純粋に楽しめるものとなっている。

 

というわけで。今回レイはギルバートが持ってきたクィディッチ・ワールドカップ決勝戦の観戦チケットを使い、いつもの四人で旅行に来ていたのだった。

 

無言で新聞を読み進めていくギルに、説得は無駄だと悟ったレイはおとなしく頭の固い秀才の隣にある樽に座り、連れの帰りを待つことにした。

 

先もギルバートが言った通り、レイたちはすでにペティグリューが逃げ出したことを知っている。されど今の自分たちにできることなど何もないのだ。ならばあんなやつのことなど放っておいて今を楽しみたいというのが彼の本心だった。

 

レイは暇であったため、何気なく目の前の光景を眺める。

 

子供が好きなクィディッチ選手のフィギュアを両親にねだっていたり、どのチームが優勝するか賭け事に興じていたり、祭り時でしか見ない商品の数々に目を輝かせていたり。

 

目の前に広がる光景は、なんとも和気藹々としたものだ。

 

特に子供たちのはしゃぎようは、さっきまでの親友の女の子のはしゃいでいた姿を思い出すようで、レイは自然と顔を綻ばせていた。

 

そんな時、二人の待ち人が帰ってきた。

 

「お、お待たせしてすみませんっ、レイさん、ギルさん!」

 

申し訳なさそうに頭を下げるのは、肩口で金髪を切りそろえた愛らしい少女、アリス・バウンディだ。先ほどレイが思い浮かべていた女の子ご本人である。

 

「いや、たいして待ってねぇよ。目的の奴は手に入ったのか?」

 

「ああ。これでアリスの編み物がより捗るだろう」

 

夕闇の零れ日に白金の髪を輝かせる絶世の美少女、シルヴィア・コルドウェルはレイの問いに微笑みでもって答える。彼女たちは露店で見つけた、編むときに編みたい色に自由に変換できる編み棒を買うために主婦たちとともに行列を並んでいたのだ。

 

よっこいせと立ち上がったレイは、隣で返事もしないギルへと苦言を呈そうとしたがその前に彼がすくっと立ち上がった。

 

その顔には、嫌悪が浮かんでいた。

 

「ふん、馬鹿どもが」

 

ギルバートはそう吐き捨てて、苛立たし気に新聞を側の焚火へと放った。

 

「ふふふ、愚図な大臣殿の対応にギルもお冠のようだ」

 

どうやらいつものようにシルヴィアはすでに事情を把握しているようだ。

 

そんな彼女の横から、アリスが心配そうにギルバートは歩み寄る。傍に寄り添い不安げに見上げてくる泣き虫の姿に、秀才は軽く息をついて幾分か気持ちを和らげた。

 

落ち着いたギルバートが眼鏡のブリッジに指を添えて、吐き捨てるよう新聞に記載されていたことを口にした。

 

「どうやら魔法省は今回のペティグリュー脱走事件の重要参考人として、シリウス・ブラックを再び捕らえたようだ」

 

「はぁ!?」

 

「ええっ!? ど、どうしてですか!?」

 

驚きで目を真ん丸にするレイとアリスに、事情を知っていたシルヴィアが教えてあげた。

 

「簡単なことだよ。ブラックが冤罪だったという事実は魔法省にとって大失態だ。その最たる証拠であるペティグリュー本人が行方知れずとなった。なら一番に疑うべき……いや、疑いたい人物がブラックだったというだけさ」

 

「……なるほどな。ブラックが実は本当に犯罪者で、それを知るペティグリューを闇に葬ったっていうシナリオを魔法省は作りたいわけだな」

 

「そんな……酷すぎます!」

 

ここにはいない生き残った男の子、ハリーと彼の後見人ブラックとの仲を知るアリスが憤慨するが、落ち着かせるようにシルヴィアが彼女を背後から優しく抱きしめる。

 

「安心おし、アリス。あのダンブルドアがそれを黙って見過ごすとは思えない。彼が何としてでもブラックを助けるだろうさ。……まあ、ダンブルドアと大臣との仲はさらに悪くなるだろうが、な」

 

どこか意味深にシルヴィアはそう後付けた。

 

事実、ペティグリューの件がきっかけとなり、魔法省とダンブルドアとの溝は深まっている。この件を隠蔽したかった魔法省とすぐに真実であると公表したダンブルドア。これはすでに預言者新聞に記載されており、周知の事実となっている。

 

「そっちはどうでもいいけど、ハリーは大丈夫かねぇ」

 

レイにとって世の情勢よりも身近な友人のほうが心配だ。

 

先ほどから自分たちにも関係のあることであるのに、危機感のかけらもない友人に頭を痛そうにするギルバートであったが、レイの質を知っているためにいつもの毒は吐かないでやることにした。珍しい秀才の優しさである。

 

「さてな。気になるなら帰った時にでも手紙を出してやれ」

 

「……そう、だな。そうさせてもらうよ」

 

そうと決まったら気持ちの切り替えが早いのが長所のレイだ。今はこの時を精一杯楽しむことに集中することにした。

 

「っし。なあ、俺たちも今日の決勝戦、どっちが優勝するか賭けないか?」

 

先の心配顔も失せ、ふてぶてしく笑ったレイの姿に心配も杞憂となったことを悟り、顔を見合わせたシルヴィアたちは各々らしい反応を見せたあとにその話に乗ることにした。

 

「うむ、いいだろう。では敗者は勝者の言うことに絶対服従……」

 

「愚かなことをぬかすな。欲望が駄々洩れだぞこの色魔め」

 

「穏便に、もっと優しいものにしましょうっ。ね、シルヴィさん」

 

レイたち四人は談笑しながら雑踏の中に紛れていく。

 

こうして、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦の開催とともに、夜も更けていく。

 

………………

…………

……

……

…………

…………………

 

 

「……で、結局賭けは俺の一人負け、っと」

 

レイはそう独り言ちながら、一人屋台がずらりと並ぶ屋台街を歩いていた。

 

決勝戦が終わったにも関わらず、その熱気は冷めやらぬようだ。屋台街の喧騒は夕暮れ時とは比較にならず、あちこちで喜びの声や悲しみの声、果ては怒声までもが混じって聞こえてくる。

 

そんな大衆と騒音に紛れながらレイが一人でここにいる理由は至極単純。罰ゲームである。

 

内容は小腹がすいた一行の食糧集め、いわゆるパシリだ。これは今の屋台街の状況を察知したギルバートによる一人のほうが都合がいいことも加味されている。……なお、最後の最後まで自分の要望が叶わなかったシルヴィアはいじけている。

 

あいつは俺に何をさせたかったのやらと出発前のやり取りを思い出しながら、レイはそれにしてもと独り言を続ける。

 

「ビクトール・クラムってやつはすごい選手じゃなかったのかよ。いや最後スニッチ取ってたけど。てかスニッチ取っても勝てないって……」

 

完全に情報戦で負けたよなぁ、と賭け事を申し出た過去の自分に恨みを馳せていたが負けたものはしょうがないとあたりの屋台でよさげなものを探し始める。

 

視界に入る光景は騒がしさはあれど平和そのものだ。

 

今回、みんなで来てよかったと心の底から思うレイ。

 

そんな時だった。

 

 

 

彼の耳元に、かすかに……人の悲鳴のようなものが鼓膜を打ったのは。

 

 

 

「…………?」

 

それは、ほんの些細で小さなものだった。事実、周りは誰も気にしておらず、最初は立ち止まっていたレイも気のせいかと屋台の物色を再開しようとしていたのだから。

 

しかし……それは気のせいでも、勘違いでもなかった。

 

「あん?」

 

今度は、ズボンのポケットのあたりから熱を感じてレイは足を止めた。彼は人ごみの邪魔にならないように足早に端により、ポケットからそれを取り出す。

 

それはギルバートから送られたコンパクト両面鏡だった。取り出されたコンパクトの淵には緑色の光が発光しており、それによって誰からの連絡か分かるようになっていた。

 

「お、シルヴィからだ」

 

気のせいか、周囲の雑音に慌ただしさが募る中、レイは屋台の品の希望かなと呑気にコンパクトを開いた。

 

それが、平和の終わりを告げる合図となる。

 

「おう、どうしたシルヴィ……」

 

『気をつけろレイっ! 死喰い人どもの襲撃だ!!』

 

「は?」

 

親友の突拍子もないその言葉に思わず呆けるレイ。

 

しかし、そんな彼のもとに次の瞬間。

 

 

 

 

 

「キャーーっ!!」

 

「はやく、早く逃げろぉっ!」

 

 

 

絹を裂くような人々の悲鳴とともに、腹の底を揺さぶるような爆発音が雪崩のように飛び込んできた。

 

 

 

 

 

「っ!」

 

それを耳にしたレイの思考が即座に切り替わる。あまり喜ばしいことではないが、彼は非常事態に場慣れしていたからこその対応力だった。

 

レイは周囲に伝播する恐怖に釣られることなく、冷静に親友の安否を確認する。

 

「おっけ確認した。そっちは無事か?」

 

『ああ、問題ない。今も私たちのテントのそばで待機しているよ』

 

その言葉にとりあえず胸をなでおろすレイのそばでは人の雪崩が走っていき、奥から火の玉が次々と飛んできてはテントを、屋台を燃やし始めていく。

 

死喰い人どもが徐々にこちらへと迫ってきているようだった。

 

『あの塵ども、こちらの居住区に突然現れたのだ。そして今の時間、最も人がいるそちらへと歩みながら火を放ち始めた。私たちは周りに燃え移った火の鎮火に専念していたために連絡が遅れた、すまない』

 

「構わねぇさ。俺も急いでそっちに戻る」

 

『待つんだレイ。今の状況でこちらに来ようとすれば確実に奴らと鉢合う』

 

シルヴィアの言う通り、彼女たちのいる場所は死喰い人の集団の対角線上にある。今出れば間違いなく出くわすだろう。

 

『君の実力は理解しているが、わざわざ塵どもと戦う必要はない。今は身を隠して奴らが過ぎ去るのを待つんだ』

 

「了解。んじゃまたあとでな」

 

『ああ、君の無事を祈っている』

 

シルヴィアの言葉を最後に、レイは通信を終えてコンパクトをしまった。

 

「さて、と。……っ、おうおう暴れまわりやがって」

 

自身の頭上を飛んで行った火球と、少し奥で屋台が爆発したのを見たレイは、せっかくの祭りが台無しだとため息をつく。

 

まだ魔法省から闇払いは応援には来れていないようで、死喰い人のやりたい放題だ。

 

「ここじゃ見つかるな。ならとりあえず奥に隠れるか」

 

レイの目の前では死喰い人から逃げ惑う人々の波が相も変わらず続いている。彼は頑張って逃げろよー、と他人ごとのようにエールを送り、大通りから身をひるがえして裏の小道へと身を移す。

 

しかし小道側も大通りの様子とさして変わらなかった。

 

燃え盛るテントやそばの荷物、レイと同じように人ごみを避けて死喰い人から逃げていく人たち。

 

いたるところで揺らめいている炎の群れが、それらを灼熱に染め上げていた。

 

「この辺りもダメか。ならもっと奥に……ん?」

 

レイは安全を確保するためにさらに奥へと歩を進めようとしたところで、視界の端に小さな影を捉えた。

 

「ひっぐ……ぱぱー、ママどこぉーっ」

 

「だ、大丈夫っ。ぐすっ、お姉ちゃ……が、ついてるからねっ」

 

それは、子供の姉弟だった。

 

この騒ぎのせいで両親と逸れてしまったのだろう。年端もいかない弟を、お姉ちゃんが涙をこらえて必死に励ましていた。

 

それを目にしたレイの足は自然と止まっていた。

 

他人に無関心であり、表の騒ぎを無視して裏へと身を潜めたレイでも、さすがにこの幼い姉弟を見過ごすことはできなかったのだ。

 

まあ結局は偽善にまみれた自分のためである。

 

そんな自分に苦笑して、レイは足を姉弟の方へと向けた…………次の瞬間。

 

 

 

彼女たちのそばで燃え上がっていた屋台の瓦礫が、ゆっくりと傾いていくのが視界に飛び込んできた。

 

 

 

レイはすでに、頭で認識するよりも先に駆け出していた。

 

「間に合えっ!!」

 

風のごとく烈火の中を走りぬけるレイ。彼の視線の先では、ようやく自分たちの危機に気づいた姉が弟を抱きしめて瓦礫から庇っているところであった。

 

姉弟がつぶされるまであと数秒。間に合わないことを悟ったレイは即座に懐から杖を振りぬいた。

 

「っらぁ!!」

 

杖から最大出力の衝撃波が放たれる。

 

それはギルバートが一年のころに作った無言呪文で、わずかな動作で衝撃波を出せる使い勝手のいい呪文だ。今の状況では最善手。

 

衝撃波は風よりも早く姉弟のもとへと駆け寄り、燃え盛る瓦礫の山を一瞬にして吹き飛ばす。

 

豪快な音とともに横へと吹っ飛び、瓦礫は火柱をあげながら崩れ落ちていった。

 

それを見届けたレイがようやく少女たちのもとへと辿り着く。

 

「お前ら怪我はないか!?」

 

「……ふぇっ?」

 

ほんの少し前まで死を覚悟していたのに、気づけば目の前まで迫っていた瓦礫はなく、いつの間にか見知らぬ少年がいる。姉が呆けるのも無理はなかった。

 

それはレイも分かってはいるが、今はそれどころではない。簡単に姉弟の身を確認し、大きな怪我がないと分かったところでようやく一息ついた。

 

「……よし、大丈夫みたいだな」

 

「…………お兄ちゃん、だれ?」

 

ここでようやく姉が現状を認識したようで、自分を助けてくれたレイに素性を尋ねる。

 

レイは微笑みながら彼女に答えた。

 

「俺はレイ、君は?」

 

「……アンナ」

 

今も変わらず弟を庇いながらそう答える姉……アンナ。先もそうだが、瓦礫や見知らぬ人物を相手に弟を守り続ける彼女にレイは昔の自分と彼女を重ねるとともに、心からの称賛を覚えた。

 

そんな彼女を安心させるように、その小さな頭へとそっと手を置いた。

 

「あっ」

 

「えらいなアンナは。君も怖いだろうに、弟のために頑張ってたんだな」

 

レイの言葉と微笑みを受けたアンナは、彼が優しい人だと分かったのだろう。今まで我慢していたものを吐き出すようにレイの胸へと飛び込んだ。

 

それを見ていた弟の方にもレイは笑いかけた。

 

「俺はレイ。ぼく、名前は?」

 

「えっと、ケン」

 

「そっか。ケンもパパとママがいないのによく頑張ったな。ほら、おいで」

 

「……っ!」

 

その言葉にケンもレイの胸に飛び込んできた。

 

流石、妹を守り抜いた立派なお兄ちゃん。アンナたちの不安を簡単に取り除いて見せた。

 

少しの間姉弟を安心させるように抱きしめていたレイは二人が落ち着いてきたのを察して次に話を移す。

 

「なあアンナ。君さえよかったら、俺にもこの子を守る手助けをさせてくれないか?」

 

「えっ……いいの?」

 

「もちろん。俺のために、君たちを守らせてくれ」

 

自信に満ちたその言葉に、アンナもすぐに了承する。

 

「……うんっ」

 

答えを聞いたレイは笑顔で頷いた後に、まだ自身の腕の中で不安げに涙に濡れる瞳を揺らす弟に微笑みかける。

 

「ケンも。俺が必ずパパとママに会わせてあげるから、兄ちゃんについてきてくれるかい?」

 

「……ほんとう?」

 

「ああ、絶対だ」

 

その力強い返事と表情に何かを感じ取ったのだろう。目元をごしごしとぬぐったケンは頑張って頷いた。

 

「ケンは強い子だな」

 

それに笑みと共に頷き返したレイは立ち上がった。

 

すでにレイたちの周囲に人の影はなく、完全に逃げ遅れてしまっている。そして周りは火の海。

 

「とりあえず安全な場所へ行こう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああん? もしかしてボクたち迷子かなあ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

いきなり背後から声をかけられ、レイは咄嗟にアンナたちを庇うようにして振り返る。

 

警戒を怠った自身を叱責し、レイは前を見据える。

 

彼がまず目についたのは、燃える炎の波に揺蕩う髑髏を模した仮面だった。

 

仮面は口元の部分で切り取られており、あらわになっている口元にはいやらしい笑みが刻まれている。そして全身を覆う黒のフード。

 

間違いなく、死喰い人の一人だった。

 

アンナたちも目の前の男から嫌な気配を感じ取ったのか、レイの両足にしがみついている。

 

へらへらと不用心にこちらへ近づいてくる男から警戒の類が一切感じられない。完全に自身の優位が揺らぐことはないという驕りが垣間見える。

 

小さく舌打ちを一つ、レイは警戒を怠ることなく足元にいるアンナたちへと語りかけた。

 

「大丈夫、すぐにあいつぶっ飛ばしちまうからな」

 

レイは不安げに見上げる二人を安心させるように小さな頭をガシガシと撫でながら微笑みかけ、そっと二人から距離をとるように歩を進める。

 

その時、アンナたちは見たのだ。

 

 

 

自分たちを守ってくれる、とても大きな背中を。

 

 

 

そんな二人を尻目に、杖を片手にレイは炎が渦巻く中で改めて死喰い人と対面する。

 

「なあボク、今なんか俺をぶっ飛ばすとか聞こえたんだけど?」

 

にやにやと。下卑た笑みを浮かべる男に対し、レイは静かに言い放つ。

 

「そう言ったんだよ、聞こえなかったのかマヌケ」

 

「…………」

 

「二人がまた怯えちまう。さっさと片付けさせてもらうぞ」

 

レイはそう言って、気合を入れるように杖を切り払う。

 

対する死喰い人の男は茫然としていた。

 

怯えたり慌てふためく姿を想像していた死喰い人は、まさかの堂々たる切り返しに口を噤んでしまったのだ。

 

……それは、男には耐えがたいものであった。

 

そして、何かを取り繕うように顔を歪めた。

 

「はは……そりゃ笑える冗談だ! なあおい、笑え過ぎて……」

 

男は途中でわざとらしく言葉をやめて……次の瞬間。

 

 

 

「ぶっ殺したくなるなぁクソガキぃぃっ!!」

 

 

 

杖を振りかざし、激高した。

 

この死喰い人は、弱い者いじめが大好きだった。弱者が苦しみ、泣き叫ぶ姿はたまらない。今回の襲撃に参加したのも、久しぶりに快感を得たかったからだ。だからこそ、先ほどまで男の願い通り事が運んでいて上機嫌だったのだ。

 

そんな時、おとなしくされるがままになっていればいいはずの弱者が強者である自分に生意気にも英雄気取りで歯向かってきた。

 

せっかくのいい気分が台無し。いまこの男には、目の前の少年を叩き潰し、踏みつぶし、許しを請わせ、さんざん痛めつけた後に……殺す。そのことしか頭になかった。

 

死喰い人は感情に任せたまま杖を振り上げ、一息に振り下ろした。

 

だが、ここで一つ。男は大きな勘違いを犯していた。

 

それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなもんかよ、死喰い人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自身が弱者であり、目の前の少年……レイが、強者であったことである。

 

レイは自身に迫る呪いに少しも動揺することなく、わずかな動作で呪いをはじき返した。

 

「……は?」

 

まさかの展開に呆気にとられる死喰い人。その隙を、レイが見逃すはずがなかった。

 

彼は返す掌で失神呪文を繰り出す。

 

「っ!?」

 

弱者と思っていた少年からのまさかの反撃。男は既のところで防ぐことに成功したが、さらに頭の中を怒りに染めてレイへと顔を向ける。

 

そして死喰い人が目にしたのは……。

 

 

 

 

 

視界いっぱいに広がる、少年の拳であった。

 

 

 

 

 

それが、男が見た最後の光景だった。

 

「ぎぇあっ!!?」

 

レイの渾身の一撃が頬に突き刺さり、男はおかしな声をあげながら後方へと吹き飛ばされる。

 

そしてレイは拳を振りぬいた勢いのままに一回転して男へと追い打ちを叩き込んだ。

 

「ステューピファイ!」

 

レイから放たれた失神呪文は吹き飛ぶ男に真っ直ぐに駆け抜け、見事に直撃する。

 

「————」

 

空中で失神呪文が直撃したことで、さらに男の吹き飛ぶ勢いが増し……そして。

 

 

 

男は失神したまま、止めとばかりに瓦礫の山に突っ込んだのであった。

 

 

 

男にとって幸いだったのは、突っ込んだ場所にはまだ火の手が伸びていなかったことであろう。

 

炎の波が猛る中、レイは男が突っ込んだ場所へと油断することなく歩み寄る。杖を構えながら辿り着くと、そこには失神したまま至る所から血を流す油断した男の末路があった。

 

「……死喰い人も名ばかり、か。シルヴィが塵っていうのも頷けるな……っとと」

 

そう言ってレイが一息ついていたところに、足元に軽い衝撃が走った。

 

戦いが終わったことを感じ取ったのだろう。レイの後ろで守られていたアンナたちがレイに駆け寄ってきていた。

 

「にいちゃん、すごい!」

 

「レイさん、守ってくれてありがとうっ」

 

「……おう、どういたしまして」

 

レイはニカリと笑みを浮かべた後に、アンナたちの頭に手を置いた。

 

これにて危機は去った……わけではない。

 

周りは絶賛火の海であり、逃げ遅れたレイたちは完全に孤立している。

 

何より……。

 

「おい、こっちから何か聞こえたぞ!」

 

「そっちは確かあ奴が遊びに行った方向だな……。何かあったのかもしれん。探すぞ!」

 

目の前で失神している男の仲間たちが迫ってきていた。

 

レイ一人ならばなんとか切り抜けられるかもしれないが、いまはアンナたちがいる。

 

「こりゃまずいな……よし、予定を変更してシルヴィたちのところに戻るか」

 

現状を把握したレイの行動は早かった。

 

「アンナ、俺の背中におぶされ。ケンは俺が抱えるから」

 

「う、うんっ」

 

レイの言うことにに素直にうなずいたアンナは言われたとおりにする。

 

二人を軽々と背負い、抱えたレイは何でもないように立ち上がった。

 

鍛えておいてよかったと彼は独り言ちながらさっさと立ち去ろうとしたところで、ふと足を止めた。

 

そして足元に転がるマヌケを見やる。

 

「…………うん、持ってくか。なんかの役に立つかもしんないし、俺たちがいた証拠も残したくないし」

 

レイはケンを抱えたまま器用に杖を一振り。マヌケは浮き上がり、これでレイの後を付いてくるようになる。

 

そしてまた一振り。今度は先ほど声が聞こえてきた方向にある瓦礫を崩して、こちらに来れないように足止めする。

 

そして最後の一振り。

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

主人の呼び声により参上したのはレイの守護霊、傷だらけの獅子であった。

 

突然の獅子の登場にアンナたちは子供らしい感嘆の声をあげる。その無邪気さに苦笑したレイは簡潔にメッセージを伝える。

 

「シルヴィに。今から子供二人と塵を連れてそっちに帰る。……頼んだぞ」

 

本来ならばここで一吠え上げたいところだが、獅子は主の意を酌んで静かに駆けていった。

 

レイは最後にアンナたちに声をかける。

 

「ちょっと揺れるけど、我慢してくれな」

 

「「うんっ」」

 

元気な返事を聞いたレイは、獅子の後を追うように自身も駆け出す。

 

レイの咄嗟の足止めは功を奏し、いまだ死喰い人たちはこの場にはやってきていない。

 

その隙にレイは悠々と炎の隙間をかいくぐるようにして駆けていく。

 

そして彼の後姿は、燃え果てた残骸が崩れていく陰に消えていくのだった。

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