死喰い人の襲撃から一夜明け、クィディッチ・ワールドカップが行われた場所が朱色の朝焼けに照らし出される。
徐々に明らかになっていく草原の有様は凄惨なものだった。
新緑は灰となり、黒の残骸が至る所に転がっている。残骸からは煙と炎が未だ上がっているところもあり、せっかくの澄んだ朝の空気を濁らせてしまっていた。
その光景が、鼻につく匂いが。
昨晩あったことが事実であると物語っているが、しかし悪夢のような一夜が去ったことは事実。現在、脅威が過ぎ去ったクィディッチ・ワールドカップの会場では闇祓いが安全を確認し終え、散り散りに避難していた人が集まってきているところだった。
魔法が扱える大人たちはすでに姿くらましでこの会場から避難しているが、そうできない者たちもいる。杖をこの騒ぎで紛失、または折れてしまった者。怪我や体の不調で十全に魔法を扱えなかった者。……そして、親と逸れてしまった子供たちなど、だ。
そんな事情もあって、会場には未だ多くの人がいた。人々の顔には影が差している。
身を照らす光には似つかわしい絶望がさまようの跡地。……だが、絶望がいつまでも蔓延ることはない。断じてだ。
その証拠に……。
「「パパっ! ママっ!」」
「アンナ、ケンっ! 無事だったか!」
「ああ、私たちの可愛い子供たち! 心配したのよ。ほら、ママにもっとその愛らしい顔をよく見せてっ」
あれほどの大騒ぎ、命を拾っただけでも僥倖。何よりも知人や家族、恋人と離れ離れになった者たちが生きて再会できたことは希望以外の何物でもないだろう。
お互いの無事と再会を心から喜び合うそんな一団の中、とある少年が助けた子供の姉弟、アンナとケンも無事に両親との再会を果たしていた。
姉弟は目の端に涙をたたえながら、同じく涙をこらえて我が子の無事を喜んでいる父と母の胸に勢いよく飛び込む。父と母は我が子の無事を、その存在を確認するように二人をきつく、しかし愛情を目いっぱい込めて抱きしめたのだった。
……しばらく、一家はお互いの無事を分かち合う。
抱きしめるだけでは足らず、父は姉弟の頭を力強く撫で、母はキスの雨を降らせていく。それを姉弟はくすぐったそうにしながらも笑顔で受け入れるのだった。
こうして一家は言葉なき愛情の応酬に一段落し、父が一つの疑問を口にした。
「それにしても本当に無事でよかった。お前たち、どうやって隠れてたんだい?」
「隠れてたんじゃないよ。レイ兄ちゃんが助けてくれたんだ!」
「レイ?」
「うんっ。お兄ちゃんが悪い人をやっつけてね、私たちを助けてくれたの!」
アンナとケンは身振り手振りで事のあらましを語るが、父と母は興奮している二人の話からは要領があまりつかめなかった。
しかし確かなことがある。それは愛する我が子を助け、こうして再会させてくれた人がいる、ということだ。
「そうかそうか。なら、その人にお礼を言わないとな」
「そうねあなた。アンナ、ケン。そのレイさんはどこにいらっしゃるのかしら?」
「お兄ちゃん? それならあそこに……あれ?」
アンナは先ほど自分たちを送り出してくれたヒーローの場所を指さすが、そこには………すでに姉弟のヒーローは見当たらなかった。
「よかったですねレイさんっ。二人ともご両親に会えて」
「だな。俺も約束が守れてよかったよ」
「ねえねえみんな! あの子たちの親御さんにあいさつしなくてよかったの!? それだけじゃなくって、みんなが助けてあげた人たちのことも……」
「そんな必要ねぇよトンクス。これまでのことはみんなみーんな悪夢そのものだったんだ。夜が明けて悪夢も覚めた。俺たちは夢のかなたにおさらばってね」
「ふふっ、珍しく詩的ではないかレイ」
「うっせ」
「……はぁ、子守もこれで終いだ。帰るぞ愚か者ども、マッド殿を待たせている」
「はいっ」
「えっ、えー……」
………………
…………
……
……
…………
………………
『K・Wの夜に起きた悲劇!! その凄惨の場に現れた小さな四人のヒーローとは!?』
ネビル・ロングボトムが持ってきた新聞に書かれた大見出し。夏季休暇中に何度も見返したそれに苦笑しながら、ハリー・ポッターはガタゴトと列車に揺られつつ外へ目を向ける。
足早に流れ過ぎていく景色は夕焼けから夕闇に様変わりしており、自分のもう一つの故郷へ近づいているのが分かる。
二年目、三年目とトラブルに見舞われたが、今年は何事もなく登校できそうなことにハリーはまた一つ苦笑した。
「じゃあ、レイたちが会場で使った魔法は大丈夫だったんだ」
その声にハリーが見やると、通路側に座ったネビルが一人納得している。その隣には透き通るような赤毛を揺らして、エステル・マクレイアが肯定した。
「うん。お母さんがね、身の危険があったときは例外で未成年でも大丈夫だって。新聞にもシルヴィアとギルバートがお偉いさんに掛け合って名前は伏せさせたみたい。でもレイたちを知ってる人が読んだら何となくわかるよねぇ」
「その記事のせいで魔法省や闇祓いがひどくたたかれてるみたいね。この記事を書いたリータ・スキーターって人は相当あくどい記事を書くことで有名よ」
「おかげでパパはあれから連日出勤。担当部署でもないのにクレームとか記事の四人は誰かとかの対応で、フクロウ便の嵐だってさ」
エステル、ハーマイオニー・グレンジャーと続き、最後にロン・ウィーズリーがそう締めくくって肩をすくめた。このコンパートメントには最初ハリーたちが四人でいたのだが、ネビルが友人の載った新聞を片手に後からやってきた形だ。
ではなぜ、ネビルが新聞を持っていたのか……それは夏季休暇にまでさかのぼる。
ネビルが夏季休暇中、祖母と朝食を摂っていたいた時のことだった。
祖母が預言者新聞を手に絶賛しているのを見て、気になって覗き込むと……なんとまあ心当たりのある四人組のことが書かれているではないか。
思わず吹き出してしまい、つばをかけてしまった祖母にしこたま怒られたのは苦い思い出だ。
手紙ではレイから最小限のことしか教えてもらえなかったので、列車に乗った後も事情を知っている人たちを探し回ったところでハリーたちを見つけた、というのが現状だ。……エステルが詳細を知っていたのは母からのリークがあったからだ。
あきれた様子のロンを横目に、ネビルがハリーから新聞を返してもらいながら見出しの一文を声に出す。
「『被害者たちはお礼を言おうとしたところ、いつの間にか子供たちは姿を消していた。見返りを求めず颯爽と去っていったその姿はまさにヒーロー。変わって闇祓いはどうだ。事態の収拾にてこずり、ようやく救助に動いたのは夜明けという対応の遅さ。闇祓い含む魔法省は、未成年でありながらも人命救助に尽力した子供たちを見習うべきである』……これってさ」
読み終えた後にずっと気になっていたことをネビルはみんなに尋ねる。
「レイのいつもの
その言葉に、一同はその様を思い浮かべる。
すべての行動は自分のために。
彼らの友人、レイ・オルブライトが掲げる彼の流儀、信念。
それをよく知る五人は、彼の……もはや冗談ともいえる見当違いな謙遜を思い起こして……。
コンパートメントは笑い声に包まれるのだった。
………………
…………
……
……
…………
………………
「……なぁステラ。俺、妙に見られてないか?」
時は少しばかり進み、数か月ぶりに帰ってきた魔法学校ホグワーツ。
毎年生徒一同が最初に集う大広間にて、恒例の新入生の組み分けが終わった直後の現在。エステルの思い人は数時間前にハリーたちと予測したことが的中していた。
新聞で名前は伏せられていたが、エステル同様、親が魔法省に勤めていたり、ある程度のお偉いさんを親に持っていればある程度の事情は知れるだろう。まあ、そのお偉いさん筆頭を親に持つシルヴィアとギルバートが対応したのだ。名前はばれてない。
エステルも口にしたが、わかる人にはわかる内容だ。
居心地の悪そうに体をゆするレイに苦笑しながら、エステルは多くの視線と内緒話にさらされている片思いの人におどけて返した。
「そう? ワールドカップのことは本当に新聞にも名前はなかったし、気のせいじゃないかな?」
「いやこの視線の量は気のせいじゃ……待って。なんで今ワールドカップのことが出てきたの?」
「さあなんででしょう? ふふっ」
「え、ホントに待って。新聞きちんと名前載ってなかったじゃんっ。ねぇステラさんってば!」
ごまかすエステルの肩に手をのせて問い詰めるレイ。このようなことは珍しく、楽しくなっているエステルにそばにいるハリーたちもつられて笑みがこぼれる。しかし動揺が激しくなってきているレイは反対に必死だ。……その様が件の噂の信憑性に拍車をかけているとも知らずに。
ちなみにだが、そんな二人の様子を見て何のやり取りをしていたか察した残りの三人のうち、シルヴィアは一人は微笑まし気に笑みをたたえ、ギルバートは愚か者がと独り言ちた。……さらにちなみにだが、最後のアリスさんは何にも気づくことはなく、純粋に友人たちと組み分けを楽しんでいたのだった。
いまだにイチャイチャ(はたから見た絵)しているレイとエステル。いい加減落ち着かせようとハーマイオニーが止めに入ろうとしたところで……それは起こった。
突如鳴り響く轟雷。
大広間の天井に広がる、空を映し出す魔法が暴走しだしたのだ。
たかが天井の魔法が雷を表現しただけ。……いうのは安いが、腹の底を殴るような独特な重音は和気あいあいとしていた生徒たちに叫び声をあげさせるには十分だった。
一瞬で悲鳴が連鎖する大広間。
それにとっさに反応し、臨戦態勢をとったレイが杖を抜いてエステルとハーマイオニーを背にかばうように立ち上がる。そんな彼の天井を見上げる目の端では、頼もしい天才と秀才がすでに杖を天井に掲げていた。
瞬間、二筋の閃光が空を駆け抜ける。
二つの呪文はお互いに干渉することなく、暴れる夜空にたどり着き、溶けていく。
そうしてすぐに雷は鳴りを潜め、大広間の天井は輝く星々を再び映し始めた。
その間、わずか一瞬の出来事。
あっという間に騒ぎが収まったことで、大広間は少しの間静寂に包まれる。
しかしそれを……ダンッ! と何かが床を強くたたいた音が終わらせた。
「うむっ。話には聞いておったがなかなかやるではないかそこの二人! 天才秀才ともてはやされておるのは伊達ではないらしい」
先の音とその声は大広間の入り口から聞こえてきた。
つられて全員がそちらに顔をむける。それには呼ばれたシルヴィアとギルバートも同様で……しかしそれがだれかと分かった瞬間、二人は驚きで顔を染めた。それは二人だけではない。その人物がだれか分かったものは同様に驚愕する。
……そこ立っていたのは、異様な様相の男性だった。
あたりをぎょろつく義眼。傷だらけでゆがんだ形相。杖を突き傾いた体。
全校生徒の視線をくぎ付けにしても全く動じないその男性は……。
「……マッドアイ・ムーディ」
誰かが無意識に口にしたその異名。それこそが彼の正体だ。
現闇祓いの中でも最強の男。一昔前の闇の時代を戦い抜いた英雄。
その彼が今、ホグワーツにいる。
一気にざわめきが広がる大広間。本日の大広間は悲鳴やざわめきで大忙しだ。
その中を平然と大広間の檀上に向かって突き進むムーディ。
「わしが正式に教師になったらすぐに点をやろう。一点だがな。そして……」
杖を突きつつ、引きずるように歩いていたムーディがふいに足を止める。次に彼は首を急にグリンッと動かし、ぎょろぎょろと周囲を見ていた義眼である人物をとらえていた。
「異常を察した瞬間に仲間をかばい杖を構えて臨戦態勢。新手のわしを前にしても一切油断もスキも怯えもないその根性……常に戦いを意識しているな。いいぞ! 油断大敵っ!! ワハハッ」
「お、おう?」
急に意識を向けられ、見知らぬ人物から早口でまくしたてられた当のレイは困惑でいっぱいだ。……ただ、ムーディの言うとおり警戒を一切解いていない。
そんな中、レイの背に守られていたハーマイオニーが彼の裾を優しく引いた。
「レイ、この人はアラスター・ムーディ。闇祓いで有名な人よ」
ハーマイオニーからでたその名前に、レイは心当たりがあった。
「え、アラスター……? ……あっ!? エドナさんとトンクスの言ってた偏屈くそジジイ!」
レイのその……あまりにあんまりないいように最初は何を言い放ったかわからなかった周囲の人間は、しかしすぐに理解し……爆笑に次ぐ爆笑がこだました。
これにはシルヴィアも声をあげて笑い、ギルバートは本当に頭が痛いとこめかみに手を当てた。なお話題に上がったエドナを祖母に持つアリスは申し訳なさと恥ずかしさで顔を真っ赤にして両手で覆っていた。
「おい貴様いい度胸だな表へ出てやるか小僧」
「あぁすみませんすみません!!」
さっきまでの警戒はどこへやら。平謝りを繰り返すレイに杖を突き付けて脅し続けるムーディ。そこにようやく(おそらくこの場を楽しんで遅れた)ダンブルドアが仲裁に入る。……ちなみにこれ以降
「久しいのぅアラスター。頼みを聞いてもらえて感謝する」
「まったくとんだ歓迎だなアルバス。……おい小僧、レイといったな。最初の授業を楽しみにしておけよっ、ワハハハッ」
「……お、終わった。……ん? 授業?」
レイの疑問はすぐに解消された。
ダンブルドアがムーディをつれて彼を席に案内した後、壇上に立った。
「皆の衆、今年は例年にない驚きで胸がいっぱいだろうと思う。新入生諸君も安心してほしい。このようなことはこれから七年間たっぷり味わえるからのう」
お茶目なそのいいように新入生たちから笑い半分、戸惑い半分といった声が上がる。
ひとしきり話させた後、ダンブルドアは続ける。
「先ほど皆の笑いを集めた彼、アラスター・ムーディはわしの友人での。わしたっての頼みで今年の『闇の魔術に対する防衛術』の教師になってもらうことになった」
先のやり取りでうすうす察していたのだろう。大広間は驚きではなく、納得と興奮、若干の恐怖で包まれていた。
……ただ一人、改めて絶望に打ちひしがれていたが。
「終わったっ……!!」
「だ、大丈夫だよレイ。あとで一緒に謝りに行こ?」
「ス、ステラ……」
「「……われらが友よ。アーメン」」
「ちょっとフレッド、ジョージ!」
レイが双子におちょくられている中、ダンブルドアが場を落ち着かせてさらにつづけた。
「今年の『防衛術』の先生も決まり、組み分けも大いに盛り上がった。あとは豪勢な晩餐を待つだけ……なのだがのぅ。皆の衆、少しばかり時間をもらえると助かる」
いつもならすぐに晩餐会へと面白おかしく移行していくのに、今年は妙に含みを持たせてホグワーツ校長はお腹をすかしている生徒たちに待ったをかけた。
例年とは違うそのいいように周囲がひそやかに言葉を交わす。そんな中、先ほどまでうなだれていたレイも諦め、というより覚悟を決めた。
やりあうならあがいて最後までやってやらあっ! と意気軒高に戦意を高めて前へ向き直る。
……そして知らされたのは驚愕する事柄であった。
なんとほぼ全校生徒が毎年楽しみにしている……クィディッチの対抗試合が今年は中止となったというのだ。
大広間が一転、阿鼻叫喚に包まれる。今年の大広間は本当に大忙しだ。
先ほどまでレイとムーディのやり取りに笑っていたハリーも他人ごとではない。彼は一年のころから選手としてやってきたプレイヤーなのだから。
「そんな!? ファイアボルトにもようやく慣れてこれからって時にっ……!」
「こりゃチャーリーに知らせなきゃ! きっとドラゴンに乗ってぶっ飛んでくるぜ!!」
「二人ともちょっと待ってっ。校長先生が何もなくそんなことしないと思うわ。話の続きを聞きましょう?」
ハーマイオニーが騒ぐハリーとロンをそう諭す。そしてそれは間違いではなかった。
なにより……。
「静粛に!! ……うむ。皆の動揺も文句も、わしの髭に対する個人的な中傷も仕方ないと思う。だが、今年はクィディッチ以上に盛り上がることをここに約束しよう」
これから歴史的大イベント。
「わしは、今、ここに!」
「三大魔法学校対抗試合の開催を、宣言するっ!!」
栄誉、誇り、強さ。そして命。
己のすべてをかけた戦いが……今、始まるのだから。