三大魔法学校対抗試合。
それは文字通り三つの魔法学校、ホグワーツ、ダームストラング、そしてボーバトン。この三つの学校が、三つの課題をもって競い合う歴史のある催しだ。
各校から代表選手が一人選ばれ、学校の名と名声をかけて戦う。これに勝利したものは『永遠の栄誉』が与えられ、その名は未来永劫語り継がれることになる。
栄えある代表選手は『炎のゴブレット』が選ぶ。
『炎のゴブレット』とは、三大魔法学校対抗試合にとってある意味そのものであり、魔法的制約をもった杯だ。
そのゴブレットに代表を希望する者が自身の名前を書いた紙を入れ、そこから
魔法的制約を持った杯が選ぶ。だからこそ、あとから試合に出たくない、と言っても無駄なのだ。制約は絶対。あとから参加しなければよかったなどと後悔しても試合からは逃げられないのだから。……まあ、そんなことは名前を入れた者たちのレベルが低い場合に起こるイレギュラーではあるが。
逃げる者が出てくる。……そう、三大魔法学校対抗試合はそれほど危険なのだ。なにせ開催されるたびに死者が現れ、仮に勝利したとしても『永遠の栄誉』と引き換えに大切なものを失ったものも少なくない。
よって現在まで非人道的ということで開催が禁止されていたのだ。
それが長い時を経て解禁される。
魔法省が歴史的催しを廃れさせまいと復活を夢見て奔走し、その思いに応えた各著名人などが協力してくれたおかげで今回の開催にこぎつけた。万全を期した状態が整ったと判断されたからだ。もちろんかの大魔法使い、アルバス・ダンブルドアが協力しているのも大きいだろう。
現在、ゴブレットは食事時を除き大広間に鎮座してる。試練に臨むために設けられた期間は10月31日のハロウィンの夜。そこで今回の代表選手が決まるのだ。
自分のすべてをかけて挑む三つの課題。
これには我らが主人公、レイ・オルブライトもたいそう興奮して……。
「『永遠の栄誉が約束されるだろう』? あほか、そんなんもらったってどうしようもねぇだろ。栄誉なんかのために死んだんじゃ意味ないだろうに」
ええ、まったく興味がありませんでした。
自分の大切な人を守る。それさえできればいいわけで、他者からの賞賛など我らが主人公はこれっぽっちもいらないのである。そんなことよりも今から向かう『闇の魔術に対する防衛術』の授業のほうが興味津々だ。……主に自分が何をされるかという不安で、だが。
教室までの道のりは三大魔法学校対抗試合のことについて盛り上がっている生徒たちでいっぱいだ。誰が紙を入れるのか、誰が選ばれるのか。気の早いものなどは第一の課題は何かまで話のタネにしている。
それらを横に見ながら、レイは隣を歩くシルヴィアへと声をかける。
「フレッジョもよくやるよな。年齢詐称薬、だっけ? ギルの奴に断られても自分たちで作るっつって諦めねぇんだもんなぁ」
「……あぁ、そうだな」
しかし返ってきたのは疲れたようないらだったようなぬるい返事。
仮にも最愛からの受け答えとしてはあまりにも不自然なシルヴィアの様子に、そのわけを知っているレイはあきれたように再び声をかけた。
「まださっきのこと気にしてんのかよ。別に俺もギルも気にしてねぇって」
「……しかしだな。昨日この手の輩は確実につぶしたからもう来ないと思っていたのでな」
「お前とアリスがそれくらい魅力的だったってことだろ。まっ、当然だけどな!」
「な、なぁっ!?」
気落ちしていたシルヴィアに突然レイから爆撃呪文が放たれた。
他人の容姿やその変化に興味のないレイが人の容姿を褒めるのは実にまれだ。だからこそ、その実直な称賛はシルヴィアに会心の一撃を与えた。
「……れ、レイは、本当にずるいなっ。君にそのように真っすぐに言われてしまったら、顔がにやけて止まらないではないか!」
ふふふふふっと頬を押さえてご満悦な親友の姿に、レイはようやっと機嫌が直ったと嘆息する。
シルヴィアが先ほどまでこうも気分を害していたのには訳があった。……まあ、言ってしまえばナンパである。
ナンパ、である。
彼女が入学して数年。彼女がどういう人間なのかは話題に尽きないほど知れ渡ってるはずだ。
今更シルヴィアに対してそのような愚行をするものがいるのだろうか。
そんな命知らずがこのホグワーツにいるはずがない。……いや、いなかったのだ。
残念ながら……
シルヴィアとアリスに対してナンパを強行したのは、あの
それは朝食前のこと。
珍しくシルヴィアとアリスが大広間に早く来ており、レイとギルバートを待っていたのだが……彼女たちがいる場所がよくなかった。
レイたちが大広間で食事を摂る際は、いつも入り口そばのグリフィンドール寮の端で食事している。ということは、大広間にやってくる人たちの最初に目に入る場所に位置する。
そこでシルヴィアを、何より純真なアリスを視界に入れてしまったのが彼らにナンパを強行させる要因となってしまった。
……まあそれも、後から来たレイとギルバートがあっという間に片づけてダンブルドアとダームストラング校長に差し出したことで事なきを得た。……そうしなければ、シルヴィアによって二校間での過去最悪の問題になっていただろう。
ここで一つの謎が残る。なぜこのホグワーツに。他校の生徒がいるのか、というものだ。
三大魔法学校対抗試合だから。といえばそうなのだが、各校の最高学年がこの試合のために一年、慣れ親しんだ学校を離れてイギリスにやってきてくれたのだ。彼らの授業含め、魔法省がただ用意したホテルやアパートメントで滞在は申し訳ない。
という事情もあり、三大魔法学校対抗試合があるこの一年は他二校、ホグワーツにて滞在し授業を受けていただくことになっている。
「まあこれでダームストラングの奴らもシルヴィとアリスに手ぇださねーだろ」
「ふふふっ。……ん? 何か言ったかレイ」
「いーえ何でもありましぇん」
今度は上機嫌ゆえに人の話を聞かない天才にレイは苦笑する。
ところで、今回開催される三大魔法学校対抗試合では、以前まで開催されていた試合とは異なる
それが先ほどレイが少し口にした
今回開催される三大魔法学校対抗試合では成人、つまり17歳以上が参加を許されることになっている。なので、あと1年で17歳となるフレッドとジョージは今年参加できない。
これに好奇心そのものである二人が耐えられるか。……否である!
ということもあり、フレッドとジョージは秀才であり、いたずらグッズ共同開発者でもあるギルバートに年齢の詐称協力を依頼した。が、レイと同様、栄誉のために命云々クソくらえの彼が手伝うはずもなく。だがすげなく断られた双子が挫けるはずもなく。
自力で年齢を偽る薬の存在を探り当て、その作成に今あるすべてを注ぎ込んでいる。それで、かのアルバス・ダンブルドアの結界を越えられるか。……まあ、彼らの努力に期待だ。
「さてと。いよいよ最強の闇祓いと改めてご対面だ。お手柔らかにお願いしますよっと」
………………
…………
……
……
…………
………………
大広間の天井はあの日から一度も不調を訴えることはなく、本日の天気と同じきらめく夜空を映し出している。
「あむっ、はむっ……あぁむ!」
「「「…………」」」
「もぐ、んぐ、もぐっ。……こくんっ……っはむ!!」
いつもよりもなお騒がしさが増している夕食時、他校の生徒たちがこのホグワーツで暮らすようになって一週間。このころにはお互いが打ち解けあって、他校といえど気の合う者たちが集まって話に花を咲かすころだ。
それは三校の交流として花丸満点だが、一週間でそれができるのは少数だ。たとえそれが、多方面で極めて優秀なことで有名なレイ一行も同じである。まあ四人のうち三人の基本スタンスが「他者どうでもよくね?」なのだからなおさらだ。
そして今。そんな三人とは逆に、人と仲良くするのが大好きな一人……アリス・バウンディはといえば……。
「はぐっ、あむっ。……もぐもぐ、はむぅ!」
「んぐ、んぐ…………んぐぅっ!?」
「ああいわんことではない。ほら、私の怒れる天使。アップルジュースだ」
案の定、慣れないことをしていたアリスは喉を詰まらせてしまい、そうなることを予見していたシルヴィアがすかさず手元にあった飲み物を慌てふためきながら腕をバタバタさせるアリスに差し出す。
するとそこに、突然屋敷しもべ妖精が現れた。
「お嬢様! 私たちの料理に何か!?」
その屋敷しもべは、足に種類の違う靴下を履いていた。どうやらアリスの状況を勘違いしたようで、心配して思わず出てきたようだ。
「ああいや、アリスが喉詰まらせただけさ。大丈夫だよ、ありがとうな。えっと……」
「ドビーにございます、レイ・オルブライト様!」
「俺を知っているのか?」
「当然にございます、ハリー・ポッターのご友人! ……それでは、お嬢様も何事もないご様子ですので、ドビーも失礼いたします」
屋敷しもべ妖精……いや、ドビーは優雅に一礼して、指を鳴らして消えていった。
その姿を見送ったレイは、今の言葉に頭の隅に引っかかる違和感を感じて首をかしげる。
「……ハリーの友人で俺を知ってる? ……ん-と、どっかで見たことあるなぁ」
「二年前の校長室前。ルシウス・マルフォイが後ろに連れていたやつだ」
さすがはギルバート。蛇王との決戦直後の些細な出来事さえ記憶の中にとどめているようだ。
「あぁ、あの時の! 確かハリーが解放してやったんだったか。そうか、ホグワーツに勤めることになったんだな」
友の記憶を借りて違和感を解消したレイは、同じく友の手を借りてようやく落ち着きを取り戻したアリスへと向き直る。
「アーリス、お前がそうやって怒る気持ちは……ああ、俺も痛いほどわかるよ。でも、必要なことであるのも確か、だろ?」
そう言ってレイは、大切な友人であるネビル・ロングボトムが……
「まてまてレイ! あの時はマッドアイの言葉に納得してくれただろう! だからこそ説得してくれていたのに君がアリスに感化されてどうする!?」
「っと。わ、悪い悪い。つい……」
「……はぁ。愚か者どもが、と一蹴するのは簡単だが。……この二人に
ギルバートが珍しく毒を濁して深いため息を突く。彼も、自身の親友たちが本当に怒っていることを理解しているからだ。……そして、それに共感できるとも。
レイが正気に戻ったところで、アリスが復活した。
「こふっ、こほっ! ……ふぅ。むんっ! わ、私だって大切なのはわかっています。禁じられた魔法を知らなければいけないのは……おばあちゃんやお父さんからいっぱい聞いたから分かるんです。……でも! そ、それはそれ、これはこれです!
喉を詰まらせて、一瞬でも生死をさまよってもなお、アリスは怒りを引っ込めない。
純真無垢、天真爛漫、純情可憐。
これらすべてを体現したようなアリスがここまで怒ること。……それは、『闇の魔術に対する防衛術』の授業内容だった。
「……だよな。俺もそう思うよ」
そう言ってレイは数刻前の『闇の魔術に対する防衛術』の授業を思い返す。
かのマッドアイ・ムーディが行った授業。それは自身の経験からくる防衛術の基本ではなく、自身が食らった闇の魔術の対処法でもなく。……彼が最初の授業で行ったのは、
許されざる呪文。
それは魔法省が定めた、使ってはいけない三つの呪いの総称だ。
クルーシオ、磔の呪文。
インペリオ、服従の呪文。
……そして、最凶にして最悪な呪文。アバタ・ケタブラ。
その呪文の効果は単純至極。
ほぼすべての呪文を防ぐ防護呪文を受け付けず、ただただ死という概念を相手に贈る呪文。
ゆえに禁じられた呪文、許されざる呪文。
これまでの時代、闇の軍勢がいつの世も優勢をとっていた要因の多くを占めていた理由がこれだ。……だからこそ、魔法省が禁じたともいえる。
それを。
魔法省が禁じたそれを。マッドアイ・ムーディはたやすく破ってみせたのだ。
もうお分かりであろう。
他人であろうとも、人が悲しんだり苦しむ姿を見るのが本当に嫌いなアリスにとって……いや、家族が闇祓いで、ほかの誰よりも許されざる呪文の恐ろしさを知っているからこそ、誰よりも優しい彼女は怒っているのだ。
それはレイも同様だった。
人一倍気の弱く、けれどその数倍は優しさに満ちているレイの友人、ネビル・ロングボトム。そんな彼が授業を受けている生徒たちを代表して、ムーディが使用した磔の呪文の効果を目の当たりにしたのだ。
実験台として使われたクモが、のたうち回り苦しむさまを。
それに、ネビルが極度に恐れを見せた次の瞬間。
レイは、マッドアイ・ムーディに失神呪文を放っていた。
しかしそれをムーディはたやすくはじいて見せた。
「ワッハハ、いいぞ! 来いっ!!」
「てめぇっ!!!!」
友を無造作に害された混じりけのない怒り。
レイの怒号が教室をあっという間に支配する。
怒りに身を震わせる彼の姿に、その声に。そして瞬時に纏ったその覇気に。ほかのクラスメイト達は全身を蠟で固められたように動けなくなっていた。
皆が知る彼からは想像もつかないその姿。
この数年間で培った戦闘経験値は並の闇祓いを超えており、さらに言えば天才と秀才にしごかれ抜いた彼の纏う覇気は尋常のものではない。
そんな男が本気で怒っている。それを止められるものなど……。
「双方、そこまでだ」
「レイ! ストップ、ストーーーップ!!」
いた。
彼を最愛と言ってはばからぬ者と、彼を想い労り続ける者。二輪の花々だ。
シルヴィアは二人の間に割って入り、エステルは飛び出しかけたレイの腰に縋りついた。
これで一段落つくはずだった……しかし。
「なんだ、やらんのか!? つまらん……アバダ・ケタブラっ!!」
瞬間、なんとムーディが死の閃光を放ったのだ。
「なっ!?」
「ばっか……っ!?」
相手の戦意を即座に感じ取り、レイはエステルを背にかばい、シルヴィアが机を宙に浮かべて呪文をさえぎろうとした。
しかし、ムーディが放った
それは……。
いつの間にか逃げようとしていたクモに向けられたものだった。
この機に乗じ、床を這って逃げようとしていたクモは、瞬く間に放たれた
『…………』
死は、クモにもたらされた。
苦しむ声も、身じろぎ一つすることもなく。
クモは死んだのだ。
「そうだオルブライト。お前の俺への怒りはまっこと正しい。グリフィンドールに10点」
ムーディはその様を静かに眺めて杖をしまい、レイに語り掛ける。
「これらの呪文にどれほどの者たちが苦しんだか。だからこそ! お前たちは知らねばならんっ! 油断大敵、だっ!!」
そう、かのマッドアイ・ムーディは呆然とする生徒たち向けて告げたのだった。
……こうして波乱の『闇の魔術に対する防衛術』の授業は幕を閉じた。
が、このことはいち早くホグワーツ中に広まり、闇祓いの生きる伝説に挑んだレイの名はダームストラングとボーバトンに広まることになる。
そんなことは露とも知らないレイは感情的になったことに反省して、振り返りをやめて未だにぷりぷりと怒っているアリスの膨らんだ頬を突っつく。どうやら同じ穴の狢ということで説得は諦めたらしい。
「おお、柔らかい」
「むううぅぅっ。そんなにつつかれたって、屈しましぇん! 私はあんな人の授業は断固反対しますっ!」
「ほーれほれほれ」
「むにぃ~~~~ぅ……!」
アリスの頬をつまんでうにうにするレイとされるがまま、しかし私怒ってます! ぷく~っ、の顔を決して崩さないアリス。
その頬はなんとも柔らかそうで、アリス大好きなシルヴィアが黙っていられるはずもなかった。
「な、なぁレイ。わ、私にも……つぅっ!?」
「……いい加減にしろ愚か者どもが」
しかしそれをギルバートがさえぎった。がっくりと肩を大きく落として手をさするシルヴィアを尻目に、ギルバートがようやくアリスへと向き直る。
「アリス」
「にゃ、にゃんでしゅかぎりゅばーとしゃん」
「…………」
……ばごんっ!
「ごあぁっ!!?」
ずっとアリスの頬をいじめていたレイに制裁が下る。
「いい加減にしろ、と俺は言ったはずだが?」
しかし、顎を見事に撃ち抜かれたレイにその声は届いていなかった。
卓に撃沈したレイをよそに、ギルバートはその切れ長の目をアリスへと向ける。向けられた当の本人はビビりながらも好戦的に彼を見返した。
「な、なんですか?」
「…………ふ、くくっ」
「ほえっ?」
しかし返ってきたのは、仏頂面がデフォルトの秀才の笑いであった。
めったに笑わないギルバートの声を伴った笑み。
あのギルバートが声に出して笑ったことで、アリスも呆気にとられる。
「……あの泣き虫がこうも変わるとは、な」
「ギル、さん?」
小さくこぼすように吐き出た言葉は、しかし誰の耳にも届かなかった。
ギルバートは笑みを引っ込めてアリスに改めて向き直る。
「アリス。お前が駄々をこねようと、マッドアイの授業は有用だ」
「でも、だからって……っ!」
冷静に諭すギルバートにアリスはそれでもかみつく。
しかしそこはさすがのギルバートであった。
「なら、
「……え」
ギルバートはアリスの目を離さぬように強く見つめる。
その力強さにアリスは引き込まれるように見つめ返す。
……それに応じるようにギルバートは続ける。
「マッドアイが何か過ぎたことをしようとしたときに、しっかり守れるように」
お前が守れ。
実際、レイは友を守ろうと杖を手に取った。だからお前もそうあれと、何かあったときはお前が守ってやれとギルバートは言ったのだ。
未だに真っすぐと見つめてくるギルバート。アリスはその瞳を受け止め、ギルバートの言った言葉をしっかりと咀嚼し飲みこんで……。
「……はいっ!」
元気よく頷いたのだった。
ようやく怒りを収めたアリスに、ギルバートはため息一つ食事を再開する。
その様子にいつの間にか復活したレイとシルヴィアが顔を見合わせて……意味ありげに笑いあった。
こうして、何気ない日常が過ぎていく……。
三大魔法学校対抗試合の開催は近い。
次回、「選ばれたのは……」。