山吹さんは構いたがり。   作:呉 光佑

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山吹さんと透明な壁

「起立、礼、着席」

先生が1時間目の授業を締めたので、そうして少し緊張しつつ号令をかけると、途端に空気が弛緩し教室はまばらな話し声に包まれた。

そんな中、組んだ腕を枕に机に突っ伏した彼は異彩を放っていた。

彼は比企谷八幡くん。

総武高校2年F組の出席番号27番、つまりは私の教室に於けるお隣さんである。

「比企谷くん」

休んでいるところを邪魔するのは申し訳ないけど、そう軽く呼びかけた。

しかし反応がない。その耳のイヤホンのおかげか聞こえないようだ。ならばとそっと肩を叩いた。

すると彼は驚いてしまったようでピクリと体を震わすと、身体を起こしこちらを見た。

悪いことしちゃったな。

「驚かせちゃってごめんね」

と謝ると彼は別に気にしてないと言う。それにしては目線が合わないが、あまり気にしてもお互いにストレスだと思ったので流した。

「あー、どうした?」

「あ、うん、2時間目の号令なんだけど、お願いできる?」

「えっと、交互にでいいか?」

私が1時間目の始まりと終わりの号令をしたので、交互にと言うのは二時間目は始まりも終わりも彼がやるという意味なのだろう。

「うん、ありがとう」

そう言うと彼は応とだけ返して、再び机に突っ伏した。

新年度になって2週間あまり、高校2年になって初めての日直。未だ共に日直をしたことのなかった彼との会議はとても平和的に、そして簡素に終わった。

通学カバンから教科書とノートを取り出して先の授業で使ってたそれと入れ替えた。

比企谷くんは不思議な人だ。

物陰や灌木を探さないと見つからないトカゲのような人だから、卑屈で自虐癖のある人なのかと思えば、机上に突っ伏す姿はとても太々しい。その不遜さはさながら日向ぼっこをする猫のよう。

そしてその不遜さも、壁のように感じられる人だった。

硬度は高く分厚いそれは、まさしくガラスの壁。光は透れど人は通れず、触れればひたすらに冷たい。

生まれて16年間、一度も見たことのないタイプの人だった。

お休みの彼から視線を外し、有咲に教科書を借りにやって来た香澄に手を振っていたら、チャイムが鳴った。慌てて戻る香澄に苦笑しつつ、前に向き直る。

香澄が飛び出したのと入れ替わるように入ってきた先生は教壇に登ると、「それじゃ日直さん、お願いします」と言った。

 

日直への号令の合図である。

 

「はい」と言いながら立ち上がった彼をなんとはなしに見上げた。その声はやはり、その猫背にそぐわない不遜さだった。だったので、

 

「起立」

 

声に合わせて立ち上がって

 

「礼」

礼をして

 

「てゃくせき」

「ぶふっ」

 

笑ってしまった。

 

いつも無表情で不遜な彼も人前には緊張していたんだと、そんな簡単なことで笑ってしまった。

席に座って忍び笑っている私を、彼は恨めしげに見て、恥ずかしそうに目を逸らした。

それが純にあまりに似ていて、また笑ってしまった。

失笑に下げていた目線をあげて顔を伺う。目線は合わないが耳が真っ赤だ。殊更恥ずかしいのだろう。

ごめんごめんと慌てて謝れば、別に気にしてないという。

きっと嘘だ。絶対気にしてる。だって明らかに不貞腐れてるんだもの。何より弟が拗ねている時と全く一緒の反応なんだもの。

それから私は、しばらく笑いを堪えてプルプル震えることになった。あとで有咲にノートを見せてもらわなきゃ。一層の事彼に見せてもらおうか。恥ずかしさを誤魔化すように板書に集中していた彼に。

 

気づけば壁はなくなっていた。

ならばあの冷たい壁は彼のものではなかったのだ。あれはきっと私のものだったのだ。

そもそもガラスですらなかった。

光が透って人は通れなくても、触れればひんやり冷たくても、きっとガラスでは無かったんだ。

彼の耳を染める熱で溶けたこれは、しずくを落として波紋を打つこれはガラスなんかじゃなくて、きっと冷たい氷で出来ていたんだ。




推敲してないので、誤字脱字報告等待ってます。
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