山吹さんは構いたがり。   作:呉 光佑

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サブタイトルつけるのメンドくさくなったのでやめます。


その4

昼休み、このベストプレイスに人はいない。

精々が個人練をする物好きなテニス部員が遠くに見える程度であり、そこに同級生も先輩も後輩も、教師でさえこの場所には寄り付かない。

それはそうだ。皆保健室こそ利用すれど、誰がその脇の階段なんぞに居座るのか。

待ち望んだ昼休みに、誰が好んで保健室などに来るのか。

そんな者はこの孤独と静謐さと、潮風の心地良さが分かるこの俺だけで十分だ。

しかし俺のように、人のいない場所だからこそ訪れる者は確かにいるのだ。

学校生活において人に隠れてすることは差し当たって三つある。

 

1.他人への陰口。

 

2.過激なイタズラ。この学校にイジメはない。

 

3.好きです!付き合ってくださいと、遠く聞こえたこの青年の声の通り、即ち恋の告白だった。

 

おそらくあの角を曲がったところで、あの校舎裏で、二人の少年少女が青春を謳歌していることだろう。

少年少年の場合でも、まぁマジョリティではないが青春だろう。俺はそれには関心を持たない。勝手にやってろ。マイノリティもまた、青春だ。マイノリティの最たる俺が保障しよう。

まぁどちらにせよ、その恋は実らなかったらしい。

惣菜パンを齧る俺の目の前を、一人の生徒が走っていったのを見てそう推察した。

まぁ実る恋の方が少ないわな。

良かったな、今日から君も多数派だ。

いや、ホモセクシャル的な話だったかも知らんけど。

或いはバイセクシャル的な話だったのかもしれない。心底どうでもいい。

なんにせよ、そこで告白するとトイレにいる人に聞こえるからな。トイレってのは大体その棟の端にあって、なおかつ換気用の窓が付いてるんだからな。トイレでなくとも俺に聞こえてるからな。

告白は学年中に吹聴された場合に犯人特定しやすいように、遮音性が高くて完全に二人きりになれるとこでしような。

総武高校の場合特別棟裏が望ましい。

あそこは昼休み中に訪れる者は殆どいない上、音は吹奏楽部のトランペットがかき消してくれる。

まぁ、そんなところに女子を呼べるやつ、呼べば来てくれるやつはほぼ成功するだろうが。もしくはその女子がよほどのお人好しかバカなのか。

なんてことを考えながら、なんとはなしに事件現場を見やる。

「―――あっ」

そう口をついたのはどちらだったか。

誰もいないと思っていたそこには風に揺れるポニーテール。

果たしてそこに気まずそうに立っていたのは俺の隣人、つまり山吹沙綾だった。

繰り返すが、通常ここには人は来ない。

先程聞こえた声は男子のもので、ホモセクシャルがマイノリティであることを考えれば、高い確率でその相手は女子だ。

その先まで察して、なんとなく目をそらした。

 

「聞こえちゃってたかぁ……。」

 

察しちゃったかと嘆く声に聞こえてないと返そうとして、その馬鹿馬鹿しさに言葉を引っ込めた。

 

「まぁそのなに、ご愁傷様?」

 

「いや、私に言ってどうするのさ」

 

それは普通振られた人に言うことでしょと、彼女は言う。

しかしそんなことはない。

 

「振られた側なんて気楽なもんだ。一月もすれば諦めもつくだろう」

 

それに比べて、振る側の辛さと言ったら。振られる側は諦めるだけでいいのに、振る側はしばらくはそれに苛まれなければならないのだ。まぁ、俺を振ったどころか吹聴して回ったヤツは確実に気にしてなどいないだろうけど。

 

「ここは窘めるべき場面なんだけど、なんでだろう? 説得力あるなぁ……」

 

「それはそうだ。俺は失恋に関してはエキスパートだからな。そこらのヤツじゃ比較にならないノウハウがあるぞ」

 

「自信満々に言うことかなぁ」

 

 

そう言って彼女は苦笑すると、息を一つ吐いた。そして何を思ったのか、俺の拳五つ分ほどの開けた隣に腰かけた。

おい、ここは粛々と立ち去って一人になる場面じゃないのかよ。一人になって心を落ち着ける場面じゃないのかよ。

いや、一人になると振られたヤツのこと考えちまうか。うわぁ、嫌だろうなぁ。

そこから意識しちゃって恋が始まっちゃうんでしょう?恋愛モノかよ。

つまり俺も振られた後、相手を一人に出来れば恋愛できたのでは無いか?無いか。無いな。

世の中万事、但しリア充に限るのだ。

 

「そんなに告白したの?」

 

そう尋ねた彼女はきっと、誰かと話して気を紛らわせたいだけなのだ。

それは意識的なのか無意識的なのかはわからないが。

 

「いや、告白したのは一回だけだな」

 

「それは、エキスパートって言えるの?」

 

「言えるとも。何も振られることだけが失恋の形じゃない。

……友達の友達の話なんだが、その人に好きな人がいると発覚したり、席替えでその子の隣の席になった途端に泣かれたり、その子の女子コミュニティ内での自分の悪口を聞いちまったりな」

 

「……え、それ実体験なの?」

 

「ちょ、バッカお前、友達の友達の話っつったろ」

 

人の話聞いてなかったのかな君は!

 

「いや比企谷くん、友達がどんなものかも知らないって前に言ってたよね」

 

そう言えばそんなことも申しましたねー。

めっちゃ聞いてた。めっちゃ覚えてたよこいつ。なにその記憶力、もっと有意義なこと覚えろよ。

口は災いの門、沈黙こそ金。慣れないおしゃべりなんてするモンじゃありませんね。

やめろよ。そんななんとも言えない感じの目で見るんじゃねぇ。

俺は一つ咳払いをした。

 

「んなことはどうでも良くてだな。

お前に振られたヤツはマトモに失恋できたってことだよ。寧ろ最良の敗れ方だ。

実際、振られる側的にはそれを喧伝さえしてくれなければ充分なんだよ」

 

「それも実体験なんだ……」

 

「はっはっは。まさかそんなことするやついるわけないだろ」

 

実際未だに思い出すのがシンドかったりする。数年後にはこの記憶に悶えることもなくなるんだろうか。無くなってて欲しいなぁ。

 

「そうだといいなぁ」

 

素でそういうこと言えるあたり、こいつは本当に優しいやつなんだろう。男一人振るだけで心底気にするようなやつだし。

告白してくるヤツなんてこれまで何人もいたろうに。

そんな芥のような者どもの心すら慮れる、慮れてしまう、クラスに一人はいる博愛主義者。

 

「まぁ、もう比企谷くんには知られちゃったけどね」

 

「安心しろ。人の口に戸は立てられないとは言うが、俺の場合そもそも言う奴がいない。

此処こそが風評の行き止まりだ」

 

口なき戸に意義は無し。

壁に着いたドアを開けても、その先には壁しかない。

そういうと彼女は乾いた笑いをこぼした。

万人に優しい女の子、正直苦手なタイプだ。

どうしようもなく心を引きつけるくせに、その距離はひどく遠い。万有引力だって距離に反比例するのに。質量大きすぎるだろ、恒星か何かかよ。

しかしまぁ、そのタイプに助けられたことも迷惑をかけたこともあるのも事実だ。きっとぼっちとは、須らくそうなのだ。

例えそれが自己欺瞞だとしても、或いは独善であっても、それは特定の第二者を利することだった。

フォークダンスの時に嫌な顔一つせずに一緒に踊ってくれたりな。

ぼっちに限らず、きっと色んなカーストの人間がこういうタイプの人間には恩義がある。

だからこそ俺の声もきっと、彼女の優しさに惹かれた彼の声にもなり得る。

少数派と多数派それぞれの円が重なる、ほんの僅かな共通項だ。

 

「ま、そいつも告白した翌日にはその事実がクラス中に広まってて痛い目を見たらしいがな、今となっては彼女が振ったことを気にしてないことだけが救いらしい」

 

告白して振られる、なんてのは未来に於いてもいい思い出じゃない。しかもその上相手がそれを気に病んでいるなんて最早悶絶モノだ。後悔にまみれるそれは間違いなく黒歴史である。

だから申し訳なく思ってるなら申し訳なく思うな。

とっととさっさと忘れてしまうがいい。

ずっと覚えていられる方が辛い。

例えその過ちが後に彼の身を焼くような、ベッドでのたうち回るようなものだったのだとしても、お前が忘れてしまっているならあの青年も将来、その失敗を簡単に赦せるだろう。さすれば黒歴史にすらならないのだ。

横目で彼女を盗み見れば、呆れたように息を吐くと苦笑いをした。

 

「そんな話聞いてたら、色々どうでもよくなっちゃった」

 

「君の友達の友達くんは大変だね」

 

「みたいだな」

 

俺がそういうと、彼女は立ち上がって

 

「なら仕方ない! 忘れてあげるか!」

 

なんて言いながら、彼女はうんと伸びをした。

 

「そうしろそうしろ」

 

「じゃないと比企谷くんの犠牲が無駄になっちゃうしね」

 

「だから友達の友達の話だって」

 

「そうだったそうだった」

 

流石にそろそろ無理がないかなぁ、なんて言いながら彼女は失笑した。

こいつ、段々人のイジリ方に遠慮がなくなってきてませんかね?

彼女の笑い声の響く中ふと、彼女の笑った顔を見るのは今日初めてだったなんて思った。

人が人である以上、何かを憂うことがあるなんて当たり前のことだ。例えば駅の構内で人とすれ違って、その人が笑ってることのが少ないのだから。誰も彼もが下を向いているような世の中だ。

だからさっきここで彼女に出くわした時、陰を感じても違和感なんて感じやしなかった。

しかし記憶の中の彼女はいつも笑ってばかりで、ようやく数学で相同の図形を見つけた時のような、そんな感覚があった。

 

「比企谷くん」

 

「なんだよ?」

 

「ありがとう」

 

釣られて見上げた彼女の微笑みは、太陽にその輪郭を彩られて。

俺はなんのことだとだけ返事をして、その話題についてはもう触れなかった。

彼女も、苦笑だけすると取り留めのない話題振り出した。

昼休みは現在中盤。今日も東京湾から吹いていた風は頬を撫でながら、潮が引くように還っていく。

傍に置かれたコッペパンは封を切られて既に十分ほどが経過しており、きっとその舌触りは風に吹かれて悪くなっているだろう。しかし俺が漸くそれに気づくのはもう少し後のことだった。




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