山吹さんは構いたがり。   作:呉 光佑

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いっ はゔ べん あ わいる。
三分の一年ぶりです。
誤字脱字のご報告等よろしくお願い申し上げます。


その5

チャイムが鳴って、先生が教壇から降りて行った。

すると途端にクラスの皆それぞれが思い思いの声を上げながら伸びをした。

今回の授業はひたすら例題を解き続けるものだったから、とても疲れる授業だった。

解いても解いても途切れない数字の羅列は、私たちの頭に痺れたような感覚を与えていた。

今日の授業分が終わったからと先生が早くに切り上げてくれていなかったら、私たちの頭はきっとパンクしていたに違いない。

しかしそんな中で唯一おそらくこの感覚を共有していない人がいた。

私は頬杖をついて、その人に視線を向ける。

多分先ほどの授業で唯一、机に突っ伏して眠っていた人。

まぁ、つまりは比企谷くんのことだった。

彼は机に寝そべっている時は一応二つのパターンがある。腕で顔が完全に隠れている時と、隠れていない時とだ。

これはつまり彼が寝たふりをしているのか、或いは本当に寝ているのかの違いだ。

そして今回はその寝顔が私の方を向いてしまっていた。

完全に後者、即ち熟睡だった。

私は思わず苦笑した。

高校の授業は義務教育には含まれていない。

そして総武高校は県内屈指の進学校だ。

まぁつまりなにが言いたいかと言えば、授業に自主的に着いて来ない生徒は置いていかれてしまうのだ。

2年F組の数学の授業に於いて、彼だけはもう先生からの指名をされなくなってしまっている。

私なんかは授業に着いて行けないなんて怖くてたまらないのだが、彼はそんなことはモノともしない。

思えば彼が遅刻をして来るときは大抵、朝に数学の授業がある日だった。

本当に数学、苦手なんだなぁ。

私は思わず苦笑を漏らした。

数学の時の態度とは裏腹に、それ以外の授業での彼は本当に真面目だ。

板書も写すし、先生に振られた問題には正確に応える。

特にそのノートは綺麗で、見せてもらった時は本当に驚いた。

色ペンを使って色鮮やかと言うわけではないんだけど、ひたすら整頓されたノートだった。一ページまるまる文字だらけなのに、行間なんかを上手く使っててとても見やすかったのだ。

つまりは基本的に打てば響く、そんな生徒だった。

しかし珍しい。比企谷くんが本当に寝ている。

というのも日頃の彼は例え寝そべっていても結構ピリピリしている。友達の家に遊びに行った時に見た、ケージの中で耳を立てているうさぎのような緊張感を彼は常に持っていた。

授業中寝てしまうようなボーッとしてる人に見えて、彼はとっても気難しいのだ。

さっき一応って言ったのはそのためなんだけど、そんな彼がこんな気の抜けた表情で寝入ってしまっている。彼と出会ってからここ数週間見られなかった出来事だった。

その珍しさに免じて寝かせて置いてあげたいところだけど、現在は1日の授業が全て終了してホームルーム前。

ここで起こしてあげなければ彼は最終下校時刻まで眠り続けてしまうだろう。それはあまりに彼の体に悪い。

家のベッドで伸び伸びと寝てもらおうと、私は彼の名前を呼びながらその肩をつついた。

しかし反応がない。

比企谷くん、比企谷くんと続けてみても駄目。

いや反応はあるんだけど、それはさながらヤドカリが殻にこもるように腕に突っぷすと言うもので。

机でこんなにぐっすり眠れるものなのかなんて、的外れな感心をしてしまう。

とても窮屈な上に、寝転がれてもいないのに。

 

おーい比企谷くん、朝だよー。

 

なんて言って軽く揺さぶるとようやく彼は瞼を上げ、こちらを認めて、途端に飛び起きた。椅子がガタリと音を立てた。

 

「起こしてごめんね」

 

「いや、いい」

 

なんなら寝てた俺が悪いと彼は付け足した。

そういうとこはしっかりしてるんだけどなぁ。

 

「夜更かししちゃったの?」

 

「まぁな」

 

そう言って、彼は首に手を当てた。

あんな寝方しちゃったから凝ってしまったのだろう。

 

「ちなみに何してたの?」

 

「……本を読んでた」

 

「本好きだよね比企谷くん。授業の間とかよく読んでるし」

 

しかも夜通し読んじゃうくらいなんだし。

 

「まぁ、そうだな。嫌いじゃねぇよ」

 

「そっか。けどほどほどにね」

 

あんまり夜更かししすぎると身体壊しちゃうよ。

 

「無理だな。人に言われて直るくらいなら、端から壊さないだろ」

 

「頑固だなぁ」

 

「ていうかお前は夜更かしとかしないの?」

 

「あはは、まぁうん。偶に長電話はしちゃうかな。楽しくて切り時が分かんなくなっちゃって」

 

つい一時過ぎとかまでしちゃうんだよね。

気づいたら12時超えてましたーなんてことも珍しくない。

 

「ああ。たまに小町もやってるなぁ」

 

「比企谷くんはやんないんだね」

 

「バッカお前、ぼっちがンなことするわけないだろ」

 

「あはは……」

 

だよねー。そう言うと思ってたよ。

あ、それなら。

 

「私と電話する?」

 

我ながら名案だ。

しかし比企谷くんにとっては違ったようで、困惑しているようだった。

 

「え、いやなんで?」

 

「いや、比企谷くんに電話の楽しさを知ってもらおうかなって」

 

「……いやいいから。マジでいいから。ホントお願いだから勘弁してください」

 

「そんなに嫌かぁ」

 

そこまで嫌がられると流石に、ちょっと傷つくなぁ。

相手に連絡先を教えるのが嫌な時な理由というのは主に二つに分かれると思う。

個人情報への意識がとても高く教えるのに抵抗があるか、相手に電話をかけられるのが嫌かだ。

彼の場合後者で、その場合基本的に彼は私を嫌がっていることにもなる。

いや彼が極端にシャイなだけだと思うんだけど。

思うんだけどなぁ。

 

「そもそも友達でもないのに、電話とかおかしいだろ」

 

「え、あー。まだ友達じゃないんだね」

 

こんなに話せるのに友達じゃないならなんなんだろう。

‥‥前に同級生とか言ってたなぁ。

思わず少し、項垂れた。

すると彼は困ったように頬をかいてからこう言った。

 

「まぁあれだ。今までの十六年間一人もいなかったのに、たかだか数週間で出来るわけないだろ」

 

多分これは慰めてくれようとしてるのだと思う。私のせいでは無いんだって言ってくれてるんだと思う。

 

「……そうかな」

 

「……そうだろ」

 

不器用でもぎこちなくても、こんな風に人を気遣える人が、あの保健室横の階段で私を励ましてくれた人が、悪い人のはずがない。

彼はいい人だ。

言動と行動にこそクセがあるが、その壁さえ乗り越えれば彼の良いところが沢山見えてくる。

友達だって、彼が少し手を伸ばせば簡単に出来るんだ。

 

ーーーその手さえ、私に伸ばしてくれれば。

 

なんだか微妙な雰囲気になってきたところに、彼はオホンと一つ咳払いをした。

 

「ていうかスマホなんて暇つぶし機能付き目覚まし時計だろ」

 

どうやら話題を変えてくれたらしい。

やっぱりいい人だ。

だったらまぁ、今回は乗せてもらおう。

 

「いやスマートフォンっていうくらいだし、一番の機能は電話じゃない?」

 

「バッカお前、スマートフォンって言うくらいなんだからメインの機能はスマートなことだろ」

 

「さっきまで目覚まし時計とか言ってたよね」

 

でも実際今では携帯電話ではなくスマホの方が使ってる人は多いわけだし、スマートなことのがメインの機能なのかもしれない。

電話するだけなら別にスマホが普及する理由がないのだ。

スマホと言えば。

 

「そう言えば、私、比企谷くんのライン知らない……」

 

「なに? お前クラスメイト全員のライン知らないと気が済まない人なの?」

 

あー、偶にいるなぁそういう人。ってそうじゃなくて。

 

「いや、結構仲良くなったのに知らないなぁって」

 

「……いや、別に知る必要もないだろ」

 

あ、照れた。

思わず笑みがこぼれる。

取り敢えず嫌われてはいないらしかった。

 

「まぁまぁそう言わずに。なんなら電話だって出来ちゃうよ。しかも無料で」

 

「……お前、長電話しちまうのそのせいだろ」

 

あー、言われてみれば。

 

「……そうかも」

 

「そうだそうだ。お前の夜更かしはラインのせいだ。アンスコした方が健康的だぞ」

 

「あんすこ?」

 

「あー。アンインストールで分かるか?」

 

「あ、うん、それなら分かるよ。ありがとう」

 

私がそう言うと彼はどことなく気まずそうな素振りを見せてから、誤魔化すように携帯を渡してきた。

え、なに? どう言うこと?

彼の目を見て、携帯を見る。

あ、このスマホロックかかってない。

 

「え、あー私が打つの?」

 

「ああ、悪いな。使い方あんま分かんなくてな」

 

「いやそれはいいんだけど、いいの? こんな風に携帯渡しちゃって」

 

「なに、見られてまずいものなんて何も入ってないからな」

 

そう言う彼はどこか得意げだった。

いや、登録されてる自分以外の連絡先とかもあるし無闇に見せるものではないような。個人情報だし。

指摘しておくべきなんだろうか。

いや彼結構思慮深い性格だし、そのくらいのことは考えてるか。むしろ私を信頼して渡してくれたんだろう。

あんなに気難しい彼が私を嫌がってないどころか信頼してくれるって、考えてみれば凄いことなんじゃないだろうか。

思わずクスリと笑ってしまう。取り敢えずその信頼に応えるとしましょう。

なるたけ他のところを見ないようにして彼のQRコードリーダーを起動した後、私のQRコードを読み込ませた。

そしたら表示されたボタンを押せば、彼のアプリに私の連絡先が登録されることになる。

それを押そうとして、やめた。

これは彼に押してもらおう。

少しだけ、良いことを思いついた。

 

「はい、じゃあ比企谷くんこれ押して」

 

というと彼はなんでといって戸惑った様子だったけど、いいからいいからと促すと疑問符を浮かべながら追加と書かれたそのボタンを押した。

 

ーーー押したね?

 

「ねぇねぇ比企谷くん」

 

「なんだよ?」

 

「それ、読みあげてみて」

 

と私が彼のスマホの画面を指差しながら言うと、彼はまたなんだよと言いつつもそれを読み上げた。

 

「……友だちが追加されました?」

 

戸惑いから見る見る変わる彼の顔。

作戦大成功ってね。

 

「私たち、友だちだってさ」

 

彼に私の友だちリストと、そこに表示された彼の名前を見せてダメ押しだ。

 

ライン交換しただけで友達とか安すぎるだろとか、別に友達じゃなくても社交辞令的に致し方なく交換することもあるだろとか、お前企業とかアイドルも友達なのかよとか彼は捲し立てたがそんなことは知らない。

慌てたような彼と、笑う私。

緊張の解けた教室に溶け込んでしまう、何でもないクラスメイト同士のやりとり。

こんな風にからかえて、ふざけて、笑えて、たまに励ましてもらって、そして慮り合える暖かな関係。

私と彼のこれは何なのか。

彼はそれを同級生と言った。

でも私はこのクラス全員とこんな風に笑えるわけではない。

そもそも比企谷くんとだって、元々こんなに話せたわけじゃないんだ。

彼にとって私は友達でないように、私にとって彼はただの同級生なんかじゃない。

だから彼の言うことなんてもう知らない。

私は私なりに、この関係を勝手に呼ぶことにする。

 

まぁ、その名前は既に決まってるんだけど。

 

そんな風に笑っていると担任の先生が扉を開けて入ってきた。

あ、先生来たと私が言ったら、彼は不服そうにも矛を収め前に向き直った。

私はバンド練があるので、今日はもう彼と会話する時間はないだろう。

HRが終わったらすぐに有咲とりみ捕まえていこう。勝ち逃げだ。

けれどその前に私はきっと彼に言うんだ。

きっと彼もそれにぶっきらぼうに、おうと言って返すんだ。

今日だけじゃなくて、明日も明後日も同じようにできることを

 

またね、を。

 

 

 




「ていうか比企谷くん、アイコン可愛いね。」

「あー、どんなのにしてたっけな。」

「猫だよ、白い猫。」

「あーそれウチの猫だな。」

「名前なんていうの?」

「カマクラ。」

「・・・白いから?」

「よく分かったな。」

なんというか、すごいセンスだね。
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