推敲してないので、誤字脱字報告などよろしくお願い申し上げます。
「お前あいつのことす、好きなの?」
そう聞くと、沙綾は賄いのパンが入っているだろう紙袋を手にしたまま固まった。
時は昼休み、場所は中庭の木を円状に囲ったベンチ。
いつもの様にポッピンパーティの五人でメシを食おうとしていたところを、香澄が弁当を忘れたとたえとりみを連れて購買へ行ったから、これ幸とこれを機に色々と聞くことにした。
というのもこの質問は香澄に聞かれると確証もねぇのに、なに!?恋!?コイバナ!?と小学生みたいなノリで話を進まなくされそうだし、たえはたえで話が明後日の方向にぶっ飛んじまうから、あいつらが居ない状態で沙綾と話せる今が最大のチャンスなんだ。
鬼の居ぬ間に洗濯ならぬ、香澄の居ぬ間に尋問だ。
因みに一緒に購買に行こうと騒ぐ香澄を何とかやり過ごすのに5分以上かかった。なげぇよ。もう売り切れなってんじゃねぇの?
他の高校は知らないがサッカー部をはじめとする運動部の業績華々しいこの高校に於いて、昼の購買は戦場だ。
意気軒昂、食欲旺盛な若きアスリート達がチャイムがなるや否や殺到するあそこは、側から見れば青春の一ページなんだろうけど、その渦中にいる側からすれば溜まったものでは無い。私は二度と行かない。
私置いてかないと昼飯無くなるっつっても聞かないんだよなぁ、あのバカ。
しかし沙綾は誰のこととか言ってきょとんと首を傾げている。いやここに来て察し悪いなおい。日頃の冴えはどこ行ったんだ?
ちょっとの恥ずかしさを我慢して聞いた私が馬鹿みたいじゃねぇか。
「ほら、アイツだよ。お前の隣の席の」
すると沙綾はやっと分かったようで、ああと言いながら手を叩いた。
「比企谷くんのことか! 」
「そう、そいつ」
ていうかコイツの席窓際だから、隣の席のヤツがそいつしか居ねぇ。
「でもなんで急に?」
なんて首を傾げる沙綾。
いやお前人当たりいいクセして、何だかんだ一年の時から男子のこと遠ざけてたじゃん?それなのに何で急に男子と仲良さげに話すようになってんだ?
とか、まぁ聞きにくいよなぁ。
「いや、最近よく話してんじゃん?そんだけだよ」
だから私はそれだけ言って、何となく少し目線を逸らす。
しかし沙綾は、ああ、なるほどね、と言うと困ったように笑った。
ああ、もう。ここは別に察さなくても良かったのに。
「別に、恋してるとかそう言うんじゃないよ。好きかって言えば好きなんだけどね」
有咲の言ってる好きとは違うでしょ?
まぁ、こいつ基本優しいし友達も多かったろうから、昔からこういうことは良く聞かれたんだろうな。
私も猫かぶってたし、時たま聞かれることもあったけど、それに伴う面倒ごとがイヤで直ぐに引きこもった。
まぁ、そんな私とは違って、こいつはしっかりと学校に通い続けたのだろうけど。
「変なこと聞いて悪かったな」
「別にいいよ。心配してくれてたんでしょ? 」
「‥‥そんなんじゃねーから」
「はいはい、いつもありがとう有咲」
「だからちげぇーっての! 」
そんでもって笑うんじゃねー!
どいつもこいつもちげぇっつってんのに聞きやしねえ!
あんまりムカついたから私は沙綾の肩を掴んで力いっぱい揺さぶってやった。それでもこいつはやめてなんて言いながらも、楽しそうに笑って止まりやがらねぇ。
ちょっとは堪えろよバカ。腕疲れてきたじゃねーか。
腕っていうかもう普通に疲れたっつーの。
はぁ。
私は息を一つつくと諦めて背もたれによっかかった。
今のこいつに気を遣ってもしょーがねぇってのがよーく分かった。
もう遠慮なく色々聞いてやろう。
「んで、そんならなんでわざわざ話してんの?」
「いや、なんでって聞かれると困っちゃうんだけど、」
なんて言いながら沙綾は空を見上げる。
「なんか分かんないけど、話が合うんだよね」
「話があう?お前と、あの男子が? 」
「いや、うん。言いたいことは分かるけど、ホントなんだよ」
ウソつけお前。多分あの男は私と同じタイプの人間だ。
内向的で閉鎖的、放っておけば一日中部屋にいるようなやつだ。
それに対して沙綾はまぁ、香澄みたいに極端ではないけど、やっぱり社交的なやつだ。
ていうか香澄とか弦巻さんとか北沢さんとかが極端に明るすぎるだけだ。
白の隣に黄色を置いたら白の方が明るく見えるというだけの話だ。
だけどアイツは言わば暗色だ。
総武高校2年F組の一番暗いところ。クラスの日陰者。コイツとは対照的だ。
そんなまったく異なる二人だから、趣味も性格も、休日の過ごし方も全く違うはずだ。
友人関係ってのは、基本的には共通の話題で成り立つものだ。私と沙綾の間に音楽があるみてーにな。
その点コイツとアイツには、そんな分かりやすい繋がりはない。
だってコイツの趣味ヘアアクセ集めだぞ?
普通は男と合う話じゃねーだろ。
カラオケもなぁ。男女共通の趣味でこそあるが、あのタイプだとアニソンくらいしか聞かないか、洋楽聴きまくってるかのどっちかだろう。全く沙綾の趣味と合わねぇ。
いや、そう言えばこいつにはもう一つ趣味あったな。
「野球の話でもしてんの? 」
1日家に篭ってるよーなやつだろうが、晩飯時に野球の中継くらいは見るのかもしれない。
「そう言えば野球の話はしてないなぁ」
「してねーのかよ」
じゃあマジで何の話してんだよ。
なに、勉強の話でもしてんの?
「あ、勉強の話は結構するよ」
んでするんかい。
あの不真面目そうな見た目で、っていうかあんな立ち居振る舞いしといて勉強の話するんかい。
「比企谷くん、かなり真面目なんだよ」
「あれでか? 」
なんなら今日も先生に呼び出されてたんだけど。大分キレてたぞあの先生。
「国語とか文系科目はしっかり聞いてるんだよ。分かんないとこ聞いたら凄く丁寧に教えてくれてさ」
なんならテストに出そうなとこまで教えてくれたんだよと付け足した。
あれでかー。
「ノートもすごく綺麗なんだよ」
むしろノート取ってんのかと、口に出しかけた言葉は流石に引っ込めた。
その代わりに意外とマメなのな、なんて言ってやると、
「そうそう。良いところも沢山あるんだよ」
と言って嬉しそうにした。
こいつは優しい、それこそ誰にでも優しいやつだけど、そのために庇っているわけじゃ別にないのだろう。
じゃなきゃ、コイツはこんな風に笑ったりしないだろうから。
まぁ、ノートってマジで性格出るからなぁ。
沙綾が綺麗っていうくらいなんだ。その態度と裏腹に意外と几帳面なんだろうな。
香澄とたえのノートとかマジでひどい。
いや、私も他人のノートについてなんてとやかく言いたかねぇけど、アイツらのはあとから読み返せるのかすら怪しいからな。
香澄は授業についていけて無くて穴ぼこだらけなだけだからともかく、たえのに至ってはマジで奇書の類だ。
ノートのあらゆるところ、果てには数学のイコールの先にまで兎のイラスト描いてあるからな。
x=うさぎってどういう事だよ意味ワカンねぇよ。あいつの頭はあらゆる計算の答えがうさぎになるようにでも出来てやがんのか。
「あ、あとプリキュアの話もしたよ」
「は?」
なんて?
「いや、プリキュアの話もしたよって」
「はぁ」
プリキュアって、あのプリキュア?
「うん、そのプリキュア」
「およそ男子とする話じゃねーだろ」
「するんだなぁ、これが」
しちまうのか。
「まぁ、最近は男の子もプリキュアに変身するから」
「メインの客層にはあまり影響ないだろアレ。」
いや、あの男子プリキュアが男の子の客層を新規に獲得するためにだしたものなのかどうかなんて知らねーけど、あれは戦隊ヒーローモノに一人二人は女性がいるようなものだろう。
まぁ正直どうでもいい。
ていうかそもそも、私はもうプリキュアなんて観ちゃいない。男子プリキュアの登場だって、当時のネット上の記事で知っただけだし。
とりあえずあれだ。奴が聞く曲のジャンルは洋楽じゃなくアニソンだな。間違いない。
「比企谷くんにも妹が居てね、その影響らしいよ」
「ふーん、なら|弟妹(きょうだい)|の話とかもするのか」
「あー、したした。比企谷くんも一番上でね」
お兄ちゃんお姉ちゃんあるあるみたいなことも結構出てきたんだ。
なんて言って沙綾は笑う。
楽しそうに、慈しむように、家族の話でもするように。
こりゃ結構入れ込んでんなぁ。
まぁ、私も印象だけで決めつけ過ぎていたかもしれない。少し、悪いことをしたかもな。
‥‥‥‥と思ったけどこれに関してはあいつが悪いわ。
遅刻欠席は当たり前、そして授業中でも平気で寝るし本読むしスマホ弄るし、そして休み時間にも寝る。
敢えてことの善し悪しを差し置いても、悪目立ちして当たり前だ。
「有咲も話してみたら? 」
「いや、私はいいわ」
だから沙綾のその言葉も遠慮した。
すると沙綾はそっかと、少し残念そうな顔をした。
んな顔しても無理なもんは無理だから。
‥‥‥無理ったら無理。
いやだってお前、街歩いてる知らない人に興味持ったからって話しかけたりするか?
……いや、こいつは実際にそれをしたからアイツと仲良くなったのだろう。
いや、でも普通しないだろ?沙綾だって日頃そういう事を積極的にするやつじゃ無いはずだ。
んなことするのはそれこそ香澄とか弦巻さんとかその辺くらいだ。
私にはマジで無理。
「仲良く出来そうなのに」
「逆にお前はなんで話しかけたんだ?」
別に可哀想とか思ったわけじゃねーだろと付け足した。
すると彼女はあーだなんて言って空を見上げた。
そう、それこそ香澄とか弦巻さんとかくらいなんだ。
こいつはそういう事をしないやつなのだ。
アイツからコイツに話しかけるなら分かる。コイツは特に男子との関係に一線を引くが、しかして話しかけてくるヤツを無碍にするヤツでもない。
けれど、アイツの場合はそうじゃない。コイツが能動的に、そして継続的に話しかけている。ていつかアイツはそもそもそんな積極的なヤツじゃないだろう。
アイツは謂わば亀だ。
自らの殻に篭っていることに最大の安心を覚えるタイプだ。閉鎖的で受動的。要するにあの男子からは絶対に話しかけねーんだ。
側からみれば優しい女の子がクラスにいつも一人でいる寂しいヤツを気にかけて話しかけているだけの良くあることだが、話を聞く限りそうじゃない。
コイツの中には哀れみじゃなく、確かな情があった。
ならばそのキッカケがあるはずなんだ。
「可愛かったんだ」
「は?」
いや、あいつは可愛いってタイプじゃないだろ。
「いや、実を言うと私、比企谷くんが怖かったんだ」
実を言うとも何も、あいつは怖いとか不気味とかそう形容されるヤツだろう。ふと路地裏を覗くと、高いところで伏せってこちらを見ている黒猫のような、そんな感じ。
なんてことを言うとやはり沙綾は苦笑した。
「でもね、違ったんだ」
「恥ずかしければ耳まで真っ赤になっちゃうような人だった」
それがなんだか弟みたいで可愛くて、だなんて彼女は笑った。照れたように笑った。
明るく、屈託無く、朗かに。
けれど私は不安になった。不安になってしまった。沙綾の顔が見れなかった。
そんな理由で、だなんて思ってしまった。
そんな理由で心を許して、いつか傷つきやしないかだなんて思ってしまった。
クラスのヤツらや、香澄やりみや、コイツを見てると思う。私はどうしようもなく他人とは違う。
些細なことをキッカケに気になって、触れ合ってみて、仲良くなる。きっとそれはありふれていて普通な暖かさなのに、私はそれに触れられない。手を伸ばせない。誰かに優しく引き込んで貰わないと、その温もりに触れられない。
あまつさえ、誰かのそれを否定すらしてしまう。誰かが育む糸の色に、この手で汚してしまう。
そんな自分が嫌になるけれど、私はこの泥をやはり拭えない。
コイツがあの男がために傷つかないかと気になって仕方がない。いつかヤツの前髪の隙間から覗いたあの底なし沼のような三白眼が脳裏にへばりついて離れないのだ。
「大丈夫だよ」
そう言って、沙綾は私の頭に手を添える。
「有咲がなに考えてんのかは分かんないけどさ」
ああ、その顔だ。
「きっとそんな悪いことにはならないよ」
そんな幼子を諭すような顔をするから、私はどうしようもなく不安になるんだ。
大人が幼子に、弱みを見せるわけがないから。
「あっそ 」
けれどやはり私は何も言えない。
この泥は人に見せるわけにはいかないから。彼女の見てるものが、私には見えないから。
逃げるように渡り廊下に視線をやると、香澄たちが食堂から戻ってきていた。当然だが今日の糧は得られなかったのか落ち込んでいて、いつものように走ってこそ来ないが、どうやら話はここで終わりらしい。
それに私がここで諭そうとしても、彼女が気分を悪くするだけだ。私が過敏すぎるだけなのだ、きっと。
だから私はこの泥を、
「はぁ 」
ため息に乗せることしか出来なかった。
目線を外せば、視界の端に木が映った。
なんの変哲も無い、普通の木。しかし四月の初旬には鮮やかに咲いていた筈の桜の木。
花を咲かせて、そして散らせて葉をつける、そんな様を毎年見てきた。
毎年毎年、その花に期待を膨らませた。
毎年毎年期待して、けれど毎年毎年躓いて、そして毎年毎年知らぬ間にその花は散り果てて、気づけば葉をつけていた。
思えば、春にいい思い出なんか一つもなかった。
ランドセルに胸を躍らせても、初めての制服に夢を馳せても、自らの手で台無しにして、結局どれも心無い奴らに踏みにじられた。必ずどこかで失敗した。
だから終には、春に期待を寄せるのをやめた。
その木陰で彼女たちはじゃれあっていた。
山吹がなにかしらからかったのか、金髪のツインテールが相手を小突きながら叫んでいる。
今は何やら怒っているヤツも、きっとしばらくすれば彼女を許すのだろう。
なんなら他のやつがボケたのか、それにツッコむことで怒りなどどこかに流れてしまったようだ。
こんなのは彼女らの間で日常的に行われるコミュニケーションで、なんてことのないことなのだろう。いつもあんな風に、全員で春を謳歌しているのだろう。
冷蔵庫から出した水が緩くなるように、少しずつ関係を深めて来たんだろう。
そしてこれからも深めていくのだろう。
手と手を繋いで五角形。人と人とで作った輪っか。
俺はああは、きっとなれない。
ああいう風になる方法なんて分かりはしない。
きっとああいう風に出来る奴は子供の頃からそのやり方を昔から見つけていて、そしてそれに慣れているのだ。
お前には努力が足りなかったなんて言わせない。幾度となく試みて、その悉くでつまづいた。この数多の傷が、今の俺の正しさの証明だ。
けれどやはり、なにも学んでなどいなかった。
ーーーやめた、などと言いながらも俺は期待してしまっていた。
或は彼女とならと、そんな浅はかなことを考えていた。
昔となにも変わっていない。
いくら間違えてもなにも学んでいない。
あまりに愚かで、目もあてられない。
だから俺の方針は、間違ってなどいなかった。
現在の暦は五月の初旬。新学期になって一ヶ月以上が経ち、出席番号順に持ち回りの日直の当番も一巡以上した。そろそろ担任が席替えなんぞをする時期だろう。
俺と彼女がまた隣の席になる確率は35分の1。
百分率にして3%弱。
これは某スマホゲームのガチャの最高レアを下回る確率であり、そしてそれらは大体、一発では引き当てられないものだ。
目が悪い奴が前方列に行くことで多少は増えるかも知れないが、今のところ目の悪さをわざわざ訴えてる奴はあの二年F組には居なかった。
そもそもあの葉山隼人がいるクラスで、その隣にあわよくばと思わない奴はあまりいない。
だからまぁ、俺と彼女がまた隣席になることはほぼ無いだろう。
距離というものは某理論に則れば相対的なものだが、 生憎とここは1G下でしかない。つまり絶対的だ。
仲の良かった人と卒業とともに学校が分かれて疎遠になるなんて珍しい話でもないだろう。
だからもう、彼女と話すこともそうない。
ひらりと、一枚の木の葉が枝から離れた。
しかしその行く末を見るまでもなく俺は止めていた足を進める。
ひらりひらりと落ちる木の葉の、行き着く先など決まっている。
地に落ちて、土に帰るのだ。
では最終的には虫に食まれてしまうにも関わらず、何故それらは生み出されるのか。
それは葉は母体を養うために有り、木はその花をつけるためにあり、そして花は実をつけるためにあるからだ。
だからあの花弁も木の葉も、この幹も根も、何ら意味を持たない。
毎年見てきて、俺はそれを一度も見たことがない。
もともとそういうものでは無いのだと、いつか馳せていた夢は覚めた。
風が吹いて、音がする。
地に落ちた緑をさらう音がする。
高く風に乗った葉は、いずれ土に帰るけれど、その葉は土になってまた花をつけるけれど、きっと今年もこれからも、
ソメイヨシノはその実をつけない。