前書きしたいことも特にないので、今日はさっそく本編へ。
それではどうぞ!
突然の幕切れ
そのとき、目の前の景色がスローモーションに見えた。
ケン先輩の指を離れたボールは無制御に投げられ、左打席に入っている相手打者の方へ向かっていく。
ボールが打者の背中に当たる瞬間は、時が止まったように誰一人として身じろぎすらできなかった。
延長8回裏、サヨナラ押し出しデッドボール。
長かった準決勝の戦いは、誰にも予想できない形で幕を閉じた。
そして試合終了後は、ただ無意識にベンチを片付け、球場を後にして学校へと向かった。
いつも行う試合後のミーティングも、誰も一言も発せないまま時間だけが過ぎる。
ふと、静かな部屋の中で一人、泣く声がした。
それが誰かを考える間もなく、涙は伝染し、気づけば俺もうつむいた先の机に一粒の雫が垂れた。
その後、今日の状態で話をするのは無理だと判断した綜先輩が解散を告げ、また明日学校に集合するということでまとまって今日のところは帰宅することになった。
* * * * * *
「…ケン先輩」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
「どうした、牧篠」
声で分かっていたが、呼んだのは案の定牧篠だった。
「…すみません。これだけは聞いておきたかったんですけど、肩の故障って…」
神妙な面持ちで切り出された話題に、ああそれか、と相槌を打つ。
綜に少し確認した限りでは、後輩にはまだ教えられていないはずの話。
「…ちょっと長くなる。座れよ」
自分の隣をポンポンと叩き、促す。
座ったのを確認して、俺は少し前の話を始めた。
最初の違和感は、ちょうど1年前。
チームは強い先輩の活躍もあって、地区大会の決勝まで進んでいた。
大吾の姉さんをエースに据え、俺は2番手ピッチャーとしてマウンドに上がっていた。
そしてその頃、俺は変化球の開発に力を入れていて、特に投げていたのがフォークボール。
必死に練習していた俺は、ある日目覚めた時、肩にとてつもない痛みを感じてはじめて気付いた。
フォークは、変化球の中でも子供が投げるには危険で肩や肘に負担がかかると言われている。
実際、俺はそのとき肩を痛め、それ以降フォークは投げなくなった。
投球練習が再開できるようになってからは違う変化球の練習をし、今の2つのカーブを使ったピッチングを磨いた。
しかし、翌年の春。
初めは小さな違和感でなんともなかったが、念のために病院へ行ったところケガが再発していた。
その時は少し安静にするだけで済んだが、いつ再発してもおかしくないと先生に言われあまり投げすぎないように念を押された。
それ以降は小学生時代に少し投手経験のあった椿と交代でマウンドに上がることでなんとか耐えていた。
そして昨日。
帰宅後夜になって、アイシングをしたのにどこか熱みを感じたため綜に連絡を入れた。
翌日開いた直後の病院に駆け込んだところ、再発を告げられた。
それでも、中学最後の試合になるかもしれない日。
なんとか痛み止めの薬を貰ってマウンドに立ったが、最後は押し出しのデッドボール。
「最後のあれは、別にケガと関係なく普通にカーブがすっぽ抜けた結果なんだ。
だから、結局最後は実力不足が出たってこと。
わざわざマウンドに立たせてもらったのに、最終的に自分のせいで負けて、俺はどうしたらいいか…」
歯を食いしばる。
俺を信じてマウンドに立たせてくれたチームメイトを思うと、俺は泣けない。
それでも、気持ちを裏腹にこぼれる涙を止めることはできなかった。
「…ケン先輩のせいじゃないです!」
その声にハッとする。
「俺が、満塁のピンチなんか作ったから…。
せっかくケン先輩が信じて送り出してくれたのに、応えられなかったから…」
「違う!俺はエースだ!あそこは俺が抑えなくちゃいけなかった!」
「そうやって責任をしょい込んで…ケガのことも抱え込んで…」
違う、とは言えなかった。
以前、綜にも同じことを言われていたから。
「…ごめんなさい。先輩に、こんなこと言ってしまって」
「いや、いいよ。俺の方こそ年上なのに意地になってた」
互いに謝ると、なんだか少し晴れやかな気持ちになっていた。
「…先輩」
「どうした?」
「俺、がんばります」
「……」
「ケン先輩みたいに皆にエースと呼ばれる存在になって、チームの柱になって…、
必ず、今回果たせなかった地区優勝を成し遂げます」
「俺が言えた義理ではないが…一人で抱え込むなよ」
「…はい」
「エースがチームを支え、チームがエースを支える。
こうやって強いチームができていくんだ」
「はい」
「そういう存在になってくれ。大丈夫だ、牧篠にならやれる」
「がんばります」
「ああ、応援してるよ」
こうして、俺の中学野球人生は終わった。
でも、まだまだこれからだ。
風林中学校野球部は、これからも続いていく。
「ここから、新たなスタートだな」
そうつぶやくと、牧篠は強くうなずいた。
きっと良いチームになってくれる。そんな確信が、俺の心をさらっていった。
本編お疲れさまでした。
…ということで突然にはなりましたが、ここで先輩たちとの代は終わりになってしまいました。
彼らはこの後も少し登場しますが、ひとまず一区切りになります。
来週から新たな章へ進むつもりですが、気が変わったらまた違う形になるかもしれないので明言は避けておこうと思います。
それでは、今回はこのあたりで失礼します。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。