「アスナが昏睡状態になってしまった。」
「え……!?」
アスナの父親、彰三氏の予想外の言葉にオレは絶句する。
「ど…どういうことですか!?」
オレは予想外の出来事に状況を理解できず、アスナの父親に問いを投げかける。
「言った通りだ。出来れば、病院に来てくれないか?電話じゃ説明しにくい。」
彰三氏の声は震えていた。流石にこれ以上は問い詰めることが出来ず、
「分かりました。」
納得できないまま、彰三氏の提案に承諾する他なかった。
「………。」
「どうしたの?お兄ちゃん。」
「悪い、直葉。オレ、これから病院に行かなきゃいけない。」
直葉はオレの唐突な発言に戸惑っているようだったが、すぐにその表情は消えた。
「うん、わかった。いってらっしゃい。」
オレは直葉の見送りの言葉に小さく頷き、大急ぎで家を出る。
☆☆☆
病院に着き、病院のカウンター前まで行く。
「あの、結城明日奈さんの部屋は何号室ですか?」
カウンターの看護師に部屋の場所を質問する。
「えーと、もしかして桐ケ谷さん…ですか?」
「は…ハイ、そうですが…。」
何故オレの名前を知っているのだろう?看護師がオレの名前を知っていることに驚く。
「結城さんがアスナさんの病室にてお待ちしていらっしゃいます。」
その言葉で看護師がオレの名を知っていることに納得がいく。
「503号室です。」
それを聞き、オレは急いで病室へと向かう。
そして部屋の前まで来ると、
「おお、桐ケ谷君。待っていたよ」
「結城さん…!」
部屋の前にはアスナの父親、彰三氏が立っていた。
「すみません、来るのが遅くなりました。」
「イヤ、いいんだ。こちらも急に呼び出して済まなかったよ。」
部屋の扉を開けると一人の少女が既に病室に入っていた。
オレがよく知る人物だった。
「キリト……。」
「リズ……。」
そう、その人物はリズベットだった。
しかし、リズベットが何故此処にいるのか?それが理解できない。
というより、何故リズベットだけいるのかが理解できない。彰三氏が仮にオレみたく電話で呼びつけるにしてもどこか不自然だ。何かアスナの昏睡に関係でもあるのだろうか?
すると、明日奈の父親が、
「明日奈のこの症状は間違いなく『プレイヤー消失事件』のソレと同じだと思われる。そこで此処からが本題だが、里香君は明日奈がALO内から消える瞬間を見たらしい。」
「…消える…瞬間…?」
ようやくリズベットがここにいる意味を理解した。
リズベットは今回アスナが消えた事件の関係者だったのだ。
『プレイヤー消失事件』は、ある日突然ゲーム世界からプレイヤーが消えてしまうのだと思っていたオレはちゃんとプレイヤーが消えてしまう瞬間があるのだと、彰三氏の言葉で確信する。
「リズ…。アスナは何故、消えたんだ?」
暗い表情を引きずっていたリズベットに問い詰める気はなかったが、オレはどうしても知りたかった。この事件の真実を…。
「キリト、確か今日アスナと18時くらいにALOにログインして待ち合わせるはずだったんだよね?」
「ああ……。」
「実はその時間まで私とアスナはクエストをする約束をしてて、私の家で一緒にログインしていたんだけど、17時過ぎたあたりに異変が起きたの。」
「異変…?」
「ちょうどクエストをクリアしたあたりよ…。ALO内の仮想世界内に空間に歪みが出来たのよ。」
「歪み…?」
今までの仮想世界にリズベットが言ったような前例はない。そもそも空間の歪みとは一体何なんだろうか…?
「どういうことか…説明してくれないか?」
リズベットはやや顔を引きつりながら、
「私も突然の出来事だったから上手くは言えないけど、突然ブラックホールみたいなモノが表れたのよ。」
「ブラックホール…?」
「そのブラックホールみたいなモノにアスナ、周りの人たちが吸い込まれて…。私はたまたまブラックホールよりも少し離れたとこにいたから何とか無事だったけど…。でも、正直あんな光景見て、これ以上クエストしたいとも思わなかったし、アスナも多分ログアウトしてるのかなと思って一回ログアウトしたんだけど…」
「ログアウトしていなかった…?」
リズベットはコクリと頷く。そしてそのまま話し続ける。
「それで、私はアミュスフィアの電源を切ればきっとアスナはログアウト出来るんじゃないかと思って電源を切ったんだけど…アスナはそのまま意識が戻ることはなかったわ…。」
その時の状況を全て話し終えたリズベットの目には涙が滲んでいた。
「里香君のせいではない。こんなことは誰も予期出来なかったことだ。」
彰三氏はそう言い、うつむいた状態になる。
その向こうにはアスナが静かに眠っていた。
その寝顔には目覚める気配を少しも感じなかった。このまま目覚めることのない、そんな気配。
「…アスナ…」
☆☆☆
夜、家に着いたのは21時。
「おかえり、お兄ちゃん。」
ドアをあけると直葉が心配そうな表情で玄関に立っていた。
「ああ、ただいま。スグ」
「何か…あったの?」
オレは下にうつむいたまま、
「アスナが昏睡した。」
ざっとした答えを返す。
「それって『プレイヤー消失』に巻き込まれたってこと?」
オレは「ああ」と頷く。
「オレは部屋に戻るよ。」
すると、
「お兄ちゃん、アスナさんを探すつもり?」
直葉はオレをひき止めるように言う。階段に上ろうとするオレの足がピタリと止まる。
「今、ログインしたらお兄ちゃんまで行方不明になっちゃうかもしれないんだよ!?」
直葉の表情は今にも崩れそうな状態だった。
そうなる理由も分かる。SAOの事件の時も随分と直葉には心配かけてしまった。それを二度も同じことを繰り返そうとしているのだと知れば、オレを嫌でもひき止めるだろう。
それでも…。
「ゴメン、スグ…。」
オレは急いで階段に上り、部屋に入り、そして鍵を閉める。
「お兄ちゃんッ!」
一階から直葉の声が聞こえる。
「ゴメン、スグ…。本当にゴメン…。」
小さく呟く。直葉の気持ちも当然分かる。でも、アスナを失うのだけは絶対に嫌なんだ。
「…リンクスタート…!」
ナーブギアの電源を付け、ログインを開始する。
☆☆☆
ゆっくりと目を開けると、そこは新生アインクラッドの21層の深い森に包まれたログハウスの中だった。
普段、アスナとログインの待ち合わせがあるときは必ずこの場所で待ち合わせするのだが、今はそんな彼女の姿もなく、暗くシンとした状態であった。
「…行くか…。」
すると、急にオレの前に小さな妖精のような少女が現れる。
「パパ、何処に行くんですか?」
ナビゲーションピクシーのユイだ。
「ユイ、今アスナが何処にいるか確認できるか!?」
「え…と、待っててくださいね。」
ユイは静かに目を閉じる。
「…いませんね…」
「…そうか…」
驚きはしなかった。が、心の中には妙な不安があった。
「ユイ、今プレイヤーが次々いなくなる事件が相次いでるんだが、これの原因は分かるか?」
オレの質問に答えようとユイはしばらく真剣に何かを考えている状態だったが、
「分かりません。」
「分からない…?」
「…はい…。」
もう、アスナを探すことは出来ないのか…?
そう思い、落胆する。
「…クソッ…!」
オレは何も出来ない自分の無力さに腹が立った。
いくらゲームの実力があるからといっても、最愛の彼女すら守れないオレはただの非力な人間だ。
オレは自分自身をひどく責める。
…そのときだった…。
ゴオオオオオオオオオオオオォッ!!
ログハウス内に強風の風のような音がした。後ろから音がしていた。前を見ていたオレはその状況がよく分からなかったので、ゆっくり後ろを振り向く。すると、黒く大きい、そして禍々しい円形を描いたものがあった。
今までこんなモノは見たことがない。が、瞬間、オレはリズベットの言葉を思い出す。
プレイヤーが消失するときに、ブラックホールのようなものが現れるということを。
まさか、これがそうなのか…!?
「ヤバいッ…!」
しかし、既に遅かった。
気づいたら、もう暗い闇の中に引きずられていた。
「うわぁああああああああああああああああッ!!」
絶叫しながら、深い深い闇へと落ちていく。
☆☆☆
「…ぱ…!」
誰かがオレを呼んでいる…。誰だ…?
ゆっくりと目を開けると…
「パパ…気が付きましたか」
「ユイ…か」
小さなピクシーの少女がオレの頬をペチペチと叩く。
どうやらオレは意識を失っていたみたいだ。
ゆっくり体を起こすと、そこは西洋風の建物が並んだ町並みだった。夜のせいか、人の気配はない。
「ユイ、ここはどこだ?」
全く見覚えのない場所だった。ユイに聞けば何か分かると思ったが…。
「すみません、分かりません。」
「そうか…」
ナビゲーションピクシーであるユイでも分からない…。一体この仮想世界で何が起きているのだろうか…?
「ただ、今いるこの世界はALO内ではないと思います。」
「それはオレも何となく気づいてるけど…。ここは一応仮想世界の中でいいんだよな?」
「ええ。ただ、この世界の情報が読み取れません。おそらく、現実世界に情報が漏れるのを恐れ、さまざまなデータにロックをかけているのだと思います。」
「不便だな。どこかさえ分からなきゃ、この謎の仮想世界の情報も全く得られないってとこか…。」
ハアと深いため息をつく。何かのバグか?オレは自分の手持ちアイテムを確認しようと、ウィンドウを開くと、『ログアウト不可』という欄があった。
すると、オレの脳裏に今、世間を騒がせている『プレイヤー消失事件』という名が思い浮かんでくる。
オレはふと、この事件とこの世界は何か関係あるのでないかと気づく。
「プレイヤーの消失と何か関係あるのか?」
オレは急かすようにユイに問う。
「何とも言えませんが、一つだけ言えるのはこの世界は全てのVRMMOのゲームにリンクされているようですね…。だから、パパの言う『プレイヤー消失事件』に関わってる可能性は非常に高いと思われます。あらゆるVRMMOプレイヤーが消失している理由はこの世界に関係しているかもしれません。」
「そうか…」
ユイの言葉でオレは少しだけだが希望が見えた。全てのVRMMOプレイヤーがこの世界に連れてこられたのなら、アスナもこの世界にいる可能性があるということだ。
気を取り戻し、再びウィンドウを開く。自分のプレイヤー情報を見てみる。
驚くことにスキル熟練度など一切乗っていない。乗っていたのはプレイヤー名の「キリト」、そして、武装階級「セイバー」となっていた。
「なんだ、コレ?」
「さあ?でも、セイバーってことは、剣士ってことなんじゃないんですか?」
ああ、そうかと頷く。正直、納得は出来ないがしょうがないか、と思う。
「剣士と言えば武器は…」
武器の項目を見ると、安い武具店で買ったような片手直剣だ。
オレはその武器を手に持ってみる…。
「うわぁ…。頼りねー…。」
「どこか、良い武具店で武器を揃えますか?」
ユイの提案に、そうだなと答える。
「それはそうと、パパ。」
ユイが不思議そうな顔がする。
「武装も変わってますが、パパのアバターも…。」
ユイは途中で言葉を止める。何かと思い、近くの建物のガラスに映っている自分の姿を見る。
「なんじゃこりゃああああああああああッ!?」
このアバターには見覚えがある。
長いツヤのある髪に可憐な瞳。体も普段よりやや小柄だ。そう、GGOそっくりのアバターだった。
☆☆☆
夜が深くなっていく。
そんなとき、ガシャッガシャッと耳障りな音がする。
既に眠りについていた人々は何だ、何だと目をこすりながら家のドアを開ける。
すると、グサッと不吉な音が聞こえる。
「ぐああああああああああっ!」
ドアを開けた内の一人が悲鳴を上げる。悲鳴と共に鮮血が飛び散る。悲鳴を上げた男性の体には槍が体を貫いていた。
そして、光の粒子となって消える。静かな夜の街が少しずつ不安の声などで、騒がしくなる。
そして、そんな不安を無視するようにそこに現れたのは、40人ほどの騎士だった。
「た、大変だっ!『王属軍』だァ!」
一人の中年男性が大声で町の人々全員に知らせるように叫ぶ。その叫びに家から一斉に人々が出てきて狂ったように逃亡する。
すると、40人の騎士の中から金髪碧眼の輪かい男性が、ニヤニヤと笑い、
「見なよ、醜いと思わないかい?不用心に逃げるあの姿を…。まるで弱い小動物だ…。でも、僕はその弱った小動物を狩るのが好きでねぇ…。皆、殺していいよ。」
金髪碧眼の男は40人いる騎士たちに指示をする。その指示に、
「ハッ!」
と、返事をする。
騎士たちを束ねている姿を見ると、彼がこの騎士たちのリーダーらしい。
騎士たちは一斉に街の人々を襲う。