【悲報】アンジェリカさん、手加減を忘れ殺っちまった模様。   作:にわか

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名前のない少女

 忘れ去られた少女の話をしよう。

 彼女はある役目を担う為に、魔術師の一家に生まれた。

 玉のような柔らかな白い肌に、色素が抜け、血の透き通った赤い瞳、その身体はまだ赤ん坊であれども、その"家"の在り方、魔術の知識だけは植え付けられて生まれてきた。

 本来ならば特化した教育により、"最強のマスター"として才を発揮し、勝利は約束されたものだった。

 例え最後は器となり朽ちれども、必要とされることに幸せを感じ、彼女は定めに何ら疑問を感じることなくその生涯を終えただろう。

 だが、そんな少女の未来は一変する。

 何を思ったかその母親は、こともあろうに少女の記憶を、人格を封印したのだ。

 その中には、確かな"個"が存在していたのにも関わらず……

 そして少女の"幸せ"は失われた。

 

 それから幾ばくか過ぎ、かつて少女だった"個"は忘れられ、その上に新たな"個"が生まれ、人格となり、人として生きていた。

 かつて少女だったものは、その表を守る"機構"として存在し続けていた。

 だが、彼女は意志を持たない。

 いや、持っているが表面に出せない故に無いも同然であった。

 表を守り、自身は裏、システムに徹する。徹さざるをえない。

 繰り返そう。表にでなくとも、彼女には意志があった。

 願いがある。

 渇望がある。

 悲しみがある。

 憎しみがある。

 それでも、彼女に出来ることは羨望のみ。

 表を羨ましがるのみだった。

 くやしくても、つらくても、泣きたくても、そんなことは出来ない。

 

 そんな彼女に転機が訪れた。

 そう、"サーヴァントカード"だ。

 いったいどういった運命(fate)か、表は何かに巻き込まれたらしい。

 彼女は防衛機構としての役割を果たすため、つかの間の間、表に出ることとなった。そして、二刀を手に持ち敵をただ機械的に処理する。

 しかし思った。

 思って(願って)しまった。

 寂しさがゆえに。

 "私も、こんな風に仲間と……"

 

 ______喜べ少女。君の願いはようやく叶う。

 

 ニヒルに笑う、あの赤い外套の男の姿が少女の脳裏を過る。

 もちろん、少女は彼のことなど知りもしない。

 因縁……切っては切り離せない縁をもつことなど知らないし、まして、彼に至る可能性の一つに、本来の、この少女の真の幸福を願うものがあったなど知らないのだ。

 されども、その英霊は例え意志がねじ伏せられたカードである。何も手を出すことはできない。だが、ほんの少し、天秤を傾けることはできる。

 

 そして奇跡は起こった。

 彼女のもつ聖杯としての性質と、その英霊との相性、冬木の街というロケーション……

 様々な要因が交わり混ざり反応した結果、彼女はここに顕現した。

 

 名を奪われし、無銘の少女として。

 

 

 

 ***

 

 

 

 空に浮かぶまるい月は、静寂の時が流れる地上を見下ろす目玉のようだった。風は一人寂しく思考に耽る少女に容赦なく吹き付ける。

 少女は目そんな中、目を瞑り先程のやり取りを思い出していた。

 

『そうね、了解し______』

『了解しないわ。勝手に結論を出さないで貰えるかしら』

 

 そう、奇跡から生まれ直した彼女の存在を脅かすやり取りを……

 場はルヴィア邸の浴場。

 この日は、少女の奪われた居場所たるアインツベルン一家が屋敷にやってきていた。

 そこで事は起こった。

 それは、だだ一言、イリヤの発言から始まった。

 

『イリヤ、自分の言ってる意味分かってる?』

『え?』

『"元の生活"って何を指してるの』

『元の生活に私はいた?』

 

 イリヤはやはり、この質問に答えられなかった。

 いや、考えもしなかったと言う方が正しいのだろう。

 少女はそれに酷く絶望した。

 

『嘘、凛たちの望みはなに? カードでしょ!』

 

 カード、暫定的に彼女たちが言うそれはクラス(・・・)カード。

 インクルード、インストールのいずれかを行い、英霊をその身に宿す霊装だ。原理は不明。それを集め、解析するために凛たちは冬木の街へやってきていた。

 だが、アーチャーのそれは……

 

『カードはここにあるのよ』

 

 少女は自身の裸体に手を這わせ心臓の上で手を止め、そう言った。

 それは、自身と一体であるという意。

 少女の命を構成する重要な歯車の1つであることを示唆したものだ。

 

『潮時かな。茶番はお仕舞い。どのみち私に先は無いみたいだし……それなら最初の状態からやり直しましょうか。つまり______』

 

 嗚呼、悲しきかな。

 然り、これより先______

 

『私とあなたは、敵同士よ』

 

 そして、魔力で編んだアーチャーの服装をその幼い裸体の上から纏い、カーボンの弓、偽・螺旋剣(カラドボルグⅡI)を投影し、弦を引いた。

 この素早い動作に、この場の誰一人としてついてこられるものはいなかった。

 

 だが……

 

(あーもう、甘かったわね……)

 

 その矛先は、天井。

 そう、イリヤたちを狙うことは出来たし、ひょっとすれば仕留められたのかもしれない。にも変わらず、逃げの一手として使ったのだ。

 

 クロエは考える。

 それは本当に甘えだったのか。

 ひょっとして、何かに期待を抱いていたのではないか。

 そもそもシステム的に殺すことを躊躇ってしまうようになっているのではないか。

 だが、そんなものは今の少女には分からない。

 考えれば考えるだけ、とりとめのないことばかり浮かび、ただただ時間が過ぎていくばかりであった。

 

(……とにかく、今は休める場所を探さないと)

 

 精神年齢はともかく、クロエの外形は初等部学生のそれである。こんな夜更けにうろうろしていれば、警察に補導されても仕方がない。クラスカード、アーチャーの力があれば実力行使でどうとでもなるが、クロエはそれでもアインツベルン。魔術師であり、その掟が魂レベルで刻まれていた。すなわち魔術は秘匿するものである、と。この鎖はそうそう解けはしない。

 故に、クロエの取れる行動は限られていた。

 どこか人のいない空き家を探すか、暗示で誰かの家にお邪魔するか、はたまた協会に保護して貰うかぐらいしか______

 

「______いえ、確か……」

 

 クロエは電柱の上から、夜の色を醸し出す街を見渡し、あることを思い出した。

 

 ここは冬木市。

 前回の聖杯戦争の結末は知らないが、ここに聖杯を顕現させるための霊脈、及び設備が用意されているのは知っていた。

 そして、アインツベルンが拠点とするための工房、城を建造していたことも。

 だが、クロエの記憶は幾分か古いものであるとは、お兄ちゃん(士郎)のことを知らないということからも察していた。

 故に、どこまで当てになるかは分からない。

 

「確かめに行く価値はあるわね……」

 

 城がまだあるかどうかを。

 魔力残量的に時間があるわけではないが、もしあれば行幸。そのままイリヤを殺すための拠点にすればいい。その場合、放置されて雨風にさらされ、相当汚いことが予想されるが、これから自殺するようなもの。

 いまさらそんなことどうでもよかった。

 無ければ無いで、森の木の上で夜をあかす。

 そう自分に言い聞かせ、森の方への移動し始めた。

 眼下には、これから家に帰るであろう人々が点々と窺えた。

 中には、母親が買い物袋を持つ反対の手で、小さな子供と手を繋ぎ帰宅する姿も見られた。

 その様子に胸がきゅっと痛む。

 

「イリヤを殺して、私も……」

 

 お腹に浮かぶ呪いの印をそっとなぞる。

 遠坂凜が呪術により、イリヤをとの痛覚共有を強制されるものだ。曰く、死すらも連動するそうだ。

 残念ながら、アインツベルンに呪いに関する知識はなかった。

 故に、クロエは覚悟が出来ている。

 自棄になっていることは、薄々ながらも気付いていた。

 だけれど、もう……どうしようもない。

 クロエの存在、それを否定する"敵"は滅しなければならない。

 

「仕方がない、もの……」

 

 それが、今のクロエの根幹。

 生きているという感覚。

 クロエの在り方がゆえ、自分ではもう止められない。

 

「……」

 

 そうこうするうちに、街明かりは遠くなり、辺りは木々に覆われるばかりとなった。月明かりがクロエを妖しく照らす。

 

(そう、これは結界)

 

 アインツベルンのものだ。

 この道、木々、さらには月ですらフェイク。

 幻影に過ぎない。

 

(だけど、まぁ、余裕ね)

 

 クロエはニヤリと笑い、あえて道を外し"1時"の方向へ進んでいく。理由は簡単。アインツベルンがドイツ語で1っぽいからである。魔術などは、元来そういうくだらないモノからできている。

 そこは道無き道。

 街灯もなければ、月光ですら木々に遮られる。

 常人ならば、引き返すところだっただろう。

 だが、むしろそれを味わい、クロエはよりいっそう笑みを深める。

 

(えぇ、寸分たりとも違わない(・・・・・・・・・・)。アインツベルンは、存在するっ! )

 

「見えたっ」

 

 塀を越え、正面から堂々と中に侵入する。

 すると歴史を感じさせる色合いの立派な扉に、不釣り合いな縦線溝の箱が取り付けられていた。

 

(電子カードキー……?)

 

 存在自体、中々お目にかかれるものではない。

 実際クロエは知識にあれど初めて見るもので驚きが隠せなかった。

 勿論、クロエが鍵なんて持ってはいなかったし始めから壊すことになるとは思ってはいた。だが、まさか歴史ある魔術師の一角であるアインツベルンが、現代的なモノを使っていることに、ことさら驚いたのだ。

 既に、結界の性質から、中にはアインツベルンの関係者がいることは間違いない。

 

「……投影開始(トレース・オン)

 

 クロエは静かに夫婦剣、干将・莫耶(かんしょう・ばくや)を両の手に作り出す。

 そして、今まさに扉を破壊せんと大きく振りかぶり……

 

 ピーッ

 

 突然の電子音に、クロエは思わずビクリと仰け反った。

 見れば、今まで赤いランプが灯っていたリーダーの電球が緑色を示している。

 

「……」

 

 クロエは、まさかと思いながらも扉に手をかけ少し力を入れてみれば、どうやらこれは解錠されているらしいということが分かった。

 

(罠……かしら)

 

 こんなタイミング良く、中から人が出てくるわけがない。

 その証拠に、扉はそれ以来沈黙を保っている。

 ただハッキリとリーダーの緑のランプが光るのみだ。

 

 クロエは臆することなく、しかし慎重に扉を開け、中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

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