イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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時系列的には、原作12巻終了して少したったくらいからのスタートです。


第一章 エ・ランテルにて
1: ラナー、蒼の薔薇に依頼をする


「はぁ……ももんさまぁ……」

 

 王都にある蒼の薔薇御用達の宿屋にあるほぼ自室と化している部屋の中で、机に肘をついた恋する乙女は大きくため息をついていた。

 

「あの聖王国の連中がどうなるかは知ったことではないが、やっぱりエ・ランテルまでは一緒に行ってモモン様のご無事だけでも確かめたかった……」

「だから、それはダメだってことになっていたでしょう?」

 

 イビルアイの苦悶する姿を横目に、その反対側に腰をかけて優雅に紅茶を飲みながらラキュースは冷たく答える。

 

「そうそう。今はまだその時期じゃない」

「イビルアイ、完全に恋に盲目」

 

 部屋の隅に座り込んで、武具の手入れをしているティアとティナもそれに同調する。

 

「全く情けないなぁ。まあ、あのモモンって漢は、俺だって頂きたい気分にはなったけどな」

 そういって、イビルアイの隣の席に腰掛けているガガーランが豪快に笑う。

 

「くそぅ。皆、からかうのはやめてくれ……他人事だと思って……」

 力無くそう呟くと、イビルアイが机に完全に突っ伏した。

 

 その様子は傍で見ている分には非常に微笑ましく、他の四人は心の中でイビルアイの恋をそっと応援する。口には決して出さないが。

 

 聖王国からの使節団である聖騎士団の代表と蒼の薔薇が王都で話し合いを行ってから既に一ヶ月半が過ぎていた。その後彼らがどうなったのかは知らないが、少なくともエ・ランテルで魔導王との交渉は終了し今はもう聖王国に戻っている頃合いだろう。

 

 魔皇ヤルダバオトは確かに人類、いや世界全体の敵に違いない。しかし、それに手を貸せるだけの余力のある国は、恐らく現在は魔導国をおいて他にはない。評議国は通常こういうことには口を挟むことはないし、法国も最近特殊部隊である六色聖典に芳しくない噂が立っている。

 

 だから、魔導国で断られれば、聖王国は恐らく単独でヤルダバオトと戦わねばならなくなるはずだ。そうなればのんびり諸国を放浪する暇などあるわけもなく、大人しく国に戻って少しでも防備を高めるのが彼らの仕事というものだろう。

 

「確かに、一度は私達も魔導国に行って状況を確認しなくてはならないとは思う。だけど、今の王国から離れるのも正直心配なのよね。ラナーのこともあるし……」

 

 ラキュースもティーカップを片手に、そっとため息をついた。

 

 今の王国は、大悪魔ヤルダバオトに襲われ、その後の魔導国・帝国との戦いに破れ、第一王子は戦いのさなかに行方不明、多くの国民のみならず、国の中心的役割を担っていた貴族たち、そして、国民の希望でもあったガゼフ・ストロノーフも喪い、完全に国の屋台骨が傾いた状態になっている。

 

 しかも、そんな状態だというのに国の覇権を狙う派閥闘争はやむことはない。敗戦で王は完全にその求心力を失ってしまっている。

 

 しかもそれだけではない。帝国と長く続いていた戦争によって多くの物資も、それを作り出すべき人的資源もじわじわと削り取られてきた王国には、既に価値があるといえるほどのものはない。残っているのは、取るに足りない僅かな滓だけなのだ。

 

 このまま行けば、王国は近いうちにどう足掻いても抜け出すことのできない飢餓と貧困に襲われるだろう。そしてその先に待っているのは……。

 

 ラキュースは、迫りくる地獄絵図から目をそらし、権力ごっこを続けている貴族連中に心の中で悪態をつく。

 

「私達は王国の冒険者。冒険者は国の政治には関わらないのがルールだけど、だからといって祖国である王国を見捨てるわけにはいかないわ」

 

「そりゃそうだよなぁ。俺もそう思うぜ」

「たまには正しいことをいう。鬼リーダーなのに」

「鬼にも一分の魂があるって聞いたことある。確認できてよかった」

 

 ガガーラン達もラキュースの意見に賛同する。

 

「あまり褒められてる気がしないんだけど……」

 

 わざとらしい仕草で肩をすくめながら、いつもの双子の軽口にラキュースは気分が多少軽くなったのか、笑顔を見せた。

 

「そのうち、きっと会えるわよ、イビルアイ。モモンさんならきっとどんな場所でも大丈夫に違いないわ」

「ああ……、それもそうだな……」

 

 ラキュースのその言葉でイビルアイも少し気を取り直したのか、ようやく机から身体を起こす。

 

「さて、そろそろ王宮に行きましょうか。ラナーと約束している時間だわ。」

 

 四人は頷いて立ち上がった。

 

----

 

 蒼の薔薇が王宮のラナーの元を訪ねるのは二週間ぶりだった。

 

 これまでは、事あるごとにラナーからの依頼を受けることが多く、これほど長く声がかからないことは逆に珍しかったのだが、ラナーはラナーで自分が設立した孤児院をまめに訪問して孤児たちの世話をしたり、今やほぼ王位を継ぐことが確定している第二王子に陰ながら力を貸したりで、これまでよりも忙しいながらも充実した日々を送っているようだ。

 

 もちろん、その傍らには彼女がこよなく愛する忠実なクライムが常に寄り添っている。最下層出身の彼が王女のすぐ側に侍ることについては、これまで散々影で言われていたが、今の王国にはそのような些事に口を出す余力のあるものはいないようだ。

 

「お久しぶりですね、ラキュース。それから、蒼の薔薇の皆様」

「お久しぶり、ラナー。随分いきいきしているように見えるわね」

「そう見えますか? 今は上のお兄様が行方不明になってしまったせいか、私にもやらなければいけないことがいろいろできてしまって」

 そう話すラナーは、これまでよりもずっと楽しそうに見える。

 

 ラナーは蒼の薔薇の面々に椅子を勧めると、手ずから紅茶を注ぐ。

 

「クライムもそこに座ってください」

「え、いや、私が座るわけには……いえ、わかりました。では、失礼いたします……」

 

「なんだ、相変わらず尻に敷かれてるのか、童貞」

 ガガーランがクライムの肩を勢い良く叩く。

 

「そ、その呼び方は……いえ、なんでもないです……」

 

 もはや諦めきった顔でクライムは黙った。さすがにラナーの前でこの話を続けるのは憚られたのだろう。他の面々はその様子を見てくすくすと笑う。

 

「ふん、そこまでにしておいてやれ。それほど時間に余裕があるわけでもないんだろう?」

 その様子を見かねたのかイビルアイが口を挟む。

 

「そうね、本題に入りましょう、ラナー。なにか重大な情報が手に入ったとか?」

 

「ええ、そうなんですよ。とある筋から極秘で入った情報なんですが……」

 そういうと、ラナーは悪戯っぽい表情をして声を潜めると、さらっと話す。

 

「魔導王陛下が崩御されたそうです」

 

----

 

 

 あまりの衝撃に一瞬場が静まり返り、ガガーランとラキュースは思わず椅子から立ち上がる。

 数々の修羅場を掻い潜ってきた蒼の薔薇ですら、それはあまりにも想像を絶する内容だったのだ。

 

「はぁ? なんだそりゃ?」

「そ、そうね、ラナー。よく聞こえなかった気がするわ。もう一度話してもらえるかしら?」

 

「あら、そんなに難しいことをお話したつもりはなかったのですけれど……」

 ラナーが無邪気に笑う様子が、いっそこの話がラナーの軽い冗談だったのではないかと思わせるが、正直そんな生易しい話ではない。

 

「ですから……魔導王陛下が崩御されたそうですよ。なんでも苦境に陥った聖王国に陛下御自身がお力添えをされていたのだそうですが、その際の戦闘でお亡くなりになられたとか……」

 ラナーはただの天候の挨拶でもしているかのような軽い口ぶりで話をしつつ、自分の紅茶に砂糖をいれゆっくりとかき回している。

 

「……う、嘘だろ!? あの化物が死ぬなんて、そんなことがあるのか!?」

 ショックで呆然としていた様子のイビルアイも、思わず椅子を倒す勢いで立ち上がる。

 

「全くだ。正直信じられないねぇ。」

 

「魔導王はアンデッドだから、最初から死んでる」

「死体をいくら刺しても、所詮死体」

 青ざめた表情のティアとティナの冗談にも、いつもの切れが感じられない。

 

「ラナー、その情報は、本当に間違いないの?」

 ラキュースは真剣な顔でラナーに問いただす。

 

「ええ、私の個人的なルートから得た情報ですが、間違いではないようですよ。もっとも魔導王陛下は既に復活されていらして、今は喪われたお力を取り戻すためにエ・ランテルではなく、本来のご居城に戻られてご療養されているそうですが……」

 ラナーはそういって薄く笑うと、紅茶を口に含んだ。

 

「はぁ、なんだ、そういうことか……。全く驚かせやがって……」

 さすがのガガーランも緊張していた力が抜けたのか、どっかりと椅子に座り込む。

 

「確かに、復活魔法があるのだから、当然だわね。あの魔導国で、それが出来ないはずなんてないでしょうし……」

 ラキュースもそんな単純なことに思い至らなかった自分に呆れたかのように、小さくため息をついた。

 

「うふふ。思った通り、皆さんをびっくりさせることが出来ました」

 

 ラナーは悪戯が成功した少女のような笑顔を見せる。

 

 さすがにそんな表情を見せられては、蒼の薔薇も毒気を抜かれざるを得ない。まあ、魔導王でも死ぬということがわかったのは確かに非常に重要な情報だ。しかも、聖王国に自ら助力をしていたということは、魔導王を斃した相手はかの大悪魔ヤルダバオトであるのはほぼ間違いないだろう。

 

「魔皇ヤルダバオトか……。やはり、王都で討ち漏らしたのがまずかったか?」

 ガガーランがボソリと呟く。

 

「いえ、あのときは王都から敗走させただけでも上出来だったと思います。あれ以上戦っていれば、恐らく王都は完全に焦土と化していたことでしょう」

 珍しくラナーが真面目な顔をしている。

 

「それもそうね……。あのとき、私達は既に限界だった。モモンさんがヤルダバオトを抑えてくださっていたから持ちこたえられたけれど、あれ以上戦闘が長引いていたら、モモンさんもただでは済まなかったかもしれない」

 

「そ、そんな! モモン様なら、きっとヤルダバオトを完膚なきまでに滅ぼしてくださったに違いない!!」

 

「まあまあ、イビルアイ落ち着けよ。いかに凄い奴だといっても漆黒のモモンだって人間なんだ。奴だって状況が悪化すれば、もしものことがあってもおかしくないんだぞ?」

 

「そ、それは……確かに……そうなんだが……」

 イビルアイはバツが悪そうな顔をして黙り込んだ。

 

「ところで、ラナー。この話を単に教えてくれるためだけに私達を呼んだんじゃないわよね?」

 ラキュースは、二人のやり取りを眺めつつ、ラナーに問いかける。

 

「ええ、そうなんです。これまでは、先日の王都での戦いで復活されたガガーランさん達の体力が回復していないということもあって、魔導国に関してはあまり深入りせずに、様子見をしていました。王国は、正直、魔導国と友好関係にあるとは言い難いですし。でも、今回の一件は、魔導国に人を送るのにちょうど良い口実になると思いませんか? ですので、現在の魔導国の状況を、蒼の薔薇の皆さんで詳しく調査してきて欲しいんです」

 

「それは、エ・ランテルへ行くということか!?」

「おい、イビルアイ、ちょっと落ち着け!」

 

「その通りです。本当なら、今回のような場合、王国の正規の使者として、兄か私が魔導国に赴き、魔導王陛下宛のお見舞いの品をお贈りするのが筋でしょう。しかし、正直いって、今の王国にはそのような体力はありませんし、王国の国民感情の問題もあります」

 

「それはそうでしょうね……。では、その代わりに私達を、ということかしら?」

 

「はい。王国からの非公式の使者として、蒼の薔薇の皆さんを派遣することで、双方の体面を保ちつつ、魔導国の実態を知るのが目的です。それで、僅かではありますが、私個人の名前で心ばかりの品と魔導王陛下宛の親書を用意しました。これを魔導国の宰相であるアルベド様に届けてほしいのです」

 

 そういうと、ラナーは鍵のかかった引き出しから美しい意匠の小さな箱と、ラナーの封印が押された手紙を机の上に置く。

 

「これは父や兄にも既に同意をとってありますので、安心してくださいね。あと、少しですけど報酬もお出しします」

 

「なるほど。アルベド様というと、以前魔導国から王国に使者としていらした方よね? 私は直接お会いしてはいないけれど、非常に美しい女性だとか?」

 

「そうですね。私は何度かお話させていただきましたが、とてもお美しくてお優しい方です。きっと皆さんにも快くお会いくださると思います」

 ラナーは無邪気な笑顔で答えた。

 

「わかりました。それなら問題は特になさそうね。どう? 皆には異論はある?」

 ラキュースは他のメンバーの顔を見回す。

 

「いいと思う」

「同じく」

「あぁ、任せてくれ」

「も、もも、もちろん、行くに決まっているだろう!!」

 

「全員賛成ね。では、この件は蒼の薔薇でお引き受けします。こちらは大切にお預かりしていきますね」

 ラキュースはそれらを丁寧に布で包むと慎重に懐にしまい込む。

 

「皆さんなら問題ないと思いますが、どうかお気をつけていってらしてください」

 ラナーはにこやかに微笑んだ。

 

 

 




gomaneko 様、水戸咏様、十五夜@様、誤字報告ありがとうございました。
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