イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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7: それぞれの思惑

 ヴァランシア宮殿にある会議室では、ザナックと有力貴族達が必死に対応を協議していた。

 

 机の上には、王都の大きな地図が広げられ、暴徒に破壊された地区や、現在進行中の地区、それに対応させる部隊配置などを協議していたが、暴徒の行動は思っていたよりも統率が取れており、素早い行動に対応は後手後手に回っていた。

 

「どういうことだ。ただの暴徒ならここまで効率的な行動は取れないはず……」

「恐らく、裏からか表からかはわかりませんが、暴徒を指揮している者がいるのでしょう。そうでなければ、このような行動は取れません」

「裏から誰かが糸を引いているということか」

 

 ザナックとレエブン候の頭には、やはり背後にいるのは八本指か、という考えがよぎるが、理解できないのは、八本指が王都を殲滅させることのメリットだった。彼らとしては、これまで同様、王国を生かさず殺さず保っている方が、利益が転がり込むはずなのに。

 

「まさかとは思いますが、更に裏の裏という存在がいる可能性すらありますな……」

 レエブン候は苦々しげに呟く。

 

 次から次へと現状を告げる兵士がやってくるが、そのどれもが、更なる状況の悪化を告げるものだった。

 

「ラナーはまだ見つからないのか!?」

「蒼の薔薇の皆様は、探しに出て行かれたまま、お戻りになっておりません」

 

「冒険者組合長はどうした? まだ呼び出しには応じないのか!?」

「それが……、冒険者組合長は、今回の事態はヤルダバオト事件とは違い、国政にあまりにも密接に関係している事件であり、尚且つ相手が同じ王国民であることから、何回要請されたとしても手出しすることはできない、と。そればかりか、冒険者達には、率先して王都から退避するよう勧告を出しているようです」

 

「くそ!!」

 ザナックは思わず机を叩きつける。しかし、そのザナックを笑える者はこの場所にはいなかった。皆一様に、もたらされる知らせの数々に顔面蒼白となっている。

 

 報告の状況をそのまま信じるなら、現在、王都の三十%が壊滅状態となり、死傷者は王都の全人口の二十%にも及ぶ惨事となっている。かのヤルダバオト事件どころか、カッツェ平野の大虐殺を超える死傷者を出すに至っていた。このままでは、事件を沈静化することなど不可能だろう。

 

「……。ザナック殿下。そろそろ決断の時間かもしれませんな」

 

 そんなザナックの様子を見ていたレエブン候は、おもむろに切り出した。候が何を言おうとしているのか、察したザナックは、悔しげに顔を歪める。しかし、二人が何の話をしているのかわからない有力貴族達は首を傾げた。

 

「レエブン候、どういうことなんだ?」

「何か良い方法でもあるのか?」

 

「皆様方。わかりやすく申し上げれば、王国を守るために魔導国に恭順するか、もしくは、このまま王国と共に心中するかを選ぶ時だ、ということですよ」

 

「な、なんだと!? そんなことが受け入れられるはずもないだろう? 気でも狂ったのか、レエブン候!?」

「全くだ。まさか、レエブン候、王国を魔導国に売ろうと画策していたわけではあるまいな!」

「それでは、魔導国に王国を侵攻する口実を与えるだけではないか!」

 

 一斉に口を開いて騒ぎ立てる貴族達の顔を、レエブン候は冷ややかに眺めた。

 

「では、皆様方は、他に何か良い方法があるとでも? もちろん、打開策があるのであれば、それに越したことはありませんが」

 

 しかし、それに回答出来る者は誰もおらず、しばらく、何かを呟いていたが、やがて会議室は静まり返った。その中を、レエブン候の淡々とした言葉だけが響く。

 

「今、我々が選ぶべきなのは、王国を如何に存続させるか、ということでしょう。自力では出来ないのであれば、他国の力を借りるのもやむを得ない。――私とて魔導国には大きな恨みがある。しかし現時点で出ている被害は、あの虐殺で魔導王から我々が受けた被害よりも大きいのです。……この期を逃せば、例え魔導国の力を借りたとしても、王国を再建すること自体が困難になるのは自明のこと。決断するなら、今をおいて他にはありません」

 

「――俺は、レエブン候の意見を支持する。お前たちはどうなんだ? このまま王国と共に滅びるのか? それとも、一時苦渋を舐めたとしても、生き延びることを選ぶのか?」

 

 若干皮肉げなザナック王子の言葉に、押し黙った貴族達は、やがて全員が渋々頷く。

 

「よし、では、俺からアルベド様にお願いしよう。亡国の王子と謗られるかもしれんが、俺はそれでもこの国を守りたい。……心配しなくてもいい。全ての泥はこの俺が被るさ」

 

 ザナックは、心を決めたのか清々しく笑った。その雰囲気に、これまで散々ザナックの足を引っ張ってきた有力貴族達も気圧されたのか、一様に沈痛な面持ちになり、ザナックに恭しく頭を垂れた。

 

 

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 八本指のアジトに用意された豪華な一室で、デミウルゴスとマーレは豪奢な椅子に腰をかけていた。その後ろには、ナーベラル、ルプスレギナとシズが控えており、テーブルを挟んだその向かいの椅子にも小さな人影があった。

 

「そうですか。わかりました。では、アルベドは作戦の次の段階へそろそろ移行するということですね」

 

 ソリュシャンからの〈伝言〉を受け、デミウルゴスは機嫌良さそうに頷く。

 

(王都の人々も随分楽しそうに踊ってくれたものです。後はアインズ様の輝かしい栄光の引き立て役として最後まで頑張って頂きたいものですが……)

 

 デミウルゴスはいつもとは違う白いスーツを身に纏い、頭には同じく白く細やかな刺繍のある布を被っていた。

 

(私もアインズ様を彩る端役を存分に演じさせて頂きましょう。かの慈愛の御方にご満足頂けるように)

 

 これから王国で起こる出来事を想像し、デミウルゴスは恍惚とした表情を浮かべる。さぞや、素晴らしい光景になることだろう。王都の人々は、まさに『神』の降臨を目撃することになるのだから。

 

 デミウルゴスは忠義をいくら尽くして尚足りない、自分の主人に思いを馳せる。その麗しい姿を下等動物などに見せてやるのは、少しばかり惜しいことだが……。

 

「では、マーレ、それから、ナーベラル、ルプスレギナ、シズも最終段階に向けた準備を始めてください。……それと、貴女もですね。期待していますよ? 私はアインズ様にお会いしてきますので、一旦ナザリックに戻ります。計画の全てはマーレにも話してありますので、私がいない間に何かがあったら、マーレと相談してください」

 

「は、はい! その……頑張ります!」

 おどおどしながらも、元気よくマーレが返事をし、残りの面々はデミウルゴスに静かに頭を下げた。

 

「良い返事ですね。マーレ。今回の作戦は、全てアインズ様の御為に行うこと。くれぐれも、そのことを忘れないように」

 そう言い残すと、デミウルゴスは〈上位転移〉で姿を消した。

 

「えっと、それじゃ、おばさん、先程お願いした件を始めてください」

 マーレは、部屋の扉の近くに小さく身を隠すように立っていたヒルマに声をかける。

 

「畏まりました。マーレ様。お任せください」

 

 ヒルマはどうしようもなく震える声を抑え、低い声で返事をすると『化物』共が揃った部屋を静かに退出する。王国もいよいよこれで終焉を迎えるのだ。自分たちの役目もこれでお終いになるといいのだが、というほんの僅かな希望にすがりながら。

 

 

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 イビルアイは〈飛行〉と〈不可視化〉をかけた状態で空から偵察しつつ、例の貴族の館に向かっていた。空から見える王都の惨状は筆舌に尽くしがたいものだった。

 

 焼け落ちた家。放置された遺体。打ち壊された門や扉。そして、それでも破壊の限りをつくす人々と、それを抑えようと懸命に戦う兵士達。

 

(そうだ。この光景にはどこか見覚えがある。あの時……、そう、あの時の……)

 

 思考がどこか遠くの国の出来事に彷徨い始めたその時、イビルアイの心に引っかかる何かを感じた。

 

 ――何処かから子どもの泣く声がする。

 

 イビルアイは空から思わずその声がする場所を探す。

 

 燃え盛る建物の間に、取り残されたらしい子どもが一人ぽつんと逃げることも出来ずに怯えて立っていた。雨に濡れ、泣きじゃくる姿は、遠い昔の誰かを彷彿とさせられる。

 

 イビルアイは、不可視化を解除して姿を現すと、火の粉を避けながら、煤と泥で汚れたその子を抱き上げ、再び空に舞い上がった。安全な場所を探して辺りを見回し、比較的安全そうな通りに子どもを降ろす。

 

「向こうに逃げろ。そうすれば、王城に着く」

 

 その子は突然空からやってきた助けに戸惑っていたが、イビルアイの短い言葉に頷き、走り出す。イビルアイは一瞬だけ後ろ姿を見送るが、すぐに〈飛行〉を唱えると、再び大空へ舞い戻った。

 

 

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 フィリップの館には、自称『若手派閥』に属する貴族達が五十人ほど集まっていた。貴族達はそれぞれ護衛の兵士を複数連れており、総勢六百人を超える大所帯になっている。フィリップはその威容を眺めながら、満更ではない顔をしていた。側には、黒の上品なローブを纏い、スカーフで顔を隠した女性が一人立っている。

 

「フィリップ様、これだけの人数がいれば、間違いなく暴徒たちに鉄槌を下し、ラナー王女を奪還することも出来るでしょう。私共の情報では、ラナー王女は王城近くに囚われている御様子。ですので、このまま王城に向かわれれば、王女をフィリップ様御自身が奪還し、后としてお迎えになることも可能となりましょう」

 

「ふむ、なるほど。それで、ヒルマの作戦としてはどんなものを考えているんだ?」

 

「はい、フィリップ様。まず、暴徒を先に打ち倒すのではなく、説得して味方につけ、暴徒を煽って、今の有力者たちをなるべく多く倒すことが肝心かと思われます。その後、邪魔な暴徒共を片付ければ、王国でフィリップ様に対抗できる者などいなくなることでしょう」

 

「そうか! さすがはヒルマ、素晴らしい作戦だな。よし、じゃあ、俺達はこれから王城に向かい、暴徒達と共に、有力貴族やザナック王子を打ち倒す! 暴徒達は、俺のこの勇姿を見れば、本当に王を名乗っていいのが誰なのかわかり、自然と協力するはずだ! もし、邪魔をする者がいれば、そいつらもついでに始末するぞ! その後、ラナー王女さえ手に入れられれば、王国は俺達の物だ!!」

 

 それに呼応するように、貴族達も剣や弓を振り上げて、大声を出す。

 

「私はフィリップ様こそが、王国を真に支配するに相応しい御方だと思っております。それでは御武運を。フィリップ様が王国を手に入れることを、このヒルマ、心からお祈り申し上げます」

「ああ、期待して待っててくれ! それじゃ、お前たち、行くぞ!」

 

 フィリップは出立の号令を出し、館の庭から、続々と武装した集団が王城に向かって進む。深々とお辞儀をしながらそれを静かに見送るヒルマは、ようやく、最後の連中が館から出て行ったのを確認すると、大きなため息をついた。

 

(これで、あの馬鹿を見るのも最後だろうよ。どのみち、アルベド様がかなりお怒りだから、ろくな末路は待っていないだろうけどね)

 

 ヒルマは、暗い笑みを浮かべる。どうせなら、あの馬鹿には自分が味わった以上の地獄を味わって欲しい。それがこれまで散々フィリップの尻拭いに奔走させられたヒルマの正直な気持ちだった。

 

 そこに、目立たぬ服装をした男が一人、やってきてヒルマに耳打ちする。

 

「ああ、それじゃ手はず通り、アジトからこちらの館に移動してもらうように伝えてちょうだい。準備は出来ていると」

 

 男は頷き、そのまま、静かに姿を消す。

 

「……。今のところは、あの方々の気に障るような事態にはなっていない。このまま、どうか無事に済みますように……」

 

 ヒルマは身体をぶるりと震わせると、館の中に入っていった。

 

 

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(賽は投げられた。もう後戻りできない)

 

 ザナックは、今や宮廷会議における上席に腰を掛けているアルベドを見ながら、心の中でごちる。

 

 アルベドは、事態収拾に必要な人材や物資は魔導国が提供することをザナックに約束したものの、あくまでも、今回の事件については自分はオブザーバーであるという姿勢は崩さなかった。それでも、必要な援助の内容を詰めるためにも、宮廷会議に同席してほしいとザナックが要請したのだ。

 

「アルベド様、確認させて頂きたいのですが、事態収拾について、魔導国側ではどのように考えておられるのでしょうか?」

「ザナック殿下。王国で必要とされていらっしゃることを要請していただければ、可能な限り対応させていただきます。ただ、魔導国から必要な応援を出すとしましても、できれば王国側も、暴徒を闇雲に刺激することを避け、事態収束に向けた具体的な行動を起こして頂いた方がよろしいかと思いますわ」

 

 レエブン候は油断なくアルベドの様子を観察していたが、アルベドはあくまでも善意からの申し出という態度のまま、聖母のような微笑みを浮かべているだけで、その言葉の裏に隠されているものを感じ取ることは出来なかった。

 

「アルベド様が仰ることは尤もですな。ただ、既に暴徒に対してある程度の鎮圧部隊を出してしまっておりますので、お恥ずかしながら、王族及び貴族対民衆といった構図を避けることは出来ておりません。そのため、取れる手がかなり限られてくるかと……」

「王政を預かるものとして、暴動に対する鎮圧部隊を全く出さないというのは不可能に近いでしょうから、多少の対立はやむを得ないと思います。――何とか国民と対話をする方向に持っていけると、お互いに少しは歩み寄れるように思いますけれど……。言葉にするのは簡単ですが、実行するとなると、やはり難しいでしょうね」

 

 ふんわりとした笑顔でアルベドは言葉を切る。

 

「対話か……。なるほど。それは良いかもしれん」

 同席している貴族達の間でも、アルベドの案に同意する声が漏れる。

 

「レエブン候、どう考える? 実行は可能か?」

「……ザナック殿下が国民の前に姿をお見せになるのであれば、流石の暴徒も応じるかもしれませんな。但し、その場合、王子の身に危険が及ぶ可能性は否定できません」

「この際、多少の危険はやむを得ないだろう。それに、確かに、俺が奥に引きこもっていては、民衆も納得しないだろうな」

 

 ザナックの言葉に、複数の貴族が同意の頷きを返し、アルベドはそれに感銘を受けたようだった。

 

「とても勇気ある王子様でいらっしゃるのですね。ザナック殿下がそのようにされるというのでしたら、魔導国でも、そのタイミングで何らかの力添えをさせていただきたいと思いますわ」

 

「それはありがたい。そうなると、今は暴徒は王都内に点在している形になっているが、むしろ王城前に誘導したほうがいいのか?」

「一箇所に集めることは暴徒の力が集中することになり危険ではありますが、ザナック殿下のお言葉をより多くのものに伝わるようにするには、その方が効果的でしょう。それに、最悪排除することになった場合も、一箇所に集まっている方が好都合ともいえます」

 

 レエブン候のその言葉は、最悪、暴徒を殲滅することも暗にほのめかしていたが、もはやそれに反対出来る者などいなかった。

 

「それでは、レエブン候、部隊を上手く使い、暴徒を王城前に可能な限り集めろ。目標は一時間後だ。その際に、このザナックが国民と対話を望んでいることをなるべく広範囲に広めるのだ」

「畏まりました」

 

「アルベド様、魔導国には一時間後に私が民衆に対峙する際に、暴徒を抑えるご助力をお願いしたいのですが、可能でしょうか?」

「それくらいでしたら問題ありません。なるべく王子様が安全に対話が出来るように、そのタイミングで加勢させていただきます」

「……ちなみに、どのような方法で加勢頂けるのですか?」

 

 アルベドは少し悪戯っぽく笑った。

 

「それは、できればその時点まではお知らせしない方がよろしいのでは? 情報が漏れて、逆に利用されるといけませんから」

「嫌な話ではありますが、正論ではありますな、アルベド様」

 

 議論がようやく収束に向かいつつあるのに安堵して、ザナックは軽く息を吐く。しかし、これからが本番なのだ。ザナックが閉会を宣言しようとした時、何かを考えていた様子だったレエブン候が口を開いた。

 

「ザナック殿下、一つ提案があるのですが、宜しいでしょうか?」

「なんだ、レエブン候」

「例の『派閥』の頭となっている者を捕らえ、全ての罪をあの男になすりつけてはいかがでしょうか? 国民に対しては、彼が裏から操って大衆心理を操作されたものとし、咎めを無しにする。そうすることで、王家や他の貴族も、国民も、全て同じ被害者であるという立場に持っていけるかと」

 

「なるほど。それは良い考えだな。では、レエブン候、奴を見つけ次第、なるべく生きて捕縛せよ。傷は多少つけても構わん。実際、あいつが裏で余計なことをやっているのは間違いないのだから、別に冤罪というわけではない。ついでに、奴に付いていた貴族連中も連座で罪を負わせてもいいだろう」

 

 レエブン候は幾分端正なその顔を歪ませ、黙って頷いた。

 

 

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 蒼の薔薇は、ブレインからの情報を元に偵察に行ったティアとティナに案内され、該当する屋敷へと向かった。高級住宅街にある建物の多くが破壊されたり燃やされたりしているにも関わらず、その建物がある区画だけがほぼ無傷で残っているのが、あからさまに怪しく感じられる。暴徒は既にこの近くからは移動した後のようで、怪我をして呻いている者や、呆然と焼かれた家の前で立ち尽くす人々の姿だけが見える。

 

 その屋敷の様子を少し離れた場所から伺うが、予め聞いていた通り、貴族達の姿は見えず子飼いの兵士たちの姿も見当たらない。屋敷の前に残された大量の足跡の様子から、警備の兵士だけを残して何処かに向かった後のようだ。この館の貴族の評判はラキュースも聞き及んでおり、いずれにしても王国のためになる行動をするとは思えない。

 

「ここまで来るのに時間がかかりすぎてしまったわ。強行突破で突っ込むわよ」

 

「鬼リーダー、万一、王女が見つからないとまずい」

「私達が内部に侵入して、見つけたら救出してくる。王女が見つかったら、合図をする。そうしたら、突入して一網打尽で」

 

「その方が良さそうだな。おし、こっちは任せておけ」

「了解。ティア、ティナ、頼んだわよ」

 

「私は裏に回っておこう。万一にも、鼠を逃したくないからな」

 

 そう言うと、イビルアイは姿を消す。それを見て、ティアとティナも行動を開始する。

 

(ラナー、どうか、無事でいて……)

 ラキュースは、油断なく門の脇に潜みながら、館の警備兵の動向に目を光らせた。

 

 二十分程経過した時、館の中から何かが打ち上げられ、ヒューンと音を立てる。

 

 それを合図に、ガガーランとラキュースは警備兵に真正面から襲いかかり、剣で峰打ちをして素早く打ち倒すと、開ける時間も惜しかったため、扉を打ち壊して内部に侵入する。

 

 館の内部の人員は、ティアとティナがあらかた薬で眠らせたらしく、至る所に警備兵や使用人などが倒れている。

 

「ティア、ティナ、ラナーは見つかったの!?」

 

 そのラキュースの問いかけに応えるかのように、ぐったりとしたラナーを抱えるようにしたティアとティナが姿を現す。

 

「王女は無事」

「薬で眠らされている」

 

「ラナー!? なんてこと……」

 

 慌ててラキュースはラナーを抱きしめるが、反応はない。しかし、僅かに開いたその唇から小さな呼吸音が漏れているのを確認し、ラキュースはほっと一息をつく。

 

「さっき、気付け薬を飲ませた。しばらくすれば、気がつくはず」

「それと……、王女がいた部屋の近くに裸の女性が複数閉じ込められていたけど、どうする?」

 

 ティアの言葉に、一瞬蒼の薔薇の面々は黙り込んだ。

 

「今は……、連れ出すのは難しいわね。むしろ、この状況だとまだここにいてもらったほうが安全かもしれない。ティア、ティナ、悪いけど、その人たちに身体を隠せるものを渡して、迎えが来るまで、この館でおとなしくしているように伝えてもらってもいいかしら?」

「わかった。鬼リーダー」

 二人は頷いて、再び姿を消す。

 

「――全く、反吐が出るわ。あの馬鹿は何としてでも捕まえて正式な裁きを受けさせないとね」

「この様子だと、この事件のかなりの部分があいつらによるものなんじゃないか? 信じられんな。国をなんだと思っているんだ」

 

 重苦しい雰囲気の中、ティアとティナが戻ってきた。

 

「鬼リーダー、終わった」

「状況は説明したから、大丈夫だと思う」

 

「よし。王女も無事確保できたし、そういうことなら当座は問題ねぇだろう。引き上げるぞ」

 

 ガガーランはラキュースから意識のないラナーの身体を受け取り、肩に担ぐ。

 

「あと、書斎らしい部屋に、地図とかいろいろ置いてあったから持ってきた」

「ちょっと地図を見せて」

 

 ラキュースが地図を広げると、行動計画のようなものがそこかしこに記されており、王城に向かって矢印が書かれていた。

 

「これは……この館の主人が事件の黒幕と見て間違いなさそうね。下級貴族もいいところだから、正直家名はうろ覚えだけれど、本人の名前だけは有名なのよ。なにしろフィリップといえば、馬鹿の代名詞と言われているくらいだもの。私も王城で少し見かけた覚えがあるけど、なかなか強烈だったわ」

 

 ラキュースの苦笑いに、他の面々も思わず失笑する。あれでも、一応派閥のトップだというのだから手に負えない。

 

「本当ならもっと証拠になる品を探すべきなのかもしれないけど、今は時間がないわ。皆、急いで王城に戻るわよ!」

 

 蒼の薔薇は一斉に頷いた。

 

 

 




アンチメシア様、佐藤東沙様、のんココ様、誤字報告ありがとうございました。

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