イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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2: 蒼の薔薇、魔導国を訪問する

 ロ・レンテ城でのラナーとの会談から戻ってきた蒼の薔薇は、宿屋で早速荷造りをし魔導国に向かうことにした。

 

 真の目的は魔導国の現状調査であるとはいえ、建前上は王国の使者として向かうのだから、魔導国に多少思うところがあったとしても決して失礼があってはならない。ラキュースは気を引き締め宰相アルベドとの謁見も考慮し、いつもの装備も念入りに手入れをする。

 

 そして、後ろから聞こえてくる奇妙な鼻歌を耳にし、少し顔をしかめた。

 

(……イビルアイ、本当に連れて行って大丈夫なのかしら?)

 

 他のメンバーもそう思っているのだろう。微妙に生暖かい目でイビルアイをちらちらと見ている。

 

「〜〜♪♪」

 

 そんな仲間の様子に気づくこともなく、イビルアイは半分呆けたような表情で、どうみても今回の依頼とは関係のなさそうな派手な服を広げてみたり、どこで手に入れたのかわからないような怪しげな形状の瓶を取り出して眺めたり、かと思うと急ににへらと笑って歌いだしたり、正直どうみてもまともな状態には見えない。いつも冷静にパーティーをサポートしてくれる蒼の薔薇が誇る頼もしい魔法詠唱者としての面影はどこにもなかった。

 

 そう。イビルアイは完全に浮かれていた。

 

 ようやく、愛するモモン様に正式に会いに行く口実が出来たのだ。

 

 これまでイビルアイはエ・ランテル行きを他のメンバーに何度となく打診し、説得しようと試みていた。蒼の薔薇全員が難しいならせめて自分ひとりだけでも、と。自分は転移魔法が使えるし、一度転移先の確保さえすれば、あとの行き来はイビルアイ一人だけならあっという間にできる。それなのに、ラキュースも他のメンバーも頑として頭を縦に振らなかった。

 

 だが、ラナーからの依頼とあらば話は別だ。いつもは腹が立つこともあるラナーだが、今回ばかりは救世主のようにも見える。

 

(今、魔導王はエ・ランテルにはいないらしいし、モモン様を魔導王の支配から解放する絶好のチャンスじゃないか?)

 

 イビルアイは、愛するモモンを恐ろしい魔導王の魔の手から必死に救出する自分の姿を思い浮かべ、さらにモモンがイビルアイに跪いて感謝のキスをし、結婚を申し込むところまで幻視する。

 

(あああ、モモンさまぁ……、結婚なんて、まだ早すぎますぅ!)

 

 しかも、非公式とは言え宰相に会いに行くということは、もしかしたら、謁見の場にモモンもいるかもしれない。そうでなくても、魔導国の調査中に何らかの形でモモンに出会える可能性は非常に高いだろう。

 

「あぁ、モモン様に最後にお会いしてから一体何ヶ月経ったんだろう? まさかと思うが、私のことを覚えていなかったり……いや、そんなことはない! あれだけ印象的な出会いをしたんだ! 私達はまさに吟遊詩人が詠うところの運命の恋人なのだ!」

 

 一人で盛り上がっているイビルアイに、残りの蒼の薔薇のメンバーはため息をつく。

 

「だめね、あれは」

「完全に舞い上がってる。ふわふわ宙に浮いてる。十メートルくらい」

「ガガーランが頭を叩けば正気に戻るかも?」

「いや、無理だな。まぁ、ずっと我慢してたんだから仕方ないのかもしれんが……」

 

「……ともかく、今回は、イビルアイはなるべく戦力に数えない方がいいかもしれないわね」

 諦めたようなラキュースの言葉に、残りの三人は深く頷いた。

 

---

 

 王都リ・エスティーゼで魔導国に行く馬車を探すが、現在、王国と魔導国の関係は冷え込んでおり、エ・ランテルに向かう馬車は極少数の商人の荷馬車しか見つからなかった。そのため、蒼の薔薇はやむをえず自前で馬車を用立てると、一路エ・ランテルに向かった。

 

 街道沿いに馬車を走らせ王国領を抜けるが、途中の街や村はかなり荒廃した雰囲気があり、人々は疲れ切った顔をしている。恐らくこの冬を越すのが精一杯だったのだろう。むしろ、もっと大規模な飢饉が起きても不思議ではなかったことを考えると、無事に春を迎えることが出来ただけ幸運だったとも言える。

 

(来年は一体どうなるのかしら? ラナーはきっと何か考えていると思うんだけど……)

 

 ラキュースは馬車の窓から外を眺めつつ、王国の暗い未来を想う。

 

 しかも、王国沿いの街道の治安の悪さといったら、以前よりも明らかに悪化しており、蒼の薔薇の馬車も王国領を抜けるまでに数回野盗や魔物の群れに襲われた。もちろん、そんな連中は蒼の薔薇の敵ではなく全て返り討ちにしたものの、本来街道の治安維持をしているはずの貴族の力がそれだけ弱まっているということでもあるのだろう。

 

 正直、無能な貴族たちだったとはいえ、まだ前のほうがマシだったなんて思う日が来ようとは。本来は、魔導国の調査が目的だったはずなのにも関わらず、むしろ王国の現状調査までしている気分になってくる。

 

 やがて王国領を抜け、王国と魔導国の緩衝地帯を経過すると、急に街道が整備され雰囲気が明るくなったように感じる。エ・ランテルまでの道中はこれまでも経験がある慣れた道ではあるが、この様子だと、エ・ランテル自体も既に王国の領土であった頃とは大きく様変わりしているだろうことが予想される。

 

「こりゃすげえな。確かに魔導国は王国よりも遥かに財力があるのは間違いねぇんだろうな」

「そうね。貴族なんかもいないらしいから、政策に余計な横やりが入ることも少ないでしょうし」

 

 ため息混じりのラキュースのそのセリフで、馬車の中では思わず失笑が漏れる。

 

 しばらく行くと、前方に見慣れたエ・ランテルの城壁が見えてくるが、その前にこれまではなかった巨大な二つの像が鎮座しているのがわかる。

 

「ちょっとあれみろよ。エ・ランテルの城壁前になんてものを置いてやがるんだ!?」

「魔導王……の像……なのよね、多分」

 

「でかい」

「でかすぎ」

「なんというか、自意識過剰なのか? 魔導王は……」

 

 魔導国の国境を越えて以来、魔物や盗賊などに襲われることも全く無く、油断しているつもりではなかったけれども、蒼の薔薇の一行はちょっとした観光気分になりつつあった。

 

「しかし、あんな悍ましい像を入り口に飾るなんて趣味が悪いな」

「国民に対する脅しなのかもしれない」

 

「あれで国民が平和に暮らしてるなんてありえない。冗談にも程がある。」 

「でも、平和に暮らしてるというのは本当らしいわよ?」

 

 そんな話をしているうちに、蒼の薔薇の馬車はエ・ランテルの門までたどり着いた。

 

 そこには入国しようとしている商人たちと思しき馬車や、冒険者らしい格好をした者たちが並んでおり、門番らしき人物と多少会話をすると都市の中に入っていく。門番はどうやら普通の人間のようで、ほっとため息をつく。

 

「ようこそ、魔導国都市エ・ランテルへ。ここに来るのは初めてですか?」

 

「ええ、魔導国になってからは初めてです」

 ラキュースが代表して答える。

 

「そうですか。初めて訪れる方については、都市に入る前に講習を受けていただくことになっているのですが、それは構わないでしょうか?」

 

「講習? って一体何の講習だ?」

 ガガーランが口を挟む。

 

「魔導国には他の国とは違う決まりごと等がありまして、都市内ではそれを守って頂く必要があります。そのため、それを事前にご説明するためのものです。いらした方が例えどのような方であっても、この講習を受けずに都市の内部に入ることは出来ません。どうされますか?」

 

「それなら、もちろん受けさせて頂きます」

「仕方ないね」

 

「そうですか。それではこちらへどうぞ」

 門番は一行を通路の奥にある扉の前へと案内した。

 

 その扉を開けると、そこには、恐ろしい巨大なアンデッドの兵士が立っていた……。

 

 

----

 

 

 それほど長い時間ではなかったが、蒼の薔薇にとってはまさに悪夢のような講習が終わると、無事にエ・ランテルへの通行許可が下りた。

 

 講習で見聞きしたものはどれも蒼の薔薇の常識を覆すようなものばかりで、ほとんど精神攻撃に近いものを連続で受けた気分になる。げっそりと疲れ切って部屋から出てきた五人は馬車ごと門を抜け、エ・ランテルの居住区域に足を踏み入れる。そして、以前来たときとは全く違う街の様子に目を見張った。

 

 人通りは以前のほうが若干多かったかもしれないが、特にそれほど気になるほどの差は感じられない。それに、もっとアンデッドや亜人が跳梁跋扈しているかと思っていたが、思いの外人間が多い。道路もまだ完全ではないが、主だった部分はかなり舗装されており、今もその工事が人間や亜人、そしてその指示に従うスケルトンによって行われているようだ。

 

 先程の講習でいきなり現れたデス・ナイトに度肝を抜かれた五人だったが、そのデス・ナイトが普通に警吏として道を歩いており、街の人々もそれを全く気にしていない様子に呆然とする。

 

「なんだよ? あんな凶悪なアンデッドがうろついてるってのに、誰も気にもとめないって……。はぁ、こういうのも、確かに平和といわれれば平和なのか……?」

 呆れたようにガガーランが唸る。

 

 道の端の方では子どもたちが笑いながら走っていくのが見える。

 

「そうだな……。少なくとも、この都市の中というよりも、この国の中では平和、ということなのかもしれない」

 イビルアイは半信半疑ながらも、それは認めなくてはならないと思う。

 

「ドラゴン注意っていってた」

「フロストジャイアントもいるらしい」

 

「魔導王は凄腕の魔法詠唱者だとは聞いていたが、本当に信じられないレベルの力の持ち主だな。ドラゴンを従えられるとか、この目で見なければ信じられなかった……。かの十三英雄よりも強いかもしれないな」

 

 蒼の薔薇はとんでもないところに来てしまったと、心の底から思う。

 

「さてと……。いつまでも考えていても仕方ないわ。本当なら、本来の目的を優先すべきかもしれないけど、今日はもう宿をとって休まない? 場所は以前使っていた黄金の輝き亭でいいわよね?」

 興味深そうに街を見回していた面々に、ラキュースが提案する。

 

「それがいい。さすがに今日は疲れた。」

「右に同じ」

 

「えぇ? 私はちょっとモモン様に……」

 

「イビルアイ、それは明日でいいでしょ?」

「うぅ……」

「ほら、行くぞ!」

 

 一人で何処かに飛び出していきそうな様子のイビルアイの襟首をガガーランがガッシリと掴むと、一行は昔なじみの宿へと向かった。

 

 黄金の輝き亭は以前と全く変わらない様子で、蒼の薔薇の一行を迎え入れてくれた。やはり、馴染み深い場所が残っているのは心が和む。

 

 ほんの少しだけ安堵して、美しい落ち着いた部屋の中で、思い思いに旅の疲れを癒やすのだった。

 

 

----

 

 

 翌日、エ・ランテルで魔導王が居城として使用しているという旧都市長の館に赴き、宰相アルベドへの謁見を申し込む。

 

 さすがに数日は待たされるかと思いきや、王国からの非公式の使者で、尚且つアダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇ということもあり、宰相アルベドとの謁見の約束は比較的すぐに取り付けることが出来た。

 

 この旧都市長の館は蒼の薔薇にとっても馴染みの場所であり、以前エ・ランテルを治めていた都市長の堅実な人柄を反映してか、実直であまり華美な部分など無く、王城としてはかなり地味で格調や優雅さなどとはかなり縁遠い雰囲気の場所である。

 

 正直そのような場所を、あの強大な力を持つアンデッドの王がほぼそのままの形で使用していたとは思っていなかった蒼の薔薇は、微妙な気持ちで案内してくれるメイドに従って館の中を歩く。

 

 目の前にいるメイドはごく普通の人間のようで、所作はそれなりに整っているものの、噂に聞く魔導王のお抱えの美女揃いのメイドの話とは少し異なっているように感じる。もしかしたら、この都市の人間を雇っているのかもしれない。

 

 案内された部屋に入ると、そこはやはり簡素ではあるが玉座の間らしく設えてあり、黄金に輝く見事な玉座の後ろには、見たことのない非常に凝った織りで作られている美しい魔導国の旗が掲げられている。そして、現在は空席の玉座の左後方に漆黒の鎧を纏った男性、そして玉座の右側に、宰相アルベドと思しき女性が立っていた。

 

「ようこそお出でくださいました。王国からいらした使者の方々を魔導国は歓迎いたします。私が宰相のアルベドです」

 

 それはまさに絶世の美女という言葉がふさわしい女性で、尚且つ聖母のような慈愛に満ちた笑顔でこちらを見つめている。ただ、美しいが人間ではない証拠に、頭には曲がった角が生え、腰の周りには黒い羽のようなもので覆われている。しかし、それはどちらかといえば彼女の美貌を損なうどころか、より引き立てる装飾品であるかのように見えた。

 

 玉座の後ろに控えている漆黒の鎧の男性は、特に挨拶をすることもなく静かにこちらを見ているようだ。

 

 蒼の薔薇は、一瞬どうすべきか戸惑ったもののすぐに意を決し、玉座の前に進み出て跪くと、ラキュースが代表して口上を述べた。

 

「宰相アルベド様、初めてお目にかかります。私、王国アダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します。この度は王国第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ殿下の名代として、魔導王陛下へラナー殿下よりの心ばかりの御見舞の品と親書をお預かりして参りました」

 

「これは、御丁寧にありがとうございます。王国からのお気遣いに感謝いたします。現在、ご存知のように陛下が御不在ですので、不肖私アルベドが代わりにそのお品をお預かりいたしましょう」

 

 そういうと、宰相は優雅な仕草で玉座前の階段を下りた。そして、ラキュースが恭しく差し出した小箱と書状を丁寧に受け取ると、側に控えていたメイドが持つ盆の上に載せた。

 

「ラナー王女は本当に慈愛に満ちた思慮深い方でいらっしゃいますね。主に代わりお気遣い感謝いたしますとアルベドが申していたとお伝えくださいませ。後日改めて返礼を王国にお送りさせていただきます」

 

 その艶やかな微笑みは、女性ばかりの蒼の薔薇にとっても非常に魅力的に見えるものだった。

 

「畏まりました。そのように、ラナー殿下にお伝えいたします」

 ラキュースはなんとか平静を装って返答する。

 

「それでは御機嫌よう。道中お気をつけてお帰りください。」

 

 謁見の終わりを告げられ、一行は立ち上がると一礼をし、玉座の間から退出した。

 

 

----

 

 

「な、なあ? 玉座の後ろに立ってたの、あれはモモン様だったよな!?」

 都市長の館を出てくるなり、イビルアイはおとなしく黙っているのをやめ、凄い勢いでまくし立てた。

 

「そうね、何もお話はされなかったけれど、あれは間違いなくモモンさんだったと思うわ。もしかしたら、今は都市長の館でお仕事をされているのかもしれないわね。とにかく、どのみち魔導国の情報を集める必要があるのだし、イビルアイもモモン様が普段いらっしゃる場所を探してみればいいんじゃないかしら?」

 ラキュースはそう提案する。

 

「それもそうだよな。おい、ラキュース。今回はどのくらいの期間を調査に見込んでるんだ?」

 

「そうね、大体だけれど一週間くらいかしら? 少なくともそのくらいあれば、手分けすれば、およその魔導国の現状は把握できると思うの」

 

「了解、鬼リーダー」

「そのくらいあれば、全然余裕。任せといて」

 

 ラキュースは、ちらりとイビルアイの方を見ると、残りのメンバーにこっそり耳打ちする。

 

「悪いけど、イビルアイの分までお願いね。どうみても仕事できるようには見えないから」

 

「わかってるって。まぁ、いつもイビルアイには世話になってるしな。たまには休暇をやってもいいんじゃないか?」

 

「確かに、そう考えれば角も立たないわね。それじゃ、皆よろしく頼むわよ」

 

「オッケー」

「あいよ!」

「まかせて」

 

 蒼の薔薇がそれぞれの目的を果たすべく行動を開始しようとした時には、イビルアイの姿は既にその場から何処かへと消えていた。

 

 

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 それから一週間、蒼の薔薇はエ・ランテル内部の目ぼしい場所や、エ・ランテルの外にある魔導国に譲渡された村々の大雑把な調査を終え、黄金の輝き亭で祝杯をあげていた。

 

「はぁー、ラナー王女に頼まれた目的は果たしたし、エ・ランテルも周辺の村の観光も一通り済んだ。俺はそろそろ王都に戻ってもいいんじゃないかと思うな」

 ガガーランは、黄金の輝き亭のレストランで大きな杯に並々と注いだ酒を一気に飲み干す。

 

「そうね、私も調べたいところは一通り見て回れたと思うし、今回は引き上げようかと思うの。それでいいかしら?」

 

「問題ない。好みの女の子は見つからなかった」

「同じく。目ぼしい男の子もいなかった」

「お前ら、何見て歩いてるんだよ…?」

 

「そ、そのことなんだが……」

 

 イビルアイは震える手でコップを握りしめている。

 

「後二日、いや、一日でいい。私に時間をくれないだろうか……?」

 

 残りの面々は一斉に顔を見合わせる。

 

「……それは困ったわね」

 ラキュースは口にはそう出したものの、完全に予想できたこのイビルアイの反応に、四人は同情する。

 

 蒼の薔薇は、宰相アルベドに謁見した日を含めてエ・ランテルに丸一週間滞在していた。

 

 その間、観光も兼ねてあれこれ調べた結果、ラナーの話にあった通り、魔導王は既に復活の儀で復活した後、失われた生命力を回復すべくエ・ランテルの外にある本来の居城に帰還して療養中であること、政務は宰相アルベドが中心となって取り仕切っているため魔導国自体には全く影響がでていない様子であること、魔導国に譲渡された村々の復興は著しく現在はかなり大規模な耕作が行われるようになっていること、最近まで周辺警戒のため遠征に出ていた漆黒のモモンは魔導王崩御の報を受け、魔導王不在のエ・ランテルを支えるべくエ・ランテルに帰還しているらしいこと、そして現在モモンはエ・ランテルの任期付都市長として任命されており、宰相アルベドの補佐を行っているということ等がわかっていた。

 

 しかし、他のメンバーの情報収集が順調に進んだ反面、イビルアイのモモン探索は完全に行き詰まっていた。

 

 イビルアイは、日に何度も時間を変えてモモンの館となっている旧都市長の館の別館を訪ねたが、門番にはモモンは現在旧都市長の館に詰め切りのため不在であるとそのたびに追い返されている。

 

 さすがに特段の用事もないのに、都市長の館を訪れモモンに面会を申し込むことは他国民であるイビルアイには難しい。

 

 夜までモモンの館の近くで張ってみたこともあるが、モモンはおろかナーベとも出会うことはできない。

 

 衛兵に金を掴ませて情報を得ようとするが、衛兵にはものすごい勢いで拒否された。

 

 思いつく限りの手段でモモンと会う方法を探すものの、どうにもモモン本人に会うことができない日々が続き、初めてエ・ランテルに来た時の浮かれ具合は既に見る影もなく、イビルアイは完全に意気消沈してしまっていた。

 

「イビルアイ、今回はタイミングが少し悪かったと思うの。モモンさんも慣れない仕事できっとお疲れなのに違いないわ」

 

「そうだよ、どうせ、転移出来そうな場所はわかったんだろ?だったら、いつでもまた隙を見て会いに来ればいいじゃないか」

 

「でも……、どうしても、あと一度でいい。会いたいんだ、モモン様に……!!」

 

 もしも、イビルアイが涙を流すことができるのなら、きっと大粒の涙が溢れていただろう。

 

「だって、私は……、まだ、何もモモン様とお話も出来てない……。このままじゃ、私は王都に帰ることなんてできない……!!」

 

 そのあまりに悲壮な雰囲気に、ラキュースもガガーランも口を噤む。

 

「わかったわ。じゃあ、こうしましょう。私達は一足先王都に帰ります。ラナーにもいい加減報告もしなければいけないし。アルベド様が王国に返礼を贈られるという話だったから、少なくともその前にはラナーには報告しないとまずいでしょう。そして、イビルアイ、貴方はもう少しだけエ・ランテルの調査を継続するために残る。これでどうかしら?」

 

「ほ、ほんとか!?」

 

 とたんに、さっきまでの悲壮感は嘘のように消え、希望を取り戻したような声になるイビルアイを見て、他の面々はこれはもう本人が納得する以外仕方がないと苦笑いをする。

 

「ただし、あまり長期間はダメよ。いいところ、二、三日まで。これ以上かかるようなら、今回は縁がなかったと思って一度王都に戻ってきてちょうだい。いいわね?」

 

「わかった! 必ず! 約束する!」

 

「全く、どうしようもないなぁ。ちゃんと玉砕してこいよ? イビルアイ」

「イビルアイの失恋に乾杯!」

「ガガーラン、ティナ、まだ、失恋すると決まったわけじゃない! 不吉なこと言うな!」

 それを受けて楽しそうな笑い声が上がる。

 

 

 

 

 そして、その様子を誰にも気づかれること無く物陰に潜んで見つめている一つの影があった……。

 

 

 




gomaneko 様、Sheeena 様、誤字報告ありがとうございました。

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