イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

24 / 58
蒼の薔薇、新たなる旅立ち(終)

 ナザリック第九階層のよくわからない場所で、イビルアイは途方に暮れていた。

 

(しまった。ここは思ったよりもずっと広い……。同じ建物の中なんだから、なんとでもなると思ったのは甘すぎた。完全に道がわからなくなったぞ……)

 

 場所を聞こうにも、見回しても周囲には人の気配もなく、気分で歩いていたので何処をどう歩いてきたのかも覚えていない。蒼の薔薇の誰かに〈伝言〉でもすればいいのかもしれないが、自分が今いる場所がわからない以上、徒に騒ぎを起こしてしまうだけのような気がする。それに、そもそも〈伝言〉なんて信頼できないものを使うのも気が乗らない。

 

(どうしよう。かといって、自分が会場にずっといなかったことがバレれば、それはそれで騒ぎになるだろう。せめて、ティナに言ってくれば良かった)

 

 今更後悔しても仕方ない。せめてメイドくらい近くを歩いていないだろうか。ともかく、がむしゃらに前に進むよりは今来た方向へ戻った方がいいだろう。そう思ってイビルアイが振り向くと、少し離れた場所に先程までは気配もなかった黒い鎧を着た誰かが立っていた。

 

「こんなところで何をしているんだ?」

「えっ!? あ、あの、私はその、怪しい者ではなくて! って、もしかしてモモン様ですか?」

 

 突然声をかけられて驚いたものの、その人影が見知った者であったことに気が付き、イビルアイはほっとした。

 

「その通りだ。会場から突然出て行ったきりなかなか戻らないからと、心配されたデミウルゴス殿からお前を探すように連絡を受けて探していたんだ。あのような公的な場で長いこと席を外すのは非礼だぞ。それに、そろそろ戻らないと晩餐会が終了してしまう」

 

 モモンは軽く腕組みをし、まっすぐにイビルアイを向いて立っている。そのモモンの言葉は当然で、彼が自分を見つけてくれなかったら不味いことになっていたのは間違いない。恥ずかしくなったイビルアイはモモンに軽く頭を下げた。

 

「ありがとうございます。助かりました、モモン様。あの……えっと、その、アインズ様では……?」

「前にも言ったが、私はアインズ様ではない。――もしかして、イビルアイ。お前はアインズ様を探していたのか?」

 

 モモンのその言葉に一瞬ぎくりとするが、イビルアイは素直に頷いた。

 

「このナザリックで、アインズ様のお部屋を闇雲に探しても見つかるわけがないし、万一たどり着けても中に入れる訳がないだろう。呆れた奴だな」

「…………」

 

 言われてみれば当たり前だ。恐らくこの地の最高地位にある人の部屋が、簡単に余所者が近づける場所にあるわけがない。それにアインズと何の約束もしていないわけではないが、今日個人的に呼ばれているわけではない。なんとなくイビルアイは段々気分が落ち込むのを感じ、肩を落とした。

 

「まあ、そう気に病むな。晩餐会が終わるまで、あと少しくらいは時間もある。その間に会場に戻れば大丈夫だろう」

 

 そういうと、モモンは後ろを向いて誰かと話しているようだった。そして、再びイビルアイの方を向き、自分に付いてくるよう言った。

 

 

----

 

 

 言われるがままにイビルアイはモモンの後を追って豪華な通路をしばらく歩いたが、どうも、モモンは会場ではなく別の所に向かっているようだった。不審には思ったが、モモンがおかしなことをすることはないだろう。イビルアイが大人しくついていくと、モモンはやはり豪奢な装飾が施された大きな扉の前で足を止めた。扉の両脇には不動直立の姿勢を保った警備兵がいる。

 

 モモンは警備兵に目礼すると軽く扉を叩いた。少しすると、美しいメイドが一人顔を出して、モモンの用件を確認すると一旦扉を閉める。そして再び扉が開いて、メイドがお辞儀をした。

 

「アインズ様がお会いになられるそうです。どうぞ、中にお入りください」

 

 イビルアイはその台詞を聞いて、どうしようもなく顔が火照るのを感じるが、なるべく平静そうな雰囲気を保つように努力する。モモンはメイドに軽く会釈すると、イビルアイを連れて部屋の中に入った。

 

 イビルアイは通された部屋の中を思わず見回し、何気なく置かれている品々が恐らく超一級品のマジックアイテムばかりなのを感じる。足元のカーペットのせいか、妙にふわふわした気分でモモンの後をついていくが、部屋の一番奥の机の所に座っていたらしい部屋の主が立ち上がったのを見て、思わず足を止めた。そんなことはあるはずもないが、心臓がドキドキと高鳴るような気がする。

 

「アインズ様、失礼致します。イビルアイ殿をお連れしました」

「あぁ、ご苦労。そこに掛けるといい、イビルアイ」

 

 跪こうとするモモンを手で止め、イビルアイにソファーに座るよう勧めると、アインズはその対面にゆったりと腰を下ろした。アインズの服装は先程会った時よりも多少くだけているようで、そんな姿を見られたというのは自分に少しは気を許してくれているのではないかと、イビルアイは思わず興奮してしまう。それに気がついたのかどうかはわからないが、イビルアイの顔をしばらく見ながら何かを考えていた風だったアインズは、ふと思いついたように下僕達に下がるよう申しつけ、ドアの近くに控えていたメイドと、天井で不可視化していた八肢刀の暗殺蟲は部屋の外に出ていった。

 

「アインズ様、私もでしょうか?」

「お前もだ」

 

 首を傾げるモモンに、アインズはにべもなく答えた。モモンはおとなしく一礼して部屋から出ていこうとするが、アインズはその後ろから声を掛ける。

 

「ああ、悪いが部屋の前で待っててくれ。どのみちイビルアイを会場まで連れて帰らないと不味いだろう」

「畏まりました」

 

 モモンが出ていったのを確認して、アインズはイビルアイに向き合った。

 

(下僕を追い出したのはいいけど、こういう時に一体何を話したらいいんだろう。やっぱりパンドラズ・アクターがいた方が……いや、やっぱり奴の前でこんな話したくないし、自分の黒歴史(パンドラズ・アクター)を見られるのもちょっと抵抗あるからなぁ)

 

 事前にわかっていれば話題とか少しは用意していただろうが、今回は全く対策を考えていなかった。アインズは悩むが、イビルアイは自分を見つめたまま、緊張しているのか口を開こうとしない。どうやら、こちらから話し出さないとダメらしい。――そういえばイビルアイはどうして仮面を付けたままなんだろう。別に今更隠す必要もないだろうに。

 

「イビルアイ、この部屋の中には私以外誰もいない。だからお前の秘密は誰に知られることもない。いつも仮面を付けたままでは息苦しいだろう。せめて今くらい、その仮面を外したらどうだ?」

「ふぇっ、あ、あの、ちょっと、今は不味いので……!」

 

 二人きりだから不味いんですぅ、とは言えず、イビルアイは必死で頭を振った。

 

「そうなのか? まぁ、それならそれで構わないがな」

 

 何が不味いのかはよくわからなかったが、本人が嫌なものを無理に外させる必要はないだろう。今いち腑に落ちなかったが、アインズは気にしないことにした。これもパンドラズ・アクターが言っていた、乙女の感情とかいうものなのかもしれない。

 

「ところで、パン――モモンに聞いたが、通路で迷っていたそうだな。大丈夫だったのか?」

「は、はい。アインズ様のお城が思っていたよりも広くて、その……、会場に戻れなくなってしまって……」

「はは、なるほど。確かにここは慣れないと道に迷うからな。しかし、どうして会場の外に? 何か用事でもあったのか?」

 

 その言葉にイビルアイの緊張は一気に高まる。しかし、ここまで来たらもう正直に話すしかないだろう。

 

「それは……、その……、あ、アインズ様とお話したかったからです!!」

 イビルアイは覚悟を決めると、多少どもりながらも、一気に話した。

 

「えっ……!?」

 

 あまりにもストレートなイビルアイの言葉に、アインズは頭の中が真っ白になるのを感じ、何の感情かはわからなかったが酷く心が揺さぶられ、すぐさまそれが沈静化される。

 

(なんだ、これ、何が起こったんだ?)

 

 アインズは自分の感情の変化が理解できなかったが、それでも、沈静化された後に何かとても柔らかな暖かいものが残滓のように残っているのを感じる。鈴木悟の残滓はもうほとんど感じることが出来ないが、その残滓は、鈴木悟の残滓にとても近い何かのようにも思われた。

 

「……アインズ様、この間王都でお会いした時に、次に会った時はたくさん話をしようと約束したのに……。あれは、嘘だったのですか?」

 イビルアイの耳は真っ赤になっていたが、アインズが驚いたのが不服だったようで、不満そうな口ぶりでそう言った。

 

「あ、いや、そうじゃないんだ。すまない。ちょっと別のことに驚いてしまって……。もちろん、ゆっくり話をしたかったさ。イビルアイ。本当はきちんと時間を取りたかったのだが、流石に今回は国と国との儀礼だったからな」

 アインズが軽く頭を下げると、イビルアイは逆に慌てたように自分も頭を下げた。

 

「い、いや、別にアインズ様に謝ってほしいとか、そういうのじゃなくて……。すみません。私もなんか変に興奮してしまって、何を言ったらいいのか、わからなくなってしまっているんです」

「はは、じゃあ、お互い様だな。私もそうだよ」

 

 アインズのその言葉で、イビルアイは嬉しそうに笑い、アインズもつられて、何故かとても楽しい気分になった。

 

「あの、別に今日はアインズ様にお時間がないことは私もわかっていますので、それは構わないんです。ただ――」

「ん? どうした?」

 

「その……、あの、あまりちゃんと出来てるものじゃないし、アインズ様にとっては別に嬉しくも何ともないものかもしれないですけど! これ……、頂いた指輪のお礼に作ったんです。その……、良かったら、受け取って貰えませんか?」

 

 イビルアイは、懐から不思議な形の布で出来た物体を取り出した。不意に甘い香りが漂い、アインズは先日のデートを思い出して、少しくすぐったい気分になる。イビルアイはそれをそっと二人の間にあるテーブルの上に置いた。

 

「これは……?」

 

 謎の物体を手にとりよく見てみる。触れると中から気持ちの安らぐ香りが漂ってくることはわかったが、その物体が何なのかアインズにはよくわからなかった。その名状しがたい形状はどことなくヘロヘロに似ているが、イビルアイは別にヘロヘロを作ったわけではないだろう。タブラさんのオカルト話にこういう物があったような気もするが……。

 

 アインズが首を捻っているのを、緊張しながらじっと見ていたイビルアイは、やがて諦めたように口に出した。

 

「アインズ様は十三英雄というのはご存知ですか?」

「十三英雄? あぁ、簡単な伝承なら以前聞いたことがある。二百年前に世界を救った英雄だったそうだな」

 

 そう言いながら、アインズはそれを教えてくれた冒険者達のことを思い出す。あれはこの世界に来たばかりの頃のことだったが、もう随分昔の話のようにも感じられる。

 

「その通りです。アインズ様がご存知なら話が早いのですが、実は、私は十三英雄と一緒に旅をしていたことがあって……、それで、その時にリーダーだった人が『ふぃぎゅあ』と『だきまくら』というのを教えてくれたんです。なんでも『ふぃぎゅあ』も『だきまくら』も、俺の嫁といつも一緒にいられる気分になれる素晴らしいアイテムだとかなんとか言っていて。……そのぅ、嫁ってことは、……旦那様でもいいというか、……要は、好きな人ってことですよね!? なので、それは……アインズ様の『ふぃぎゅあ』のつもりで作りました!」

 

 イビルアイが必死に訴える様子は見ていてとても微笑ましかったが、アインズはその内容に思わず目眩がするのを感じる。

 

(フィギュアに抱きまくら? その十三英雄のリーダーとかいう人の発言は、ペロロンチーノさんから散々聞かされたことに、えらく似ている気がする。もしかしたら、この世界にも元々そういうものがある可能性はあるが。――まさか、十三英雄のリーダーというのはプレイヤーなのか? それに、旦那様……? あと、そもそもフィギュアって、こういうものだったか?)

 

 非常に気になるパワーワードが多すぎて、頭の中が酷く混乱するのを覚えるが、しかし、今一番確認しなければいけないことは一つだろう。アインズはなるべく冷静にイビルアイに聞いた。

 

「イビルアイ、そのリーダーというのはどんな人だったんだ? ――もしかして、その人はユグドラシルというものについて話したことはなかったか?」

「ああ、もちろん。リーダーは『ゆぐどらしる』の『ぷれいやー』だと言っていた。その……アインズ様もやっぱり『ぷれいやー』なのですか?」

 

 ユグドラシルのプレイヤー。まさかそこまで具体的な名称を聞けると思っていなかったアインズは、愕然としてイビルアイを見つめた。

 

「イビルアイ、お前はそんなことまで知っているのか。……そうだ。私はプレイヤーだよ。そして、このナザリックはギルド拠点だ」

「……そうなんじゃないかと思ってはいました。アインズ様はあまりにも強すぎる。この世界の住人ではほぼありえないくらい。そんなのはぷれいやーか、従属神か、神人くらいしかありえないから」

 

 イビルアイは何かを思い出そうとしているような雰囲気で、アインズを見つめている。しかし、今のアインズの頭を占めていたのは、これまで知ろうとしてどうしても近づくことのできなかった重要な情報だった。

 

 この世界にはやはりプレイヤーはいたのだ。これまで、気配はあったものの全く尻尾を掴むことができなかったのに、まさか、こんな身近なところにプレイヤーの存在を知る者がいたなんて……。

 

 アインズは、イビルアイが作ってくれた自分の布製フィギュアを手に持ったまま、しばらくイビルアイと交互に眺めていたが、やがてイビルアイに向き直った。

 

「イビルアイ、できればもう少し詳しく話を聞きたいのだが構わないか? もちろん、お前がここにいることは私から連絡を入れておこう。どのみち、今夜はナザリックに泊まっていくのだろう?」

「わ、私は、もちろん、か、構いません! むしろ、とても、嬉しいというか……」

 

「そうか、それなら良かった。ああ、それと、この縫いぐるみ、じゃなくて、フィギュアか? ありがたくいただこう。――考えてみたら、随分久しぶりだ。誰かの手作りの物を貰うなんて」

 

 ――そうだ、そんなの、ユグドラシルでギルドメンバーから貰ったくらいで……。

 

 思わず懐かしい気持ちにとらわれたアインズは、その不思議な形をした良い香りのする品を大事そうに、骨の指でそっと撫でた。そして、そんなアインズをイビルアイは幸せそうに見ていた。

 

 

----

 

 

 翌朝、朝食の時間の少し前に、イビルアイは蒼の薔薇に割り当てられた部屋にモモンに連れられて戻ってきた。

 

 扉を開けたラキュースは、いきなり目の前に現れたモモンを見て、一瞬胸がドキッとするのを感じるが、そのすぐ後ろにバツが悪そうな顔をして立っているイビルアイが目に入り、いつもの調子に戻った。

 

「モモンさん、すみません、魔導王陛下にうちのメンバーがご迷惑をおかけしたようで……」

「いえ、そんなことはありませんよ。陛下から、蒼の薔薇の皆様には大事なメンバーを勝手にお借りして申し訳なかったとのことでした」

「全く、晩餐会の途中で抜け出して迷子になった挙げ句、モモンさんにまでご迷惑をおかけするなんて……」

 

 ラキュースは晩餐会の直後に、魔導王の側近らしいデミウルゴスという蛙頭の男性からそのことを聞かされて、正直血の気が引く思いだったのだ。直ぐ側にいたラナーはひどく興味深そうな顔をしていたけれど……。

 

「モモンさん、せっかくですから、お詫びも兼ねてお茶を飲んで行かれませんか? 先程、メイドの方が持ってきてくださったので。ついでに、少しお聞きしたいこともありますし」

「そうですか? 私で良ければ、もちろん構いませんよ」

 

 ラキュースに招き入れられて、モモンは蒼の薔薇と一緒にソファーに座った。イビルアイも、その後ろに隠れるようにしながらソファーの端に座る。

 

「おかえりなさい、イビルアイ。まさか、朝帰りするとは思ってなかったけれど」

 少々嫌味っぽい口調で言うと、イビルアイは少しばかりしょげたように見える。ラキュースは、ポットからイビルアイとモモンにお茶を注ぎ、カップをそれぞれの前に置いた。

 

「いや、俺はこうなるんじゃねぇかと思ってたぜ。どう考えてもイビルアイが大人しく席に座ってられるはずがねぇからな」

「いきなり出ていくからびっくりした」

「イビルアイ、積極的過ぎ」

 

 若干姦しい雰囲気になった蒼の薔薇を見て、モモンは苦笑した。

 

「まあまあ、皆さん、お引き止めしたのは陛下の方だと仰られてましたので、そのくらいにしてあげてください」

「モモンさんはお優しいんですね」

 鷹揚に笑うモモンをラキュースは改めて見直した。

 

(これまでは、イビルアイが騒いでたから逆にあまり気にならなかったんだけど……、この鎧とかよく見ると、すごくかっこいい。やっぱり、黒の鎧に赤いマントって心惹かれるものがあるわね。今度の主人公はそんな感じで書いてみようかしら。名前は……そうね、ダーク・デスティニー・オブ・ラグナロクとか……、あら、なんか凄くよくない!?)

 

 ラキュースが思わず次の執筆活動のことを考えていると、不意にモモンに話しかけられて、我に返り、自分の妄想を見られたような気がして赤面する。

 

「ところで、ラキュースさん、私に聞きたいこととは何だったのでしょうか?」

「あ、ああ、そうでした。実は、私達に魔導国の冒険者にならないかという話が来ているのですが、それはモモンさんはご存知なのですか?」

 

「ええ、もちろんですよ。私も皆さんを推薦したのですから」

「モモンさんが、ですか?」

「そうです。てっきり皆さんは魔導国の申し出を喜んで受けて頂けると思っていたのですが、そうではないのでしょうか?」

 

「いえ、有り難いお申し出だとは思っているんです。ただ、何処で冒険者をするのか、というのは私達にとって非常に重要な選択なので、じっくり考えたいと思っていまして……。それで、どうして魔導国では私達にお声掛けくださったのか、それを知りたかったのです」

「まあ、別に疑っているわけじゃねぇし、提示された条件だって悪くねぇ。それに、今行くのは魔導国だろって言うのはわかるんだけどな」

 

「なるほど。皆さんは魔導国の冒険者組合が現在目指していることというのはご存知ですか?」

「確か、他の国とは違い、冒険者組合は国の機関で、魔導国として冒険者を育成されるのですよね」

「その通りです。しかし、魔導国の冒険者組合が他の国と違うのはそこだけではありません。魔導国では治安維持は、魔導王陛下が責任を持って行われます。そのためモンスター退治の傭兵のような冒険者は不要です。魔導国で求められている冒険者の仕事は、ただ一つ。未知を探求することです。どうですか? 蒼の薔薇の皆さん。やってみたいとは思いませんか?」

 

「未知の探求……」

 モモンの言葉に興味を惹かれたのか、ガガーランやティア、ティナも真剣な顔をしてモモンの話を聞いている。

 

「そうです。これまで誰も足を踏み入れたことのない場所に向かい、そこに何があるのかを探求するのです。もちろん、そういう場所にはまだ知られていないモンスターや、危険な遺跡もあるかもしれません。当然かなりの危険も伴うでしょう。しかし、それこそが、本来冒険者がやるべきことだ、と魔導王陛下はお考えになられたのです。そして、陛下のそのお志に、冒険者組合長であるアインザック殿も賛同された。それに私自身、冒険者とはそうあるべきだと思っています。そして、そのような冒険者には、皆さんのような優れた冒険者が欠かせませんし、これから冒険者になろうとする者にとっては、皆さんは目指すべき先人であり良き指導者にもなることでしょう。――思い出してみてください。冒険者になったばかりの頃のことを。蒼の薔薇の皆さんは、モンスター退治をしたかったから冒険者になったのですか?」

 

 蒼の薔薇は、一瞬返す言葉に詰まった。

 

「もし、モンスター退治をしたくて冒険者になったのであれば、魔導国ではなく他の国の冒険者になられた方がいいでしょう。しかし、もし、そうではないのなら……」

 

 モモンは、そこで言葉を切った。

 

「まあ、別に急いで決める必要もないでしょう。でも、私はいつでも皆さんを歓迎しますよ。……さて、つい長居をしてしまいました。そろそろ朝食の時間ですね。私はこれで失礼させて頂きます」

 

「あ、あの、こちらこそ、お話を伺えてよかったです。モモンさん」

 

 ラキュースはモモンに右手を差し出し、モモンは一瞬驚いたようだったがその手を握り返した。握りしめるモモンの手の感触に、ラキュースは妙に自分の心がざわめくのを感じる。

 

(ちょ、ちょっと待って。私、なんかおかしくない? まさか、イビルアイに感化されたの!?)

 

 モモンはそのまま、赤いマントを翻し、軽く左手を振ると部屋から出ていった。しかし、ラキュースの胸の高まりはなかなか収まりそうになかった。

 

 

----

 

 

 ラナー女王一行は、見送りに出た執事とメイド悪魔達に礼を述べると、リ・エスティーゼ王国への帰途に就いた。

 

 魔導王の居城からエ・ランテルまで、再び不思議な鏡で移動し、行きと同じ馬車に一週間ほど揺られて王都リ・エスティーゼに帰る。その馬車の旅で、蒼の薔薇は一つの決断を下していた。

 

 ロ・レンテ城でラナー達と別れると、蒼の薔薇はいつもの宿屋への道を辿る。二週間ほど離れていただけだが、王都の復興は更に進んでいる。恐らく、これからはもっと早く進むに違いない。この歩き慣れた道も暴動でかなり傷んだが、補修もだいぶ進み、今は見違えるように綺麗になっている。

 

 流石のラキュースも感慨深そうにその様子を少しの間見回していたが、やがて振り返って言った。

 

「それじゃ、今夜はここに泊まるけど、明日には出発するわ。そのつもりで皆荷物を纏めてね」

 

「あいよ。この宿も最後と思うと、流石に湿っぽい気分になるねぇ」

「来たければ、別にいつでも来られる」

「それもそうなのよね。どのみち魔導国も王国も、これからは同じ国のようなものなのだし」

「せっかくだから、今夜はぱーっと行こうぜ!」

 

 他のメンバーが笑いながら宿の中に入っていくのを見送り、イビルアイはふと足を止めると、これまで何年も自分の家のように暮らしていた宿屋をゆっくり眺めた。既に以前とは若干違う建物にはなってはいるが、それでも、これまでの長い人生で、この宿が二番目くらいに長く暮らした場所だろう。

 

(なんだかんだいって、リ・エスティーゼ王国も悪くなかったな。リグリットには今度会ったら礼を言わなければ)

 

 今度行く場所は、もしかしたら自分の本当の家になるかもしれない。これまで、そんな場所が自分に出来るなんて、考えたこともなかったが……。彼と一晩中話したことを思い出して、イビルアイの心は楽しく弾む。あんな夜をずっと過ごせたなら、毎日どんなに楽しいだろう。

 

 蒼の薔薇は、翌日、ラナー女王と、王国冒険者組合長に出立の挨拶に向かい、そのまま、エ・ランテルへと旅立った。

 

 

 

 

 

 




Sheeena 様、アンチメシア様、誤字報告ありがとうございました。

-----------------

幕間というよりも、ほとんど2.5章みたいな内容になってしまいましたが、感想、評価、誤字報告をくださった方々、読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。とても励みになりました。(*´∀`*)

なるべく三回に収めようと思ったのですが、どうしてこんなことになったのか……。

本当は三章前の幕間話は二つの予定だったのですが、さすがにこのあともう一つというのもどうだろうと思うので、ちょっとした短編を思いついたらそれを挟むかもしれませんが、次はそのまま三章に突入しちゃうかもしれません。

次回の更新予定は、7月は非常に立て込んでいるため、できれば8月中、もしかしたら9月にずれ込むかも?といった感じです。あらすじの一番下のところに次の更新予定を時々こっそり書いてますので、気になる方はそちらを見ていただけると嬉しいです。

いよいよアニメ第三期。第一話の前評判が高いのでとても楽しみですね。噂によるとかなりエロいそうですが……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。