イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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時系列的には第二章の一年後、前の話の約二ヶ月後くらいから始まります。


第三章 望国の吸血姫
1: エ・ランテルの日常


 昼過ぎのエ・ランテルを仮面を被った小柄な魔法詠唱者が一人で歩いていく。

 

 別にそれはエ・ランテルでは珍しいことではない。アインズ・ウール・ゴウン魔導国では、魔導王の考える冒険者像に憧れ、大勢の冒険者が集まってきている。その中には人間や森妖精等の人間種だけではなく、見たこともないような種族のものも少なくはない。

 

 しかし、その誰もが魔導国の門をくぐり、冒険者として登録すれば皆同じ目的に向かって協力する仲間達だ。そして、それを当たり前のように、今のこの国の人々は受け入れてくれていた。

 

「イビルアイ様! こんにちは」

 通りすがりのやんちゃな子どもたちに声をかけられ、イビルアイは軽く手を振って挨拶を返す。

 

 アダマンタイト級冒険者が憧れの対象なのは、どこの国も同じだ。キラキラした目で見られて多少こそばゆくもあるが、イビルアイは、それでもなんとなく嬉しい気分になる。

 

(リ・エスティーゼ王国では、私を怖れている者も結構いたからな……)

 

 仮面に隠した素顔を決して見せようとせず、どう見ても幼い少女のように見えるイビルアイを、胡散臭い目で見ているものがいたことは知っている。そもそも、魔法の習得にはある程度の時間がかかるというのは常識だ。少し考えれば、年若くして高位魔法を使いこなすイビルアイの存在が、普通じゃないことなんてすぐわかる。

 

 それでも面と向かってとやかく言われることがなかったのは、イビルアイがアダマンタイト級である蒼の薔薇の一員だったからにすぎない。そうでなければ、イビルアイには王国に居場所なんてなかっただろう。

 

(まぁ、それもこれもリグリットが余計なことをやってくれたせいだがな!)

 

 心の中で親友に悪態をつくが、彼女がその『余計なこと』をしなければ、彼と出会うこともなかったかもしれない。だから、この件については特別許してやらなければいけないだろう。それに元々は、帰る場所も行くあてもなく彷徨っていた自分を心配してくれたリグリットの優しさだったのだろうから。

 

 自分が生まれ故郷を離れて、もう何百年もたっている。

 離れた、というよりも、帰れないというのが本当だが。

 

 ――いや、それも違う。

 ――帰れなくしてしまったのだ。自分が……。

 

 イビルアイは、在りし日の自分の故郷の姿を思い出そうとして、もう殆ど思い出せなくなっている自分に気がつく。

 

(あの後もしばらくは住んでいたはずなのにな。十三英雄のリーダー達が現れるまでは……)

 

 イビルアイは思わず苦笑いをした。昔のことで忘れてしまったことは多いが、あの時のリーダー達の顔だけは忘れられない。

 

 なにしろ、一国を滅ぼした凶悪な吸血鬼王侯(ヴァンパイアロード)を倒そうとやってきたのに、そこにいたのは大量のアンデッドの中に隠れるようにして、ひとりぼっちで怯えている自分(キーノ)だったのだから。

 

 皆があの時あそこから連れ出してくれたからこそ、自分は今ここにこうして立っているのだ。

 

 ふと先程まで一緒に過ごしていた『死の支配者』の横顔を思い出して、イビルアイはどうしようもなく、彼を愛おしく思う気持ちでいっぱいになる。

 

 彼が自分を優しく気遣ってくれるところも、不器用な字を一生懸命書いているところも、本当はもっとずっと側にいて見ていたい。まったく、あれ程までに強大な力を持っていると言うのに、どうして自分は彼を可愛らしい、などと思ってしまうのだろう。

 

 しかし……。自分が彼のところに行くたび、ほんの一瞬だがきつい視線を感じる。いつも彼の側に控えているアルベド様は優しい笑顔を絶やすことはないけれど、恋する乙女の直感が、アルベド様も彼のことを好きなのだと告げていた。

 

 それは冒険者組合で時々会う、アウラ様やマーレ様も同様だ。お二方とは、組合のことでそれなりに話をすることもあるが、時々自分のことをじっと見ていることがある。それが何故なのか、はじめはよくわからなかったが、もしかしたらあの方々もアインズ様のことを好きなのかもしれない。

 

(大好きなひとに毎日じゃないが会うこともできるし、今の自分は、ほんの少し前の自分から見ればすごく幸せだと思う。だけど、自分は本当に欲張りだ。もうそれだけじゃ我慢できなくなっている)

 

 イビルアイは溜め息をつく。もちろん、息をしているわけじゃないから、あくまでもしている振りだ。

 

 イビルアイから見ても、アインズ様とアルベド様はお似合いだと思う。アインズ様はまだ誰とも結婚はしていないらしいけど、どうみてもアルベド様はそれを望んでいる。

 

 前に自分は、モモン様が自分と結婚してくれるなら、他に何人か相手がいても構わないと思った。どうせ自分の体では子どもなんて作れないし、モモン様には子どもを作る相手が必要だと思ったからだ。でも……。

 

 アインズ様もアンデッドだから、やはり子どもをお作りになることは出来ないだろう。でもいくら永遠の時を生きるアンデッドだとしても、国の王として正妃は必要だろうし、世継ぎだって望まれているに違いない。

 

(アインズ様は一体どうするおつもりなのか? それとも、アインズ様くらいの御力があれば可能なんだろうか……? ぷれいやーは我々とはやはり違う存在ではあるからな)

 

 いくら考えても答えはでない。それに、今のイビルアイには、彼の隣の席を望むのがどれだけ高望みなことなのかも薄々はわかってきている。

 

 でも、それでも願わずにはいられなかった。

 

 ――たとえ一番じゃなくても良い。側にいられるなら。

 ――愛するひとと二人、ずっと手を取り合っていけるなら。

 

 無意識に左手の指輪にふれながら、イビルアイは先程自分が出てきた旧都市長の館を振り返った。彼がいる部屋の窓はこの場所からは見えないが、おそらく今も机に向かって仕事をしている筈の彼の姿を思い浮かべ、イビルアイは微笑んだ。

 

 この国こそが、いつか自分の故郷といえる場所になるかもしれない。

 

 それに――

 

 あの場所には……もう二度と……帰れないのだ。

 

 

----

 

 

 蒼の薔薇が拠点を、王都リ・エスティーゼからエ・ランテルに移して半年以上が過ぎていた。

 

 魔導国では思っていたよりも、王国とは違う変わったやり方が取り入れられていて、初めは戸惑うことも多かったが、最近は大分新しい生活に馴染みつつある。

 

 魔導国の冒険者組合では『げっきゅうせい』というものを導入しており、冒険者ランクによって『きほんきゅう』が定められている。その他に、特別な発見や功績を上げたと組合から認められた場合は『ぼーなす』という物が支給される。

 

 このやり方は冒険者組合だけではなく、国の機関に従事するものは全て同じようなやり方で賃金の支払いが行われており、その代り、心付けのような物を勝手に受け取ることは厳しく禁じられていた。なんでも、そういうものは国が腐敗する原因になるから、ということらしい。

 

 銅と鉄ランクまでは冒険者組合の鍛錬所でミスリル級以上の熟練冒険者や、冒険者を引退したものが教師となって各種指導を行っている。一ヶ月に一回行われる昇格試験に合格すれば次のランクに上がり、銀級になったと判断されると、初めて冒険者として一人前になったとみなされる。

 

 ただし、五年で銀級に到達できなかった場合は、冒険者としては不適格とみなされ、他の職業を斡旋されることになっていた。もっとも、魔導国の冒険者組合が作られてからまだ五年経っていないので、この規定を適用された者は今のところいない。

 

 現在の蒼の薔薇は、アダマンタイト級冒険者専用の宿舎となる屋敷を一軒与えられて、そこでチーム全員で暮らしていた。屋敷は王国なら貴族の館といってもいいくらいの立派なもので、それほど広くはないがちょっとした庭もついている。

 

 屋敷を管理する者も斡旋してもらい、掃除などは全て任せている。食事も作ってもらえるが、宿屋暮らしが長かった蒼の薔薇としては、最近新しく出来たばかりの洒落た高級酒場の味と雰囲気が気に入って、夜はそこでのんびりすることも多かった。

 

 その店『漆黒の双剣亭』はエ・ランテルの中心からは少し外れた静かな町並みの中にあるが、落ち着いた石造りの建物の内部には漆黒のモモンのマントをイメージした赤い重厚な布が掛けられており、モモンの象徴ともいうべき黒い双剣をかたどった紋章が店のあちこちに飾られている。それほど広くない店の中は、仕事帰りの住民や、モモンの栄光にあやかりたいと思う冒険者たちでいつも賑わっていた。

 

「前にエ・ランテルに来たときも思ったが、魔導国の食事はなんというかうめぇよな。味が違うというか」

 ほぼ蒼の薔薇専用のテーブルになりつつあるお決まりの席で、ガガーランは大ぶりのグラスに注がれた酒を一気に飲み干した。

 

「ガガーラン様、おわかりになりますか? この店では魔導王陛下の御居城で作られたという特別な食材を仕入れて使っておりますから。今お飲みになられている酒もそうです。少しばかり割高なのですが、味の良さは折り紙付きですよ。今はあの黄金の輝き亭でも食材の仕入元は完全にそちらに切り替えたとか」

 

 料理を運んできた店員が、テーブルの上に皿を並べていく。どれも出来立てで湯気がたちのぼり、食欲をそそる香りが辺り一面に広がる。蒼の薔薇の面々は、嬉しそうな顔でそれぞれ好きな料理を取り分けはじめた。イビルアイはどことなくぼんやりとした表情で、飲み物のカップを手にしたままその様子を眺めている。

 

「魔導王陛下の御居城って、旧都市長の館のこと……じゃないわよね?」

 追加の飲み物の注文をしつつラキュースが首を傾げると、店員は朗らかに笑った。

 

「どう見てもかなりの財をお持ちの魔導王陛下が、古くて頑丈なだけの都市長の館をほとんど改築もせずにそのまま使っておいでなのは、もっと立派な御居城を他にお持ちだから、というのがエ・ランテルで最も有力な説らしいですよ。誰も本当のことは知らないんですけどね。もっとも、私もエ・ランテルには最近戻って来たばかりで、あまり詳しくはないのです。まあ、下々の者には関係のない話ですし」

 

「そうだったんですか。わたし達もエ・ランテルに来てから半年程になるけど、最近特に他の国からエ・ランテルに移住してくる方が多い気がするわね」

 ラキュースはお気に入りの前菜を上品に口に運んだ。

 

「それはそうでしょう。実は、私は元々エ・ランテルに住んでいたのですが、王国から魔導国にエ・ランテルが譲渡されることが決まった時に、真っ先に王都にいる親戚を頼って逃げだした口なんですよ。後になって随分後悔しました。王国は酷いことになるし、逆に魔導国は平和そのものだっていうじゃないですか。実際、今はあの時エ・ランテルに残った人たちの方が勝ち組だと思ってます」

 

「だけどよ、逃げ出したいって思うのは当たり前だと思うぜ? まさか、アンデッドが支配する国がこんな風になるなんて、あの時誰も思わなかっただろ」

 

「まあ、そうなんですけどね。本当に戻ってきてびっくりしました。以前のエ・ランテルは賑やかではあっても、洗練されているとは言いがたかったですが、今は噂に聞く帝国のアーウィンタールよりもエ・ランテルの方が綺麗だという話じゃないですか。そうそう。綺麗といえば、噂に聞く美女ぞろいの魔導王陛下のメイドの方々! この店の前を稀に通っていかれることがあるんですが、本当に凄い美人ばかりですよね。蒼の薔薇の皆様は良く会われる機会もあるんでしょう?」

 

「……メイド達も悪くないけど、個人的にはアウラ様。もう少しすればきっと胸が大きくなる。最高」

「それをいうなら、マーレ様。あのスカート丈は至高」

 何かを思い出したのか、ティアとティナが怪しい目つきに変わり、うわの空で料理を口に放り込んでいる。

 

「お前らなぁ。俺は別に冒険者組合にいる連中だって悪くないと思うぞ。若いのが多いし、童貞も多いしな!」

「ガガーランは毎日楽しそうよね、本当に」

「仕方ないだろう? 悪いがクライムよりも才能あるやつが多いもんで、こっちも教えがいがあるんだよなぁ」

 

 まだ銅、鉄級の若い冒険者相手に楽しそうに剣の稽古をつけているガガーランを思い出して、ラキュースはくすくすと笑った。

 

「ああ、ティア様とティナ様は魔導王陛下の側近の方々のファンなんですか? それでしたら、私はやっぱり宰相アルベド様ですね。確かにメイドの方々とは違って人間じゃないですけど、あんな美女ならそれでもいいって思っちゃいますよ」

 

 店員は空いたグラスに追加の酒を注いで回っている。調子に乗ったガガーランは更に機嫌よく酒をあおった。

 

「確かにあの宰相様は美人ね。王国のラナー女王も綺麗だけど、なんというか別格な感じ。でもあの方は魔導王陛下のお妃様というわけじゃないのよね?」

 

 何気ないラキュースの一言に、テーブルにだらしなく肘をついてコップを弄り回していたイビルアイの肩がぴくりと動いた。

 

「最初は皆そう思っていたそうですけどね。そういう訳ではないみたいですよ。おっとすみません、つい長居をしてしまって。では、ごゆっくりどうぞ」

 店員は丁寧に一礼をして歩み去った。

 

「……イビルアイ、良かったわね? 宰相様のこと、結構気にしてたんでしょ?」

「う、うるさい、別にそんなわけじゃ……」

 

 少々嫌味っぽくラキュースはイビルアイをからかった。イビルアイは仮面をかぶった顔だけ上げて耳を真っ赤にしているが、どことなく嬉しそうな様子を隠すつもりはなさそうだった。

 

「でも魔導王陛下もよぉ、あんなに美人が大勢側についてるのに、誰にも興味がねぇってあるのかね? だとしたら、イビルアイも相手として見てもらうのは厳しいかもなぁ」

「そんなこと……! やってみないと、わからないじゃないか……」

 

「頑張れ、イビルアイ。一応、応援してる。でも、アウラ様は私のもの」

「マーレ様にまで手を出さなきゃ、私も応援する」

 

「そんなこと、するわけないだろう!? 私をなんだと思ってるんだ?」

「イビルアイは前科があるからなぁ。やっぱ、二股はよくないぜ?」

 少しばかり痛い所を突かれて、イビルアイはひるんだ。

 

「……ねえ、前から少し気になっていたんだけど、魔導国に来てから皆浮ついてない? 緊張感がないというか。今は確かに他の冒険者の指導とかの仕事が主だけど、マーレ様が作られている遺跡風の訓練施設のテストは、明日からはもう一段階レベルの高い所をお願いしますと言われているの。だから、そろそろ気を引き締めていかないとね。特にイビルアイ、最近お昼時はいつも姿を消してるけど、いつも魔導王陛下のところにお邪魔しているの? あまり頻繁に通われると、魔導王陛下もご迷惑かもしれないわよ?」

 

「な……。別に、アインズ様はいつも歓迎してくださってるぞ! だいたい、それをいったらラキュースだって、最近モモン様と随分仲良くしてるじゃないか。私のことだけ言えないだろうが!?」

 思わぬ反撃を受けて、ラキュースも顔を真赤にする。

 

「そ、それは、その、同じアダマンタイト級冒険者チームのリーダーとして、モモンさ――んとは相談したりすることがあるだけで……。まだ、魔導国の冒険者組合も、本当の役割を果たす準備段階という感じだし。魔導国には二つしかないアダマンタイト級冒険者チームとしては、当然何かと協力しあわないといけないじゃない」

 

 そんな二人を面白そうに眺めながら、ガガーランは声をたてて笑った。

 

「全くラキュースも変わったよなぁ。前は少し真面目すぎだったんだよ。俺たちは別に浮ついてなんていねぇさ。やるべきことはわきまえてるからな。でも、俺は人生いろいろ楽しんだ方がいいと思うぜ?」

「そうそう。私達はいつもこんな感じ。充実してる。魔導国に来てから変わったのは鬼リーダー」

「こないだも、モモンに何か渡してた。怪しい」

 

「……なんで、そんなことまで知ってるの?」

「忍者の情報収集能力、甘く見ないで。いつも鍛錬してる」

 涼しい顔でティナに言われて、ラキュースは愕然とした。

 

「でもよ、あのマーレ様が作られている冒険者組合の訓練施設はなかなか良いよな。遺跡風で雰囲気もそれっぽいしよ。今はまだ調整中だが、あそこのテストで戦闘訓練しているせいか、俺もヤルダバオトに殺される前の感覚にだいぶ戻ってきたような気がする」

「同じく。前よりも良いかもしれない」

 

「今、一番簡単な場所だけ他の冒険者連中にも開放してるらしいが、これまでの駆け出し連中とは明らかに腕の上がり方が違う。それに、銅、鉄級に試験的に貸し出されてるルーンとかいう武器。俺が使っているやつには少々劣るが、駆け出しが使うにはもってこいだ。ああいう武器が最初から使えるなんて、ほんと奴らは恵まれてるね。俺たちもうかうかしてると、才能ある若いのに追い越されちまうかもしれねぇな。まぁ、そういうのもこっちも刺激になっていいけどよ」

 ガガーランは楽しそうに笑って、大ぶりの肉に齧り付いた。

 

「その辺りも次の報告会の時に、お話しする方が良さそうね……」

 ラキュースは懐から小さく折りたたんだ紙を取り出して、既にいくつか書いてある項目に書き加えた。

 

「鬼リーダー。報告会、マーレ様が来るなら同席したい」

「アウラ様が来るなら、私も行く」

「……アインズ様がいらっしゃるなら、私も……」

 

「もう、わかったわよ。次の報告会は全員で行くことにしましょう。但し誰がいらっしゃるかなんてわからないから、後で文句は言わないでね」

 妙に真剣な目つきでラキュースを見ている三人組を見て、ラキュースは盛大に溜め息をついた。

 

 

----

 

 

 魔導王の庇護のもと、平和を歐歌しているエ・ランテルといえども、表通りから離れた狭い路地の奥には、あまり人には言えないような仕事をしているもの達が住む一角がある。その中にある古い家から、まだ日も落ちてはいない時間帯だというのに、女たちの嬌声と下卑た男たちの笑い声が聞こえてくる。

 

 中で何が行われているのかは、誰にとっても明らかだったが、だからといって、その行為自体は法に触れるようなものではない。

 

 魔導国の法はさほど国民を縛るものではなく、犯罪行為に当たることをしたり、相手が嫌がることを無理強いしたり、奴隷のように扱っているわけでもなければ、このような行為を咎め立てするものではないのだ。

 

 しかし――

 

 弐式炎雷の姿で隠密行動をとりつつ、中の様子を窺っていたパンドラズ・アクターには、この件で少々見逃せないことがあった。

 

 周囲に人目がないことを影の悪魔達を使って確認させ、この辺りにしばらく誰も近寄らせないように指示すると、音もなく二階の窓まで飛び上がる。中に誰もいないことを確認し、窓の鍵を解錠すると部屋の中にすばやく侵入した。

 

 かねてからの調べどおり、部屋の中は倉庫になっており、大小様々な木箱が並んでいる。

 

 パンドラズ・アクターは素早くそれらの中を改め、ありふれた小箱の一つに目的のものが入っているのを見つけた。既に何本かは使われているようだったが、まだそれなりの量が残っている。

 

(できれば全て回収したいところですが、流石に相手に気が付かせるのもまずいですね。ここは一本だけに留めておくとしましょう。それなら、多少本数が合わなくとも記憶違いと思ってくれるかもしれませんしね。それに万一バレたとしても、彼らは彼らで表立って騒ぐことも出来ないでしょうし)

 

 それを布にくるんで丁寧に懐にしまい込むと、小箱の外側を丹念に調べ、出元を表す表示などを探したが、流石にそのようなものは書かれていなかった。他の部屋も探せば何らかの情報がある可能性はあったが、恐らくこの手の品物は裏取引で入手しているのだろうし、それが発覚するような書類をわざわざ残しておくはずはない。当然のことながら、魔導国でもこの手の品物の取引、所持は固く禁じられている。この辺が潮時だろうとパンドラズ・アクターは判断した。

 

(そこまで甘くはない、ということですか。厄介ですね。まぁ、いいでしょう。ともかく目的は果たしましたし、これさえあればニグレドが探知できるかもしれません)

 

 パンドラズ・アクターは自分が侵入した形跡が残っていないことを確認し、満足そうに頷くと入ってきた時と同様に、その場から姿を消した。

 

 

 




五武蓮様、miiko 様、誤字報告ありがとうございました。

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三章は大変手間取っておりまして、実はまだ最後まで書けていません。一話は内容的に恐らく修正や調整は発生しないと思ったので公開に踏み切りましたが、二話以降については展開によっては修正する可能性があるので、場合によっては三章の最後まで書き終えてからの投稿になるかもしれません。なるべく週1では更新したいのですが……。大変申し訳ありませんが、気長にお付き合い頂けると嬉しいです。

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