イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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2: 新たなる目標

 壮麗なという言葉が相応しいナザリック第十階層の玉座の間では、階層守護者を始めとするナザリックの主だったシモベが一堂に会し、玉座に座るアインズに跪いていた。守護者統括であるアルベドは玉座の右に立ち、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。

 

「面を上げよ」

 アインズの重々しい声が響き、ゆっくりと頭を上げたシモベ達の視線が一斉にアインズに集まる。

 

「忙しい中よく集まってくれた。皆の働きのおかげで、ナザリックは順調に発展して行っていると私は思っている。ひとまず、それに礼を言いたい」

 

「アインズ様、私どもはアインズ様にお仕えするシモベとして、当然のことをしているまでのこと。御身が礼を仰る必要などございません」

 

 優美な一礼でアルベドは応えたが、腰の部分の黒い羽は若干嬉しげに上下に動いている。

 

「いや、アルベド。皆に感謝の気持ちを伝えることは非常に大事なことだと思っている。私はお前達の働きにとても満足しているのだから。――さて、本題に入る前に、デミウルゴスよ、我が前に」

 

「はっ」

 

 軽く応答すると、玉座の前にある階段のすぐ脇に跪いていたデミウルゴスが、アインズの前に進み出て再び跪いた。

 

「ローブル聖王国の件はご苦労だったな。こんなに早く聖王国から恭順の使者が来るとは思っていなかった。これも全て、デミウルゴスの見事な手腕の結果だろう」

 

「お言葉ですが、アインズ様。聖王国の件がこれほどまでに順調に進んだのは、アインズ様の用意された駒が優秀だっただけでございます」

 

 デミウルゴスはそう言って頭を深く下げた。デミウルゴスの態度は忠臣として褒められるべきものだろう。しかしアインズは、これまで散々繰り返してきたこの問答を続けるのは、正直うんざりだった。

 

 欲がないといえばそれまでだが、本来悪魔というのは強欲なもののはずだ。それなのに、これまでデミウルゴスは、アインズに何かを要求したりなどという事を一切したことがない。例外といえば聖王国での作戦で、アインズがただの我儘といってもいい要求をなんとか通そうとした時に、交換条件として出してきたあのことくらいだが……。

 

(しかし、いい加減デミウルゴスに何も褒美を与えないというわけにはいかない。俺が目指すナザリックのホワイト企業化計画のためにも!)

 

 アインズは決意を新たにすると、これまでの経験からシモベに受けがいい支配者のポーズ――脚を軽く組み、左肘は玉座の肘掛けにかけて頬杖をつく――をとった。

 

「私はあくまでもお前の策に従って動いたまでのこと。そのように謙遜する必要はない。さて、デミウルゴス。私はこれまでの働きに対して褒美を授けたい。お前はこれまで幾度となく私の申し出を辞退してきたが、今回は許さんぞ。お前の働きがナザリックでも随一だということは、皆も認識している。そのお前がこのように何度も辞退するのは、他のものに対しても示しがつかない。過分な謙虚さは、時に人を不快にさせると知れ」

 

「はっ……」

 

 先ほどと比べ、若干思い悩む様子で返事をしたデミウルゴスは、少し耳を震わせ顔を俯けた。しかし、しばらく待ってもそのまま頭を上げようせず、アインズは出ない溜め息をつく。

 

「デミウルゴス。今思いつかないのであれば、この場でなくても構わん。いい機会だ。ゆっくりお前の欲しいものを考え、相応しいものを思いついたら、それを私に伝えよ。いいな?」

 

「畏まりました。アインズ様のお慈悲に感謝いたします」

「うむ。ではこの件についてはまた改めて、ということにしよう。デミウルゴス、立つがいい」

 

 アインズの言葉でデミウルゴスは立ち上がると恭しくお辞儀をし、アインズの左脇に移動した。

 

「さて、ナザリックを取り巻く環境は大きく変わってきている。また、以前この場で決定したとおり、ナザリックの国である魔導国は無事に建国され、順調に勢力を伸ばしつつある。そこで、そろそろ現在の目標を見直し、新たな計画を立てる必要があると思う。それに先立ち、守護者統括であるアルベド、及び、我が信頼する智者であるデミウルゴス。ナザリック及び魔導国の現状について、この場にいるもの皆にわかりやすく説明せよ。その後、今後の方針についての検討を行う」

 

「では僭越ながら、アインズ様の命により、私から現在のナザリックの状況について説明させていただきます。皆、心して聞くように」

 

 デミウルゴスはアインズに向かって丁寧に一礼し、正面に向き直った。居並ぶシモベ達の真剣な目がデミウルゴスに集まる。

 

 現在のデミウルゴスがどういう考えで動いているのか、正直アインズはさっぱりわかっていなかった。日々の業務は膨れ上がり、大量の書類に軽く目を通して、承認印を押すだけでも精一杯だ。だからこそ、こういう絶好の機会を逃すわけにはいかない。支配者としての威厳は崩さないように気をつけながら、デミウルゴスの言葉を聞き漏らさぬように、アインズも必死になって耳を傾けた。

 

「アインズ様は魔導国の王となられ、この世界を支配するための足掛かりをお作りになられた。アインズ様の素晴らしい統治の結果、現在魔導国は多くの種族が共存する国として繁栄している。リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国は既に魔導国の属国となり、アベリオン丘陵、トブの大森林他、周辺地域の亜人及び異形種の部族などの多くも、既にナザリックの支配下に置かれている。また、ローブル聖王国については、内乱が収まりかけたところに聖王を喪ったため、後継争いで再び混乱に陥ったが、アインズ様を神と奉る勢力が僅か一ヶ月程で国民の支持を集め、ほぼ無血で混乱を収めることに成功した。その結果、ローブル聖王国は新国家ローブル神王国となり、アインズ様をその玉座にお迎えすることを正式に決定した。つまり、我らが敬愛する主君であるアインズ様は、かの国の神の御位に着かれるということだ」

 

 デミウルゴスのその言葉で、玉座の間には静かなざわめきと熱気が立ち込め、アインズは思わず頭を抱えたくなる。

 

(全くどうしてこんなことになったんだ。これまで同様、単なる属国にするつもりなのかと思っていたら、まさかこういう話になっていようとは……)

 

 一週間ほど前に、エ・ランテルにやってきた、ネイア・バラハを筆頭とする聖王国からの使節団のことを思い出して、アインズは既にない胃が痛むのを感じた。

 

 そもそも、デミウルゴスの発案で行った聖王国の計画は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王が魔皇ヤルダバオトを打ち砕くことで、漆黒のモモン以上の大英雄となり、それと同時に、聖王国を魔導国の支配下に置くための布石にするという、比較的可愛らしい話だったはずだ。

 

 それなのに、自分を神と祀り上げる神殿勢力ができたのは何故なのか。いくら最後の聖王が死んで聖王家が断絶したからといって、どうして他国の王である自分が王にならねばならないのか。普通に魔導国と併合するのではダメだったのだろうか。いくら考えてもアインズには全く理解出来なかった。

 

 アルベドとデミウルゴスに詳しく説明してもらおうと何度か試みたが、二人ともいい笑顔で「全てはアインズ様のご計画通りでございます」と言うだけだ。

 

 ネイア・バラハの凶悪な目つきで睨みつけられながら「アインズ・ウール・ゴウン神王陛下」と呼ばれ、使節団としてやってきた者たちが異様な熱気で歓呼の声を上げるのを目前にした時は、多少王として経験を積み、ある程度は大勢の注目を浴びながら支配者らしくふるまうことに慣れてきたアインズといえども、何度も精神が沈静化させられるのを感じた。

 

 彼らは人間なのにも関わらず、魔導国の普通の国民達とは違って、どうもナザリックのシモベに似た雰囲気がある。

 

(しかも『神王』とか一体誰が考えたんだよ? あまりにも恥ずかしすぎるネーミングだろ。なんでただの骸骨がそんな仰々しい名で呼ばれなければいけないんだ?)

 

 元は一介のサラリーマンに過ぎない鈴木悟としては、絶対にありえない選択だ。しかしながら、その呼称はシモベ達には非常に受けが良く、アインズの必死の抵抗も虚しく、聖王国いや神王国ではそう呼ばれることに決定してしまった。下手をすると、このまま魔導国でもその呼び方にと言われかねない。どうやったらそれを阻止できるだろうかと、アインズは暫し思い悩んだ。

 

「――以上の点を考え合わせると、こう動くのが最善ということになる。これまでの話を理解できない愚か者はいないな?」

「当然じゃない、デミウルゴス。そのような者がこの場にいたら自害してしかるべきだわ」

 

 玉座の左と右に立つデミウルゴスとアルベドのやり取りに、多くのシモベが頷いているのが目に入る。

 

 現実逃避をしている間に、デミウルゴスの話を大分聞き逃してしまったようだ。雰囲気的に何かが決まろうとしているらしいが、その内容が全くわからない。アインズは若干青くなるが、今更もう一度お願いしますとは言えないだろう。せめてここから先だけでもきちんと聞かねばと背筋を正す。

 

「結構。それでは、我々は世界を征服しアインズ様に捧げることを最終目的としてきたが、今後はそれを変更し、アインズ様にこの世界の頂点となる神の御座を捧げ、生きとし生けるもの全てを支配して頂くことを目標とすべきと考える。この計画に反対するものはいるかね?」

 

 自信たっぷりに話をしているデミウルゴスの尻尾はかなり大きくゆらゆら揺れている。そして、玉座の間に居並ぶシモベ達の興奮は、以前の世界征服の時の比ではなかった。

 

(しまった。これでまた後戻り出来なくなってしまったか!? もっとデミウルゴスの話をちゃんと聞いていれば止められたかもしれなかったのに……)

 

 念のため、さり気なく玉座の間に集まっているシモベの様子を見回してみるが、どう見ても全員やる気に満ち溢れた表情で頷きあい、嬉しそうに目を輝かせている。反対しているのは恐らくアインズただ一人だ。しかも、デミウルゴスが何と言って説明したかもわからない以上、アインズにはシモベ達を止める言葉など何一つ思い当たらない。だが、アインズはせめてもと、最後の抵抗を試みることにした。

 

「……デミウルゴスよ、お前の考えはよくわかった。ただ、神というのはなろうとしてなるものではない。あくまでも、それは結果として起こることだと私は思っている」

 

「まさに仰る通りかと存じます。そして畏れながら、アインズ様がお持ちになられている崇高な支配者としてのオーラは、まさに神と呼ばれるに相応しいもの。そして、常に下等な我々では見通すことの出来ない遥か遠い未来まで見越していらっしゃる。そのような視点はまさに神々しか持てないものと愚考いたします」

 

「そ、そうか。しかし、私は別にデミウルゴスが思うほど全てを理解しているわけではない。だから、あまり買いかぶらないで欲しいのだ」

「買いかぶるなど……とんでもございません。このデミウルゴス、アインズ様のご慧眼に、常に自分の未熟さを感じさせられております」

 

 デミウルゴスは優雅に一礼をしたが、アインズは自分の動揺を押し隠すので精一杯だった。何を言ってもデミウルゴスに全てかわされそうな気がする。こういうのを、覆水盆に返らずとか言うんだったか。以前ギルメンの誰かがそんなことをいっていた。

 

(やっぱり、これ、いじめだよな!? こんな頭良いやつが気付かない訳ないもんな! それとも、これはデミウルゴスの俺に対する気遣いなの? 馬鹿な上司をかばおうとする感じの……)

 

 しかし、デミウルゴスの眼は真剣そのもので、どう見ても本気で言っているようにしか見えなかった。

 

(なんで、こういう時に一緒に反対してくれる味方がいないんだ。一人くらいいてくれたっていいじゃないか)

 

 アインズは一瞬イビルアイを思い浮かべるが、彼女は今ここにはいない。まだ正式に配下になっているわけではないから当然ではあるが。

 

 ――こうなったら仕方がない。半ば自棄になりつつ、アインズは覚悟を決めた。

 

「ふふ、デミウルゴス、それこそお前の勘違いだと思うがな。……では、ナザリックの今後の方針はそのように定めるとしよう」

 

 アインズの宣言に、配下達は一斉に頭を下げ承服の意を示す。

 

「……よし。具体的な計画に移ろうか。アルベド、デミウルゴス、考えを述べよ。また、それ以外にも意見のあるものは手を挙げるがいい。発言を許す。皆の忌憚ない意見を聞かせて欲しい」

 

「では、アインズ様、御命により私アルベドから申し上げます。現在の魔導国の周辺で、独立を保っている主な国家は、スレイン法国、竜王国、アーグランド評議国、カルサナス都市国家連合といったところです。イビルアイからの情報では、法国は六大神と呼ばれているプレイヤーが建国した国だとか。イビルアイも具体的には知らないそうですが、神が残したとされる強力なアイテムが今も保管されている可能性があるそうです。また、神人と呼ばれる、プレイヤーの血を引く強力な人間が時折生まれることもあり、現在、最も警戒すべきなのは法国ではないかと思われます」

 

「法国を警戒すべきというのは私も同意するよ。……アインズ様、出来れば不可視化出来るシモベを用いて、法国の内情を探ることを具申いたします。特にナザリックが転移直後に接触しているにも関わらず、今日まで魔導国に対して何の動きを見せないのは腑に落ちません。こちらに対して何らかの策を練っている可能性もあるかと」

 

「確かに、私がこの地に降り立った直後に接触したのは、帝国を偽装したスレイン法国だったな。陽光聖典とか言ったか。思えば、あの時もう少し慎重に対応すべきだったが、今更それを言っても仕方がない。デミウルゴス、調査に関しては少し待て。後ほどもう一度検討しよう。あの国はどうも不気味なものがある。プレイヤーが建国したというのであれば、ワールドアイテムがある可能性も否定出来ないだろう。もしかしたら、シャルティアを洗脳したのは法国だったのかもしれんな……」

 

 シャルティアを殺さねばならなかった時に感じた抑えきれない憤怒を思い出し、アインズの手は怒りで震える。もし犯人が法国だったとしたら、自分はあの時感じた激情のまま、法国を根絶やしにしてしまうかもしれない。次の瞬間、その怒りは強制的に沈静化され、アインズは落ち着きを取り戻した。しかし、胸の中に燻る静かな怒りまで抑え込まれたわけではなかった。

 

「アインズ様……」

 

 心配そうにアインズの様子をうかがっているアルベドの声が聞こえ、そんな気分を振り払おうとアインズは軽く頭を振る。

 

「大丈夫だ、アルベドよ、心配をかけて済まなかったな。少々、あの時の怒りで我を忘れてしまった。ともかくスレイン法国に対しては、慎重にことを進めたい。これ以上お前達を危険に晒すわけにはいかないからな」

 

「アインズ様の慈悲深い御心に感謝いたします。万一法国を偵察する必要がある場合は細心の注意を払い、ワールドアイテムによる攻撃があり得るという仮定でことにあたるようにします」

 

「デミウルゴス、アルベド、お前達なら私がやるよりも遥かに上手くやれると信じている。調査をする場合は二人のうちのいずれかに頼もう」

「承知いたしました」

 

 二人は恭しく頭を下げる。その時に、高々と手を上げる者がいた。

 

「あら、どうしたの、シャルティア。あなたが意見を言うなんて珍しいわね」

 

「うるさいでありんすね、アルベド。ぬしに話したいのではありんせん」

 シャルティアは若干固い表情をしてアルベドを睨みつけた。

 

「ほう、シャルティアか。意見があるなら述べるがいい」

 

 相変わらずかしましい二人の様子は微笑ましかったが、このまま放って置くと面倒くさいことになりかねない。アインズが話を促すと、シャルティアはその場に平伏した。

 

「ははぁ。アインズ様に是非ともお願いしたいことがございんす」

「願い? なんだ? シャルティアがそのようなことを言ってくるのは、確かに珍しいな。必ず叶えるとは約束できんが、申してみよ」

 

「万一、わたしにアインズ様に……剣を向けるようなことをさせた者どもを見つけられましたら、どうか、わたしに雪辱の機会をお与えください!」

 

 シャルティアの様子は妙に真剣で、未だに数年前の出来事が心の中の傷になって残っているのが明白だった。

 

「シャルティア。何度も言うが、あれはお前の失態ではなく、そういう可能性に思い至らなかった私の失態だ。だから、お前が気にする必要はない」

「でもっ!! それでは、わたしが納得できません! それに、わたしはこの手で決着をつけたいのでありんす! アインズ様、どうかお願いします!」

 

「そうか……、そうだな……。確かにお前の言うとおりかもしれない。では、シャルティア。お前を洗脳した犯人を処分する際には、お前にその任を与えることにしよう。それでいいな?」

 

「アインズ様ぁ! 有難き幸せです!」

 

 シャルティアは感極まってアインズにそのまま飛びかかって来そうだったが、流石に思い直したのか再び平伏した。心なしか肩の辺りが震えているようにも見える。

 

「よい。頭を上げよ、シャルティア。お前の忠義を私はとても嬉しく思う」

 

「うう、アインズさまぁ。ありがどうございばずぅ」

 

 アインズの言葉から少しして、ようやく頭をあげたシャルティアは、先程までとは打って変わって涙と鼻水でかなり残念な顔つきになっており、アインズはそっと目をそらした。アウラが「あんた、アインズ様の前でなんて顔してんのさ。ほらこれ」と小声で囁いているのが聞こえる。

 

「アインズ様、私の意見を述べてもよろしいでしょうか?」

「ん? もちろんだとも、デミウルゴス」

 

「私の方から帝国のフールーダ・パラダイン、及び、王国のラナー女王に確認した限りでは、帝国と王国にはワールドアイテム程強力なアイテムは存在していないようです。また、聖王国は私が調査した限りでは、発見することはできませんでした。だと致しますと、アインズ様のご賢察の通り、シャルティアの洗脳に使われたワールドアイテムが存在している可能性が高いのは、やはりプレイヤーが複数存在したという法国になるかと思われます」

 

 その時アルベドの肩が一瞬ぴくりと動いたように見えたが、何故アルベドがそのような反応をしたのか、アインズにはわからなかった。

 

「そして、アーグランド評議国は、この世界でも強大な力を持つドラゴンが複数で治めている国であり、最強と言われる白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)というものが永久評議員を務めているとか。それがどの程度の強さなのかは今の所把握できてはいませんが、イビルアイから聞き出した情報からも、可能であれば評議国とは友好関係を結ぶほうが利益が大きいように思われます」

 

「最強の竜王か……。確かに彼らとは話し合いをしてみてもいいかもしれんな」

 

 少しばかりアインズのレアコレクター欲を刺激する単語ではあるが、そういえば、イビルアイはその竜は仲の良い友人だと言っていた。

 

(ジルクニフとはなかなか上手くいかないが、もしかしたら俺とも友人になってくれたりしないだろうか? 以前プレイヤーとも仲良く付き合っていたというし)

 

 その時、マーレがおずおずと手を上げる。

 

「あの、でも、その竜たちと友好に、というのは、アインズ様に世界の全てを捧げるという、僕たちの目的からは、その、外れちゃうんじゃないでしょうか?」

 

 数人のシモベもマーレの意見に同意するように頷いている。しかし、アルベドはくすりと笑ってマーレに答えた。

 

「良い質問ね、マーレ。でも、世界を手に入れるといっても大事なことを忘れてはいけないわ。至高の支配者、いえ神であられるアインズ様に、廃墟の世界をお渡しするわけにはいかないでしょう? 私達はアインズ様が支配されるに相応しい豊かな世界を手に入れる必要があるの。だからこそ、相手が手を組むに値する程の強者なのであれば、協力関係になるのも場合によっては必要なこと。アインズ様が常にナザリックの戦力強化をお考えになられているのは、この世界には私達が知らない強者がいる可能性があるからだということを忘れてはいけないわ。もちろん、相手が敵対するなら容赦する必要はないけれど」

 

「全くもってその通りだね。アルベド。しかし、それだけじゃない。アインズ様は更に深遠なお考えをお持ちになっているはず」

 

 そう言って、デミウルゴスはアインズの方を確認するように振り向き、アインズはどきりと無い心臓が跳ねたような気がした。

 

(デミウルゴスめ、今度は俺が一体何を考えているっていうんだ! しかし、こういう時のデミウルゴスの対処法ならもうわかっている。もう数年前の俺じゃない。頑張れ、俺!)

 

「……ふふ、バレてしまったか。デミウルゴスよ」

「当然でございます。私も、せめてアインズ様のお考えに少しでも近づけるように努力しておりますから」

「では、デミウルゴス、お前が理解した私の考えをマーレに、そしてこの場にいる皆にわかりやすく説明することを許可しよう」

「畏まりました」

 

 デミウルゴスは尻尾をゆらゆらさせながら、下僕達の方を向き直った。

 

「マーレ、いいかい? アインズ様がどんなに素晴らしい統治をなさっても、必ず不満を洩らし反抗する不埒者たちは出てくるだろう。今はまだ国土も小さいし、国民の数も少ないからそれほど目立たないが、そのうち、見逃せないほどの勢力になりかねない。だからこそ、そういう者たちに国を荒らされないためにも、逃げ場となる場所が必要なのだよ」

 

「つまり、魔導国に不満や反感を持つ者たちの吹き溜まりとなる国を、あらかじめ用意するということね。さすがはアインズ様」

 

 アルベドは納得したように同意したが、アウラが不満そうに口を開いた。

 

「ええー。そういう奴らは、全部殺しちゃうんじゃダメなんですか? アインズ様に支配していただけるのに、不満を言うなんてあたしはちょっと許せないなー」

「アウラ、確かに私もそれは同意するがね。そういう逃げ道を用意しておくというのも、アインズ様の栄光を傷つけないために必要な方便なのだよ」

「うーん、イマイチ納得いかないけど、それがアインズ様のお考えなら」

「その、ぼ、僕もわかりました」

 

 不承不承ながらもマーレとアウラが黙ったのを見て、デミウルゴスは何か言いたげにアインズを振り返った。

 

「う、うむ、デミウルゴス、よくぞ我が考えを見抜いたな。その通りだ」

「いえ、この程度、アインズ様の叡智の足元にも及びませんが……」

 

 やっぱり、デミウルゴスにいじめられているような気がしなくはなかったが、アインズは気が付かなかったことにした。

 

「それと都市国家連合に関しては、所詮小国家の集まりでありますので、積極的に動く利益は薄いかと。向こうからなにか言ってくるまでは放置し、むしろ、魔導国に反感を持つ者達が集まるように仕組むほうがナザリックの利益になると考えます。ですので、私としては次のターゲットは竜王国にすべきであると考えます」

 

「でも、デミウルゴス。竜王国もかなり国力が低下しているという八本指からの情報があるわよ。あの国もあまり利益はないのではないかしら?」

 

 デミウルゴスが口火を切ると、若干不満そうにアルベドが言った。

 

「いや、アルベド。実は新たに着手したい実験があってね。アベリオン丘陵の他にも牧場を作りたいんだよ。そのために、竜王国の隣にあるビーストマンの国を配下に収めたいと考えているんだ。竜王国の国力低下の原因はビーストマンによるものなのだろう? つまりは一石二鳥というわけさ」

 

「あら、また牧場を増やすの? 牧場で使っていい人間は、死罪を賜ることが決まった者のうちアインズ様の実験が終わられた分だけ、と決まっているでしょう。これ以上増やす意味なんてないと思うけど?」

「いや、今度の牧場は別の試みに使いたいんだ」

 

 デミウルゴスの牧場と聞くと、アインズは嫌な予感しかしなかった。

 

 聖王国でデミウルゴスの牧場の実態を初めて知り、いくら人間には同属意識を持てないアインズでも多少の不快感を感じた。しかし、使用に耐える羊皮紙の製造法がそれしかなかったと言われてしまえば、アインズとしては認めざるを得ない。一応、牧場で必要となる人間の確保の方法と取扱いについては条件をつけたが。

 

 しかしながら、この件に関しては、これまできちんと確認しないまま、デミウルゴスに任せきりにしたアインズの責任なのは間違いない。それに、なんといっても羊皮紙が必要量確保出来なければ、いずれナザリック自体が立ちいかなくなるのだ。

 

「ふむ、デミウルゴス、牧場の件はここではなく別な機会に詳しく確認させてくれ。今は全員が知るべき目標を定める場だからな」

「大変失礼いたしました。では、牧場の件と、それ以外にもご相談したいことがございますので、後日改めて執務室にお伺いいたします」

「わかった。ではお前の都合が良い時に我が部屋に来るがいい。それと相談内容は、全て簡単にまとめた書類を作成しておくように」

「承知いたしました」

 

「アインズ様、私の方からもお伝えしなければならないことがございますので、その時は私も同席してよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろん構わない、アルベド。……さてと、話を中断させてしまったな、デミウルゴス。お前の提案を続けてくれ」

「畏まりました」

 

 デミウルゴスは優美に一礼をすると、改めてアインズに向き直った。

 

「アインズ様、以上のことを踏まえまして、手始めにビーストマンの国を落とし、その後、彼らを使って適度に竜王国を追い詰めることで、竜王国から魔導国に支援要請を出させ、そのまま魔導国の属国にする作戦を提案いたします」

 

 




佐藤東沙様、むっちゃん!!様、誤字報告ありがとうございました。

※シャルティアの一人称に関する報告については、シャルティアの感情を表すために意図的に使っている部分もあるので修正は基本的に見送りました。誤字報告いただいたもの全てを本文に反映させている訳ではありませんのでご了承ください。

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