アインズに姿を変え〈完全不可知化〉を使って、窓の外から宿にいる蒼の薔薇の様子を窺っていたパンドラズ・アクターは、自分に与えられた屋敷に戻ると、魔法の効果とスキルを解除し、本来のドッペルゲンガーである姿を現した。
「さて、一体どうしたものでしょう」
パンドラズ・アクターは考え込む。
蒼の薔薇がラナー王女の使いとして魔導国にやってくることは、事前にアルベド経由で知らされており、今回届けられた品は王国での計画を進める最終段階のトリガーになる予定だと聞き及んでいる。ただ、王国に関してはデミウルゴスとアルベドが主導して実行している作戦であるため、パンドラズ・アクターにとってはあまり深い関心はなかった。
(父上からは、蒼の薔薇が周囲を嗅ぎ回ったとしても、ラナー王女の手駒だから極力接触を避け自由に泳がせておくよう命じられておりましたが……。どうやらあのイビルアイとかいう小娘、我が神である父上に随分ご執心の様子。父上はそのことをご存知なのでしょうか?)
パンドラズ・アクターとしては、イビルアイの恋心などもどちらかといえばどうでもいいことの部類に入る。少なくとも、他の何よりも敬愛し守るべきモモンガに危害を加えたりする意図がないのであれば。
(我が父上は、この上なく慈悲深く他のものに対してはその愛情を惜しみなく与えられる方ですが……なぜか御自身に向けられる愛情については、異常なまでに鈍感なところがおありになる。守護者統括殿やシャルティア殿にはお気の毒としか言いようがありませんが、彼の君の被造物であり息子であるこの私からの愛情ですら、恐らく正しく認識されてはおられないのでしょう……)
なぜ、あれほど叡智に溢れる自分の創造主が周囲から溢れんばかりの愛情を捧げられているにも関わらず、それに気がつくことができないのか。それは、パンドラズ・アクターにとって彼の優秀なその頭脳を駆使しても解決することのできない大いなる疑問となって立ちはだかっていた。
しかし――。
他者からの愛情を感じることも受け入れることも出来ないということは、モモンガにとって非常に良くない状態のように思える。今はまだよくても、遠い将来、このことが原因でモモンガがシモベ達を信じることが出来なくなる事態が起こらないとはいえない。そして万が一そのようなことになれば、何らかの形でモモンガを喪うようなことにも繋がりかねないのだ。それだけは絶対に避けなければいけない。
(まあ、正直、私以外の誰かがモモンガ様に愛されるという状況は嬉しくはありませんが……)
だが、モモンガが他者の愛情を感じられるようになり、それによって少しでも幸福を感じることができるようになれるのであれば、それはやはり自分にとっても望ましいことであり、また、そのような状態になれば、いずれ自分自身の愛情も素直に受け取ってもらえるようになるのではないかと思う。
それに、先程のイビルアイの様子は、愛するものに捧げ続けている感情をどうしても感じてもらうことが出来ずに、苦い思いを味わい続けている自分自身の気持ちと重なる部分があり、ナザリック外のものとはいえイビルアイに若干同情する気持ちもないわけではない。
もっとも彼女と、モモンガから父と呼ぶことを許されている自分では、モモンガとの距離に計り知れないほどの差があることは事実であり、それに関して優越感を感じてしまうのは仕方のないことだ。
「……いっそ、彼女で実験してみたらどうなるのでしょうね? もし失敗したところで、それほど大きな害になるとは思えませんし、最悪面倒なことになるようなら始末してしまえばいい。守護者統括殿やシャルティア殿では最悪モモンガ様が危険な状況になってしまう可能性もありますし。ここは、捨て駒のほうが何かと都合がよろしいでしょう。ただ問題はいかにして、モモンガ様御自身に必要性を納得していただいて、御協力を仰ぐかということになりますが……」
パンドラズ・アクターはしばし熟考した後、その表情のない顔に深い笑みを浮かべるとナザリックに帰還した。
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ナザリック地下大墳墓、第九階層。
そこはまさに神々の住まう領域であり、現在はパンドラズ・アクターの唯一の神であるアインズが御座する場所である。
ナザリックのシモベであればその階層を歩くだけで至高の御方々の威光とその御業を感じられ、感動に打ち震える場所であるが、それは長く宝物殿にあり、数々の財宝を見慣れたパンドラズ・アクターでも例外ではない。もっともパンドラがその威光を感じて畏怖するのはただ一人の御方だけではあるが。
既に時刻は深夜に近く、廊下を歩くメイドの姿も見えない。
少し弾むような足取りで、パンドラズ・アクターはその最奥にあるアインズの自室に向かい、扉をノックする。
少しの間があって扉を開けたアインズ当番のメイドに取次を頼むと、しばらくしてから中に通され、寝室の扉に案内される。どうやら、アインズは寝室で寛いでいるところだったようだ。
「アインズ様、失礼致します」
「あぁ、パンドラズ・アクターか。入れ」
扉を開けて恭しく一礼すると、パンドラズ・アクターはアインズの寝室に足を踏み入れた。
アインズはベッドからゆっくりと起き上がり、読んでいたらしい本を枕の下に押し込むと、ベッドの脇に腰掛ける。
「珍しいな、こんな時間に。急ぎの報告でもあったのか?」
「いえ、実は少しご相談したいことがございまして……。できれば人払いをお願いしたいのですが」
パンドラズ・アクターがいつもとは違い、仰々しい仕草もうざったい大げさな言い回しもない様子なのに気がついたのか、アインズは怪訝そうな顔をした。しかし、軽く手を振り、
「お前たちは、しばらく下がるように」と命じると、警護の八肢刀の暗殺蟲と当番メイドのリュミエールは一礼して寝室から出ていった。
「これでいいか? さて、一体どのような相談なのだ?」
「はい、実は父上に確認させていただきたいことがありまして……。以前からモモンに付きまとっている蒼の薔薇のイビルアイの件です」
「あぁ、あの……。以前エントマに大怪我をさせた奴だな。あれがどうかしたのか?」
アインズは以前の王都での一件を思い出し渋い顔をする。アルベドとデミウルゴスが非常に高く評価している人間が王国に持つ数少ない手札ということで、今のところは積極的に害する予定はない。しかし、エントマには機会があればあの女の声帯を与える約束をしているし、アインズとしては、例え知らなかったとしても友人の娘のような存在であるエントマに怪我をさせたという時点で、あまりいい印象など抱いていない。しかも、王都での事件の後もしつこく付きまとってくる様子から、モモンの正体に疑念を持っているのは明らかだ。なのに、なぜパンドラズ・アクターはあの女の話をわざわざ持ち出してきたのか。あと、父上呼びはやめてほしい。
「率直に申し上げまして、イビルアイは父上に盲目的な恋愛感情を抱いているようです」
「…………は?」
アインズは全く予期してもいなかったパンドラズ・アクターの言葉に思わず間抜けな声を出す。そして言われた言葉の意味が頭に入ってくるにつれ、激しく精神的に動揺するのを感じ、一瞬で鎮静化される。
「ちょ、ちょっと待て。お前は何をいっているのだ? パンドラズ・アクター、私をからかうのも……」
「私は! 決して父上をからかってなどおりません!」
パンドラズ・アクターは、そのつるりとした顔をベッドに座ったアインズの顔に思いっきり近づけて宣言する。
(なんでお前はそんなに距離感ないんだよ!? 顔が近い! 近い! 近い! 近い!!!)
アインズはその勢いに思いっきり引いて、半分のけぞるような体勢になった。
「父上はイビルアイについてどのように思われておいででしょうか?」
「どうって言われてもな……。奴とは王都でほんの僅かな時間共に戦っただけだぞ? 私が何か思うようなことなどあるはずもない。むしろ、エントマの件で奴には多少怒りを感じているくらいだ。まあ、確かにあの時は互いにタイミングが悪かった可能性はあるがな」
「……なるほど」
(これは思ったよりも根が深いかもしれませんね)
パンドラズ・アクターは心の中でそっと独りごちる。
「畏れながら、父上は、本当に彼女の愛情表現にはお気づきではないのですか? 私が見ていた限りでもかなりあからさまな行動ばかりですし、ナーベラルでさえそのように認識しているようでしたが?」
(ナーベラルまで!? そういえば、ずっと前にナーベラルがそのようなことを言っていた気もする。いやでも、あいつは人間の機微には全く無頓着で興味もないやつなのに……もしかして、俺、ナーベラル以下の認識力しかなかったのか?)
微妙に、いやかなりアインズはショックを受ける。
「……パンドラズ・アクター、いくらなんでもお前の考えすぎだろう。私は、イビルアイが付きまとってくるのは、私とヤルダバオトとの関係を疑ってのことだと思っている。もしくは、王都での戦闘時に私が人間でないことになんらかの形で気が付かれていたのかもしれない。少なくとも私にそのような感情を持っているようには感じられないのだが?」
「そうですか……。これは困りましたね」
珍しくパンドラズ・アクターが意気消沈した様子になり、アインズは逆に慌てる。
「ど、どうした? お前がそんな風に大人しいと逆に心配になる。何か問題でもあったのか?」
「大有りですとも。なぜ、父上のように優れた叡智を持つ御方が、このようなひどく単純なことに疎くておいでなのか、私にはその理由が全く理解できないのです」
パンドラズ・アクターはそういうと、深くため息をつく。
(やっぱり、俺はこいつにもそんな風に頭がいいとか思われてるのか? 一体、俺に何を期待してるんだよ!? おまけに俺が何を思い違いしてるっていうんだ? 正直パンドラズ・アクターが何をいいたいのかさっぱりわからないよ)
アインズは心の中で頭を抱える。無いはずの胃がキリキリと痛むような気もする。
(……もう、おとなしくパンドラズ・アクターくらいには本当のことをぶっちゃけて、ちゃんと説明してもらったほうがいいんじゃないだろうか? いくらなんでも、他のシモベとは違ってこいつは俺が作った NPC なんだから、それで俺を見捨てるということはないだろう。多分)
アインズは段々やけくそ気味になり、思い切ってパンドラズ・アクターに自分がそれほど賢いわけではないことを告白する決心をした。
「パンドラズ・アクター……。これから話すことは非常に大事なことなのだが聞いてくれるか?」
「もちろんです。どのようなことでも、偉大なる父上の息子たるこの私にお聞かせいただけるなら大変嬉しゅうございます」
偉大なるとか言われて一瞬引いたが、アインズは覚悟を決め、パンドラズ・アクターを真っ直ぐに見て話をする。
「……私は、皆に隠していることがある。そして、この話は息子であるお前にしか話せないことだ……。だから、これから私がお前に話すことは、決して他の誰にも漏らさないと誓ってくれるか?」
「父上が信用してお話くださるのなら、それは身に余る光栄というもの。命に変えても秘密を守ることを誓約いたします!」
「そうか。ならば話そう」
さすがに、これから話すことに対してパンドラズ・アクターがどのような反応をするかは全くわからないが、うまく行けば、自分はもう少しだけ楽になれるかもしれない。そう思ってアインズはなけなしの勇気を振り絞った。
「……私はな、パンドラズ・アクター。お前たちが期待しているように、別に智謀に優れているわけでも、叡智に溢れているわけでもない。このようなことを言えば、お前は私を軽蔑するかもしれない。しかし私は……本当にただの愚かな男なのだ。だから……、私に叡智ある行動を期待し、全てを把握しているかのように思われても、実際の私にはどうすることもできないのだ」
アインズは、じっと動かずにアインズの言葉を聞いていたパンドラズ・アクターの手を取ると、苦笑した。
「このようなことを言う、愚かな主に呆れただろう?」
「いえ、そのようなことはありません。それに、私はそのようなお言葉を聞いたからといって、父上が愚か者だとも思いません。真に愚かな人物というのは、自らを愚かだと思うことなどありませんから。それにもし、本当に父上がそれで困ってらっしゃるのであれば、不肖の息子ではありますが、私が出来得る限り父上をサポートいたします。それで何の問題がありましょうか?」
パンドラズ・アクターはいつもの仰々しい雰囲気とは全く違う、ひどく真剣な様子でアインズの手を握りしめる。
「それに、私は父上が例え愚かであっても、弱くても、醜くても、ナザリックの支配者ではなくても、我が至高の創造主でなかったとしても、変わりなく御身を愛するでしょう。私が愛してやまないのは、モモンガ様のその美しく輝ける気高い魂なのですから。その他の要素はあくまでも御身の素晴らしさを更に引き立てるだけのものに過ぎず、それがなかったとしても私には全く問題はないのです」
「そ、そうなのか?」
「そうですとも」
……誤解を解くことはできなかった気はするし、なぜこいつがそんなに俺を高く評価しているのかは理解できないが、一応言うことは言った。まぁ、パンドラズ・アクターがそれでいいというならもう細かいことは気にしないことにしよう。後はとにかくパンドラズ・アクターの真意を問いたださなければ。
「そうか。わかった。パンドラズ・アクター、お前がそう思うのならそれでいいのだろう……。それでは、お前が一体何を憂いているのか、私にも分かるように話してはくれないか?」
「はい……」
パンドラズ・アクターはアインズの隣に腰を下ろす。なぜそこに座るんだ、と突っ込みをいれたくなるが、面倒なのでアインズは我慢した。
「私はとても心配なのです。父上は、我々シモベに対して非常に深い愛情を与えてくださっています。しかし、父上は、我々がどれだけ父上を愛しているのか、おわかりになっていらっしゃいますか?」
そういわれて、アインズは複雑な気分になる。確かにアインズは NPC 達に対して友人の子どもに対するような愛情を抱いている。そして、それはなるべく偏ることなく平等に与えているつもりだ。しかし逆はといえば、シャルティアの例を考えればわかるように、NPC 達が一番に愛する対象はあくまでも自分の創造主でありアインズではないだろう。もちろん、彼らから強い忠誠心を向けられていることに疑問を持ってはいないが、それが愛情かと言われると違う気がする。
「……お前たちが、私に向けている感情は愛情とは少し違うだろう。確かに創造主に対して抱く感情は恐らく愛情といっていいものだろう。しかし私に対してのソレは、例えば子どもが親に対して向けるようなそのような感情に近いのではないかと思っている」
「では、父上は、少なくとも私が父上を誰よりも愛していることはお認めいただけるのですね!?」
パンドラズ・アクターの顔がさっきよりも更に近くまで寄ってくる。
「えっ? いや、まぁ、そうだな……? ってその前に、もう少し離れろ! 近すぎるぞ!?」
「いえ、我が最愛の父上に、我が愛を疑われていないとわかったのは至上の喜びです!!」
「あー、もう! ほんと暑苦しいな、お前!!」
アインズは思わず頭を抱えた。
「ところで、ここからが私の本題なのですが」
「うん? あぁ、そうだったな。続けてくれ」
パンドラズ・アクターは真正面からアインズのその赤く光る灯火を見つめて静かに言った。
「私は、父上になんとしても幸福になって頂きたいのです」
パンドラズ・アクターの思いもかけない言葉に、アインズは沈黙する。
「父上は、他のシモベは父上のことを愛していないと思われているようですが、そんなことはありません。それに、父上に好意を抱いているのは、なにもナザリックのシモベだけに限った話ではありません。他にも多くの者が父上を愛しております。しかし、これだけ多くの愛情に囲まれておられるのにも関わらず、父上はそれが全くお分かりになっておられない」
「…………」
「私は、父上に私が今申し上げたことが真実であることを知っていただきたいのです」
アインズは返す言葉もなく、パンドラズ・アクターのその表情のない顔を見つめるしかなかった。
確かにアインズはこれまで生きてきたそれほど長くない人生で、愛情というものを認識する経験がかなり不足していたかもしれないことは、自分でもなんとなく感じてはいた。
両親は幼いうちに喪い、一人きりであの希望を感じることの出来ない世界で生きた。唯一仲間と呼べると思っていた人々も自分を置いて去っていった。そんな中でいつしか愛情というものは、自分には分不相応なものであるように感じるようになっていた、のかもしれない。
自分には、人に愛される資格も、愛を受け取る資格もないと……。
アルベドにあのような設定変更をしたにも関わらず、卑怯にもアルベドから向けられる好意から、いつも目を背け正面から受け止めようともせず逃げようとしていた。今日、このようにパンドラズ・アクターから言われなければ、恐らく自分はこれからもずっと目を瞑ったまま生きていこうとしていただろう。
(全く、愚かなだけではなく情けない男だよな、俺は……)
アインズは心の中で自嘲する。
そして、ふと、つい最近まで聖王国で自分の従者をしてくれていたネイア・バラハのことを思い出す。彼女はいつも自分を睨みつけているように見えて、アインズとしてはどうしても苦手意識が拭えなかったが、あの聖王国でのヤルダバオト戦で、茶番だったとはいえアインズが地に倒れ伏した時、悲壮な叫びで自分の名前を何度も呼び続け、ヤルダバオトに一矢報いようと必死で矢を放っていたのは彼女だったことを思い出す。
あの場にはまだ多少の聖騎士達が残っていたが、あそこまで自分の死を悲しんでくれていたのは、間違いなく彼女一人だった。その後、自分はナザリックに戻ってきたため、彼女の現在の状況はわからないが。もしかしたら、彼女も自分に対して少しは好意を抱いてくれていたのかもしれない。
(聖王国は全く酷い状況だった。確かにあれはデミウルゴスが魔導国の為に仕組んだものではあったが、聖騎士達がもう少し賢く立ち回っていれば、少なくともあそこまで悲惨な状況にはならなかったんじゃないだろうか?)
聖騎士団長の取る行動は、状況を更に悪化させるためのものにしかアインズには思えなかった。
(俺があの国から離れてもう半月近くは経っているが、彼女はまだ生き延びることができているのか……)
できることなら生き延びていてほしい。そして、もう一度会って話をしてみたい。彼女の笑顔は見ているこちらも少し怖く感じてしまうものであったけれど、それすら、アインズは懐かしく思い出す。
アインズは自分が思考の海に沈んでいることに気が付き、軽く頭を振って話を現在の問題に戻す。
「……それで、パンドラズ・アクター。お前は私に一体どうしろというのだ?」
「これはただの私からの提案に過ぎませんが……」
「よい、話せ」
「では、ご説明させていただきます! 我が神であるモモンガ様!」
急にいつもの調子を取り戻したパンドラズ・アクターは、妙に芝居がかった仕草で軍帽をくいっと回す。
「せっかくですので、明後日辺りにイビルアイと『でーと』なるものをなさり、愛情を感じる練習、いえ実験をされてはいかがでしょうか?」
一瞬アインズはパンドラズ・アクターが何を言ったのか理解出来ずフリーズした。こいつは一体どこからそんな知識を仕入れてきたんだろう?
「なんだそれは!? どうしてそうなる!?」
「簡単なことです。あれだけわかりやすく父上を恋い焦がれているイビルアイでしたら、数時間ほど共に過ごせばいくら鈍感な父上でも恋愛感情というものがどういうものなのか、その一部くらいはおわかりになられるかもしれません」
「お前! 今はっきり鈍感って言ったな!?」
「仕方ないでしょう。本当のことなのですから」
アインズは反論できず、パンドラズ・アクターを睨みつける。
「それに、その結果父上がイビルアイをどのように思われようとも問題はありませんし、父上御自身がイビルアイに好意をお持ちになれなければ、そのようにはっきりとお伝えになれば、イビルアイが今後父上にしつこくすることもなくなるでしょう。万一、父上がイビルアイに好意をお持ちになったとしても、私としては、それはそれで父上には良い経験になると愚考いたします」
「パンドラズ・アクター……、簡単にそんなことをいうが、私はデートなどしたこともないし、そのような恋愛感情もよくわからない。それに、私のこの姿を知って、それでも尚愛情を持てる人間などいないと思うが?」
「父上の真のお姿を見て愛情を損なうようであれば、所詮イビルアイはその程度の存在で、父上から寵愛を受ける価値など元からなかったということに過ぎません」
「そうなのか?」
「ええ、そうですとも。それに父上がそのことをお話になったとして、父上の真のお美しさを理解できないような不埒な存在であれば、いくら実験体といえども不敬極まりありませんので、この私パンドラズ・アクターが責任を持って始末させていただきます。そのようなモノを一時的とはいえ父上のお相手としてお薦めした責任もございますので」
いや、だからといって始末するとか、なにそれコワイ。
でもパンドラズ・アクターの顔は真剣そのものでどうみても冗談を言っているようには見えなかった。
「……わかった。今回はお前の言うようにしてみよう。どのみち今は表向き休養中ということになっているし、時間だけはあるからな……」
アインズは、半ば自棄になってパンドラズ・アクターの勧めに同意した。
「我が進言を受け入れていただき、ありがとうございます!!」
パンドラズ・アクターは腰掛けていたベッドから立ち上がると、くるくる踊るように優雅にお辞儀をした。
「今回の『でーと』の段取りはこのパンドラズ・アクターに全ておまかせください! 決して父上に後悔などさせることはございません!」
「う、うん、わかった。ではこの件については任せたぞ。パンドラズ・アクター。詳細が決まり次第説明に来るように。あ、あと、くれぐれもアルベドには知られないようにな」
「はいっ、畏まりました!」
「よし、では下がれ」
「失礼致します」
パンドラズ・アクターは浮かれたように寝室から出ていき、アインズは生気を吸い取られたような気分になってベッドに突っ伏した。
……もしかして、俺、パンドラズ・アクターに上手いこと嵌められたんじゃないか?
アインズは呻きながら、ベッドの上を転がった。
gomaneko 様、Sheeena 様、名のある川の主様、薫竜様、誤字報告ありがとうございました。