イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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4: 幼女王の苦悩

 竜王国の王城にある小さな一室で、玉座に座った『黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)』ドラウディロン・オーリウクルス女王は頭を抱えていた。

 

 王国のアダマンタイト級冒険者チームだった『朱の雫』が数ヶ月前から竜王国に助力してくれるようになったおかげで、『クリスタル・ティア』のみでは支えきれなくなりつつあった戦局は、かなり改善したかのように思われた。

 

 ビーストマンの侵攻は下手すると戦線崩壊しかねない勢いだったが、二つのアダマンタイト級冒険者チームを柱に、残り僅かな竜王国軍は国の北東部まで前線を押し戻すと、その後はそこにある中核都市を拠点にして、ビーストマンの攻撃をかろうじて食い止めていた。

 

 しかし、このところビーストマンの動きが妙に活発化し始めたのだ。

 

 おかげで既に陥落していた三つの都市に加え、巧みな急襲を受けた二つの都市を落とされてしまい、前線は国の中央部まで一気に後退してしまった。数年前にもビーストマンが急に組織だった行動をとり始め、以来竜王国は苦戦を強いられ続けたが、明らかに最近のビーストマンの攻撃はそれとは異なる機動性があるように思われる。

 

 そのため竜王国はスレイン法国に再三援軍を要請し、一時的に復帰した漆黒聖典の引退者を派遣してもらうことで急場をしのいでいた。しかし二週間程前に、突然スレイン法国は竜王国に断りなく漆黒聖典を引き上げてしまい、焦った竜王国はその後何度も新たな部隊の派遣を要請したが、法国からは一切返答はない。

 

「まったく、どういうことだ。スレイン法国め。金ばかりむしり取ったあげく、ようやく漆黒聖典を派遣してくれたと思えば……。やはり、奴らは竜王国を見捨てたということか?」

「陛下。もうスレイン法国からの援軍は諦めませんか? これなら、おとなしく他の国に頭を下げた方がましですよ」

 

 自分の右脇に立ち、冷ややかな表情をしている宰相を、ドラウディロンはじろりと睨みつけた。

 

「そんなことを言っても、一体どこがこの国を助けてくれるのだ? 以前頼ろうと思っていたバハルス帝国は、こちらがスレイン法国に打診している間に、あの怪しげな国の属国になってしまったではないか!」

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国ですよ。陛下」

「名前などどうでもよかろう!?」

 

「確かに、苦難の我が国を助けてくれるなら、相手がどんな国だろうが全て些細なことですよね、陛下。そういう意味で仰られたのですよね?」

「……本当に嫌味なやつだな」

「そういう性分ですから。――ところで陛下は、アンデッドがこの国を助けてくれるかもしれないとしたら、どうされるおつもりですか?」

 

 探るように自分を見ている宰相に、少々ムカついたドラウディロンは玉座の肘掛けにだらしなく頬杖をついた。

 

「助けてくれるんなら、どうせお前は相手がアンデッドでも些細なことだと言いたいんだろう? 私にはそんな奇特なアンデッドがいるとは思えんがな」

「もちろん助力してもらえるなら、この際相手がアンデッドだろうが悪魔だろうが、私は一向に構いません。どのみち、このままなら竜王国は滅びて国民は死ぬだけですから。――陛下、魔導国の王は強大なアンデッドなんだそうですよ。そのうえ、何十万もの人間を一気に殺せるような凄腕の魔法詠唱者なんだとか」

 

 その情報はドラウディロンには初耳だった。それほどまでに強力な魔法詠唱者が存在しているなら、今の竜王国を助けることなど簡単に出来るだろう。

 

「ほう、それは凄いな。かの白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の始原の魔法とどちらが強いのか興味がある。少なくとも、私が始原の魔法を無理やり使うよりも強力そうだが」

「私もそう思います。それに、魔皇とやらに襲われたローブル聖王国も魔導国の王が助力して倒してくれたんだそうですよ」

 

「そんなことがあったのか。今の世に魔皇がいるとは知らなかったぞ。だいたい、そんなものが襲ってきたら、今の竜王国などひとたまりもないではないか!」

「全くです。倒してもらえてよかったですね。でも、それなら魔導国の王が力を貸してくれれば、法国などに頼むよりもよっぽど確実にビーストマンを倒してくれると思いませんか?」

「それは名案だな! 宰相、たまにはいいこと言うではないか」

 

 子どもらしい口ぶりで笑いかけるドラウディロンに、宰相は冷ややかな視線を送った。

 

「普段からそんな感じで頑張ってくださいよ。どうも最近ボロが出ているような気がします」

「仕方ないだろう。こういう演技を素面でやるのは疲れるんだ。ところで、宰相、私はその魔導国とやらに頼った場合、法国の連中が黙っていないと思うのだが? アンデッドの王など連中が黙って見ているとは思えん」

 

「確かに法国は怒るかもしれませんが、我々のこの窮状を知っていながら放置している法国なんて、もうどうでもいいじゃないですか」

 

 宰相は皮肉げな顔をして、肩をすくめた。

 

「……宰相、気でも狂ったのか? 一応今まで散々頼っては来たのだし、あそこはあそこで敵に回すのはそれなりに怖いぞ? 隣国でもあるしな。もしかしたら、法国が漆黒聖典を引き上げたのは、その魔導国とやらの対策のためかもしれない」

 

「陛下にしては珍しくちゃんと考えておられるんですね。少し見直しました」

「うるさいわ! いつも考えているに決まってるだろう!」

「そうでしたか。それは失礼致しました」

 

 慇懃に宰相は一礼する。どうせ反省などしていないのだろうとドラウディロンは思うが、口には出さなかった。

 

「ともかく、このままでは私の代で竜王国は終わりだ。さすがにそれは曾祖父様に申し訳ない。すがれるものならアンデッドにだってすがりたいぞ。金さえかからないのならな!」

「問題はそこですね。今の我が国に助力するメリットなんて、先方には全くありませんから。噂では、魔導国の属国になったバハルス帝国もリ・エスティーゼ王国も強大な魔導王の庇護下で平和らしいですよ。羨ましい限りです」

「くそ、言いたい放題いいおって」

 

 ぼやく宰相を横目で眺めつつ、ドラウディロンはしばらく思案した。

 

「リ・エスティーゼ王国か……。朱の雫はそこから来たんだったな。奴らならもう少し魔導国について詳しく知っているんじゃないのか?」

「仰るとおりですね。朱の雫ならもう少しすれば来るはずです。王都に帰還次第、女王陛下にご機嫌伺いに来ると申しておりましたから。――陛下、彼らが来たら私は退室してよろしいでしょうか?」

 

「ダメだ。私は可愛らしくて、まだ物のよくわからない幼女なんだからな。宰相がいないのはおかしいだろう」

「……あんまりあそこのリーダーと会いたくないんですが」

「いいじゃないか。あの男もお前を喰うわけじゃないだろ。物理的に」

 

 宰相がドラウディロンに反論しようと口を開きかけた時、玉座の間の入り口に朱の雫の到来を告げる家臣が現れ、慌ててドラウディロンは国を憂える幼い少女を装い、宰相は居住まいを正して、正面に向き直った。

 

 少しすると、恰幅のいい壮年の男性と、長身で理知的だが妙に気障ったらしい男性の二人連れが現れ、ドラウディロンの前まで進み出るとおもむろに跪いた。

 

「ドラウディロン女王陛下、朱の雫のアズス、現状報告も兼ねてご挨拶に参りました」

「同じく朱の雫のルイセンベルグ、可憐な一輪の花のように麗しい女王陛下にお目通りが叶い、この上ない幸せでございます」

 

「うむ。苦しゅうないぞ。二人とも面を上げよ」

 

 顔を上げた二人はいかにも歴戦の戦士であることを思わせる風格があったが、アズスは時折宰相の方を流し見ては怪しげな笑みを浮かべている。宰相はいつもどおり冷静に振る舞ってはいたが、あまりアズスとは視線を合わせないように、微妙に目を泳がせていた。

 

「よく無事に戻ってきてくれた。なにしろ、今の竜王国は朱の雫の力が頼りなのだ」

 

「女王陛下、有難きお言葉を賜り感謝いたします。我々朱の雫は今回も無事に任務を終わらせ帰還することが出来ました」

「ご安心ください。陛下のご命令通り、王都北西の都市周辺からはビーストマンの部族を追い払うことに成功し、現在はクリスタル・ティアの指揮で防御を固めているところです」

 

「それは何よりだ! 冒険者の人たちには怪我はなかったのか?」

「我々朱の雫とクリスタル・ティアが揃えば、そのへんのビーストマン風情でしたら敵ではございません。他の冒険者の者も何とか無事でございます。怪我をしたものもおりますが、早急に傷を癒やし、皆次の戦闘に備えております」

 

「よくやった! 素晴らしい功績だ。このドラウディロン、朱の雫の働きにはとても感謝している!」

 ドラウディロンは、子どもらしい明るい顔つきになり、はしゃいだように声を上げた。

 

「お褒めいただき、この上ない幸せでございます」

 アズスとルイセンブルクは頭を下げた。

 

「ところで、朱の雫に少し尋ねたいことがある。かまわないか?」

 ドラウディロンは可愛らしく首を傾げた。

 

「女王陛下にお役に立てるなら何なりと。我々でお答えできることであれば」

 そう言ってアズスは宰相に熱い視線を送り、宰相は引きつった笑いを浮かべている。

 

「そうか。実は、おぬし達の故国であるリ・エスティーゼ王国は、……あいんず・うーる……」

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国ですよ。女王陛下」

 

 宰相に嫌味っぽく囁かれ、ドラウディロンは軽く舌打ちをするが、すぐに国を想う幼き女王の顔に戻った。

 

「……わかっておるわ。あー、その魔導国の属国になったそうだが、その魔導国の王というのはどういった人物なのだ?」

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王ですか。あいにく我々は直接会ったことがあるわけではないので、あくまでも聞いた話になりますが、それでもよろしいのでしょうか?」

「構わん。何でもいいので、知っていることがあれば教えてほしい」

 

「そうですか。私が知っているのは、まだ王になる前のアインズ・ウール・ゴウンという強力な魔法詠唱者が王国のガゼフ・ストロノーフ戦士長をとある軍勢による襲撃から救ったこと。彼が魔導国を打ち立てる際に帝国と同盟を結んだこと。以前定期的に行われていた帝国と王国との最後の戦争でアインズ・ウール・ゴウンが神の如き強大な魔法を放ち、王国の兵二十万を虐殺したこと。その際ストロノーフ戦士長はアインズ・ウール・ゴウンとの一騎打ちで敗れ戦死したこと。そして、王となってからは、ローブル聖王国を救うべく自ら魔皇を倒し、リ・エスティーゼ王国の内乱をほぼ無血で鎮めた、ということですな」

 

「待て、アズス。兵士二十万を魔導王が一人で殺したのか?」

「ええ、そうです。帝国の兵士は一切動かず、魔導王が放ったのはたった一つの魔法だったそうですよ」

「何だって? そんな馬鹿な……」

 いつもは冷静な宰相も驚きの声を隠しきれなかった。

 

「しかもそれでいて、人を助けることもするとは。まるで神と魔神を併せ持つような存在ではないか」

「女王陛下、まさに仰るとおりかと。実際、ローブル聖王国でもリ・エスティーゼ王国でも神と崇めるものが大勢出てきているそうです。そろそろ吟遊詩人が唄にでもするんじゃないでしょうか?」

 朗々と詠うような口調でルイセンブルクが口をはさみ、アズスに軽くこづかれて決まり悪そうに黙った。

 

「その話が全て真実なら、私はむしろ魔導王というのがどういう存在なのか、全くわからなくなった。アズス、魔導王がアンデッドというのは本当なのだな?」

「ええ。エルダーリッチのような外見と聞いています。しかし話の内容からして、恐らくそれよりも上位のアンデッドなのでしょうな」

 

「そんなアンデッドがいるなんて聞いたことないぞ。曾祖父の話にも……、ああ、いや、そういえば、スレイン法国の神の一人も強大なアンデッドだったといっていたな」

七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)様のお話ですか。それは興味深い」

「私がまだ幼いこ……んん、それでだな、アズス、率直に聞かせて欲しい。お前は魔導王はどう思う?」

 

「そうですな。あくまでも私個人の印象ですが、逆らうものには容赦しないが、恭順するものには案外寛大ではないかと。実際、リ・エスティーゼ王国は魔導王に対して弓引くことを選んだ時にしか、魔導王に攻撃されていないのです。例の虐殺にしても、王国は戦士長が止めようとするのを無視して魔導王と戦うことを選んだと聞いておりますし、戦士長が死亡した件も、戦士長が自ら魔導王に一騎打ちを願い出たと聞き及んでおります」

 

「つまり、王国は自滅の道を自ら選んだということか?」

 

「まさに女王陛下のご慧眼の通りかと。リ・エスティーゼ王国は、最初から魔導国に頭を下げていれば何事もなく終わったのかもしれません。実際、自分は王国が現在の落ち着きを取り戻したのは、魔導王から賜った助力の結果だと思っております。……失礼ですが、陛下は魔導国に援助を願うおつもりなのですか?」

 

「まだ、わからん。ただ、一応情報として知りたかったのだ。近隣の国のことでもあるしな」

「そうですか。ただ一言申し上げるなら、魔導王に助力を乞えば、ほぼ確実に魔導国に跪くことになるでしょう。そして、アンデッドの王を戴く国を法国が認めることはありえない。場合によっては法国とことを構えることになりかねません」

「うむ、そうだろうな」

 

「それと、これも陛下にお話せねばと思っていたのですが、ここ最近のビーストマン達の動きは、以前にもまして組織化しております。少し前までは部族単位での行動のようでしたが、今は部族単位ではなく、適切な部隊を編成して攻撃してきているように感じます。まるで戦を取り仕切るものが変わったかのような……」

 

「なんだと? それはまずいではないか! ビーストマンどもめ、余計な知恵をつけおったか?」

 

「そこまではわかりませんが、正直このままでは、そう長くは戦線を保てないかもしれません。今はなんとか王都への侵入を阻止すべく、自分達とクリスタル・ティアで敵を抑え込んでおりますが、何らかの抜本的な対策が必要ではないかと思われます。――まあ、我々冒険者が国の政には口を差し挟むのは立場上宜しくありませんので、この話はこのくらいで」

 

「ふむ、なるほど……。いや、助かった、さすがアズスは物知りだな! 感服したぞ!」

 ドラウディロンは朗らかな声で褒め称えた。

 

「有難きお言葉でございます、女王陛下。――ところで、宰相様。今夜のご予定は……」

 

 アズスの目はあからさまに宰相の姿を上から下まで熱い視線で見やると、いつもながら魅力的だ、と小さな声をもらす。隣りにいるルイセンブルクは真面目そうな顔をしつつも、口元が微妙に緩んでいる。

 

「あ、いや、申し訳ない。アズス殿。今夜は重要な会議が入っている。国の功労者たる朱の雫のためであれば、なんとか時間を工面したいところなのだが、何分今の情勢がそれを許してくれないのだ」

 

 宰相はアズスの視線から自分の身体を隠すようにさりげなく手を前に回す。

 

「それは残念でございます。このアズス、宰相様のような知的な方もなかなか好みでしてな。一度ゆっくりお話してみたかったのですが。ではまたこの次にでも」

「すまないな。理解してくれて感謝する」

 

 恭しく一礼して、退室していく二人を見送ると、ドラウディロンと宰相は思わず安堵の声をもらした。

 

「……あれってやっぱり、ホモとかいうのなんですよね?」

「恐らくな。アズスは豪胆だし腕も確かで悪くない人物なんだが……。まあ、これで私の気持ちも少しはわかっただろう?」

「やめてください。心底迷惑してるんですから」

 

「別にいいではないか。アズスはセラブレイトに比べれば、大分紳士的だと思うぞ? 少なくとも奴ほどはあからさまじゃない」

「十分あからさまですよ! 確かにセラブレイト程はジロジロ見ないですけど、なんか身体の芯からゾクッとするのを感じるんですよ。――はぁ、どうして、我が国にはまともなアダマンタイト級冒険者がいないんでしょうね……」

「全くだな。朱の雫じゃなくて蒼の薔薇が来てくれれば良かったな……」

 

 二人は盛大に溜め息をついた。しかし、いないもののことを言っても仕方がない。それに性癖がどうあれ、彼らが竜王国のために戦ってくれる貴重な戦力であることには変わりがないのだから。

 

「ところで、宰相。魔導国の件だが。私はもういっそ頭を下げてしまえば良いんじゃないかと思っている」

「奇遇ですね、私もですよ。たまには気が合うこともあるんですね」 

「ほざけ。ただ、アズスは頭を下げれば助力してくれるようなことを言っていたが、本当だと思うか?」

 

「さあ、わかりませんね。そもそも、アズスはそこまでは詳しく知らなさそうですし、王国と聖王国は何らかの形で対価を支払っていたと考えるのが妥当でしょう。ただ、どのみち助力の対価を金銭で支払おうにも、我が国には金などありません」

「そんなことは、わかっておるわ。人間の守護者を気取っておる法国でさえ金を要求するんだ。いずれにせよ、ただじゃ無理だろうな」

 

 ドラウディロンは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 実際、ここ数年の激しいビーストマンとの攻防の結果、竜王国は多大なる被害を受けていた。壊滅した都市から王都に逃げ出してきた国民を養うのも大変だ。法国に度々寄進した額も少なくはない。魔導国が助力の対価に金銭を要求してくるのは援軍を要請する以上当たり前のことだし、それは他のどの国に頭を下げるとしてもそう変わらないのではないかとドラウディロンは思う。そして、その考えは宰相も同じだったようだ。

 

「ですよね。――ところで、アンデッドは陛下みたいな幼女に興味あると思います?」

「はぁ!? お前はいきなり何を言い出すんだ?」

 

「金がない我が国が、助力の対価に差し出せるのは何かと考えると、私はやはり陛下しかないと思うんですよ。どこの国に頭を下げるんでも」

「――宰相。それは、つまり、私にアンデッドの嫁になれというのか?」

 

「話が早いですね。その通りです。幸い、陛下はまだセラブレイトに喰われたわけでもなりませんし、年齢的にもそろそろ相手がいてもいいお歳頃、というか、もうそろそろ真面目にお相手を考えてもいい頃合いです。それに陛下が多少長生きだとしても、そろそろ後継となるお世継ぎも必要でしょう。幸い相手は一国の王ですし、身分的にも問題ありません。もっとも他にも同じようなことを考えている国がないとはいえませんから、最悪陛下が正妃にはなれないかもしれませんが、この際それで竜王国が救われるなら、いっそ魔導王に嫁がれてはいかがでしょう?」

 

 しれっと宰相に言われ、流石のドラウディロンもむっとする。だが、確かに国同士で政略的に婚姻関係を結ぶのはよくあることだし、ドラウディロンだってこれまで相手を全く考えなかったわけではない。もっとも国を守るので精一杯だったから、そこまで手が回らないまま、ずるずるとこの歳まで独身で来てしまった。それに、ドラウディロンとしても宰相の案が現実的であることはわからなくはない。しかし妙齢の女性に対して、宰相の言いようもあんまりではないだろうか。

 

「――私にも一応好みというのはあるのだが?」

「陛下の好みがアンデッドかどうかはどうでも良いです。国を守るためですよ? ビーストマンに頭から喰われるのと、アンデッドの嫁になるのと、どちらがいいですか?」

「…………」

「こうやって考えている間にも、国民は物理的に喰われているのです。だったら、この際、魔導国に賭けてみませんか?」

 

 完全に退路を絶たれたドラウディロンは覚悟を決めた。迷っている余裕などどこにもないのだ。

 

「確かに、このままでは曾祖父様に申し訳がたたん。……宰相、魔導王がロリコンであることを祈るんだな」

「ロリコンでなくても、陛下には別の形態があるでしょう?」

「形態いうなぁ! まぁ、この姿が駄目なら、そちらの姿になればいいか」

 そういって、ドラウディロンは手を胸の下に当てて持ち上げるような仕草をした。

 

「そうですよ。陛下には無限の可能性があります。それにもしかしたら、魔導王は、陛下の本性の方が好みの可能性もありますね」

「アレか……。あの姿には正直あまりなりたくはないが……。アンデッドの好みなんてわからんからな。一応覚悟はしておこう。ところで、宰相。法国についてはどうする? アズスも言っていたが、魔導国につくことが法国にバレれば、恐らくただではすまんだろう」

 

「その時はその時ですよ。法国に難癖つけられたら、これまで出した金額の分の支援をしてもらえていないから、今後は魔導国につくといえばいいでしょう。正直、金を返してくれと言いたいくらいです。それに魔導国が竜王国を保護下に入れてくれるなら、きっと魔導王が守ってくれますよ」

 

 宰相も幾分ヤケになっているようで、皮肉っぽく言った。しかし投げやりな気分になっているのはドラウディロンも同じだ。

 

「それもそうだな。では宰相、早速重臣たちを集めよ! 任せたぞ!」

 

 ドラウディロンのここぞとばかりの子どもらしい笑顔に、宰相は冷ややかな一礼で応えた。

 

 




甲殻様、ニンジンガジュマル様、誤字報告ありがとうございました。

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朱の雫に関しては、ほとんど資料らしい資料がないため、ほぼ完全に捏造です。
アズスの性癖に関しては、ガゼフがアズスに会うのを微妙に嫌がっているような描写があったため、もしかしたらそういうことだったのかもしれない、くらいの全く根拠のない捏造設定です。異論は認めます。

単に、竜王国にはまともなアダマンタイト冒険者がいない、というセリフを書きたかっただけとか、そんなことでは決してありません本当です。

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