イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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7: 未知への旅路

 竜王国にドラウディロン女王と宰相が帰っていった後、エ・ランテルのアインズの執務室には、若干緊張した面持ちのシャルティアといつものように屈託のない笑顔を浮かべたアウラがいた。

 

「アインズ様、お召しに従い参上いたしんす」

「アウラ・ベラ・フィオーラ、参りました」

 

 アウラとシャルティアは、真剣な面持ちでアインズの執務机の前に跪いている。アインズは面倒くさいと思いつつも、二人に立ち上がるように指示をした。

 

「そちらのソファーに座るといい。少し二人に頼みたいことがある」

 

 アインズは執務机の近くに置いてあるソファーを示し、自分もそちらに移動する。アウラとシャルティアは一瞬顔を見合わせるがおとなしく、アインズの向かいに腰を下ろした。

 

「二人とも、コキュートスとデミウルゴスがビーストマンを使って竜王国に対して攻撃を行っている件については知っているな?」

「もちろんです、アインズ様!」

「も、もちろんでありんす……」

 

 シャルティアの目が若干泳いでおり、アウラは呆れたようにシャルティアを見た。

 

「あんたね、この間の会議の話、聞いてなかったの?」

「聞いてありんした! ちゃんとメモだってとってありんす!」

「だからー、中身を覚えなきゃダメだってあれほどいったじゃん……」

 

 コソコソと仲良く話をしている二人を微笑ましく眺めながらも、アインズは本題に入った。

 

「……まあいい。ともかく、現在のところデミウルゴスの想定通り作戦が進行しており、先程、竜王国から魔導国に支援の要請が来た。そこで作戦計画の第二段階として、お前たち二人には竜王国に赴き、竜王国に攻め込んでくるビーストマンを退治する任にあたって欲しい」

 

「わ、わらわにですか!?」

「違うでしょ。アインズ様のご命令は、あたし達二人になんだからね?」

「そ、そんなこと、わかってありんす!」

 

 アインズはアイテムボックスから、デミウルゴスが作成した作戦指示書を取り出し机の上に広げた。指示書は二枚あり、それぞれシャルティア向けのものとアウラ向けのものになっている。二人は自分宛ての指示書を前に真剣な顔つきになった。

 

「シャルティアよ。以前お前は、ドワーフの国に赴いた時に素晴らしい働きを見せた。但し、あの時はアウラを上官とし、最悪の場合はアウラが止めに入ることを想定していた。しかし今回の作戦では、アウラには別働隊として動いてもらい、レンジャーとしての能力を活かして、竜王国とビーストマンの国周辺の状況探索にあたってもらいたい。つまり、シャルティア。お前は一人で竜王国に派遣するアンデッド兵団を指揮し、事態の鎮圧を図らなければならない。血の狂乱を起こすなどもってのほかだ。どうだ、出来るか?」

 

「あ、アインズ様ぁ……」

 

 一瞬シャルティアは感極まったように震え、がばりと頭を下げたが、しばらくして再び上げた時の表情は、別人のようにしっかりしたものだった。

 

「アインズ様のご期待に応えるべく、シャルティア・ブラッドフォールン、御命必ずや成功させてご覧にいれます」

 

「その意気だ、シャルティア。アウラ、お前にも任せたぞ。今回の作戦の成否はお前たち二人の動きにかかっている」

「心得ました!」

 

 守護者二人は意気揚々と声を揃えて返事をし、アインズは満足げに頷いた。

 

 

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 蒼の薔薇と漆黒は、アインズやアインザック、ラケシルからの激励、それに、他の冒険者組合員たちからの盛大な見送りを受けつつ、魂喰らい(ソウルイーター)が引く馬車に乗って華々しくエ・ランテルを出立した。

 

 魔導国とドワーフの国を結ぶ街道は、エ・ランテルからカルネ村を経由し、そこからトブの大森林の中を通り抜け、リザードマン達の集落のある湖沿いに北上し、そこからアゼルシア山脈から流れる川を経由して現在のドワーフの国の首都である旧王都フェオ・ベルカナまで続いている。

 

 トブの大森林の中を馬車はかなりのスピードで進んでいく。馬代わりの魂喰らいは疲れを知らず、悪路でも足取りが乱れることもない。そのため馬であれば必要になる休憩時間もあまり取らずに馬車を走らせることができる。おかげで馬車の旅は思っていたよりも順調だった。

 

 おまけに今通っているのは、これまでかなりの魔境とされていた地のはずなのに、襲ってくるモンスターの影は全くない。それを不思議には思うものの、それも魔導王がこの辺り一帯を整備したことの成果なのだろうと納得する。蒼の薔薇はこれまでは警戒を怠ることが出来なかった危険な地で、のんびりとした馬車の旅が出来ることの素晴らしさを、あらためて実感した。

 

 薄暗い森の中には、時折木漏れ日が差し込んできて、神秘的な光景を見せてくれる。森の奥の方には何かがいる気配を感じることはあったが、魔導国の旗を掲げた馬車の方には決して近寄ってこようとはしなかった。

 

 森を抜けると、リザードマン達の集落までは石畳で綺麗に舗装されているが、そこから先はまだ舗装されてはいない。それでも丁寧に工事された跡が見受けられ、馬車の揺れもさほどではなかった。街道の所々には警備のデス・ナイトが歩哨を勤めている。

 

 湖を北上し、山脈の麓から穏やかに流れる川に沿って続く道は、険しい岩山と背の高い木々を切り拓いて造られているが、思ったよりも道は酷くはなく、馬車は多少揺れながらもゆっくりと走ることができる。街道といえども道幅はそれほど広くはなく、普通の馬車がなんとかすれ違える程度だが、それすらかなりの大工事だったに違いない。

 

「すげぇな。まさか、ここを馬車で通れるようにしていたなんてな」

「まったくだ。ここは元々歩くのもかなり厳しい場所だった記憶がある」

 

 蒼の薔薇の面々は、馬車の窓から外を眺めつつ感嘆の声を上げた。

 

「魔導国とドワーフの国との国交は盛んだからな。この街道は、魔導王陛下がアンデッドとゴーレムを多数動員してお作りになられたのだが、ドワーフ達もかなり協力してくれたのだ。彼らにとっても、魔導国と簡単に行き来できる道が早く欲しかったらしい。聞いた話によると、ドワーフには魔導国の酒がことのほか人気だそうだな」

 

「そういえば、酒場に行くとドワーフが必ず一組は大騒ぎしている気がするわね」

「だなぁ。そういうことだったのか」

 

 雄大なアゼルリシア山脈を眺めつつ、馬車は更に山道を走る。エ・ランテルから五日ほどの行程で、前方に鉱山都市であるフェオ・ジュラが見えてきた。

 

 以前は吊り橋だったと聞く大裂け目の橋は、馬車が通れるように石造りの立派なものに変わっている。大裂け目を渡ったところには立派な防御用の砦が作られていて、デス・ナイトが橋の両端を守るように立っていた。

 

 フェオ・ジュラで一泊すると、そのまま一行は現在のドワーフの国の首都である旧王都フェオ・ベルカナに向かう。以前は通行が容易ではない難所だったフェオ・ベルカナへの道も、迂回路を新たに作ることで安全に通行できるようになっている。遥か下に熔岩が流れる川を見ながら、削り出すように作られた道を走り、そのまま幅広のトンネルへと馬車は走っていく。トンネルの入口にもデスナイトが二体歩哨として立っており、不審者が無断で内部に立ち入らないように警備している。

 

 トンネルの内部はしっかりと補強され、永続光のかかった灯りが一定間隔で取り付けられており、見通しはそれほど悪くはない。長いトンネルを抜けると、そこはとてつもなく巨大な洞窟になっており、ドワーフの国の首都フェオ・ベルカナの美しい建物群が立ち並んでいた。

 

 ドワーフ達の長年の悲願であった、旧王都フェオ・ベルカナの奪還が魔導王の助力によって成し遂げられた後、フェオ・ベルカナの崩れた建物や街路などは、魔導国から貸し出されたアンデッドやゴーレムの力を借りてほぼ全て再建され、本来の美しい威容を取り戻している。

 

 ドワーフ達は魔導国の国旗が掲げられている馬車を見ると喜びの声をあげ、口々に歓迎の挨拶をしてきた。

 

 馬車から軽く飛び降りたモモンがナーベを伴ってドワーフの国の重鎮と思われる人物と話をしている間に、蒼の薔薇はこれまで見たこともなかったフェオ・ベルカナに降り立ち、ドワーフの建築技術の粋を尽くしたその美しさに心を奪われた。

 

 やがてモモンとナーベが戻ってくると、一行はフェオ・ベルカナから地表へと続く細い通路に向かった。その場所は普段は隠されており、非常時に逃げ出す用途に使われるものだという。しばらく細い曲がりくねった通路を抜けると、やがて日の光が差し込む狭い出口に辿り着く。そこを出ると目の前にはアゼルリシア山脈の雄大な山並みが広がっていた。 

 

 高度があるせいか、吹き付ける風はかなり冷たく、一行はあらかじめ用意してきた防寒具に身を包んでいたが、それでも身を切るような寒さを覚えた。

 

 空は青く澄み、雲は山々の頂上を覆うように薄くかかっている。下の方を見下ろすと、これまで通ってきた街道が遥か下の方に見え、その更に先にはひょうたんを逆さにしたような形をした湖が木々の間から僅かに顔をのぞかせている。

 

「……随分長いこと冒険者をやってきたつもりだったけれど、本当に、知らないことが多すぎるわね」

 

 ラキュースは苦笑し、イビルアイは、モモンとナーベの後ろ姿に少しだけ目をやると、すぐに目をそらし、ゆっくりとアゼルリシア山脈を見上げた。

 

(本当に高い山並みだな。まるでアインズ様みたいだ。すぐそこに姿が見えるのに、どうしても手が届かない)

 

 胸の奥がきゅっと痛むように感じて、イビルアイはいつものように指輪を撫でて気を紛らわそうとした。しかし、その時自分の中でナニかがうごめくのを感じた。

 

 ――ホシイ? ならモット力がアレばイイだけダロウ?

 

 一瞬イビルアイはそれは単なる空耳かと思う。しかし、自分の中から聞こえるささやき声は次第にはっきりしたものに変わってくる。そして、それはゆっくりとイビルアイ自身の内部から自分の心や思考、そしてイビルアイ自身すら絡めとろうとしているのを感じた。

 

(な……これは……まさか……)

 

 流れるはずもない冷たい汗が背中を伝うように感じる。そして、その場にいる他の者達に気づかれないよう、必死で自分の中にある力をかき集めてそれを抑え込んだ。

 

「イビルアイ、大丈夫? さっきからずっと黙っているけれど」

「……っ、大丈夫だ。素晴らしい景色に感動してしまっただけだ……」

「それならいいけどよぉ。らしくないぜ?」

 

 イビルアイは誤魔化すように軽く肩をすくめた。

 

「……本当に気のせいだ。悪かったな、ガガーラン。トブの大森林もそうだが、アゼルリシア山脈だって、我々はまだほんの入口程度しか足を踏み入れていないんだ。その昔、十三英雄は魔神を追って世界中を旅したが、それでも、全ての場所を見たわけじゃない」

 

「確かに、これからあそこを目指すのかと思うと、心がはやるなぁ。これが魔導王陛下のいう冒険ってやつか……」

 ガガーランもいつになく真剣な口調でいい、ティアとティナは物も言わずに頷いた。

 

「ともかく、明日からは彼処に向かう。ゆっくり休めるのは今日までだから、早めに休んで明日に備えたほうがいいだろう」

「そうですね、モモンさん。わたし達も気を引き締めないと……!」

 

 

----

 

 

 地表からフェオ・ベルカナに戻った蒼の薔薇と漆黒は、魔導国から来た客人ということで、ドワーフ達に大歓迎され、城の中の部屋をそれぞれのチームに宿として提供され、旅の疲れを癒やした。

 

 翌朝、物資の補給を行った後、一行は馬車はフェオ・ベルカナに置かせてもらい、昨日の通路から徒歩でアゼルリシア山脈の奥地へと向かうことにした。

 

「魔導王陛下のお話では、ここから先は空からの偵察は行っているが、地上部まではあまり調査は行っていない、とのことだった。だから今回の最終目的地としては、俺はラッパスレア山の山頂がいいと思う。どうせ向かうなら、まだ誰もたどり着いていない高みを目指したいだろう?」

 

 モモンは冒険者組合からの地図を広げながら、蒼の薔薇に提案した。

 

「モモン様、それは危険すぎないだろうか? ラッパスレア山にはかなり凶悪なモンスターが棲息しているという話を聞いた覚えがあるぞ」

「そうね……。今回はなるべく無事に戻ることを優先したい気はするわ。冒険者組合の初の試みでもあるわけだし。でも、モモンさ――んとナーベさんが共に戦ってくれるわけだし、油断しなければいけるんじゃないかしら?」

「俺は結構興味あるねぇ。せっかくここまで来たんだしよ。どうせなら、誰も見たことがないっていう山頂からの景色は見てみてぇな」

 

「目指すだけならいいかも。危なければ逃げればいい」

「このメンバーで難しいなら、多分、他の誰にも出来ない」

「確かに、それもそうだな」

 

 蒼の薔薇の意見がほぼまとまったのを見て、モモンはいくぶんカッコつけたポーズを取りつつ口を開いた。

 

「大丈夫だ。いざとなればこのモモンがしんがりを受け持とう。美しい薔薇の花を傷つけたら魔導王陛下にお叱りを受けてしまう。出来れば全員で頂上に立ってからエ・ランテルに凱旋したいが、最悪の場合は撤退を優先することにしよう。ナーベもそれでいいな?」

 

「私はモモンさんに着いていくまでですから。もちろん構いません」

 ナーベは無表情のまま、頭を軽く下げた。

 

「それじゃ、モモンさん、ナーベさん、よろしくお願いします」

 ラキュースはモモンに右手を差し出し、モモンは軽くその手を握った。

 

「ああ、そうそう。渡すのを忘れていた。魔導王陛下からの預かりもので、蒼の薔薇の皆さんへのプレゼントだそうだ。なんでも山登りの際の必須アイテムだとか」

 

 そういって、モモンは蒼の薔薇全員に指輪二つと不思議な形をしたペンダントを配った。指輪をはめると先程まで感じていた酷い寒さが和らぐのを感じる。

 

「冷気に対する耐性の指輪と、飲食と睡眠を不要にする指輪、それと〈飛行〉の効果が込められているネックレスだ。イビルアイはネックレスはなくてもいいだろうが、まぁ、念のために持っていてくれ。万が一、落ちた時の用心だ」

 

「これは、素晴らしいものをありがとうございます。エ・ランテルに戻ったら、魔導王陛下に御礼を申し上げないといけませんね」

「陛下はそれだけ蒼の薔薇に期待されている、ということだ。だから気にすることはないとも。さて、いくか。あの高みを目指してな」

 

 モモンは目的地を指さして大げさにマントを翻すと、アゼルリシア山脈の中でも一際高い山を目指して歩き始め、ナーベは物も言わずにそれに着いていく。蒼の薔薇は慌てて、その後を追った。

 

 

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 エランテルの執務室で、午前中の仕事を一段落させたアインズは、本来自分が感じることのない疲労を強く感じていた。

 

 蒼の薔薇と漆黒が旅立ってから、もう一週間以上過ぎている。恐らく、今頃はフェオ・ベルカナに着いている頃だろう。順調に行けば、明日辺りからアゼルリシア山脈の最高峰を目指すはずだ。

 

 シャルティアとアウラを連れてドワーフの国を探した時はとても楽しかった。特に強い敵が現れたりとかしたわけではなかったが、それでも、ユグドラシル時代の冒険のようなものを楽しめた。やはり、自分がこの世界でやってみたいのは、ああいった自由気ままな冒険で、こんな支配者業じゃないとアインズは思う。

 

 本当は今回だって自分も一緒に行きたかったが、さすがに、今の立場ではそういうことを軽々しく行うことはできない。

 

 いっそパンドラズ・アクターに国の運営を任せて、自分がモモンとして行くことも考えたが、今はアインズでなければ決定できないことが山積みだ。それに、どう考えてもアルベドがそれを許してくれるとも思えない。

 

(なんだろう。こんな風に一人で取り残される気分を味わうのは、随分久しぶりのような気がする。ギルドメンバーの皆がユグドラシルにだんだんログインしなくなって……。もう随分遠い昔のようにも感じるな。最後に来てくれたヘロヘロさんも帰ってしまって、結局一人きりで玉座の間でユグドラシルの最後を迎えようとした。あのときはまさか、こんなことになるとは思ってはいなかった)

 

 既にこの異世界に転移してから、何年も経っているというのに、いまだユグドラシルプレイヤーらしい存在は見つかっていない。わかったのは、少なくとも百年毎にプレイヤーと思われる存在がこの世界に現れるらしい、ということ、少なくとも彼らの一部は何らかの形で死亡していることくらいだ。

 

 そして、まだ生きているかもしれない過去に転移してきた多くのプレイヤーの姿も、自分と同じタイミングで転移してきたプレイヤーの姿も全く見かけることはできない。ギルドの名前(アインズ・ウール・ゴウン)を前面に出せば、プレイヤーの誰かが接触してくるはずだと思ったが、それが見込み違いだったのかもしれない。

 

(もしかして、この世界からリアルに戻る方法があるのだろうか? 俺は現実世界に何の未練もないが、他のプレイヤーが必ずしもそうとは限らない。たっちさんみたいに結婚していた人だっていたかもしれないんだ。もしそうなら、これまで来たプレイヤーはなんらかの方法でリアルに帰還してしまっている……?)

 

 そこまで考え、アインズは突然途方もない孤独に襲われた。

 

 子どもたち(NPC)は確かにかわいい。皆、友人たちが自分に残してくれた贈り物のようなものだし、子どもたちのおかげで、自分が今なんとかやれているのは間違いない。それなのに、なぜ自分は孤独を埋めきることができないのだろう。

 

 アルベドにあのようなことをしてしまったせいだろうか。あれさえなければ、アルベドだってタブラさんが想定したとおりの本来の姿を見せてくれていたはずだ。アインズは自分がやらかしてしまったことを激しく後悔しつつ、今行っている自分の研究の進捗状況を思い出して若干心を慰めた。あれがもう少し進めばあるいは……。

 

(まったく、一人でいるとろくなことを考えないもんだな)

 

 今日は重要な案件について考えを纏めたいと言って、ずっと側に控えていようとするアルベドもセバスも追い出したが、いつもだったら、このくらいのタイミングでイビルアイが執務室に顔を出してくれていた。今は魔導国のために遠くまで仕事で出かけているのだから仕方がないこととはいえ、イビルアイと話をできないのが、ひどく物足りなく感じる。

 

「……会いたいな……」

 

 思わず独り言が漏れ、アインズは慌てて口をつぐんだ。

 

 イビルアイからはNPCたちとは違う何かをアインズは感じていた。それはもしかしたら、設定とかそういうものに影響を受けていない、素直で率直な反応のせいかもしれないが。

 

 おもむろに、アイテムボックスから前にイビルアイがくれた不格好な自分のぬいぐるみを取り出して、骨の指で優しく撫でる。ふんわりとした甘い香りが漂い、アインズはどことなく気持ちが安らぐのを感じた。

 

(しっかし、イビルアイも下手くそだな。俺も人のこと言えないけどさ。でも、俺の作ったアヴァターラの方がまだマシな出来なんじゃないか? 少なくとも、誰を作ったかくらいはまだわかるからな!)

 

 変な対抗意識を持ちながら、それでも、アインズは午後の執務時間までその怪しげな物体を楽しげにいじり回した。

 

 

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 竜王国の王都近くにある最前線となっている都市の城壁に、完全武装したシャルティアはアンデッド兵団の将として立っていた。都市から少し離れた場所には骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)の軍勢が伏せてあり、ビーストマンが都市に討ってかかった際に背後から襲いかかる予定だ。城壁の前には骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)が壁に近寄るものを粉砕するべく陣を張り、城壁の上にずらりと並んだ骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)が、都市に近寄ろうとするビーストマンを素早く射殺している。都市の門にはそれぞれ二体の魂喰らい(ソウルイーター)が配置されており、万一ビーストマンがスケルトン兵団を打ち破って都市内に侵攻してきた場合はそいつらがビーストマンを屠るはずだ。

 

 シャルティア・ブラッドフォールンは微笑む。

 

(この完璧な布陣。このわたしが必死になって考えた布陣で! わたしの功績をナザリックの皆に認めさせることが出来る。もうデミウルゴスにだってとやかくは言わせない)

 

 それに、この作戦ならシャルティアはほとんど直接手を下すことなく戦いを進めることが出来る。最悪、多少は手を出すとしてもその場合は殺すのではなく、ドワーフの国でやったように魔法で動きを封じ込め、その間に他のアンデッド兵に奴らをやらせればいいのだ。血の狂乱対策のため、自分では極力手を下さず、アンデッド兵団にやらせるように強く言われているが、これなら最愛の主も満足してくれるに違いない。

 

(アインズ様ぁ。よくやったって褒めてくださるでありんしょうか……)

 

 シャルティアは、今回の作戦遂行のために大変な努力をした。デミウルゴスは自分のために、事細かにやらなければいけないことを書いた作戦書を作ってくれていた。その内容を繰り返し読んで全て暗記した。ダメな子だと他の守護者、とりわけアインズに思われるのは、もう二度とごめんだった。

 

 しかし、その努力の甲斐はあったと思う。やるべきことがわかっていたから、迷うことも少なかったし、なによりドワーフの国でアインズと一緒に行動した経験はシャルティアを大きく成長させてくれていた。

 

 一瞬、自分の主人の白皙の美貌を思い出し、その手が優しく自分の頭をなで、褒美に今宵我が褥に、とアインズが言うところまで妄想し、シャルティアは笑み崩れそうになるが、必死の思いでそれを止める。

 

 ここで油断して全てを水の泡にしてはならないのだ。ここまで自分のためにチャンスを与えてくださった至高の御方々の頂点たる御方に勝利を捧げることができて、ようやくシャルティアは以前の汚名を晴らすことができるのだから。

 

「シャルティア殿、少しよろしいかな?」

 

 声をかけられて、下を見やると、そこにはアズスとセラブレイト、そしてこの街の防衛司令官が立っている。シャルティアは城壁から軽々と下へと飛び降りた。

 

「わらわに何かご用事でも?」

 

 下等動物に声をかけられたことに若干むっとはするが、そこは散々主人にも言い含められている。シャルティアはこれも主人の信頼を勝ち取るために大事なことだと我慢する。

 

「魔導王陛下が派遣してくださったアンデッド兵団のおかげで、この街の防衛が非常に上手くいっていること、御礼を申し上げたい。おかげで、我々冒険者は遊撃部隊として、ビーストマンの掃討を行えているし、竜王国軍も体勢を立て直しつつある。本来であれば、魔導王陛下に御礼を申し上げるべきではあろうが、貴殿の素晴らしい指揮に我々全てが感服しております。このようなうら若い女性が、かくも見事に兵を操るとは」

 

「そのようなことであれば、特段礼など言われなくてもかまわないでありんす。わらわはアインズ様の命に従って動いているまでのこと」

 

「まさに、シャルティア殿は人々を光に導く戦乙女ですな。思わず見惚れてしまいますよ。その美しい銀の髪、赤い輝石のような瞳。まさに神より遣わされた天使とはシャルティア殿のことでしょう。このセラブレイト、シャルティア殿と肩を並べて戦えることを光栄に存じます」

 

 セラブレイトから幾分熱っぽい視線を感じたがシャルティアはそれを無視した。

 

「ともかく、この都市の防衛と、防衛線の確保は我々魔導国軍に任せなんし。あなた達は、生き残りの人たちの救出と、ビーストマンへの降伏勧告に専念してくれればいいでありんす。応じないものの排除はこちらでやりんすから」

 

「有難きお言葉。では、我々はそのように動かせていただきます。シャルティア殿、ご武運を」

 

 恭しくシャルティアに礼をして去っていく三人にシャルティアは蔑むような視線を送る。

 

(ともかく、デミウルゴスには、最終的には一つの都市にビーストマン共を追い込むように言われてありんすからね。邪魔者は下等動物(あいつら)に適当に間引いてもらえればいいし、チビはチビで上手いことやっているようだし)

 

 シャルティアはほくそ笑んだ。

 

 最終的には、頑強に竜王国の都市に立てこもって抵抗を続けるビーストマンに、アインズが助力をして、ビーストマンをひれ伏させることで、さらなる神格化を行う予定と聞いている。

 

(我が最愛の御方、アインズ様が神となられる。さぞや、お美しいお姿を見せてくださるはず……)

 

 それを思うだけで、シャルティアはなんとしてでも、この作戦を成功させなければと再度心に誓う。

 

 シャルティアは前線を徐々に北東方向に動かしながら、ビーストマンをが占拠している都市を一つ一つ奪還し、僅かばかりの人間の生き残りを救出していく。

 

 アンデッド軍の先頭で魔導国の国旗を片手に空を駆けるシャルティアは、きらめく銀色の髪と白い翼、そしてシャルティア本人の美貌も相まって、助け出された竜王国の人々を魅了した。それはまさに救国の神が遣わされた御使いのようだと。

 

 数日後、シャルティア率いるアンデッド軍は、ビーストマンが最後の悪あがきとばかりに編成したかのような、十万を超える大群に向かって静かに進軍を開始した。

 

 アンデッドとビーストマンの戦いは最初は五分に見えたが、徐々に疲労を知らないアンデッドがビーストマンを押し始める。

 

「これで、終わりとは思わないでほしいでありんすね」

 

 シャルティアはほくそ笑むと手に持った旗を大きく振る。それを合図にしたかのように、アンデッド軍は素早く二つに分かれ、中央から魂喰らい(ソウルイーター)が二頭、軍の先頭に躍り出て、ビーストマン達に襲いかかった。

 

 魂喰らいは、ギラついた目で容赦なくビーストマンの首元を食い千切り、蹄で頭を刎ね飛ばす。一瞬のうちに、そこら中には死んだビーストマンのちぎれた身体がばら撒かれる。その上、魂喰らいが身体を震わせるたびに、周囲にいるビーストマンは瞬時にその場に崩れ落ち、死んだ魂はまるで靄のように魂喰らいの身体にまとわりつくように吸い寄せられ、魂喰らいが奇怪な声を上げてそれを啜る毎に、その力は更に増していくように見える。

 

 ぐちゃぐちゃと音を立てながら一瞬のうちに死体の山を築いていく魂喰らいに、果敢に攻撃を加えようとするビーストマンもいくらかはいたが、その体に触れる前に次から次へと倒れていく。容赦なく同胞たちを喰らい屠っていく姿を見たビーストマンは総崩れになり、それまでの規律正しい行動などかなぐり捨てて必死に逃げようとした。

 

 バラバラになったビーストマンを、戦場付近に伏せられていたアウラの魔獣達が国境近くの半ば廃墟のようになった都市へと手際よく追い込んでいき、シャルティアは未だ戦闘意欲が残っているビーストマンを骸骨戦士に命じて容赦なく切り伏せていく。

 

 やがて、アンデッド軍に抵抗しようとするビーストマンはいなくなり、残りは全て魔獣に追われて都市へと逃げ込んでいく。

 

「まあ、こんなもんでありんしょうかね?」

「なかなか、いいんじゃない? きっとアインズ様もお喜びになると思うよ」

 

 ゆっくりと空の上から戦場を眺めていたシャルティアは地面に降り立ち、その隣にフェンリルに乗ったアウラが姿を現す。二人は顔を見合わせると笑い声を上げ、軽くハイタッチをした。

 

 




瀕死寸前のカブトムシ様、zzzz様、誤字報告ありがとうございました。

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