ティナが案内した場所は森からだいぶ離れたところだった。一見普通の崖崩れ跡に見えるが、巧妙に入り口を蔓性の植物や岩で隠してある。どう見ても、誰かが洞窟の入り口が見つからないように、細工をしたのではないかと思わせられた。
「ティア、お疲れ様。何かわかった?」
ラキュースが声をかけると、あれこれ調べていたらしいティアが気配もなく姿を現す。
「鬼リーダー。少しだけ中の様子を探ってみたけど、何かがいる気配はなかった。ただ、誰かが住んでた可能性はある」
「誰か? 住んでいたのは人間なの?」
「それはわからない。モンスターの住処とは違う気がする」
入り口の様子を何の気なしに見ていたイビルアイは妙な気分に襲われた。もしかして、これは何らかの魔法の痕跡だろうか。しばらく考え、イビルアイはこういった場合に使いそうな魔法のことを思い出した。
「この周辺に少し魔法の気配がする。入り口を隠すのに幻術か何かを使っていたのかもしれないな」
「幻術? そうすると、ここは魔法詠唱者が住んでいる場所ってことなの?」
「そうだな。だが、呪文の効果はもう切れているだろう。でなければ、こんなに簡単に見つけられるはずがない」
蒼の薔薇は、自然と後ろにナーベを従えて堂々と立っているモモンに目を向けた。
「ふむ。それなら注意しながら中に入ってみないか? 万一、中に誰かがいたとしてもこちらが友好的に接すれば、いきなり攻撃される可能性は低いだろう。せっかくここまで来たのだし、こういうところに隠れ住む賢者と出会うというのも、未知の発見というやつなんじゃないか?」
楽しそうにモモンに言われて、少しばかり緊張が先に立っていた蒼の薔薇にも笑顔がもれる。
「そういえば、そうでしたね。わたし達はここに冒険をしに来ていたことを忘れてしまっていたようです」
「ははっ! 違いねぇ。せっかくだ。隅から隅まで楽しまなくちゃな!」
巨大な岩と岩の間に僅かに見える、人が一人通るのがやっとの隙間から、一行は慎重に洞窟の中に侵入した。
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洞窟の内部は初めは狭かったものの、徐々に広がっていき、やがて明らかに人の手が入っていると思われる五メートルくらいの幅がある空間が姿を現した。誰かが使っていたような品物などは見当たらなかったが、ティアとティナは奥の壁に向かう古い足跡が僅かについているのを発見した。
モモンは興味深そうに洞窟の内部を眺めていたが、ふと何かに気がついたように岩の間に隠されるように置かれた物を取り上げた。
「モモンさん、それは?」
「……恐らく、イビルアイが言っていた幻術の元になっているのがこれだろう。下級の幻術を発動させるマジックアイテムだな。入り口付近もよく探せば似たような物が置かれていたのかもしれない」
そのアイテムにモモンが何かをすると、それが置かれていた場所の近くの壁に岩に隠された入り口が現れる。ティナとティアが扉の周囲を素早く確認して頷いた。
「隠し扉には多分罠はない。内部から物音もしない」
「よし、では、私が先頭に立とう。ナーベと蒼の薔薇は後から着いてきてくれ」
グレートソードを一本鞘から抜くと片手に握り、モモンは慎重に隠し扉を開いた。しかし、中から何かが襲いかかってくるようなことはなく、若干拍子抜けしながらも一行はそのまま静かに内部に足を踏み入れた。
そこはこれまで通ってきた洞窟とは全く違い、美しい建物の内部のように整えられていた。誰かがいる気配はなかったが、かなりの知性を持つ者が住んでいる場所に間違いなかった。
入り口付近の部屋には〈永続光〉のかかった灯りが壁に複数取り付けられており、どこからか持ってきたのかわからないような、珍しい植物の標本や、動物の剥製、古い書籍などが整然と並べられている。
そして、その部屋の奥には更に扉がついており、そこは落ち着いた雰囲気の居住空間になっていた。
この部屋にも〈永続光〉の灯りがいくつか取り付けられており、手作りと思われる机や椅子、戸棚、ベッドなどが置かれている。布は魔法がかかっている代物のようで、全く傷んでいる様子はない。火を炊いて炊事出来るようにもなっているが、なぜか空気が汚れている様子はない。家具の大きさからすると、ここに住んでいる者は恐らく人間種なのだろう。
「……ここの家主はどこに行ったんだろうな」
イビルアイがぼそりと呟くと、モモンが答えた。
「どう見ても、数年……、いや数十年以上は空き家だったのかもな。床や家具に埃が積もっていないのが不思議ではあるが、ここは余りにも静かすぎる。扉を開けた時にも、住人の匂いのようなものは感じられなかった」
「確かに。見つけた足跡はかなり古びてたし、殆ど消えかけてた。誰かが掃除しているなら、足跡がついたままになっているはずはない。多分、もう何年も出入りする人がいなかったのかも」
一行は首を捻りつつ周囲をもう一度注意深く見回したが、やはり何かが内部にいる様子はなかった。
「それなら……、せっかくだから、今夜はここに泊まることにしない? もう外は暗いし。万一、家の人が戻ってきたら、その時は無断で入ったことをお詫びしましょう」
「それで許してくれればいいけどな! でも、まぁ、俺もラキュースと同意見だ。ここの住人は、もうこの世にはいねぇのかもしれねぇ」
「では、今夜はここに泊まらせてもらうか。流石に皆も疲れたろう。これ以上森をうろつきまわって野営地を探すのも危険だしな」
「モモンに同意。今日はもう休みたい」
「そうだな。まぁ、誰も帰ってこないことを祈ろう。そうだ。念のために、入り口に〈
「イビルアイ、よろしくね。確かにその方が安心できるわ」
イビルアイが洞窟の入り口と居住区の入り口に魔法をかけて戻ってくると、一行は既に火を付けて湯を沸かし、思い思いに食事を取りつつ休息をとっていた。モモンは多少興味深そうに部屋中に置かれてある物を一通り見て歩いていたが、やがて興味をなくしたのか、ラキュースの隣に座って話をしているようだ。
その様子に、昔、十三英雄と共に旅をした時のことをふと思い出し、懐かしい思いにとらわれる。
(あの時は、魔神を追ってあちこち旅をしたんだった。いろんなことがあったが、それも、今になってみればいい思い出だな)
イビルアイはくすりと笑うと、談笑している他の面々の邪魔をしないように、静かに部屋の奥の方に置いてある戸棚に向かった。
戸棚には住人が使っていたらしい食器などが並べられ、この辺りでは見かけない変わった細工が施された美しいグラスに酒瓶と思われるものが何本も並べられている。
(いつの時代のものだろう。少なくとも、ここ二百年くらいでは見かけたことのない文様だな。それにこの瓶も珍しい紋章が入っているが、どこの国のものなのだろうか? そもそも、ここの家主は何故こんな人が住めるような場所とも思えないところで暮らしていたのだろう?)
何となくここの住人に興味を引かれたイビルアイは、少しばかり罪悪感をいだきながらも、下の方についている引き出しをあけた。その中はきちんと整理されていて、数本のペンやインク、そして一冊の古びた本が置かれていた。本の表紙をめくると、そこには酷く紙が傷んだメモが一枚挟まれている。何気なくそのメモに書かれた文字を見て、あまりのことに呆然とした。
イビルアイはその文字を読むことはほとんど出来ないが、少なくともそれが何かは知っていた。
(これは、まさか『ゆぐどらしる』の文字!? ということは、ここは未発見のぷれいやーの住居なのか……!?)
とりあえず本をパラパラと開いてみたが、中にはびっしりと手書きのゆぐどらしる文字が書き込まれ、宛名が書かれていない封筒も挟まれている。もしかしたら、これを読めばここの住人のことが何かわかるかもしれない。そう思ったイビルアイは、反射的にその本を自分の荷物にしまい込んだ。
それからふと後ろを向くと、モモンは他の面々と話をしながらも、自分のことをさり気なく見ていたようだったが、イビルアイが気がついたのがわかったのか、そのまま何事もない風にイビルアイから目を離した。
イビルアイは、なるべく他の面々には気付かれないように戸棚の他の引き出しを開け、ベッドの下をさり気なくのぞきこみ、壁に掛けられた見事な旗の裏を確認する。
もしこの場所がぷれいやーの未発見住居なら、この世界にとって危険なマジックアイテムや知識の書などが何処かに隠されていてもおかしくない。場合によっては、この場所そのものを封印する必要もあるかもしれないのだ。
しかし、他には特に目につくほどのものはなく、イビルアイは小さく溜め息をつき考え込んだ。
(どうしよう。これ。本当だったらツアーに見せるべきなのかもしれない。でも、アインズ様だって興味あるだろうし、読んでわかることも多いかもしれないな……)
「イビルアイ、何をしているの? 気になるものでもあった? 随分熱心に見ていたみたいだけど、ここに住んでいる人にバレたら流石に不味いんじゃないかしら?」
イビルアイが奥で何やら漁っているのに気がついたのか、先程までモモンと楽しそうに談笑していたラキュースがこちらを見ている。
「あ、いや、なんでもない。どんな人が住んでいたのか、少し気になってな」
引き出しを元のように閉めると、イビルアイは何事もなかったかのように、火の回りに座っている一行の間に腰を下ろした。
「気持ちはわかるが、勝手に泊まらせてもらっているだけでも不味いんだからよぉ。泥棒みたいなことはやめとけよ、イビルアイ」
「そうそう。やる時はもっとこっそり人目を忍んでやるべき」
「いや、別にそういうことをしたいわけじゃないぞ!? だが、まあ、ちょっとした好奇心で、余計なことをしてしまった。特に怪しいものもないようだし、標本みたいなものがたくさんあったから、世を忍ぶ学者のような人で、旅に出たまましばらく戻っていないのかもな」
イビルアイは、訝しげに少し首を傾げて自分を見ているモモンに、相談しようかどうしようか一瞬悩んだが、未知のぷれいやーの存在をいたずらに他の者に知られるのもためらわれる。
(やはり、ツアーには悪いが、まずはアインズ様にお話してからにしよう)
そう思った瞬間、イビルアイの心の中は、今はここにいない死の支配者の横顔でいっぱいになる。それと同時に、再び彼を求めようとする何かの心が自分の中でうごめくのを感じた。
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エ・ランテルの執務室で、本日の執務をほぼ終えたアインズがアルベドとセバスを下がらせようとした時に、珍しくデミウルゴスとアウラが連れ立って現れた。
「よく来たな、デミウルゴス、アウラ。二人が来たということは、竜王国の件だな?」
「はい。アインズ様にご報告とお願いに参りました」
「あたしもです。ちょっと気になることを見つけたので、アインズ様にご相談したくて」
「そうか。では、そちらのソファーで話を聞くことにしよう。ああ、セバスは時間だから下がって良い。今日も一日ご苦労だった」
「とんでもございません、アインズ様。では私はこれで御前失礼致します」
セバスは恭しくアインズに一礼をすると退室していった。
アインズとしては NPC の様々な挙動は仲間達を思い出させられて微笑ましく思うのだが、やはりセバスとデミウルゴスはなるべく顔を合わせたくないらしい。だから、これは上司としてのちょっとした気配りのつもりだ。
脇に立っているアルベドから、どことなくねっとりとした視線を感じたので、アルベドにも座るように命じ、アインズは三人の反対側に支配者らしい振る舞いで腰を下ろした。
「さて、二人ともどんな用向きなのか、聞かせてもらえるか?」
デミウルゴスとアウラは一瞬顔を見合わせるが、アウラがデミウルゴスを促すような身振りをしてデミウルゴスは軽く頭を下げた。
「では、アインズ様、私の方から先にご報告させていただきます。竜王国の作戦は順調に推移しております。現在は、第二段階の終盤、竜王国の北東部の都市でシャルティア指揮下のアンデッド部隊とビーストマンの攻防戦を行っているところです」
(うわ、もうそんなところまで作戦が進んでいるのか。さすがデミウルゴス、随分手際がいいな。俺の方の仕事はさっぱり進んでない気がするんだが……。そもそも、竜王国のあの女王様が帰ってから、まだ一ヶ月くらいしかたってないじゃないか。まぁ、その方が竜王国の被害も抑えられていいのかな?)
アインズは優秀すぎる部下の得意げな表情を見て、自分の出来なさ加減にがっかりするが、仕事は出来る部下に割り振るのが上司の仕事、と昨夜読んだビジネス書に書いてあったことを思い出して、気を取り直した。
「ほう、さすがはデミウルゴス。素晴らしい手腕だな。作戦が順調でなによりだ」
「私は今回はあくまでも補佐兼作戦参謀でございます。全てはコキュートスとシャルティアの成果と申せましょう」
「ふむ、確かに、お前の言う通りだな。アウラ、シャルティアの様子はどうなのだ?」
「そりゃもう、張り切ってますよ。あそこの国の人間の冒険者とも、なんとか上手くやってるみたいです」
「そうか。シャルティアとしてはかなりの進歩だな。今後はシャルティアも後方支援や単体戦力としてだけではなく、作戦指揮をある程度任せられるようになるかもしれない」
「アインズ様、シャルティアはさておき、コキュートスの指揮官としての力量は私から見ましてもかなりのものでございます。現在は
「なるほど。コキュートスがこれまでに積んだ様々な経験は、やはり無駄ではなかったいうことだな。以前にも話したかもしれないが、私は、ナザリックが今後成長するためには、皆がいかに経験を積んで自分自身を成長させるかが鍵だと思っている。シャルティアとコキュートスの件はそれの裏付けになったということだ」
アインズは満足げに頷いた。三人の守護者達もそれぞれ思うところがあるらしく、妙に瞳をきらきらと輝かせている。
「まさに、アインズ様のお考えの通りに進んでいるかと思われます。それで、アインズ様にお願いがあるのですが……」
「なんだ? デミウルゴス」
「そろそろ私の方では作戦の第三段階の準備に入らせていただこうと思っております。そこで、アインズ様には御足労をおかけいたしますが、竜王国の方におでましいただきたく……」
「もちろんだとも。もとよりその予定だったのだからな。ああ、それと以前にも作戦計画書はもらっているが、現状を踏まえて修正した作戦計画書を作成して持ってきてくれないか?」
「畏まりました。それは早急に作成しまして持参いたします」
「うむ、頼んだぞ」
(よっしゃ。これで少なくとも、竜王国での行動はそれほど迷わなくて済むだろう。余計なことを考えなくて済むだけでもありがたいからな)
アインズは心の中でガッツポーズを取ると、どことなく自分をぼうっと見ているようにみえるアウラに声をかけた。
「アウラ、どうした? 少し疲れているようだが、ちゃんと休みはとっているのか?」
「えっ、いえ、別にそういうわけじゃないです! ちゃんとアインズ様のお言いつけ通り、休みはとってますし、ご飯も食べてます!」
「そ、そうなのか。それならいいのだが。それで、アウラはどういう用件だったのだ?」
「あ、はい。アインズ様のご命令通り、竜王国の周辺地理の調査をしていたのですが、実は少し妙な場所を見つけたので、どのように対処したらいいか、アインズ様にご確認しようかと思いまして」
アウラの報告を聞いたデミウルゴスは怪訝そうな顔をした。
「妙な場所? 詳しく説明してくれないか、アウラ。もしかしたら、こちらの作戦にも影響するかもしれないし」
「ああ、そうだよね。ええと、デミウルゴスとコキュートスが今陣を張っている場所からはかなり離れているんですが、妙な霧が発生している場所があって、少しだけ魔獣を使って調べさせたんですけど、どうもアンデッドが大量にいるみたいなんです」
大量のアンデッドという言葉に、アインズは少々興味を引かれた。
「アンデッド? カッツェ平野みたいな感じか?」
「そうです。ただ、そこはただの草原とかそういうわけじゃなくて、何かの遺跡かなにかがあったような感じかな、って思いました。一応、周囲には何かが近寄らないように魔獣は配置してきたんですけど、広さもかなりあります。カッツェ平野よりは少し狭いくらいです」
「アウラ、それはなかなか興味深い話ね。――アインズ様、アンデッドが住む場所なら、恐らく他の生物は住んでいないでしょう。であれば、少し手を加えれば、魔導国で活用できるのではないでしょうか?」
「そうだね、アルベド。私もそう思ったよ。今の魔導国は属国は増えていても、魔導国自体の所領はそれほど広くない。魔導国として独自に資源を得るためにも、明確な所有者のいない場所であれば、領土に加えてしまいたいところです」
「確かにな。実際、カッツェ平野を整備した件で文句をつけてきた国はない。そもそも人間の国のある地域以外はナザリックが支配している地が多いのだから、そこも有効活用できるならその方がいいだろう。アウラよ、その場所に私を案内してもらえるか? どのみち、竜王国に向かうのだ。ついでに、その地も魔導国の支配下にしてしまうとしよう」
「了解いたしました! もちろん、ご案内します!」
アウラは、妙に頬を上気させて勢いよく返事をした。その時、執務室の扉がノックされる音がした。扉の側に控えていたインクリメントが対応すると、蒼の薔薇と漆黒の来訪を告げた。
「蒼の薔薇か。それなら、まぁ、問題ないだろう。インクリメント、通してくれ」
アインズが許可を出すと、どうやら、長旅から戻ってきたばかりといった雰囲気の蒼の薔薇と漆黒が部屋に入ってきた。
「魔導王陛下、お話中のところにお邪魔いたしまして、大変申し訳ございません。漆黒及び蒼の薔薇、アゼルリシア山脈から只今無事にエ・ランテルに帰還いたしましたので、ご挨拶に参りました」
ラキュースが丁寧に礼をし、他の者達もそれにあわせて頭を下げた。
「そうか。全員無事だったようでなによりだ。ゆっくり土産話を聞かせてもらいたいところだが、あいにく今日はあまり時間がないのでな。後日改めて、話を聞かせて貰えるとありがたい。お前たちも帰還したばかりで疲れていることだろう。一週間ほど休暇をとって疲れを癒やすが良い。アインザックには私の方から話しておこう」
「ありがとうございます、魔導王陛下。それでは、御前失礼致します。宰相様、デミウルゴス様、アウラ様、お仕事を中断させてしまいましたことお詫び申し上げます」
蒼の薔薇と漆黒は再び丁寧に頭を下げると部屋を出ていこうとしたが、イビルアイだけ少し歩いてすぐに立ち止まった。
「イビルアイ、何をしているの。帰るわよ?」
「すまない、ラキュース、先に行っていてくれないか? 私はちょっとアインズ様に話が……」
不審に思ったラキュースが振り返ると、イビルアイはうつむいたまま真剣そうな口ぶりでそう話した。ラキュースは肩をすくめて「あまり陛下のお邪魔にならないようにね」とだけ言い残し、蒼の薔薇の残りのメンバーと漆黒は部屋から出ていった。
一人その場に残ったイビルアイは、扉の閉まる音がしてからようやく口を開いた。
「あ、あの、アインズ様」
「ん? どうした、イビルアイ。何かあったのか?」
「その、少しお話したいことがあるのです。多分、とても大事なことじゃないかと思うんですが……」
「大事なこと? なんだ? 話してみるがいい」
イビルアイは、アインズの周りに座っている守護者達をちらりと見ると、口ごもった。
「いえ、あの、出来れば他の方々がいらっしゃらないところで、お話できれば……」
イビルアイは、アインズから見ても少し様子がおかしかった。
ここにいる守護者達がアインズの信頼する側近で、特に隠し立てする必要のない相手だということはイビルアイもよく知っているはずだ。それなのに、あまり聞かせたくない話というのは、一体どういう話なのだろう。もしかして、アゼルリシア山脈で何かあったのだろうか。しかし、これから現在進行中の作戦について話し合う必要もあるし、守護者たちを待たせるのも気が引ける。
「そうか。イビルアイ、その話は急ぎなのだろうか?」
「なるべく早くアインズ様のお耳にいれたいと思ったのです。でも、それほど急ぎではないかもしれません。正直、よくわからない……」
イビルアイが若干焦燥した様子なのは気にかかったが、アインズとしてはやはり今の状況で私事を優先するのは少々はばかられた。
「では、イビルアイ、その話は今度時間がある時にゆっくり聞かせてもらえないだろうか? 私はこれから竜王国に向かわなければいけない。それに、どうもこれまであまり知られていない場所が見つかったらしくてな。大量のアンデッドがいるらしいのだ。だから、いろいろ片付けて戻ってきたら、お前のために時間を作ろう。それでどうだろうか?」
「……大量のアンデッド? カッツェ平野ではなくて?」
「ああ、そうだ」
「……もしかして、竜王国付近の山岳地帯からかなり離れた森の奥にある平原……?」
アインズがアウラを見ると、アウラは少し驚いた顔をしつつも頷いた。
「平原かどうかまでは確認出来てないですけど、少なくとも森の奥の方にそういう場所はあるようです」
「どうやら、そのようだな。イビルアイ、何か知っているのか?」
「……ぁ……ぁあぁああ……」
いきなり、イビルアイは頭を抱えて呻くような声を上げはじめ、やがてその場に崩れ落ちるように座り込んだ。いつもと全く違う反応に、流石のアインズも少しばかり心配になった。
イビルアイとはじめて会ってからもうそれなりの期間が経っているが、彼女がこれほど動揺するのをアインズは見たことがなかった。それにアンデッドであるイビルアイが、これほど大きく感情を動かされるというのはよほどのことに違いない。今のイビルアイは何かに怯えながら震えている、ただの人間の幼子のようだった。
「イビルアイ、どうした。落ち着くのだ」
アインズはソファーから立ち上がると、一人で床に座り込んでいるイビルアイをそっと抱きしめた。アインズは背中にいくつかの視線が突き刺さるのを感じるが、それを無視して、そのまま軽くイビルアイの背中を撫でる。少しするとイビルアイも落ち着きを取り戻したようで、ようやく顔を上げた。
「申し訳ありません。つい、取り乱してしまい……」
「いや、構わないさ。それよりも、今の話で何か気になることでもあったのか?」
「……気になる……というか……。その、アインズ様。竜王国に、私も連れて行ってもらうことは出来ませんか?」
「竜王国に? 別に一緒に来ても構わないが、楽しいことをしにいくわけではないぞ? 竜王国は今戦場なのだし」
「それはわかっています。皆様方に比べれば私ははるかに弱い。でも、ビーストマン相手なら私でもそれなりにお役には立てます。それにアウラ様のお話に気になることがあって……。駄目でしょうか?」
イビルアイの表情は仮面に隠れて見えなかったが、それでもイビルアイのただならぬ真剣さにアインズは気圧された。
(うーん、まぁ、連れて行っても特に問題はないはず……だよな? どうせ、もう戦い自体は終盤なんだし)
ちらりと後ろの守護者達を見やると三者三様の表情をしている。どうしたものか悩むが、連れて行った結果想定外の問題が発生する可能性もあり、正直アインズには決められなかった。そして、今回の作戦責任者はデミウルゴスなのだから、答えはデミウルゴスに丸投げすればいいと思いついた。
「デミウルゴス、イビルアイを連れて行っても問題はないか?」
「もちろんでございます。全てはアインズ様のお心のままに」
他の二人と比べ、デミウルゴスが非常にいい笑顔をしているのが気にかかったが、アインズは断る理由も失い、イビルアイを連れて行くことに同意した。
五武蓮様、大庭慎司様、誤字報告ありがとうございました。