イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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10: 神に挑む

 竜王国では、シャルティア率いるアンデッド軍と籠城しているビーストマン軍が膠着状態になっていた。

 

 シャルティアは都市から五百メートル程離れた場所に陣を張ると、その後積極的に攻撃をすることはなかった。クリスタル・ティアと朱の雫がビーストマンに何度か降伏勧告を行ったが、返ってくるのは口汚い罵倒と、半分崩れた城壁の上から投げ落とされる、噛み痕のあるバラバラにされた人間の遺体だけだ。

 

 都市の内部からは時折、悲鳴と柄の悪い笑い声が聞こえてくる。残り少ない竜王国兵たちは積極的に攻撃することが出来る状態ではなく、シャルティアの陣の若干後方に遠距離攻撃部隊と後方支援部隊を待機させているのみである。

 

「シャルティア殿、このまま奴らを放置しておくのかね?」

 

 アンデッドで都市全体を包囲するように配置したまま動かないシャルティアに、都市周辺の偵察から戻ってきたアズスが声をかけた。後ろにはルイセンベルグと朱の雫の他のメンバー、そして数名の冒険者がいた。

 

 今の所、ビーストマンの動きは静かだ。しかし、またいつ大軍が編成され、再度竜王国への攻略が始まらないとも限らない。できれば今のうちに国内に残るビーストマンをできるだけ排除してしまいたい。そして、それは魔導国軍の力があれば容易に出来るはず、というのがセラブレイトとアズスの考えだった。

 

「そういうわけではありんせん。わらわは待っているのでありんす。愚かなビーストマンを叩き潰すのは簡単なこと。しかし、我が主はあの愚かものどもにも慈悲を与えるべきだとお考えなのですぇ」

 

「慈悲ですか。魔導王陛下は、あのビーストマンたちにも慈悲をかけられるというのですか? 既にあのように人間を食い散らかしているような連中なのですぞ?」

 

「ぬしは何か誤解しておらんせんか? 今回魔導国が竜王国へ助力をしているのは事実でありんす。しかし、それはビーストマンを滅ぼすことを目的にしているわけではありんせん。もちろんビーストマンがアインズ様……魔導王陛下のお慈悲に唾を吐くなら別でありんすが」

 

 シャルティアは鼻で笑うと、アズスに対して冷たい視線を向けた。

 

「つまり、魔導王陛下は人間の味方をされているわけではない、ということですかな?」

「アインズ様が目指しておられるのは、全ての種族の共存共栄。人間だから、ビーストマンだから、というのはあなた達の都合。わかったら、しばらくおとなしく見てなんし」

「シャルティア殿、それはどういう……」

 

 その時、シャルティアは何かに気がついたかのように動きを止め、しばらく何かを小声でつぶやいていたが、それが終わると、アズス達に向き直った。

 

「都市の周辺にまだ冒険者が残っているなら、竜王国軍の辺りまで引き上げるように指示しなんし。これから我が至高の主がビーストマンに引導を渡しにこの地に参られる。下手な場所にいると巻き添えになるでありんす」

「な……!?」

 

 慌ててアズスたちは、近くを巡回している冒険者たちを集め、竜王国軍兵の近くに陣取る。

 

 シャルティアは周囲のアンデッド達に次々と指示を出すと、自らの周囲には高位の下僕だけを残した。アンデッド兵団は少し離れた場所に整列し、シャルティアと高位の下僕はその場に跪いた。

 

 やがて、整列していたアンデッド兵団が整然と大きく二つに分かれる。その間をゆっくりと三つの人影が歩いて来るのが見えた。

 

 三人を見て、居並ぶ竜王国軍の兵士たちからは、小さくあがる悲鳴と誰かにたしなめられる声、戸惑いの声、緊張からかごくりと唾を飲む音が聞こえる。少しずつ近づいてくるその人影は、まさに死の具現とも言うべき死の支配者とその後ろに付き従う二人の少女であることがわかる。

 

 死の支配者のきらびやかな衣装は、戦場には全く似つかわしくないものだった。しかし、悠然と歩くその様子には、この荒れ果てた場所がまるで戦場ではないかのような気軽さと、人間の力を遥かに凌駕する者だけが持つ圧倒的な力を感じさせられる。

 

 アズス達は少し離れたところでそれを呆然と眺めていたが、魔導王と思しきアンデッドが姿を現したのを見てアズスは少し皮肉げな笑いを浮かべ、ルイセンブルグは興味深そうにそんなアズスと魔導王の様子を眺めている。この場に集っている冒険者達も多少うろたえたものの、逃げ出すものはいなかった。

 

 アインズはちらりと周囲に居並んでいる軍勢に目をやると、そのままゆっくりとシャルティアの元へ向かった。

 

「シャルティア。出迎え、ご苦労」

「ははぁ。アインズ様のお為なら、このシャルティア、全てを捧げる覚悟でありんす!」

「あ、いや、別にそこまでのことを要求しているのではないのだが……。シャルティア、立つがいい」

「ありがとうございます、アインズ様」

 

 今日アインズの纏っているローブは、戦場にやってくるというよりも、むしろ公的な晩餐にでも赴くかのような、赤い布地に金糸で細かな刺繍が施されたもので、いくつもの宝石が縫い付けられている。アインズとしては、あまりの派手さに戦場のいい的になるだけなのではないかと真剣に思ったが、選んでくれたメイド達だけではなく、アルベドやデミウルゴスも満足そうだったので、アインズはそのまま黙って着飾られるままになっていたのだ。

 

「シャルティア、既に降伏勧告は終わったのか?」

「何度か竜王国の冒険者にやらせてありんす。聞く耳は持たないようでありんしたが」

「結構。どのみち、降伏するようなら既に撤退しているだろうからな。では、そろそろいい頃合いだろう。シャルティア、アウラ、付いて来るがいい。イビルアイは……」

 

 少しばかり迷ったようにアインズはイビルアイを見たが、イビルアイは即座に答えた。

 

「私も一緒に行かせてください。その、シャルティア様やアウラ様と比べれば足手まといかもしれませんが……」

「そんなことはないさ。では、お前もくるといい。まぁ、どのみち大したことをするわけではないし。アウラ、シャルティア。イビルアイも我が配下と思い、先輩として面倒を見てやるように」

「心得ました!」

「かしこまりんした!」

 

 アウラとシャルティアが即座に返事をしてアインズに頭を下げたのを見て、イビルアイは一瞬驚いたようだったが、すぐに二人に深々と頭を下げた。

 

「よろしくお願いします! シャルティア様、アウラ様」

 

 その後頭を上げた三人は、これまでと比べると、どことなく和やかな雰囲気になったように見える。

 

 その様子を見たアインズは軽く頷くと、散歩でもするかのような足取りで前に歩き始めた。シャルティアは手にしていた魔導国の国旗をアウラに押し付けると、素早くアインズの前に出る。既に相手の強さはわかりきっていたが、それでも油断してアインズにもしものことがあったら、シャルティアは二度と自分を許せる気がしなかった。

 

「イビルアイ、あんたはアインズ様の右側を警戒して。あたしは左側。前はシャルティアに任せておけばいいから」

「わかった!」

 

 軽く声を掛け合ったアウラとイビルアイは、アインズの少し後方に右と左に分かれて、周囲を警戒しながら歩いている。

 

 アインズ達が少人数で都市の城壁にのんびりと歩いてくるのをビーストマン達も気がついていたのだろう。城壁から百メートルほどのところで「止まれ! それ以上近寄ると射つぞ!」というだみ声が響いた。

 

 城壁の上にはビーストマンの射手が大勢こちらに向かって弓を構えている。それを見たアインズは楽しそうな笑い声を上げた。

 

「はじめまして、ビーストマンの諸君。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王という。この場には平和的な話し合いに来た。だから、君たちの代表者を呼んできてもらいたいのだが?」

 

「黙れ! この糞アンデッドが! これまで俺たちを散々攻撃してきたアンデッドの親玉だな!? そんなやつを信じられるわけがあるか!」

 

 アインズを狙った矢が数本放たれるが、シャルティアは苦もなくそれを全て叩き落とすと、ビーストマンを睨みつけた。

 

「随分なご挨拶だな。それが君たちの選択なのかね? 改めて問おう。降伏し、私に恭順せよ。我が配下となるのであれば、命の保証はする。但し、あくまでも歯向かうというのであれば、都市ごと殲滅させてもらおう。私のアンデッド兵の強さは十分わかっていると思うがね。君たちが正しい選択をしてくれることを祈るよ」

 

 そう言い放つとアインズは肩をすくめ、一瞬ビーストマンたちは静まり返った。

 

 しかし、次の瞬間、「ハッタリだ! アンデッドの言うことなど信用できるか!」という叫びと共に更に多くの矢が放たれ、シャルティアは素早い動きで、再びことごとく矢を落とし、ビーストマンたちは騒然とする。その間、平然と立っていたアインズは鷹揚に頷いた。

 

「なるほど。君たちの選択はなされたようだな。では、私の方ももはや遠慮なく攻撃させてもらうとしよう。シャルティア、都市の周辺からはビーストマン以外の者は既に退避させてあるな?」

「ははぁ、冒険者も全部引き上げたようですから、問題ございんせん」

「よし。では、シャルティア、アウラ、イビルアイ、しばらく私を守ってくれ」

「畏まりました!」

 

 三人は唱和し、アインズを中心に正三角形の頂点の位置にそれぞれ移動し、防御の構えをとった。それを確認したアインズは、都市を眺めて距離をおよそ把握すると、超位魔法の詠唱を開始した。

 

 アインズを中心に煌めく巨大な立体魔法陣が展開するのを見て、ビーストマン達が驚き騒いでいる声が聞こえる。ひっきりなしにアインズを目掛けて矢を射掛けつつ、混乱しているのか、城門から撃って出ようとするものと、逃げ出そうとするもので混乱を極めている。

 

 周囲に展開している竜王国軍の兵士や冒険者たちは、これまで見たこともない圧倒的な力を前に立ちすくんでいた。まともに動くことが出来るものはおらず、ひたすら、前方でビーストマンに対峙している三人の少女と魔導王の様子を固唾を飲んで見つめていた。

 

 魔導王の周囲に輝く光の帯を見て、どうやら未知の恐ろしい魔法が発動されるらしいということはわかったが、その魔法が一体何なのか、このままこの場にいても自分たちは無事でいられるのか、わかるものは誰もいなかった。

 

 シャルティアはスポイトランスの一閃で矢を一気に落としつつ、アンデッド軍に城門から出てくる者たちを攻撃するよう命じ、アウラは素早く鞭をふるって直接攻撃しようと手に武器を持って突進してくる者たちを軽くいなしている。イビルアイは、防御魔法を唱えて味方の支援をしつつ、範囲攻撃魔法で次々とビーストマンを屠っている。

 

(即席のパーティーなのに、随分と息があった連携をするじゃないか。シャルティアとアウラはともかく、イビルアイはパーティー戦の経験を積んでいるだけあって、レベル的にはあまり高くないかもしれないが、その分立ち回りでカバーしているな)

 

 アインズが感心して見ていると、明らかに自分たちよりも強者である三人に恐れをなしたのか、徐々にビーストマン達は攻撃よりも逃げに転じるものの方が増えてくるが、逃げようとしたものたちは、アンデッド兵たちに次々と斬り倒されている。

 

(しかし、わかってはいたことだが……、やはりプレイヤーはここにもいないか……)

 

 アインズは少々落胆する気持ちを抑える。プレイヤーの影はそこかしこに点在するのに、なぜここまでしても姿を現そうとしないのだろうか。

 

「お前達よくやった。もう十分だ。魔法を発動する。少し下がれ」

 

 展開している魔法陣は蒼い光を帯び、発動時間が来たことをアインズに教えてくれる。三人が魔法の効果範囲から外れたのを確認し、アインズは魔法を解放した。

 

「〈失墜する天空(フォールンダウン)〉」

 

 立体魔法陣の光が一段と強く輝いたかと思うと、まさに空が堕ちてくるような錯覚を覚えるような、強烈な光と熱量が辺り一帯を包む。次の瞬間、アインズ達のすぐ前から、目の前にある都市の城壁の半分以上程が非常に熱い何かに押しつぶされたかのように黒焦げになり、破壊され、ほぼ完全な更地になっていた。

 

 そこにいたはずのビーストマン達は例外なくただの焦げた塊となり、効果範囲外で無事だった者は恐怖のあまり立ちつくしていたが、次の瞬間、ビーストマン達は物凄い悲鳴を上げてアインズ達の反対方向へと一気に敗走しはじめた。

 

「天が落ちてきた……」

「ビーストマンどもに天罰が下ったんだ……」

「神の……御業……?」

 呆然と立ちつくす竜王国の兵士や冒険者たちの口から、小さなつぶやきが漏れる。

 

 アインズはゆっくりと手を横にひるがえし、シャルティアに命じた。

 

「シャルティア、生き残りのビーストマンをソウルイーターに追撃させよ。但し、国境を越えたものまでは追うな」

「かしこまりんした!」

 

 シャルティアはふわりと空に飛び立つと、アンデッド兵団に追撃を命令した。

 

 

----

 

 

 シャルティアがビーストマン達を容赦なく国境の方へと追い立てて行くのを、アインズはアウラとイビルアイと共にしばらく眺め、その手慣れた様子に安堵した。アウラが言っていたように、今のシャルティアならそれなりに信頼して仕事を任せても良さそうだ。それは今後のナザリックにとって非常に大きい利益になるだろう。

 

 少々明るい気分になったアインズは、後ろに控えているアウラとイビルアイを振り返った。

 

「さて、我々も最後の用事を済ませてしまおう。アウラ、あの都市の中には竜王国の国民がまだ生き残っている可能性があるのだったな?」

「うーん、生き残っているといいんですけど。奴ら、かなり酷く食い散らかしてたみたいですから」

 

 あまり人間に対して好意的ではないアウラでも、流石に思うところがあったのか、顔を嫌そうにしかめた。

 

「……そうか。しかし、まぁ、出来る限りのことはしてやろう。ドラウディロン女王との約束でもあるしな」

 

 アインズが二人を連れて都市に向かおうとした時に、不意に声をかける者がいた。

 

「魔導王陛下、少しだけよろしいですかな?」

「……誰だ、お前は?」

「私は、朱の雫のアズスという冒険者です。魔導王陛下にはこれまでお会いする機会がございませんでしたので、挨拶をと思いまして」

 

 そういって、アズスは慇懃にアインズに礼をした。アズスの後ろには、ルイセンブルグと朱の雫のメンバーも揃っており、共に頭を下げている。

 

「朱の雫? あぁ、リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者だったか。今は竜王国に来ていたのか」

「左様でございます。陛下、この度は、まさに神業ともいうべき見事な魔法を見せてくださいましてありがとうございました。噂には聞いておりましたが、まさにこれ程までとは」

「世辞は不要だ。用件はそれだけか?」

 

「いえ、もう一つ。魔導王陛下はリ・エスティーゼ王国戦士長だったガゼフ・ストロノーフと一騎打ちなさったそうですね? それも戦士長からの強い申し出で」

「そうだが。それが何か?」

 

 アズスはゆっくりと頭を上げた。

 

「私は王国戦士長殿に非常に好意を抱いておりました。そして、戦士長殿が魔導王陛下のことを非常に買ってらしたことも知っております。戦士長殿は愚かにも考えなしに陛下に戦いを挑んだ、などという者もおりますが、私はそんなことを信じてはおりません。ただ、私はどうしても一つだけ知りたいことがあるのです。――陛下、不躾なお願いではありますが、私と一騎打ち、いえ、一騎打ちなどおこがましいですな。手合わせをしていただけませんでしょうか?」

 

「…………は?」

「アズス、いきなり何を言い出すんだ!?」

 

 アインズは思わず間抜けな声を上げ、ルイセンベルグは慌ててアズスを止めた。しかし、アズスはルイセンベルグを払いのけた。

 

「魔導王陛下、私は決して冗談でこのようなことを申し上げているのではありません。私はガゼフ・ストロノーフを己を上回る最強の戦士として認めておりましたし、あの実直な人柄に非常に惚れ込んでもいたのです。まぁ、あの方は私のそういう気持ちを好ましく思っていなかったようですが。そして、魔導王陛下がご存知かどうかは存じ上げませんが、戦士長殿は陛下を非常に敬愛していた。戦士長殿があの様に人を褒め称えるところを私は見たことがない」

 

 アズスは一旦言葉を切り、先程までの若干不遜な態度を改め、魔導王をまっすぐに見つめた。

 

「私は冒険者として長く生きてきて、剣を交えれば相手のことを理解できると信じております。私は陛下がどのような方なのか知りたい。失礼は承知の上。戦士長殿にお許しくださったように、私にも陛下と剣を交えさせてもらえませんか?」

 

 アインズはしばらくアズスを見つめていたが、やがて呆れたように口を開いた。

 

「悪いが、断る。そもそも私にはお前と戦う理由もメリットもない。それに私と戦ってもお前は死ぬだけだぞ」

「それは十分わかっております。先程の魔法を見て陛下に勝てるなどと思う方がおかしいでしょう」

 

「では、なぜそう死に急ぐのだ? ガゼフ・ストロノーフには死を覚悟して私に戦いを挑みたい理由があったのだろう。しかし、お前の理由にはそのようなものがあるようには見えないのだが?」

「確かにその通り! 私は別に死にたいわけではございませんから」

「呆れた奴だな。私にはお前に付き合っている暇などない。我が前から消えよ。目障りだ」

 

 アインズは踵を返し、側に控えていた二人に声をかけようとした。

 

「陛下、それでは、これならどうでしょう? 魔導国は優秀な冒険者を集めていらっしゃると聞いております。我々朱の雫は、竜王国が平穏になれば、次に行くべき場所を探さねばなりません。どうでしょう、陛下。陛下は利に敏い御方とお見受けします。我々、朱の雫はきっと陛下のお役に立てると思いますぞ?」

 

 アズスのその言葉にアインズは足を止めた。

 

「……なるほど。確かにアダマンタイト級冒険者チームは非常にレアだし、魔導国としても悪い話ではない。だが、それは朱の雫の他のメンバーは同意しているのか? お前一人の勝手な考えではないのか?」

 

 その時、後ろから見ていたルイセンブルグがすっと前に歩み出ると、優雅に一礼をした。

 

「お初にお目にかかります、魔導王陛下。私は朱の雫のルイセンブルグと申します。我々は、今後の身の振り方を考えた場合、魔導国に行ってみたいという気持ちはございます。ですので、これはアズス一人の独断という訳ではありません」

「ふむ、それならば、問題はないか……」

 

 アインズはアズスを上から下まで眺め、それからアズスの瞳を覗き込んだ。

 

 アズスの瞳には、ガゼフやネイアに感じたような人間の一瞬の輝きとでもいうような力強さがあり、なぜかはわからないが、自分が失ってしまったものに対する憧れのような気持ちを強く感じる。それと同時に、アズスの一種独特のある意味傲岸不遜とでもいう態度は、以前自分と親しかったギルメンをどことなく思い出させられ、少しばかり興味を引かれた。

 

 そして、それとは別にアインズには一つだけ試してみたいと思っていることがあった。

 

 魔法詠唱者としての自分としてはともかく、〈完全な戦士〉を使用しない素の戦士としての自分は、この世界のアダマンタイト級冒険者の戦士とPVPをした場合、果たして勝てるのか?

 

(武王には勝てたから大丈夫だとは思うんだがな……。ただ、こいつは少なくとも歴戦の猛者である人間で、しかも、今の立場ではなかなかこういう機会は訪れない。それに、優秀な冒険者を一人でも多く集めたいというのも本当だ。アダマンタイト級が数多く集まれば魔導国に向かおうとする冒険者の数も更に増えるだろうし)

 

 そう考えれば、アズスの提案はそう悪いものではない。

 

「そうだな。一騎打ちではなく、ただの手合わせということなら受けてもいい。但しもちろん条件はある。それでも構わないか?」

「もちろんでございます。受けていただけるだけで光栄というもの。しかし、その条件とはどのようなものでしょうか」

 

「まず、私は魔法を使用しない。魔法を使ってお前を殺さないで済む自信はないからな。それから、私は杖で戦わせてもらおう。もちろん、お前は自分の剣を使って構わない。そして、どちらかが相手の致命傷となる場所、まあ、頭、首、そして、胴だな。そこに武器を当てられるか、武器を落とされた方を負けとする。負けた場合は、朱の雫は魔導国の冒険者となれ。お前が勝った場合は好きにするといい。但し、私は手加減が苦手だ。殺してしまったとしても悪く思うなよ」

 

「アインズ様!?」

「アズス、何を考えているんだ!」

 

 後ろから、アウラとイビルアイの悲鳴のような声が聞こえるが、アインズは無視した。

 

「さて、どうする?」

「有難きお言葉、感謝いたします、魔導王陛下。私とて陛下がバハルス帝国で武王を魔法なしに倒されたという話は聞き及んでおります。ですから、魔法を使われない、と仰られてもそれで甘く見るようなことはいたしません。それにそれで私が命を落としたとしてもまさに自業自得。姪のラキュースにでも蘇生してもらいますよ」

 

「ん? お前はラキュースの血縁なのか。なるほど、言われてみればどことなく顔立ちが似ているような気がするな。では、そう決まったのであれば、急いで済ませてしまおう。我々も今はそれほど時間があるわけではない。まぁ、どのみち、ほとんどはシャルティアが片付けてくれるだろうから、問題はないのだがな。アウラ、それにイビルアイ、お前たちは手を出すなよ」

 

 アインズはアイテムボックスから以前武王との戦いに使用した打撃用の杖を取り出し、軽く振ってみる。

 

(少なくとも俺の戦士としてのいい経験にはなるだろうし、仮にもアダマンタイト級なら、俺の一撃くらいが当たったとして即死はしないだろう。それに、ラキュースの蘇生魔法は一度見てみたかったし、費用も朱の雫持ちなら、こいつが死んでもナザリックとしても損害が出るわけでもない。それで朱の雫が手に入るならメリットの方が大きいだろう。まぁ、俺が負けるかもしれないが)

 

 アズスは剣を取り出して静かに構えている。苦笑したアインズは距離を測りつつゆっくりと歩み寄り、アズスと五メートルほどのところで足を止め、同じように杖を構える。アズスは身体を半分ほど隠すように身に纏っていたマントを後ろに跳ね除ける。その瞬間、アインズは自分の目を疑った。

 

(あの鎧は……、確か以前ユグドラシルで見かけたことがあるような……。いいところ聖遺物級(レリック)? それとも遺産級(レガシー)か? まあ、神器級(ゴッズ)ではなさそうだが油断は禁物だな)

 

「では、ルイセンブルグといったか。何か合図を」

「畏まりました。では、この金貨を上に投げますので、それが下に落ちたら開始ということで」

 

 アインズとアズスは頷き、互いに向かい合う。ルイセンブルグは手にした金貨を上に放り投げ、やがてそれが地面に落ちて小さく硬質な音を上げた。

 

 次の瞬間、アズスは「〈能力向上〉〈能力超向上〉!」と叫ぶと、素早くアインズの側面から斬りかかった。鋭い目でアズスの動きを捉えていたアインズは杖でそれを軽く受け止め、そのまま払いのけると後ろに飛び退った。

 

 しかし、アズスは払われた剣の勢いを使って、体勢を立て直すと、再びアインズに斬りつけそれを身体を捻って躱したアインズは、逆にアズスの頭を狙って杖を振り下ろし、アズスはとっさにそれを剣で受け流す。

 

 二人の際どいせめぎあいを見ながら、イビルアイは王国でのモモンとの出会いを思い出していた。

 

 もちろん、イビルアイだって今回はあの時とは違うことはわかっている。あの時はモモン様と対峙していたのは宿敵ヤルダバオトで、自分などではとてもまともに戦えるレベルの相手ではなかった。だが、相手がアズスなら自分だって苦労せずに勝てる自信はある。ただ、問題は、アインズ様は魔法詠唱者で戦士ではないということだ。確かに、あの時のモモン様、いやアインズ様の剣さばきは魔法詠唱者のものとは思えないレベルだったし、アインズ様が負ける姿なんて想像することなんて出来ない。しかし、恋する乙女の心情としては愛する人が傷一つ負うことだって耐えられそうになかった。

 

「…………がんばれ、あいんずさま」

 

 アインズが負けるはずはないと思いつつも、イビルアイは思わず小さく言葉を洩らしてしまう。それを側で耳ざとく聞いたらしいアウラは軽く笑い声をたてた。

 

「何言ってんの。アインズ様が負けるわけないじゃん」

「だ、だって……、アインズ様は魔法詠唱者だ。近接戦では不利に決まってる……!」

 

「確かにね。でもアインズ様はもっと厳しい戦いでも負けなかった。それにこのくらいなら、アインズ様にはお遊びみたいなもん。だから、アインズ様を信じていればいいよ」

「そ、そうか。そうだな。ありがとう、アウラ様」

 

 イビルアイはアウラに照れくさそうな声で礼を言う。

 

(んー、なんだろ。まぁ、でも、アインズ様を必死に応援されると、悪い気はしないんだよねぇ。アインズ様はやっぱり素敵な方だし……)

 

 アウラは以前アインズから「アウラが大好きだ」といわれたことを急に思い出して、少しばかり気持ちが焦るのを感じる。隣にいるイビルアイの表情は仮面で見えなかったが、なぜかアウラはイビルアイにこれまでになく、ちょっとした親近感を覚えた。

 

 




佐藤東沙様、N瓦様、誤字報告ありがとうございました。
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