再び、森の奥に向かって進み始めた四人は、アウラが発見した霧が覆う場所へと急いだ。アウラの話通り、森は徐々に霧に覆われ始めそれに伴って奥からは異臭が漂ってくる。霧はだんだん濃くなり、確かにその奥にあるはずの何かを隠しているかのようにも思える。アインズの鋭い目でも森の奥を見通すことは出来なかったが、霧に混じっておびただしい数のアンデッド反応を感知した。
「この奥か? イビルアイ。確かにかなりの数のアンデッドがいるようだが……」
「そうです。ここを抜けると平原になっていて、そこの先に……私が滅ぼした国の廃墟が広がっているはずです」
「知っている範囲で構わないのだが、この奥にお前の力でもかなわないような敵や、手を出しては不味い者などはいるのか?」
「……私がここを離れてからもう数百年になるので、状況が変わっているかも知れませんが、少なくとも私がいた頃にはそのようなものはいなかったです。ただ、十三英雄がここに来た後に、何かがあった可能性はありますが……」
「そうか。それなら念のため、魔獣はここに置いていったほうがいいかもしれないな。アウラ、偵察した時には危険そうなものは発見できたか?」
「入り口付近までしか確認してないですが、ゾンビと吸血鬼といったところでした」
「そのくらいなら、中級アンデッドあたりを先兵として送り込めば十分か。〈中位アンデッド創造〉」
アインズは二体の
「お前たちは露払いをせよ。可能な限り、この奥にいるアンデッドを殺せ。但し、情報を引き出せそうな種族がいたら、それには手を出すな」
切り裂きジャックたちは承服するとそのまま森の奥へと駆け出していった。しばらくは、何かがくぐもった叫びを上げる声や、潰れるような音などが響いていたが、次第にそれも聞こえなくなってくる。
アインズにも、この周辺のアンデッドの数がかなり少なくなったことが感じられ、二人の切り裂きジャックは順調に与えられた仕事をこなしつつ先に進んでいるようだ。
「では、我々も行くか。シャルティア、アウラ、イビルアイ、お前たちも気をつけて進むように。切り裂きジャックが数は減らしているはずだが、漏れは多少あるはずだ。まぁ、何事もなければいいのだがな」
「かしこまりんした!」
「了解です!」
「わかりました!」
三者三様の返事を聞いて、アインズは思わず内心くすりと笑う。三人とも、同じような年の頃に見えるからかもしれない。シャルティアが例によって一足先を歩き、その後をアインズ達は曲がりくねった木が生い茂る森の中を注意深く奥へと進んだ。
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森は奥に行くにしたがって、徐々に緑の葉で覆われていた木は枯れ、葉は落ち、次第に枯れた木だけがまばらになっていく。そしてその先は、枯れた草で覆われた平原が続いていたが、更に深い霧に包まれているものの、明らかに古い城壁だったと思われるものが崩れ落ちた跡があった。どうやら、ここがイビルアイが言っていた故郷の国という場所なのだろう。
「どうやら、着いたか。しかし、この霧のアンデッド反応はなかなか強いな。お前がここを離れた時もこんな感じだったのか? イビルアイ」
「……。本当を言えば、ここにいた頃のことはもうほとんど覚えていないのです。私は幼くて、無知で、自分がしたことにすっかり怯えきっていた。十三英雄がやってきて、このおかしな霧を払おうとしていたようだったけど、どうにも上手くいかなくて、彼らは私だけなんとかここから連れ出してくれたんです」
「なるほど……。私の経験上、恐らくこの霧の発生源になっている場所があると思うのだが、どこか心当たりはないか?」
「……もしかしたら、この国の中央にあった神殿かもしれません。私はそこで処刑されるところだった。そして、アイツが力を暴走させたのもあの場所のはず。その時点では既に私は正気を失っていたのですが、あそこに行けば何かわかるかもしれない」
「そうか。では、その場所まで案内してくれるか? 私は、この世界のアンデッドの発生について興味があってな。カッツェ平野もそうだがこの都市もとても興味深い。それに、イビルアイ。お前はこの場所をこの状態のまま放置しておきたくないのだろう?」
「そ、それはそうなのですが……」
この地の惨状は、イビルアイが微かな記憶にあったものよりも酷かった。イビルアイは、この地に来れば自分自身の中にいるもう一人の自分を封印することが出来るはずだという漠然とした考えしか持っていなかった。だが、どうすればそれが出来るのかという心当たりは全くない。あるのは、どうしてもこの地に来なければならないという直感めいた焦りだけだ。
戸惑うように自分を見上げているイビルアイを見ながら、アインズは笑った。
「この霧の発生元になっているものが何かを突き止め、それを破壊すれば恐らくこの霧は晴れるだろう。そうすれば、少なくともこの都市で迷っている者たちの魂も解放されるかもしれん。まぁ、全てアンデッドと化してしまっているなら、葬り去ってやるか、神官系の浄化魔法を使うしかないが……、あいにく、我々もアンデッドだからな。ここは、物理的に浄化してやろうじゃないか。今の所、先程放った中位アンデッドは都市の中にかなり入りこんだようだ。だとすれば、我々にとって敵になるものは既にこのあたりにはいない筈だ」
「アインズ様」
「なんだ、シャルティア」
「わたしがハンゾウを連れて、偵察してきんしょうか?」
アインズは自分から行動を判断出来るようになっているシャルティアに思わず深い感動を覚えた。
「そうだな。では、シャルティア、三人ほどハンゾウを連れて行け。アンデッド反応がより濃い場所を探すんだ。但し、深入りは禁物だ。どんな相手かわからないうちは決して油断するな。いいな?」
「ははぁ、かしこまりんした!」
シャルティアは深々と頭を下げると、姿を隠しているハンゾウ達に合図すると、素早く霧に包まれた廃墟の都市に入っていった。
「まぁ、シャルティアが戻ってくるのをここで待っていてもいいが、せっかくだ。我々も都市の散策と行こうか」
アインズの言葉に、アウラとイビルアイは頷き、三人はゆっくりと都市に足を踏み入れた。
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都市の中には、先行したアンデッドやシャルティアたちが切り伏せたと思われるアンデッドが大量に倒れている。さすがにこの中を普通に歩いて進むのは少々ためらわれた。アインズは〈全体飛行〉を唱え、死骸の山を避けるようにして先へと進んだ。
イビルアイは周囲を見回して考え込みながら、時々指で進行方向を指し示す。恐らく古い記憶で曖昧な上、廃墟と化した都市で目的の場所が何処かを判断するのは、イビルアイにとっても難しいのだろう。
黙々と瓦礫と崩壊した壁の上を飛行しながら、時々、襲いかかってくるアンデッドを手早くアウラが鞭で払いのけている。
以前は住宅地だったと思われる場所を通り抜けると、かなり広大な広場に出た。滅びる前は都市の中心として賑わっていた場所だったのだろう。完全に黒く炭化しへし折れた木の幹が、元の美しい並木を思わせるように等間隔で並んでいる。
その中央には巨大な力で爆発したかのように上部が吹き飛んだ、神殿と思われる建物が鎮座していた。建物の前には、同じように半分吹き飛ばされた何らかの神の像と思われるものがあり、ヒビが入り壊れかけた大きな祭壇が設えてある。かなりの距離があるにもかかわらず、アインズにはその場所から強力なアンデッド反応を感じた。
アインズが地面に降りて足を止めると、それに併せて、アウラとイビルアイもその場に降り立った。イビルアイは祭壇を見た瞬間、小さな叫びを上げると大きく震えだした。
その場には異様なまでの大量のアンデッドの死骸が転がっており、神殿の近くで未だ戦っているらしい切り裂きジャックの姿が見える。アインズ達がやってきたのに気がついたのか、シャルティアがふわりと空から舞い降りてきた。
「アインズ様、あそこの建物が一番アンデッド反応が強いようでありんす」
「そのようだな。ハンゾウ、建物の中は調べたか?」
ハンゾウリーダーが姿を現し、アインズに跪いた。
「はい。建物内部には吸血鬼が多くうろついておりましたが、それほど強力な個体ではありませんでした。殲滅いたしましょうか?」
「そうだな。殲滅は少し待て。適当に間引きせよ。この世界ではアンデッドが多くいる場所ではより強力なアンデッドが生まれると言うらしい。私もせっかくだから現場を確認してみたい。何かわかるかもしれないしな」
「畏まりました。では我々は現場を最低限保全する程度に間引き致します」
「頼んだぞ」
「はっ。では、御前失礼致します」
アインズが頷くと、ハンゾウは姿を消した。ふと、イビルアイに目をやると、イビルアイはその場にしゃがみこんでいた。
「大丈夫か? 辛いのなら外で待っていてもいいんだぞ?」
「いえ、大丈夫です。ただ、私の中で、アイツが……。また、アイツが暴れだそうとしている……!」
「タレントの暴走か!? イビルアイ、止める手立てはあるのか?」
「わからない……。ただ、何処から私の身体にアイツの力が急激に流れ込んで来ているみたいなんだ。アイツが力を溜め込んでいるモノがどこかにあるのかもしれない。それをどうにかできれば、もしかしたら……」
「アウラ、ここでイビルアイを見ていてくれ。シャルティア、何か魔力の核になっているものがないか探せ。ハンゾウ達も全員捜索に使って良い。私もすぐに向かう」
「かしこまりました!」
シャルティアは即座に神殿に向かって飛び立ち、アインズもそれに追従しようと二人に背を向けた時、必死になって絞り出したようなイビルアイの声がした。
「いや、アインズ様、私も行きます……。これは私自身の問題だ。だから、私がなんとかしなければ……」
イビルアイは、アウラにしがみつくようにしながらも、なんとか立ち上がった。
「無理だって、イビルアイ。ここはアインズ様にお任せしたほうがいいよ」
「だけど、私は……。自分で決着をつけたいんだ。ただの足手まといかもしれないが。自分自身のことなのに、皆に……助けられてばかりじゃ嫌なんだ……」
アインズは、そんなイビルアイを見ながら、不意にもう何年も前のことを思い出した。
(なんかあの時みたいだな。俺が一人でいるところをPKされて、ギルメン皆が酷く怒って相手のギルドにやり返すって言っていた時……)
皆は俺に内緒で相手を潰しに行こうとしていたみたいだったけど、俺はどうしても、自分の力で決着をつけたかった。だから我儘を言って一緒に連れて行ってもらった。皆はさんざん相手を追い詰めてから、俺にとどめを譲ってくれたんだったな……。
不安そうにアウラはイビルアイの身体を支えている。イビルアイは仮面を被っていてもわかる真剣さでアインズを見ていた。
「わかった。では、一緒に来るが良い。イビルアイ。お前自身が納得できる方法で決着をつけるんだ」
「あ、ありがとうございます!」
「アウラ、お前は一旦戻って、魔獣を使いここからの退路を確保してきてくれ。その後なるべく早く戻るように」
「了解しました!」
アインズはイビルアイの手を取ると〈全体飛行〉を唱え、シャルティアの後を追って神殿へと向かった。
建物に近づくにつれ感じる負の力は大きくなり、それにつれてイビルアイから苦しそうな声が漏れる。しかし、それはイビルアイがした選択の結果だ。アインズは、そうは思いながらも少しでも速く目的のものを探そうと魔力の元を探りながら進む。イビルアイの話からすれば、神殿の前にある祭壇付近が怪しいだろうとあたりをつけ、そちらにまっすぐ向かった。
濃厚な死の気配が神殿の周囲を取り巻いている。シャルティアの指揮のもとでハンゾウ達も捜索にあたっているようだ。
祭壇の上に降り立ったアインズとイビルアイが周囲の様子を確認していると、シャルティアが急降下してきて、祭壇の上に着地し、アインズに跪いた。
「アインズ様、見つけました!」
「何!? 何処だ?」
「こちらです! ご案内します!」
再び〈全体飛行〉でシャルティアの後を追って、アインズとイビルアイは神殿の中に入った。
そこには、建物の前よりも更に多くのアンデッドの残骸がぐるりと螺旋を描くようにうず高く積まれており、その一番上に一段と強い闇のエネルギーが渦を巻いて大きな塊になっている。その塊は禍々しい黒い光を放ち、いつ爆発してもおかしくないほどの力を周囲に放っていた。
「間違いない。アレだな。どうだ、イビルアイ。やれそうか?」
隣にいるイビルアイを見ると、イビルアイは闇の波動を直接受けたことで非常に苦しんでいるようだったが、それでもなんとか頷いた。
「出来る限りのことをやってみるといい。万が一、お前の力では破壊出来なかったら、私が代わりにアレを始末してやる。だから思う存分やってみろ」
「ありがとう、ございます……!」
イビルアイは一瞬アインズを見上げ、握られていた手をぎゅっと握り返すとそっと手を離した。そして、それまでの様子とはガラリと雰囲気を変え、強い意志がこもった動きで螺旋のはるか上の方まで一気に〈飛行〉で飛び上がった。
イビルアイは自分の中で暴走しようとしているモノを抑えつけながら、必死に叫んだ。
「私の……因縁を……、ここで終わらせる。それが、ここで命を喪った全ての人に対する私の贖いだ! くらえ〈
イビルアイの手の中に龍のようにうねる電撃がのたうち回ったかと思うと、次の瞬間その光のほとばしりは獲物に襲いかかる龍のように闇の渦を直撃する。しかし当たったように見えた次の瞬間、その電撃は渦に跳ね返され、行き場を失った電撃は四方八方に分散して飛び散る。イビルアイはとっさに自分に向かってきた電撃を避け、唇を噛んだ。
(くそ、電撃は効かないのか? まさかアイツは雷撃に対する完全防御壁を持っている? ならば、これはどうだ!?)
「〈
呪文を唱えたイビルアイが右手をあげると、その周囲に大量の拳大の結晶が浮かび上がり、イビルアイが手を振り下ろすと同時に、次々に闇の渦にぶち当たり、そのたびに渦の形を若干変形させる。しかし、次の瞬間、イビルアイの身体にもそれが猛烈な衝撃と痛烈な痛みとなって襲いかかった。
「ぐぁっ!」
イビルアイの身体がぐらりと揺れ、空中から落下しかけるが、イビルアイはなんとか体勢を立て直す。下の方から、イビルアイを心配するアインズやシャルティアの声が微かに聞こえる。
「なるほど。やはり、お前は私自身というわけか。私のタレントなのだから、言われてみれば当たり前だ。私は人間として生を受けたが、大元の本質は吸血姫だったのだろう。もしかしたら、お前を壊せば、私も死ぬのかもな」
そのイビルアイの言葉に応えるかのように、闇の渦は少しずつ姿を変え、はっきりとしたヒトガタを形成していく。やがてそこには、もう一人のイビルアイともいうべき姿のモノが立っていた。闇のエネルギーを身体中にまとった、真の吸血姫はニヤリと笑うと、イビルアイに向かって手を伸ばした。
『その通りだ。お前は私。私はお前。どっちがどうという訳じゃない。一つの存在だ。なのに、お前は私を壊すつもりなのか?』
「うるさい! 黙れ! 私はもうたくさんなんだ、お前に弄ばれて意に沿わない事をするのは。私は私の人生を生きるんだ。もう二度とこんなことを起こさないためにも。それで命を失うというなら、それで構わない!」
『でも、お前は彼を手に入れたいんだろう? あの優しいアンデッド。麗しい白磁の君。そして、全てのアンデッドの頂点に立つ死の支配者。私と力を合わせれば、彼を完全に私達のモノにすることだって出来るんだぞ?』
闇のイビルアイの言葉で、イビルアイは自分の動かない心臓が激しく動いているかのような錯覚を覚える。
ちらりと下を見ると、アインズが心配そうに自分を見ているようだった。しかし、イビルアイの頭の中は、次第に闇のイビルアイの意識に染め上げられ、アインズを全て自分のモノにしたいという衝動でいっぱいになっていく。
――ほしい。ホシい。ほシイ。ホシイ。そうだ。私は吸血姫なのだから……彼の精気を自分の中に取り込めば……彼は私の眷属になる。どうしてそんな簡単なことに気が付かなかったんだ?
アインズのあの優しく自分を撫でる手も、ほっそりとした骨の腕も、綺麗な赤い灯火のような瞳も、全て自分の意のままに出来るのだ。イビルアイにとって、これ以上の幸せも喜びもないだろう。
『自分に素直になれ。そして、私の手を取るんだ。たったそれだけのことだ。簡単だろう?』
イビルアイは自分の妄念そのものである、もう一人の自分にほとんど支配されようとしていた。もう一人の自分は優しく自分に微笑み、手を差し伸べている。そう、あの手を取るだけだ。たったそれだけの話だ。そして、そうすれば、アインズは二度と自分から離れていくことはなくなるのだ。
イビルアイはふらふらと、もう一人の自分に近寄り、おずおずと手を伸ばそうとした。
その時、下から鋭い槍のようなものが飛んできて、イビルアイと闇のイビルアイの間を掠めて飛んだ。
「イビルアイ、なにバカなことをしてるんでありんすか!? さっさと決着をつけなんし!」
「珍しくシャルティアが真面目なこといってる。でも、もたもたしてるなら、あたし達がやるよ。いいの?」
シャルティアと、いつの間に合流したのかアウラの声も聞こえる。
「シャルティア、アウラ、手を出すな。これはイビルアイの問題だ。イビルアイ、前にも言ったが、私はお前の選択を尊重する。だから、好きな道を選ぶと良い。その結果がどうなるのかまでは、私は保証できないが」
アインズの静かな声が、神殿の広大な空間の中で妙に大きく響き、その声はイビルアイの心の奥底に深く響いた。
――自分は今一体何をしようとしていた? アインズ様を全て手に入れようとして……、そして何もかもを失おうとしていた……。
見下ろすと、アインズは自分を見守ってくれている。彼の瞳は、愚かな自分をそれでも信じて、優しく守ってくれるような気がした。
(そうだ、しっかりしろ。私はここに何をしに来たのか忘れたのか? アインズ様はそんな風に我が物にしていいような御方じゃない! 私にとって、もっと、大事な……大切なひとなんだ……)
イビルアイの脳裏にたくさんの思い出が蘇る。アインズが嬉しそうに自分の作ったへたくそなふぃぎゅあを受け取ってくれたことも、窮地に陥った自分を助けてくれたことも、泣いている自分を抱きしめてくれたことも、それに、一緒にでーとをしてくれたことも……。
(何をやっているんだ、私は。アンデッドは精神支配されないはずなのに、危うくこんなやつの口車に乗せられるところだったなんて!)
イビルアイは、自分の目の前にいる自分自身を睨みつけた。
「黙れ! 私はお前のいいなりにはならない! さっきの私の攻撃がかなり効いたから、私を懐柔しようとしているのだろう? それに、魔法とかではなく、わざわざこういう精神攻撃を仕掛けてくるということは、お前自身は動くことも攻撃することもできず、私を飲み込んで初めて自由を得られる。違うか?」
その言葉で、もう一人のイビルアイは動揺したように見えた。イビルアイは、再び〈飛行〉で神殿の半分崩壊している天井付近まで飛び上がると叫んだ。
「ならば、これで終いだ! 私はお前をここで封印する! 〈
イビルアイが巨大な水晶の槍を作り出すと、闇の存在は後ずさりするように動いたが、その場に縛られたように動くことは出来ない。そして次の瞬間、水晶の槍は闇のイビルアイの心臓と思われる部分を貫いた。
「ぎゃあああああ・・!」
それは奇妙な叫び声をあげると、イビルアイそのもののように見える形が徐々に崩壊して元の塊状のモノに還り、やがてそこに収束していた闇のエネルギーは一瞬小さく縮んだかと思うとバラバラの小さな塊に分裂していく。それと同時に、イビルアイの中で暴走しようとしていた力も鋭い悲鳴のようなものをあげると、やがて静かに黙り込んだ。
塊は更に細かい小さなエネルギーに分散し、それは空へと次々と浮かび上がり天に還っていく。
イビルアイは闇のエネルギーが崩壊するのと同時に意識を失ったのか、ゆっくりと上から落ちてくる。それをアインズはそっと抱きとめた。
都市を覆っていた濃厚な霧は、徐々に薄れて消えていき、霧に覆われて見えなかった空が少しずつ見えはじめ、廃墟の都市に薄い光が差し込んでくる。あれほどたくさんあったアンデッド反応もほぼ残っていない。
アインズは念のため、切り裂きジャックに残っているアンデッドの探査と追撃を命じた。
(後でゆっくり状況確認はすべきだろうな。それに、ここでのアンデッドの生成法は特殊な部類なんだろうから、あまり研究の参考にはならないか。イビルアイのタレントは、かなり危険な部類のものだ)
タレントが奪えるかどうかの実験はしたいが、やはりどうせやるならもう少しナザリックに有用なものにすべきだろう。どのみちアンデッドの生成については、今のところ、アインズとパンドラズ・アクターのスキルで間に合っているわけだし。
「アインズ様、イビルアイ、大丈夫なんでありんしょうか? アインズ様の御手を煩わすのもあれですので、なんなら、わらわが抱いて連れて行っても……」
シャルティアの目が異様に輝いている。少しだがよだれを垂らしているようにも見える。アインズは心の中でドン引きした。
「あ、いや、別に重くもないからこのままで構わないとも。しかし、先程の攻撃はある意味、イビルアイ自身を封印するのに近いものだったのかもしれない。〈
アインズはイビルアイの頬を軽く叩いてみる。少しすると僅かにイビルアイが身じろぎをし、アインズは胸を撫で下ろした。
「イビルアイ、大丈夫か?」
「あ、す、すみません、私は……」
「アレを破壊した後、気を失っていたんだ。無事で良かった。立てそうか?」
「あ、はい。大丈夫です。その、ありがとうございました」
アインズは、イビルアイを下に降ろすと、イビルアイはぴょこりと頭を下げた。
「しかし、霧が晴れるとまた随分印象が違う場所だな」
アインズは破壊と崩壊の跡がはっきりと残る廃墟を見回した。元はかなりの文化を誇っていた美しい国だったのだろう。街路もかなり計画的に作られたように見えるし、神殿もかなり壮麗なものだったに違いない。
「アインズ様、あたしの方でこの国の跡地を確認しておきましょうか? かなり広そうですし」
「そうだな。ああ、せっかくだ。イビルアイ、冒険者の仕事もあるとは思うが、アウラに協力してやってくれないか? お前も故郷がどうなっているのか知りたがっていただろう?」
「はい、それはもちろん喜んで! アウラ様、よろしくお願いします」
「こっちこそよろしく! ああ、あたしはアウラでいいよ、イビルアイ。これから一緒に仕事する仲間なんだしね」
「あ、それなら、わらわはシャルティアでいいでありんすよ。今度、一緒にお茶でもいたしんしょう。その時は、その仮面は外して来てほしいでありんすね」
「あ、ああ、それじゃあ、アウラ……と、シャルティア、よろしく頼む」
イビルアイが軽く頭を下げると、アウラとシャルティアは明るい笑い声を上げた。
五武蓮様、誤字報告ありがとうございました。