イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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4: イビルアイ、恋に悩む

 翌日、蒼の薔薇のメンバーはエ・ランテルから王都へと戻っていった。

 

 イビルアイは他のメンバーを見送ると、偶然モモンと出会えることを願って、街の市場をうろついたり、冒険者組合を覗いたり、ダメ元でモモンの館に行ってみたりもしたが、やはり、今日もモモンとは会えそうもない。

 

 せっかく仲間から数日の猶予を貰ったものの、何の成果も得られなさそうな自分に落ち込んだイビルアイは、夕方になる前に宿に戻り、部屋に引きこもった。

 

「本当に馬鹿だな、私は……」

 

 ベッドに潜り込んで、自嘲するように呟く。

 

 今まで長いこと生きてきて、たくさんの人の恋愛相談に乗ったりしたけれど、まさか自分が恋に雁字搦めになって動けなくなるようなことになるとは考えたこともなかった。

 

「恋愛って、なんて甘くて苦くて切ないものなんだろう……。そして、まさかこんなに辛い思いをするものだなんて、私は知らなかった……」

 

 私は、ただ、モモン様に一目会って、話をして、そしてこの気持を伝えたい。それだけなのに……。

 

 イビルアイも馬鹿ではない。ここまで会えない以上、モモンに避けられている可能性だってあることには気がついていた。

 

 先日の謁見の場で、モモンは間違いなくイビルアイの姿を見ているはずだが、彼は自分に対して何の反応も見せなかったことも気にかかる。

 

 実を言えば、イビルアイは、モモンがもう少し違う反応をしてくれることを密かに期待していた。

 

 もっとも、あのような場で、個人的な感情を露わにすることは出来ようはずもないことだから、それだけでモモンがイビルアイを無視したということにはならないだろう……。しかし、イビルアイがエ・ランテルにいることを知っているのは間違いないのだから、彼の方から何らかの連絡をくれたっていいはずなのだ。

 

 イビルアイは、王都で、突然モモンが空から降ってきて、自分を守ろうとしてくれた時の衝撃を思い出す。そして、ヤルダバオトからの攻撃から庇うように自分に向けた大きな頼りがいのある背中も、まるでお姫様のよう……な感じではなかったけれど、自分を守ろうとして抱き上げてくれたことも。

 

 あの時、私は、モモン様が間違いなく私の運命の人だと思ったけれど、モモン様にとっては、私はただの通りすがりのつまらない女で、たまたま困っているところを見かけたから助けてくれただけだったのかもしれない……。

 

(私なんて、はじめからお呼びじゃなかったのかもしれないな。そんな風に思っただけで胸が苦しくてたまらなくなるけれど)

 

 なにしろ、彼は誰から見ても素晴らしい英雄だ。もちろん自分だって引けをとらないとは思ってもいるけれど、王都のヤルダバオトとの戦いでは共に戦ったとはいえ、自分の力などモモンにはあってもなくても特に変わりはないくらいの実力差があったことはイビルアイにだってわかる。

 

 その上、モモンには自分と同じくらいか下手をするともう少し強いかもしれない美姫ナーベというパートナーもいる。それに、先日会った魔導国の宰相という女性もとんでもない美人だった。あの二人と比べると、自分は少なくとも見た目で勝てる自信はない。

 

(仮面を外せば、私だって少しは見られる顔だとは思うんだがな……。でも、この仮面を外せば……私が人間ではないことがバレてしまう……)

 

 彼に自分がアンデッドだと知られる。そう思っただけで、心の中が凍る気がする。

 

 しかし、その反面、彼にだけは知ってほしいと思う自分がいることにも、気がつかないわけにはいかなかった。

 

 ジレンマに陥ったイビルアイはベッドの上でもがく。

 

(どうすればいい? 一体私は何をしたいんだ?)

 

 考えれば考えるほど、ヒートアップしたイビルアイの頭のなかには、モモンへの想いだけではなく、他のいろんなことがぐちゃぐちゃになってなにか混沌としたものが渦を巻き、何をどうしたらいいのかわからなくなってくる。

 

 モモンに、会いたいのか、会いたくないのか?

 モモンに、何もかも知ってほしいのか、そうじゃないのか?

 いっそ、何もかも全て諦めて王都に戻ったほうがいいのか、それとも、僅かな可能性にかけてもう少しだけ粘ったほうがいいのか?

 

 そして……私の、この愛は本当なのか、それとも……。

 

 疑問ばかりが心の中でどんどん膨れ上がり、湧き出てきて、止めることができない。

 

 イビルアイは、もはや何かを正常に判断できる状態ではなくなっていた。

 

----

 

 どれだけの間そうしていたのか。

 

 小さく自分の部屋の扉を叩く音が聞こえて、イビルアイは我に返った。

 

「ん? 誰だ? 宿の者かな?」

 イビルアイはベッドから起き上がると、扉の近くまで行った。

 

「誰だ?」

「夜分遅くに、突然にお邪魔いたしますこと誠にお詫び申し上げます!」

 

 場違いなくらい、妙に明るい男性の声が聞こえてくる。

 そして、イビルアイはその言葉で、既に夜もだいぶ遅い時間になっていたのに気がついた。

 

「私は、モモン様からイビルアイ様宛にお言付けを依頼されたメッセンジャーで、ランドと申します!」

「も、モモン様から!?」

「はい、そうでございます。よろしければ、扉を開けていただけますでしょうか?」

 

 先程までずっと頭のなかでつぶやいていた名前を聞いて一瞬頭が真っ白になったイビルアイは、勢い良く扉を開けた。

 

 すると、そこには奇妙な仮面をつけた見知らぬ男が立っていた。少しオーバーな仕草でお辞儀をする様子は、まるでどこかの役者のようにも思える。

 

「お前がモモン様からのメッセンジャーか? 私がイビルアイだ。それで? モモン様からのメッセージとはなんだ?」

「そのことなのですが……、モモン様からのお言いつけで、内容につきましてはできれば内密にお伝えしたいのです。ですので、お部屋の中に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだとも! 入ってくれ!」

 

 女性一人の部屋に知らない男性を入れるなど本来であればかなり危険な行為であるはずだが、モモンの名前を出されたイビルアイは完全に有頂天になっており、そのようなことには思い至らない。もちろん、自分がこの世界ではトップクラスの強者であるという自信もあるからではあろうが。

 

「ありがとうございます。では、失礼致します」

 男は再び大げさにお辞儀をすると、部屋に入りドアを締めた。

 

「それで? モモン様はなんと!?」

「はい、モモン様は現在大変お忙しく、イビルアイ様が度々屋敷にいらしてくださったにも関わらず、なかなかお会いすることができなかったことを非常に申し訳なく思われているとのこと」

 

「そのため魔導王陛下にお願いして明日少しばかり時間を作ることが出来たため、これまでのお詫びも兼ねてイビルアイ様とお会いし共に過ごされたいとのご意向です。つきましては、イビルアイ様のご予定とお返事をいただきたく……」

「も、もちろん、大丈夫だ! 明日なら、全然問題ない!」

 

 イビルアイは、ランドの言葉を思いっきり遮って勢い良く返事をした。

 

「それは大変よろしゅうございました。モモン様もさぞかしお喜びになることでしょう」

 メッセンジャーは優雅に一礼する。

 

「それでは、モモン様からは、イビルアイ様のご都合がよろしければ、明日の午後一時にエ・ランテルの中央広場にある魔導王陛下の像の下で待ち合わせということにしたい、と伺っておりますがそれで構いませんでしょうか?」

 

「明日の午後一時だな!? わかった! お会いするのを楽しみにしていると、モモン様にお伝えしてほしい!」

 イビルアイの仮面の下の顔は真っ赤になっていたが、相手の男には気が付かれないだろう。

 

「ご快諾いただき誠にありがとうございました、イビルアイ様。それではそのようにモモン様にお伝えさせていただきますね」

「こちらこそ、わざわざメッセンジャーまで送っていただいて心から感謝している。ランド殿、よろしく頼む」

 

「畏まりました。それでは、失礼致します」

 大仰なお辞儀をするとマントを翻して男が部屋から出ていった。

 

 扉がしまった後も、イビルアイは興奮のあまりしばらく動くことができなかった。

 

 モモンは、自分を嫌ってなどいなかったのだ!それどころか、これは完全に『でーと』というやつじゃないか!?

 

 「モモンさまぁ……」

 

 イビルアイは、完全に一人の恋する乙女になっていた……。

 

----

 

 モモンからのメッセンジャーが帰った後、イビルアイはその後しばらく浮かれて何も手に付かない状態で、部屋の中をうろうろしたあげく、ようやくベッドに再び潜り込んだものの、興奮のあまり結局ベッドの上でゴロゴロしながら時間を潰していた。しかし、アンデッドで精神異常には耐性があるはずなのに、どうにもその興奮が収まる気配はなく、諦めてベッドから起き出すと、テーブルの上にある水差しからコップに冷たい水を注いで、熱くほてるはずのないその頬にコップを押し当てる。

 

 明日はようやく夢にまで見たモモン様と共に過ごすことができるのだ!

 

 あまりの幸福感に、目眩がするように感じ、動かないはずの心臓が胸の中で音をたてている気がする。

 

 しかし――

 

 イビルアイの高揚した心に、やがて冷たい棘のようなものが突き刺さるのを感じる。

 

 自分はモモン様に自分がアンデッドであることを隠している……。

 こんな重要なことを隠したまま、モモン様に会う権利が自分にあるのだろうか?

 

 明日の『でーと』は、もしかしたら、モモン様とゆっくり二人きりで過ごす最初で最後の機会かもしれない。

 

 これまでモモン様とは会おうとしてもなかなか会えなかった。彼は今や魔導王の重臣として重用されており、常に重要な仕事で走り回っている。そんな状態が簡単に変わるとは思えない。だとすると、今後もう一度会おうと思っても、再び彼が都合をつけてくれる日がくるかどうかはわからない。

 

 モモン様と出会うまで、自分はこれまで誰も愛したことがなかった。

 

 幼いうちにこのような呪われた身体になってしまい、人を愛する権利など失ってしまった気がした。それに、不老不死である自分は、いずれは愛する相手を見送らなければいけない。自分自身に匹敵する力を持つ人間がほとんどいなかったことも、恋愛から自分を遠ざける一因ともなっていただろう。

 

 結局、この二百年間ずっと孤独なままで生きてきたのだ。

 

 蒼の薔薇のメンバーと一緒にいるのはとても楽しかった。しかし、自分はそう遠くない日に彼女たちとも別れることになるだろう。それは逃れられない宿命だ。

 

 そして、愛するモモン様が人間である以上、モモン様ともいずれ死に別れてしまうのだ。

 

 それに、このような自分の正体を知れば、モモン様だって冷たく自分から離れていってしまうかもしれない。

 

 これまで仲良くしてきた相手が、イビルアイがアンデッドであることを知り、怯えてもしくは罵倒して去っていくのは珍しいことではなかった。例外はむしろ、蒼の薔薇のメンバーと、あとほんの一握りの友人たちだけだ。

 

 自分が欲しいものは一体何なのだろう?

 

 イビルアイは考える。

 

 モモン様とのほんのひと時の楽しい時間なのか、それとも彼の真の愛情なのか?

 

 ただ楽しい一時が欲しいだけなら、明日彼と思いっきり楽しくデートをして思い出をたくさん作り、その後は彼への恋心は綺麗さっぱり忘れて、普通に良き友として再び何かの折に共に戦うことを期待して生きていけばいい。同じアダマンタイト級冒険者だ。そのような機会はいずれあってもおかしくない。

 

 でも……欲しいのが彼の真の愛情なら……。

 

 イビルアイは、自分の指に嵌められたアンデッドの気配を隠す効果のある指輪に目をやり、そして、そっと自分が被っている仮面に手を触れる。

 

「私、私は……」

 

 イビルアイは泣きたかった。

 しかし、その目からはどうやっても涙が溢れることはない。

 

 もはや自分の気持がただの友情で終わらせることができないくらい大きく膨れ上がっていることを感じる。

 

 この動かない心臓の動悸も、切ないくらい締め付ける胸の痛みも、ここで逃げてしまっては恐らく一生後悔がつきまとうことは間違いない。

 そして、アンデッドであるイビルアイの一生は永遠に続くのだ。

 

 イビルアイは絶望感に苛まされる。私はたった一人で一生こんな苦しみを抱えて生きてかなければいけないのか……?

 

 その時、ふいに、目の前に昔一緒に旅をした懐かしい人々の顔が浮かび上がり、不思議な声が聞こえた気がした。

 

『顔を上げろ! 勇気を出せ! キーノ・ファスリス・インベルン! 戦う前に逃げるな!』

 十三英雄のリーダーに叱咤された時の声が聞こえる。

『君は本当に泣き虫だね』

 呆れたような白銀の鎧の騎士の声も。

『私達はいつだって友達だろう? もし私が死んだとしても、お前さんの後ろにずっとくっついていてやるよ』

 くつくつと笑う死霊使いの老婆の声も。

 

(そうだ。こんなことでくじけてたら、これまでずっと私を励まし受け入れてきてくれた仲間に顔向けできなくなってしまうじゃないか!)

 

 こんな私だって受け入れてくれた人達はいる。皆が皆、アンデッドだからといって拒否するわけじゃない。分の悪い賭けかもしれないけど、それしか方法がないならやってみるしかないんだ。

 

「心配かけて、悪かった。本当に情けないところを見せてしまった。でももう私は大丈夫だ。きっとうまくやってみせる。だから、安心して見ててくれ」

 

 イビルアイには、仲間たちが笑いながら頷く姿が見えた気がした。

 

 そして、ふと、イビルアイはモモンの大きな背中を思い出す。静かに敵に向かい合った彼の背中は、とても大きく頼りがいがあって、どんなことからも自分を守ってくれそうだった。

 

 男に守ってもらうだけの女なんて価値が無いと、ずっと自分は馬鹿にしていた。だけど、今ならわかる。本当に相手を好きになると、自然とその人に守ってもらいたくなってしまうものなのだと。

 

「モモン様なら、もしかしたらわかってくれるかもしれない……。なぜそう思うのかは自分でもわからない。恋に目が眩んだ馬鹿な女のただの虫のいい考えかもしれない。でも、私が抱えているこの孤独も、行き場のない愛情も、理解してもらえない寂しさも……あの人ならなぜかわかってくれる、そんな気がするんだ……」

 

 だが、薄暗い明かりに照らされた部屋の中で、そう一人呟くイビルアイの声に応えるものは、誰もいなかった。

 

 

 

 




gomaneko 様、Sheeena 様、TOMO_dotty様、誤字報告ありがとうございました。

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