第三十八回守護者会議
ナザリック第九階層は、本来なら至高の存在が住まうまさに神域である。しかし、現在一人だけ残られた最高支配者の意向で、九階層にある各種施設などはシモベにも開放され、自由に使用することが許可されている。リゾート系の施設やバーなどの娯楽用途のものも多いが、その中に、ちょっとした会議や話し合いに使用できるように設えてある部屋があった。
部屋の中には大きな木製の机と座り心地の良い椅子がいくつも並べられ、洒落た観葉植物の鉢やホワイトボードなどが隅に置かれている。
普段はあまり使われることがないその部屋に、今日はいくつもの人影が並んでいた。
「えっと、それじゃ、第三十八回……でいいんだよね? 守護者会議をはじめまーす!」
本日の司会担当であるアウラが立ち上がって開会の宣言をすると、一同はおもむろに拍手をした。
そこにいるのは、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス、アルベド、セバスだ。全員、真剣な顔をして静かに向かい合っている。
守護者達はこの世界に転移してきて以来、日夜ナザリックのために働いてきた。しかし、守護者達の過重労働を心配したアインズから休暇の命が下ったのをきっかけに、当初は頻繁に場所を変えて至高の御方の考えを深く知るための勉強会を行っていた。
休暇問題が一段落して、守護者達もナザリック外部での仕事が増えて来たため、勉強会自体は一旦中止となったのだが、その後は不定期に集まって、話し合いや意見を交換する守護者会議と称した会を開くようになった。メンバーは原則として階層守護者(ただしヴィクティムとガルガンチュアを除く)及び、家令であるセバスである。
これまでの主な議題は、智謀の王であるアインズの考えを深く知るための研究発表だったり、今後自分たちがナザリックに貢献していくために何をするべきかという討論だったり、現状の報告や相談であったりした。しかし、今日の会議は何故かいつもよりも微妙な緊張感に包まれていた。
「ええと、今日の議題なんだけど、誰か何かありますか? 特になければ、デミウルゴスから大事な話があるっていわれてるんで、デミウルゴスから説明してもらう感じになるけど……」
しかし誰も返答するものはいない。アウラは一人ひとりの顔を見て発言する気配がないことを確認する。
「うん、誰もないみたいだね。じゃあ、後はデミウルゴスよろしく!」
とりあえず言わねばならないことは全部言ったとばかりに、アウラはどことなく落ち着かない雰囲気で自分の席に腰を下ろした。代わりにデミウルゴスが立ち上がると、ゆっくりと全員の顔を眺め回した。
「それでは、ここから先は私の方から説明をさせてもらおう。ナザリックの未来に係る重大な話だから、皆にもよく聞いてもらいたい」
「デミウルゴス。御託はいいから、はやく説明して貰えないかしら。そもそも今日の会は、貴方が招集したようなものなんでしょう?」
面倒くさそうにアルベドが長い黒髪をかきあげた。
「アルベド、今回の話は君にとっても非常に興味あるものだと思うんだがね?」
「あら、そうなの? 私だってデミウルゴスが無駄な話をするとは思ってはいないけれど、それは聞いてから判断させてもらうことにするわ」
挑発的に微笑むアルベドに、デミウルゴスは薄い笑いを浮かべた。何か心当たりがあるのか、シャルティアとアウラは若干顔を赤らめている。
「では、アルベドのご要望だし、単刀直入に話をさせてもらおう。これはあくまでも私からの提案なのだが、今後この会議ではアインズ様のお世継ぎをいかに得るか、ということを主な議題にしたい」
「ホウ?」
「ぐふふ……」
「やっぱり……」
「え……、えっ!?」
「…………」
さすがの一同も思わず声をあげたが、すぐに静まると、今度は部屋の温度が急上昇したかのように熱気が漂い始めた。アルベドの瞳には鋭い眼光がやどり、シャルティアは爛々と目を輝かせ、アウラは幾分恥ずかしそうに顔を俯けている。
もっとも、この会議でアインズの後継をどうするか、ということは既に何度か議題として取り上げられたことはあったので、特段珍しい話というわけではない。
しかし、その度にアインズの正妃問題が浮上して、興奮したアルベドとシャルティアは互いを牽制しつつ大喧嘩をはじめ、他の守護者たちはそれを呆れ半分で眺めつつ、とりあえずなんとか二人をなだめ、話がうやむやになってお開きになるというのがこれまでのお約束だった。
そのため、次第に主な議題としては取り上げられなくなってしまったのだ。
「ねぇ、ちょっと待ってよ、デミウルゴス。今回デミウルゴスがこの話を持ち出してきた理由もわからなくはないけどさ。今後ずっとってことは、毎回アルベドとシャルティアの喧嘩を見ることにならない?」
「確かにこれまでの流れだと、君の言うとおりになるだろうね、アウラ」
「アウラ、何てことを言うんでありんすか! わらわは別に……!」
「そうよ。私だってシャルティアと喧嘩なんてしているつもりはないわ。だってアインズ様の正妻は争うまでもなく、この私に決まってるんですもの」
「この大口ゴリラ! まだそんなことを言ってるんでありんすか!?」
「当然のことを普通に言っているだけよ。いい加減、理解したらどうかしら? このヤツメウナ……」
いぶかしげに首を傾げるアウラに向かってデミウルゴスは頷くと、いつものような口論をはじめそうになったシャルティアとアルベドを冷ややかに眺める。それに多少感じるところがあったのか、シャルティアとアルベドはおとなしく黙った。
「アルベド、シャルティア。私の話はまだこれからだから、まずはそれをおとなしく聞いてもらいたいのだが?」
「ソウダナ。マズハ、デミウルゴスノ考エテイル事ヲ聞イタ上デ討論スレバイイダロウ。ソレニ、アインズ様ノ御世継ギハ、確カニ、ナザリックニトッテコレ以上ナイ重要ナ問題ダ」
「あ、あの、僕も大事だと思います」
「私もそれには同意します」
セバスは若干鋭い視線をデミウルゴスに投げたが、そのまま静かに頭を下げた。
「ふむ、三人とも賛同ありがとう。では説明を続けさせてもらう。皆は以前ローブル聖王国を私とアインズ様とで攻略した際に行った訓練のことを覚えているかね。アインズ様は、あの時私とアルベドにこう仰った。『緊急の事態に対して、前もって準備をし、心構えを作っておくように』と。アインズ様は絶対的な存在であり、我々が戴くべき支配者であられる。しかしながら、最後の至高の御方がお隠れになられる可能性について、アインズ様御自身が指摘されたのだ。だとすれば、我々はそのような事態にならないよう最善を尽くすのは当然として、万が一そうなった場合についても考える必要がある。そのようなことを考え合わせると、私は、アインズ様の真意は、ナザリックの総意としてアインズ様の後継について真面目に考えよ、ということにあるのではないかと思う」
説明を終えたデミウルゴスは全員を真剣な表情で見つめ、一同は深く頷いた。
「確かにそのとおりだと私も思うわ、デミウルゴス。あの時、アインズ様は私達を諌められてこう仰ったの。万が一のことがあった場合にナザリックが分裂することがないように、と。不測の事態の時の私達の行動まで完全に見通しておられたわ」
「全くだね、アルベド。いつも思い知らされることではあるが、本当にアインズ様は、常に私達の数歩先を歩んでいらっしゃる」
「――ナルホド。流石ハアインズ様ダナ」
「そ、それはそうかもしれないですけど。でも……僕、アインズ様がお亡くなりになられるとか、そういうことは、その、考えたくないです」
「マーレ、あたしだって嫌だよ。けど、アインズ様がそう言われるんだから、やっぱり考えないとダメだってことなんじゃないかな……」
「そんな事態の想定をしたくないのは私だって同じさ。マーレ、アウラ。しかし、我々では言い出すことが出来ないことだからこそ、あえてアインズ様がお話しくださったのだ。私はそう思っている」
「そうね。正直あの時は、私も胸が張り裂けそうだったわ。だけど、それだけ深くアインズ様は私達のことを大事にしてくださっているのよ。アインズ様のお望みであれば、私達が従うのは当然のこと……。そう、例えそれが……」
何かを思わしげにアルベドが小さくつぶやいた。後半はほとんど独り言のようで、何を言っているのかまではよく聞こえない。
しかしその声の調子に多少違和感を覚えたデミウルゴスは思わずアルベドを見たが、アルベドはいつもの穏やかな微笑を浮かべているだけで、特に変わったところはなかった。
(どうもあの聖王国での一件以来、時々アルベドの様子がおかしいような気がしますが……。まあ、彼女がアインズ様を裏切ることだけはないとは思いたいのですがね。万が一そんなことになればナザリックも無事には済まないでしょうし)
頭の中でアルベドのこれまでの行動の数々を思い起こしてみるが、すぐに自分のそんな考えをデミウルゴスは振り払った。少なくとも、今考えるべきことではないだろう。
「アインズ様のお望みとあらば、私には何の異論もありませんな」
「そ、それは僕もそうです」
「では、皆、この議題を当面話し合うのには賛成ということでいいのかね? 賛成であれば挙手してくれたまえ」
全員が一斉に挙手をし、デミウルゴスは満足気な笑みを浮かべた。
「皆に理解してもらえたようで嬉しいよ。では、今後の進め方なのだが……」
シャルティアが軽く挙手をする。デミウルゴスが促すとシャルティアは口を開いた。
「それなら、やっぱりアインズ様には正妃が必要なんじゃありんせんか?」
「私もそう思うわ。シャルティア、珍しく気が合うわね。お世継ぎであれば、正妃の子どもこそが一番ふさわしいはずよ。だったら、当然最初に決めるべきなのは誰がアインズ様の隣に座るのかではなくて?」
アルベドとシャルティアは顔を見合わせると、再び目に狂気の光を浮かべた。
「イヤ、流石ニソノヨウナコトヲ、我々シモベガアインズ様ニ進言スルノハ、余リニモ不敬デハアルマイカ? 誰ヲ娶ラレルカハ、アクマデモ、アインズ様ノ御意志ニ従ウベキデ、ココデ決メテイイコトデハナイダロウ」
「コキュートスの意見はもっともかと。普段お側に控えている私からしましても、アインズ様は今のところ、そのようなことにあまり興味をお持ちではないように思います」
コキュートスとセバスが静かに意見を述べ、アウラとマーレは、どことなく居心地悪そうに成り行きを見守っている。
「ふむ。皆、いろいろ思うところがあるようだが、一点だけ私からも言わせてもらいたい。このまま、我々が何もせずにアインズ様にもしものことがあった場合、一体どうするつもりなのかね? 確かに我々がアインズ様の私事に口を出すのは不敬なことだとは私も思う。しかしあの叡智溢れるアインズ様のこと。我々では考えの及ばない深遠なるお考えをお持ちに違いない。この件も我々を試しておられる可能性だってあるのだよ。そうは思わないかね?」
「それについては私も同意するわ。アインズ様は私達の想定よりも、遥か先まで見据えていらっしゃるのですもの。流石は私の愛する御方……」
「ちょっと! アインズ様を自分一人のものみたいにいうのは、やめて欲しいでありんす!」
「ナルホド。デミウルゴスノ言ウ通リカモシレナイ。少々、考エガ足リナカッタカ」
「そうですな。こうして我々が話し合うことも既にお考えの上かもしれません」
「私とて好きでこのような提案をしている訳ではありませんし、至高の四十一人全てが喪われた場合のナザリックのことなどあまり考えたくありません。我々の存在意義の根底にも関わることですから。最後の至高の御方であられるアインズ様は、我々が命に変えてもお守りしなければならない。だが、それとこれとは話が違うのです。考えることを放棄するような無能なシモベを、アインズ様はお望みではないと思いますがね」
「……あたし、アインズ様に無能だと思われるのは嫌だな」
「それは、わらわだって同じでありんす。――それに、わらわは二度とそんな風にはならないと決めたのでありんす」
「ぼ、僕も……」
「でも、そうね。アインズ様がこの手のことにあまり積極的ではないのは私も認めざるを得ないわ。これまで私自身いろいろ試してみたけど、どれもはっきりと効果があるものはなかったし……。デミウルゴス。貴方、そこまで考えているのなら、当然何か案があるのでしょう?」
「もちろんだとも、アルベド。私だってこの場でこの提案をする以上、手ぶらでは来ないさ。実は数日前、例のイビルアイの故郷にご報告に伺った際に、アインズ様はお世継ぎを作ることについてご協力くださる、とお約束して下さったのだよ。シャルティア、アウラ。君たちも一緒にいたのだから、覚えているだろう?」
「なんですって! そんな大事なことを、なぜ今まで黙っていたの!?」
思わず激昂したアルベドは机をたたき、机に小さなヒビが入る。セバスはそれを見て一瞬顔をしかめた。
「アインズ様は、確かにそう仰ってありんした」
「……あたしも聞いた。イビルアイも」
「黙っていたと言っても、ほんの数日のことだよ。なかなか皆の都合が合わなかったからね。それにアルベド、君だって竜王国との協議で忙しかっただろう?」
「だからといって! 私にくらい一言教えてくれても良かったでしょう?」
「確かに守護者統括であるアルベドにはもっとはやく報告すべきだったね。それについては詫びさせてもらうよ。ただ、これで当然アインズ様も正妃について前向きにお考えくださるだろう。だから、それで私の不手際は帳消しにしてくれないかい?」
「まぁ……。そうね。これまで、アインズ様から誰もそのお言葉を引き出すことは出来なかったのだから、その点については感謝するわ。それでおあいこということにしましょう」
「話が早くて助かるよ、アルベド。さて、皆もこれで納得してくれるかね?」
「ムロンダ」
「も、もちろんです!」
「アインズ様がご了承くださっているのであれば、何も申し上げることはございません」
「それは良かった。ナザリックの最上位のシモベである我々の意見が食い違うのは由々しき事態だ。特にこのようなナザリックの将来に直結する最重要課題では、皆で協力してことに当たって行く必要があるからね」
デミウルゴスの話に納得したのか、コキュートスとマーレは頷き、セバスは重々しく頭を下げた。
「ところで、デミウルゴス。一つ聞いてもいいでありんすか?」
「なんだい、シャルティア」
「……わらわは、子どもって作れるのでありんしょうか?」
若干不安そうに首を傾げたシャルティアに、デミウルゴスは思わず苦笑した。
「まさか、君の口からその質問が出るとは思っていなかったよ。私が調べた限り、アンデッドは子どもは作れない。吸血鬼も眷属は作れても、生殖は不可能のようだ。だから、シャルティア、君も今のままでは無理だろうね。それに、アインズ様御自身も……御子を為すのは無理だと仰っていらした」
「え、じゃ、じゃあ……、アインズ様のお世継ぎはそもそも無理ってことなんですか?」
「残念ながら、現時点ではそうだと言わざるをえない。ただ方法が全くないわけではないらしいんだ。もっとも具体的な手段は今調査しているところなのだが、既に多少の目星はつけている」
「ふうん? それはどんな方法なのかしら?」
「具体的なことを話せるようになったら話すつもりだ。アルベド。今はただの可能性に過ぎないからね。私としてはいたずらに皆を混乱させるようなことはしたくないんでね」
「そう。でもそうすると、シャルティアには悪いけど、今回もあまり役にはたたないんじゃないかしら?」
アルベドは鼻で笑い、シャルティアはぎりぎりと歯を噛みしめる。
「アルベド、その条件はアインズ様も同じであることを忘れてはいけないよ。だから、私としてはアンデッドであるシャルティアやユリ、それにイビルアイも十分候補になりうると思っている」
聞き捨てならない名前を聞いてアルベドからギリィという大きな音がした。
「どういうことかしら? デミウルゴス。シャルティアやユリはともかくとして、何故イビルアイを候補に数えなくてはいけないの? アインズ様はあまり気にされてはおられないようだけれど、私は認めないわよ。あんな……取るに足りない小娘なんて……!」
「候補にするくらい、いいんじゃありんせんか? イビルアイはなかなか悪くないと思いんす。それに、わたしは既にイビルアイはナザリックの一員だと思ってありんす。もちろん、だからといってアインズ様の隣の席は譲る気はないでありんすけど」
「あたしも別に構わないよ。それにどのみち候補とかいっても、最終的にお決めになられるのはアインズ様なんだし。負けなければいいだけじゃん?」
「私も既にナザリックとしての活動にも参加しているし、イビルアイはナザリックの一員としてみなしてもいいと思っている。それに、二人が言う通り、誰が候補であろうとも、アルベドがアインズ様に選ばれればいいだけじゃないかね? それとも、自信がないからそのようなことを言っているのかい?」
「――デミウルゴス、それは一体どういう意味かしら? それとも、もしかして貴方は私が選ばれない方がいいとでも思っているの?」
アルベドは烈火のような視線でデミウルゴスを睨みつけ、デミウルゴスはアルベドに極寒の視線を向ける。一触即発の緊張感が部屋に漂った時、コキュートスが一喝した。
「鎮マレ! 例エ、アインズ様ガオラレナイ場トハイエ、コノヨウナ事デ守護者同士ガ争ウノハ言語道断ダ!」
二人の怒気は一瞬で収まり、二人はコキュートスに謝罪した。
「うん、とりあえずさ、コキュートスの言う通り冷静に話し合おうよ」
「まったくでありんす。アルベドはちょっとイビルアイを気にしすぎでありんすね」
「そ、そんなことは……!」
「ともかく、アルベド、少し落ち着きたまえ。私はあくまでも、誰が正妃になるかよりも、より確実にアインズ様の御子を得ることを重要視している。それに、これは我々の未来だけではなく、アインズ様にとっても大事なこと。だからアインズ様の御意志に背くような正妃争いをしたり、アインズ様に無理やり迫ったり、あまつさえ至高の御身を押し倒したりするのは、あってはならないことだ。それは心得てもらいたい」
「マッタク、不敬極マリナイ行為ダナ」
「ぐっ……」
「わ、わかってありんすよ……」
デミウルゴスとコキュートスから軽く睨まれ、日頃から心当たりがある二人は、揃ってバツが悪そうな顔をした。
「トモカク、アインズ様ガヨウヤク前向キニナラレタノデアレバ、当然、御相手ハアインズ様ノ御意志ニ従ウベキダロウ」
「私もそのように考えます。我々が口を挟むのは僭越かと」
「ただ、その意見はわからなくはないけれど、アインズ様はいずれ世界の王に、そして神の座に着かれる偉大なる御方。その隣に座る者には当然ふさわしい格があるわ。だから最終的にはアインズ様にお決めいただくにしろ、妃候補はある程度厳選するべきではなくて?」
「まぁ、それはそうでありんすよねぇ。アインズ様が心に決めたのならそれに従うつもりはありんすが……」
そのとき、おずおずとアウラが手をあげた。珍しく顔が多少こわばっている。
「ん? どうしたんだい、アウラ。何か意見があるなら遠慮なくいいたまえ」
「そ、その……、あたしも、アインズ様のお妃候補になりたいなって思って……」
「なっ、チビ!?」
「アウラ!?」
「これまでは、アルベドとかシャルティアがすごい積極的だったし、あたしもまだまだ子どもだし、なんか話すタイミングをずっと逃しちゃってたんだけど、ここで言わないと後悔しそうだから……。選んでいただけるかはわからないけど、あたしもアインズ様の隣に座りたい……です」
「そうか、アウラがそう思っていたのは気が付かなかったが……アインズ様はアウラがそう思っていると知れば喜んでくださるんじゃないかと思うよ」
デミウルゴスにそう言われて、アウラの顔は耳まで真っ赤に染まった。
「あ、あの……ぼ、僕も……」
「マーレ、どうかしたのかね?」
「い、いえ、その、何でもないです……」
マーレは一瞬手をあげかけたが、きまり悪そうに口ごもるとそのまま俯いた。
「ふむ。そうすると、女性守護者は全員立候補するということだね。私だってアインズ様の正妃になられるのは、ナザリック所属のものである方が好ましいと思っている。それが守護者統括や階層守護者なら、より身分的な釣り合いも取れるし理想的ではある。だが皆も知っての通り、アインズ様はこの手のことにはあまり積極的な方ではない。だから最終的にアインズ様が選ばれた方がナザリック外のものであっても、この際構わないのではないと思っている。少なくとも、それが誰であろうと私は反対するつもりはない」
「……確認するけれど、デミウルゴスは、アインズ様が選んだ相手ということが重要で、それ以外のことは些事だということかしら?」
「まあ、極論をいえばそうだね。それに叡智に溢れるアインズ様がお選びになった方に、シモベが口を出すなど余りにも不敬だと思わないかね?」
「ふふ、それもそうね。貴方の考えはよくわかったわ。デミウルゴス」
アルベドは優美な笑みを浮かべて頷き、シャルティアとアウラはいぶかしげにアルベドを見た。
「どうしたでありんすか? アルベド。さっきまでとは随分態度が違うでありんす」
「うん、ちょっと気持ち悪い」
「そう? 気のせいだと思うけれど。シャルティア、アウラ、あなた達はどうなの?」
「……わらわは、もちろんアインズ様のご決定は受け入れるでありんす」
「あたしだって、アインズ様がお決めになられたことなら、当然従います」
「――まあ、とりあえず三人とも納得してくれたようで嬉しいよ。では、この件でのルールを私から提案させてもらおう。やはり、我々守護者は一枚板でなければいけないからね。一つ、ナザリックでの役職や地位、種族などに関わらず、皆平等にアインズ様の正妃になる権利があり、候補となることができる。これは、ナザリック外の者も例外ではない。二つ、アインズ様に無理強いするような行為は絶対に行わない。三つ、アインズ様がお選びになった方は、相手が誰であろうと正妃として認める。四つ、正妃になれるのは一人だけだが、アインズ様ほどの御方が妃を一人に限定する必要はないだろう。だからアインズ様がお望みになれば、何人でも妃にはなりうる。どうだね? そう悪い取り決めではないだろう?」
デミウルゴスは全員をゆっくりと見回す。
「デミウルゴス、一ついいかしら?」
「なんだね、アルベド」
「その無理強いする行為というのはどこまでが含まれるのかしら?」
「――例えば、君が謹慎処分を受けたような行為とか、君がスパで断りもなくアインズ様の御身体に触れようとしたことは不可だと思うがね」
「え、じゃあ、アインズ様に膝に載せていただいたり、一緒に魔獣に乗ったりするのはダメ……だった?」
「アインズ様が嫌がられていなければいいのではないかね?」
「アインズ様にキスを求めたり、ハグをするのは……ダメでありんすか?」
「流石に、それはちょっとやりすぎではないかね?」
「デミウルゴス。貴方の答えを聞く限り『無理強いする行為』という言い方では余りにも曖昧すぎると思うの。要するにアインズ様が特に嫌がられていなければ、何をしても基本的には問題はないのでしょう?」
「それは、まあ、そうだね」
「それなら、無理強いする行為じゃなくて、アインズ様にダメと言われたらやめる、というのではどうかしら?」
「悪いが、アルベド、君はダメと言われても止められないだろう? ただ、無理強いするというよりも、アインズ様のご許可を得ずに御身体に触れる行為、に変更しようか」
「ご許可があれば、構わないってことでありんすね?」
「そうだ。それならわかりやすいだろう?」
三人は大きく頷いた。
「それでは三人とも納得してくれたようなので、この修正案で採決を取りたいと思う。反対か賛成か、どうだね?」
「デミウルゴスノ提案ヲ支持スル」
「私もそれで宜しいかと思います」
「わらわも賛成しんす」
「あたしも構わないよ」
「ぼ、僕も賛成です」
五人は即座に提案に同意したが、アルベドはいつもの微笑を浮かべたまま、その様子を黙って見ている。
「賛同ありがとう。アルベドはどうだね? まだ何か意見があるなら聴かせてほしいんだが」
「あら、もちろん、賛成に決まってるじゃない。流石はデミウルゴスと思っていただけよ。素晴らしい提案だわ」
(どうもアルベドの態度が引っかかりますね。最初はあれほど不満そうだったのに、何かアルベドに都合のいい部分があったのか?)
デミウルゴスは自分の提案内容を頭の中でざっと吟味したが、取り立ててアルベドに利する部分はないように思われる。
(まあ、とりあえず、全員が受け入れるということであれば良しとしましょうか。ともかく、まだ計画は始まったばかりですし。この話を少なくとも守護者の総意にしておかねば、後々まずいことにもなりかねませんから)
「全員が賛成ということですね。非常に喜ばしい限りです。それでは当分の間このルールに従い、アインズ様に御相手を決めていただけるよう皆で協力して行きましょう。但し、自薦者達はくれぐれもアインズ様にはご負担がかからぬ程度にアピールすること。私としても女性守護者の誰かが選んでいただけるのが望ましいのは確かですので、協力は惜しみませんよ」
「ソウダナ。私モ早クアインズ様ノ御子ヲ御世話申シ上ゲタイ。ソノタメナラ、幾ラデモ協力シヨウ。爺ハ頑張リマスゾ……若……」
「アインズ様の御為に働くのは当然のこと。必要なことがあれば言っていただければ」
「ぼ、僕も……、応援します……」
「それでは、この件については、後ほどアインズ様にもご報告をしておきます。それと、ナザリック中に周知と、後は、エ・ランテルにも話を流しておくことにしましょう。王であるアインズ様が御結婚されるとなれば、国民にも当然知らしめる必要がありますからね」
「あ、あたし、負けないからね! アルベド、シャルティア」
「それはこっちの台詞でありんす」
「ふふ、フェアプレイよ。忘れないでね」
熱い女の戦いが始まったのを見ながら、小さくため息をついたデミウルゴスは、厳かに第三十八回守護者会議の閉会を宣言した。
大変遅くなりました。
実は当初別の話を書いていたのですが、そちらを書いているうちに、このエピソードがあったほうがいいのではないかと思い、急遽こちらの話に変更しました。次回の幕間話は、その当初書いていた話になる予定です。
最近非常にたてこんでおりまして、なるべく月に一度は更新しようと思っていたのですが、それが厳しくなりつつあります。そのため、結構お待たせしてしまうかもしれませんが、今後は出来る範囲で更新していこうと思います。
宜しければお付き合い頂けると嬉しいです。