イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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時系列的には前回の話の数カ月後。
この話までが四章の前の幕間です。


恋の迷路(前編)

 アインズの毎日はそれほど代わり映えするものではない。

 

 夜が明けるまでメイドに監視されながら、ベッドで本を読んで眠れない時間を潰すのは、ひたすら苦痛でしかないが、まだ我慢できる。

 

 その後、複数人のメイドに囲まれて、アインズには理解できないセンスの服に着替えさせられるのも、いまだに抵抗感は感じるが……多少は慣れた。

 

 国政に関する訳のわからない書類を読むのはどうにも我慢ならなかったが、これも支配者としてやるべきことだと自分に言い聞かせて、なんとか配下の期待を裏切らないよう努力はしている。

 

 しかし、いくらなんでも、これはあんまりじゃないだろうか。

 

(視線が痛い……。痛いというより、突き刺さってくるような気がする……)

 

 アインズがエ・ランテルの執務室で仕事をしている時も、たまに気分転換に街を散歩する時も、ナザリックに戻って第九階層を歩いていても、自室でくつろいでいる時でも、アインズは常に誰かからの強い視線にさらされていた。

 

 今もナザリックの寝室、つまりは一番アインズにとって安全であるはずの場所で、本日のアインズ当番であるフォアイルからの熱烈な視線を感じ取っている。

 

 もちろん、アインズ当番のメイド達は、これまでもずっとアインズの行動をつぶさに見ていたのだから、それと何も変わらないと思うことも出来る。しかし、彼女たちがアインズに熱い視線を向けている理由が理由だけに、アインズとしては、これまで以上にいたたまれない気分に陥っていた。

 

 理由はわかっている。先日、デミウルゴスに約束した例の一件のせいだ。

 

 アインズは、竜王国でデミウルゴスの望みに多少手を貸すことを約束した。確かにそれは事実だが、アインズとしてはそれ以上でもそれ以下でもない。

 

 相手の依頼を断る時は、可能な限り誠意をみせる。鈴木悟はそれが営業として大事なことだと先輩から教わった。その相手にいつ自分が頼み事をすることになるかわからないからだ。人脈というのはそうやって繋ぐものなのだと。

 

 デミウルゴスにいくら望まれても、ナニもない自分に子どもなど出来よう筈もないが、かといって大切な部下のたっての望みを無碍にすることも出来ない。

 

 だから、せめて最低限の誠意として、多少の協力くらいならしてやってもいいだろう。あくまでもそんな軽い気持ちだった。例えそれが結果的に相手の望みに繋がらないとしても。

 

 しかし、アインズが竜王国でやるべきことを全て片付け、意気揚々とナザリックに帰ってきた数日後には、どういう訳か、自分がついに誰かを正妃として娶ることが確定したという話に変わっていた。おまけにその話はナザリックだけではなく、エ・ランテルにも広まっているようなのだ。

 

 流石に『そういう視線』をアインズに送ってくるのはナザリックの者がほとんどだが、エ・ランテルの住民たちも自分が誰と結婚するのか賭けをしたりしているらしい。少なくとも、パンドラズ・アクターはそう言っていた。

 

 それでも、メイドからの視線などは可愛いものだ。頬を赤らめて自分を熱意をこもった視線でうっとりと眺めているだけだし、それ以上の行動に出ようとするわけではない。

 

 それに、アウラも……。まさか、まだまだ可愛い子どもだと思っていたアウラから、自分と結婚したいとアプローチを受ける日が来るなんて考えてみたこともなかった。

 

(ちょっと前までは、子どもっぽく膝に乗りたいとねだってくるくらいだったのになぁ……)

 

 突然可愛らしいワンピースを着て執務室に現れたアウラを見て、アインズは激しく動揺した。アウラの服装はぶくぶく茶釜の設定の一部であるはずで、それをまさかNPC自身の意志で変えるとは思っていなかった。つまり、創造主の設定以上の行動をするくらい、アウラも本気なのかもしれない。そのこと自体は、友人からの大切な預かりものが、年齢相応に成長してきていることだと喜んでもいいはずだ。

 

 問題は――

 

(今のアルベドやシャルティア相手に、護衛がセバスとハンゾウだけでは心もとないな。かといって、単純に数を増やしたからといって、あの二人の抑えになるわけじゃない。コキュートスはどうだろう? でもコキュートスは今は北部の沼地だけではなく複数の地を管理している。たかだかこの程度のことで呼び戻すわけにはいかないだろう。デミウルゴスには神王国と竜王国を任せているし、マーレ……はまだ子どもだ。このような騒ぎに巻き込むわけにはいかない。パンドラズ・アクターも、モモンだけじゃなく、今は俺が手が回らない時の代理も一部任せているし、いくら有能とはいえ、これ以上仕事を増やすのもはばかられる。一体どうしたらいいんだ)

 

 アインズは使えそうな手元の札をあれこれ考えたが、結局何もいい考えは浮かばない。まさかデミウルゴスが、あの話をこんな風に解釈しているなんて思ってもみなかった。少なくとも、今のアインズには誰かと結婚するつもりなんてまだない。そもそも、自分が結婚するというイメージすら浮かばなかった。

 

 リアルで自分の机の上に置いていた両親の写真のことを考えてみるが、自分を抱いた両親がどんな顔をしていたのかすら、ぼんやりとしか思い出せない。結婚といって多少思い出せるのは、たっち・みーなどのギルメンがしていた家族の話くらいだ。それもどちらかといえば、ログアウトする時の決まり文句のようなことが多かった気がする。

 

(デミウルゴスめ……。何が、全ては俺の望みのままに、なんだよ!)

 

 この件を報告しに来た時のデミウルゴスが余りにも嬉しそうで、アインズはどうしても違うと言うことができなかった。ことの発端がデミウルゴスでさえなければ、上手く皆に説明させて、それは誤解だと皆に納得してもらうことも出来たかもしれないのに。

 

 ともかく、相手を選ぶよりも何よりも、獲物を狙う猛獣のような目つきで側に控えているアルベドや、隙あらばアインズの寝室に忍び込んで来ようとするシャルティアをなんとかしなければ……。このままでは、近いうちに自分が喰われることになるに違いない。主に物理的な意味で。

 

(それにしても、どうして俺はアルベドにあんな設定変更をしてしまったんだろう……。確かに、容姿は俺の好みではあったし、タブラさんの設定があんまりだったとはいえ、あんなことしなくても良かったじゃないか。今更後悔して仕方がないことだけど)

 

 アインズは出ないため息をついた。

 

 イビルアイもエ・ランテルの執務室には相変わらずよく遊びにきているが、やはり若干反応がおかしい。何か尋ねようとしても、急に身体をビクリとさせたり、声も変に緊張している気がする。どう考えても以前よりもよそよそしい態度だ。

 

 もっとも、これについてはアインズとしても多少は、いや、かなり反省をしていた。

 

(さすがに、イビルアイにあんなことしたのは失敗だった。あの時は、なんとなく雰囲気でそんな感じになっちゃったけど。考えてみたら、あれってただのセクハラだよな? 会社の会長とかに無理やりああいうことされたら、一般社員が嫌な顔なんて出来るはずない。それなのに、何の断りもなくやるなんて……。女性社員にセクハラする会長がいる会社とか、どう考えてもブラックすぎる。せっかくナザリックをホワイト企業にしようと頑張っていたつもりだったのに。俺って最低だ……)

 

 自己嫌悪で、できればこのままベッドで転がり回りたいという衝動に駆られたが、流石にフォアイルの目の前でやるわけにもいかない。それに約束の時間まであまり余裕もないから、そろそろ寝室から出て支度もしないといけない。

 

 考えても結論の出ない問題に頭を悩ませながらも、とりあえず外側だけはいつもの支配者ロールで取り繕ったアインズは、渋々立ち上がると、フォアイルを連れてドレスルームに向かった。

 

 

----

 

 

 豪奢な応接室には既にドラウディロン女王と、同席するアルベドとデミウルゴスが揃っており、三人とも床に跪いている。アインズに付き従ってきたフォアイルは扉の脇に立ち、アインズはそのまま支配者らしい振る舞いで、上座側のソファに堂々と腰を下ろした。それから、面倒くさいながらも、頭を下げたままのドラウディロンにソファに座るよう勧めた。

 

 ドラウディロンは多少ぎこちなかったが、丁寧に礼を言ってアインズの向かいに優雅に座り、アルベドとデミウルゴスはアインズの後ろ側に控えるように立つ。

 

 一般メイドが静かにワゴンを押して入室してくると、ドラウディロンの前に香りの良い紅茶と菓子を出して退出していった。

 

 ドラウディロン女王は今回も妖艶な美女の姿で、胸元が大きく開いた赤い扇情的なドレスをまとっている。竜の血を引いているせいか、女王はナザリックの異形の前でも他の人間のように怯えたところはあまりない。しかも、堂々と威厳ある振る舞いをしながらも、必要な礼節はわきまえている。そのため、シモベたちからの好感度は比較的高いらしい。

 

 女王はにこやかに微笑むと、少しばかりアインズの後ろを見やる。その瞬間、薄ら寒い冷気が部屋に漂ったような気がしたが、アインズはそれに気が付かなかったことにした。

 

「お待たせして申し訳なかったな、ドラウディロン女王」

「いいえ、魔導王陛下のおかげで竜王国の復興も順調に進んでおります。こちらこそ、お忙しい陛下のお時間を割いていただけるだけでも、かたじけないことと思っている」

 

「まぁ、今日の話はこちらとしても非常に重要なことだ。私は女王がお持ちになられている知識や能力を、とても価値が高いと判断している。だからその対価としても、我がアインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国としても、竜王国に援助をするのは当然のことだ」

 

「心から感謝いたします、魔導王陛下。私は元より、以前のお約束通り、陛下に持てる能力を全て捧げる覚悟。もっとも、能力だけではなく、この身体もお好きにしていただいて構わんのだが……」

 

 そういってドラウディロンは僅かに胸元をアピールするような仕草をした。実際に見た経験があるわけではないが、少なくとも人間としてはかなり豊満な胸に見える。アルベドと比べるなら、どちらが大きいのか。アインズはどうでもいいことを考えて現実逃避したくなるが、そのような考えを即座に振り払った。

 

 デミウルゴスからの報告では、いまだに竜王国はドラウディロン女王をアインズの妻とすることを諦めてはいないらしい。アインズは一応やんわりと断ってはいる。だが、デミウルゴスも女王との件はまんざらでもない様子なのだ。

 

(確かに、女王は竜との混血。異形種といえる存在だし、この世界でも希少な能力を持っている。だから、ナザリックとしては悪い話ではないのだろうが……)

 

 アインズは八方塞がりのような現状を考えて、もう無い胃が痛むような思いに駆られる。それでなくとも、既に自分の周囲で起こっている騒動で手一杯なのだ。そこにドラウディロンまで参加することになれば、一体どんな面倒事が起こるのか。アインズとしては正直考えたくもなかった。

 

 それに――

 

 不意にアインズの脳裏に赤い瞳の少女の顔が浮かぶ。ずっと側にいてくれると約束してくれた、気丈な吸血姫の姿が。なぜかはわからないが、もはやないはずの心臓が脈打つような気がする。こんな気持ちになるのは、アインズは生まれて初めてだった。

 

「あ、いや、ドラウディロン女王。その、結婚についてはだな……」

 

「なんでも、魔導王陛下は近々迎えられる妃の選定に入られるご予定と聞き及んでいる。属国の女王という身分ではあるが、僭越ながら、私も、そう、別に正妃とまでは申すつもりはない。ただ、その末席にでも加えていただけたら、竜王国としてもこれ以上ない喜びとなろう。どうかご検討をお願いしたい」

 

 ドラウディロンの瞳は真剣そのもので、さすがのアインズもこれは適当に誤魔化すのは難しいと感じる。さり気なく、後ろの守護者二人の様子を伺うが、特に何か口をはさむ様子もない。いつものアルベドなら強硬な反対意見の一つもいいそうだが、表面上はいつもどおりの笑みを浮かべているようだ。だとすると、どちらもこの件については、あらかじめ了承していたのだろう。

 

 若干、配下に裏切られた気分になりつつも、アインズはやむなく観念した。

 

「確かに、そのような話は持ち上がっている。しかし、今のところ、まだ何も決まっているわけではない。女王のお望みにお答えできるかどうかもわからないのだが?」

 

「それはもちろん、私の方から強く申し上げられることではないことは承知の上。ただ、魔導王陛下の僅かばかりの情けをこの身にもかけていただけるのなら、それだけで十分というものだ」

 

 言質は取ったとばかりにドラウディロンは微笑み、敗北者たるアインズは乾いた笑い声をあげた。

 

「まあ、そのような話はまた今度改めて、ということにさせていただきたい。今日はそういう目的の場ではないのだし。ドラウディロン女王、早速だが、始原の魔法について知っていることを教えていただきたい。どうも私の知っている魔法とは異なる体系のものとは聞いているが、それは一体どのようなものなのだ?」

 

「始原の魔法というのは、この世界に元々存在していた魔法のことだ。我が曽祖父は名だたる竜王(ドラゴンロード)の一竜として数多くの始原の魔法を使いこなしたと聞く。しかし曽祖父が亡くなったのは私がまだ幼い頃だったし、曽祖父がどのような魔法を行使したのかまでは詳しくは知らない。そもそも始原の魔法は、八欲王がこの世の理を塗り替える前まで、ごく一般的に使われていた魔法だったのだ」

 

「八欲王か……。五百年前に世界を制圧したとかいう伝説があると聞いたことはあるが」

 

「さよう。古の八欲王との戦いでも、竜王たちは始原の魔法を行使し、かの欲深き王たちと戦ったそうだ。しかし、そこでなんらかの世界を捻じ曲げる力が働き、それ以来、位階魔法が世の魔法の中心となったのだとか。今の世で、始原の魔法を使えるものが僅かなのはそのためだ。竜といえど必ずしも使えるとは限らん。昔は習って習得することも出来たそうだが、今の始原の魔法は生まれつき能力を持っているものしか使用できんのだ。そのため、始原の魔法を使えるものは『真なる竜王』という尊称で呼ばれる。そして、現存する真なる竜王のほとんどは、アーグランド評議国を治めている竜王たちだ。稀に人の身でもタレントとして使えるものもいるとは聞いてはいる。もっとも、それが使い物になるかどうかは怪しいがな」

 

「使い物になるかどうかわからないというのは、どういうことだ?」

「竜の血が八分の一入っている私ですら、実質的に始原の魔法を行使することは出来ないからだ」

 

 ドラウディロンは自嘲気味に肩をすくめ、一瞬沈黙が部屋を支配する。そんな中、アインズの後ろから声がした。

 

「畏れながらアインズ様。発言しても宜しいでしょうか?」

「もちろんだ、デミウルゴス。アルベドも疑問点があれば自由に女王に質問してくれて構わない」

「ご許可ありがとうございます、アインズ様。では、ドラウディロン女王。どのような理由で、始原の魔法は使い物にならないと言えるのですか?」

 

「そうだな。始原の魔法にもいくつか種類はあるのだが、発動する際に使用するのに位階魔法とは異なる代償を要求されるのだ。位階魔法では魔法の力のようなものを消費すると聞いているが、始原の魔法で消費するのは、命の力とでも言うべきものだ」

「命の力? つまり、魔法を使用する代償に己の生命力を削る、という意味か?」

 

「まぁ、そのようなものに近いのかもしれない。詳しい仕組みは私も理解しているわけではないが、私が習得している始原の魔法を行使するには、その魔法の発動の源泉となる数の生贄が必要なのだ。例えば、私の持つ一番強力な攻撃魔法なら、百万の人間を生贄に捧げねばならない。もちろん、そのような数の生贄を集めること自体は不可能ではない。おそらく竜王国の民の多くを費やせば、私は始原の魔法を発動してビーストマンどもを打ち砕くことも出来たかもしれない。しかし、それだけの民を犠牲にして何になろう? 事実上、竜王国が瓦解してしまうのは明白だ。だから効果との釣り合いを考えると、私には実質的に行使不可能。つまり、使い物にならないというわけだ」

 

「百万の生贄……ですか……」

 

 もともと、あまり人間という種の命に重きを置いているわけではないデミウルゴスやアルベドまでもその数の凄まじさに絶句したようだ。

 

 アインズとしても、流石にそれが実用レベルの代物ではないことくらい理解できる。何しろ、以前の王国と帝国の戦争で駆り出された兵の数でいいところ三十万人ほどだったと聞く。それだけの人間を媒介素材に使用して、発動する魔法の効果がどの程度であるにしても、確かにそうそう使い物になるものとは思えない。

 

(生贄を捧げる……というと、俺の黒の叡智のようにそもそも生贄を対価として消費するタイプなのか? それとも魔法の行使に使っているのは MP ではなく HP? むしろ実は経験値消費型で経験値の代替として、生贄を消費しているということもありえるか?)

 

 しかし試しに実験するにしても、要求される対価があまりにも大き過ぎる。

 

「そうすると、女王は実際に始原の魔法を行使されたことはない、ということですか?」

「ああ、そうだ。だからこそ、私は『真にして偽りの竜王』などという不名誉な二つ名をつけられているのだから」

 

「……ドラウディロン女王。つかぬことを伺うが、先程名前のあがったアーグランド評議国の真なる竜王であれば、今でも始原の魔法を行使出来るということか?」

「私の知る限りそのはずだ、魔導王陛下」

 

 ドラウディロンは頷き、「失礼」と一言断って紅茶を飲んだ。

 

「つまり、始原の魔法について、現在最も詳しいのはアーグランド評議国ということだな」

「そういうことになる。中でも、評議国の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)であるツァインドルクス=ヴァイシオンは、かなり強力な攻撃魔法の使い手といわれている。なにしろ、彼はかの竜帝の息子でもあるしな。私の魔法は、いいところツアーの劣化版だろう」

 

(ツアーというと、イビルアイが友人と言っていた例の竜のことだったか。つまり、始原の魔法について本当に知りたければ、アーグランド評議国と友好関係を結ぶか、もしくは力でねじ伏せてその竜王とやらから情報を得なければいけない、か)

 

 アインズとしては、もともと未知である始原の魔法に強い興味を持っていた。ナザリックの戦力強化が可能になるなら『流れ星の指輪(シューティング・スター)』を使ってでも習得したいとも。

 

 位階魔法には習得数に制限がある。だからアインズが新しい位階魔法を習得することは困難だろう。だが、ユグドラシルにはなかった始原の魔法であれば、その制限を越えられるかもしれないと考えていたのだ。

 

(しかし、今の話の感じでは、期待したほど戦力強化にはつながらないか? まぁ、女王本人が使用できない能力だから、知識も相当限られているのかもしれない。だが正直『流れ星の指輪』の使用回数を削ってまで習得するのもためらわれるな。レアな能力ではあるから、コレクター心はくすぐられるんだが……)

 

 アインズが、ちらりとデミウルゴスとアルベドの様子を伺うと、二人ともあからさまではないものの、やはり微妙な表情をしている。この件については、一旦判断は保留にした方がいいだろう。

 

 そもそも、この世界で普通に使われていた魔法なのだから、本来そこまで使い勝手が悪いというのは考えにくいし、女王の記憶違いという可能性もある。できれば、もっと精度が高い情報がほしいところだ。

 

「ふむ、なるほど。お話はよくわかった。ドラウディロン女王。そうすると、実地で魔法を見せてもらうというのは難しそうだな?」

「申し訳ない。始原の魔法を行使しているところをご覧になりたいのなら、やはり評議国の名だたる竜王たちに頼むほうがいいと思う」

 

(始原の魔法自体の問題ではなく、人間との混血である結果として、ドラウディロンの竜としての種族レベル自体が低い可能性もあるか。もしくはタレントとしての能力の問題なのか。八欲王の行った何かのせいで、本来の始原の魔法よりも効果や威力が落ちている可能性もあるかもしれない。何らかの形で情報の裏付けは取るべきだな。実験することも出来ないとなれば、やはり……)

 

 ――なるべく早めに、アーグランド評議国とコンタクトをとる必要がありそうだな。

 

 アインズは心のメモ帳にそれを書き留める。

 

「そうすると、幼い少女に変身する能力などは、始原の魔法を使っているわけではないのか?」

 

「ああ、これは始原の魔法とはまた別の力だ。他の生物の姿に変化することができる私の特殊能力でな。しかも、これは見た目を単に真似ているのではなく、人間形態の時は完全に人間と同等の存在になる。この能力を使って曽祖父は人間の女性を娶って子を成し、竜王国を作ったと聞いている。流石に竜の姿では、人と交わることは難しいからな」

 

 女王の言葉で、アインズは後ろの二人から、妙に強い圧力のようなものを感じた気がした。

 

「……ドラウディロン女王。少々お伺いしても宜しいでしょうか?」

「なんだろう? デミウルゴス様」

 

「竜王国の祖である竜王は人間形態をとって人間を交わったということですが、竜同士であれば当然竜形態でということですね?」

「もちろん、その通りだ。例えば、私が子を成そうと思えば、相手が竜なら竜形態で、人であれば人間形態で交わるということになるだろう」

 

「――やはり、竜と人がそのままの形態で子どもを作るのは難しいのですか?」

 

「普通は無理だな。体格も違うし。それに、異種族間で子どもを望むこと自体が困難だ。我が曽祖父である七彩の竜王は人間のみならず、多彩な生物に姿を変えられたという。曽祖父の竜の姿は鱗が七色に煌めいてみえたことから、七彩の竜王という名がついたといわれているが、多種多様な生物に変化する優れた能力を讃えたものともいわれている。曽祖父にこの能力があったからこそ、人と竜が共存する竜王国が出来たのだ」

 

「ふむ。そうしますと、全ての竜が人間形態を取れるというわけでは……?」

 

「それは違う。竜は個体ごとに異なる能力を持っている。だから人間の女性を妻にした竜は曽祖父くらいだろう。まぁ、その結果、他の竜王達とは一線を引く関係になってしまったらしいが。そもそも、竜たちは人間という種に重きを置いているわけではない。彼らはどちらかといえば……、そうだな。世界の管理者であるとか調停者であるとか、そういった認識を持っているのだ。だから、特定の種族を重んじることもないし、同属の血を引くからといって竜王国を庇護することもない。むしろ、我が国の苦難に対しては、法国の方がいくらか協力的だったとも言えるくらいだ」

 

 ドラウディロンは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「なるほど。だから、竜王国はある意味近親とも言えるアーグランド評議国ではなく、魔導国に援助を請いにいらしたわけか」

 

「その通りだ、魔導王陛下。恐らく彼らに援助を頼んだところで、救いの手を差し伸べてくれることはない。それは、彼らにその力がないからではなく、あくまでも、繁栄も滅びもあるがままを良しとするという、竜独特の世界観に基づくものだ。彼らが万一動くとすれば、世界そのものを動かす力を持つという『ぷれいやー』といわれる存在が、世界に滅びをもたらそうとして世界盟約が発動した場合くらいだ。だからこそ、竜王国は魔導国に対しては多大なる恩義を負っているし、可能な対価は惜しまないつもりだ」

 

 ドラウディロンの口から発せられた『世界盟約』という言葉に、アインズのみならず、後ろの二人も反応したように思える。対価といいつつ、ドラウディロンが胸元を少しアピールするようにさりげなく動かしたが、アインズは見なかったふりをした。

 

「ドラウディロン女王。私は最近まで魔法の研究に明け暮れていたため、寡聞にして存じ上げないのだが、世界盟約とはどのようなものなのだろうか?」

 

「ん? ああ、この話を魔導王陛下はご存知ではないのか。まあ、確かにこの話は誰でも知っているというわけではないから、仕方がないかもしれん。五百年前、八欲王を倒すために、竜だけではなく様々な種族が共に戦った。そして、その際に、百年毎にこの世界に姿を現すという『ぷれいやー』が再び世界を滅ぼそうとした場合、再び種族や国の垣根を越えて、協力して戦うと取り決めたのだ。そして、この盟約は、ぷれいやーだけではなく、その血に連なる子孫が、神人や大罪人と呼ばれるほど力を持つ存在である場合も同様だ。特にアーグランド評議国の竜王たちは、この神人や大罪人を忌み嫌っている。やはり、この世界の理を犯す存在だということでな」

 

「神人に大罪人ですか。ずいぶんと両極端な呼称ですわね?」

「これを名付けたのは法国の連中だからな。法国からすると、自分たちの国の祖となった神の子である神人、そして、その神を殺したプレイヤーの子孫である大罪人、という区別をしているらしい。他所の国からすれば、どちらも大して変わりはない」

 

「それは……プレイヤーが殺された、ということですか? 同じプレイヤーに?」

 

 デミウルゴスの声が多少強張っているように聞こえる。アインズとしても聞き捨てならない話で、自然と身体が前に傾く。ドラウディロンは紅茶を一口飲むと、言葉を続けた。

 

「申し訳ないのだが、私はあいにくその辺はあまり詳しくはない。ただ、法国の祖となったプレイヤー六人のうち、五人は人間で、一人は……その、魔導王陛下と似たようなアンデッドであったと聞く。八欲王がこの世界に現れた時、法国の六人の神のうち、五人は既にこの世を寿命を迎えて去っており、一人残された死の神スルシャーナのみが八欲王に立ち向かったのだそうだ。だが、所詮八対一では勝ち目などなかったのだろう。結果として、スルシャーナは死んだとも封じられたともいわれている。もっとも、そこで何が起こり何が行われたのかはわからない。なにしろ古い話だし、それを直接見聞きしたものたちの多くは八欲王との戦いで命を落としたのだ。最終的に八欲王は大陸を制覇した後、自分たち同士で殺し合い滅びたといわれている。しかし八欲王が残した子孫というのが僅かに生き残っており、その血を引く者たちのうち、一部なりとも八欲王の力を発現したものを法国では大罪人と呼び、見つけ次第聖典を差し向けて抹殺しているそうだ。彼らからすれば、自分たちの神を殺した者どもの子孫なのだからな」

 

「なるほど。神を殺したから大罪人と呼ばれるということですか」

「いかにも。まあ、ともかく、八欲王の時代からこの世界は大きく様変わりした。多くの国が滅び、力ある竜も数多く喪われた。そして、始原の魔法の使い手はごく一部の限られたもののみとなり、魔法と言えば位階魔法を指すようになった。始原の魔法は、いずれ消えゆく運命なのだろう」

 

(八欲王の都市だったという場所は、南の砂漠にあるという話だったか。例の本に挟まれた地図はデミウルゴスに調査を任せているが、やはり、余程注意してかからねばならないようだな……)

 

 先日イビルアイから渡された本のことを思い出し、アインズは若干感傷的な気分になる。しかし、いつまでもそれを引きずって立ち止まる訳にはいかない。自分は自分で大切な子どもたちを守らなければならないのだから。

 

「ところで、ドラウディロン女王は位階魔法はお使いにはなられないのですか?」

「いや、私は位階魔法は使えないな。不思議なことに、始原の魔法を使えるものは位階魔法を習得出来ないようなのだ。少なくとも私の知る限り、両方を使いこなせる存在というのは聞いたことがない」

 

 アインズはその言葉に微妙に引っかかりを覚えた。始原の魔法というのが、もしこの世界の理から外れたところにあるものだとして、それに対して〈星に願いを〉の効果が及ぶのだろうか。

 

 シャルティアの時もそうだったが、願いが叶う範囲外だったとすると、ただの無駄打ちになってしまいかねない。かなり興味をいだいていたはずの始原の魔法への熱がかなり落ちてくるのを感じる。

 

(ドラウディロン女王は、もはやナザリックの手中にあるも同然。リイジー・バレアレやンフィーレアほど明確に誓わせているわけではないが、既に女王は魔導国に対する恩義に固く縛られている。であれば、むしろ、女王を手に入れたことでレア能力を確保出来たことを良しとするべきなのではないだろうか)

 

 アインズは自分の指にはめられている、残り二回分の力しかない貴重な指輪をちらりと見た。

 

「なるほど。ドラウディロン女王陛下。貴重な情報を聞かせていただいて感謝する」

「いや、この程度のこと、たいした話ではない。それで……魔導王陛下は、私の能力を欲していらっしゃるというお話だったが、どうされるおつもりなのか聞いても構わないだろうか?」

 

 アインズは何と答えようか頭をひねるが、この件はナザリックの将来にも影響しかねない重要な案件だ。自分が間違いない判断を出来る確信がない以上、やはり、ここは一旦社に持ち帰り、優秀な社員の意見を聞いてから決めるべきだろう。

 

「そうだな。私としては、今日女王陛下から伺った話を元に、こちらでもいくらか検討したいと考えている。だから、詳しいことについてはまた日を改めてお話したいと思っているのだが、いかがだろうか?」

 

 なるべく余裕のある支配者らしい振る舞いを意識しながら、アインズは答えた。

 

「私は魔導王陛下の御心に全て従うつもりでいる。だから、もちろんそれで一向に差し支えない。私はそもそも魔導国に援助を願う際に、我が能力は魔導王陛下に捧げることを約束しているのだし」

 

 ドラウディロンはあからさまに、アインズの何もない眼窩を見つめ妖艶に微笑んだ。それが意味しているところは、さすがのアインズでも理解できる。なにしろ、このところ、こういう視線ばかりにさらされているのだから。

 

 最近、この手のごまかし方ばかり考えているような気がして嫌になるが、この場は、無難な逃げ口上で切り抜けるしかない。

 

「女王陛下のお気持ちは十分理解したし、そのようにお考えであることは、私としても非常に有り難いと考えている。まぁ、しかし、国を預かるものとして、重要なことは急ぎすぎないようにしたいのだ。私としては魔導国の安寧が最も重要なことなのだから」

 

 アインズがそう言った途端、誰かが少しばかり残念そうな声を漏らす。だが、アインズはあえてそれを無視した。

 

「もちろん、魔導王陛下の御意志は全てに優先すること。私も当然それに従うだけだ。ただ、そのかわりといってはなんだが、どのみち、これからも両国ではいろいろ協議することも多いだろうし、魔導王陛下の素晴らしいお考えに私もより多く触れたいと思っている。だから、今後もこの素晴らしい御居城に……、もちろん、エ・ランテルのお屋敷でも構わないが、伺わせていただきたいと思うのだが、それは構わないだろうか?」

 

 再び、アインズの前と後ろで何か熾烈なものが交わされたような気がする。しかし、アインズはこの希望を断る理由を思いつかなかった。女王がナザリックにとって非常に重要な人物であることは間違いない。多少、嫌な予感はしなくもなかったが、可能な望みなら叶えてやるほうがいいに決まっている。

 

「もちろんだとも、ドラウディロン女王。いつでも歓迎しよう」

 

 アインズはなるべく鷹揚に見えるように、女王に向かって頷いた。

 

 




藤丸ぐだ男様、誤字報告ありがとうございました。

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基本的に、この話に書いてあることはほぼ捏造です。
僕のリュラリュースはもっと強い、ということでよろしくお願いいたします。

全三話、週一更新の予定です。

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