イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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※この話はエロではありません


2: アルス・マグナ

 部屋の灯りを最低限度に抑えた暗い閨の中で、何かがうごめいている。

 広いベッドの上では、白く柔らかな肌をした腕がくねり、美しい長い黒髪がそれに絡みつく。

 その腕はベッドの中から半分ほど見えている白い頭蓋を抱きしめると、激しくキスをした。

 

「あ……あ……、モモンガ様……」

 

 時折あげる声は興奮して熱を帯び、甘い吐息をもらす。暗闇の中でも浮かび上がるような白い角を持つサキュバスは、雪花石膏のような美しい骨をベッドから引きずり出すと、その全てを味わうかのように唇を滑らせた。

 柔らかな黒い羽がふわりと広がり、アルベドの身体の動きに合わせて小刻みに背中で揺れる。

 

「モモンガ様、モモンガ様……! もっと激しく抱いてくださいませ……、アルベドはもう……!」

 

 アルベドは自らのベッドの上に『モモンガ』を組み敷くと、自分の身体のもっとも敏感なところを擦り付ける。骨盤の上で腰を激しく動かし、やがて女としての絶頂に達するが、それでも満足しきることはない。

 

 サキュバスは本来相手の精を飽くほど欲するものだが、この行為ではそのようなものを望むことはできない。だからこそ、アルベドはその欲求の赴くままに再び骨盤の上にまたがると、抵抗することなく横たわる骨の至るところを愛撫する。

 

「ふふ、このように淫らなことを女にさせるなんて、モモンガ様は本当に意地悪な御方ですわ……」

 

 ようやく、身体のうちからこみ上げる熱がある程度落ち着いてきたアルベドは、先程まで自分の欲情を思うままにぶつけていた精巧なアインズの等身大フィギュアを優しく撫でた。

 その様子を見れば、デミウルゴスでさえ、ついにアインズが観念してアルベドと行為に及んだのかと思ったに違いない。

 

 ただの造り物とはいえ細部までモモンガと瓜二つ。

 アルベドは心のなかの澱のように溜まりこんだ想いを、その人形相手にぶつけていた。

 

 本当なら、愛する人のベッドでやりたいところだったが、さすがにあの場所でモモンガの名を口にするのはまずいだろう。人払いするにしても、主人の部屋では完全に耳目を封じることはできない。どこから噂が漏れ出すとも限らないのだ。

 

「はぁ、やはり人形相手では張り合いがないわね。でも、これもモモンガ様と褥を共にする前の練習だと思えば、それはそれで意義はあるはずよ。いくらその手の経験がないとはいえ、最愛の旦那様に素晴らしい快楽を感じていただかなければ、サキュバスとしての矜持に傷がつくというもの。モモンガ様もきっと喜んでくださるに違いないわ。くふふふふっ」

 

 愛おしげにフィギュアをベッドに横たえると、アルベドは名残惜しそうにいつもの白いドレスを身に着ける。

 そして、多少汚れてしまったフィギュアを美しく磨き上げると、手製の豪奢なローブをまとわせた。

 

 ほの暗い寝室の中では、それはまるで本物のモモンガのように見える。

 アルベドは、薄っすらと笑みを浮かべると、大切そうに『モモンガ』を抱き上げた。

 

 

----

 

 

 エルダーリッチたちに必要な指示を出したアルベドはナザリックの自室に戻ってきていた。

 

 愛しい御方の側を離れると、いつも切ない気持ちになる。

 例え、それがほんの一時間程度のことだとしてもだ。

 

 少し前に比べれば、アインズの正妻の座を巡る争いは多少落ち着きつつあるものの、それでも対抗馬として居座っている相手は、逆に油断ならない者たちばかり。

 

 ひところ、失態で評価を大きく下げていたシャルティアも竜王国では大きな功績をあげたし、まだ子どもだからと思っていたアウラも、かなり大人びた表情を見せるようになっている。イビルアイやドラウディロンはナザリック外のものとはいえ、それぞれ、希少な能力を持っているし、アインズ自身も憎からず思っているのは間違いない。

 

 でも……。

 アルベドはニンマリと笑った。

 

 あくまでも、彼女たちはそれだけの存在でしかない。

 間違いなくアインズの『特別』といえるのは自分だけなのだから。

 

 アルベドは、自分の心の内にあるアインズ、いや、モモンガが手ずから与えた自分の愛情には絶大なる自信を持っていた。

 

 ナザリックのシモベの中でも上位とされる存在は、かくあるべし、と御方々に望まれた被造物だ。そして、パンドラズ・アクターを除き、最愛の主自らが、己を愛することを望まれたのは自分ただ一人だけ。

 これ以上の喜びは果たして存在するだろうか。

 

(だからこそ、あの方の隣だけは何があっても譲れない。それに私はモモンガ様の盾。どんなことがあっても、あの方をお守りするのが私の最大の務め。悔しいけれど、あの男が私にその役割を与えたことだけは、感謝せざるを得ないわね)

 

 アルベドは自分の創造主であるタブラ・スマラグディナを思い起こした。愛情が全くないといえば嘘になるかもしれない。しかし、それ以上に感じるのは憎しみだった。

 

 何しろ、あの男は……、いや、あの男だけではない。モモンガ以外の他の至高の御方々は、自分たちやモモンガを見捨てて去っていったのだから。

 

(本当に憎たらしい。あの男の手で生み出されたという事実ですら腹立たしいわ。私もモモンガ様に創造されたのなら良かったのに)

 

 モモンガに対する愛情と忠義、そして、それとないまぜになった醜い想い。もしかしたら、ナザリックにいる被造物の中で、このような感情を知らずに済んでいるのはパンドラズ・アクターだけなのかもしれない。

 

(……でも、何故かしら。アレに対して多少なりとも情を感じてしまうのは)

 

 遥か以前、タブラ・スマラグディナは、自分を作りながらいろいろなことを話していた。お前は自分の最高傑作だとも。造られている最中のことはあまり記憶にはないものの、ぼんやりとは覚えている。少なくとも、あの男は自分に対して、それなりの愛着は感じていたようだった。なにしろ、アルベドがアルベドとして創造された直後に、満足げなため息をついていたのだから。

 

 その後、タブラの後に付き従って玉座の間に向かい、玉座の近くに立つように言われた。はじめてみた玉座の間の壮麗さにアルベドは心打たれた。

 

 そこに豪奢な黒いローブに身を包んだ麗しい御方が姿を見せ、タブラと自分を褒めそやした。モモンガ様の御名と御姿を知ったのはあのときが最初だった。

 

 あの方が座る玉座の脇で控えることを命じられ、モモンガ様を補佐する守護者統括としての地位を与えられ、アルベドは完全に有頂天になった。

 

 しかし、モモンガはその後玉座の間に姿を現すことはなかった。

 他の至高の御方々が時折姿を見せることはあったが、それもいつしかなくなった。 

 

 その後、不意に一度だけタブラがやってきて、アルベドの手に真なる無をもたせた。

 

『これで最後だから。勝手に持ち出したことをモモンガさんは怒るかもしれないけど、これでモモンガさんを守って』

 

 あの男はそう言い残して、それきり姿を消した。それだけではない。他の御方々の気配も日を追うごとに次々と消えていった。

 しかし、寂しくはなかった。

 愛するモモンガの気配は、時折感じることができたから。

 

 それから、どれだけの月日が流れたのか。

 

 最も尊い御方が、本来座すべきこの玉座に座り、自分に勅命を下すことを。

 この手で愛する方をお守りすることが出来るようになることを。

 誰も来ない玉座の間でアルベドはひたすら待ち続けた。

 

 そして、これらの願いは、全て、あの日かなったのだ。

 

 アルベドは昔のことを思い返して、夢見心地になった。他の誰も知らないことだが、この胸だって既にモモンガ様のお手つきだ。

 

 もっとも、待ち続けているのは今もあまり変わりはない。何しろ相手はまさに難攻不落の要塞。

 しかし、だからこそ、攻略する価値があるというもの。

 

 メイド達すら完全に立入禁止にした現在の自室は、もはや単なるハーレム部屋ではなく、完全にモモンガとのスイートルームを目指したものになっていた。

 

 部屋の一番奥にはモモンガの巨大な旗をかけ、その脇には魔導国の各所に設置するために作らせた魔導王像の試作品を一体持ち込んでいる。このフィギュアも、試作品を作る前にモモンガ様の骨格を確認した方がいいと主張して作らせたものだ。

 

 アルベドは最奥の椅子に先程まで戯れていたアインズのフィギュアをそっと座らせると、その脇に跪いた。

 

 うっとりと本物の持つ赤い炎のような目を思い浮かべ、再び「モモンガ様」と内心に秘めた名を口にする。

 その名を口にするたびにアルベドの愛情はより一層高まる気がする。何しろ、アルベドにこの気持ちを下賜したのは紛れもなくモモンガなのだ。

 

 部屋の至るところには二人の愛の巣を象徴するような飾り付けを行った。

 これから生まれるはずの子どもが眠るはずのベビーベッドも置いた。

 この完璧な場所に足りないのは、最愛の旦那さまであるモモンガだけだ。

 

 アルベドは、精巧に骨の一本一本を組み上げられたモモンガ・フィギュアの手を取って、両手に唇を押し付けた。再び、むらむらとしてくるが、さすがにこれ以上戯れに時間を割くことはできない。今日もまだまだ仕事は山積みなのだから。

 

 以前モモンガを襲ったときのことを思い出す。

 

 あの時、もっと手早くことを済ませていれば、邪魔が入る前に既成事実を作ることができただろうし、今頃はモモンガの御子を授かっていたことだろう。そうすれば、自分の正妃の座も確定し、この二人の愛の巣にモモンガを迎えることがとっくにできていたはずだ。

 

「あれは本当に失敗だったわ。いったい、何がいけなかったのかしら……」

 アルベドは独りごちる。

 

 これまで、アルベドは密かに自分の計画を推し進めてきた。

 まさに同志とも言えるパンドラズ・アクターの協力のおかげで、計画はかなり順調に進んでいるともいえる。

 

 しかし、何かが不足している。そんな気がしてならない。

 

 どうやら、現時点では他の至高の御方々はこの世界にはいないらしい。

 それは、アルベドにとっては非常に安心できる情報だった。少なくとも、あの蛆虫どもが神聖なナザリックに足を踏み入れることは当分ありえないのだから。

 それに、あの裏切り者どもが戻ってきたとして、その結果、再びナザリックを捨ててどこかに去ろうものなら、今度こそ愛するモモンガは立ち直れないほどの心の傷を負うに違いない。

 

 数年前にナザリックにおびき寄せられてきた汚らわしい人間の嘘が、どれほどモモンガを動揺させ、傷つけたのか、アルベドは忘れることができなかった。

 

 あの時、アルベドは心に決めたのだ。

 何があっても、二度とこのような想いをモモンガに味あわせてはならないと。

 

 今のナザリックの状態は、アルベドにとっては、まさに腐り淀んだ状態といってもいいものだ。神は一人でいい。そして、ただ一人しかありえない。

 神の尊い御名で呼びかけることができないことにも、アルベドは忸怩たるものを感じていた。

 それすらも、自分たちを捨てて、りあるへと去った連中のせいとしか思えない。

 腐敗の象徴たるアインズ・ウール・ゴウンを浄化し、真なる神であるモモンガを再び降臨させるのだ。

 

 デミウルゴスは以前、自分の計画にゲヘナという名前をつけていたが、アルベドの計画はいうなれば、アルス・マグナとでもいうべきか。

 

「モモンガ様……。必ず、アルベドは成し遂げてごらんにいれます。私はモモンガ様の忠実なシモベであり、奴隷であり、そして最愛の妻なのですから……」

 

 そのためには、姉であるニグレドと、妹であるルベドの協力が不可欠だろう。

 ルベドは、モモンガから指揮権を与えられているから、命令すればそのとおりに動いてくれるだろう。だから、その点についてはアルベドは心配していない。

 むしろ問題は……

 

(姉さんはどうなのかしら。あの人はああ見えても生真面目なところがあるし、命令だからといって素直に従わないこともある。私への愛情と、アインズ様への忠誠。それと……アレを天秤にかけた場合、素直に頷いてくれるものかしら……)

 

 アルベドはしばらく考え込んだが、やがて意を決したようにモモンガ・フィギュアに情熱的な接吻をした。

 

 

----

 

 

 ナザリック第六階層にある少し開けた草原には大きなピクニックシートが広げられている。

 

 シャルティア、アウラ、アルベド、そしてイビルアイとドラウディロンは思い思いの場所に座り、午後のお茶を楽しんでいた。

 一般メイドがバスケットに詰めたお菓子やサンドイッチ、紅茶のたっぷりはいったポットなどを供すると、丁寧に会釈をして去っていく。

 

 それに対してぎこちなく頭を下げるイビルアイに、シャルティアは目をらんらんと輝かせて笑顔を向けた。

 

「いい加減、ぬしもここでは遠慮なく仮面を外しなんし。せっかくの可愛らしい顔が台無しでありんす」

 

 イビルアイはいつぞやのシャルティアの嬌態を思い出して身体をびくりとさせるが、おとなしく仮面をはずし脇に置いた。

 まだ幼さが残る赤い瞳の少女の顔が現れ、ふんわりとした金髪が揺れる。

 それを見て、少しばかり驚いたようにアルベドが目を見張った。

 

「あら、イビルアイの素顔はそういう感じだったの? ふうん。確かにシャルティアの好みそうな雰囲気ね。同性好みの貴女のことですもの。アインズ様よりも好みなんじゃなくて?」

 

 アルベドは高らかに笑い、口元を歪めた。しかし、次の瞬間何かに気がついたかのようにその表情は消え、いつもどおりの淑女然とした笑みに変わる。

 それに対してシャルティアはニンマリと笑った。

 

「もちろん、イビルアイの顔は好みでありんすえ。こういう美少女はいくら愛でても飽きないものでありんす。お風呂に連れ込んで、あんなことやこんなこともしてみたいものでありんすねぇ。でも、アインズ様の輝くような麗しさとは別の話でありんすよ。統括様ぁ、もてないオバサンの僻みは恐ろしいと思いんせんか?」

 

「はあ? 誰がもてないオバサンですって? この私は全てをアインズ様に捧げているのよ。無分別に手を出すビッチとは一緒にしないで欲しいわね」

「なんだと!?」

 

 ものすごい剣幕でにらみ合う二人からは、とてつもない力のオーラが漂い、今にも本気の決闘が始まりかねない雰囲気だ。

 シャルティアはともかく、普段はしとやかにアインズの側に寄り添っている宰相アルベドの思いも寄らない姿にイビルアイは呆気にとられた。

 

 しかし、どちらも自分では手が出せるレベルではない強者であることは間違いない。

 どうしたらいいのかわからず、イビルアイはアウラとドラウディロンの様子を伺うが、二人とも全く気にもとめずにすました顔で紅茶を飲んでいる。

 

「あ、アウラ、その……」

「大丈夫。ほっときなよ。あの二人はいつもああなんだから」

「え!? そうなのか?」

「そうそう。真面目に付き合うだけバカを見るよ」

 

「イビルアイ殿、それよりも、せっかくの美味しい紅茶を冷めないうちに頂いたほうが良かろう。ナザリックは本当に何でも美味しくて素晴らしい」

「あ、ああ、そうだな……。ありがとう、ドラウディロン……女王陛下」

「ドラウで良いぞ。どのみち、我々はこれから長く親しく付き合うことになるのだろう?」

「それもそうだな。では、私もイビルアイと呼び捨てにしてくれ」

 

 言い争っているアルベドとシャルティアをよそに、三人は楽しげに笑った。

 

 食べられるわけではないが、ナザリックの美しい菓子は見ているだけでもイビルアイの目を満足させてくれるし、素晴らしく香り高い紅茶は格別だ。

 紅茶はラナーの部屋でもよく出されたものだが、流石にそれとは全く比べ物にはならなかった。

 

 イビルアイはアウラが纏っている上質のワンピースをちらりと見た。

 以前は男装でボーイッシュな雰囲気だったが、装いのせいか、アウラが非常に可愛らしく見える。

 こころなしか、胸も……大きくなっているかもしれない。

 その隣に座っているドラウディロンは大人の魅力で溢れており、胸は非常に豊満だ。そう。男性なら誰でも興味を示すほどの。

 

 イビルアイは自分のわずかばかりのふくらみに触れて、小さくため息を漏らした。

 自分の胸がこれ以上大きくなることはない。

 年をとらないことには利点がないわけではないが、こういうことに関しては、成長することのないアンデッドの身体は本当に嬉しくないものだ。

 

「んー? イビルアイは胸の大きさを気にしてるの?」

 

 図星をつかれてイビルアイはドギマギする。

 こちらの様子とはお構いなしに、口論しているアルベドもシャルティアも豊かに胸が膨らんでいる。

 アウラだって今はそれほど変わらなくとも、何年かすればあんな感じになるのかもしれない。

 

「ま、まあ、多少はな……」

「そんなの、気にするようなことじゃないよー」

 イビルアイが口の中で呟くと、アウラは明るい笑い声をたてた。

 

「アウラの言うとおり。女の魅力は胸の大きさで図るものではなかろう。それに男の好みも様々だぞ。アインズ様がどちらなのかはわからんが」

 ドラウディロンは何か思うところがあったのか、そういって美しい顔を歪めた。

 

「そうだよ。あたしだってまだこんなんだし、シャルティアだって実はねぇ……」

「ちょっと、チビ! 余計なことを話すんじゃないでありんす!」

 

 話を聞きつけたのか、シャルティアが抗議の声をあげる。

 それを見て、アルベドは勝利したかのように胸をいくらか強調するようなポーズを取った。

 

「見苦しいわね。商品偽装も程々になさい、シャルティア。どのみち、アインズ様は全てご存知よ」

 

 これで勝負はついたとばかりにアルベドは宣言すると、余裕の表情でティーカップを手に取る。

 ふくれっ面をしたシャルティアは憤懣やるかたない表情をしたが、言い返すことはしなかった。

 

 イビルアイはくすりと笑う。

 

 アウラやシャルティアに誘われて参加するようになった、この『じょしかい』というものも、はじめは、ひたすら緊張するだけだったが、何度も繰り返しているうちに、だいぶ慣れてきた。

 思えば、ここにいる者たちは全て人間ではないし、寿命も長い。

 ごく僅かな例外を除けば、常に繰り返してきた別れを、ここにいる者たちと迎えることはないだろう。

 

 それに……。

 

 皆、アインズを愛する者たちなのだ。

 嫉妬する気持ちが全くないわけではないが、どのみちアインズは独り占めできるような存在ではない。それは他の面々も承知していることだ。

 唯一の問題は、アインズが自分たちを受け入れてくれるかどうか、そして、アインズの一番になるのが誰なのか、ということだけ。

 であれば、ある意味、同志といってもいいくらいだ。

 

(はじめは恐ろしい魔物の住処だと思っていたのにな)

 

 イビルアイは周囲を見回し、そして美しい青空を見上げた。ここが地下だなんて言われなければ信じられないだろう。どれほどの魔力を注ぎ込めばこのような場所を作ることができるのか、イビルアイには想像もつかなかった。

 

(砂漠にある都市もかなりのものだったと聞くが、やはり、ぷれいやーというのはまさに神の力を持つ存在なんだな……)

 

 もっとも、イビルアイにとって何よりも美しく、落ち着ける場所は間違いなくこの地だろう。

 

 なんといっても、最愛の人がここを治めているのだから……。

 

 

----

 

 

「やぁ、楽しそうだね」

 

 快活そうな男性の声がして、お茶会中の面々は顔を上げた。

 そこには、赤いスーツを着た洒落た男が立っている。

 

 イビルアイには見覚えのない顔だったが、その耳触りの良い声には明らかに聞き覚えがあった。

 

「あら、デミウルゴス、どうかしたの? わざわざこんなところに来るなんて」

 

 親しげにアルベドがそう口にしたことで、イビルアイは思い当たった。

 イビルアイの知っているデミウルゴスは翼を持つ蛙のような姿だったが、今目の前にいる男性の服装は紛れもなくデミウルゴスのものだ。

 

 それと同時に、何かが頭の片隅で引っかかるような気がしたが、それが何なのかをすぐに思い出すことはできなかった。

 

「また、しばらくナザリックを離れるのでね。アインズ様にご挨拶申し上げようと思ったのだが、ご不在だったんだ。それで、君たちがここでお茶会をしていると聞いたから、もしかしたら、アインズ様もご同席されているかと思ったのだが……」

 

「デミウルゴス、ここはアインズ様の花嫁候補限定の『じょしかい』の場でありんすぇ。男子は禁制でありんす。もちろん、アインズ様なら別でありんすけど」

「ああ、それは失敬。すぐに退散させてもらうよ、シャルティア」

 

 デミウルゴスは苦笑しつつ、優雅にお辞儀をした。

 

 その瞬間、イビルアイの頭の中に閃くものがあった。

 この声、この服、そして、このお辞儀をする様子……。

 

 しかし、そんなことはありえない。あっていいはずがない。だけど……。

 

「アインズ様がいらしてくださるなら最高なのだけど。残念ながら、ここにはいらっしゃらないわ。特に何も伺ってはいないから、エ・ランテルにまだおいでなのじゃないかしら。もしくは、第八……、いえ、何か重要なお仕事をしていらっしゃるのかもしれないし」

「ああ、そうだね。ありがとう、アルベド。では、まずはエ・ランテルに行ってみることにするよ」

 

 デミウルゴスはにこやかに微笑みつつも、蒼白な顔をして自分を見つめているイビルアイに目を止めたようだ。

 

「イビルアイ、どうかしたのかい? 具合でも悪いのかね?」

「あ、ああ、いえ、その、なんでも……」

 

 恐ろしい考えにとりつかれたイビルアイは、それでも必死で何事もなかったかのように取り繕った。

 

 他の面々も、少しばかり怪訝そうな表情でイビルアイを見ているが、イビルアイはもう一度「なんでもない」と強く答えた。

 

「実は、そのぅ、……ラキュースに頼まれていた用事を忘れていたことを思い出しました。急がないと怒られるので、今日はもう帰ります」

 

「もう帰るんでありんすか? それは残念でありんす。また、今度ゆっくりお話しんしょう」

「それなら、エ・ランテルまで送っていこうか?」

「いや……、私は転移で……」

 

 あからさまにシャルティアとアウラが残念そうな顔をする。少しばかり気がとがめたが、イビルアイはぎこちなく立ち上がって一同にぺこりとお辞儀をした。

 

「ああ、それなら、どのみち同じ道中だ。私が送ろう。どうだね? イビルアイ」

 

 デミウルゴスの優しいが有無を言わせない物言いに、逆らい難いものを感じ、イビルアイはおとなしく頷いた。

 

 




物理破壊設定様、佐藤東沙様、誤字報告ありがとうございました。

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今のところ、来週も更新予定です。
まだ最後までたどり着けていないので、3月半ばまでには終わらないかもしれません…。
やばい。(;・∀・)

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