イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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大変長らくお待たせいたしました。
今度こそ本当にラストまでいきますので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
結構ハードな展開になりますので、嫌な予感がする方はブラウザバックでお願いします。


4: 前哨

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国とスレイン法国。

 

 その国境地帯にはカッツェ平野が広がっている。

 アンデッドが多く出没する危険地帯だったことから、以前はこの地の所有権を主張する国などなかった。

 

 この地にわざわざ足を踏み入れるのは、アンデッド退治で日銭を稼ぎにやってくる冒険者か、不浄の土地であることを利用して戦争を行う場合くらいのものだ。

 

 しかし、現在は、広大な呪われた土地の大半が浄化され、マーレの魔法で実り豊かな土地へと変わっている。

 見渡す限りの麦畑が広がり、多くのスケルトンたちが黙々と畑の手入れを行っている。

 そこには、もはや以前の面影は残っていない。

 

 もっとも、スレイン法国との国境との緩衝地帯に相当する部分は、いまだアンデッドの出没する地帯のまま残されていた。

 

 魔導国にとっては、そこにいるアンデッドは脅威になるものではないし、手軽な冒険者の訓練場所としても使える。

 それに、カッツェ平野の脅威を多少残しておくほうが、法国に対する抑えになるだろう、というアルベドの進言によるものだ。

 

 そんなカッツェ平野の南の端には、スレイン法国の小さな開拓村があった。

 村の周囲には麦畑や野菜畑が広がり、ちょっとした果樹の類も存在している。

 特に目につくところもないような、のどかで平凡な農村だ。

 もっとも、カッツェ平野にほど近いこともあり、村全体を守るように頑丈な石造りの塀がめぐらされていた。

 

 普段なら、その塀の上では、万が一に備えて、武器を持った男たちが交代で警戒にあたっている。

 

 しかし、今は、その塀の周囲を無数のアンデッドが取り囲んでおり、塀を乗り越えようと次々と積み重なって、塀の上に攻撃を仕掛けてくる。

 男たちは必死にそれを追い払おうとしては、逆に塀から引きずり落とされていた。

 

 村の中では、非常事態を知らせる鐘の音がなり響き、慌ただしく武器を持った人々が走り回っていた。

 

「村の門を塞げ! なるべく時間をかせぐんだ!」

「下から火矢を放て! 塀を死守しろ!」

 

 村人は突然の攻撃に必死の抵抗をしてはいるものの、次から次へと湧いてくる大量のアンデッドの前では、そんな努力もあまり効果があるようには見えなかった。

 

 

----

 

 

 村の中央には、大きく堅牢な建物が立っていた。

 牧歌的な村の雰囲気とは、明らかに相容れない石造りの建物の内部には、奇妙な形状をした実験設備が並び、数人が慌ただしく資料のようなものを集めては、袋に詰め込んでいる。

 

 その集団を指揮している研究者風の老人のところに、一人の男が駆け込んできた。

 

「所長! 早くお逃げください。ここは危険です!」

「一体、何がどうなっているのだ!?」

 

「大量のアンデッドが村を襲っております。ここ最近は、アンデッドがカッツェ平野から出てくることも稀だったのですが、気がついたら大量のスケルトンが村を取り囲んでおりまして……。追い払おうとして、火矢を射掛けたのですが、連中はとにかく数が多くて、いくら倒してもきりがありません。逆にこちらのほうが押されております!」

 

「なるほど。……場所がら、アンデッドどもが出てくるのはおかしくないが、どうも胡散臭い。わかった。ともかく、一旦撤収して、どこかの聖典に応援を求めるとしよう。だが、貴重な資料だけは持ち出さねばならん。回収作業を急げ! 終わり次第脱出する。その間、お前達は少しでも時間を稼げ。いいな?」

「畏まりました!」

 

 部屋中のものが唱和すると、老人は入ってきた男に顎をしゃくり、男は頷いて部屋から出ていこうとした。

 しかし、男が外に出ようと扉を開けると、そこには黒い鎧をまとった巨大な騎士が立ち塞がっていた。

 明らかに、その騎士は邪悪な雰囲気を漂わせている。

 

「な、なんだ!? お前は……!」

 

 反射的に、男は脇に差していた剣を抜いて斬りかかったが、雄叫びを上げる騎士の禍々しい剣の一閃でその場に倒れた。

 

「オァアアアアアァア!」

 

「ま、まさか、死の騎士……!?」

「ヒィ! こっちくるな!」

 

 老人は絶望的なうめきを漏らした。伝説のアンデッドを目にした者たちは混乱して我先にと逃げ出そうとした。

 次の瞬間、死の騎士は老人の左足を容赦なく斬りつけ、膝から下を刎ね飛ばした。老人は激痛で声を上げ、床に転がる。

 部屋の中の空気が恐怖で凍りついた。

 

「デス・ナイト、ここにいるものはなるべく殺さないように。情報を持つものは貴重ですから。逃げられない程度に痛めつけてください」

「オオォオ!!」

 

 いつの間にか、騎士の後ろには、見慣れない奇妙な仮面を着け、手にはガントレットを嵌めた黒いローブの男が立っている。

 

 仮面の男の命に応えるようにフランベルジュを振り上げたデス・ナイトは、再びやるべき仕事を再開した。

 

 

----

 

 

 パンドラズ・アクターは、占拠した建物の窓から外の様子を確認した。

 

 村の周囲、半径二キロメートル以内には不審なものを寄せ付けないよう隠密系のシモベを配置してある。

 村の内部に脅威となるものがいないことは確認済みだ。

 後は入れ物の中身を掃除して、この場所そのものを焼き払えば、作戦は終了となる。

 

 下手人が魔導国である証拠は残さないように気をつけてはいるが、恐らく法国には魔導国の仕業だとわかるだろう。

 だが、どのみち、法国も地図にも記載されていないこの村のことで魔導国を責めることはできないはずだ。

 そもそも、この件で、最初に手を出してきたのは法国なのだから。

 

 村の狭い路地を利用して、アンデッドたちは作戦通り村人をうまい具合に追い立てている。

 アンデッドたちとの繋がりを辿り、パンドラズ・アクターはアンデッドの指揮官に次の指示を与えた。

 

 今回の作戦もそろそろ仕上げの段階だ。

 この分なら、綺麗な死体もたくさん手に入るだろうし、上手く捕らえた人間のいくらかはデミウルゴスの牧場に寄付してもいいだろう。

 

(まったく、我が神に害意を持つものたちなど、容赦する必要も感じませんね)

 

 仮面の下に隠した骸骨の目で、パンドラズ・アクターは素晴らしい演劇を鑑賞するかのように、しばらく村の様子を見ていた。

 やがて、部屋の中の者たちを弄んでいたデス・ナイトは、作業を一段落させたらしく、唸り声を上げた。

 

「オオオォ!」

「ふむ、デス・ナイト。ご苦労」

 

 シモベを労うと、くるりと振り返り、仕事の具合を確認した。

 

 そこには、死なない程度に痛めつけられた捕虜たちが、十人ほど怯えた目でこちらを見ている。

 

「数もちょうどいいですね。素晴らしい! さてと、お話を聞くのは私の仕事ではありませんから、とりあえず、場所を移動してもらいましょう」

 

 パンドラズ・アクターは門を開くと、デス・ナイトに捕虜をその中に放り込ませる。

 

「法国のものを下手に尋問して、死なれると厄介ですからね。後はニューロニストに任せるとしましょう。さてと……影の悪魔(シャドウ・デーモン)!」

 

 パンドラズ・アクターは周囲に姿を現した影の悪魔に、村中を徹底的に捜索するように命じると、まだ口が開いたままの袋の中身を確認していく。

 

 手にした資料を手早く流し読み、とりわけ重要そうなものを読んでいるうちに、シモベが一体戻ってきた。

 

「パンドラズ・アクター様。村の内部に点在する畑で、ご指示通りのものが発見されました。外の畑は通常の麦や野菜だけでした」

「そうですか。恐らく外の畑はカモフラージュなのでしょう。では、一部をサンプルとして保存し、後は焼き払うように」

「畏まりました」

 

 シモベが姿を消すと、再び、パンドラズ・アクターは資料に目を戻す。

 今、手にしているのは、まだ書きかけの報告書と思われるものだ。

 計画の進行状況の一部が書かれている。

 

(どうやら、ここが例の薬の実験研究設備ということで間違いないようですね。しかも、この宛名……。やはり、この件は法国中枢部が噛んでいましたか。この内容からすると、そろそろ攻勢に出るべきかもしれません。まぁ、判断は守護者統括殿にお任せするとしましょう)

 

 パンドラズ・アクターは、不意に美しいサキュバスの顔を思い出した。

 

 今回の作戦で使用したアンデッドは、全てパンドラズ・アクターが作成したものだ。

 それがアルベドからの指示だったからだ。

 

 アルベドは、実戦でどの程度違いが出るのか確かめたいから、と言っていた。

 パンドラズ・アクター産はアインズが作成したものと比べれば若干性能は劣るものの、一般的なアンデッドよりは強化されているのだから、それほど遜色ないことは自明のはずだ。

 なのに、なぜアルベドはわざわざ、そのような指示を出したのだろう。

 

 命令を受けたときに不思議には思ったものの、アルベドの表情はいつもと変わりはなく、特に不審なところは見られなかった。

 しかし、パンドラズ・アクターの直感がアルベドに注意すべきだと告げていた。

 

 アルベドはある意味自分の同志だが、完全に共闘しているわけではない。

 そもそも、アルベドのチームの副官にというのはアインズの指示だし、目的が同じなら協力するのはやぶさかではない。

 

(ナザリックの全てを父上に捧げたいという統括殿の気持ちは私と同じ。問題はその手段です。あの方は聡い方ではありますが、時々暴走されるふしもある。まぁ、知恵比べなら私も統括殿にそう劣るものではありません。我が神はそのように私を創造してくださったのですから! ともかく、父上に危害が及ぶような事態だけは避けなければ)

 

 アルベドがアインズに対して害意を持っているとは思わない。

 だが、それでも、パンドラズ・アクターはアルベドを完全に信用することはできなかった。

 

――注意深く。慎重に。なにしろ、アルベドはあの狡猾なタブラ・スマラグディナの娘。私の知らない切り札を持っていてもおかしくない。実際、ルベドは最重要機密扱いで、私とてわからないことが多い。詳しい知識があるのは、恐らく、アインズ様とアルベド、そしてニグレドくらいのはず。

 

 シモベたちが戻ってくるのを待ちながら、パンドラズ・アクターは部屋に置かれたままになっている様々な道具を手にとってみた。

 ナザリックでは見たことがないものも多く、法国独自のものである可能性も高い。

 アイテム愛好家心がくすぐられるのと同時に、その利用価値も値踏みする。

 

 手元の資料を確認すれば、ある程度使い方はわかるだろうし、新しいアイテム開発に役に立ちそうに思える。

 場合によっては、ンフィーレアやフールーダあたりの知識を活用するのもいいだろう。

 

「とりあえず、使えそうなものは全部回収しておきますか。恐らく、アインズ様もお喜びになるでしょう」

 

 パンドラズ・アクターは自分に言い聞かせるように呟く。

 その時、不意に〈伝言〉が届いた。この付近の監視を手伝ってくれているニグレドからだ。

 

 見た目は恐ろしいが愛情深く、そして表裏のないニグレドは個人的には好ましい相手だ。

 しかし、作戦中にわざわざ連絡してくるのは、おそらくあまり好ましくない理由に違いない。

 

『パンドラズ・アクター、おかしな動きをしているネズミが警戒地域に入ったので念の為報告しておくわね。短めの金の髪の女。目立ちにくいローブを羽織ってはいるけど、只人ではないように見える。多分法国人じゃないかしら』

「ありがとうございます、ニグレド。こちらで早速対処いたしましょう」

 

 そこで伝言は終了するかと思われたが、ニグレドは迷うような口ぶりで言葉をつなげた。

 

『パンドラズ・アクター。あまりこういうことは言いたくないのだけれど。最近あなたは私の二人の妹たちとよく行動しているようね?』

「えぇ、まあ。同じチームですからね。アインズ様の御命令ですし」

『……気をつけて。厄介ごとの予感がするわ。それが何かはよくわからないけれど』

 

 ニグレドの口調は妙に真剣だった。

 パンドラズ・アクターも彼女の狂乱ぶりを知っている手前、どこまでニグレドを信用していいのかはよくわからなかったが、少なくとも今の言葉は信じてもいいように思われた。

 

「ご忠告ありがとうございます。肝に命じておきましょう」

『それならよかった。……じゃあ、監視任務に戻るわね』

 

 ふつりと繋がりが切れるように伝言は終了する。

 パンドラズ・アクターは思わずため息をつく。

 

 ニグレドの言葉は、どれもかなりの厄介ごとのように思われた。

 

(この件が片付いたら、どのみち、一度父上とはお会いする予定でしたし。その際に少しお願いしてみましょうか。父上が頷いてくださるといいのですが……)

 

 さすがに、自らの創造主であるアインズが、自分の頼みを無碍にするとは思えなかったが、内容が内容だけに断られる可能性も十二分にある。

 だが、とりあえず打てる手は全て打っていくしかない。

 最善手がダメなら、その時は次善の策をとればいいのだ。

 

 ひとしきり想定可能な問題への対策を考え終わると、パンドラズ・アクターは即座に直近の問題へと頭を切り替えた。

 

 なにしろ、今はまだ、大切な作戦中なのだから。

 影の悪魔を再び呼び出すと、村の周囲に配置しているシモベあての命令を言付けた。

 

(ニグレドがわざわざ連絡してくるということは、恐らくただの村娘ではないのでしょう。さて……)

 

 しばらくして、一体のエルダー・リッチが姿を現すとパンドラズ・アクターの前で跪いた。

 

「どうしました?」

「はっ。警戒網の端をすり抜けようとした女を一人発見したため捕らえました。御命令にあった者ではないかと思われます」

 

「ローブに身を包んだ人間の女ですね?」

「はい。見た目は見すぼらしいのですが、妙に訓練された動きをしておりました。実際、かなりの数の下位アンデッドがその女に倒されてしまいまして……。申し訳ございません」

 

「それは構いません。あれらは、所詮、いくらでも替えがきく者たちですし、アインズ様の御手で作られた者たちでもありませんから。とはいえ、それほどの強さを持つものが、偶然ここを通りかかるというのも妙ですね。まだ敵には、ここの襲撃を知られていないはずですし」

 パンドラズ・アクターは僅かだけ首を傾げて考え込んだが、すぐに再び口を開いた。

 

「まぁ、せっかくですから、少し話をしてみましょう。ここに連れてきてください」

「畏まりました」

 

 シモベは再び姿を消した。パンドラズ・アクターは様々な可能性を考慮しつつも、その場で待った。

 

 

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 夕暮れ時のエ・ランテルでは、仕事帰りの人々が忙しげに行き来している。

 家で待っている家族の元へ急ぐものもいれば、行きつけの酒場へと足を運ぶものもいる。

 木の棒を振り回して遊んでいた子どもたちも、賑やかにそれぞれの家路についている。

 街の通り沿いには〈永続光〉で作られた灯りが設置され、ほんのりと夕闇の街を照らしている。

 

 そんな中、蒼の薔薇は、久しぶりに全員揃って『漆黒の双剣亭』で祝杯を上げていた。

 

「はぁー、お酒は本当に美味しいわよね」

 ラキュースはグラスの中身を一気に飲み干し、満面の笑顔を浮かべた。

 

「ははは、まったくだな。このところ、締め切りとやらに追われて、ゆっくり飲んでる暇もなかっただろ。今夜は思いっきり楽しもうぜ」

「ボスも鬼だけど、モモンはもっと鬼」

「そ、そんなことないわよ! モモン様はいろいろ気遣って、差し入れとかもしてくださったし!」

 

 顔を真赤にして否定するラキュースを見て、一同は爆笑した。

 

「鬼リーダー、完全にデレてる」

「まぁ、惚れた男に頼まれちゃ断れねぇよな」

 

 笑いながらガガーランに思い切り背中を叩かれ、ラキュースは軽くむせた。

 

「べ、別にそういうことじゃなくて! なんというか、その、私が書いたものを喜んでくれる人たちがたくさんいるのが嬉しかったのよ。そもそも、これまでは、あまり人に見せたりしたことすらなかったし……」

「そういえば、ラキュースが書き物をする趣味があるなんて知らなかったぞ。なんで隠していたんだ?」

「えっと、それは……、その、そういうことしてるって、あまり人には知られたくなかったというか……。恥ずかしかったというか……」

 

「モモンには自分から見せた。私達には見せなかったのに」

「調査済み。嘘ついてもダメ」

 

 すまし顔でティアとティナに指摘され、ラキュースは後ろめたそうにグラスを手の中でいじりまわした。

 

「ラキュースも本当に変わったよな。でも、俺はそういうのいいと思うぜ。やっぱり人生は楽しまなくちゃな! 色ごとなしの堅物じゃつまらねぇだろ」

「私も同感だな。そんな隠すようなことでもないだろう。それに、何と言ってもモモン様は格好いいからな。ラキュースは見る目があると思うぞ」

「……そういや、最初にモモンのことを騒いでいたのはイビルアイだったしなぁ。すぐに魔導王陛下に乗り換えたみたいだけどよ。でも、いいんじゃないか? いろいろ試してみるのも乙なもんだろ?」

「うぇ!? そ、それは、その……私は別にそういうわけじゃ……」

 

 ガガーランに突っ込まれて、イビルアイも口の中で言い訳をつぶやきながら黙り込む。

 自分から矛先がそれたのを見て、ラキュースは慌てて話題を変えた。

 

「ね、ねぇ、それはそうと、久しぶりに数日ほど時間ができそうなの。だから、せっかくだし、皆でどこかに探索に行かない? アゼルリシア山脈に行って以来、蒼の薔薇としての活動はほとんどしてなかったし」

 

「あぁ、そうだなぁ。言われてみれば、随分長いことエ・ランテル内部での個別活動しかしてなかったか」

「仕方ない。鬼リーダーは忙しそうにしてたし、イビルアイもちょくちょく姿が見えなかった」

「ガガーランも童貞を追っかけ回してた」

 

「俺は駆け出しの連中に剣を教えてただけだろ! そういうお前らだって、アウラ様とマーレ様に貼り付いて嫌がられてたじゃねぇか」

「私達も仕事の話をしていただけ」

「別に嫌がられるようなことはしていない」

 

「ほんと、お前らも相変わらずだよな。まぁ、いいけどよ」

 

 ティアとティナの言い分を聞いたガガーランは呆れたように肩をすくめ、再び酒をあおる。

 

「ねえ。ちょっと、皆、真面目に聞いてよ。それでどうかしら? 直近のあなた達の予定はどうなってるの?」

 

 どうしても話が脱線しがちな三人を軽く睨みつつ、ラキュースは懐から手帳を取り出してパラパラとめくった。

 

「そうだな……。私は明日アウラ様と一日出かける約束をしているが、それ以降なら大丈夫だぞ」

「俺は、明後日、ルーン武器の新作を試してみて欲しいと組合長に頼まれてるな」

「同じく。私達も明後日は都合が悪い」

 

「そういうラキュースはどうなんだ?」

「うーん、……次の依頼まで四日ほどしか空きがないの。明日と明後日の予定が埋まっているなら、今回遠出するのは無理かしらね」

 

 ペンを片手に頬杖をつき、顔をしかめながら手帳をめくっていたラキュースは、少しがっかりしたように言った。

 

「それじゃ仕方ねぇよ。無理しなくてもいいだろ。明日じゃなくても、いくらでも機会はあるさ。別にこれが蒼の薔薇としての最後の活動とかいうわけじゃなし」

 

 ガガーランの軽い一言で、ラキュースは更に落ち込んだようだった。

 

「……そうなのよね。実はそれも気になっていたの。今は、私も執筆活動で忙しくて、冒険者としての日々の鍛錬もおろそかになっているわ。でも、本当なら、蒼の薔薇として冒険するのが本業なわけじゃない? もちろん、他の冒険者の指導をしたり、組合の運営に協力したりするのもそうだけど。アダマンタイト級冒険者だからこそ、私達はかなりの報酬を魔導国から頂いているのだし」

 

「まぁ、確かにそれはいえてるな。ただ、どのみち、依頼をよこしてるのはモモンだの、魔導国のお偉方だろう? だったら、別に構わねぇんじゃないか? それに、なんだ。ラキュースも随分一生懸命やってるみたいだしなぁ」

 

「そ、それは……否定しないけど……」

 

「鬼ボスはモモンと一緒でまんざらでもなさそう」

「こないだは、自分の部屋に引き込んでた」

 

「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでくれる!?」

 

 顔を真赤にしたラキュースが、手に持ったコップをがちゃんと乱暴にテーブルに置き、他の三人は大きな笑い声をたてた。

 

「もう……、本当にしょうがない人たちね。――本当は、まだ、こういう話をするつもりじゃなかったんだけど、私達だって、いつまでも冒険できるわけじゃないでしょう? 確かに三十過ぎても冒険者で居続ける人もいるけれど、女性ではほとんどいないし。男性だって、そのくらいで表舞台からは引退して、第二の人生を歩む人が大半だわ。アインザック組合長みたいに冒険者をバックアップする側に回ったり」

 

「それは仕方ないだろう。冒険者なんて死と隣り合わせの仕事だ。歳をとれば身体もどうしても動かなくなってくる。人間が老いるのはあっという間だ。それに、冒険者同士で結婚して引退することも多いしな。いくつになっても独り身で、気の向くままにうろついているのは、あのリグリッドぐらいなもんだろう」

 

 イビルアイは辛辣にいった。

 

「がはは。確かに、あの婆さんを目指すのは無理だわな。まぁ、実を言えば、俺もいずれは手頃な童貞を捕まえて、結婚とかよぉ、そういう人生を考えてないわけじゃないぞ?」

「ガガーランに正面から立ち向かう童貞なんているわけない」

 

「なぁに、どんな男も最初は童貞さ。手取り足取り、このガガーラン様が仕込んでやれば、いずれはきっと良い具合になる。……まぁ、それは冗談としても、もし、俺に釣り合う相手がいたら、そろそろ俺も身の振り方を考えてもいいかなとは思ってる」

 

 少しばかり照れくさそうな顔をしてガガーランは言った。

 

「もしかして、ガガーランの血の色は青じゃなくてピンク?」

「乙女にクラスチェンジしたガガーランには近寄りたくない」

 

 その話で、イビルアイは最近、ふと耳にしたことを思い出した。

 

「ん? まさかとは思うが、ガガーランが釣り合う男って武王のことか? 最近、闘技場で手合わせしてるそうじゃないか?」

 

「おい! いくら相手が童貞だからって、武王な訳ないだろ! そもそも、あいつはトロールなんだから、身体の大きさ自体も比較にならねぇし。だけどまぁ、とんでもないやつだよ。帝国でも最強の剣闘士だったとは聞いたが、さすがに種族の差はでかいな。俺じゃ全然歯がたたねぇわ」

 

「……武王は童貞なのか……」

「ガガーランの特殊タレントは種族も関係なく検知できるんだ?」

「うわぁ、どんびき」

 

 他の面々が多少引いているのをよそに、ガガーランは機嫌よく話を続けた。

 

「なんでも、今度、武王は嫁さん貰うらしいぜ。しばらく故郷に戻るから、当分、訓練はお休みだとさ」

 

「へぇ、知らなかったわ。ガガーランは武王ともよろしくやってたの?」

 

 からかうような口調のラキュースを、ガガーランは軽く鼻で笑った。

 

「あぁ、魔導王陛下に頼まれてな。前にイビルアイがいってたれべるあっぷの儀式だっけか? 武王が冒険者の訓練相手になったとしたら、どのくらい効果があるか知りたいそうでな。一応、武王もそれなりに手加減はしてくれてるらしいんだが、俺でもかなり厳しいから、そのへんの冒険者じゃ、そもそも手合わせしたら死んじまいそうだ。まぁ、おかげで、俺自身はかなり鍛えられたけどよ」

「確かに、しばらく見ないうちに、一回りくらい体が大きくなった気がするわね」

「真面目に、種族かわってそう」

 

 冗談も交えながら、ひとしきり、全員が近況を報告しおわると、ラキュースは再び諦めきれないように手帳をパラパラとめくった。

 

「……やっぱり、今回は探索は延期ということで決定かしらね?」

「たまにはゆっくりしたらどうだ? ラキュースだって散々忙しかったんだし。今回は、休暇にして羽を伸ばせばいいじゃないか。それとも、モモン様を誘ってどこかに行ってみるのはどうだ?」

 

 イビルアイは努めて明るい声を出したが、ラキュースは更に落ち込んだようだった。

 

「それが……、モモン様はナーベさんと一緒にしばらく国境地帯の視察に出かけてご不在にされるんですって。今回原稿を取りにいらしたのも別の方だったし……」

 

 盛大なため息をつくラキュースに、ガガーランとイビルアイは顔を見合わせる。

 

「うん、ま、まぁ、それも仕方ないな。よし、今夜は思いっきり飲もうぜ。な!?」

 

 ガガーランは空になったラキュースの盃に酒をなみなみとつぐ。その盃を手に取ってラキュースは一気に喉に流し込むと、いつもの彼女らしからぬ乱暴な仕草で、他の面々の盃にも溢れんばかりに酒をついだ。

 

「そうよね! いいこと言うじゃない、ガガーラン。さぁ、皆、じゃんじゃん飲むわよ!?」

 

 四人は思わず顔を見合わせた。完全にラキュースの目が据わっている。

 

「ははは、それじゃ、俺たちも思いっきり付き合うか! 乾杯!!」

「かんぱーい!」

 

 豪快にガガーランは杯をあおると店員を呼んだ。ティアとティナは黙々と盃を口にする。

 陽気な店員がテーブルに新しい酒瓶を何本も並べていく。

 蒼の薔薇の威勢のいい飲みっぷりを見て、他の客も囃し立てた。

 

(今夜は長そうだな……)

 

 賑やかな酒場の喧騒の中で、イビルアイは呆れたように呟いたが、同時に微笑ましい気持ちにもなる。

 仲間が楽しそうにしているのを見ているのは悪くない。この場に自分が共にいられることも。

 ナザリックで過ごすのとは違う幸せが胸を満たす。

 しかし、それと同じくらい、今日は寂しさを感じないではいられなかった。

 

(アインズ様が昔の仲間やナザリックを大切に思う気持ちはわかるな。私だって、リーダーのことも、あの時の仲間たちも……。故郷のことだって忘れられない。今でも大事な思い出だ。それに、こいつらだって……)

 

 いつまでもこの光景を見ていられるわけではない。それはよくわかっている。

 

 彼女たちは普通の人間だ。

 アンデッドである自分とは違う時の流れを生きている。

 どんな形になるかはわからないが、いずれ、そう遠くない日に必ず別れは訪れるのだから。

 

 

 




佐藤東沙様、誤字報告ありがとうございました。

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ようやく更新再開する目処がつきました。
今後は3日毎に更新予定です。
3章よりも長くなります。
完結までお付き合いいただけると嬉しいです。

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