イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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5: 蠢動

 アルベドはエ・ランテルにある自分の執務室で、忙しく仕事をこなしていた。

 

 アルベドには秘書官のようなものはいないが、シモベの中から何人か選んで、行政官のまとめ役のような仕事をまかせている。

 連絡事項の伝達や書類の受け渡しを個別にやると面倒だからだ。

 

 さすがに属国の高官との折衝までは任せられないが、各種の報告書や様々な資料、陳情などに対する下処理までは彼らの仕事だ。

 

 アルベドは、彼らが次々と持ってくる綺麗にまとめられた報告書を受け取り、手際よく書類をチェックしていく。

 問題があればその旨を書いて担当に差し戻し、必要に応じて追加の指示も出す。

 

 魔導国が誇る美貌の宰相は、疲れも見せずにそれらの面倒な雑務を次々と片付けていった。

 

 以前に比べれば、魔導国の行政を執行する体制は整いつつあったが、属国や支配する亜人種や異形種の数が増えたことで、アルベドが処理する仕事の量は増えるばかりだった。

 しかし、それ自体は別に気にならない。

 それだけの仕事を任せてもらえるということは、自分に対するモモンガの信頼の証でもあるのだから。

 

 山積みになっていた書類も次第に残り少なくなってきて、アルベドは軽くため息をついた。

 どうやら、今日受け取った書類の中にも、アルベドが長いこと待ちわびている報告は入っていないようだ。

 

 アルベドは美しい眉をひそめた。

 

(やはり、あの連中では無理なのかしら? 人間としてはまぁまぁ使える方だと思っていたのだけれど。下等生物の寄り集まりではあることだし、あの娘に比べれば、多少劣るのは仕方がないわね)

 

 スレイン法国。

 

 この世界にやってきて、すぐに起きた出来事やその後の状況から、アルベドは、法国が何らかの鍵を握っているに違いないと、かなり早い段階で目星をつけていた。

 

 しかし、何分証拠は少ない。

 以前捕らえた法国人たちから得られた情報はごく僅かだ。

 ただ、これまで相対してきた王国や帝国などと比べても、明らかに成熟した国家のように思われる。

 独自の六大神信仰を持っていることもそうだし、かなり整備された国家体制を敷いているのもそうだ。

 

 おまけに、魔導国建国の際は、あえて戦いに介入することを避けている。

 まるで、なるべく魔導国とはことを起こさぬように、慎重に距離をとっているかのように。

 

 リ・エスティーゼ王国には、かなり大掛かりな工作をしていたことと比べると、まるで異なる動きだ。

 主がそう睨んでいるように、ぷれいやーの知識の影響を受けた結果なのかもしれない。

 

(パンドラズ・アクターが見つけたあの女をなんとか懐柔したいところね。あの女は法国のかなり深い部分の情報を知りえる立場だったはずよ。そう、少なくとも、陽光聖典の隊長と同じくらいには。あの時は、完全に無駄にしてしまったけれど、今回は同じことを繰り返さないようにしなければ。モモンガ様の御為ですもの)

 

 愛しの君の麗しい白い容貌を思い出して、ひとしきりうっとりした後、アルベドはもう一人の不快な男を思い出して身震いをする。

 

「まったく。あのエルフの王がもう少しまともな頭をしていたら良かったんだけど。あれじゃ、王国の馬鹿と大差ないじゃない。こともあろうに、この私に対して言い寄ろうとしてくるなんて!」

 

 アルベドは獣のような目つきで自分の肌に触れようとした男を思い出して、ギリッと歯ぎしりをした。

 

「まぁ、でも、馬鹿は馬鹿なりに使いようはあるわ。何より、あのエルフは完全に私の言いなりだし、使い潰しても問題ない。それに、聞き出した話が正しければ、エルフの国の支配自体は、あの王がいなくともスムーズにいくはず。ただ、気になるのは、法国との軋轢の原因になったとかいう娘の件ね……」

 

 完全に色ボケした男の話を、どこまで信用できるのかは、さすがのアルベドにも判断は難しかった。

 なにしろ、娘は法国の神の血筋などと口走っていたのだ。

 

 スレイン法国の建国が六百年前なのだから、人間種でありながら、その血筋が残っているとすれば、かなり奇跡的なことに思われる。

 それとも、法国にはまだぷれいやーが密かに生き延びているのだろうか。

 

 エルフなどの長命種、もしくは、人間原理主義的な法国であれば考えにくいが、異形種のプレイヤーがいた可能性は否定できない。

 何より、法国の神の一人は、モモンガに酷似しているらしい。

 

 単に魔法で姿を変えていたとかならともかく、本当にモモンガと同格のオーバーロードだったとしたら。

 だとすれば厄介だ。

 

(デミウルゴスが例の薬を牧場で実験してみたところ、人間種よりも亜人種や異形種への影響が大きかったといっていたわね。気分が高揚し、よりその本能を駆り立てるような行動を取るようになったとか)

 

 理性を失い、凶暴性が強いものは暴走し、人食を好むものは見境なく人を襲う。

 

 アルベドとしては、ナザリック以外のものが争うことに別にたいして興味があるわけではない。

 しかし、主が築こうとしている国の邪魔になるなら話は別だ。

 少なくとも放置しておけば、魔導国にとって致命的な毒になりかねない。

 

 恐らく、法国は、正面切って戦うよりも、魔導国の内部から混乱を引き起こすことで、内部崩壊を狙っているのだろう。

 

(もちろん、そんなことはさせないわ。私たちを見くびったことを、スレイン法国にはたっぷり後悔させてあげないといけないわね。もっとも、あの薬は上手く改良できれば、良い効果にも使えそうだけど。そう。例えば、アンデッドを性的に興奮させるとか……)

 

 一瞬、良からぬ想像をして、アルベドはうっとりとするが、すぐに気を引き締めた。

 今の優先事項は他にあり、緊急事態になる前に、必要な手を打たなければならないのだ。

 

(デミウルゴスだけじゃなく、パンドラズ・アクターにも任せてみようかしら。アイテムの扱いや知識ではさすがに、彼の右に出るものはいないし。カルネ村にいるモモンガ様のお気に入りの人間にやらせてみるのも悪くはないけれど、今回は避けたいところね)

 

 アルベドは対策を思案しつつも、流れるように書類を捌いていく。

 この程度の仕事を完璧に遂行できないようでは、モモンガの正妃など務まらない。

 

――全く、甘いわね。どう考えても、モモンガ様の隣に座る資格があるのは私一人。焦らず、じっくり攻略していけばいいだけのことよ。それに、あの計画さえ上手く行けば、モモンガ様の御心は間違いなく私のものになるはず。シャルティアもアウラも、それにドラウディロンやイビルアイだって、私の敵にはなりえない。まぁ、モモンガ様の足元に侍るくらいは認めてやってもいいけれど。くふふふふふ!

 

 モモンガが自分の身体を抱きしめ、愛していると囁くところを想像して、アルベドは思わず下腹部に向かって手を伸ばしそうになるが、理性でなんとかそれを押し留めた。

 あと、ほんの少しだけ我慢すれば、そんなことを自分でしなくても良くなるのだから。

 

 何も知らずに、自分と同格だと本気で思っているらしい四人のことを思い出して、アルベドはニンマリと笑った。

 

 それから有能な宰相の顔に戻ると、思いついた作戦案を、いくつも紙に書きつけていく。

 しかし、どれも実行するにはそれなりの数のシモベが必要になりそうだ。

 

「アウラかマーレあたりの協力があれば、もっと楽なのかもしれないけれど。今の段階で守護者クラスを動かすのは避けたいわね。できれば、私のチームと、ナザリックのシモベの一部だけで対処出来るのがベストね」

 

 ナザリックのシモベであれば、基本的には守護者統括であるアルベドの一存で動かせる。

 しかし、下級なシモベならともかく、高レベルのものまで動せば、他の守護者たちにも知られてしまうだろう。

 そうなれば、アルベドが密かに進めたい計画が漏れる可能性だって否定できない。

 

 ドリームチームのメンバーなら秘密裏に動かせるが、数はそれほど多くはない。

 主の特別なはからいで能力が高いものを取り揃えてもらったとはいえ、その分数は限られているのだ。

 能力の高いシモベは、その分必要になるコストも高いことは、アルベドとて理解している。

 

 ナザリックの資金が潤沢だとしても無駄遣いは禁物だ。

 それに、戦力的には既に過剰ともいえる。

 これ以上を望めば、あらぬ疑いをかけられかねない。

 

 モモンガはアルベドを信頼してくれているようだが、デミウルゴスはアルベドに何か思うところがありそうだった。

 

(薬の改良の件も含めて、後でパンドラズ・アクターに少し相談したほうが良さそうね。今の段階でデミウルゴスを敵に回すのは危険すぎる。もっとも、今回の件がうまく行けば何の問題もないのだけれど)

 

 アルベドは小さくため息をついた。

 

 これまでも、モモンガの命で、法国を少しずつ探ってはいたが、あの広大な地域をしらみ潰しに探すのに、思いのほか、時間がかかっていた。

 

 エルフの国を攻める際はニグレドにも協力してもらったが、法国中心部の調査に関しては、魔法的な対抗手段が存在することを警戒したモモンガに却下された。

 

 しかし、やはり姉の協力が得られるのはデメリットを上回るメリットがあるはずだ。

 それに、アルベドは他にもニグレドに頼みたいこともある。

 もう一度、新たな情報を踏まえて説得すれば、主が認めてくれる可能性は高いだろう。

 

 ただ、一点問題があるとすれば、ニグレドの件を再度持ち出すことで叡智あふれる主がアルベドの隠された目的を看破してしまうことだ。

 アルベドとしては、なるべくなら、モモンガには最後まで知られずにことを運びたかった。

 

(まだ少しパズルのピースが足りないわ。それに手札も……)

 

 その時、軽いノックの音が聞こえる。入室の許可を出すと、メイドが一人恭しげに銀のトレイを持って入ってきた。

 

「何かしら?」

「失礼いたします。アルベド様、お手紙が届いております」

「そう、ありがとう」

 

 アルベドは差し出されたトレイから一通の封書を手に取った。

 裏返して差出人の名前を確認すると、メイドに向かって軽く頷く。

 メイドはお辞儀をすると、静かに退室していった。

 

 扉の閉まる音とともに、はやる心を抑えつつ手紙の封を切り、内容を確認する。

 それは紛れもなく、アルベドが待ち望んでいた情報だった。

 

(どうやら、最後のピースが揃ったようね。これが吉と出るか凶と出るか……。いいえ、何としてでもやり遂げてみせるわ。モモンガ様と私の未来のために)

 

 アルベドの美しい口元は薄く歪んだ。

 

 

----

 

 

 スレイン法国神都にある大神殿の最奥部では、六大神の像が立ち並ぶ神聖な部屋で、法国の運命を握る首脳陣が一同に会していた。

 

 しかし、明るい表情のものは一人もいない。

 疲れ切った様子で、声にも落ち着きはなかった。

 

 このところ、彼らはこの部屋に詰め切りで会議を続けている。

 議題はもちろん、魔導国に関してだ。

 

 数年前、魔導王がバハルス帝国と手を組み、エ・ランテルの領有権を主張してリ・エスティーゼ王国に戦争をしかけた時は、魔導王の力を見極めるためにも静観すべきという意見でまとまったため、中立の立場を維持し、手出しはしなかった。

 

 魔導王が世界を滅ぼしうる力を持つことが判明した後は、魔導国がエ・ランテルのみを保有する小国であるうちに、人間を主体とする国家と密かに手を組むことで、対魔導国戦線を作り、魔導国の崩壊を狙うべく行動するつもりだった。

 

 だが、魔導国に膝を屈したとはいえ、何らかの策を持っていると思われたバハルス帝国とは、密かに接触し、可能であれば協調しようとしたが、逆に鮮血帝の罠に完全にはめられてしまった。

 

 リ・エスティーゼ王国や竜王国は、もともと、戦力として全く当てにしてなどいない。

 戦力的にも心情的にも法国に近いと思われたローブル聖王国は、今や完全に魔導王にひれ伏し、あろうことか、魔導王を国守の神として祀り上げ、第二の魔導国となっている。

 

「アインズ・ウール・ゴウン神王……、とか言っているそうだな? ローブルの馬鹿どもは」

「ローブル聖王国、いや、もうローブル神王国でしたか。あそこだけではありません。魔導王の圧倒的な武力に魅了された異形種や亜人種、それに、魔導王に救われた形になっている王国や竜王国でも、そう呼んでいるものは多いようですよ」

 

 

「竜王国か……。長年、少なからぬ協力をしてきたのだが。その恩義を忘れたのか? いくら人間種の国とはいえ、あそこの女王は竜王。やはり、異形種は信用ならん」

 

「まぁ、ここ数年は、エルフの王国との戦争に手間取って、竜王国への支援が多少おろそかになっていたのは事実です。せめて属国になる前に、バハルス帝国が支援してくれればよかったのですが……」

 

「鮮血帝は、そんな無駄なことはせんだろ。何しろ、機を見るに敏なやからだ。我らに対して手ひどい裏切りをするほど、今は魔導王に心酔しているようだしの」

 

 力ない笑い声がそこかしこから上がる。

 バハルス帝国が信用できないのは、スレイン法国としてもかなりの痛手だった。

 

「それにエルフも、最近、急に力を盛り返したように見えます。一体、どこで戦力を調達して来たのやら」

「あの狂王が、まともなことを考えられるとは思えんのだが。全く、このところ、何もかもがうまくいかんな」

 

 全員が、深いため息をつく。

 

 エルフの王国との長年に渡る戦争は、スレイン法国の勝利が確定していると思われていた。

 事実、王都近郊に前線基地まで築いていたのだ。

 

 ところが、今はどういうわけか、完全に膠着状態に陥っている。

 それどころか、最近はスレイン法国の国境付近まで敵勢力が迫ってきていた。

 そう遠からず、エルフの国を制圧する予定だっただけに、これは大きな誤算だ。

 

 現時点でスレイン法国は、孤立無援といってもいい状況。

 

 しかも、かねてより対魔導国用の秘策である研究を行っていた施設が何者かに襲われ、研究結果や設備、資材ごと無に帰してしまった。

 

「うまくいけば、魔導国を内部から崩壊させられる良い手だったのですがねぇ」

「全くだ。あの場所を喪ったのは痛いのう……」

 

「ライラの粉末の改良には、かなりの時間がかかっていますし、詳細な実験資料やデータや資材は、ほぼ全てあの場所に保管していました。薬もまだ完成しているわけではありません。こちらにもサンプルや経過報告書など、多少の資料はありますが、それだけでは実験を再開するには不足でしょう。更にいうと、もう一度実用になるレベルの研究体制を構築するには、かなりの年月が必要と思われます。あの地で研究を行っていたのは、我が国でも屈指の魔法研究者ばかりでしたし」

 

 確認された状況を細かく記した書類が回されるにつれ、事態の深刻さが一同に共有される。

 

「突如としてアンデッドの大群に襲われた、か……。普通の人間や亜人などはあまり近づかない場所ということで、カッツェ平野の側近くを選択したのですが。警備をもっと厳重にすべきだったのかもしれません」

「じゃが、非常時に対処できるだけの人員は配置していたはずだろう? やはり、カッツェ平野からのアンデッドではなく、彼奴の手にかかったとみるべきではないか?」

 

「報告によれば、数は異様に多かったものの、襲ってきたのはほとんどが普通のスケルトンで、エルダーリッチが多少交じっていた程度というではないか。魔導王の軍勢としては、あまりにもお粗末ではないか?」

「魂喰らいを荷馬に使っているような国ですからなぁ」

 

「確かに、伝説級のアンデッド軍団を率いる魔導王とは思えない貧弱な軍勢です。しかし、逆にカモフラージュとしてあえてそういう軍勢を使った可能性もあるのでは」

「魔導王は武力だけではなく、知略にも優れていると聞きます。やはり、今回の襲撃は魔導国によって行われたと判断すべきでしょう」

 

 全員が大きく頷き、部屋の中のピリピリとした雰囲気は一段と強くなる。

 

「そうなると、敵に情報が全て渡ったと見るべきだな。最悪だ。あの作戦がもはや使えないとは……」

「それだけではない。今までは一応、中立の立場を貫いてきた我が国が、敵対していることが知られてしまったのだぞ。魔導国の次の標的が、この国であることは間違いない」

 

「既に魔導国は、何らかの手を打ってきているはずだ。多少偽装していたとはいえ、我が国の都市をおおっぴらに襲撃したということは、こちらに知られても問題ない段階だと判断しての行為だろうよ」

 

「早急に他の対抗手段を考えねばならんな。そんなものがあればだが」

「――我が国以外に存在する、魔導国にも対抗できるだけの力を持つ人材を集めては?」

 

「我が国の精鋭以上となると、かなり限られるぞ? 冒険者でもできればアダマンタイト、最低でも白金ではないと使い物にもならん」

「しかし、もう、他国の目ぼしい冒険者は魔導国に取り込まれている。リ・エスティーゼ王国に所属していた漆黒のモモン、蒼の薔薇、朱の雫。彼らは既に魔導国に移籍している。竜王国のクリスタル・ティアや、バハルス帝国の漣八連も、魔導国の息がかかっている可能性が高い。カルサナス都市国家連合に移籍した銀糸鳥なら、話にのってくるかもしれないが」

 

「銀糸鳥には亜人が所属している。彼らと手を組むのは国民感情的に難しくはないか?」

「となると、アダマンタイト以下の冒険者、ということになりますな。早急にスレイン法国の理念に賛同しそうなものたちと、コンタクトを取るよう取り計らいましょう」

 

「それがいい。人材は貴重だ。あくまでも丁重に行うのだぞ?」

「心得ておりますよ」

 

「……こうなると、ガゼフ・ストロノーフを喪ったのは思いの外痛手ですな」

「なにを今更。それに、あやつは、魔導王には全く歯が立たなかったのであろう?」

「魔導王の力は底知れないですから、むしろ、その事実を我々に伝えてくれただけでも、十分ガゼフは役に立ったといえるでしょう」

「それも、そうだな……」

 

「しかも、魔導王にはデス・ナイトに魂喰らいの大軍勢がいる。あれらが出てくるなら、漆黒聖典でも勝ち目はないでしょう。……彼女と隊長をのぞけば」

 

 彼女、という言葉を聞いて、部屋の雰囲気が若干やわらいだ。

 そう。スレイン法国には、まだ最後の切り札、神の力を色濃く引き継ぐものたちが残っている。

 

 それに、魔導王に効果があるかは定かではないものの、宝物殿には神の宝が鎮座している。

 魔導王が神の力を持っているとはいえ、こちらにも神の力はある。

 人類の守護者として、最後まで戦い抜く覚悟もできているのだ。

 

「彼女は、これまでずっと戦いを欲してきています。竜王たちを敵に回したくはありませんが、彼女なら、竜王たちすら敵ではないかもしれません」

「そうか、そうだな。我々はまだまだ戦える。魔導王に対して、少しばかり弱気になりすぎていたようだ」

 

 少し乾いた笑い声が部屋に響いた。

 誰も本気でそう思っていなかったとしても、ここにいる面々は、人類の最後の砦といっても等しい。

 絶望的な考えばかりにとらわれているわけにはいかないのだ。

 

「正直、魔導王に研究結果が渡った可能性など考えたくはありませんから、ただの事故だと思いたいですがね」

「もしくは、ズーラーノーンが裏で動いていたという線もあるのでは? 数年前のエ・ランテルの事件は、あやつらの犯行だったではないか」

 

 ズーラーノーンの名前で、再び、幹部たちは顔を見合わせ大きくため息をついた。

 

「まさか、クインティアの片割れが、あのような事件に首を突っ込んでいようとはな……」

「漆黒聖典の恥晒しとは、まさにあれのことです。しかも、ようやく捕縛してみれば、持ち出したはずの叡者の額冠の在り処も知らぬとはな」

 

「本人は死んでいたから知らない、と言い張っていたが、本当に知らないとみて間違いないのか? 拷問が手ぬるかったのでは?」

「それはありませんよ。こちらも手加減する余地はありませんでした。しかし、もはや、動く力もないと牢に捨て置いたはずが、まさか逃げ出すとは……」

 

「案外、逃げ出すすきをずっと狙っていたのかもしれん。そのくらいはやる奴だ。全く、油断がならぬ」

 

「追手はかけているのだろうな?」

「はい。しかし、今のところ、完全に痕跡を見失っております。どこかで忽然と姿を消したような。最悪、再びズーラーノーンの手を借りているのかもしれません」

 

「全く腹立たしいやつよ。しかし、逃げられてしまったものは仕方がない。今は、むしろ、魔導国への対処に注力すべきだ。それでなくとも、エルフの国にも手間取っている。クレマンティーヌのことになど、かまけている余裕はない」

 

「どうでしょう。魔導国への対抗策は推し進めなければなりませんが、先にエルフの国を一気に叩き潰しては? 二正面作戦は避けねばなりません。魔導国を相手取るだけでも、我々の手にはあまるのですから」

 

「賛成です。今の我が国は、周囲を魔導国とその属国にほぼ固められた状況に陥っています。それだけでも、不利なのに、その上、戦線を二つ維持するなど、正気の沙汰ではありません。今、魔導国と正面対決することになれば、間違いなく、我が国は滅びることになるでしょう」

 

 それは、誰もが考えていた事実だった。

 沈黙が部屋を覆い尽くす。

 

「……しかし、今更、この戦いを避けることはできないだろう。明らかに、先に手を出したのは我々だ。いつ宣戦布告が行われてもおかしくない。その前に、魔導国に謝罪し、属国に成り下がることもできよう。が、アンデッドが支配する国にひれ伏すことなど、国民は納得しないだろう」

「ですな。だからこそ、長年、評議国とさえ国境を接しないように苦心してきたわけですから」

 

「では、我々の結論としては、エルフの王国との戦争を早急に終息させ、対魔導国への体制をつくる、ということでよろしいかな?」

 

 神官長の言葉に、全員がうなずく。

 実際、もはや、それしか取り得る手段はありえない。

 

「では、エルフの王国にとどめを刺す戦力としてはいかほどが適当か?」

「そうですな。神都の守りとして漆黒聖典の一部だけを残し、残り全ての聖典を一気に投入してはいかがでしょう。ことは一刻を争うのですから」

 

「もっともだな。では、総指揮は漆黒聖典の隊長に任せ、神都の守りには彼女をあてよう。さすがに、彼女をエルフ王と会わせるわけにはいかないからな」

「それでよろしいかと」

 

 神官長が、漆黒聖典の隊長を呼び出すように言いつけると、ほどなく、隊長が現れ、無表情に部屋にいる面々を見回すと、丁寧に会釈をした。

 

「お呼びにより、参上いたしました」

 

「ご苦労。早速で悪いが、エルフの王国との長年の戦争を早急に終わらせる必要が出てきた」

「……それは、魔導国との関係によるものですか?」

 

「さすがに察しがいいな。そのとおりだ。一時復帰していたものを含め、漆黒聖典及び、まだ神都に残留している全ての聖典を対エルフ戦線に投入することとする。総指揮官には君を任命する。目標はエルフ王の首、もしくは身柄だ。生死は問わない。どんな手段を使っても構わない。二週間以内でケリをつけてきてくれ。ただし、彼女と漆黒聖典の一部は神都の守りに残すように。人選は一任する」

「かしこまりました。……ところで、あの槍はいかがいたしましょうか?」

 

「エルフ王は破滅の竜王とは違う。あの神宝は今回は不要だろう。むしろ、魔導王かその配下に使う必要が出てくることを考え、宝物庫に残しておくように」

「はっ。仰るとおりだと思います」

「今日の夜には、神都を出立するよう手はずを整えよ。武運を祈る。六大神の御加護がありますように」

 

 隊長は無言のまま神官長に頭を下げると、部屋に並べられた六大神の像に歩み寄り、慇懃に礼をした。

 

 




佐藤東沙様、誤字報告ありがとうございました。
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