イビルアイは、顔なじみの門番に軽く挨拶すると、すっかり通いなれた旧都市長の館にある門をくぐった。
といっても、今日は遊びに来たわけではない。
アインズから呼び出しを受けて来たのだ。
(アインズ様がわざわざ私をお呼びになるなんて、一体どんな用件だろう? 特に緊急というわけでもなさそうだったし)
少しばかり首をひねったが、思い当たる節はなかった。
予定の確認はされたが、イビルアイにとっては、アインズの依頼以上に優先しなければいけない用事などない。
一瞬、先日のデミウルゴスとのやり取りが頭をよぎるが、だいぶ日もたっている。だから、あれが問題になったわけでもないだろう。
少し不安な気持ちがないわけではないが、愛しいアインズに会える口実ができるのは、それだけでも嬉しいことだ。
浮かれ出しそうになる気分を抑えて、イビルアイはなるべく平然とアインズの執務室に向かった。
時折、人間のメイドが、まるでナザリックのメイドのような綺麗な所作で働いているのが見える。今のエ・ランテルに貴族などいないから、彼女たちはごく普通の家柄の娘のはずだ。
この館でメイド長をしているツアレは、人間でありながらセバス様に見初められたと聞いている。本来、ナザリックは人間種を住まわせない場所だったそうだが、特例でメイド見習いをしていたらしい。
ツアレ自身も、当初はメイドの経験などなかったそうだから、彼女が一人でメイド達をここまで育て上げたのだとしたら、たいしたものだ。
少し愛嬌のある可愛らしいツアレの顔を思い出しつつ、恐らく、愛するセバスのために、必死になって努力した様が目に浮かび、微笑ましい気分になるとともに、少しだけ心の中で何かが引っかかるのを感じた。
(……執事とメイド長か。そうすると、セバス様と一緒に仕事をして、おまけに、ナザリックの同じ部屋で一緒に暮らしている……んだよな? 確か、そういう話を聞いた覚えがある。とすると、ほぼ一日中……、二人で……? いや、べ、別にそういうのが羨ましいわけじゃ……。私だって、いずれはアインズ様の側近くで働けるようになるかもしれないし、それに……)
結婚、の二文字が頭をよぎったが、他の候補の面々の自信ありげな様子を思い出して、イビルアイは心のなかでため息をついた。
結局、少しでもアインズに近づくためには、アインズの役にたち、アインズに認められるしかないのだ。
アウラやシャルティアが、あれほどまでにアインズに忠誠をつくしているのは、単に支配者として尊敬しているだけではなく、そういう意味もあるのかもしれない。
(私も頑張らないとな!)
イビルアイは、そっと左手の指輪をなでると、アインズの執務室の前に立っている護衛に目礼し、いつものように扉をノックした。
既に顔見知りのメイドに中に通されると、部屋の中にはアインズだけではなく、魔術師組合長のテオ・ラケシルと、もう一人見慣れぬ翁が立っている。
もっとも、その翁の風体を見ただけで、相手が誰なのかはだいたい予想がついた。
「お召しにより参上しました。魔導王陛下」
イビルアイは、アインズに対して丁寧にお辞儀をし、二人の魔法詠唱者には会釈をした。
ラケシルは人好きのする笑顔を浮かべ、イビルアイに向かって軽く手を上げた。
もう一人は、興味深そうにイビルアイを観察しているようだった。
「よく来たな、イビルアイ。忙しい中、ご苦労」
アインズは威厳のある身振りで、イビルアイを手招いた。
アインズの表情は動かなかったが、イビルアイには穏やかな笑顔を浮かべているように感じられた。
どうやら、何か問題があって呼ばれたわけではないらしい。
イビルアイは少しほっとして、落ち着いた足取りで、アインズの執務机の近くまで歩み寄った。
なぜか、ちょっとした違和感を感じてアインズの周囲を確認すると、珍しいことに、今日は宰相アルベドの姿はなく、生真面目な表情をしたセバスが後ろに控えているだけだった。
(……何かあったのだろうか? いや、たまにはそういうことがあってもおかしくないだろう。アルベド様もお忙しい方だし)
とはいえ、恋敵の視線を感じなくてすむのは、少しばかりありがたく感じてしまう。
イビルアイはぺこりと頭を下げた。
「いえ。アインズ様の御用であれば、それ以上に優先すべきものはありませんから」
「ははは、そうなのか? 私もお前にはずいぶん助けてもらっているから、そういってもらえるのはありがたいことだ」
明るく笑い声を上げたアインズは、先程からアインズの執務机の前で控えている二人の魔法詠唱者を指し示した。
「さて、ここにいるラケシルはよく知っていると思うが、フールーダ・パラダインとは今のところ面識がないそうだな?」
「はい。お名前は存じておりますが、直接こうしてお会いするのは初めてです」
仮面を被った自分をじっくりと見定めるような目で見ている老人に、ちらりと目をやり、気が付かれないように、仮面の下でうっすらと笑った。
フールーダは、恐らく自分が使える魔法の位階がどこまでなのかを知りたいに違いない。
能力を隠蔽する指輪をはめている自分には、位階を看破するフールーダのタレントは通じないから、さぞかし、やきもきしているだろう。
(フールーダ・パラダインか。リグリットとは、そこそこ懇意にしていたらしいな。魔法にめっぽう入れ込んでいるキチガイだと言っていたが、この様子だと、あの婆の評価もあながち間違いではなさそうだ……)
「では、今日の話を始める前に、まず、お前たちを紹介しなければな」
アインズがゆっくりと執務席から立ち上がり、フールーダとイビルアイの間に立った。
残りの面々は軽く頭を下げる。
「イビルアイ、こちらはフールーダ・パラダインだ。高名な人物だから、既に知っていることとは思うが、バハルス帝国の主席宮廷魔術師であり、バハルス帝国魔法省の重鎮でもある。この度、帝国から正式に魔導国に移籍し、魔法詠唱者の育成等を任せることになったのだ」
「お初にお目にかかる、イビルアイ殿。私はフールーダ・パラダイン。今後よしなに」
アインズに紹介されたとたん、先程までの狂気はいくらか影をひそめ、実力ある魔法詠唱者然としたフールーダは重々しく礼をした。
「フールーダ。こちらも、あえて説明するほどではないと思うが、魔導国のアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇の魔法詠唱者であるイビルアイだ。魔法に関してはかなりの実力の持ち主だ」
「蒼の薔薇のイビルアイ。かの高名な
イビルアイも同様に丁寧にお辞儀をした。
「……随分とお若いようですが、あのリグリット・ベルスー・カウラウ殿の後継の魔法詠唱者として蒼の薔薇に所属されていると聞きました。リグリット殿とはお知り合いか?」
「リグリットとは共に旅をしたことがあります。かなり前のことですが」
「ほうほう、なるほど。となると、やはりイビルアイ殿は見かけの年齢通りではないのでしょうな? 実は、私も若い頃、彼女には随分世話になったものです。彼女と懇意にされていたのなら、かなりの魔法の知識をお持ちのはず。――できれば、後でゆっくりと魔法談義などしてみたいものですな」
フールーダの瞳が妖しく輝いている。
少なくとも、先程までの理知的な魔法詠唱者とは異なる、禍々しいオーラが漂ってくるようだ。
おまけに、側にいるラケシルまでが、異様なまでに熱心にイビルアイを見ている。
(しまった。リグリットの知り合いなんて言わなければよかったな。私だって、魔法談義は嫌いじゃないが、どうやら、この爺はかなりたちが悪そうだ……。しかも、ラケシルまでおかしくなってないか? 割と常識人だと思っていたんだが……)
イビルアイは心の中で自分を罵った。
うかうかと蛇の巣穴に手を突っ込んでしまった、自分の間抜けさに気づいて。
「とんでもございません。私はご覧の通りの若輩者。フールーダ殿やラケシル殿のような優れた魔法詠唱者と互角に魔法談義ができるとは思えません。どうかご容赦ください」
なるべく無難にイビルアイはそう返した。
しかし、魔法談義という言葉を聞いて目をきらめかせたラケシルが、さすがに紹介中は少し離れた場所に立っていたが、終わったと見るやいなや、じりじりと近づいてきていた。
「イビルアイ殿、謙遜されなくともいいではありませんか。貴女の実力は、私がよくわかっておりますとも。フールーダ様、私は、彼女は最低でも第五位階、下手をするとそれ以上なのではと思っています」
「ほほう? それは素晴らしい! イビルアイ殿が、それほどの魔法詠唱者だったとは……」
「私ごときではお二方の足元にも及びませんが、そういったお話をされるのでしたら、私も是非交ぜていただきたいものです。何しろ、この胸のうちにある魔法への熱い思いを話す相手がいなくて、長年困っておりまして……」
「そうでしょうなぁ。ラケシル殿ほどの情熱を持つものは、我が不肖の弟子たちにすら、そうはおりません。むろん、その際は、ラケシル殿もぜひご一緒に。魔法の深淵への道を共に歩みましょう」
「ありがたいことです。近いうちに、魔法詠唱者同士で議論などをできる場を設けたいものですな」
ラケシルとフールーダは顔を見合わせると、楽しそうな笑い声を上げ、肩をたたきあっている。
どうやら、二人は、完全に意気投合してしまっているようだ。
落ち着いた調度で整えられた部屋の中で、そこだけが異様な瘴気が渦巻いているのが、はっきりと感じられた。
二人が暴走しかかっているのを目の当たりにしたアインズは、どうしたものかと、心の中で頭を抱えた。
横目ですぐ近くに立っているイビルアイをみると、仮面に隠れて表情は見えなかったものの、二人からはさり気なく距離をおいているようだ。
セバスも礼儀正しく立ってはいるが、若干眉をひそめているのが感じられる。
顔合わせがてら、話が一回ですむほうが効率がいいと思って、三人を一度に集めたのだが、さすがに失敗だったかもしれない。
あの二人の性癖はよく知っていたはずなのに。
(多分、ドン引きしているよなぁ、イビルアイ。そりゃ、俺だって、好きなことを夢中になって話すことはあるし、語りたいことだって山程あるけど、どう考えても、ここまでじゃないぞ? まぁ、この二人はこういう連中だということが、イビルアイに伝わったと、好意的に考えるしかない。どのみち、顔合わせは必要だったんだし……)
「やめよ、二人とも。今日はそのような話をするために、お前たちを呼んだわけではない」
アインズは片手を上げ、少しばかり威圧的な声で二人を制した。
「魔導王陛下、大変申し訳ございません!」
慌てて土下座しようとするフールーダを手振りで止めると、何事もなかったかのように、威厳ある動きをいつも以上に意識しながら部屋を横切り、奥に置いてあるソファーの上座に座ると、残りの三人を手招いた。
「フールーダとイビルアイの紹介もすんだことだし、立ち話もなんだから、こちらで話をしようではないか」
ラケシルとフールーダはさすがにバツが悪そうな顔をしたが、二人ともおとなしくアインズの向かい側のソファーに座った。
それを見て、イビルアイも素直に二人の隣に腰を下ろした。
アインズは控えていたメイドに、三人に飲み物を出すように指示すると、しばらくして、メイドは香り高い紅茶をそれぞれの前に優雅な手付きで給仕した。
「さて、三人に集まってもらったのは、以前、話に上がっていた魔導国に魔法学校を作るという件についてだ。イビルアイは、その後のことについては、何か話を聞いているか?」
「いえ。そういう提案をしたことは覚えていますが、その後については、何も」
「そうだったか。それは申し訳なかった。あの後、ラケシルを帝国の魔法学院に派遣して、フールーダとともに設置の検討をしてもらっていたのだ。今日は、その魔法学校設置に関する第一回目の会議でな、それで、イビルアイにも来てもらったというわけだ」
「そうだったんですか。ありがとうございます、ア――魔導王陛下」
前向きに検討してくれるとはいっていたが、自分の提案は、本当に実現に向けて動いていたのだ。
イビルアイは、それだけでも胸が熱くなるような想いにかられた。
「それでは、ラケシル、この件に関する報告を頼む。初めて話を聞くものもいるので、極力わかりやすくな」
「畏まりました。魔導王陛下」
ラケシルは、懐からナザリック製の紙の束を引っ張り出すとそれをテーブルの上に広げた。
「まず、私は魔導王陛下の命でバハルス帝国の魔法学院に三ヶ月ほど滞在し、学院の運営や、授業の内容などを実際に見聞きして参りました。その結果、知り得たことと、問題点などについて、こちらにまとめさせていただいております」
「ふむ。続けよ」
イビルアイが熱心に書類をよみふけっているのを横目に、アインズは話を促した。
「まず、帝国の魔法学院は、魔法学院という名称にはなっておりますが、実際は、魔法だけではなく、その他の知識も教授する総合学院というほうが正しいでしょう。魔法という名前を冠しているのは、学院の設立に多大に貢献したフールーダ殿を称えるものであるとか。人材に富んだ帝国といえども、魔法を使える才があるものは、帝国でもそれなりに限られているということですな」
「なるほど。では、帝国の魔法学院は魔法に特化しているわけではないということか」
「そのとおりでございます。ただし、何を学ぶにせよ、魔法の知識は必須だという考えから、学院では魔法に関する最低限の知識は、必修となっております」
「ほう? それはどういうことなのだ?」
「どのような技術も、魔法の知識が全くないまま発展させることは困難なためでございます。物をつくるにも、魔法は欠かせませんし、都市の機能を維持するにも魔法は必須といえましょう。そのため、魔法詠唱者になる才能がなくとも、魔法について知ることは非常に重要なのです」
脇からフールーダが口を出した。
「……そうか。帝国では、知識に関してはかなり寛容な政策を行っているのだな」
アインズは軽く腕を組み、考え込んだ。
正直、そこまで国民に高度な教育を施すつもりはなかった。
しかし、いわれてみれば、この世界では、魔法がリアルでの電気やガスといったエネルギーに近い働きをしているのは確かだ。明かりを灯すのも、水を出すのも、基本的にマジックアイテムの役割なのだから。
(この世界では、技術の発展には魔法が欠かせないということか。ルーンが廃れたのも、魔化された武器より効果的でも効率的でもなかったからだしな。――魔導国としては、どこまで技術が発展した国を目指すべきなんだろう? 俺だけで判断するのは難しいけど、暮らしにくいよりは、ある程度便利に暮らせるほうがいいよなぁ)
「有能で帝国に忠実な者たちを数多く育成することこそが、魔法学院が設立された所以でございます。身分あるものや裕福なものだけではなく、真に能力のあるものを野に打ち捨てたままにするよりも、それを拾い上げ、その力を利用するほうが帝国をより強大にする。そのように、先々代の皇帝がお考えになりましてな。そのお望みに沿うべく、私が作り上げたのが、帝国の魔法学院なのでございます」
いささか得意げにフールーダは言った。
ラケシルも恍惚とした表情で大きく頷いている。
どうやら、ラケシルは学院でフールーダと接しているうちに、完全にフールーダの思想に感化されてしまったようだ。
イビルアイは取り立てて口を挟まないものの、学院の話には素直に頷いている。
どうやら、この世界では、それほど珍しい考え方というわけでもなさそうだ。
(俺は、一般の国民には知識はなるべく与えないほうがいいと思っている。その考えには今も変わりはない。だが、確かに、優秀な人材……例えばンフィーレアのようなものを利用しないのも愚策だ。最悪、敵の戦力になる可能性もある。それくらいなら、育てて恩を売り、ナザリックのために働かせる方がいいだろう。そういう人材を効率よく見つけ出すためにも、帝国のやり方を見習ってみるのも悪くないかもしれないな。後で、アルベドやデミウルゴスと相談してみるか)
アインズは心のメモ帳にそれを書き込むと、鷹揚に頷いた。
「ふむ。今回はあくまでも、魔法を伝授する学校を造るという前提の計画ではあるが、今の話はなかなか興味深いものであった。私の方でも、今後の方針の参考にさせてもらおう」
「ははっ。お褒めにあずかり恐縮でございます」
ラケシルとフールーダが深々と頭を下げる。
「魔法の才があるかどうかは、どうやって判断しているのだ?」
「全ての学生に魔法を教授いたしますので、そこで成績優秀なものを魔法詠唱者候補として、更に指導していく形です。私のタレントは、あくまでも、身につけた魔法の位階を見抜くもの。最終的に、どれだけの才能を持っているかどうかまで、わかるわけではございません。それゆえ、実際にやらせてみて、結果を出せるものに絞っていくほうが、効率がいいのです。それに、魔法詠唱者は冒険者に限らずとも、いろんな分野で必要とされておりますので、育てすぎて困るということもございません」
「なるほどな……。それが、バハルス帝国の繁栄を支える原動力になっているということか」
「その通りでございます」
アインズは報告を続けるよう、ラケシルに促した。
「そのため、帝国の学院では、フールーダ殿がこれまで育て上げてきた数多くの優秀な魔法詠唱者が教師となって、魔法を理論と実践の両面から教授しております。カリキュラムもかなり体系化されておりまして、正直、私もこのような場所で更に学びたいと思ったほどです。ですので、魔導国でも、少なくとも最初は帝国方式で行うのがよろしいかと思われます。ただ……」
そこでラケシルは多少口ごもった。
「続けるがいい、ラケシル」
「はい。実は大きな問題がございまして……。現在の魔術師組合は、陛下も御存知の通り、所属する者自体はかなり増えてきておりますが、質はあまり良いとはいえません。大部分が第一、第二位階習得者で、第三位階のものはごく少数です。冒険者組合でも、第三位階に到達しているものは限られております」
「なるほど。教師役が不足しているということだな」
「仰るとおりでございます」
「確かに、第二位階程度の魔法詠唱者では、教師としては不適切だな」
「リ・エスティーゼ王国は魔法を軽視しておりましたので、エ・ランテルの魔術師組合には、もともと優秀な魔法詠唱者があまり多くはなかったのです。当時、魔法の才があるものは、良い職を求めて他国に流れてしまう傾向がありまして……」
「才能が評価されないのであれば、そうなるのはやむを得ないだろうな。なるほど。それは確かに問題だ。私の配下に高位魔法を扱えるものは、いないわけではない。だが、教師役ができるかとなると、そのような訓練を積んでいるわけでもないから、やはり難しいだろうな」
「そ、そのようなものなのでしょうか?」
ラケシルは困ったように、頭をかいた。
「陛下の仰るとおりです。魔法を伝授するには、魔法に関する深い洞察と数多くの知識、それに机上の学問だけではなく、実践による経験が必須。私もそれなりには心得ているつもりですが、魔法の深淵というのは限りがないもの。我が師である、魔導王陛下の高みには、到底、辿り着けるものではございません……」
フールーダの目に再び狂気の光が戻ってきたのを見て、アインズは慌てて話を遮った。
「いや、そんなことはない。私は確かに多くの魔法を使いこなすことはできるが、伝授法については、正直あまり自信はない。むしろ、多くの弟子を育て、魔法学院を設立したフールーダの方が、遥かに我が先を進んでいると考えているぞ?」
褒められて満更でもなかったのだろう。
フールーダは満面の笑顔になり、ラケシルやイビルアイはフールーダを羨ましそうに見ている。
「あえてこの場では、魔導王陛下を師と呼ばせていただきますが、そのようなご謙遜をなさらなくともよろしいのでは。私は師から伝授していただいている知識は、他では得られぬものだと承知しております」
「魔導王陛下から直接ご指導を賜るというのは、魔法詠唱者にとっては、最大の栄誉でしょう。フールーダ様が誠に羨ましい限りですなぁ」
ラケシルの視線が痛い。アインズはそれを遮るように手を振った。
「まあ、そういう話はまた今度にしよう。謙遜などではなく、私は本当に人に何かを教えることは不得手なのだよ」
(不得手どころか、どうしてこの世界でユグドラシルの魔法が機能しているのかすら、わかっていないんだからなぁ……)
アインズは心の中で大きくため息をついた。
「ラケシル、それで、どのように対処するつもりだったのだ?」
「はい。フールーダ殿の弟子の方々の中には、第三位階はおろか、第四位階にまで到達されている方もいるとか。ですので、今回は、やはり、バハルス帝国からフールーダ殿の弟子の方々を何人か派遣してもらい、教師役に就いてもらうことが妥当かと存じます」
アインズは、重々しく頷き、フールーダを見た。
「その辺はどうなのだ? フールーダ」
「ご安心ください、師よ。魔導国に我が弟子から数名派遣する件は、既に皇帝の了解を得ております。彼らは私が心血注いで育て上げたものたち。全員、魔導王陛下のご期待には十分添えるかと存じます。当面は、彼らに教師を任せつつ、今後教師を任せる予定のものも、学生として授業を実際に受けてもらうことで、教授法の習得を併せて行うとよろしいでしょう」
「なるほど。それは実に効率的なやり方だ。時間があれば、私も授業を見学してみたいくらいだな」
アインズとしては、かなり真面目に話したつもりだったが、他の者達はただの冗談としか思わなかったらしい。
「魔導王陛下にご覧にいれられるようなものではございません。何より教師役が、緊張で授業にならなくなってしまうでしょう」
フールーダは苦笑した。
「そうなのか? 学院がどのように運営されるのかは、私としても興味があるのだがな。まぁ、いい」
(
「しかし、皇帝陛下も太っ腹な方です。高位の魔法詠唱者は、希少価値が高いというのに」
「それは、やはり、魔導国とバハルス帝国の間に平和的関係が築き上げられているということが大きいでしょうな。皇帝は魔導国との関係をより強固にするほうが、バハルス帝国の今後のことになると踏んだのでしょう。実際、バハルス帝国は魔導国の庇護下にある。私も皇帝と久しぶりに直接話をしたのですが、それをいかに維持するかが帝国にとっての最重要事項であると、笑顔で話しておられました」
どことなく可愛い孫を自慢するかのように、フールーダはジルクニフの話をした。
フールーダにも人間味のある一面があったのかと思わせられ、アインズにとっても微笑ましく見えた。
(ジルクニフはフールーダが育てたようなものだと聞いているから、俺にとってのNPCたちみたいなものなのかもしれないな)
アインズ自身も帝国と良好な関係を維持することは重要だと考えていたし、これまでなかなか得られなかった、ジルクニフとの信頼関係を、ようやく勝ち得たような気がして満更でもなかった。
「それで、こちらが、フールーダ殿と私とで作成いたしました、魔法学校の計画書でございます」
最初に広げていたものを脇に綺麗に片付けると、新たな書類の束をラケシルが取り出し、そこにあらためて広げた。
「ふむ。では、見せてもらおうか。報告ご苦労、ラケシル」
「はっ」
ラケシルは軽く頭を下げた。
アインズは、あまり見たくはなかったが、目の前に並べられている書類にやむを得ず目をやった。
ざっと見た感じ、びっしりと図面や文字が書き連ねられていて、二人がかなり熱意を込めて作成したらしいことは伝わってくる。
問題は、そこかしこに説明として書かれている王国語だ。
さて、どうしたものか。
ちらりと目を上げてフールーダの様子を確認してみた。アインズを見ていれば、魔法の秘技が解き明かされるに違いないとでもいわんばかりに、フールーダはアインズの一挙手一投足をじっとりと見つめている。
(できれば、この場で読むことは避けたかったが……。かといって、フールーダの目の前で、あのモノクルを出すわけにもいかないし。となると、俺の日々の勉強の成果を試してみるほかないか)
最近は、ラキュースが書いた王国語の初級教科書も、辞書なしで、だいぶ読みこなせるようになった。
それに、全ての内容が理解できなくとも、大体の雰囲気だけでもわかれば、あとは、一旦持ち帰って検討する、という形にすることもできる。
どのみち、最終決定する前には、アルベドやデミウルゴスの意見も聞きたいところだ。
今日は、自分が計画書に目を通して、多少意見交換をした風に取り繕うことを目標にしよう。
アインズはそう覚悟を決めて、書類に目を通した。
しかし、案外、苦もなく読みこなせるようになっていることに気づいて、アインズは驚いた。
(あれ? 思ったよりも、普通に読めるようになってるじゃん、俺。まぁ、わからない言葉はそれなりにあるが、教科書は入門用だから読めるのかと思っていた。忙しいのに、勉強に付き合ってくれているイビルアイに感謝しないとな)
いつになく、アインズはいい気分になり、適当に目についた部分を二人に確認し、叡智ある支配者としての演技をした。
この辺の演技は、我ながらかなり堂に入ってきていると思っている。
熱心に説明してくれる二人には多少罪悪感を感じなくもなかったが、それなりに誤魔化すことはできたようだ。
頃合いを見計らい、アインズは大きく頷いた。
「なるほど。よく考えられているようだな。では、先程の報告を元に計画を検討し、後日改めて、今後の計画の進め方について話し合うことにしよう」
「かしこまりました、魔導王陛下」
「検討の結果、再度、計画の見直しが発生するかもしれん。それは構わんな?」
「もちろんでございます。今回のものは、あくまでも計画の下敷きにすべきレベルのものだと考えています。魔法の習得とは非常に困難なもの。私自身、帝国の学院には感銘を受けました。それに、魔導国に設置する以上、この学校を利用するのは、世界に存在する全ての種族ということですよね?」
「当然だ、ラケシル。私も全てを把握しているわけではないが、種族によって魔法への向き不向きもあるだろうし、特性も違う。おそらく、お前が懸念しているようにな。だから、帝国のやり方をそのまま実行したのでは、うまくいかない可能性は高い。まぁ、それでも、試してみる価値は十分あると私自身は考えている。それと、この計画を実行に移す際は、魔術師組合自体をこの学院に組み込む形にしたいと考えている。そのため、組合長であるラケシルが運営責任者になってもらう。フールーダには、別の仕事も頼むことになる予定なので、基本的には、運営には直接携わらず、運営に関する助言を行う顧問役を任せるつもりだ。だから、そのつもりで入念に準備に励んで欲しい。それと、イビルアイ」
それまで、熱心に計画書に目を通していたイビルアイは、突然、アインズに名を呼ばれて、驚いて目をあげた。
「ひゃ、はい、なんでしょうか?」
「お前をこの場に呼んだのは、この計画の発案者であることもあるが、少しばかり、協力を頼みたかったからだ。いくら、帝国から魔法詠唱者を数名教授陣として招くとしても、やはり、魔導国側からも、多少は人を出したいところだ。だが、先程も話したとおり、私の配下には適任者がいなくてな。ラケシルも、今後は運営を軌道にのせるのに手一杯になるだろう。イビルアイは、冒険者組合でも、下の階級の魔法詠唱者に魔法指導を行っていると聞くし、オリジナル呪文の開発などもやっているのだろう? だから、多忙なのは承知しているが、イビルアイにも、是非、客員教授として学院の運営に協力してもらいたいと思ってな」
「わ、私がですか?」
「そうだ。もちろん、無理なのであれば、断ってくれてもかまわない」
「いえ、そもそも、学校の話を持ち出したのは私ですし、私自身、魔法の実験や研究はかなり力を入れている分野でもあります。ですので、魔導王陛下のお役に立てるのであれば、喜んで引き受けさせていただきます!」
「そうか。即答してもらえるとは、ありがたい。それと、この計画はラケシルとフールーダを中核として進めていく予定なのだが、今後の会議にも良かったら参加して、意見を出してくれないか?」
「もちろんです。喜んで参加させていただきます」
イビルアイは、思わず小躍りしそうなのを必死に抑えながら、返事をした。
自分がアインズに必要だといわれることが、たまらなく嬉しかった。
「おお、イビルアイ君、引き受けてくれるか! 冒険者組合での君の魔法指導の様子を見させてもらっていて、なかなか素晴らしいと感心していたのだよ。冒険者たちからの評判もいい。ここだけの話、ナーベ君は指導役にはあまり向いてなさそうだったのでね。いやぁ、良かった。では、魔導王陛下、第三位階の使い手には多少心当たりがございますので、そのものたちにも声をかけてみます。おそらく、数名は確保できるかと存じます」
「そのあたりの判断は、魔術師組合長として顔も広いお前に任せよう、ラケシル。優れた魔法詠唱者が数多く確保できれば、魔導国としても非常に喜ばしいことだ。……さてと、今日、話し合うべき内容はこのくらいでいいかな?」
「異論はございません」
「十分かと思われます、魔導王陛下」
「では、本日はここまでとしよう。三人ともご苦労」
佐藤東沙様、誤字報告ありがとうございました。